「…流石にあれはないと思うわよ」
いいんちょおねーさんことエリカが苦言を呈する。
「…わかってますよ」
つぶやきながら視線を逸らす。
そう、自分でもわかっているのだ。流石にあれはない。
遡る…というと大げさな、ほんの数分前の出来事である。
一月ほど前のお返しをすべく談話室を覗くと、都合良くよわよわおねーさん、いいんちょおねーさん、すっとこどっこいおねーさんを発見。
丁度お返しを贈り合っていた様子。
ここまでは順風満帆だった…ここまでは。
いいんちょおねーさん、すっとこどっこいおねーさんに茶菓子を渡す。
あとはよわよわおねーさん…だったのだが。
「あれあれぇ?物欲しそうな顔してどうしちゃったんです?よわよわおねーさんの分はないですよ~♡」
ついいつもの調子でからかいの言葉が出てしまったのだ。
いつも通りの軽口のはず…だったのだが――
「…そう…ですよね、お口に合わなかったでしょうか…」
予想外に効いてしまったのだ。
いいんちょおねーさんもすっとこどっこいおねーさんもきっと思ったであろう、やってしまったなこいつ、と。
なにより私自身そう思った、やってしまった。
「…そもそも迷惑だったでしょうか…」
「ち、ちがっ」
「…ごめんなさい」
「ま、待っ」
制止も間に合わず、よわよわおねーさんは談話室から走り去ってしまった。
「…とりあえず座りなさい」
いいんちょおねーさんに促されるまま椅子に座り、今に至るというわけである。
「もしかしてホントに用意してないんですか?今から買いに行けば間に合うんじゃ…」
「…用意はしてますよ、流石に」
「じゃあなんであんなことを…」
「…ちょっとからかっただけのつもりだったんですー、一年近い付き合いなんだからわかると思って」
大きくため息をつく。
「普段だったらそうかもしれないわね、でも逆に言えば普段通りじゃいられないくらい楽しみだったってことじゃないの?」
「…どういう意味ですか」
「さあね」
私はすべてお見通し、と言わんばかりの態度に少しイラっとしたけど悪態をつく気力もない。
「…とにかく、お返しありがとう。行くわよリッタ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよエリカさん…ビスケット美味しかったです、ラクスさん」
静かになった談話室で、また一つ大きくため息をついた。
「…それで、なんのようです?」
扉の向こうに声をかける。
「ふっふっふ、話は聞かせてもらったニャア…!」
「ざこに構ってる気力はないんですけど?ザコセンパイ」
閉じたままの扉に向かって話かける。
「な…なんでわかったニャ!?」
扉が開きザコセンパイが現れる。
「ツッコミいれる気にもならんわ…悪趣味ですね~、盗み聞きなんて」
「聞こえたもんはしょうがないニャア」
いつも通りニヤニヤした口元がいつも以上にうさんくさくみえる。
「とにかく、話は聞かせてもらったニャア…!」
「その台詞はもう聞きましたー、だからなんなんです?」
「なんであんなこと言ったニャ?」
「…だから言ったじゃないですか、冗談のつもりだったって」
「建前はいいニャ。普段だったらせいぜい『物欲しそうな顔してどうしちゃったんです~?欲しいんですか~?どうしよっかなー♡』くらいのはずニャ」
ご丁寧に動作付きで普段の私の真似のつもりらしい、全然似てないけど。
「キモっ…」
「うるせえニャア…普段通りじゃなかったのはラクスのほうじゃないかニャ?ってことニャ」
「…」
「図星かニャ?大人しく話してみるニャ」
一層ニヤニヤする口元。
観念して話すことにした。またため息を一つ。
「…モヤモヤしたんです、何故だか」
「いつだニャ?」
「…談話室で話してるよわよわおねーさんたちを見たときです」
「…本当になんでかわかんないのかニャ?」
「わかんないからこうなってるんですー」
机に突っ伏す。
魔法のほうがずっと単純でわかりやすい。
「…なんです?ザコセンパイにはわかるとで言うんです?」
「そりゃ簡単な話ニャ、ラクスはヤキモチを焼いてるんだニャア」
「…は?誰に?なんで?」
反射的に顔をあげ、ザコセンパイを見る。
「エリカとリッタにだニャア、理由も察しはつくニャ」
私でも流石に少なからずあの二人を評価はしているが、嫉妬する要素があるとは思えない。
「ラクスは前から知ってたんだよニャ?アセビの正体についてニャ」
「…なんですか急に、だったらなんだっていうんです?」
「そう怖い顔するのはやめるニャ、アタシは別にそのことをとやかく言うつもりはないニャア」
「それならどうしてよわよわおねーさんの話が出てくるんです?」
「やれやれ、こいつは重傷だニャア…」
肩を竦めながらザコセンパイが言った。
「…イチイチリアクションが鬱陶しいですね~」
「簡単な話ニャ、ラクスはアセビにとって特別な存在じゃなくなったと思ったから妬いたんだニャ」
「な…なにいってるんです?あたしは別に…」
「まあ聞くニャ、ついこの前までラクスはアセビの正体を知っている数少ない生徒だった、そうだニャ?」
「…たぶん」
「つまり少なからず思ってたはずニャア、『あたしとよわよわおねーさんは特別な関係』ってニャ」
「…」
「ところが二人だけの秘密がアタシたち全員が知る秘密になったってわけニャ」
「…それで?」
「そんな中仲良くお返しを贈り合うアセビの姿を見て思ったんだろうニャ、『あたしはもう特別な存在じゃない』ってニャア」
本当にそうなんだろうか、そうだとしたら私の心はなんて醜いのだろう。
よわよわおねーさんの心の苦しみが一つ和らいだことを、心のどこかで喜べずにいたというのだから。
「それで日和ったってとこだろうニャ、どっちがザコかわかんないニャア?」
「…は?日和る?」
「そうだニャ。自分の贈り物を喜んでもらえるという自信がなくなったに違いないニャア」
「…別に、そんなんじゃ」
「確信がなくなったから渡せないなんてざこだニャア、よわよわだニャ、なさけないニャア?」
安い挑発だ、ばかばかしい。
「悔しかったら渡してくるニャ、さっき外に出て行くのを見たニャア」
ばかばかしい、けれど――
「…煽るのが下手ですね~、でも乗せられてあげちゃいます♡」
覚悟を決め、ザコセンパイの横を駆け抜けた。
「…やれやれ、青春だニャア」
屋敷内を走る。
ガラでもない。それでも走る。
蹴破るくらいの勢いで玄関の扉を開ける。
春が近づき鬱陶しくなりつつある日差しが襲いかかる。
雲一つない晴天。本当に嫌な天気。
私にとっても、彼女にとっても。
だからきっと、彼女がいるのは――
「見つけましたよ、おねーさん」
「…ラクス…さん?」
どうしてここに、と言わんばかりの戸惑いの声。
鼓動がうるさい。少し息を整える。
「…ちょっと似てますよね、この場所」
『特別な関係』が始まったあの場所に。
「…そう、ですね」
「さっきはその…ごめんなさい、嘘つきました。ちゃんとあります…おねーさんの分」
「…そうでしたか、てっきり嫌な思いをさせてしまったかと…」
少し安心したような顔。
「ただその…口に合うかどうか…」
おずおずとビスケットの入った袋を差し出す。
「…その、エリカさんたちのものと包装が違う気が…」
「…当たり前じゃないですか。手作りです、おねーさんの分」
おねーさんの顔が赤くなってゆく。
「…もしかしてバレてました?」
「…?何がです?」
「ラクスさん用のだけその…特別仕様だった、といいますか…正確には師匠のも違いますけど…」
初耳。人と見せ合おうなんて発想もなかったし知る由もない。
「言葉にできないくらい嬉しいですが…気を遣わせてしまったでしょうか…」
なぜこう話をややこしく解釈するのだろうか、大きくため息をつく。
「そんなんじゃないですー、第一違いとか知りようがないじゃないですか」
「だったらどうして…」
どうして手作りしようと思ったのか。今ならわかる。
「なんでって…特別だからですよ、それなのにまったく…人の気も知らないで! どうして星見祭の夜に何も言わずにいなくなったりしたんですか。
せめてあたしにくらい相談してくれてもよかったんじゃないです? 特別だと思ってたのはあたしだけだったんですか?
急にいなくなって…あたしがどれだけ不安だったか… おいていかないで…おいていかないでよ…」
なかなかに恥ずかしい台詞を言っている。
そうわかっていても取り繕う余裕がないくらい、勝手に言葉が溢れ出る。
「大丈夫です…片時も離れない…とは言い切れませんけど…私は必ずラクスさんの元に帰ります」
「…そこは嘘でも言い切ってくださいよ、ざこ」
「だ、だってもうじき少なからず離れるじゃないですか…互いに修業がありますし…」
「前科があるので信用できませんね…ちょっと目をつぶってください」
「…?」
戸惑いながらも言われるがままおねーさんは目を瞑る。
ビスケットだけじゃない、プレゼントはもう一つ。
「…はい、もういいですよ」
「…マフラー?」
「躾のなってないだめ犬おねーさんには首輪が必要かなーと思ったんですけど…流石に首輪はないかなーと思って。季節はずれ気味ですけど」
「あちらの冬は長いですから…ありがとうございます、大切にしますね」
マフラーをひっぱり、油断しきったおねーさんの顔を近づかせる。
ほんの一瞬の、柔らかく甘い感触。
「もう離してあげませんからね、アセビおねーさん♡」
「OK!会話の内容はわからないが渡せたみたいだぜ!」
「やれやれ、世話がやけるニャア…」
「…マフラーは重くないですか?」
「まあ…本人たちがいいならいいんじゃないかしら」
もう一本書く予定だったやつが長くなったやつ。
主にミアがこんなことするか???感あるかもだけど年長面してほしかった。ゆるして。
最終更新:2023年03月14日 19:26