姉妹の終り

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Amuse-bouche

叶わないはずだった。

叶ってはいけないはずだった。

決して離れられなかった。

恋に酔ってしまった。

苦難の中の力を信じた。

あなたと共に歩むことを選んだ。

破滅の呪いを共有することを選んだ。

友を失った。

母を失った。

いつだって、接吻は終わりを意味していた。

証明してほしかった。

刻み込んでほしかった。

あなたは違うと信じたかった。

一歩先に進みたかった。

きっと何かが変わると思っていたけれど、あの日から結局、私たちは最後の一歩を踏み出せていない。



だから今夜、私は姉妹という関係に終止符を打つ。





Hors d'oeuvre

キッチンを覗くとみえる後ろ姿は、まるで至高の前菜のよう。

高い位置で髪をひとつに縛るエプロン姿も、今となっては私だけが見られる景色。

この姿が前菜ならば、今日のデザートはあなた自身。

どうぞつまみ食いしてくださいとでも言うような、あまりに無防備で無垢な首筋が目に入る。

後ろからそっと包み込めば、甘美なるひと時が待っている。

……はずだと思っていた。

これは経験から導き出した推測だが、今本当に首元へ顔を近づけたとしても、甘い蜜を味わうような感覚を得られることはないし、甘い声が響きわたるような結果にもならない。

返ってくるのはいつも通りきっと肘打ち、響くは私のうめき声。

あの日から何一つ前に進めていないことを嫌でも思い知ることになるだろう。

共に歩む約束をしたはずなのに、私たちの関係は何ひとつ変わっていない気がする。

彼女の後ろ姿を前菜に喩えてみたせいか、じゃあ私はどうなんだろうと思考が巡る。

自分で言うのもどうだろうとは思うけれど、私の美を料理に喩えるならば、それはきっと高級料理店のスペシャリテ。

一瞬で人を虜にする必殺の一皿。

ふと目が合ったときに相手の目の色が変わったとわかる瞬間を幾度となく経験してきた。

私は至高の域に達した一輪の花で、周りの草花の養分を奪い尽くしてしまう。

自己陶酔でもなんでもなく、初めての友人がその生命で教えてくれた事実。

そんな私と、毎日一緒だとどうだろう。

一度で満足させるのが高級料理、何度も食べてもらうのが家庭料理とどこかで聞いたことがある。

もうひとりの妹であるジニアはきっと、料理に例えば家庭の味。

一緒にいると安心する独特の魅力がジニアにはあった。

私たち3人を姉妹と定義できていたのはジニアの存在が大きかったのだと、ふたり暮らしを始めてから理解した。

姉妹と呼ぶにはどこか歪で、恋仲と呼ぶには何か足りない、ジニアのいないふたり暮らし。

あれから一歩は進んだはずなのに、それでもやっぱり何かが足りない。

高級料理には飽きられたのかもしれないと、時折不安が押し寄せる。

今もそうだ、さっきまでの確かな甘い雰囲気がどこかへ離れていってしまいそうで怖くなる。

あなたのくれた幸福をどれだけ噛み締めたとしても、結局私は絶望の籠に囚われたままの哀れな姫君なのかもしれない。





Soupe

前菜の時間が終わったとでもいうようにあなたは髪をほどいた。

焼きたてのパンの香りと、嗅ぎ慣れたシチューの香りが広がってくる。

特に言葉を交わすでもなくトレイを受け取り、テーブルに並べてゆく。

少し量が少ない器はあなた用で、食事の量の差ではなく、食事に使える時間の差による器の違い。

同棲を始めた当初あなたは私に手の込んだ料理を振る舞うばかりで、私には色とりどりの料理を並べるのに自分は一皿ですませる、なんてことが続いた。

なんだか塔や鳥籠での生活みたいに使用人とお姫様のように思えたし、何よりせっかくのふたり暮らし、食事だっていっしょにしたいというのが本音だった。

そこで互いの折衷案を探る中で辿り着いたのが今のスタイルで、いっしょに食事を開始する裏で次の料理を温めたりしておき、ほどよいタイミングであなたは次の品の準備のために離席する。

長い付き合いのせいか食事のペースに差はあまりなく、私に完璧なタイミングで次の料理を出すために量を減らしたようだった。

よく考えてみればあまりお行儀はよろしくないかもしれないけれど、自由気ままなふたりだけの世界、お互いに納得できればそれでいい。

シチューは修道院の頃からあなたの得意料理の一つで、大量に作るのが簡単なようで口にする機会も多かった。

あなたの料理はどれも等しく私には至高の一皿ではあるけれど、その中でもシチューは私の好物と呼ぶに相応しいほどの域に達していた。

いわゆるお袋の味かもしれない、なんて言ったらあなたはどんな顔をするだろう。

「いただきます」

まずはスプーンで一口、いつも通りの味に安心する。

続いてパンを小さくちぎり、広がる香りを楽しんだ。

「上手く焼けるものですわね」

「パン屋のおば様にコツを聞いたからな」

「八百屋だけでなくパン屋まで、人たらしかしら」

まずは何もつけずそのまま口へ運ぶ。

柔らかな食感は店に並ぶ商品に負けず劣らず、焼きたてであることを踏まえれば一歩リードしているようにも思えた。

「流石ですわね、将来は私専属のシェフなんてどうかしら」

「プロポーズのつもりかね、何回するつもりだ」

そう言いながらパンを頬張るべく伸びた彼女の左手の薬指に視線を注ぐ。

あの日交換した指輪が、あの日と同じように輝いてみえる。

私たちふたりだけがわかる、私たちの秘密の約束の証。

少々華やかさに欠けるかもしれないけれど、ずっとつけていられるよう、冒険者がつけていても不思議ではないものを選んだ。

約束が誓いになるその時までは、片時も手放さないふたりだけの秘密。





Poisson

次の準備に取り掛かるべく席を立とうとするあなたに、あわてて一声かける。

「少しおかわりをいただけないかしら」

「自分で装うって発想はないのかね、パンはどうする?」

最初から期待してない顔で小言を添えてくるけれど、単なる普段のじゃれあいの一部にすぎないことはお互いによくわかっている。

「ひとつ追加でお願いしますわ」

「この後はハンバーグだが大丈夫かね」

「お腹が空いてましたの、あなたももっとお食べなさいな」

今のうちにエネルギーを蓄えて置かなければ。

「食べるだけのキミが言う台詞か?」

「……それもそうですわね、これは失礼しましたわ」

まあ別に構わんが、と言い残しあなたはキッチンへと消えてゆき、ハンバーグを仲間に加え戻ってくる。

ナイフで程よい大きさに切りフォークで口に運ぶ。

一口噛めば肉の旨味に満たされ肉汁に溺れそうになる。

幼い頃は豪勢な食事で育ち、鳥籠での生活では更に段階を数段上げた品々を与えられてきた。

それでもあなたが作る日常の中ではちょっとだけ豪華、くらいのメニューが私にとって一番の味で、もし世界が終わる前に最期の食事を選ぶとしたら、私はあなたの普段通りの一皿を選ぶだろう。

他愛もない会話をしながら他愛ない食事をして、手と手を繋いで共に最期を迎えたい。

あなたの作るハンバーグは大きめで、小さい手のひらでこねくり回す様子を想像しているとたまらなく愛おしくなってくる。

前に素直にそんなことを伝えたらわりと真剣なトーンでちょっと気持ち悪いと言われて悲しくなった。

ジニアも私の感想に同意してくれたので、最終的にはかわいいかわいいとあなたを愛でる流れになりなんとか持ち直したっけ。

私たちがどれだけかわいいかわいいと褒めちぎっても、未だにあなたは褒められ慣れてないような初心な反応を返してくれるのでからかい甲斐がある。

普段は私を弄んでばかりのあなたも、私とジニアが手を組んだ時はただの末っ子に成り下がる。

「そういえば、ジニアへのプレゼント、キミは今年も服にしたのかね」

まあどの道明日わかることではあるんだが、とあなたはぽつりと付け足した。

ちょうどジニアのことを考えていたタイミングだったので、心を見透かされたようで少しドキリとする。

「ええ、ただし今までより質はかなり高いものを選びましたわ」

「まあ使えるお金が今までとは全然違うからなあ」

「おっと、今のはジニアには内緒にしてくださいな」

「言われるまでもないさ、高級品だと聞いて素直に喜べるほどジニアは強かじゃない」

あなたとジニアに対するプレゼントはいつも服だった。

二人とも放っておくと修道服ばかり着がちだったので、私からのちょっとした反抗という側面もあったりする。

自分の修道服姿は驚くほどしっくりこないのに、二人が着ていると無垢な美しさが強調されとてもよく似合っているように思えるので少し羨ましかった。

倹約家気質で自分からはあまり服を買わないジニアは、プレゼントとして渡した服は喜んで着てくれるので本当は年頃の女の子らしい服装は好きなんだろうと思う。

だんだんとジニアの好む服の傾向がわかってくるにつれ、おさがりや貸し出すことを前提とした服を表向きだけ自分用として買う、なんてこともやったりするようになった。

問題はあなたのほうで、自分には似合わないと決めつけフリフリとした服はなかなか着てくれない。

ジニアほどの信仰心はないくせに良くも悪くも修道服がとてもよく似合ってしまうせいで、それ以上に似合う服装ではないという意味ではあなたに似合わないというのもあながち間違っていない気もしてきてぐいぐい勧めにくい。

途中からはもう諦めて、人から贈られたものを無下にできないというあなたの魅力を悪用して、純粋にあなたに着てもらいたい服を贈るようになった。

それで二、三度なんとか着てもらえればそれでよし、我ながらどうかとは思う。

元々お人形さんみたいな整った顔立ちに陶磁器のような肌、絹のような髪に起伏に乏しい身体、似合わないはずはないと思うし、やっぱりジニアにも好評で二人してきゃーきゃー盛り上がるのだけれど、着せ替え人形にされるのが嫌なのか照れ隠しなのか、油断するとすぐにどこかへ逃げてしまう。

いっそのことショーケースに閉じ込めてしまおうか、そうジニアに相談したら本気で頭の心配をされた。

冗談のつもりだったのに。

「そういうあなたは何を選びましたの?」

「イグニタイト製の包丁」

予想外のフレーズに思わず吹き出してしまった。

「えっ、あれって料理に使って問題ありませんの……?」

「少なくともキミとワタシは大丈夫だった」

「知らないうちに実験台にされてましたのね……」

実用的でありながら一般人では手を出しにくい、なるほど確かにいいチョイスかもしれないと思った。

「見習いとはいえ聖職者でしょう、大丈夫なのかしら」

「シスターの剣だってイグニタイト製だったはずだし大丈夫だろう……たぶん」

目が泳いでる、自信はないようだ。

「問題があるならザイア様が止めてくださるだろうから大丈夫だ、うん」

責任を丸投げされるザイア様の身にもなってはどうだろうか。





Sorbet

あなたが夕食の後片付けをしている間にいつも、私は入浴を済ませる。

食器くらいは洗わせてくれてもいいのに。

私が洗うと何度言ってもあなたは私の手を借りようとしない。

キミに任せると何枚の皿が犠牲になるかと思うとどの道気が休まらない、というのがあなたの言い分。

シスターじゃあるまいし、私はそこまで何も出来ないわけではない……はず、たぶん。

冷静に思い返してみると、シスターもお皿を割ったことはなかったかしら。

珍妙な姿勢になってまでお皿を護り抜くシスターの姿を思い出し、浴室でひとりくすくすと笑う。

家事に必要な慈愛も献身も十分すぎるくらい持ち合わせているくせに、シスターは驚くほど家事が出来ない。

その結果妹たちは家庭的な能力に秀でるようになったので、なんだかんだいい母親なのだと思う。

そんな母を、今夜私は裏切ることになるのかもしれない。

いつも以上に入念に身体を洗い、鏡に映る自分の姿を確認する。

大丈夫かしら、貴女はどう思う?

――大丈夫ですよお嬢様、いつも通り、浮世離れした美しさです。

それはよかった、貴女がそう言ってくれるなら安心ね。

――爪は切りましたか?

大丈夫、ちゃんと整えてあるわ。

身体を拭き、胸元に香水を一吹き。

アステリア神殿まで買いにいった、とっておきの香水。

この時代に密かに伝わっていたノーブルエルフの出自を聞いた時にはダメだこのご先祖さま、と気が遠くなり食事も喉を通らないくらいショックを受けたけれど、今日この時だけはこれほど頼れる存在はいないだろう。

今夜だけは、今夜だけは貴女の力をお貸しください。

ちょっとでいいです、背中を押すくらいでいいんです。

貸し与えられすぎても困ります、ほんとに。

化粧は必要かしら、貴女はどう思う?

――お嬢様はそのままが一番ですよ、私が言うんですから間違いありません。

そうね、ありがとう、どうか見守っていて。

心の中で、心の友は少し寂しそうな顔をする。





Viande

浴室から、あなたが出てくる気配がする。

自分の指先が熱を失っていくのがわかった。

覚悟は決めたはずでしょう?

自分に言い聞かせるように、心の中で呟く。

お風呂あがりのあなたに、温めたミルクを差し出す。

今日買ったばかりのペアマグカップが早くも初陣を迎えた。

「おや、どういう風の吹き回しかね、礼は言うけど」

出鼻を挫かれた。

はやくも疑いの目を向けられている気がする。

「た、たまにはいいじゃありませんの、ほらほらこっちへ」

ベッドに腰掛ける。

「行儀が悪いなあ」

そう言いつつも隣に来てくれる、そんなあなたが愛おしい。

言葉を交わすでもなく、ゆっくりとミルクを飲んでゆく。

とっくに心地よい沈黙を共有できるようになったはずなのに、今はなんだか気まずく感じる。

自分の鼓動の高鳴りが聞こえていないか心配になる。

いつの間にかマグカップの中身は空っぽになっていた。

味もまともに覚えていない。

「…歯を磨いてきますわね」

私の馬鹿、へたれ、ほんとばか。

沈黙に耐えきれず、逃げの一手を打ってしまった。

――まあ、それも大事ですけども…ねえ。

友のあきれたような顔が目に浮かぶ。

入れ替わるように歯を磨きにいったあなたをベッドに腰掛け待ってみる。

ホットミルクの健闘もむなしく、私の熱はどんどん指先から逃げていく。

もういっそふて寝してしまおうかなんて考えていると、戻ってきたあなたは私の隣に腰を下ろした。

「なんだその驚いたような顔は、何か話があるんじゃないのかね」

見透かされていたことに対する羞恥と、やっぱり隣に座ってくれるあなたへこみ上げる愛しさ、そしてこの機会を無駄にはできないという緊張。

様々な感情で心がぐちゃぐちゃで、全く頭が働かない。

あなたの手にそっと手を添え、大きく息を吸う。

頑張れ私、がんばれ。

「あ、あの」

声が上擦る。

本当にばかみたい。

自分に向けられたいくつもの好意を切り捨て、受け流し、時には見えないフリをしてきたのに。

いざ自分が当事者になってみると、彼らや彼女たちのように上手く言葉にすらできない。

「あなたが好き、大好き、愛してる」

「知ってる、ワタシもキミが好きだ」

落ち着いて、自分の左手を見てみろ私、その段階はもう越えたでしょう。

そういえば、あの約束もけっきょくのところ私からは切り出せなかった。

いつまでたっても、けっきょく私は囚われのお姫様。

「だから…その…」

運命を変えてくれる誰かを待つ、待ってるだけの卑怯者。

「抱いて、抱きしめて」

「ああ、なんだ、そういうことか」

あなたの細い腕が、私を抱き寄せる。

いつまで私は、お姫様でいるつもりなんだろう。





Salade

今、私はあなたに抱かれている。

文字通りの、そのままの意味で。

この姿勢のまま、何分経っただろう。

「…あの」

「おや、もういいのかね、満足したかね」

「違うんですの、そうじゃないんですの」

あなたの温もりから離れ、とまどいを口にする。

「姿勢の問題かね、後ろからのほうがよかったのか」

また弄ばれている?

いや、そういう時はいつも、もっといたずらっぽい顔をするはずだ。

この顔はたぶん、本当にわかっていない。

「その…そういう意味で抱いて欲しかったのではなく」

「違ったのか、それはすまない」

本当に申し訳なさそうな顔をしている。

あなたに落ち度はないはずなのに。

「キスの先…といいますか」

「先?」

本当にわかっていないようだ。

無理もない、確かに知る機会はなかっただろう。

「…子供ってどうやったらできるか知ってるかしら」

「神々に認められた異性の間に授けられるんだろう、それとなんの関係が」

「…ふふっ」

「な、なんで笑うんだ、おかしなこと言ったか?」

いつから忘れていたんだろう。

あなたはただの女の子。

私と同じ、ただの女の子。

その細くて未発達の小さな身体に、今までどれだけの背伸びを強要してしまったのだろう。

本能だけだった恋が、ようやく理性を伴って愛に変わった気がする。

なんであなたが好きなのか、ようやく理解した。

あなたを抱きしめ押し倒し、ゆっくりと服を脱がせてゆく。

もう大丈夫、私は先に進める。

私もあなたと同じ、ただの女の子。

「お、おい、なんのつもりだ、何がしたいんだ」

「キスのその先」





Fromage

生まれたままの姿で、あなたと向き合う。

ここまで恥ずかしそうなあなたを見たのは初めてかもしれない。

「あんまりジロジロみないでくれ、恥ずかしい」

起伏に乏しい、無垢な身体。

「それで、いったい何をするつもりなんだ」

「まずは接吻ですわ」

普段はこちらをじっと見つめ動揺も見せず済ませるくせに、今のあなたは視線も合わせずどこか逃げ腰。

これが私しか知らない、本来のあなたなのかもしれない。

あなたの薄い唇に添えるように、そっと唇を重ねる。

私にとって接吻は、いつだって終わりを意味していた。

さようなら、大好きな私の妹。

1度唇を離し、視線で次はあなたの番と語りかける。

いつもよりずっとぎこちなく、あなたの唇が重なってくる。

さようなら、妹が大好きな、姉の私。

離れてゆくあなたの後ろに手を回し、押し倒しながら唇を奪う。

さようなら、終わりを意味する接吻。

強引に舌を絡ませようとすると、遠慮がちにあなたの舌も私を求めてくる。

私たちはこれから、姉妹という関係に終止符を打つ。

終止符を打って、未来に進む。





Entermets

互いの舌を求め合いながら、ゆっくり、ゆっくりと陶磁器のような肌を撫でてゆく。

時間をかけて撫でるにつれ、あなたの息が甘さを含んでゆく。

あなたはいつか言ったよね、ワタシたちは永遠じゃないと。

あなたの言うとおり、私たちは永遠じゃない。

いつかあなたは私をおいていってしまうし、もしかすると私があなたをおいていくことになるかもしれない。

それでもいい。

私とあなたがふたりでいる間に、あなたの魂に刻み込む。

私という存在を。

私と過ごした時間を。

いくつの輪廻を超えたとしても忘れられないくらいに。

もしも違う世界に生まれたとしても巡り会えるくらいに。

永遠に等しいかもしれない私の人生を、あなた一人に捧げる。

何度離れても、何年かかっても、絶対にあなたを見つけ出す。

自己主張に乏しいあなたの丘に手を添える。

やがて主張を始めた小さな芽を、優しく愛でていく。

息が荒くなっていく口を、何度も唇でふさぐ。

まだ幼さの目立つ顔が、だんだんと淫らな色をみせ始める。

あなたはいつか言ったよね、キミの想いは自分を蝕む呪いだと。

あなたの言うとおり、私の想いは呪いなのかもしれない。

だからあなたにも呪いをかける。

あなたを決して離さない。

私は知ってる。

私は信じてる。

あなたは受け入れてくれる。

準備ができていることを感触で確認し、耳元でそっと囁く。

マトリ、あなたが好き。大好き。愛してる。あなたは私を受け入れてくれる?」

惚けたような声で、力なくあなたが返事をする。

「ヴィスタリア、ワタシはキミを受け入れる。ワタシもキミを愛してる」

ゆっくりと、最初の呪いをあなたへと沈めてゆく。

初めての痛みに震えるあなたが、私を強く抱きしめる。

少しでも痛みが柔らかくなるよう、左手であなたを優しく撫でる。

やがてあなたの声が甘くなっていくのを確認し、ゆっくりと右手を動かしていく。

忘れないで、刻み込んで、今のこの瞬間を。

「だめ、やめて、こわい、なにかくる」

「だーめ、やめない、こわくない」

あなたの息づかいと、私の中指が激しくなっていく。

声にならない悲鳴を上げて、あなたの身体が大きくのけぞった。





Fruits

シスター、どうか許してください。

互いを求めずにはいられなかった、あなたのふたりの娘を。

ザイア様、どうか見守っていてください。

これから先も互いを求め続ける、私たちの行く末を。

私たちはお互いに、最初からお互いの身体が理解っているように思えた。

もしかしたら今魂に刻み込む必要なんて最初からなくって、もうずっと前から互いの魂に刻まれていたのかもしれない。

驚くほどすんなり私の身体はあなたを受け入れて、驚くほどの反応を私の身体は示す。

何度も唇を重ね、舌を重ね、身体を重ねる。

お互いの境界がわからなくなるくらいに絡み合う中で、相手が高まりきったことをお互いに理解した。






Cafe petit four

日の光で目を覚ます。

つないだままの手と手が、昨夜のできごとが夢ではないのだと教えてくれる。

普段は必ず私より早く起きるあなたが、天使のような寝顔でまだ眠っている。

純粋で無垢だった、私の妹だった少女。

健やかなる時も病める時も、死がふたりを別つとも、共に歩むと言ってくれた、私の半身。

あなたの頬をそっと撫でていると、むずむずとあなたが動き出した。

「お目覚めかしらお嬢さん、目覚めのキスは必要かしら」

約束の時間はまだもうちょっと先。

夢の続きを求めるように、もう1度唇を重ねた。
最終更新:2020年12月24日 23:57