第499話:灰色の虜囚 作:◆685WtsbdmY
名も無き小さな島がある。
何処とも知られぬ偽の“海”に浮かぶ奇怪な島だ。
内部に囚われた者達にとっては、まさしく呪われた島ともいうべき場所だろう。凄惨な殺し合いを強要され、それに勝ち残る他に生きる術は無いのだから……
その島の南部の平原には城が建っている。石造りの堅固な構造をしており、規模こそ小さいが城壁まで
備える立派なもので、その点だけ見ればこれを城と称するのに何の不足も無い。しかしその一方で、
周囲に重要な施設があるわけでもなく、島の交通の要衝にもなりえないこともまた、明白な事実だ。
あまりに十分“すぎる”機能と、それに見合うだけの目的の欠如。この不釣合いが、島の他の施設と同じく、見る者にどこか作り物めいた印象を与えずにはいられなかった。
すでに日没が近いが、陽の光は深い霧に阻まれて届かず、薄闇の中にぼんやりと浮かぶ城を訪れる者は誰もいない。その内部を動き回る者もおらず、すべての部屋が静寂に満ちていた。だが、まったくの無人というわけではない。
二階の一室、魔法で封じられた扉によって守られた場所に、一人の少女の姿があった。
少女は身じろぎもせずに椅子に腰掛け、考え込むような視線を窓の外へと向けている。部屋の明かりは点けられておらず、その姿が定かではない中で、ただ、額の額冠 にはめこまれた深紅の宝石だけが、怪しい光を放っていた。
何処とも知られぬ偽の“海”に浮かぶ奇怪な島だ。
内部に囚われた者達にとっては、まさしく呪われた島ともいうべき場所だろう。凄惨な殺し合いを強要され、それに勝ち残る他に生きる術は無いのだから……
その島の南部の平原には城が建っている。石造りの堅固な構造をしており、規模こそ小さいが城壁まで
備える立派なもので、その点だけ見ればこれを城と称するのに何の不足も無い。しかしその一方で、
周囲に重要な施設があるわけでもなく、島の交通の要衝にもなりえないこともまた、明白な事実だ。
あまりに十分“すぎる”機能と、それに見合うだけの目的の欠如。この不釣合いが、島の他の施設と同じく、見る者にどこか作り物めいた印象を与えずにはいられなかった。
すでに日没が近いが、陽の光は深い霧に阻まれて届かず、薄闇の中にぼんやりと浮かぶ城を訪れる者は誰もいない。その内部を動き回る者もおらず、すべての部屋が静寂に満ちていた。だが、まったくの無人というわけではない。
二階の一室、魔法で封じられた扉によって守られた場所に、一人の少女の姿があった。
少女は身じろぎもせずに椅子に腰掛け、考え込むような視線を窓の外へと向けている。部屋の明かりは点けられておらず、その姿が定かではない中で、ただ、額の
○
カーラが目覚めたのは17時過ぎのこと。すでに、睡眠をとり始めてから、4時間が経過していた。
現在の状況はカーラにとって思わしいものではない。これまでに出会った者のほぼ全てから敵対視されており、しかも、そのうち幾人かには正体が露見している。情報の提供者もおらず、遠見の水晶球すら持たない以上はカーラ自身が参加者たちに接触していく必要があるが、雨に続く濃い霧に阻まれて城外へ出る決心がつかずにいた。
天候を操作するという選択肢は早々に放棄された。あの“神野陰之”との出会いから得た結論だ。
この島の天候を操っているのがかの者であるならば、カーラの行使しうる最大の魔力で〈天候制御〉の呪文を唱えたところで徒労に終わることはまず間違いないだろう。
結局、カーラは霧が薄くなるまでの時間を状況の整理に使うことにした。18時の放送も近く、安全な
場所で考えを深めるというのも悪くはないように思えたからだ。
カーラは窓の外へと向けていた視線をはずし、自分の支配する福沢祐巳の肉体を眺めわたした。
まず、最初に行うべきは、現在自分が行使しうる力の把握だ。休息によって疲労からはほぼ回復したといっても良く、安定と引き換えの運動能力の低下以外に身体上の問題は無い。
だが、魔法についてはどうだろうか。すでに、呪文の詠唱に要する精神力の増大には気付いていたが、今思えばそれだけということは無いように見える。
少なくとも、この場にあるが故の制約として〈隕石召喚〉の呪文は使えまい。そもそも、この世界の夜空に輝く星々が星界に属するものかも疑わしいが、島の“外”から内へと物質の移動を行うことは、その逆と同様に許されないだろう。
もっとも、これなどは大した問題ではない。原因と結果が十分に予測可能だからだ。
むしろ、以前の戦いにおいて〈魔法の縄〉が破られたことの方がはるかに重要な意味を持つ。あの時、巨人族の力をもってすら逃れることのできない束縛から老人は脱した。一方で、〈火球〉やその他の呪文は、その効果を減じることの無いまま発動している。原因は不明だが、結界などの影響とは無関係に特定の呪文だけが効果を表さないという可能性を常に意識しておく必要があるということだ。
(身体的な能力にはそれなりに期待できるとしても、魔法については注意が必要。
そして、……この額冠はどうなっているのかしら?)
例えば、だ。古代王国の亡霊たる自分が、五百年もの長きにわたってその存在を維持しえたのは、器の肉体を滅ぼした者は次の器として支配されるという魔力が額冠に付与されているからに他ならない。
だが、――あたかも参加者たちの如く――そこに何らかの手が加えられている可能性もありうるのではないだろうか?
傍証は有る。本来、器となる肉体を持たずしてはカーラとて何もできない。しかし、この世界では、付近にいる人間に語りかけることはできたし、その結果、竜堂終や福沢祐巳は額冠を装着し、その肉体を支配されることとなった。このゲームを仕組んだ者にとってその方が都合の良いからだろうと気にも留めていなかったが、ならば、他の部分にも彼らの都合で手が加えられていたとしても何の不思議も無いはずだ。
(そう、それこそ……)
記憶の欠如や“失われずに残っている”記憶、自分がここにいる理由ですら、そういった作為――都合の良いようにカーラを動かすための操作の一環――の結果であるのかもしれない。
改竄された記憶を持つ者ほど操りやすいものは他に無いだろう――それが可能ならばの話だが。
(あの神野とやらになら、できるのかもしれないわね)
そう呟いて、カーラはこの件についてそれ以上考えるのをやめた。
どのみち確かめる方法は無い。参加者たちのように刻印がなされているとすれば、解析のための呪文に反応して呪いが発動する恐れがあるからだ。
それに、彼らがあくまでこちらを参加者同様に扱うというならば、今はそれに従って動くだけのこと。
参加者として身を守り、参加者として他の参加者を操り、参加者としてゲームをつぶせばいい。
それは確かに困難なことではあるが、まったくの不可能ではない。そのことをカーラはある一人の戦士によって何度も思い知らされている――もっとも、その男もこの世界においては死を迎えたことを忘れる気は無いが。
依然として霧は晴れず、そして……三回目の放送が始まった。
現在の状況はカーラにとって思わしいものではない。これまでに出会った者のほぼ全てから敵対視されており、しかも、そのうち幾人かには正体が露見している。情報の提供者もおらず、遠見の水晶球すら持たない以上はカーラ自身が参加者たちに接触していく必要があるが、雨に続く濃い霧に阻まれて城外へ出る決心がつかずにいた。
天候を操作するという選択肢は早々に放棄された。あの“神野陰之”との出会いから得た結論だ。
この島の天候を操っているのがかの者であるならば、カーラの行使しうる最大の魔力で〈天候制御〉の呪文を唱えたところで徒労に終わることはまず間違いないだろう。
結局、カーラは霧が薄くなるまでの時間を状況の整理に使うことにした。18時の放送も近く、安全な
場所で考えを深めるというのも悪くはないように思えたからだ。
カーラは窓の外へと向けていた視線をはずし、自分の支配する福沢祐巳の肉体を眺めわたした。
まず、最初に行うべきは、現在自分が行使しうる力の把握だ。休息によって疲労からはほぼ回復したといっても良く、安定と引き換えの運動能力の低下以外に身体上の問題は無い。
だが、魔法についてはどうだろうか。すでに、呪文の詠唱に要する精神力の増大には気付いていたが、今思えばそれだけということは無いように見える。
少なくとも、この場にあるが故の制約として〈隕石召喚〉の呪文は使えまい。そもそも、この世界の夜空に輝く星々が星界に属するものかも疑わしいが、島の“外”から内へと物質の移動を行うことは、その逆と同様に許されないだろう。
もっとも、これなどは大した問題ではない。原因と結果が十分に予測可能だからだ。
むしろ、以前の戦いにおいて〈魔法の縄〉が破られたことの方がはるかに重要な意味を持つ。あの時、巨人族の力をもってすら逃れることのできない束縛から老人は脱した。一方で、〈火球〉やその他の呪文は、その効果を減じることの無いまま発動している。原因は不明だが、結界などの影響とは無関係に特定の呪文だけが効果を表さないという可能性を常に意識しておく必要があるということだ。
(身体的な能力にはそれなりに期待できるとしても、魔法については注意が必要。
そして、……この額冠はどうなっているのかしら?)
例えば、だ。古代王国の亡霊たる自分が、五百年もの長きにわたってその存在を維持しえたのは、器の肉体を滅ぼした者は次の器として支配されるという魔力が額冠に付与されているからに他ならない。
だが、――あたかも参加者たちの如く――そこに何らかの手が加えられている可能性もありうるのではないだろうか?
傍証は有る。本来、器となる肉体を持たずしてはカーラとて何もできない。しかし、この世界では、付近にいる人間に語りかけることはできたし、その結果、竜堂終や福沢祐巳は額冠を装着し、その肉体を支配されることとなった。このゲームを仕組んだ者にとってその方が都合の良いからだろうと気にも留めていなかったが、ならば、他の部分にも彼らの都合で手が加えられていたとしても何の不思議も無いはずだ。
(そう、それこそ……)
記憶の欠如や“失われずに残っている”記憶、自分がここにいる理由ですら、そういった作為――都合の良いようにカーラを動かすための操作の一環――の結果であるのかもしれない。
改竄された記憶を持つ者ほど操りやすいものは他に無いだろう――それが可能ならばの話だが。
(あの神野とやらになら、できるのかもしれないわね)
そう呟いて、カーラはこの件についてそれ以上考えるのをやめた。
どのみち確かめる方法は無い。参加者たちのように刻印がなされているとすれば、解析のための呪文に反応して呪いが発動する恐れがあるからだ。
それに、彼らがあくまでこちらを参加者同様に扱うというならば、今はそれに従って動くだけのこと。
参加者として身を守り、参加者として他の参加者を操り、参加者としてゲームをつぶせばいい。
それは確かに困難なことではあるが、まったくの不可能ではない。そのことをカーラはある一人の戦士によって何度も思い知らされている――もっとも、その男もこの世界においては死を迎えたことを忘れる気は無いが。
依然として霧は晴れず、そして……三回目の放送が始まった。
○
放送によって、袁鳳月と趙緑麗、坂井悠二、サラ・バーリンの死が明らかになった。
カーラの正体を知る者の数自体は減ったが、肝心の藤堂志摩子、竜堂終、ダナティアの三人がいまだに健在であり、依然として状況が好転したとは言い難い。
ただ、坂井悠二が消えてくれたことは僥倖だった。これで火乃香と、あの“神野陰之”に集中できる。
神野は……その言を信じるならば、時空にとらわれず、助力を願い出るものにその強大なる力を貸す、正に神のごとき存在だ。以前考えたとおり、これに対抗するために火乃香は使えるだろう。だが、神野に挑む前に死んでしまう可能性も無いわけではないし、こちらの都合の良いように動いてくれる保証もない。
終あたりと接触されて、命を狙っていることに気づかれるようなことにでもなれば、カーラにとっても危険な存在になりうる。他にも何らかの形で対抗手段を用意しておく必要があるだろう。
(“人”よりも“物”の方が扱いやすい……そう、例えば、“魂砕き”ならどうかしら?)
魔神王の不滅の魂すらも打ち砕き、消滅せしめたかの魔剣なら、神野に対しても致命的な一撃を加えられるかもしれない。
もちろん、自分を傷つけられるような武器をわざわざ支給品に加えておくとは考えにくいし、少なくとも、その力を弱めるように手を加えるぐらいのことはしているはずだ。だが、黒衣の将軍の名が名簿に記されている以上、考慮はしておいても損は無い。もし、存在するなら、それを振るう手とともに早急に確保すべきだろう。
同様に、役に立ちそうな物品があればなるべく手に入れ、その機能を把握しておきたいところだ。
有用な品を自分に都合良く動いてくれる参加者にわたしていくというのは、事態を望ましい方向へと動かすのには十分に有効な手段となる。
(けれど……)
カーラは眉をひそめた。刻印がある限り、それらの手立ての全ては無意味だ。火乃香だろうと、“魂砕き”を手にした戦士だろうと関係ない。神野は、その一撃が届く前に呪いを発動させるだけのことだろう。
結局、刻印の解除方法を手に入れなければどうにもならない。古代語魔法にも、呪いを含む一切の魔力を打ち消す呪文があるが、それはいわば正攻法であり、効果を現すためには刻印をなした者の魔力を打ち破る必要がある。
だが、それは不可能だ。
(……ならば鍵は十叶詠子)
彼女は神野の正体について知っているのみならず、刻印についても何かをつかんでいるようだった。
加えて、――“法典”とか言っていたか――ダナティア同様に参加者を結集させて、神野やアマワに相対しようとする者のことも知っているらしい。もし、手を組むならば、こちらの正体を知り、いずれ敵対を余儀なくされるダナティアよりも良い相手だろう。
(もっとも、先程の放送で、“法典”が名前を呼ばれなかったとも限らないのだけれど)
ふと、窓の外を見やると、霧はだいぶ薄くなっており、出発しても良い頃合のように思えた。
カーラは、傍らに置いておいた角材をつかんで立ち上がった。一見すると椅子の脚にしか見えないが、魔法の発動体としての魔力を付与してある。別段必要なものというわけではないが、なまじ魔法の知識がある者が相手ならば目くらましにはなるだろうと思い作成しておいたものだ。
上位古代語の文言を呟き、両腕を複雑に動かして呪文を紡いでいく。その最後の言葉とともに透視の呪文が完成した。目の前の扉の外の廊下、反対側の部屋の内部、さらにその向こうの様子が、カーラの意思に従い次々と脳裏に浮かび上がってくる。
それに気づいたのは、城の内部を探り、城の周囲を大雑把に見渡してもう一度階下を見下ろしたときのことだった。笑みを浮かべて扉に駆け寄ると、そっと囁く。
「ラスタ」
開き始めた扉をすり抜け、階段を慎重に、しかし素早く駆け下りる。幸い、現在、城の内部には自分しかいないから多少の音は問題にならない。それより、呪文の効力が続いている間に目的の場所に到達しておきたかった。
一階に降り立ち、扉をいくつかくぐって厨房に入った。この間も、魔法の感覚は捉え続けている。厨房の真下にある地下室、そこからさらに地下へと向かって続く階段。そして、その先に一人でたたずむ妖魔の姿を。
カーラは厨房の床にしつらえられた扉の前に立った。地下室に下りるには、この奥のはしごを降りればよいが、その前に一つだけ済ませるべきことがあった。手にした棒杖 を振り上げ、呪文の詠唱を開始する。
「……我が目は真実のみを見て、我が耳は真実のみを聞く」
カーラの正体を知る者の数自体は減ったが、肝心の藤堂志摩子、竜堂終、ダナティアの三人がいまだに健在であり、依然として状況が好転したとは言い難い。
ただ、坂井悠二が消えてくれたことは僥倖だった。これで火乃香と、あの“神野陰之”に集中できる。
神野は……その言を信じるならば、時空にとらわれず、助力を願い出るものにその強大なる力を貸す、正に神のごとき存在だ。以前考えたとおり、これに対抗するために火乃香は使えるだろう。だが、神野に挑む前に死んでしまう可能性も無いわけではないし、こちらの都合の良いように動いてくれる保証もない。
終あたりと接触されて、命を狙っていることに気づかれるようなことにでもなれば、カーラにとっても危険な存在になりうる。他にも何らかの形で対抗手段を用意しておく必要があるだろう。
(“人”よりも“物”の方が扱いやすい……そう、例えば、“魂砕き”ならどうかしら?)
魔神王の不滅の魂すらも打ち砕き、消滅せしめたかの魔剣なら、神野に対しても致命的な一撃を加えられるかもしれない。
もちろん、自分を傷つけられるような武器をわざわざ支給品に加えておくとは考えにくいし、少なくとも、その力を弱めるように手を加えるぐらいのことはしているはずだ。だが、黒衣の将軍の名が名簿に記されている以上、考慮はしておいても損は無い。もし、存在するなら、それを振るう手とともに早急に確保すべきだろう。
同様に、役に立ちそうな物品があればなるべく手に入れ、その機能を把握しておきたいところだ。
有用な品を自分に都合良く動いてくれる参加者にわたしていくというのは、事態を望ましい方向へと動かすのには十分に有効な手段となる。
(けれど……)
カーラは眉をひそめた。刻印がある限り、それらの手立ての全ては無意味だ。火乃香だろうと、“魂砕き”を手にした戦士だろうと関係ない。神野は、その一撃が届く前に呪いを発動させるだけのことだろう。
結局、刻印の解除方法を手に入れなければどうにもならない。古代語魔法にも、呪いを含む一切の魔力を打ち消す呪文があるが、それはいわば正攻法であり、効果を現すためには刻印をなした者の魔力を打ち破る必要がある。
だが、それは不可能だ。
(……ならば鍵は十叶詠子)
彼女は神野の正体について知っているのみならず、刻印についても何かをつかんでいるようだった。
加えて、――“法典”とか言っていたか――ダナティア同様に参加者を結集させて、神野やアマワに相対しようとする者のことも知っているらしい。もし、手を組むならば、こちらの正体を知り、いずれ敵対を余儀なくされるダナティアよりも良い相手だろう。
(もっとも、先程の放送で、“法典”が名前を呼ばれなかったとも限らないのだけれど)
ふと、窓の外を見やると、霧はだいぶ薄くなっており、出発しても良い頃合のように思えた。
カーラは、傍らに置いておいた角材をつかんで立ち上がった。一見すると椅子の脚にしか見えないが、魔法の発動体としての魔力を付与してある。別段必要なものというわけではないが、なまじ魔法の知識がある者が相手ならば目くらましにはなるだろうと思い作成しておいたものだ。
上位古代語の文言を呟き、両腕を複雑に動かして呪文を紡いでいく。その最後の言葉とともに透視の呪文が完成した。目の前の扉の外の廊下、反対側の部屋の内部、さらにその向こうの様子が、カーラの意思に従い次々と脳裏に浮かび上がってくる。
それに気づいたのは、城の内部を探り、城の周囲を大雑把に見渡してもう一度階下を見下ろしたときのことだった。笑みを浮かべて扉に駆け寄ると、そっと囁く。
「ラスタ」
開き始めた扉をすり抜け、階段を慎重に、しかし素早く駆け下りる。幸い、現在、城の内部には自分しかいないから多少の音は問題にならない。それより、呪文の効力が続いている間に目的の場所に到達しておきたかった。
一階に降り立ち、扉をいくつかくぐって厨房に入った。この間も、魔法の感覚は捉え続けている。厨房の真下にある地下室、そこからさらに地下へと向かって続く階段。そして、その先に一人でたたずむ妖魔の姿を。
カーラは厨房の床にしつらえられた扉の前に立った。地下室に下りるには、この奥のはしごを降りればよいが、その前に一つだけ済ませるべきことがあった。手にした
「……我が目は真実のみを見て、我が耳は真実のみを聞く」
○
放送から十五分。いまだに誰も姿を見せないことにピロテースはいらだっていた。
そもそも、放送で空目とサラの名が呼ばれてしまったことが忌々しい。一時とはいえ手を組んだ者が倒れたことに対する悔やみもあるが、そればかりではない。組んでいる者の人数が減れば、裏切りや外部からの攻撃に晒された際の危険度はその分増すことになる。それこそ、ついにクエロが裏切って、二人を殺害した可能性すらあるのだ――もっとも、それならばクリーオウが生きているはずもないとも思えたが。
いっそのこと、同盟を解消してしまった方が良いのではないのかとすら思えてくる。休息だけなら、木々の精霊 の力を借りて避難所を作ればいい。木々の生い茂る森の中でなら周囲の景色にまぎれ、他の参加者から襲撃を受ける心配はまず無い。
そもそも、放送で空目とサラの名が呼ばれてしまったことが忌々しい。一時とはいえ手を組んだ者が倒れたことに対する悔やみもあるが、そればかりではない。組んでいる者の人数が減れば、裏切りや外部からの攻撃に晒された際の危険度はその分増すことになる。それこそ、ついにクエロが裏切って、二人を殺害した可能性すらあるのだ――もっとも、それならばクリーオウが生きているはずもないとも思えたが。
いっそのこと、同盟を解消してしまった方が良いのではないのかとすら思えてくる。休息だけなら、
だが、実際にそうするわけにはいかない理由が二つあった。
まず、せつらとの連絡を失うわけにはいかないというのが一つ。(多少、酔狂なところがあるとしても)彼の協力がアシュラムと出会うためには非常に役立つことは否定できない。次に、城内を探索し、拠点とすることを諦めたくないというのがもう一つ。城は目立つ分、そこにアシュラムがいる可能性も、これから訪れる可能性もわずかながらある。しかし、自分一人では探索も休息も危険すぎてできたものではない。
ピロテースは、北へ続く通路のその奥の闇を見つめてため息をついた。待つことしかできない現在の状況が歯がゆい。
「話がしたいのだけれど、そちらに行ってもよいかしら? 闇の森の妖魔よ」
突然降ってきた声に、はじかれるようにしてピロテースは立ち上がった。木の枝を構えて周囲の様子を探るが誰もいない。
当然だ。声は、城内へ通じる階段の上から響いてきた。その主の姿など、ここから見えるはずもない。
しかし、ならばなぜ、相手はこちらを“闇の森の妖魔”と断言できるのだろうか。
「何者だ?」
「私の名に意味などないわ。ただ、ロードスに縁のある者と思ってもらえれば結構よ」
投げかけた言葉は、ただ、〈姿隠し〉の呪文を唱える時間を稼ぐつもりのものでしかないはずだった。
しかし、それに対する返答を、ピロテースは無視するわけにはいかない。ピロテース自身はロードスについて、誰かに話したことなど一度も無い。ならば、声の主は本当にかの島の出身者なのか、それとも……。
「降りてくるがいい。ただし、ゆっくりとな」
返答の代わりに、階段の上からは足音が響いてきた。魔法によるものか、それとも何らかの道具によるものなのかは分からないが、おそらく相手にはこちらの姿が見えている。それならば、こちらから姿が見える場所にいるほうが対処もしやすいはずだ。
ピロテースは木の枝を握った右手を背中に隠し、聞こえてくる足音に集中した。硬い靴底と石造りの床が立てる音は次第に高くなり……
姿を現したのは一人の少女だった。粗末な貫頭衣に身を包み、片手に短い木材を携えている。
奇妙なのはその額にいただかれた額冠。それには人の双眸を模した文様が彫りこまれており、まるで四つの瞳に見つめられているような錯覚に陥らされた。
「用件は?」
ピロテースはそれを睨み返して訊ねた。どうということもない少女に見える。だが、魔法の使い手である可能性もある以上、油断はできない。風の精霊力の働いていないこの場所で、〈沈黙〉の呪文は使えないのだから。
「限定的な協力関係の樹立と、情報の交換」
「名も明かさない者を信用するとでも?」
「思わないわ。
けれど、黒衣の将軍の身の安全を確保したいという点であなたと私は協調できるのではないかしら」
内心の動揺を悟られまいとするピロテースの努力を見透かしてか、少女はうすく笑んで後を続けた。
「もし、そうならば、この話はあなたにも益があるはず。
限定的な協力関係というのはね、六時間後、次の放送までに私が黒衣の将軍に出会ったら、
身の安全を確保してここに連れてきてあげようということ。
もちろん、あなたが私の用事をすませてくれるように約束してくれればの話だけれど」
少女はそこで再び言葉を切り、こちらの様子を窺ってきた。ピロテースが手で先を促すと、
うなずいて“用事”について語りだす。
「あなたは十叶詠子という少女について同じようにしてくれればいい。
『“祭祀”が“闇”について問いたがっている』と言えば通じるはずよ。
それと、火乃香という少女について。これは身柄を確保する必要はないわ。
現況について調べてくれればそれで十分」
“十叶詠子”という人物については空目から話を聞いている。彼の説明によれば、係わり合いになるのはかなり危険な手合いとのことだった。ならば、その身の安全を確保しようとする目の前の少女もまた、自分にとっては警戒すべき人物ではないのか? はたしてこの申し出、受けてよいものなのだろうか?
「……いいだろう。その二人の特徴について聞こう」
結局、疑念よりもアシュラムと合流できる可能性を少しでも増やしたいという思いが勝った。
少女の話に耳を傾け、その内容を記憶にとどめる。
こちらは一人であちらは二人。しかも、少女の言を信じるならば、アシュラムの身柄の確保はその元々の予定のうちにある。取引としては不利なようにも見えるが、積極的に動く必要が無いことを考えればさしたる問題にはならない。唯一、十叶詠子と実際に遇ってしまった場合を除いては。
「……次は、情報の交換といきましょうか。あなたの現在の仲間について――」
「それは断る」
「義理堅いこと。別に他意はない。彼らと私で争いになっては困るでしょう?」
拒絶の言葉に苦笑する少女に、ピロテースは鋭く告げた。
「信用していないと言ったはずだ。それとも、裏がないと証明できるとでも?」
「そうね。確かにそんなことはできない。
でも、あなたの返答の対価が、黒衣の将軍についての情報だとしたらいかが?」
「アシュラム様について知っているのか!?」
「おちつきなさい。それを聞きたければ、私の質問に答えるのが先よ」
ぎり、と音が鳴るほど奥歯を噛み締めて、ピロテースは怒気をはらんだ視線を少女に向けた。
一方の少女といえば、それをひるみもせず受け止めて、ただ冷ややかに見つめ返すばかり。
数秒か、数十秒か。張り詰めた空気の中で対峙し……
「私、は――」
「言う必要はないわ。私の質問に答える気でも、そうでなくてもね」
沈黙を先に破ったのはピロテース。しかし、その言葉を遮り、少女は告げた。
「ごめんなさいね。
私の無礼、詫びたところで許せるものではないでしょうけれど、それでも謝らせてもらうわ。
先ほどの質問の答えは、あなたが言う必要があると思えるようになったときに聞かせてもらえればいい。
最後まで言わなくてもいい。その代わりに他の質問に答えてもらう。
藤堂志摩子、竜堂終、ダナティア。この三人の中に会った者はいる?」
ピロテースは深く息を吸き、吐いて呼吸を整えた。自分の忠誠や信義、誇りをもてあそばれたことに対する怒りは深く、容易にぬぐえるものではない。だが、それに身をゆだねたところで何の意味があるだろうか。今はまだ、相手に従って会話を続けるほかないのだ。
他の二人は知らないが、確かダナティアはサラの仲間だったはず。しかし、大雑把な特徴を聞いているだけで、会ったことは一度もない。
少女の意図はわからないが、そのまま答えても問題は無いだろう、とピロテースは判断した。
「いないな」
「なら、“魂砕き”の所在について心当たりは?」
心当たりがまったく無いというわけではないが、それを教えてやるつもりはピロテースには毛頭もない。即座に否と答えた。
「見たこともない?」
「あれは、アシュラム様の物だ。もし目にするようなことがあれば、なんとしてでも取り返している。
そんなことより、私はお前の質問に答えた。そろそろ、そちらの情報について話すべきではないのか?」
食い下がってきた少女にピロテースは怪訝なものを覚えたが、これ以上こちらを怒らせるつもりはないということか、苛立たしげにそう告げてやると今度はあっさりと引き下がった。
「その通りね。夜明け前のことよ……」
少女は語った。G-8の物見やぐら周辺で、一人の少年がアシュラムと遭遇したこととその顛末、そして、アシュラムの傍らにいた女のことを。
如何なる偶然か、その女の特徴に合致する者をピロテースは知っている。詠子やダナティア同様、直接会ったことがあるわけではなかったが、極め付けに危険な人物としてだ。
(せつらに会わなければならない理由が増えたな……)
彼ならこの情報を最大限に役立てることができるはずだ。今は、何よりもアシュラムの様子がおかしいことが気がかりだった。
その次は、城と、その周辺地域の状況についての情報交換が行われた。少女が、説明のために鞄から紙と鉛筆を取り出そうとしたとき、警戒したピロテースが棒杖を捨てさせるという一幕はあったが、それ以外は衝突も無く、ピロテースは城の内部に関する情報を得、代わりに地下道を南に進めば洞窟に出ること、城の周辺には現時点ではほとんど人がいないと考えられることをかいつまんで説明した。
そして……
「私からの最後の質問だ。
赤い服を着た気の強い栗色の髪の女と、目つきとガラの悪い黒髪黒尽くめの男に出会ったことは?」
「残念ながらないわね。詳しく教えてもらえれば、連れてきてあげてもよいけれど?」
「無用だ。
言っておくが、私はこれ以上お前とは話したくない。
余計な世話を焼く暇があるなら、先に自分の最後の質問の内容でも考えるがいい」
「嫌われたものね」
肩をすくめてそう言うと、少女はなにやら考え込むようなそぶりを見せた。数秒の間そうしてから、手にした紙に鉛筆を走らせつつ口を開く。
「……魔力や、それに類する力に精通している者に心当たりは?」
放られた紙が床に落ちる前に、ピロテースはさっと左腕を伸ばしてそれを捕まえた。一瞬だけ少女から視線をはずし、流麗な書体で書かれたロードスの共通語の文に目を通す。
その目が、すうっ、と細くなった。
『管理者の耳から逃れることはできぬゆえご容赦を。この世界と、刻印について調べたい』
この島に解き放たれてからしばらく、頭にあったのは、いかにしてアシュラムの元にたどりつくかというただそれだけで、その後のことなど念頭に無かった。今思えばずいぶんと浅はかなことだ。
それに気づかせてくれたという点だけでも、“仲間”たちには感謝してよいだろう。
しかし、「この世界からの脱出方法を探す」と言ったゼルガディスは殺された。“異界”について言及した空目も、それによって刻印が無効化できる可能性を示唆したサラもだ。彼らは刻印やこの世界について何かをつかんでいたのかもしれない――サラや空目は自分たちの会話が筒抜けになっていると気づいていた節がある――が、最早何もできない。一方自分といえば、生きてはいるが刻印について何も打つ手はない。
ならば、――今もって目の前の少女を信用する気にはなれなかったが――なすべきことは一つだ。
木の枝が、石造りの床に落下して乾いた音を立てた。ピロテースはため息をついて右手を差し出し、少女がほうり投げた鉛筆を受け取ると、手にしたままの紙の余白に必要な事項について書き付けた。
「……私は会ったことはないが、先程の二人はかなり高度な魔法を操るらしい。
他にも、メフィストという男がいる」
ピロテースの手から離れた紙は、宙でくるりと一回転して少女の足元に滑り込んだ。
『刻印について調べているらしい』
まず、せつらとの連絡を失うわけにはいかないというのが一つ。(多少、酔狂なところがあるとしても)彼の協力がアシュラムと出会うためには非常に役立つことは否定できない。次に、城内を探索し、拠点とすることを諦めたくないというのがもう一つ。城は目立つ分、そこにアシュラムがいる可能性も、これから訪れる可能性もわずかながらある。しかし、自分一人では探索も休息も危険すぎてできたものではない。
ピロテースは、北へ続く通路のその奥の闇を見つめてため息をついた。待つことしかできない現在の状況が歯がゆい。
「話がしたいのだけれど、そちらに行ってもよいかしら? 闇の森の妖魔よ」
突然降ってきた声に、はじかれるようにしてピロテースは立ち上がった。木の枝を構えて周囲の様子を探るが誰もいない。
当然だ。声は、城内へ通じる階段の上から響いてきた。その主の姿など、ここから見えるはずもない。
しかし、ならばなぜ、相手はこちらを“闇の森の妖魔”と断言できるのだろうか。
「何者だ?」
「私の名に意味などないわ。ただ、ロードスに縁のある者と思ってもらえれば結構よ」
投げかけた言葉は、ただ、〈姿隠し〉の呪文を唱える時間を稼ぐつもりのものでしかないはずだった。
しかし、それに対する返答を、ピロテースは無視するわけにはいかない。ピロテース自身はロードスについて、誰かに話したことなど一度も無い。ならば、声の主は本当にかの島の出身者なのか、それとも……。
「降りてくるがいい。ただし、ゆっくりとな」
返答の代わりに、階段の上からは足音が響いてきた。魔法によるものか、それとも何らかの道具によるものなのかは分からないが、おそらく相手にはこちらの姿が見えている。それならば、こちらから姿が見える場所にいるほうが対処もしやすいはずだ。
ピロテースは木の枝を握った右手を背中に隠し、聞こえてくる足音に集中した。硬い靴底と石造りの床が立てる音は次第に高くなり……
姿を現したのは一人の少女だった。粗末な貫頭衣に身を包み、片手に短い木材を携えている。
奇妙なのはその額にいただかれた額冠。それには人の双眸を模した文様が彫りこまれており、まるで四つの瞳に見つめられているような錯覚に陥らされた。
「用件は?」
ピロテースはそれを睨み返して訊ねた。どうということもない少女に見える。だが、魔法の使い手である可能性もある以上、油断はできない。風の精霊力の働いていないこの場所で、〈沈黙〉の呪文は使えないのだから。
「限定的な協力関係の樹立と、情報の交換」
「名も明かさない者を信用するとでも?」
「思わないわ。
けれど、黒衣の将軍の身の安全を確保したいという点であなたと私は協調できるのではないかしら」
内心の動揺を悟られまいとするピロテースの努力を見透かしてか、少女はうすく笑んで後を続けた。
「もし、そうならば、この話はあなたにも益があるはず。
限定的な協力関係というのはね、六時間後、次の放送までに私が黒衣の将軍に出会ったら、
身の安全を確保してここに連れてきてあげようということ。
もちろん、あなたが私の用事をすませてくれるように約束してくれればの話だけれど」
少女はそこで再び言葉を切り、こちらの様子を窺ってきた。ピロテースが手で先を促すと、
うなずいて“用事”について語りだす。
「あなたは十叶詠子という少女について同じようにしてくれればいい。
『“祭祀”が“闇”について問いたがっている』と言えば通じるはずよ。
それと、火乃香という少女について。これは身柄を確保する必要はないわ。
現況について調べてくれればそれで十分」
“十叶詠子”という人物については空目から話を聞いている。彼の説明によれば、係わり合いになるのはかなり危険な手合いとのことだった。ならば、その身の安全を確保しようとする目の前の少女もまた、自分にとっては警戒すべき人物ではないのか? はたしてこの申し出、受けてよいものなのだろうか?
「……いいだろう。その二人の特徴について聞こう」
結局、疑念よりもアシュラムと合流できる可能性を少しでも増やしたいという思いが勝った。
少女の話に耳を傾け、その内容を記憶にとどめる。
こちらは一人であちらは二人。しかも、少女の言を信じるならば、アシュラムの身柄の確保はその元々の予定のうちにある。取引としては不利なようにも見えるが、積極的に動く必要が無いことを考えればさしたる問題にはならない。唯一、十叶詠子と実際に遇ってしまった場合を除いては。
「……次は、情報の交換といきましょうか。あなたの現在の仲間について――」
「それは断る」
「義理堅いこと。別に他意はない。彼らと私で争いになっては困るでしょう?」
拒絶の言葉に苦笑する少女に、ピロテースは鋭く告げた。
「信用していないと言ったはずだ。それとも、裏がないと証明できるとでも?」
「そうね。確かにそんなことはできない。
でも、あなたの返答の対価が、黒衣の将軍についての情報だとしたらいかが?」
「アシュラム様について知っているのか!?」
「おちつきなさい。それを聞きたければ、私の質問に答えるのが先よ」
ぎり、と音が鳴るほど奥歯を噛み締めて、ピロテースは怒気をはらんだ視線を少女に向けた。
一方の少女といえば、それをひるみもせず受け止めて、ただ冷ややかに見つめ返すばかり。
数秒か、数十秒か。張り詰めた空気の中で対峙し……
「私、は――」
「言う必要はないわ。私の質問に答える気でも、そうでなくてもね」
沈黙を先に破ったのはピロテース。しかし、その言葉を遮り、少女は告げた。
「ごめんなさいね。
私の無礼、詫びたところで許せるものではないでしょうけれど、それでも謝らせてもらうわ。
先ほどの質問の答えは、あなたが言う必要があると思えるようになったときに聞かせてもらえればいい。
最後まで言わなくてもいい。その代わりに他の質問に答えてもらう。
藤堂志摩子、竜堂終、ダナティア。この三人の中に会った者はいる?」
ピロテースは深く息を吸き、吐いて呼吸を整えた。自分の忠誠や信義、誇りをもてあそばれたことに対する怒りは深く、容易にぬぐえるものではない。だが、それに身をゆだねたところで何の意味があるだろうか。今はまだ、相手に従って会話を続けるほかないのだ。
他の二人は知らないが、確かダナティアはサラの仲間だったはず。しかし、大雑把な特徴を聞いているだけで、会ったことは一度もない。
少女の意図はわからないが、そのまま答えても問題は無いだろう、とピロテースは判断した。
「いないな」
「なら、“魂砕き”の所在について心当たりは?」
心当たりがまったく無いというわけではないが、それを教えてやるつもりはピロテースには毛頭もない。即座に否と答えた。
「見たこともない?」
「あれは、アシュラム様の物だ。もし目にするようなことがあれば、なんとしてでも取り返している。
そんなことより、私はお前の質問に答えた。そろそろ、そちらの情報について話すべきではないのか?」
食い下がってきた少女にピロテースは怪訝なものを覚えたが、これ以上こちらを怒らせるつもりはないということか、苛立たしげにそう告げてやると今度はあっさりと引き下がった。
「その通りね。夜明け前のことよ……」
少女は語った。G-8の物見やぐら周辺で、一人の少年がアシュラムと遭遇したこととその顛末、そして、アシュラムの傍らにいた女のことを。
如何なる偶然か、その女の特徴に合致する者をピロテースは知っている。詠子やダナティア同様、直接会ったことがあるわけではなかったが、極め付けに危険な人物としてだ。
(せつらに会わなければならない理由が増えたな……)
彼ならこの情報を最大限に役立てることができるはずだ。今は、何よりもアシュラムの様子がおかしいことが気がかりだった。
その次は、城と、その周辺地域の状況についての情報交換が行われた。少女が、説明のために鞄から紙と鉛筆を取り出そうとしたとき、警戒したピロテースが棒杖を捨てさせるという一幕はあったが、それ以外は衝突も無く、ピロテースは城の内部に関する情報を得、代わりに地下道を南に進めば洞窟に出ること、城の周辺には現時点ではほとんど人がいないと考えられることをかいつまんで説明した。
そして……
「私からの最後の質問だ。
赤い服を着た気の強い栗色の髪の女と、目つきとガラの悪い黒髪黒尽くめの男に出会ったことは?」
「残念ながらないわね。詳しく教えてもらえれば、連れてきてあげてもよいけれど?」
「無用だ。
言っておくが、私はこれ以上お前とは話したくない。
余計な世話を焼く暇があるなら、先に自分の最後の質問の内容でも考えるがいい」
「嫌われたものね」
肩をすくめてそう言うと、少女はなにやら考え込むようなそぶりを見せた。数秒の間そうしてから、手にした紙に鉛筆を走らせつつ口を開く。
「……魔力や、それに類する力に精通している者に心当たりは?」
放られた紙が床に落ちる前に、ピロテースはさっと左腕を伸ばしてそれを捕まえた。一瞬だけ少女から視線をはずし、流麗な書体で書かれたロードスの共通語の文に目を通す。
その目が、すうっ、と細くなった。
『管理者の耳から逃れることはできぬゆえご容赦を。この世界と、刻印について調べたい』
この島に解き放たれてからしばらく、頭にあったのは、いかにしてアシュラムの元にたどりつくかというただそれだけで、その後のことなど念頭に無かった。今思えばずいぶんと浅はかなことだ。
それに気づかせてくれたという点だけでも、“仲間”たちには感謝してよいだろう。
しかし、「この世界からの脱出方法を探す」と言ったゼルガディスは殺された。“異界”について言及した空目も、それによって刻印が無効化できる可能性を示唆したサラもだ。彼らは刻印やこの世界について何かをつかんでいたのかもしれない――サラや空目は自分たちの会話が筒抜けになっていると気づいていた節がある――が、最早何もできない。一方自分といえば、生きてはいるが刻印について何も打つ手はない。
ならば、――今もって目の前の少女を信用する気にはなれなかったが――なすべきことは一つだ。
木の枝が、石造りの床に落下して乾いた音を立てた。ピロテースはため息をついて右手を差し出し、少女がほうり投げた鉛筆を受け取ると、手にしたままの紙の余白に必要な事項について書き付けた。
「……私は会ったことはないが、先程の二人はかなり高度な魔法を操るらしい。
他にも、メフィストという男がいる」
ピロテースの手から離れた紙は、宙でくるりと一回転して少女の足元に滑り込んだ。
『刻印について調べているらしい』
○
霧が晴れた後も、変わらず城は静寂に満ちている。
その城門から、月明かりに照らされた草原へと一つの影が躍り出た。
森に入ろうというのか、影はすぐに道をそれて東へと走る。夜目の利く者ならば、その影が一人の少女であるとすぐに分かっただろうし、あるいはその額に奇妙な形をした冠を認めることができたかもしれない。
少女は森の縁にたどり着くと、そのまま奥へと進んでいく。その姿は木々に隠れ、たちまちのうちに見えなくなってしまった。
その城門から、月明かりに照らされた草原へと一つの影が躍り出た。
森に入ろうというのか、影はすぐに道をそれて東へと走る。夜目の利く者ならば、その影が一人の少女であるとすぐに分かっただろうし、あるいはその額に奇妙な形をした冠を認めることができたかもしれない。
少女は森の縁にたどり着くと、そのまま奥へと進んでいく。その姿は木々に隠れ、たちまちのうちに見えなくなってしまった。
行動を再開してから最初に出会った参加者が、アシュラム配下のダークエルフとは運が良かった。
こちらは相手の手の内を知っているし、取引材料もある。おまけに、行動を共にしている者もいる様子で交渉相手としては申し分なかった。
もっとも、必要な情報が不足なく得られたというわけではない。魔法の使い手であるという二人の名までは聞き出すことができなかったし、メフィストについても、外見的な特徴について教えてもらった程度にすぎない。“仲間”についても最後までしゃべらなかった。
“刻印”を餌にちらつかせてもこの程度。ずいぶんと嫌われてしまったようだが、提供された情報に嘘はない――あったとしても、あらかじめ唱えておいた呪文の効果によってすぐにそれと気づいたはずだ。
例外と言えば“魂砕き”についてだが、あの魔剣の威力を知る者ならば当然の反応といえばそのとおりで、気にするほどではないだろう。少なくとも、こちらを積極的に騙す気はなさそうだった。今後も情報交換の相手として期待できるかもしれない。
いずれにせよ、あの様子なら黒衣の将軍と刻印のどちらか、あるいはその両方の情報を求めて、次の放送の時には再び城の地下に姿を現すだろう。その時に、こちらの頼みを果たしてくれていることを祈るばかりだ。
こちらは相手の手の内を知っているし、取引材料もある。おまけに、行動を共にしている者もいる様子で交渉相手としては申し分なかった。
もっとも、必要な情報が不足なく得られたというわけではない。魔法の使い手であるという二人の名までは聞き出すことができなかったし、メフィストについても、外見的な特徴について教えてもらった程度にすぎない。“仲間”についても最後までしゃべらなかった。
“刻印”を餌にちらつかせてもこの程度。ずいぶんと嫌われてしまったようだが、提供された情報に嘘はない――あったとしても、あらかじめ唱えておいた呪文の効果によってすぐにそれと気づいたはずだ。
例外と言えば“魂砕き”についてだが、あの魔剣の威力を知る者ならば当然の反応といえばそのとおりで、気にするほどではないだろう。少なくとも、こちらを積極的に騙す気はなさそうだった。今後も情報交換の相手として期待できるかもしれない。
いずれにせよ、あの様子なら黒衣の将軍と刻印のどちらか、あるいはその両方の情報を求めて、次の放送の時には再び城の地下に姿を現すだろう。その時に、こちらの頼みを果たしてくれていることを祈るばかりだ。
【G-4/城の地下/1日目・18:35】
【ピロテース】
[状態]:多少の疲労と気力の消耗
(魔法の使用については上級のなら一回、初級のものでもあと数回が限度)。
[装備]:木の枝(長さ50cm程)
[道具]:蠱蛻衫 (出典@十二国記)
支給品2セット(地下ルートが書かれた地図、パン10食分、水3000ml+300ml)
アメリアの腕輪とアクセサリー
[思考]:アシュラムに会う。邪魔する者は殺す。再会後の行動はアシュラムに依存。
武器が欲しい。G-5に落ちている支給品の回収。
(中身のうち、水・食料品と咒式具はデイパックの片方とともに17:00頃にギギナにより回収)
もうしばらく待っても誰も来なければ、単独行動を始める。
[備考]:クエロを強く警戒。刻印に盗聴機能があるらしいことは知っている。
[状態]:多少の疲労と気力の消耗
(魔法の使用については上級のなら一回、初級のものでもあと数回が限度)。
[装備]:木の枝(長さ50cm程)
[道具]:
支給品2セット(地下ルートが書かれた地図、パン10食分、水3000ml+300ml)
アメリアの腕輪とアクセサリー
[思考]:アシュラムに会う。邪魔する者は殺す。再会後の行動はアシュラムに依存。
武器が欲しい。G-5に落ちている支給品の回収。
(中身のうち、水・食料品と咒式具はデイパックの片方とともに17:00頃にギギナにより回収)
もうしばらく待っても誰も来なければ、単独行動を始める。
[備考]:クエロを強く警戒。刻印に盗聴機能があるらしいことは知っている。
【G-4/城の地下/1日目・18:40】
【福沢祐巳(カーラ)】
[状態]:食鬼人化、あと40分の間、耳にした嘘を看破する呪文(センス・ライ)の効果が持続。
[装備]:サークレット、貫頭衣姿、魔法のワンド
[道具]:ロザリオ、デイパック(支給品入り/食料減)
[思考]:フォーセリアに影響を及ぼしそうな者を一人残らず潰す計画を立て、
(現在の目標:火乃香、黒幕『神野陰之』)
そのために必要な人員(十叶詠子 他)、物品(“魂砕き”)を捜索・確保する。
[備考]:黒幕の存在を知る。刻印に盗聴機能があるらしいことは知っているが特に調べてはいない。
[状態]:食鬼人化、あと40分の間、耳にした嘘を看破する呪文(センス・ライ)の効果が持続。
[装備]:サークレット、貫頭衣姿、魔法のワンド
[道具]:ロザリオ、デイパック(支給品入り/食料減)
[思考]:フォーセリアに影響を及ぼしそうな者を一人残らず潰す計画を立て、
(現在の目標:火乃香、黒幕『神野陰之』)
そのために必要な人員(十叶詠子 他)、物品(“魂砕き”)を捜索・確保する。
[備考]:黒幕の存在を知る。刻印に盗聴機能があるらしいことは知っているが特に調べてはいない。
- 2007/02/03 修正スレ288
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