その日の教室は一段と五月蠅かった。
騒がしいのではなく、ただただ五月蠅い。
半ば押しつけられるように与えられた紫色のリボンを弄ぶ。
赤いリボンは良くも悪くも自分に似合っていたと思う。
少女の色、可憐な薔薇の色、そして真っ赤な血の色。
太陽の色も赤というのなら、それだけは似合わないだろうか。
今日の五月蠅い雑音は、似合わないこの紫色のリボンのせいに他ならない。
――今回もまたパーキンズ家のご令嬢は特別扱い。
――ざこ共とは違いますー、って顔するくらいならなんでこの授業受けにきてるわけ?
――愚民どもを見下して嗤ってるんじゃない?
――あーあ、感じ悪い。
有象無象のひそひそ声は今に始まったことではない。
当初とは違い蛮族のくせに、だとかとは聞こえなくなったあたりはマシになっているのかもしれない。
今更ウジウジ悩むようなことはないが、それでもちょっと早く教室についたことを後悔する。
この教室に来ている理由も操霊魔法学科の重鎮であるお爺さまの期待を裏切りたくないというだけのこと。
本来紫リボン相当なのは森羅魔法であって操霊魔法ではない。
やる気が足りないのは認めるが適切な授業ではあり、とやかく言われる筋合いはない。
「おはようございます、ラクスさん」
大きく溜息をつきそうになったとき、いつも通りどこか暗い印象の少女が声をかけてくる。
「はいはい、おはよーございます…朝から暗いですね~♡…まあヒトのこと言えないですけど」
彼女はいたっていつも通りだった…そう、何にも染まっていない、そのリボンの色も。
「…リボン、どうしたんです?ちゃんとあたしの言ったとおりがくえんちょとお話したんですよね~?」
「あはは…私にはまだ早いですよ、色つきのリボンは」
フードの中で少女は自虐するように笑う。
「…ま、そうですね~♡よわよわおねーさんにはお似合いですもんね~♡うさちゃんせんせーもそう言うんじゃないんです?」
「お似合いといえば…少し残念です、赤いリボンはラクスさんによくお似合いでしたから」
紫色のリボンに触れながら、彼女は呟いた。
「…もしかしてケンカ売ってます?」
「ち、違います!もちろんラクスさんの森羅魔法は上級生にも引けを取らないと思います、そういうことではなくって…」
こうやってからかうといつも彼女はわたわたと愉快な反応を見せる。
「…単純にその…赤い色…が素敵だと思っていただけです」
言ってて恥ずかしくなってきたのか、彼女はより深くフードを被りなおす。
「それはあたしも思います、モノトーンなおねーさんと意見があっても嬉しくないですけど♡」
「しょ、しょうがないじゃないですか…このほうが落ち着くんです…」
言い訳じみた台詞を聞き流し、ぽつりと呟く。
「どうせなら赤を一番上の学年にしてくれればいいのに…なんで紫なんだか」
「…そうだ、いっそ赤いリボンもつけてしまっては?」
名案を思いついたと言わんばかりのテンションで彼女が言う。
「…いや、何言ってるんです?脳みそはほんとにざこのまんまですね~♡すかすか~♡」
「でもでも、自分の学年にあったリボンをつけなくてはならないだけで、他のリボンをつけてはいけないわけではなかったような…」
「…」
言われてみれば正確に覚えているわけではない。
彼女の胸ポケットから生徒手帳を奪いとり、校則を一応確認する。
「…ほーら、"適切な学年のリボンをつけなければならない"のでダメですね~♡ここに書いてありますよ~♡魔法文明語じゃないから読めますよね~♡」
「あ、ほんとですね…って流石に読めるようになりましたからね!?」
残念がるような表情から一転、ぷんすこと彼女は怒る。
フードの中での彼女の表情変化はなかなか多彩であることを知っているのは、今ではきっと私くらいだろう。
「ま、指定外のリボンならつけて良いことは確かです、よわよわおねーさんにしてはいい着眼点ですね~♡」
気がつけば授業開始の時間であったようで、うさちゃん先生の冷ややかな視線が刺さる。
師匠の視線に気づいたであろうアセビと自然と目が合い、いたずらっぽく笑いあった。
思いついたので熱いうちに打った。
アンケの初恋欄にアセビラクスって書き始めたらこいつ我慢できなくなったなと思って。
最終更新:2022年10月17日 04:34