第549話:最強証明(中編) 作:◆CC0Zm79P5c
◇◇◇
 夜の森。木の葉は彼らを上空から覆い隠し、暗闇は痕跡を見つけにくくしてくれる。
それでも死神は追跡をやめないだろう。この島から敵となる生命が消えるその時まで。
ヘイズの背後からは、途切れ途切れに轟音が追いかけてくる。
パイフウは善戦していた。この音が続いている限りは、自分たちが殺される心配はない。だが。
――演算終了。逃走成功確率12,74%
(クソっ)
先程から行っているI-ブレインの演算結果は、相変わらずろくでもなかった。
逃げれば逃げるほど逃走成功の確率は上がる。だが、それはコンマ小数点以下の微々たる物でしかない。
まるで、どれだけ足掻いても逃れられない未来を予告するように。
バラバラに逃げれば確率は跳ね上がるだろう――だが、誰もそれを提案しなかった。火乃香すらも。
パイフウと別れた後で、一番最初に走り出したのは彼女だった。
(火乃香は強い――フリをしてるんだろうな、きっと)
横目で、隣を走る彼女を見やる。
パイフウという、彼女と浅からぬ縁のある女性から受け取ったコートを大事に着込んで走る表情に迷いはない。
だが、それは感情を押し込めているだけだろう。演算ではなく、直感でそれを察する。
それでも、気丈だ。そうして他人を気遣えるのだから。
思わず口許に笑みが浮かぶ。
それを見たコミクロンがぜいぜいと喘ぎながら、それでもどうにか優雅に喋ろうと無駄な努力をする。
「どう、したヴァー、ミリオ、ン。酸素、欠乏症、で、幻覚でも、見えたか」
「お前こそ、息、上がってるぜ?」
二人で、声を殺して笑い合う。それでさらに肺に負担が掛かる。
だが、誰も止まろうとはしなかった。いつしか牛歩に劣る速度になろうとも、止まることはしない。
魔界医師メフィスト、そしてパイフウ。
自分たちを生かしてくれた彼らに報いる方法は、きっとそれだけだ。
ひたすらに逃げ続けて、そして――まあ、そこから先はあとで考える。
そのためにも、逃走を完了させなければいけない。
(それでも逃げるだけじゃ、成功しない)
盲信ではなく、決意でもなく、生き残るためならば現実を直視しなければならない。
それは絶望ではない。生存への意思だ。
ヴァーミリオン・CD・ヘイズ。彼は最強ではない。
フレイムヘイズとやり合えるほどの技量はなく、破壊精霊と殴り合えるほどの膂力もない。
ならば考えろ。もとより自分は欠陥品。その欠陥品のみに許された超速演算。人食い鳩が持てる武装はそれっきりだ。
I-ブレインが稼働する。あらゆる情報、戦術、経験を統合し組み合わせ、生存へのロジックを組み上げていく。
(……クソ、足りねえ)
だが何をするにしても、戦力が足りなさすぎる。
自分の記憶容量が狭いとはいえ、それでも遭遇はつい先程。脳裏に残る残像は鮮明だ。
だから分かる。炎使いの馬鹿げた身体能力には対抗できず、最強無比の巨人には対応すら出来ない。
(……ひとつだけ分かったことがあるとすれば、あの巨人の有効範囲くらいか)
ぽつりと胸中で洩らす。独り言に使えるような酸素は、もはや持ち合わせていなかった。
演算から導き出された結果。あの巨人は制御されているようで“されていない”。
戦術、破壊対象への選別にムラがありすぎる。手近な物から破壊している感じだ。
つまり、障害物が多いところで使用するにはある程度目標に接近しなくてはならない。
(だが、それなら一番近いところにいる使用者に危害が及ばないのは何故だ?)
何者からも制御されないような存在を武器にできるはずがない。どこかで詐欺をやられている。
さらに演算を続行する。
戦闘中、巨人が奇妙な方法で移動することがあった。まるで瞬間移動でもするかのように。
だが本当に瞬間移動が出来るのならば、走ったり跳んだりする必要はない。おそらくはここに意味がある。
科学者が対照実験から見出すように、瞬間移動した瞬間と、その他の時の情報から共通点と異なっている部分を検索。
―――エラー。ほんの僅か、情報が足りない。喉を掻きむしりたくなるようなもどかしさ。
(……クソ、あとひとつ、なにかあれば――)
計算しかできないということは、解答に従うしかないということだ。
ヴァーミリオン・ヘイズ。彼自身に解答を書き換える力はない。
だからヘイズは偶然を望んでいた。緻密な計算によって戦闘を行う彼にとっては、忌むべき要因でさえあるそれを。
(……けっ。らしくもないか)
そんなものに縋るとは、情けないにも程がある。
演算を止めずに、こうなりゃぶっ倒れるまで走ってやる、と覚悟したその時。
不意に、前方の茂みから人影が飛び出してくる。
(っ――こんな時に!)
三人は急停止した。合わせるように、人影も警戒するように拳を構える。
暗がりで不鮮明にしか確認できないが、どうやらそれは服の色のせいもあるらしい。全身黒ずくめ――
(最悪だ――思いっきりマーダーくせえじゃねえか!)
あまりにも強大なマーダーに追われていたため、遭遇戦など予期していなかった。
三対一とはいえ、ここで光や音のでる攻撃をしたら追撃者達に居所がばれる。
仮に相手が格闘の達人なら、無音で無力化できるのは剣技に秀でた火乃香しかいない。
だが、敵には無音という制限がない。銃器や魔法のような武器を持っているのだとしたら牽制しなくてはいけない。
「お前は――」
「お前ら――」
発言は同時。だが、構わずにヘイズは続けた。
「このゲームに乗った奴か!?」
「この近くで戦闘があったのか!?」
叫び合った内容から、情報を確認する。
互いにマーダーでないことが、一応は宣言された。だがヘイズ達には時間がない。
警戒は解かず、視線を逸らさないまま首を振る。生存を保証してくれる地響きはまだ続いていたが、いつ途切れるとも知れない。
それでも死神は追跡をやめないだろう。この島から敵となる生命が消えるその時まで。
ヘイズの背後からは、途切れ途切れに轟音が追いかけてくる。
パイフウは善戦していた。この音が続いている限りは、自分たちが殺される心配はない。だが。
――演算終了。逃走成功確率12,74%
(クソっ)
先程から行っているI-ブレインの演算結果は、相変わらずろくでもなかった。
逃げれば逃げるほど逃走成功の確率は上がる。だが、それはコンマ小数点以下の微々たる物でしかない。
まるで、どれだけ足掻いても逃れられない未来を予告するように。
バラバラに逃げれば確率は跳ね上がるだろう――だが、誰もそれを提案しなかった。火乃香すらも。
パイフウと別れた後で、一番最初に走り出したのは彼女だった。
(火乃香は強い――フリをしてるんだろうな、きっと)
横目で、隣を走る彼女を見やる。
パイフウという、彼女と浅からぬ縁のある女性から受け取ったコートを大事に着込んで走る表情に迷いはない。
だが、それは感情を押し込めているだけだろう。演算ではなく、直感でそれを察する。
それでも、気丈だ。そうして他人を気遣えるのだから。
思わず口許に笑みが浮かぶ。
それを見たコミクロンがぜいぜいと喘ぎながら、それでもどうにか優雅に喋ろうと無駄な努力をする。
「どう、したヴァー、ミリオ、ン。酸素、欠乏症、で、幻覚でも、見えたか」
「お前こそ、息、上がってるぜ?」
二人で、声を殺して笑い合う。それでさらに肺に負担が掛かる。
だが、誰も止まろうとはしなかった。いつしか牛歩に劣る速度になろうとも、止まることはしない。
魔界医師メフィスト、そしてパイフウ。
自分たちを生かしてくれた彼らに報いる方法は、きっとそれだけだ。
ひたすらに逃げ続けて、そして――まあ、そこから先はあとで考える。
そのためにも、逃走を完了させなければいけない。
(それでも逃げるだけじゃ、成功しない)
盲信ではなく、決意でもなく、生き残るためならば現実を直視しなければならない。
それは絶望ではない。生存への意思だ。
ヴァーミリオン・CD・ヘイズ。彼は最強ではない。
フレイムヘイズとやり合えるほどの技量はなく、破壊精霊と殴り合えるほどの膂力もない。
ならば考えろ。もとより自分は欠陥品。その欠陥品のみに許された超速演算。人食い鳩が持てる武装はそれっきりだ。
I-ブレインが稼働する。あらゆる情報、戦術、経験を統合し組み合わせ、生存へのロジックを組み上げていく。
(……クソ、足りねえ)
だが何をするにしても、戦力が足りなさすぎる。
自分の記憶容量が狭いとはいえ、それでも遭遇はつい先程。脳裏に残る残像は鮮明だ。
だから分かる。炎使いの馬鹿げた身体能力には対抗できず、最強無比の巨人には対応すら出来ない。
(……ひとつだけ分かったことがあるとすれば、あの巨人の有効範囲くらいか)
ぽつりと胸中で洩らす。独り言に使えるような酸素は、もはや持ち合わせていなかった。
演算から導き出された結果。あの巨人は制御されているようで“されていない”。
戦術、破壊対象への選別にムラがありすぎる。手近な物から破壊している感じだ。
つまり、障害物が多いところで使用するにはある程度目標に接近しなくてはならない。
(だが、それなら一番近いところにいる使用者に危害が及ばないのは何故だ?)
何者からも制御されないような存在を武器にできるはずがない。どこかで詐欺をやられている。
さらに演算を続行する。
戦闘中、巨人が奇妙な方法で移動することがあった。まるで瞬間移動でもするかのように。
だが本当に瞬間移動が出来るのならば、走ったり跳んだりする必要はない。おそらくはここに意味がある。
科学者が対照実験から見出すように、瞬間移動した瞬間と、その他の時の情報から共通点と異なっている部分を検索。
―――エラー。ほんの僅か、情報が足りない。喉を掻きむしりたくなるようなもどかしさ。
(……クソ、あとひとつ、なにかあれば――)
計算しかできないということは、解答に従うしかないということだ。
ヴァーミリオン・ヘイズ。彼自身に解答を書き換える力はない。
だからヘイズは偶然を望んでいた。緻密な計算によって戦闘を行う彼にとっては、忌むべき要因でさえあるそれを。
(……けっ。らしくもないか)
そんなものに縋るとは、情けないにも程がある。
演算を止めずに、こうなりゃぶっ倒れるまで走ってやる、と覚悟したその時。
不意に、前方の茂みから人影が飛び出してくる。
(っ――こんな時に!)
三人は急停止した。合わせるように、人影も警戒するように拳を構える。
暗がりで不鮮明にしか確認できないが、どうやらそれは服の色のせいもあるらしい。全身黒ずくめ――
(最悪だ――思いっきりマーダーくせえじゃねえか!)
あまりにも強大なマーダーに追われていたため、遭遇戦など予期していなかった。
三対一とはいえ、ここで光や音のでる攻撃をしたら追撃者達に居所がばれる。
仮に相手が格闘の達人なら、無音で無力化できるのは剣技に秀でた火乃香しかいない。
だが、敵には無音という制限がない。銃器や魔法のような武器を持っているのだとしたら牽制しなくてはいけない。
「お前は――」
「お前ら――」
発言は同時。だが、構わずにヘイズは続けた。
「このゲームに乗った奴か!?」
「この近くで戦闘があったのか!?」
叫び合った内容から、情報を確認する。
互いにマーダーでないことが、一応は宣言された。だがヘイズ達には時間がない。
警戒は解かず、視線を逸らさないまま首を振る。生存を保証してくれる地響きはまだ続いていたが、いつ途切れるとも知れない。
「悪いが話してる暇はない。後ろから超弩級のマーダー組が追撃してきている。いまは仲間が足止めしているが――」
「どうでもいい! 戦闘があったのなら、そこに金髪の小娘がいなかったか!?」
無視するようにして叫ぶ黒ずくめ。噛み合わない会話と時間の浪費に苛立ちが募る。
「いなかったよ! とにかく今はそんな場合じゃないんだ――!」
「ヘイズ、時間の無駄よ。まだ先生が食い止めている内に、早く」
「うむ。その通りだヴァーミリオン」
コミクロンが最後にそう断じた。黒ずくめにびしりと指を突きつけ、宣告する。
その動作に黒ずくめの注意がコミクロンに向き、そしてその白衣姿を認めると、なぜか悪い目つきがさらに吊り上がった。
「貴様、とにかく道を空けろ! でないと俺様の問答無用調停装置が――」
「って――コミクロン!?」
黒ずくめが驚愕し、彼の名を絶叫する。
どうやらコミクロンに原因があるようだが――
(――おい、待て)
ヘイズは違和感に気づいた。まだこちらはコミクロンの名前を口にしていない。
ヘイズとコミクロンは最初期の頃から組んでいるが、この目の前の男に遭遇したことはない。
ならば、この黒ずくめは――
「むう。貴様、何故この世紀の大天才の名を――ああ、俺が天才だからか」
「やっぱりコミクロンか。いや、俺――僕だ! キリランシェロだ!」
「……なんだと? キリランシェロ? 嘘をつけ、リストには載ってなかったぞ」
「いまはオーフェンって名乗ってるんだよ――ていうか、クソ。こんなのありなのか?」
「つまり――」
ヘイズは会話を遮った。時間が惜しい。
「あんたはコミクロンと同郷の――魔術士か? 証明できるものは?」
「<牙の塔>、チャイルドマン教室で一緒に学んだ。チャイルドマンはキエサルヒマ最強の黒魔術士だ。
ついでに、これがその証明だ」
黒ずくめが銀色を投げてくる。ナイフを警戒したが、どうやらそれはペンダントらしい。
コミクロンがキャッチし、裏側を確認する。
「コミクロン?」
「……確かに、キリランシェロのだ。言ってることも正しいが……」
むむ、と唸るコミクロン。時間の経過に苛立ちを隠しきれなくなってきた火乃香。
――パイフウと別れてから約一分。命と引き替えの足止めも、そろそろ限界だろうとヘイズは踏んでいた。
だがコミクロンと同郷だというこの黒魔術士の協力が得られれば。
事態を好転――とまでは行かなくても、破滅を先延ばしくらいは出来るかも知れない。
「キリランシェロ――だったか? 急いでいるようだったが、ここから先には進めない。
凄腕のマーダー二人がこっちを追跡している。誰彼構わず殺しまる最悪の奴らだ。だから俺たちと――」
「――悪いが組んで逃げるっていうのはなしだ。それよりも、くそっ。誰彼構わずだと? 最悪じゃねえか!」
「アンタは何しにここへ? 目的があるんなら協力できるとは思わないか?」
相手の返答に失望を覚えながらも、ヘイズは根気強く尋ねた。
このまま逃げ続けて僅かな確率にかけるか、あまりレートの良くない博打にかけるか。
確率としては五分五分だろう。もっとも、それもこの黒魔術士の目的次第だが。
「……この近くで零時に仲間と待ち合わせをしていたんだが、付近にマーダーの痕跡を見つけて戻ってきたんだ。
いまから一時間くらい前に待ち合わせ場所に着いた。そしたらついさっき爆音と叫び声みたいなのが聞こえた。
仲間が被害にあったのかもと思って見に行こうとしたら、いまここであんたらに会ったわけだ」
一息でそう言い切ると、オーフェンは急にあれ? といって辺りを見渡した。
「そういやあの人虫、どこにいきやがった? さっきまでその辺にいたんだが」
「連れがいるのか?」
「いや、きっぱりと連れってほどじゃないんだが、そいつの知り合いがいたらしくてな。
話を総合すると、どうもアンタ達のいってるマーダーがそうみたいだが――」
「――待て。敵の知り合いがいるのか?」
ヘイズははっとして、オーフェンに詰め寄った。
オーフェンは肩をすくめるような動作をすると、頷いた。
「ああ。つっても人畜無害……いやまあ、とにかく物理的な攻撃力はない奴だが」
「んなこたどうでもいい!」
急に声を荒げるヘイズ。その変貌に、残りの三人が絶句する。
ヘイズ自身も驚いていた。自分のことなのに、そうする理由がよく分からない。
だが、胸中に怒りはなかった。あえてカテゴライズするとすれば、それは――
「そいつはどこにいる!? いや、アンタでもいい。敵について何か聞かなかったか!?」
「ちょっと、ヘイズ――」
「おい、ヴァーミリオン?」
火乃香とコミクロンの問いにも、ヘイズは答えない。
オーフェンはしばらく考えるように虚空を見やっていた。記憶を辿る。
待ち合わせ場所で待っている間、スィリーはいつものように人生について意味のない見解を垂れ流していた。
だが巨大な咆吼が響いた時、それにスィリーは反応した。ただし、やはりいつもの軽い空虚な口調で。
『ぬう。あれはまさしく小娘魔神の雄叫び』
『小娘?』
『小娘を知らんのか? 増長し、すぐに泣き、さらに喧しく、俺様を拉致監禁しようとする残酷な生き物だが』
『……さっきいってた奴か。そいつが……近くにいる? あの叫び声はそいつのか?』
『あんな声で叫ぶのは小娘とはいわん気がする。絶対ナイフとか舐め回してるし、無駄にマッチョそうだ。
しかしまああれだな。無抵抗飛行路に干渉できる精霊が解放されたとしたら、俺も安全じゃねえしな。
逃げていいか?』
『危険なのか!?』
『お前さんには魔神のことを話した気もするが。
つっても地べたを這うしかできない哀れな生き物に期待するのも酷だあな。
とはいえ長老は言っていた。水晶眼に捕まりたくなかったら人間には近づくな、と。
まあ実際のところ近づいて水晶眼に捕まる可能性は皆無なわけだが、死んじまう可能性があるというのは洒落にならん。
――っておい黒ずくめ、急に走ってどこにいく?』
リピートされた人精霊の声に頭痛を再発させながらも、さほど長くはかけずに答える。
「……水晶眼がどうこうだとか、魔神だとか、そういう益体もない話は延々と聞いた」
「水晶眼? 魔神?」
「さあな。意味までは知らねえよ。というより、あの人虫の言うことに意味があるのかどうか――」
かぶりを振りながら、オーフェンの言葉の後半は呻き声になっていた。
だが、ヘイズはそれを聞いていない。I-ブレインが再び高速で演算を開始している。
そうして、ようやく“答え”がでる。
(――繋がった)
あと少しが、繋がった。
情報が足りなかった部分に、その黒魔術士が何の気なしに呟いた単語がぴたりと当てはまる。
偶然にも。
「くっ――はははははは!」
「ちょ、ヘイズ!?」
「ヴァーミリオン!?」
壊れたように笑い出したヘイズに、火乃香とコミクロンが絶句する。
それでも笑いは止まらない。ひたすらに馬鹿馬鹿しい。こんな偶然は彼の高度演算機能ですら算出できない。
だからこそ、あの常識外なマーダー達に打ち勝てる。
「――あるぞ」
「……え?」
ぴたりと笑いを収め、唐突に冷静な呟きを発したヘイズ。
それにきょとんとする二人と黒ずくめ――確かオーフェンだかキリランシェロだかと言ったか。
彼らを見渡しながら、ヘイズは紡いだ。反撃の言葉を。
「この戦いに勝つ方法だ。俺たちは勝ち残れる」
「どうでもいい! 戦闘があったのなら、そこに金髪の小娘がいなかったか!?」
無視するようにして叫ぶ黒ずくめ。噛み合わない会話と時間の浪費に苛立ちが募る。
「いなかったよ! とにかく今はそんな場合じゃないんだ――!」
「ヘイズ、時間の無駄よ。まだ先生が食い止めている内に、早く」
「うむ。その通りだヴァーミリオン」
コミクロンが最後にそう断じた。黒ずくめにびしりと指を突きつけ、宣告する。
その動作に黒ずくめの注意がコミクロンに向き、そしてその白衣姿を認めると、なぜか悪い目つきがさらに吊り上がった。
「貴様、とにかく道を空けろ! でないと俺様の問答無用調停装置が――」
「って――コミクロン!?」
黒ずくめが驚愕し、彼の名を絶叫する。
どうやらコミクロンに原因があるようだが――
(――おい、待て)
ヘイズは違和感に気づいた。まだこちらはコミクロンの名前を口にしていない。
ヘイズとコミクロンは最初期の頃から組んでいるが、この目の前の男に遭遇したことはない。
ならば、この黒ずくめは――
「むう。貴様、何故この世紀の大天才の名を――ああ、俺が天才だからか」
「やっぱりコミクロンか。いや、俺――僕だ! キリランシェロだ!」
「……なんだと? キリランシェロ? 嘘をつけ、リストには載ってなかったぞ」
「いまはオーフェンって名乗ってるんだよ――ていうか、クソ。こんなのありなのか?」
「つまり――」
ヘイズは会話を遮った。時間が惜しい。
「あんたはコミクロンと同郷の――魔術士か? 証明できるものは?」
「<牙の塔>、チャイルドマン教室で一緒に学んだ。チャイルドマンはキエサルヒマ最強の黒魔術士だ。
ついでに、これがその証明だ」
黒ずくめが銀色を投げてくる。ナイフを警戒したが、どうやらそれはペンダントらしい。
コミクロンがキャッチし、裏側を確認する。
「コミクロン?」
「……確かに、キリランシェロのだ。言ってることも正しいが……」
むむ、と唸るコミクロン。時間の経過に苛立ちを隠しきれなくなってきた火乃香。
――パイフウと別れてから約一分。命と引き替えの足止めも、そろそろ限界だろうとヘイズは踏んでいた。
だがコミクロンと同郷だというこの黒魔術士の協力が得られれば。
事態を好転――とまでは行かなくても、破滅を先延ばしくらいは出来るかも知れない。
「キリランシェロ――だったか? 急いでいるようだったが、ここから先には進めない。
凄腕のマーダー二人がこっちを追跡している。誰彼構わず殺しまる最悪の奴らだ。だから俺たちと――」
「――悪いが組んで逃げるっていうのはなしだ。それよりも、くそっ。誰彼構わずだと? 最悪じゃねえか!」
「アンタは何しにここへ? 目的があるんなら協力できるとは思わないか?」
相手の返答に失望を覚えながらも、ヘイズは根気強く尋ねた。
このまま逃げ続けて僅かな確率にかけるか、あまりレートの良くない博打にかけるか。
確率としては五分五分だろう。もっとも、それもこの黒魔術士の目的次第だが。
「……この近くで零時に仲間と待ち合わせをしていたんだが、付近にマーダーの痕跡を見つけて戻ってきたんだ。
いまから一時間くらい前に待ち合わせ場所に着いた。そしたらついさっき爆音と叫び声みたいなのが聞こえた。
仲間が被害にあったのかもと思って見に行こうとしたら、いまここであんたらに会ったわけだ」
一息でそう言い切ると、オーフェンは急にあれ? といって辺りを見渡した。
「そういやあの人虫、どこにいきやがった? さっきまでその辺にいたんだが」
「連れがいるのか?」
「いや、きっぱりと連れってほどじゃないんだが、そいつの知り合いがいたらしくてな。
話を総合すると、どうもアンタ達のいってるマーダーがそうみたいだが――」
「――待て。敵の知り合いがいるのか?」
ヘイズははっとして、オーフェンに詰め寄った。
オーフェンは肩をすくめるような動作をすると、頷いた。
「ああ。つっても人畜無害……いやまあ、とにかく物理的な攻撃力はない奴だが」
「んなこたどうでもいい!」
急に声を荒げるヘイズ。その変貌に、残りの三人が絶句する。
ヘイズ自身も驚いていた。自分のことなのに、そうする理由がよく分からない。
だが、胸中に怒りはなかった。あえてカテゴライズするとすれば、それは――
「そいつはどこにいる!? いや、アンタでもいい。敵について何か聞かなかったか!?」
「ちょっと、ヘイズ――」
「おい、ヴァーミリオン?」
火乃香とコミクロンの問いにも、ヘイズは答えない。
オーフェンはしばらく考えるように虚空を見やっていた。記憶を辿る。
待ち合わせ場所で待っている間、スィリーはいつものように人生について意味のない見解を垂れ流していた。
だが巨大な咆吼が響いた時、それにスィリーは反応した。ただし、やはりいつもの軽い空虚な口調で。
『ぬう。あれはまさしく小娘魔神の雄叫び』
『小娘?』
『小娘を知らんのか? 増長し、すぐに泣き、さらに喧しく、俺様を拉致監禁しようとする残酷な生き物だが』
『……さっきいってた奴か。そいつが……近くにいる? あの叫び声はそいつのか?』
『あんな声で叫ぶのは小娘とはいわん気がする。絶対ナイフとか舐め回してるし、無駄にマッチョそうだ。
しかしまああれだな。無抵抗飛行路に干渉できる精霊が解放されたとしたら、俺も安全じゃねえしな。
逃げていいか?』
『危険なのか!?』
『お前さんには魔神のことを話した気もするが。
つっても地べたを這うしかできない哀れな生き物に期待するのも酷だあな。
とはいえ長老は言っていた。水晶眼に捕まりたくなかったら人間には近づくな、と。
まあ実際のところ近づいて水晶眼に捕まる可能性は皆無なわけだが、死んじまう可能性があるというのは洒落にならん。
――っておい黒ずくめ、急に走ってどこにいく?』
リピートされた人精霊の声に頭痛を再発させながらも、さほど長くはかけずに答える。
「……水晶眼がどうこうだとか、魔神だとか、そういう益体もない話は延々と聞いた」
「水晶眼? 魔神?」
「さあな。意味までは知らねえよ。というより、あの人虫の言うことに意味があるのかどうか――」
かぶりを振りながら、オーフェンの言葉の後半は呻き声になっていた。
だが、ヘイズはそれを聞いていない。I-ブレインが再び高速で演算を開始している。
そうして、ようやく“答え”がでる。
(――繋がった)
あと少しが、繋がった。
情報が足りなかった部分に、その黒魔術士が何の気なしに呟いた単語がぴたりと当てはまる。
偶然にも。
「くっ――はははははは!」
「ちょ、ヘイズ!?」
「ヴァーミリオン!?」
壊れたように笑い出したヘイズに、火乃香とコミクロンが絶句する。
それでも笑いは止まらない。ひたすらに馬鹿馬鹿しい。こんな偶然は彼の高度演算機能ですら算出できない。
だからこそ、あの常識外なマーダー達に打ち勝てる。
「――あるぞ」
「……え?」
ぴたりと笑いを収め、唐突に冷静な呟きを発したヘイズ。
それにきょとんとする二人と黒ずくめ――確かオーフェンだかキリランシェロだかと言ったか。
彼らを見渡しながら、ヘイズは紡いだ。反撃の言葉を。
「この戦いに勝つ方法だ。俺たちは勝ち残れる」
◇◇◇
 タリスマンの力で炎の翼を増幅。飛翔し、目標を捉えるまでに一分と掛からない。
だが、シャナはこのまま突撃することを得策ではないと判断する。
吸血鬼は夜に生きる生物だ。いまのシャナは、暗くて視界に困るということはない。
その超視覚が、敵の奇妙な動作を見破っていた。
十メートル四方ほどに木が伐採され、平地となったその中心に顔までは見えないが三つの人影がある。
影の数は逃走前と同じ。僅かに危惧していた分散して逃げられるということはなかったらしい。
(たぶん、待ち伏せ)
シャナは決して自分の力を過信してはいない。
そこに油断はない。なぜならば、彼女には果たすべき目標があるからだ。
敵を、殺す。自己保存の為ではなく、他者の生存の為に殺す。
殺さなければいけない。その義務のために、彼女に失敗は許されない。
故に、彼女に油断はない。
敵もまさかこの局面ではったりはあるまい。待ち構えているということは、こちらを打ち破る自信があるということ。
おそらくはあの急造の陣地も、何かを狙ってのことなのだろう。
(なら、こっちもそれを利用する)
フリウはシャナ。シャナはフリウ。
この短時間での戦闘で、彼女たちはお互いの癖や性質を完全に把握し始めていた。
歪んだ心の合致は、それほどまでに強い。
「真上から仕掛ける。障害物がないから、おまえの破壊精霊を最大射程で使える」
「分かった」
フリウが答える。
彼女の使う破壊精霊はあくまで虚像。ただの投影ゆえに、精霊は彼女からそれほど離れられない。
かつてリス・オニキスニに師事する前。生涯で二度目の解放をした時に、彼女は精霊に引きずられていた。
先程のパイフウとの戦いで、すでに彼女たちは障害物の多いところは不利だと悟っている。
待ち伏せされているのだったら、接近戦もそれほど安全ではない。
――ならば一番の有効策は、最遠距離から最大火力を叩き込むことだ。
「上空に到達したら、翼のブーストを解いておまえに回す。一撃で決めて」
言い放つより早く、シャナは急上昇を開始する。
フリウ・ハリスコーは念糸を紡ぎ始めた。水晶眼に接続し、開門式を唱えるタイミングを計る。
ふと、フリウはシャナを右目で盗み見た。
抱えられているため、接している部分からは人の温もりを感じる。だが。
(……あたしは、この人と同じ)
この温もりは他人の温もりではない。
自分の温もりならば、信用できない。それは錯覚かも知れない。
かつてフリウ・ハリスコーは未知を下した。
信じるに足る、確たる物。それを問われ、フリウ・ハリスコーはひとの繋がりを示した。
証拠などない。だが信じられるもの。
ひとは独りでは生きられない。だが、ふたりならきっと信じられる。
シャナにはいる。多くを失ったが、それでもシャナは己が信じられる者の為に戦っている。
フリウにはいない。全てを失い、フリウ・ハリスコーは孤独だった。
(だから、あたしは何も信じられない)
気配がした。気のせいかも知れない。だがどちらも似たようなものだ。その本質は果たされるであろう未来にある。
精霊アマワ。フリウはぼんやりとその名前を繰り返した。
黒幕はきっとこいつだろう――シャナから聞いた時、フリウは確信していた。
アマワはいつも奪っていく。そしていまのフリウにそれを止める術はない。
(サリオン……アイゼン、ラズ、マリオ、マデュー、マーカス、ミズー・ビアンカ……)
もう会えない彼らの名前。そこにフリウはいくつか名を付け加えた。チャッピー、要、潤、アイザック、ミリア。
失ったものは、取り返せない。この異界に来て、フリウ・ハリスコーはすべてを失った。
信じられない……ひとりであるかぎり何も信じられない……
(だから、全部壊そう)
暗い決意と共に、知らずの内俯いていた顔をあげる。と。
「よお」
「……」
そこには見覚えのある顔があった。
いや、顔というには語弊があるか。こちらから十センチほどしか離れていないのに、その全身像が視界に収まる。
最初に浮かんだ感情は、懐かしさというよりは単純な疑問だった。
「……スィリー? なんであんたここにいるのよ」
「さあなぁ。高度すぎて言っても小娘には理解できないかもしれんし」
羽があるというのに、相変わらず人精霊はそれを無視した姿勢で飛行していた。寸分違わず、こちらと同じ速度で。
その理不尽さ、意味の無さは相変わらずだ。
そして相変わらずなものだから、やはりかつてのように無駄な話を展開する。
「しっかしまあ、随分な挨拶だぁな。
俺を置いてった黒ずくめを追いかけてたら、何やら森林破壊活動に勤しんでる小娘を見つけてわざわざ来てやったのに。
まあ小娘だからな。ああ小娘ならしょうがないな」
うんうんとスィリーは勝手に納得すると、だがすぐに顔をしかめた。
ようやく周囲の状況に気づいたとでもいうように辺りを見渡し、言ってくる。
「ぬう。しかし小娘も飛べるようになっていたとは小癪千万。
こうして制空権まで奪われて、俺は西へ東への根無し草。まあもともと飛んでるのに根っこも何もないが」
以前と変わらず、何の益体もないことを言う人精霊は、しかしある一点で視線を止めた。
その視線を辿ろうとし、全く辿れないことで理解する。スィリーは念糸の繋がれた水晶眼を注視していた。
「……制空権の徹底的剥奪か? いや、答えんでいい。ところで俺帰ってもいいか?」
「あ――」
その言葉に。
無意味なはずの人精霊の言葉に反応するように、フリウは反射的に念糸を解こうとしていた。
――その刹那。
きゅぼうっ、というゴム地を指で擦るような音と共に、火球がスィリーを飲み込んだ。
火は一瞬で消えるが、その時にはスィリーも焼失している。
「……余計なことは考えなくていい」
耳元で、そんな声が響く。
シャナは気づいたのだろう。繋がっていた同一の存在が、同一でなくなろうとした瞬間を。
歪みで練り上げられた彼女たちの絆。強い絆。強固な絆。全てを殺害して破壊する絆。
それはあらゆる意味で、この世の如何なる物質をも破壊できる破壊精霊と同じだ。
だが、シャナはこのまま突撃することを得策ではないと判断する。
吸血鬼は夜に生きる生物だ。いまのシャナは、暗くて視界に困るということはない。
その超視覚が、敵の奇妙な動作を見破っていた。
十メートル四方ほどに木が伐採され、平地となったその中心に顔までは見えないが三つの人影がある。
影の数は逃走前と同じ。僅かに危惧していた分散して逃げられるということはなかったらしい。
(たぶん、待ち伏せ)
シャナは決して自分の力を過信してはいない。
そこに油断はない。なぜならば、彼女には果たすべき目標があるからだ。
敵を、殺す。自己保存の為ではなく、他者の生存の為に殺す。
殺さなければいけない。その義務のために、彼女に失敗は許されない。
故に、彼女に油断はない。
敵もまさかこの局面ではったりはあるまい。待ち構えているということは、こちらを打ち破る自信があるということ。
おそらくはあの急造の陣地も、何かを狙ってのことなのだろう。
(なら、こっちもそれを利用する)
フリウはシャナ。シャナはフリウ。
この短時間での戦闘で、彼女たちはお互いの癖や性質を完全に把握し始めていた。
歪んだ心の合致は、それほどまでに強い。
「真上から仕掛ける。障害物がないから、おまえの破壊精霊を最大射程で使える」
「分かった」
フリウが答える。
彼女の使う破壊精霊はあくまで虚像。ただの投影ゆえに、精霊は彼女からそれほど離れられない。
かつてリス・オニキスニに師事する前。生涯で二度目の解放をした時に、彼女は精霊に引きずられていた。
先程のパイフウとの戦いで、すでに彼女たちは障害物の多いところは不利だと悟っている。
待ち伏せされているのだったら、接近戦もそれほど安全ではない。
――ならば一番の有効策は、最遠距離から最大火力を叩き込むことだ。
「上空に到達したら、翼のブーストを解いておまえに回す。一撃で決めて」
言い放つより早く、シャナは急上昇を開始する。
フリウ・ハリスコーは念糸を紡ぎ始めた。水晶眼に接続し、開門式を唱えるタイミングを計る。
ふと、フリウはシャナを右目で盗み見た。
抱えられているため、接している部分からは人の温もりを感じる。だが。
(……あたしは、この人と同じ)
この温もりは他人の温もりではない。
自分の温もりならば、信用できない。それは錯覚かも知れない。
かつてフリウ・ハリスコーは未知を下した。
信じるに足る、確たる物。それを問われ、フリウ・ハリスコーはひとの繋がりを示した。
証拠などない。だが信じられるもの。
ひとは独りでは生きられない。だが、ふたりならきっと信じられる。
シャナにはいる。多くを失ったが、それでもシャナは己が信じられる者の為に戦っている。
フリウにはいない。全てを失い、フリウ・ハリスコーは孤独だった。
(だから、あたしは何も信じられない)
気配がした。気のせいかも知れない。だがどちらも似たようなものだ。その本質は果たされるであろう未来にある。
精霊アマワ。フリウはぼんやりとその名前を繰り返した。
黒幕はきっとこいつだろう――シャナから聞いた時、フリウは確信していた。
アマワはいつも奪っていく。そしていまのフリウにそれを止める術はない。
(サリオン……アイゼン、ラズ、マリオ、マデュー、マーカス、ミズー・ビアンカ……)
もう会えない彼らの名前。そこにフリウはいくつか名を付け加えた。チャッピー、要、潤、アイザック、ミリア。
失ったものは、取り返せない。この異界に来て、フリウ・ハリスコーはすべてを失った。
信じられない……ひとりであるかぎり何も信じられない……
(だから、全部壊そう)
暗い決意と共に、知らずの内俯いていた顔をあげる。と。
「よお」
「……」
そこには見覚えのある顔があった。
いや、顔というには語弊があるか。こちらから十センチほどしか離れていないのに、その全身像が視界に収まる。
最初に浮かんだ感情は、懐かしさというよりは単純な疑問だった。
「……スィリー? なんであんたここにいるのよ」
「さあなぁ。高度すぎて言っても小娘には理解できないかもしれんし」
羽があるというのに、相変わらず人精霊はそれを無視した姿勢で飛行していた。寸分違わず、こちらと同じ速度で。
その理不尽さ、意味の無さは相変わらずだ。
そして相変わらずなものだから、やはりかつてのように無駄な話を展開する。
「しっかしまあ、随分な挨拶だぁな。
俺を置いてった黒ずくめを追いかけてたら、何やら森林破壊活動に勤しんでる小娘を見つけてわざわざ来てやったのに。
まあ小娘だからな。ああ小娘ならしょうがないな」
うんうんとスィリーは勝手に納得すると、だがすぐに顔をしかめた。
ようやく周囲の状況に気づいたとでもいうように辺りを見渡し、言ってくる。
「ぬう。しかし小娘も飛べるようになっていたとは小癪千万。
こうして制空権まで奪われて、俺は西へ東への根無し草。まあもともと飛んでるのに根っこも何もないが」
以前と変わらず、何の益体もないことを言う人精霊は、しかしある一点で視線を止めた。
その視線を辿ろうとし、全く辿れないことで理解する。スィリーは念糸の繋がれた水晶眼を注視していた。
「……制空権の徹底的剥奪か? いや、答えんでいい。ところで俺帰ってもいいか?」
「あ――」
その言葉に。
無意味なはずの人精霊の言葉に反応するように、フリウは反射的に念糸を解こうとしていた。
――その刹那。
きゅぼうっ、というゴム地を指で擦るような音と共に、火球がスィリーを飲み込んだ。
火は一瞬で消えるが、その時にはスィリーも焼失している。
「……余計なことは考えなくていい」
耳元で、そんな声が響く。
シャナは気づいたのだろう。繋がっていた同一の存在が、同一でなくなろうとした瞬間を。
歪みで練り上げられた彼女たちの絆。強い絆。強固な絆。全てを殺害して破壊する絆。
それはあらゆる意味で、この世の如何なる物質をも破壊できる破壊精霊と同じだ。
 それはもしかしたら、一番弱い。
 手軽く簡単に信じることの出来る手段。だが、最強ではない。
怒りは湧かなかった。フリウは再び俯いて、念糸を繋ぎ直す。
(……あたしは、これで本当に全部なくしちゃった)
気づけば上昇は終わり、下降に転じている。
フリウ・ハリスコーは開門式を唱え始めた。シャナも翼のブーストを解除し、増幅の呪文を唱える。
再び彼女たちは同一となった。完全に息のあった動作で、その他余分なものは一切無い。
それでもフリウは自分の頬を撫でてみる。
しかし一筋も濡れていないことだけを確認すると、彼女は再び狂気に没した。
怒りは湧かなかった。フリウは再び俯いて、念糸を繋ぎ直す。
(……あたしは、これで本当に全部なくしちゃった)
気づけば上昇は終わり、下降に転じている。
フリウ・ハリスコーは開門式を唱え始めた。シャナも翼のブーストを解除し、増幅の呪文を唱える。
再び彼女たちは同一となった。完全に息のあった動作で、その他余分なものは一切無い。
それでもフリウは自分の頬を撫でてみる。
しかし一筋も濡れていないことだけを確認すると、彼女は再び狂気に没した。
◇◇◇
「真上から来たか」
火乃香の努力によって突貫工事で造り上げた舞台。その中心に根付いている切り株の上でヘイズは待ち構えていた。
<I-ブレインの動作効率を100%に再設定>
抵効率で直前までひたすら演算させていたI-ブレインを一気に引き上げる。
初撃は自分が担う。失敗すれば全滅だ。
それは許されない。だからこうして周到なまでの用意を行った。
夜の静寂は空気分子の運動予測演算を容易くさせた。
舞台を整えれば、木の枝や葉がぶつかり合うことで空気分子の運動を不規則にさせることもない。
パイフウがいなければ、こんな大がかりな仕掛けは用意出来なかった。
だから失敗は許されない。支払ったものを無駄には出来ない。
ヘイズは上空を睨みやる。
木を切り倒したのは、演算の補助ともうひとつ理由があった。視界の確保。
こちらが相手を確認でき、さらには相手からもこちらを確認してくれなければならない。
双方がお互いを認識していると確認することで、奇襲という可能性は消える。
(そうすると、互いのアドバンテージは待ち伏せの罠と、突貫の勢い)
こちらの罠が相手を打ち破るか。それとも相手の圧倒的戦力がこちらを打ち破るか。
――決まっている。
(俺たちが、勝つ)
敵は炎の翼で姿勢を制御しながら降下してくる。
降りてくるのは小娘ふたりだが、その脅威は隕石が降ってくるのと然したる違いはない。
未だ、翼の光は豆粒のように遠い。だから錯覚だろうが、ヘイズには彼女たちの顔が見えるような気がした。
白い眼球を、こちらに向けた姿が。
(視線か)
巨人の瞬間移動の謎は、僅かに情報が足りずに解けなかった。
だが、オーフェンが洩らした単語。眼という単語。それがヒントになった。
銀の巨人は、常に少女の目の前にいた。目の前にしかいなかった。
これならば全ての仮定に説明が付く。少女が自分を見ないかぎり、自分が攻撃の対象になることはない。
おそらくは眼球が向いている方向にしかあの巨人は顕現も出来ないし、進むことも出来ないのだろう。
恐ろしいほどの偶然が、最後の一押しとなった。
『俺の先生曰く、起こっちまった偶然を否定するのは愚か者だってな』
そういえば全ての事情を話したとき、あの黒魔術士はそんなことを言っていたか。
(……腑に落ちないが、確かに疑ってもしょうがない)
この反撃は全てが笑ってしまうほどの偶然によって成り立っていた。
頭上の点が大きくなる。重力に引かれ加速しながら、破壊の使徒達が舞い降りてくる。
だが、ヘイズはその降下を完全に予測演算していた。
速度、炎の翼による空気の揺らぎ、そして取るであろう最適戦術。
ありとあらゆる要因を予測し尽し、仮定の未来を見ることは容易い。
なぜならば、彼はヴァーミリオン・CD・ヘイズであるからだ。
(お前達の判断は正しい。あの時点での急襲は、本来俺たちにとってチェックメイトだった。
ただ、誰も予測できないクソみたいな偶然が全てを変えた)
――彼らは知る由もないが、それは偶然ではなく必然だった。
この島の『偶然』は全てアマワの物だ。契約者たるアマワ。契約はあらゆる偶然をもってして存続される。
アマワが誰かに味方することはない。ただ、解答を提示できそうな者を存続させるだけ。
いまならば、それはシャナとフリウだった。全て破壊し殺戮の限りを尽し、それでも残るものが在ればそれは心だ。
故に、本来ならばヘイズ達を偶然は助けず、逆に破滅させる。
ヘイズ達はオーフェンと偶然にすれ違っただろうし、あるいは偶然に最強の戦闘狂と再会する可能性もあった。
だが、アマワはその時余裕がなかった。
ただひとり――最強を自ら証明する者が居たために。実在する心があったために。
火乃香の努力によって突貫工事で造り上げた舞台。その中心に根付いている切り株の上でヘイズは待ち構えていた。
<I-ブレインの動作効率を100%に再設定>
抵効率で直前までひたすら演算させていたI-ブレインを一気に引き上げる。
初撃は自分が担う。失敗すれば全滅だ。
それは許されない。だからこうして周到なまでの用意を行った。
夜の静寂は空気分子の運動予測演算を容易くさせた。
舞台を整えれば、木の枝や葉がぶつかり合うことで空気分子の運動を不規則にさせることもない。
パイフウがいなければ、こんな大がかりな仕掛けは用意出来なかった。
だから失敗は許されない。支払ったものを無駄には出来ない。
ヘイズは上空を睨みやる。
木を切り倒したのは、演算の補助ともうひとつ理由があった。視界の確保。
こちらが相手を確認でき、さらには相手からもこちらを確認してくれなければならない。
双方がお互いを認識していると確認することで、奇襲という可能性は消える。
(そうすると、互いのアドバンテージは待ち伏せの罠と、突貫の勢い)
こちらの罠が相手を打ち破るか。それとも相手の圧倒的戦力がこちらを打ち破るか。
――決まっている。
(俺たちが、勝つ)
敵は炎の翼で姿勢を制御しながら降下してくる。
降りてくるのは小娘ふたりだが、その脅威は隕石が降ってくるのと然したる違いはない。
未だ、翼の光は豆粒のように遠い。だから錯覚だろうが、ヘイズには彼女たちの顔が見えるような気がした。
白い眼球を、こちらに向けた姿が。
(視線か)
巨人の瞬間移動の謎は、僅かに情報が足りずに解けなかった。
だが、オーフェンが洩らした単語。眼という単語。それがヒントになった。
銀の巨人は、常に少女の目の前にいた。目の前にしかいなかった。
これならば全ての仮定に説明が付く。少女が自分を見ないかぎり、自分が攻撃の対象になることはない。
おそらくは眼球が向いている方向にしかあの巨人は顕現も出来ないし、進むことも出来ないのだろう。
恐ろしいほどの偶然が、最後の一押しとなった。
『俺の先生曰く、起こっちまった偶然を否定するのは愚か者だってな』
そういえば全ての事情を話したとき、あの黒魔術士はそんなことを言っていたか。
(……腑に落ちないが、確かに疑ってもしょうがない)
この反撃は全てが笑ってしまうほどの偶然によって成り立っていた。
頭上の点が大きくなる。重力に引かれ加速しながら、破壊の使徒達が舞い降りてくる。
だが、ヘイズはその降下を完全に予測演算していた。
速度、炎の翼による空気の揺らぎ、そして取るであろう最適戦術。
ありとあらゆる要因を予測し尽し、仮定の未来を見ることは容易い。
なぜならば、彼はヴァーミリオン・CD・ヘイズであるからだ。
(お前達の判断は正しい。あの時点での急襲は、本来俺たちにとってチェックメイトだった。
ただ、誰も予測できないクソみたいな偶然が全てを変えた)
――彼らは知る由もないが、それは偶然ではなく必然だった。
この島の『偶然』は全てアマワの物だ。契約者たるアマワ。契約はあらゆる偶然をもってして存続される。
アマワが誰かに味方することはない。ただ、解答を提示できそうな者を存続させるだけ。
いまならば、それはシャナとフリウだった。全て破壊し殺戮の限りを尽し、それでも残るものが在ればそれは心だ。
故に、本来ならばヘイズ達を偶然は助けず、逆に破滅させる。
ヘイズ達はオーフェンと偶然にすれ違っただろうし、あるいは偶然に最強の戦闘狂と再会する可能性もあった。
だが、アマワはその時余裕がなかった。
ただひとり――最強を自ら証明する者が居たために。実在する心があったために。
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