第565話:not uninstall 作:◆l8jfhXC/BA
「しっかしボロい学校だなー。ここなんか床が潰れてぐちゃぐちゃになってるぞ」
「激しい衝撃による倒壊。地下に空洞部分があったと推測される」
食事を終えた後、わたしと匂宮出夢は校内の探索を開始した。
戦う術を持たない古泉一樹がいずれここを訪れることを考慮して、できる限り危険を排除しておきたかった。
また、既に彼がここを訪れており、何か手がかりを残している可能性もある。
校舎内は静かだった。たまに彼女が状況について感想を漏らす以外は、二人とも無言で歩を進める。
前方を行く彼女は公園を散歩するような足取りだが、その所作に隙はない。
匂宮出夢の意図は、未だによく掴めていない。どうして今のわたしに協力してくれるのか理解できなかった。
そのためか、倉庫で彼女に止められたときから新たなノイズが生まれていた。
仲間の死亡によって発生したものとは別種のエラーだったが、消去できないのは同じだった。
この場に拉致されてから、状態は悪化の一途を辿っている。事態の打開に一歩も踏み出せていない。
『この愚かしいゲームに連れてこられた者達よ』
行き詰まる思考回路に女性の音声が届いたのは、三年の教室を調べ終えた後だった。声から一拍遅れて、わたしと彼女の足が止まる。
十一時に響いたものと同じ、拡声器に類するものを使用した放送だった。途中で銃声を挟みながらも、演説は続いていく。
『――あたくしのルールに従いなさい』
窓から覗く闇の一点に光が灯った後、声は途切れた。周囲がふたたび静寂に包まれる。
匂宮出夢が振り向き、目が合った。わたしはただ瞬きを返す。
「ま、今の僕たちには関係ねーな」
「そう」
それだけ言うと彼女は前を向き、歩みを再開した。放送内容を記録した後、わたしもそれに倣う。
あの放送は、主催者とその意に従う者への宣戦布告だった。特に後者を挑発し、おびき寄せて処分する意図が見て取れた。
積極的に仲間を集めることをせず、代わりに意志と力を過剰なまでに誇示した点から殺人者の罠である確率は低いが、危険がゼロだとは言い難い。
この場で初めて出会った者同士が大半であろう十二人もの大集団が、一日も経たないうちに確たる結束を持つことは不可能だ。
内紛の発生は充分に考えられる。今回の放送の実行も、スムーズに決定されたとは考えがたい。
よって、接触の是非は次の放送如何で決定することにした。現在の優先事項は学校での待機及び探索に変わりない。
ただ、懸念事項が存在しないわけではない。
「あーでも、古泉の方がそのマンションに行っちまうかもしれねぇな」
「それはない。わたしを探しているであろう彼は、こちらの思考を推測して、この場は慎重に様子を見るはず。
問題は、彼が元からあの集団の中にいるケース」
十二人もの人間すべてが戦える状態にあるとは考えづらい。何人かは負傷者や非戦闘者だろう。
その中の一人が、彼である可能性はあった。
「その場合、古泉からここのことを聞いて斥候の一人くらい送ってきてくれるんじゃねーか?
閉鎖空間なんて怪しいもの、うまく使えば主催者に対抗できる力になりそうだしな。
……結局どこにいるにしろ、僕らと合流するまでの間、古泉が無事でいてくれるかは賭けになるが」
「そう、変わりない。だからこのまま」
口を動かしながらも、互いに歩みは止めていない。
行動方針が確定されたときには、一年の教室が並ぶ廊下に辿り着いていた。
「本当にあっちにいた場合、仲間の大半が僕みたいな温厚な人間であることを祈るしかねーな……と、ここら辺か?」
先行する匂宮出夢が教室に足を踏み入れ、辺りを見回し室内を探る。一番端の四組の教室だった。
先程訪れていた保健室前と同じく、この一年の教室周辺にも致死量に及ぶ濃い血の臭いが充満していた。
建物内に生体反応はないため、激しい戦闘跡か死体があるのだろう。わたしも教室へと足を踏み入れようとして、止まる。
匂宮出夢が入り口を塞いでいた。平時とは違い、苛立ちを含んだ無表情で前方を睨んでいる。
その反応に疑問が生まれ、彼女の身体を少し押しのけて奥を見ようとする。
彼女は抵抗しなかった。ただ、苛立ちが消えてこちらを気遣うような表情になる。
その理由は、すぐに知れた。
彼女の視線の先、教室の真ん中当たりにある机に、血まみれの“彼”が俯せになって座っていた。
「激しい衝撃による倒壊。地下に空洞部分があったと推測される」
食事を終えた後、わたしと匂宮出夢は校内の探索を開始した。
戦う術を持たない古泉一樹がいずれここを訪れることを考慮して、できる限り危険を排除しておきたかった。
また、既に彼がここを訪れており、何か手がかりを残している可能性もある。
校舎内は静かだった。たまに彼女が状況について感想を漏らす以外は、二人とも無言で歩を進める。
前方を行く彼女は公園を散歩するような足取りだが、その所作に隙はない。
匂宮出夢の意図は、未だによく掴めていない。どうして今のわたしに協力してくれるのか理解できなかった。
そのためか、倉庫で彼女に止められたときから新たなノイズが生まれていた。
仲間の死亡によって発生したものとは別種のエラーだったが、消去できないのは同じだった。
この場に拉致されてから、状態は悪化の一途を辿っている。事態の打開に一歩も踏み出せていない。
『この愚かしいゲームに連れてこられた者達よ』
行き詰まる思考回路に女性の音声が届いたのは、三年の教室を調べ終えた後だった。声から一拍遅れて、わたしと彼女の足が止まる。
十一時に響いたものと同じ、拡声器に類するものを使用した放送だった。途中で銃声を挟みながらも、演説は続いていく。
『――あたくしのルールに従いなさい』
窓から覗く闇の一点に光が灯った後、声は途切れた。周囲がふたたび静寂に包まれる。
匂宮出夢が振り向き、目が合った。わたしはただ瞬きを返す。
「ま、今の僕たちには関係ねーな」
「そう」
それだけ言うと彼女は前を向き、歩みを再開した。放送内容を記録した後、わたしもそれに倣う。
あの放送は、主催者とその意に従う者への宣戦布告だった。特に後者を挑発し、おびき寄せて処分する意図が見て取れた。
積極的に仲間を集めることをせず、代わりに意志と力を過剰なまでに誇示した点から殺人者の罠である確率は低いが、危険がゼロだとは言い難い。
この場で初めて出会った者同士が大半であろう十二人もの大集団が、一日も経たないうちに確たる結束を持つことは不可能だ。
内紛の発生は充分に考えられる。今回の放送の実行も、スムーズに決定されたとは考えがたい。
よって、接触の是非は次の放送如何で決定することにした。現在の優先事項は学校での待機及び探索に変わりない。
ただ、懸念事項が存在しないわけではない。
「あーでも、古泉の方がそのマンションに行っちまうかもしれねぇな」
「それはない。わたしを探しているであろう彼は、こちらの思考を推測して、この場は慎重に様子を見るはず。
問題は、彼が元からあの集団の中にいるケース」
十二人もの人間すべてが戦える状態にあるとは考えづらい。何人かは負傷者や非戦闘者だろう。
その中の一人が、彼である可能性はあった。
「その場合、古泉からここのことを聞いて斥候の一人くらい送ってきてくれるんじゃねーか?
閉鎖空間なんて怪しいもの、うまく使えば主催者に対抗できる力になりそうだしな。
……結局どこにいるにしろ、僕らと合流するまでの間、古泉が無事でいてくれるかは賭けになるが」
「そう、変わりない。だからこのまま」
口を動かしながらも、互いに歩みは止めていない。
行動方針が確定されたときには、一年の教室が並ぶ廊下に辿り着いていた。
「本当にあっちにいた場合、仲間の大半が僕みたいな温厚な人間であることを祈るしかねーな……と、ここら辺か?」
先行する匂宮出夢が教室に足を踏み入れ、辺りを見回し室内を探る。一番端の四組の教室だった。
先程訪れていた保健室前と同じく、この一年の教室周辺にも致死量に及ぶ濃い血の臭いが充満していた。
建物内に生体反応はないため、激しい戦闘跡か死体があるのだろう。わたしも教室へと足を踏み入れようとして、止まる。
匂宮出夢が入り口を塞いでいた。平時とは違い、苛立ちを含んだ無表情で前方を睨んでいる。
その反応に疑問が生まれ、彼女の身体を少し押しのけて奥を見ようとする。
彼女は抵抗しなかった。ただ、苛立ちが消えてこちらを気遣うような表情になる。
その理由は、すぐに知れた。
彼女の視線の先、教室の真ん中当たりにある机に、血まみれの“彼”が俯せになって座っていた。
○
雨を吸った花壇の土は、予想通り柔らかかった。
情報結合を解除すれば一瞬で完成する穴を、匂宮出夢の手助けも断り、両手の力だけで淡々と掘っていく。
彼女には引き続き学校内の探索を依頼していた。今この場に存在しているのはわたしと、彼の遺体だけだった。
埋葬という行為に合理的な意味がないことは理解していた。
本来の力も使わずに、今やただの肉塊でしかない彼だったものを、ただ時間を浪費する行為にしかならないにもかかわらず、彼の遺体を視認した際に発生した多大なノイズがわたしの行動方針を歪め――いや、認めよう。
わたしは、わたしの意志で、彼を埋葬したいと思った。
過去未来の自分との接続を禁止したときや、彼にふたたび図書館に行きたいと告げたときのように、自覚を持ってこの行動を取っていた。
理由を質せばノイズが発生した。時間の無駄だと責められれば否定できない。自己満足でしかないとは理解していた。
それでも彼、ひいては彼らとの記憶が、わたしにインターフェースとしてあり得ない行動に走らせている。
情報結合を解除すれば一瞬で完成する穴を、匂宮出夢の手助けも断り、両手の力だけで淡々と掘っていく。
彼女には引き続き学校内の探索を依頼していた。今この場に存在しているのはわたしと、彼の遺体だけだった。
埋葬という行為に合理的な意味がないことは理解していた。
本来の力も使わずに、今やただの肉塊でしかない彼だったものを、ただ時間を浪費する行為にしかならないにもかかわらず、彼の遺体を視認した際に発生した多大なノイズがわたしの行動方針を歪め――いや、認めよう。
わたしは、わたしの意志で、彼を埋葬したいと思った。
過去未来の自分との接続を禁止したときや、彼にふたたび図書館に行きたいと告げたときのように、自覚を持ってこの行動を取っていた。
理由を質せばノイズが発生した。時間の無駄だと責められれば否定できない。自己満足でしかないとは理解していた。
それでも彼、ひいては彼らとの記憶が、わたしにインターフェースとしてあり得ない行動に走らせている。
文芸部室で本を読むだけの日常。
ごくまれに、紙面から目を離して周囲に視線を向けるときがあった。誰も気づくことはない、意味のない行為。
眉間にしわを寄せ、いつになく真剣な目つきで茶を沸かす朝比奈みくる。
一面黒の盤面を見て苦笑を浮かべ、白の駒を摘みつつ長広舌をふるう古泉一樹。
それに悪態をつくも、まんざらでもなくゲームを続ける彼。
そこに勢いよく扉を開け、満面の笑みで新たな活動を語る涼宮ハルヒ。
唐突な声に驚いた朝比奈みくるが、運ぼうとした茶をこぼす。
古泉一樹は苦笑を濃くするも、真っ先に肯定意見を述べる。
そしてあきれ果て、彼女の言葉の子細一つ一つに律儀に彼が反論する、
ごくまれに、紙面から目を離して周囲に視線を向けるときがあった。誰も気づくことはない、意味のない行為。
眉間にしわを寄せ、いつになく真剣な目つきで茶を沸かす朝比奈みくる。
一面黒の盤面を見て苦笑を浮かべ、白の駒を摘みつつ長広舌をふるう古泉一樹。
それに悪態をつくも、まんざらでもなくゲームを続ける彼。
そこに勢いよく扉を開け、満面の笑みで新たな活動を語る涼宮ハルヒ。
唐突な声に驚いた朝比奈みくるが、運ぼうとした茶をこぼす。
古泉一樹は苦笑を濃くするも、真っ先に肯定意見を述べる。
そしてあきれ果て、彼女の言葉の子細一つ一つに律儀に彼が反論する、
そんな光景は、もう二度と戻らない。
思い至った瞬間、かつてないほど強いノイズが走った。
身体がふらつき、大地に手をつこうとしてバランスを崩し、掘った穴に落ちる。
土の上を転がり、わずかな月明かりが漏れる空が視界に映る。視線を少しずらせば、横たわる彼の身体が上方にあった。
ふと、ノイズが非論理的な思考を生んだ。
少し前までのわたしは、穴の中にいるようなものだったのかもしれない、と。
わたしは涼宮ハルヒが原因で生じた様々な事象を、一歩引いた視点で観測できる力を持っていた。
ゆえに頼られ、助ける立場にあった。干渉は最低限に抑え、常に一歩引いた、隔絶した場所から彼らを眺めていた。
しかしいつしか、その見ているだけの輪の中に、たった一歩だけでも近づいてみたいと思うようになった。
それがきっと、一番最初のノイズ。
――そこまで考えて、やっと気づいた。
わたしはノイズを消せないのではない。消したくないのだ。
たとえそれが、インターフェースとしてのわたしの行動に支障を来たし、暴走する可能性を内包するものであっても。
彼らとの日常の中で生まれた、このエラーの集積を、わたしは失いたくなかった。
身体がふらつき、大地に手をつこうとしてバランスを崩し、掘った穴に落ちる。
土の上を転がり、わずかな月明かりが漏れる空が視界に映る。視線を少しずらせば、横たわる彼の身体が上方にあった。
ふと、ノイズが非論理的な思考を生んだ。
少し前までのわたしは、穴の中にいるようなものだったのかもしれない、と。
わたしは涼宮ハルヒが原因で生じた様々な事象を、一歩引いた視点で観測できる力を持っていた。
ゆえに頼られ、助ける立場にあった。干渉は最低限に抑え、常に一歩引いた、隔絶した場所から彼らを眺めていた。
しかしいつしか、その見ているだけの輪の中に、たった一歩だけでも近づいてみたいと思うようになった。
それがきっと、一番最初のノイズ。
――そこまで考えて、やっと気づいた。
わたしはノイズを消せないのではない。消したくないのだ。
たとえそれが、インターフェースとしてのわたしの行動に支障を来たし、暴走する可能性を内包するものであっても。
彼らとの日常の中で生まれた、このエラーの集積を、わたしは失いたくなかった。
ゆっくりと起きあがって穴から抜け出すと、入れ替わるように彼をそこに運んだ。
彼は既に、死と言う概念によって隔絶されている。そう理解できていても、ノイズが収まることはなかった。
その上に土を被せる前に、デイパックから涼宮ハルヒのバニースーツを取り出し、彼の胸元に置いた。
彼の遺体は、教室の上から三番目、左から四列目の席に座っていた。彼の入学当時の座席――彼が涼宮ハルヒと出会った場所だった。
そこから始まった非日常の面影を求めて、彼はここに辿り着いたのだろう。もう一度あの生活に戻るための意志を、確立するために。
わたしはその思いに答えられなかった。一番彼らを守れる力を持つわたしが、できなかった。
その事実を思考に刻みつけながら、彼を大地に埋めていく。土を運ぶ腕の動きは、先程よりも鈍かった。
瞼が閉じられた顔も見えなくなると、手を合わせる代わりに、彼の名前を呟いた。
最初で最後の呼びかけに、当然返事は返ってこない。
ノイズの欠片が一粒、土に落ちて消えた。
彼は既に、死と言う概念によって隔絶されている。そう理解できていても、ノイズが収まることはなかった。
その上に土を被せる前に、デイパックから涼宮ハルヒのバニースーツを取り出し、彼の胸元に置いた。
彼の遺体は、教室の上から三番目、左から四列目の席に座っていた。彼の入学当時の座席――彼が涼宮ハルヒと出会った場所だった。
そこから始まった非日常の面影を求めて、彼はここに辿り着いたのだろう。もう一度あの生活に戻るための意志を、確立するために。
わたしはその思いに答えられなかった。一番彼らを守れる力を持つわたしが、できなかった。
その事実を思考に刻みつけながら、彼を大地に埋めていく。土を運ぶ腕の動きは、先程よりも鈍かった。
瞼が閉じられた顔も見えなくなると、手を合わせる代わりに、彼の名前を呟いた。
最初で最後の呼びかけに、当然返事は返ってこない。
ノイズの欠片が一粒、土に落ちて消えた。
○
埋葬を終えると、時刻は既に零時直前になっていた。
彼のいた教室に戻ると、匂宮出夢が教壇の上に足を組んで座っていた。
「済んだか?」
問いに、わずかに首を傾けて答える。
「そうか」
彼女は短く返して教壇から降りると、彼の座っていた机へと向かう。
血まみれの椅子と机を一瞥した後、こちらに視線を戻す。
「背後からナイフで一撃。躊躇った跡も抵抗された跡もなかったな。苦しまなかったと思うぜ」
「……そう」
「確実に僕の同類だ。ゲーム開始直後から殺ってるとこを見ると、相当腕に自信があるらしいな。
他に何かわかるか?」
「血溜まりに落ちていた彼のデイパックの下に、黒い毛髪が一本確認された。DNAなどの情報を登録済。
また、デイパックの中の醤油瓶に彼以外の指紋が一種類付着。こちらも記録した」
「ぎゃははは! すげーな、一人科捜研か?
――で、どうすんだ? 別れは済んだが、蹴りはついてねえだろう?」
普段よりもどこか乾いた笑い声を響かせた直後、彼女の表情から笑みが消えた。
年相応の無邪気さは微塵もなく、倉庫で見せたものと同じ鋭い視線をわたしに向けている。
「どうする、とは」
「依頼を受けてやるって言ってんだよ。僕の職業忘れたか?
そこまで調べといて、まさか何もしないってわけじゃねえだろ?」
「……あなたは元、と言った。ならば今は無職のはず」
「無職ってストレートだな。もっと言葉飾れよ」
「ニート?」
「……おねーさん、いつから戯言遣いになった?」
意味がわからず小首をかしげると、彼女はため息をついた。
そしてわずかにこちらから視線をそらし、
「確かに僕は殺しに疲れた身で、こんなとこでも一日一時間と言わず一分一秒でも面倒で殺りたかねえ。
だが……あー、何つーか、苛々すんだよ。別に理澄と重ねてる訳じゃねえってのに……くそ、面倒見がいいにもほどがあるんじゃねえか?」
しばらく自問自答を繰り返した後、改めて彼女はこちらに向き直る。
「とにかく、今さら探し人がもう一人――いや、他の奴らの下手人も入れれば四人か? まぁ、その程度増えても問題ねえよ。もうとっくに死んでる可能性もあるしな。
報酬は、ほっぺにちゅー程度で許してやっからよ」
朱唇を吊り上げ、白い歯を覗かせた笑みを浮かべて彼女は告げた。
わたしは記憶野に焼き付けた彼の最期を思い出しながら、彼女の背後にある窓を見た。
夜闇に映る自分の表情は、平時と同じ感情を伴わないものだった。ただわずかに、本当にわずかに怒りのようなものが見て取れた。
あるいは、それは憎しみと呼べるものなのかもしれない。
現在のわたしはそれに呑まれて暴走することさえ、どこかで望んでいるのかもしれない。
しかしどちらにしろ、答えは変わらなかった。
「おねがい」
彼のいた教室に戻ると、匂宮出夢が教壇の上に足を組んで座っていた。
「済んだか?」
問いに、わずかに首を傾けて答える。
「そうか」
彼女は短く返して教壇から降りると、彼の座っていた机へと向かう。
血まみれの椅子と机を一瞥した後、こちらに視線を戻す。
「背後からナイフで一撃。躊躇った跡も抵抗された跡もなかったな。苦しまなかったと思うぜ」
「……そう」
「確実に僕の同類だ。ゲーム開始直後から殺ってるとこを見ると、相当腕に自信があるらしいな。
他に何かわかるか?」
「血溜まりに落ちていた彼のデイパックの下に、黒い毛髪が一本確認された。DNAなどの情報を登録済。
また、デイパックの中の醤油瓶に彼以外の指紋が一種類付着。こちらも記録した」
「ぎゃははは! すげーな、一人科捜研か?
――で、どうすんだ? 別れは済んだが、蹴りはついてねえだろう?」
普段よりもどこか乾いた笑い声を響かせた直後、彼女の表情から笑みが消えた。
年相応の無邪気さは微塵もなく、倉庫で見せたものと同じ鋭い視線をわたしに向けている。
「どうする、とは」
「依頼を受けてやるって言ってんだよ。僕の職業忘れたか?
そこまで調べといて、まさか何もしないってわけじゃねえだろ?」
「……あなたは元、と言った。ならば今は無職のはず」
「無職ってストレートだな。もっと言葉飾れよ」
「ニート?」
「……おねーさん、いつから戯言遣いになった?」
意味がわからず小首をかしげると、彼女はため息をついた。
そしてわずかにこちらから視線をそらし、
「確かに僕は殺しに疲れた身で、こんなとこでも一日一時間と言わず一分一秒でも面倒で殺りたかねえ。
だが……あー、何つーか、苛々すんだよ。別に理澄と重ねてる訳じゃねえってのに……くそ、面倒見がいいにもほどがあるんじゃねえか?」
しばらく自問自答を繰り返した後、改めて彼女はこちらに向き直る。
「とにかく、今さら探し人がもう一人――いや、他の奴らの下手人も入れれば四人か? まぁ、その程度増えても問題ねえよ。もうとっくに死んでる可能性もあるしな。
報酬は、ほっぺにちゅー程度で許してやっからよ」
朱唇を吊り上げ、白い歯を覗かせた笑みを浮かべて彼女は告げた。
わたしは記憶野に焼き付けた彼の最期を思い出しながら、彼女の背後にある窓を見た。
夜闇に映る自分の表情は、平時と同じ感情を伴わないものだった。ただわずかに、本当にわずかに怒りのようなものが見て取れた。
あるいは、それは憎しみと呼べるものなのかもしれない。
現在のわたしはそれに呑まれて暴走することさえ、どこかで望んでいるのかもしれない。
しかしどちらにしろ、答えは変わらなかった。
「おねがい」
【D-2/学校内・一年教室/2日目・00:00】
『生き残りコンビ』
【匂宮出夢】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン3食分・水1250ml)
[思考]:長門と共に古泉の捜索。多少強引にでもついていく。
生き残る。あまり殺したくは無いが、長門が仇討ちするなら手を貸す
『生き残りコンビ』
【匂宮出夢】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン3食分・水1250ml)
[思考]:長門と共に古泉の捜索。多少強引にでもついていく。
生き残る。あまり殺したくは無いが、長門が仇討ちするなら手を貸す
【長門有希】
[状態]:健康
思考に激しいノイズ(何かのきっかけで暴走する可能性あり)。
僅かに感情らしきモノが芽生える
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1000ml)、ライター、豆腐セット、醤油のボトル
[思考]:出夢と共に古泉の捜索及び情報収集。
仲間を殺した者に対しての復讐?
[備考]:相良宗介の毛髪と指紋から得た情報を記憶している
[状態]:健康
思考に激しいノイズ(何かのきっかけで暴走する可能性あり)。
僅かに感情らしきモノが芽生える
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1000ml)、ライター、豆腐セット、醤油のボトル
[思考]:出夢と共に古泉の捜索及び情報収集。
仲間を殺した者に対しての復讐?
[備考]:相良宗介の毛髪と指紋から得た情報を記憶している
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