扉の前でひとつ深呼吸、その後ノックを二回。
「師匠、私です、少しいいでしょうか?」
「…入れ」
扉の向こうから無愛想な返事が返ってくる。
機嫌が悪いというわけではない。
いつも通り無愛想なだけである。
「…失礼します」
寝具と机、ちょっとした収納くらいの殺風景な部屋。
ここ一ヶ月と少し生活しているだけの仮住まいなので当然といえば当然だろうか。
「…なんの用だ」
「師匠…その、今日はなんの日か知ってますか?」
「…知らんな」
とぼけているのか本当にわかっていないのか、なんともわかりにくいリアクション。
「今日はその…バレンタインというやつでして…」
チョコを包んだ小包を差し出す。
不慣れなりにラッピングなんてしてしまったのだが不格好ではないだろうか。
「…どういう風の吹き回しだ?」
「あはは…自分でもそう思います」
そう、こんなことをするのは今年が初めてなのだ。
「その…エリカさんたちと交換するという話になりまして…」
「ふん、俺はついでか?」
「ち、違います!ちゃんと気持ちは込めましたし、味もエリカさんたち用のものと違います!」
「冗談だ…懐かしいやりとりだな、全く」
「…?」
「…こっちの話だ、今開けても?」
「は、はい…どうぞ」
「頂こう」
とは言ったものの、やはり目の前で食べられるとなると緊張する。
出来は上々だとは思うけれど、所詮私にしては上々というだけ。
「…この味、どこで習った?」
師匠が手を止め、私に問う。
「…作り方は
マトリ先輩に聞きました、夏に帰省したときに」
ついでに味の好みも聞いておいたのだけれど…やはり再現はできていないだろう。
「…それはわかるがそうじゃない、隠し味?というかだな…」
「…母が作ってくれたお菓子を思い出したんです、それを真似てみたのですが…」
母の作る焼き菓子はほんのりと柑橘類の酸味が漂い、すっきりとした後味が特徴だった。
と言っても母の特別レシピ、というよりは村の伝統のようなものというのが正しかったはずだが。
「…すみません、習ったレシピそのままというのもな…と思ったのですが、お口に合わなかったでしょうか?」
「…そうじゃない……美味いよ」
「…今…なんと…?」
飛び上がりそうな気持ちをなんとか抑える。
師匠は視線を逸らす。
「…二度は言わん」
おそらく緩んでいるであろう顔をなんとか持ち直…せているかはわからない。
「…まさか、こんな偶然があるとはな」
何かを懐かしむように、師匠が呟いた。
本当はもう一本書くはずだったんです(敗北)
最終更新:2023年02月14日 23:29