第553話:怪物対峙 作:CC0Zm79P5c
――眼下にある少年の体。死に体に近かったはずのその体に、意志の光が灯される。
開かれた竜堂終の双眸に己の姿を映し、古泉一樹は空気の塊を喉の奥に落とした。
振り下ろすはずだったナイフの切っ先が震え、静止する。
胴を文字通り一刀両断されておいて、これほどの短時間で意識を回復するという異常。
神仙が一、風と音を操る西海白竜王。終がその化身であることを、古泉は知らない。
魔界医師メフィスト。終の治療を行ったその超人が死者すら蘇らせる奇跡の担い手であることを、古泉は知らない。
――その無知故に、古泉一樹は驚愕した。不随筋すらも硬直したと錯覚させる未知の衝撃が彼を不意打ちした。
「――あ」
喉の奥からようやく絞り出せた、短い無様な声。
知らない。こんな感情は知らない。
背筋が爛れるような灼熱を、古泉は知らない。
脳天から喉の辺りまで貫く怖気を、古泉は知らない。
意識という手綱を越えて体を震わせる痺れを、古泉は知らない。
知らない。知らない。知らない。大鎌を携えた死神が、自分のすぐ隣に佇んでいる感触なんて知らない。
――ならばどうなる? 自分はどうなる?
三つ路地を曲がった先に殺人鬼が居ることを知らなければ、人は鼻歌を歌いながらそこに辿り着く。
二歩先に落とし穴があることを知らなければ、人は容易くそれを踏み抜く。
一秒後に銃弾が自分の頭部を貫くことを知らなければ、人は笑いながらその表情を散らす。
だが、その死はすべて回避できたものの筈だ。
自分は死ぬ? ここで死ぬ? 何も出来ずに死体になる?
――余人には予想を許さない理不尽。そんなものに自分は殺される?
(それは……少々遠慮願いたいですね)
いつものようにやんわりと、だが断固として拒絶する。
目的がある。自分には果たすべき目的がある。
帰るのだ。あの日々に。取り戻すのだ。あの日々を。
世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団。興味を引いて止まなかったかしましい団長。
その団長に振り回されていた男は、よく自分とゲームに興じていた。手元には常に彼女が淹れた甘露があった。
それは涼宮ハルヒを中心とした綱渡りのような関係だったが、それでも――
(彼に言っても信用して貰えないでしょうが――ええ、認めます。僕は気に入っていましたよ。あの奇妙な関係をね)
だが、奪われた。彼らは即座に殺された。勝手にこんなゲームに放り込まれて殺された。
理解は出来る。いまだ生存している長門有希を除けば、彼らは戦闘に長けていたわけではない。殺し合いを知らなかった。
それでも納得は出来ない。彼らは殺された。知らなかったというだけで殺された!
ならばどうする? 奪われたのならどうする?
――確認のためだけの自問自答。答えはすでに決まっている。
喪失を取り戻せるのは生者だけだ。ならば古泉一樹は反逆しよう。超常に対して食らいつき、覆い被さる理不尽を突破する。
さあ考えろ。彼我の戦力差を、現在の状況を、為すべきことを。すべて飲み下しかき混ぜ生存のための行動を提示せよ。
――思考するのに時間はかからない。
丹田の辺りから沸き上がる熱波に急かされるように、思考回路は無限に加速する。
血液が足りないのか、あるいは気絶から回復したばかりだからか、敵の焦点は合っていない。
だが油断するな。敵はすぐにピントを取り戻すだろう。取り戻せば古泉一樹は終わる。
最大にして最短のアドバンテージ。それが終わるまでに行動を終了させろ。
並列する思考。一瞬の逡巡で万の手立てを模索する。
――説得する? 否。すでに自分は敵対している。聞き入れられるとは思えない。
――投降する? 否。崩壊しかけの不安定な集団に捕らえられれば生かされる保証はない。
――逃亡する? 否。すでに顔と名前を覚えられた。情報が出回れば、単独で勝ち抜けない自分は生存できない。
否否否。無限に近い選択肢。それが次々と否決される。焦燥に狂乱し、叫び出したくなる衝動を抑え込む。
最終的に残った選択肢はひとつ。これならば問題はすべて解決する。
だが可能か。古泉にとって最大の敗北は死。この行動はそのリスクに直結している。
――否。それこそ否。舞台を整えておいて何を今更。
白刃は振り上げた。何を躊躇うことがある。すでに殺人の一歩を踏み出しているのだ。あとは駆け出し踏破しろ!
ナイフを振り下ろす。殺傷の軌跡はどこまでも直線を描き、そして目標に到達する。
引き延ばされもせず、ただ刹那的な経過の後、肉を抉る不快な感触が右腕を支配した。
だが、すぐに終わった。金属の陵辱が、それ以上の硬度によって阻まれる。
至近距離での銃撃すら防ぎきる竜麟。何者であっても突破できない。
(外れた――!)
衝動に任せた一撃は正確さを欠いていた。傷口を正確に穿たなければ、古泉一樹は竜を殺せない。
そしてこのミスは最悪だった。痛みは茫洋とした意識を引き戻し、怪物を覚醒させる。
振るわれる剛力。左腕の折れる感触。
竜堂終が寝転がったまま放った不完全な一撃は、それでも古泉の左腕をへし折った。そのまま吹き飛ばされる。
「――ぐぅッ!」
地面に叩きつけられ、古泉が悲鳴を上げる。痛みは怒りを呼び起こさず、灼熱した殺人への衝動を退避させた。
残るのは骨折の痛痒。死に対する恐怖。
古泉とて戦闘に慣れているわけではない。これは閉鎖空間での神人狩りとは違う。有効な一手を持っていない。
怖い。痛い。死にたくない。固めていたはずの意気が消失していく。
萎縮する勇気。生存本能が逃走と命乞いを勧告する。
抵抗は無駄だ。歯向かうのは無駄だ。逃避以外は全て無駄だ。
――そうだ。無駄だ。古泉一樹に力はない。あくまで口先三寸と誘導で勝利せねばならなかった。
それをこうして殺し合いに発展させてしまった己の無様さ。それを悔いて死ぬ。それを悔いて死ね。沈むほどの悔恨に殺されろ。
脳内を埋め尽くす諦観の群れ。古泉一樹はそれに圧倒され――
「……嫌ですね。そんなのは」
――だが、退けた。
絶望的境地。それでも古泉は立ち上がる。折れていない右腕で砂を握りしめ、激痛に息を漏らしながら立ち上がる。
すでに彼を突き動かしていた灼熱は冷え切った。突破しようとする狂乱も消え去った。
だが彼は抜け殻ではない。彼の体を支配していたものはほとんどが消え去ったが、それでもまだ残っている。
それは決して残滓などではない。むしろ確固たる――
「僕にだって……意地があるっ!」
――意志だ。奇妙で平穏なSOS団を望む、古泉一樹の意志だ。
目前では怪物がゆっくりとした動作で立ち上がっている。鋭い眼光。どこまでも刺し貫く竜王の視線。
彼我の戦力は圧倒的。無敵の防御たる竜麟。不完全ながら一撃で骨を砕く腕力。対して自分のなんと脆弱なことか。
それでも古泉一樹は前進する。ただひとつの目的のために。
意志とは貫くもの。ありとあらゆる障害を蹂躙し、成し遂げるものだ。
そう――古泉一樹には、意志がある。
開かれた竜堂終の双眸に己の姿を映し、古泉一樹は空気の塊を喉の奥に落とした。
振り下ろすはずだったナイフの切っ先が震え、静止する。
胴を文字通り一刀両断されておいて、これほどの短時間で意識を回復するという異常。
神仙が一、風と音を操る西海白竜王。終がその化身であることを、古泉は知らない。
魔界医師メフィスト。終の治療を行ったその超人が死者すら蘇らせる奇跡の担い手であることを、古泉は知らない。
――その無知故に、古泉一樹は驚愕した。不随筋すらも硬直したと錯覚させる未知の衝撃が彼を不意打ちした。
「――あ」
喉の奥からようやく絞り出せた、短い無様な声。
知らない。こんな感情は知らない。
背筋が爛れるような灼熱を、古泉は知らない。
脳天から喉の辺りまで貫く怖気を、古泉は知らない。
意識という手綱を越えて体を震わせる痺れを、古泉は知らない。
知らない。知らない。知らない。大鎌を携えた死神が、自分のすぐ隣に佇んでいる感触なんて知らない。
――ならばどうなる? 自分はどうなる?
三つ路地を曲がった先に殺人鬼が居ることを知らなければ、人は鼻歌を歌いながらそこに辿り着く。
二歩先に落とし穴があることを知らなければ、人は容易くそれを踏み抜く。
一秒後に銃弾が自分の頭部を貫くことを知らなければ、人は笑いながらその表情を散らす。
だが、その死はすべて回避できたものの筈だ。
自分は死ぬ? ここで死ぬ? 何も出来ずに死体になる?
――余人には予想を許さない理不尽。そんなものに自分は殺される?
(それは……少々遠慮願いたいですね)
いつものようにやんわりと、だが断固として拒絶する。
目的がある。自分には果たすべき目的がある。
帰るのだ。あの日々に。取り戻すのだ。あの日々を。
世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団。興味を引いて止まなかったかしましい団長。
その団長に振り回されていた男は、よく自分とゲームに興じていた。手元には常に彼女が淹れた甘露があった。
それは涼宮ハルヒを中心とした綱渡りのような関係だったが、それでも――
(彼に言っても信用して貰えないでしょうが――ええ、認めます。僕は気に入っていましたよ。あの奇妙な関係をね)
だが、奪われた。彼らは即座に殺された。勝手にこんなゲームに放り込まれて殺された。
理解は出来る。いまだ生存している長門有希を除けば、彼らは戦闘に長けていたわけではない。殺し合いを知らなかった。
それでも納得は出来ない。彼らは殺された。知らなかったというだけで殺された!
ならばどうする? 奪われたのならどうする?
――確認のためだけの自問自答。答えはすでに決まっている。
喪失を取り戻せるのは生者だけだ。ならば古泉一樹は反逆しよう。超常に対して食らいつき、覆い被さる理不尽を突破する。
さあ考えろ。彼我の戦力差を、現在の状況を、為すべきことを。すべて飲み下しかき混ぜ生存のための行動を提示せよ。
――思考するのに時間はかからない。
丹田の辺りから沸き上がる熱波に急かされるように、思考回路は無限に加速する。
血液が足りないのか、あるいは気絶から回復したばかりだからか、敵の焦点は合っていない。
だが油断するな。敵はすぐにピントを取り戻すだろう。取り戻せば古泉一樹は終わる。
最大にして最短のアドバンテージ。それが終わるまでに行動を終了させろ。
並列する思考。一瞬の逡巡で万の手立てを模索する。
――説得する? 否。すでに自分は敵対している。聞き入れられるとは思えない。
――投降する? 否。崩壊しかけの不安定な集団に捕らえられれば生かされる保証はない。
――逃亡する? 否。すでに顔と名前を覚えられた。情報が出回れば、単独で勝ち抜けない自分は生存できない。
否否否。無限に近い選択肢。それが次々と否決される。焦燥に狂乱し、叫び出したくなる衝動を抑え込む。
最終的に残った選択肢はひとつ。これならば問題はすべて解決する。
だが可能か。古泉にとって最大の敗北は死。この行動はそのリスクに直結している。
――否。それこそ否。舞台を整えておいて何を今更。
白刃は振り上げた。何を躊躇うことがある。すでに殺人の一歩を踏み出しているのだ。あとは駆け出し踏破しろ!
ナイフを振り下ろす。殺傷の軌跡はどこまでも直線を描き、そして目標に到達する。
引き延ばされもせず、ただ刹那的な経過の後、肉を抉る不快な感触が右腕を支配した。
だが、すぐに終わった。金属の陵辱が、それ以上の硬度によって阻まれる。
至近距離での銃撃すら防ぎきる竜麟。何者であっても突破できない。
(外れた――!)
衝動に任せた一撃は正確さを欠いていた。傷口を正確に穿たなければ、古泉一樹は竜を殺せない。
そしてこのミスは最悪だった。痛みは茫洋とした意識を引き戻し、怪物を覚醒させる。
振るわれる剛力。左腕の折れる感触。
竜堂終が寝転がったまま放った不完全な一撃は、それでも古泉の左腕をへし折った。そのまま吹き飛ばされる。
「――ぐぅッ!」
地面に叩きつけられ、古泉が悲鳴を上げる。痛みは怒りを呼び起こさず、灼熱した殺人への衝動を退避させた。
残るのは骨折の痛痒。死に対する恐怖。
古泉とて戦闘に慣れているわけではない。これは閉鎖空間での神人狩りとは違う。有効な一手を持っていない。
怖い。痛い。死にたくない。固めていたはずの意気が消失していく。
萎縮する勇気。生存本能が逃走と命乞いを勧告する。
抵抗は無駄だ。歯向かうのは無駄だ。逃避以外は全て無駄だ。
――そうだ。無駄だ。古泉一樹に力はない。あくまで口先三寸と誘導で勝利せねばならなかった。
それをこうして殺し合いに発展させてしまった己の無様さ。それを悔いて死ぬ。それを悔いて死ね。沈むほどの悔恨に殺されろ。
脳内を埋め尽くす諦観の群れ。古泉一樹はそれに圧倒され――
「……嫌ですね。そんなのは」
――だが、退けた。
絶望的境地。それでも古泉は立ち上がる。折れていない右腕で砂を握りしめ、激痛に息を漏らしながら立ち上がる。
すでに彼を突き動かしていた灼熱は冷え切った。突破しようとする狂乱も消え去った。
だが彼は抜け殻ではない。彼の体を支配していたものはほとんどが消え去ったが、それでもまだ残っている。
それは決して残滓などではない。むしろ確固たる――
「僕にだって……意地があるっ!」
――意志だ。奇妙で平穏なSOS団を望む、古泉一樹の意志だ。
目前では怪物がゆっくりとした動作で立ち上がっている。鋭い眼光。どこまでも刺し貫く竜王の視線。
彼我の戦力は圧倒的。無敵の防御たる竜麟。不完全ながら一撃で骨を砕く腕力。対して自分のなんと脆弱なことか。
それでも古泉一樹は前進する。ただひとつの目的のために。
意志とは貫くもの。ありとあらゆる障害を蹂躙し、成し遂げるものだ。
そう――古泉一樹には、意志がある。
◇◇◇
彼の意識は戻ったばかりであったが、それでも眼前の学生が敵だということは分かっていた。
竜堂終はゆっくりと立ち上がった。だが、それだけの動作でも視界が揺らぐ。
血液が足りない――両断されたことを思い出し、思わずぞっとして腹部に手をやる。
かくしてそこに胴はあった。横一文字の傷が走り、決して無事ではないが、それでも下半身と上半身は連結している。
(そうか、あの後――)
この島でこんな離れ業が出来る人物を、終はひとりしか知らない。
おそらく、あの後にメフィストが彼を治療してくれたのだろう。
弱体化の影響で死者を蘇らせることは出来なくとも、処置が早ければ魔界医師は死者を生まない。そういうことか。
命の恩人。文字通り頭の下がる思いだが、その瞬間に傷が自己主張するかのように疼いた。
――メフィストは数多ある世界の中でも頂点に立つ癒し手だろう。だが、それでもいかんせん完治には時間が足りなかった。
故に、彼は終が生存することのみを優先させた。重要臓器を修復し、主要な血管や神経を縫合し、断裂していた胴を針金で留めた。
終が切断されてから僅か三十秒足らずでこれらをやり遂げてしまったのだから、もはやそれは神の御業と言っても過言ではあるまい。
だが、それでも両断だ。
外側から見て一目で『隙間』と分かるような傷を、刻印で弱体化した回復力では瞬間的に治癒することは望むべくもない。
竜堂終は苦悶の表情を浮かべた。胴が切断された痛みなど、そうそう味わうことはあるまい。
傷口からは血が滲み出ていた。反射的に拳を振るった反動で、繋がりかけていた筋繊維や毛細血管が再び断裂し始めたのだ。
強力な拳打とは、つまるところ腰の回転で生み出される。
腕の筋力などは二の次だ。接地した足を発射台にし、拳をそれに乗せ、溜めた腰のひねりで打ち出す。
いまの終にはそれができない。その回転力を生み出す筋肉がすべて断絶されたのだから。
(打てて後一度、ってところか)
直感で、それを察する。
その打撃で眼前の敵を打ち砕くのは容易だろう。
だがその後は? 竜の筋力で全力を放てば、いかにメフィストの施した固定とはいえ耐えられるかどうか未知数だ。
最悪、胴体は再び分裂するだろう。そしてどうやら魔界医師は近くにいないようだ。今度は治療されない。
そもそも周囲に人の気配が全くない――いや、それも当然か。まるで地獄を背負って連れてきたような二人の少女を思い出す。
あれからどうなったのかは分からないが、満足に走ることも出来ないような今の状況で声高に助けを叫ぶ愚は冒せない。
そして相手は自分を殺そうとしている。加えて竜堂終は自殺志願者ではない。ならば、
(ここで倒すしか、ない)
覚悟を決め、格闘の構えを取る。
竜の転生体であるその身は既に傷を修復し始めていたが、恐らく間に合わないだろう。決着はすぐに訪れる。
敵の格好には見覚えがあった。先のマンションで従姉妹の仇を告げられ、反応して容易く激昂した自分の隙を利用された。
……ああ、つまり。
直結する思考。閃く想像。容易く象となって脳裏を支配する。
あの後は、慌ただしくて考える余裕もなかったが。
目の前にいるこいつは、茉理ちゃんの仇の仲間、なのか。
古泉とパイフウの同盟がいつからなのか、終には分からない。
マンションに訪れる直前か? それとも暴れ出した瞬間からか?
だが、もしかしたら。もしも初期から組んでいたとしたら。
自分の助けを呼んでいた少女が無惨にも死んだ時、目の前の少年はその傍で笑っていたのかも知れない。
――瞬間が訪れるのは、いつだって唐突だ。
竜堂終が咆吼する。異形の声で咆吼する。
想像は怒りを。怒りは感情の噴出を。そして激情は変化を促した。
肌が真珠色の鱗に覆われ、瞳孔が爬虫類のそれに変わる。
圧倒的な存在感と畏怖を見る者に与える竜王の姿へと、竜堂終が化性していく。
変化は外形だけに留まらない。竜堂終はその身が感情に満たされれば、それを制御することは出来ない。
ラッカー・スプレーで塗り潰されるようにじわじわと、だが素早く。理性は荒ぶる感情に塗り潰されていく。
――霞んでいく心象風景。竜の姿を顕す時、竜堂終はただ直情に任せて破壊する。
気付くのはすべてが終わった後だ。
守りたかったはずの人達。心に残る彼らの表情。怒りはそれらを際限なく飲み込んでいく。
それは、なんという矛盾か。
復讐で喜ぶ故人は――いるのかも知れないが、少なくとも兄や茉理はそれを望む人種ではない。
それは理解している。だが理解してなお、竜堂終は彼らのために怒り、復讐を為そうとする。
ならば、せめて。せめて覚えていなくてはならないはずの彼らの笑顔を忘れてまで行う殺戮とは――なんだ?
意味など無い――それも、分かっている。
この行為は無益。残るのは疵痕だけ。炎症を掻いて誤魔化すのと同じ。ただの自傷以外の何でもない。
それでも変化は止まらない。一度始まってしまったのなら、竜堂終では止められない!
溶ける理性。穿たれた笑顔。消失する意味。
――だが全てが暗闇に沈む寸前に、見えた物があった。
最初は光だと思った。眩い光。暗闇では光を包めない。だから残ったのだろうと思った。
だがその光も霞み始めていた。その金色が黒く薄れていく。この怒りは光さえ食い尽くす――?
違う。終は直感的に否定した。これは光ではない。
ならばこの金色は何だ。万物を駆逐する憤怒に抗えているこの『強さ』は――何だ。
金色に触れるのを恐れるかのように、闇の侵攻は遅々としたものだった。
そして気付く。その金色の背後に、死んだ兄と従姉妹の顔がある。
守っているのだ。金色は、一時の激情が竜堂終から喪失させることを拒んでいる。
彼らを守るために、その身を盾にし続けている。
ならば、なおさらその正体が分からない。
兄貴は死んだ。茉理ちゃんも死んだ。ならば何だ? そうまでして竜堂終を守ろうとするモノは何だ?
――居るではないか。居たではないか。
気付くと同時、金色が振り返る。金の髪をたなびかせ、強靭な『女王』が振り返る。
彼らの旗。潰えたと思っていた旗。
だが、そうではなかった。
「……ああ、そうだ」
理解し、言葉を紡ぐ。怒りに満ちた咆吼ではない、人としての意味ある言葉を。
それを合図とするように、ささくれだったような鱗は再び人肌に戻り、針のように細められた瞳孔も丸く戻り始めた。
――まだ、ここにある。失う寸前だったが、それでも竜堂終は喪失を防いだ。
「……負けて、たまるか」
憤怒が冷めたのではない――冷ましたのだ。終単身では制御できなかったはずの竜化を、制御していた。
怒りはある。ともすれば簡単に吹き出すだろう。
だが、それでも、
(……そうだ。俺は託された)
――あの時、ダナティアが自分を止めた理由。
それが分からないほど終は愚かではない。それを伝えられないほどダナティアは無力ではない。
憎しみに任せての殺人を自分の仲間達は止めてくれた。それを無駄にする? そんなことには耐えられない。
自分が手玉に取られた所為で舞台は崩壊した。そんな失態を二度も晒す? そんなものは冗談にもならない。
彼らは憎しみの連鎖を起こすために凶行を止めたのではない。竜堂終は、竜堂終の自意識をもって敵を退けなければならない。
――そうだ。やはり彼は単身で己を制御していたのではない。
竜堂終を、その尊厳を繋ぎ止めていたのは――
「あんたなんかに――譲れるかっ!」
――遺志だ。ダナティア。ベルガー。メフィスト。彼らが竜堂終に託していった遺志だ。
目前では少年ががゆっくりとした動作で立ち上がっている。左腕は折れ、それでも退かずに立ち向かってくる。
その様はまるで不死身の怪物のよう。竜すら喰らう巨大蛇のよう。
それでも竜堂終は前進する。受け取ったものを無駄にしないためにも。
遺志とは継ぐもの。後継者を守り、正しい方向へと導くものだ。
そう――竜堂終には、遺志がある。
竜堂終はゆっくりと立ち上がった。だが、それだけの動作でも視界が揺らぐ。
血液が足りない――両断されたことを思い出し、思わずぞっとして腹部に手をやる。
かくしてそこに胴はあった。横一文字の傷が走り、決して無事ではないが、それでも下半身と上半身は連結している。
(そうか、あの後――)
この島でこんな離れ業が出来る人物を、終はひとりしか知らない。
おそらく、あの後にメフィストが彼を治療してくれたのだろう。
弱体化の影響で死者を蘇らせることは出来なくとも、処置が早ければ魔界医師は死者を生まない。そういうことか。
命の恩人。文字通り頭の下がる思いだが、その瞬間に傷が自己主張するかのように疼いた。
――メフィストは数多ある世界の中でも頂点に立つ癒し手だろう。だが、それでもいかんせん完治には時間が足りなかった。
故に、彼は終が生存することのみを優先させた。重要臓器を修復し、主要な血管や神経を縫合し、断裂していた胴を針金で留めた。
終が切断されてから僅か三十秒足らずでこれらをやり遂げてしまったのだから、もはやそれは神の御業と言っても過言ではあるまい。
だが、それでも両断だ。
外側から見て一目で『隙間』と分かるような傷を、刻印で弱体化した回復力では瞬間的に治癒することは望むべくもない。
竜堂終は苦悶の表情を浮かべた。胴が切断された痛みなど、そうそう味わうことはあるまい。
傷口からは血が滲み出ていた。反射的に拳を振るった反動で、繋がりかけていた筋繊維や毛細血管が再び断裂し始めたのだ。
強力な拳打とは、つまるところ腰の回転で生み出される。
腕の筋力などは二の次だ。接地した足を発射台にし、拳をそれに乗せ、溜めた腰のひねりで打ち出す。
いまの終にはそれができない。その回転力を生み出す筋肉がすべて断絶されたのだから。
(打てて後一度、ってところか)
直感で、それを察する。
その打撃で眼前の敵を打ち砕くのは容易だろう。
だがその後は? 竜の筋力で全力を放てば、いかにメフィストの施した固定とはいえ耐えられるかどうか未知数だ。
最悪、胴体は再び分裂するだろう。そしてどうやら魔界医師は近くにいないようだ。今度は治療されない。
そもそも周囲に人の気配が全くない――いや、それも当然か。まるで地獄を背負って連れてきたような二人の少女を思い出す。
あれからどうなったのかは分からないが、満足に走ることも出来ないような今の状況で声高に助けを叫ぶ愚は冒せない。
そして相手は自分を殺そうとしている。加えて竜堂終は自殺志願者ではない。ならば、
(ここで倒すしか、ない)
覚悟を決め、格闘の構えを取る。
竜の転生体であるその身は既に傷を修復し始めていたが、恐らく間に合わないだろう。決着はすぐに訪れる。
敵の格好には見覚えがあった。先のマンションで従姉妹の仇を告げられ、反応して容易く激昂した自分の隙を利用された。
……ああ、つまり。
直結する思考。閃く想像。容易く象となって脳裏を支配する。
あの後は、慌ただしくて考える余裕もなかったが。
目の前にいるこいつは、茉理ちゃんの仇の仲間、なのか。
古泉とパイフウの同盟がいつからなのか、終には分からない。
マンションに訪れる直前か? それとも暴れ出した瞬間からか?
だが、もしかしたら。もしも初期から組んでいたとしたら。
自分の助けを呼んでいた少女が無惨にも死んだ時、目の前の少年はその傍で笑っていたのかも知れない。
――瞬間が訪れるのは、いつだって唐突だ。
竜堂終が咆吼する。異形の声で咆吼する。
想像は怒りを。怒りは感情の噴出を。そして激情は変化を促した。
肌が真珠色の鱗に覆われ、瞳孔が爬虫類のそれに変わる。
圧倒的な存在感と畏怖を見る者に与える竜王の姿へと、竜堂終が化性していく。
変化は外形だけに留まらない。竜堂終はその身が感情に満たされれば、それを制御することは出来ない。
ラッカー・スプレーで塗り潰されるようにじわじわと、だが素早く。理性は荒ぶる感情に塗り潰されていく。
――霞んでいく心象風景。竜の姿を顕す時、竜堂終はただ直情に任せて破壊する。
気付くのはすべてが終わった後だ。
守りたかったはずの人達。心に残る彼らの表情。怒りはそれらを際限なく飲み込んでいく。
それは、なんという矛盾か。
復讐で喜ぶ故人は――いるのかも知れないが、少なくとも兄や茉理はそれを望む人種ではない。
それは理解している。だが理解してなお、竜堂終は彼らのために怒り、復讐を為そうとする。
ならば、せめて。せめて覚えていなくてはならないはずの彼らの笑顔を忘れてまで行う殺戮とは――なんだ?
意味など無い――それも、分かっている。
この行為は無益。残るのは疵痕だけ。炎症を掻いて誤魔化すのと同じ。ただの自傷以外の何でもない。
それでも変化は止まらない。一度始まってしまったのなら、竜堂終では止められない!
溶ける理性。穿たれた笑顔。消失する意味。
――だが全てが暗闇に沈む寸前に、見えた物があった。
最初は光だと思った。眩い光。暗闇では光を包めない。だから残ったのだろうと思った。
だがその光も霞み始めていた。その金色が黒く薄れていく。この怒りは光さえ食い尽くす――?
違う。終は直感的に否定した。これは光ではない。
ならばこの金色は何だ。万物を駆逐する憤怒に抗えているこの『強さ』は――何だ。
金色に触れるのを恐れるかのように、闇の侵攻は遅々としたものだった。
そして気付く。その金色の背後に、死んだ兄と従姉妹の顔がある。
守っているのだ。金色は、一時の激情が竜堂終から喪失させることを拒んでいる。
彼らを守るために、その身を盾にし続けている。
ならば、なおさらその正体が分からない。
兄貴は死んだ。茉理ちゃんも死んだ。ならば何だ? そうまでして竜堂終を守ろうとするモノは何だ?
――居るではないか。居たではないか。
気付くと同時、金色が振り返る。金の髪をたなびかせ、強靭な『女王』が振り返る。
彼らの旗。潰えたと思っていた旗。
だが、そうではなかった。
「……ああ、そうだ」
理解し、言葉を紡ぐ。怒りに満ちた咆吼ではない、人としての意味ある言葉を。
それを合図とするように、ささくれだったような鱗は再び人肌に戻り、針のように細められた瞳孔も丸く戻り始めた。
――まだ、ここにある。失う寸前だったが、それでも竜堂終は喪失を防いだ。
「……負けて、たまるか」
憤怒が冷めたのではない――冷ましたのだ。終単身では制御できなかったはずの竜化を、制御していた。
怒りはある。ともすれば簡単に吹き出すだろう。
だが、それでも、
(……そうだ。俺は託された)
――あの時、ダナティアが自分を止めた理由。
それが分からないほど終は愚かではない。それを伝えられないほどダナティアは無力ではない。
憎しみに任せての殺人を自分の仲間達は止めてくれた。それを無駄にする? そんなことには耐えられない。
自分が手玉に取られた所為で舞台は崩壊した。そんな失態を二度も晒す? そんなものは冗談にもならない。
彼らは憎しみの連鎖を起こすために凶行を止めたのではない。竜堂終は、竜堂終の自意識をもって敵を退けなければならない。
――そうだ。やはり彼は単身で己を制御していたのではない。
竜堂終を、その尊厳を繋ぎ止めていたのは――
「あんたなんかに――譲れるかっ!」
――遺志だ。ダナティア。ベルガー。メフィスト。彼らが竜堂終に託していった遺志だ。
目前では少年ががゆっくりとした動作で立ち上がっている。左腕は折れ、それでも退かずに立ち向かってくる。
その様はまるで不死身の怪物のよう。竜すら喰らう巨大蛇のよう。
それでも竜堂終は前進する。受け取ったものを無駄にしないためにも。
遺志とは継ぐもの。後継者を守り、正しい方向へと導くものだ。
そう――竜堂終には、遺志がある。
◇◇◇
片や己の意志により喪失を埋めようとする怪物。
片や託された遺志により喪失を防ごうとする怪物。
彼ら怪物達の咆吼は、示し合わせたかのように同時だった。
片や託された遺志により喪失を防ごうとする怪物。
彼ら怪物達の咆吼は、示し合わせたかのように同時だった。
「――うぁあああああアア!」
刃を構え、古泉が走る。
必要なのは速度。だが怪物を超越できる加速を古泉は持たない。
ならば用いるのは古泉一樹にとっての最速。腕の痛みに苛まれながら、それでも出せる限りの脚力を尽す。
勝算は低い。だが何もせずにに死ぬのは我慢できない。それは古泉一樹の意志が許さない。
――そして、必殺を期するため、白刃を掲げ――
刃を構え、古泉が走る。
必要なのは速度。だが怪物を超越できる加速を古泉は持たない。
ならば用いるのは古泉一樹にとっての最速。腕の痛みに苛まれながら、それでも出せる限りの脚力を尽す。
勝算は低い。だが何もせずにに死ぬのは我慢できない。それは古泉一樹の意志が許さない。
――そして、必殺を期するため、白刃を掲げ――
「――ぉぉおおおおオオオ!」
竜堂終は構えを鋭化させていった。不思議と腹部の傷は痛まない。
それは不完全ながらも竜になりかけた効果なのだろうが、終には違うように感じられていた。
支えられているのだ――そう、思えた。これならば安心して力を振るえる。
だが油断するな。怪物相手に油断をするな。継承した遺志を無駄にはするな。
拳を引き絞り、待つ。傷はまだ深い。跳んだり跳ねたりはできない。
故に、狙いはカウンター。一歩の踏み込みと一撃のみの拳打に全身全霊を込める……!
――そして、必殺のタイミングを計るため、敵を見据え――
――だが突如、もう少しで終の間合いに入るといった所で、古泉がナイフを地面に落とした。
(なんだ!?)
終が驚愕したのは、敵の寸前で武器を取り落とすという間抜けにではない。
敵のその動作が、明らかに意識的に行われたものだということに気付いたからだ。
古泉が右腕を振りかぶった。何かを握っている――
だがそれを終は視覚で捉える前に、触覚で感じることとなった。
左腕が動かせないため不自然な投擲となったが、それでも投げつけられた何かは投網のように広がり、終の眼球を汚染する。
(……土!)
瞼の内側に砂が入り込み、視界が奪われる。
先程終に吹き飛ばされ、立ち上がった時、古泉はそれを握りこんでいたのだ。必殺を期するために。
そう。古泉に力はない。だから勝つには不意打ちしかない。
ある程度離れていても、投げつけられた土は十分に目つぶしとしての効果を発揮する。
終は焦った。敵は怪物。ならばこちらが見えていない間に自分を殺すのは道理。
「この――!」
苦し紛れに拳を放つ。だが、当たるはずもない。
――奇襲、不意打ちのメリット。それは何か。
ひとつは技量、身体能力を無価値に出来ること。武術の達人でさえ、暗闇で背後から金属バットで殴られればチンピラに敗北する。
そしてもうひとつ。敵を焦らせ、正常な判断力を乱すこと。
目で見えないのなら、音で判断すれば良い――終がそれに気付いたのは、拳を放ってしまった後だった。
失策に舌打ちをしながら、それでも拳を引き戻す。音を吸収する森という悪条件を呪いながら、敵の位置を探る。
だが敵の位置が分かったのと、背後からの衝撃は同時だった。強い衝撃。
目が見えないということもあったが、それでも抗えたはずだ。だがその理屈に反し、終が転倒する。
拳打を主力とするならば、背後はほとんど無防備だ。それを晒しているという事実に寒気がする。
一秒でも早くその悪寒を振り払うために、立ち上がろうとしたところで――
終は、己の敗北を知った。
「……あ」
足が、動かない。下半身は感覚さえない。背中に鈍痛を感じる。
すでに、攻撃は終わっていたのだ。
「……両断されたのだから、勿論背中にも傷口はありますね?」
倒れた終の頭上から、古泉の声が響く。
終の背中の中心。修復中で脆くなっていた背骨を通る脊髄を断ち切るように、コンバットナイフが刺さっていた。
砂を投げた後、古泉はすぐにナイフを拾い、終の脇をすり抜けるようにして安全な背後に回り込んだ。
そして片腕という非力さを補うために、全体重を掛けて押し倒しながらナイフを突き刺したのだ。
危険は多かった。背後に回る際、終が闇雲に打った拳が一発でも当たっていれば古泉の負け。砂の目潰しも持続性は高くない。
終が重傷を負っていて身軽に動けなかったからこそ成功した、古泉一樹に可能だった唯一の奇策。
そして殺人の感触に疲労しきった微笑みを浮かべながら、古泉は刺さっているナイフの柄尻に足を乗せ――
「……すみません。僕が、進ませて貰います」
――全体重を掛け、一気に踏み込んだ。
竜堂終は構えを鋭化させていった。不思議と腹部の傷は痛まない。
それは不完全ながらも竜になりかけた効果なのだろうが、終には違うように感じられていた。
支えられているのだ――そう、思えた。これならば安心して力を振るえる。
だが油断するな。怪物相手に油断をするな。継承した遺志を無駄にはするな。
拳を引き絞り、待つ。傷はまだ深い。跳んだり跳ねたりはできない。
故に、狙いはカウンター。一歩の踏み込みと一撃のみの拳打に全身全霊を込める……!
――そして、必殺のタイミングを計るため、敵を見据え――
――だが突如、もう少しで終の間合いに入るといった所で、古泉がナイフを地面に落とした。
(なんだ!?)
終が驚愕したのは、敵の寸前で武器を取り落とすという間抜けにではない。
敵のその動作が、明らかに意識的に行われたものだということに気付いたからだ。
古泉が右腕を振りかぶった。何かを握っている――
だがそれを終は視覚で捉える前に、触覚で感じることとなった。
左腕が動かせないため不自然な投擲となったが、それでも投げつけられた何かは投網のように広がり、終の眼球を汚染する。
(……土!)
瞼の内側に砂が入り込み、視界が奪われる。
先程終に吹き飛ばされ、立ち上がった時、古泉はそれを握りこんでいたのだ。必殺を期するために。
そう。古泉に力はない。だから勝つには不意打ちしかない。
ある程度離れていても、投げつけられた土は十分に目つぶしとしての効果を発揮する。
終は焦った。敵は怪物。ならばこちらが見えていない間に自分を殺すのは道理。
「この――!」
苦し紛れに拳を放つ。だが、当たるはずもない。
――奇襲、不意打ちのメリット。それは何か。
ひとつは技量、身体能力を無価値に出来ること。武術の達人でさえ、暗闇で背後から金属バットで殴られればチンピラに敗北する。
そしてもうひとつ。敵を焦らせ、正常な判断力を乱すこと。
目で見えないのなら、音で判断すれば良い――終がそれに気付いたのは、拳を放ってしまった後だった。
失策に舌打ちをしながら、それでも拳を引き戻す。音を吸収する森という悪条件を呪いながら、敵の位置を探る。
だが敵の位置が分かったのと、背後からの衝撃は同時だった。強い衝撃。
目が見えないということもあったが、それでも抗えたはずだ。だがその理屈に反し、終が転倒する。
拳打を主力とするならば、背後はほとんど無防備だ。それを晒しているという事実に寒気がする。
一秒でも早くその悪寒を振り払うために、立ち上がろうとしたところで――
終は、己の敗北を知った。
「……あ」
足が、動かない。下半身は感覚さえない。背中に鈍痛を感じる。
すでに、攻撃は終わっていたのだ。
「……両断されたのだから、勿論背中にも傷口はありますね?」
倒れた終の頭上から、古泉の声が響く。
終の背中の中心。修復中で脆くなっていた背骨を通る脊髄を断ち切るように、コンバットナイフが刺さっていた。
砂を投げた後、古泉はすぐにナイフを拾い、終の脇をすり抜けるようにして安全な背後に回り込んだ。
そして片腕という非力さを補うために、全体重を掛けて押し倒しながらナイフを突き刺したのだ。
危険は多かった。背後に回る際、終が闇雲に打った拳が一発でも当たっていれば古泉の負け。砂の目潰しも持続性は高くない。
終が重傷を負っていて身軽に動けなかったからこそ成功した、古泉一樹に可能だった唯一の奇策。
そして殺人の感触に疲労しきった微笑みを浮かべながら、古泉は刺さっているナイフの柄尻に足を乗せ――
「……すみません。僕が、進ませて貰います」
――全体重を掛け、一気に踏み込んだ。
【100 竜堂終 死亡】
【残り41人】
【残り41人】
【C-5/森/1日目・23:55頃】
【古泉一樹】
[状態]:左腕骨折/落下による打撲、擦過傷/疲労/左肩・右足に銃創(縫合し包帯が巻いてある)
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン10食分・水1800ml)
[思考]:出来れば学校に行きたい。
手段を問わず生き残り、主催者に自らの世界への不干渉と、
(参加者がコピーではなかった場合)SOS団の復活を交渉。
[備考]:学校にハルヒの力による空間があることに気づいている(中身の詳細は知らない)
[状態]:左腕骨折/落下による打撲、擦過傷/疲労/左肩・右足に銃創(縫合し包帯が巻いてある)
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン10食分・水1800ml)
[思考]:出来れば学校に行きたい。
手段を問わず生き残り、主催者に自らの世界への不干渉と、
(参加者がコピーではなかった場合)SOS団の復活を交渉。
[備考]:学校にハルヒの力による空間があることに気づいている(中身の詳細は知らない)
- 2007/04/13 修正スレ308
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