追憶 ―反撥の日々―

不器用さは、すれ違う


三回のノックの後、ドアを開く。
返事は待たない。向こうの都合なのだから、
微塵も悪いとは思わなかった。
沓摺りを跨ぎ、足を止める。
六畳ほどの空間には、デスクと書棚が一目に付く。
少々広さを持て余しているようだが、十分に立派な書斎だ。
部屋の中心人物は、ワークチェアに腰掛けつつ、
やりずらそうに、訪問者へと向き直る。
露わになったその姿には、あるべき筈のものが無い。
右太ももの半分から、その先の爪先まで。
書斎の男には、それが欠けていた。

「そう、嫌そうな顔をするな。」

何度も見てきた姿。
だがあの痛々しさは、どうしても目を背けたくなる。
それが、父親だと言うのに。

「また、授業抜け出したようだな。」
「………。」
「今度は『鉄格子を填める』だそうだ。ケイ、そのイタチごっこは何時まで続くんだ?」

ケイと呼ばれる彼に、返事は無い。
目を伏せて、父の視線を避けていた。

「前にも言ったとは思うが、お前が剣を握る必要はない。」
「そうは行かねぇだろ。その姿……アンタの代わりは必要なんだ。」
「あぁ、その通りだ。」
「だったら!俺が剣を取るのは、道理ってもんだろ!」

響く大声。気が付けば、彼は父を向いていた。
そこに渦巻くは、怒りの感情か。

「それは、私の代わりが務まればの話だ。」
「ッ!」
「お前には出来ないだろう。もう無理をするな。」
「ふざけんな!俺がやらなきゃ、誰がやるってんだよ!」
「適任者は、いる。こうなる前から、私が仕込んでおいた者だ。」
「……あぁ?」
「お前には社交の才がある。本気で剣に打ち込む必要はない。」
「おい、待てよ!」
「納得は出来ないだろう。だが、何れそうなる。」
「…冗談じゃねぇ。」

踵を返す。父の言う通り、納得なんてしていない。
だが、ただ感情をぶつけた程度で、あの堅物が変わらない事は理解していた。
嫌でも認めさせる他ない。そのために、より強くならなければ。
静けさを取り戻した書斎には、父が一人残される。

「不器用ばかり、よく似てしまった。」

自虐気味に、自らの不甲斐なさを嘆く。
すれ違いを理解しながら、上手く歩み寄れない。
剣を振り続けた男には、その解決が見出せない。
息子は自分の背中を追いかけている。

「……。」

望みを賭ける他なかった。
"あの手"なら、息子も考えを変えるだろうと。
……しかしそれが、考えうる中で最も悪手であることを、
不器用な父が気付くことは無かった。
最終更新:2021年09月28日 15:29