その日、親愛なる我が妹に黒猫の使い魔ができた。
いつの間に真語魔法を身につけたのかしら、という疑問はさておき、たいそう気に入っていることは私の目には明らか。
使い魔との感覚共有には接触が必要とはいえ、四六時中頭の上に乗せたり抱きかかえたり。
その絵面はかわいい×かわいいでとんでもなくかわいらしい。語彙力が溶ける。
宮廷画家でも抱えていたならば1作品描かせるところである。題名は『愛くるしい』といったところ。
そろそろ将来の宮廷画家候補も探すべきかしら。
「…なんださっきからこっちを見て、ニヤニヤニヤニヤ気色悪いぞ」
「ずいぶん気に入ってますのね、そんなに毛並みがいいのかしら」
どれひと撫でさせてもらおうじゃないの、と手を伸ばす。
ところが黒猫を隠すようにして私の手は遮られた。
「待て。それ以上ワタシのクロエに近づくな」
…まさか名前をつけているとは。黒猫だからクロ…に一捻りといったところだろうか。
「本当に気に入ってますのね…まあ夜目が効くようになったり便利でしょうけど」
「仮に夜目の恩恵がなくても猫にするが」
いわゆる猫派であることは知っていたがここまでとは。
使い魔は模した生物により性能に変化があるはずで、特に蛙は貯蔵できる魔力量が多いことから人気だと聞いたことがある。
見た目よりは機能性を重視しがちなマトリにしては珍しい選択に思える。
「そんなに猫がいいならいっそ飼ってはどうかしら?下級の使い魔では反応はないはずでしょう」
下級の使い魔にはそもそも意志がないはず。言ってしまえばちょっと高性能なぬいぐるみと大差ない。
猫を飼うくらい今の私たちであれば経済的には問題なし、留守しがち…というのもまあ神殿に預けるなりどうとでもなるだろう。
我ながらこれは名案、『いいの?ありがとうお姉ちゃん!』となること間違いなし…と思ったのだが、返答は大きなため息。
「あら?」
「…まったく、誰のせいで飼う気にならないと思っているのやら」
「え?私?」
どうやら原因とやらが私にあるらしいことは流石にわかるが、心あたりが全くない。
「…まさかノラのことを忘れたわけじゃないだろうな」
「まさか、忘れるわけないでしょう」
ノラは修道院時代にお世話をしていた猫で、二年前ザイア様のもとに帰った。
たまたま見つけた野良猫で、私とマトリ、そして
ジニアの三人で餌をあげたりしていた。
「…そう、まだあの子のことが忘れられませんのね」
「忘れる気はないがそうじゃない、第一ノラはぶち猫だろう、それなら黒猫にはしない」
それはそうか、使い魔の外見はある程度好みに合わせられるはず。
「だったらなんでノラの話が出てきて、しかも私のせいになりますの?」
「ノラを初めて見つけたのはワタシだった」
「…そうだったかしら」
正直そのあたりの記憶は曖昧…ということは少なくとも初めて見つけたのは私ではないのだろう。
ノラと呼び始めたのも誰からだっただろうか。
「なのに真っ先にノラが懐いたのはキミだった、よりによってな」
確かに猫は気まぐれ…とよく言うわりにノラは私に甘々だったと思う。
「まあそうかもしれませんわね…って"よりによって"ってどういう意味かしら?」
「そのままの意味だ、ジニアならまだしもよりによってキミに懐いた、ノラのお世話を始めたのが1番遅かったキミにな」
言われてみれば確かに私の記憶では始めから三人でお世話をしていた気がする。そこそこ前のことをよく覚えているものである。
「ふふっ、どうやらノラは私の魅力がわかる猫離れしたセンスを持っていたようですわね」
自慢気な顔をしているであろう私を見て、マトリはまたひとつ大きなため息をついた。
「ノラだけじゃない、怪我をした小鳥を保護したときも、ザイア神官がペットの犬を連れてきたときもそうだった、決まってキミは真っ先に生き物に好かれる」
「…私がそれだけ魅力的ってことですわね」
思い浮かぶ心あたりから目を逸らす。
「…まあ、つまりキミの魅力を信用しているということだよ、ペットを飼ったら猫でも犬でも兎でもキミに懐くに決まってる」
私の動揺を感じ取ったのか、さっきまでより少し柔らかい声色でマトリは答えた。
「その点クロエは懐きようがないからな。キミに取られる心配がない、そうだよなークロエ」
反応を示すこともない使い魔に話かける姿は、かわいらしくもどこか悲しげにみえた。
「人聞きが悪いですわね、別に取ったつもりはありませんわ。それに…」
百万の花咲く園よりも価値ある一輪に届かないのでは、なんの意味もないでしょう?
「?なにか言ったかね」
「…なんでもありませんわ」
首を傾げるあなたの髪に、そっと指を通した。
リハビリがてら書いた。書きやすくてびびる。
最終更新:2023年08月21日 16:41