剣に愛されて
喉首に模擬剣を突き付ける。
精悍、勇ましいの顔立ちの男。そこに刻まれた皺が、男を一層際立たせる。
その体躯もまた逞しく、さながら強者の戦士を匂わせた。
しかし、地に尻を落としていたのは、目の前の彼女ではない。
紛れもなく、その男だった。
―――老けた、でしょ?
模擬剣を片手で逸らしながら、ゆっくりと立ち上がる。
呼吸に乱れはない。疲労しているわけでもない。
むしろ、限界なのは向こうのようだ。
彼女は、模擬剣を地面に突き立て、ぐったり両膝を付いている。
呼吸は荒く、今の一言は、最後に振り絞ったものなのだろう。
―――馬鹿を言え。
そう言いつつ、弾かれた方の模擬剣を拾う。
今日は、ここまでのようだ。
その場に彼女を残し、一人家へと向かう。
模擬剣を弾かれた右手は、今もまだ痺れていた。
男と彼女は親子だった。
この村へ戻ってきたのは、数年前である。
その体に嘘はない。男は何年も兵役していたからだ。
辞めた理由はもう思い出せない。ここで触れる、意味もないだろう。
ただ、兵役した経験は、村へ戻っても無駄にはならなかった。
娘には、自分を守る術を身に付けさせる必要があった。
少ないとはいえ、魔物が出現する村では、欠かせない技術だ。
最初は"弓"や"弩"なんかを教えた。呑み込みが良ければ、"銃"も教えるつもりだった。
"剣"など、教えるつもりは毛頭なかった。
男の専門外、というのは理由ではない。そもそも兵役では、"剣"も扱うのだ。
ただ、"剣"で生き残るのは"才能"が要る。
最もリスクのある手段を、態々取る必要はないだろう。
娘は、"剣"に拘った。
当然、それが愚かであることは、痛いほど思い知らせた筈だった。
だが娘は"剣"をやめなかった。それどころか、腕はひたすら上達を重ねていた。
そして、今日。男は敗北した。
最後の立ち合い。その最後の一回で。
以来、娘の"剣"に、一度も勝てたことはない。
それはきっと、この先も変わらないのだろう。
最終更新:2020年04月05日 18:58