深緑の中で足掻く
昼下がり。
とある片田舎の雑木林には、乾いた音が反響していた。
不規則に鳴り響くその音は、林を移動して聞こえている。
木々から吊られた円盤が、激しく打たれて揺れているのだ。
林を駆け抜ける人影。その手に握られた模擬刀が、
次々に円盤、もとい的を打ち抜いて行く。
一つ、二つと、数えることを忘れた頃、
順調に的を捉えていた切っ先が、
突如として空を切った。
「…チッ!」
急停止。模擬刀に身体を預け、息をつく。
「うーん。少し歩幅を取りすぎたんじゃないかな。」
そう言ったのは、見慣れた顔の女だった。
和装に身を包んだ彼女は、まるで分かったかのような口振りで、
男にアドバイスをする。
「…ぅ。なんで、分かるんだよ。」
その問いに対して、彼女は悪戯に考えるふりをする。
少しの間、顎に手を当てて考えた後、
「いつも見てるから…かな?」
と、ひょんな答えが返って来る。
「見せもんじゃねぇんだけど。」と言うも、
女は「あははっ」と笑うだけで、何も言い返してこなかった。
このまま彼女のペースに付き合うと、鍛錬がそっちのけになる。
そう思い、男は無視して踵を返そうとするが、
「またご当主様と揉めたでしょ?」
彼女の言葉を聞いて、動きが止まる。
このやり取りは、これが初めてじゃない。
「……だから何だ。何時ものことじゃねぇか。」
何時ものことと吐き捨てる割には、ばつの悪そうな雰囲気だ。
しかし、彼女はそれを気にも留めず続ける。
「そうよ。ご当主様は、何時も貴方のことを想ってる。」
「だから俺には剣を握るなってか?そいつは否だぜ。」
遮る男の言葉。そこには確たる意思があった。
「領地は自分で護らねぇと。お前も、ガキ共も、村も。
少なくとも、アイツ自身がそうだった。」
父親の背中を追っている。彼の姿は、誰の目にもそう見える。
であればその顛末も、きっと同じものに成り得るかもしれない。
当主の想いと、息子の想い。言葉一つで変わるなら、
ここまで拗れた関係に至りはしない。
「でも、適任者が居るってご当主様は…。」
「そんな奴は要らねぇ。何度も言ってる筈だ。」
「…ッ!」
何んでお前がそんな顔をする。
そう思いながら踵を返す。模擬刀を構え直し、再び林の標的に向き直る。
認めさせる。その為に研鑽を積む。
そうすれば、全て丸く収まる筈だと、自分に言い聞かせて。
最終更新:2021年12月31日 21:13