村が燃えている。
長閑な村だった。規模こそ小さいものの、穏やかな気候と豊かな土壌に恵まれた良い土地だった。
畑を耕す男。家事に勤しむ女。駆け回る子供たち。決して裕福では無かったが、そこには満ち足りた時間が流れていた。
今は違う。恐怖と悲惨だけが広がっている。
慌てふためく男がオーガの斧に裂かれる。逃げ惑う女をバシリスクの視線が射抜き石像に変える。泣きわめく子供は、ゴブリンに囲まれ競い合うように引き千切られている。
老若男女を問わず、村の住民が物言わぬ死体へと変えられていく。その死体もやがて動き出し生者を襲い始める。動く死体の中には妻がいて、正気に戻るよう訴えかける息子を生きながらに喰らっている。
どうしてこうなったのだろう。ほんの今朝までは、普段と変わらぬ光景が広がっていたはずだ。
現実を受け入れられないままでいるのか、俺は呆然とした思考でこの地獄を眺めている。
炎の奥、陽炎の向こう側で、赤い装束を纏った蛮族の眼が怪しく輝いている。
リーダーと思しきその蛮族は侮蔑と嘲笑の眼差しのまま、蠅でも払うように無造作に──俺の使うそれよりも遥かに高度な魔法で、こちらを焼き払った。
灼熱感。熱源が到達するよりも早く、あまりの熱量に膨張した空気が俺を吹き飛ばしたのは、果たして幸運だっただろうか。
地面に叩きつけられ、薄れゆく意識で村を見た。妻。息子。愛した村の風景。全てが炎へと飲み込まれてゆく。
ふつふつと湧き上がる感情があった。憤怒。憎悪。悲嘆。後悔。自責。
自分から全てを奪った蛮族を許さない。何も守れぬ惰弱な自分が許せない。
その感情を刻み付けるように、遥か高みの蛮族を睨みつける。
──アルマの悪夢は、そこで終わる。
最終更新:2020年09月25日 23:28