なにやらカスロット砂漠の中に街を作ろうという動きがあるらしい。鉄道の延伸に夢を見たどこぞの商会か、それともラージャハにすらいられなくなった連中のやぶれかぶれか。どちらにせよアタシには一粒の砂金を探しているようにしか見えない。
きっと上手くいかないだろう。だからいま見に行こうと思った。冷やかし半分に興味半分、そして万が一上手くいったときは黎明期を知る者として幅を利かせてやろうという下心に突き動かされたのだ。
行きの馬車(砂漠だからかラクダが引いていた)で乗り合わせた連中に話を聞こうと思っていたが、どうやら巡り合わせが悪かったようでまるで話にならない連中との道中となってしまった。
言動が軽薄で何も考えてなさそうな奴、酒に頭がやられて何も考えれなさそうな奴、そして馬車に乗らず並走してる奴。誰も彼もがマトモな会話を望めない残念トリオだった。
絡んできた酔っ払いを話半分にあしらっていると、どこか間の抜けた悲鳴が聞こえてきた。自分の番はまだ先のようだと安堵したアタシは巡り合わせの良さに感謝し、これからは毎日祈りを捧げようと誓ったが、どうやら周りの連中は違った意味でルロウドを信仰しているようだった。
当然のように助ける算段を立て始める。アタシも実行委員に数えられているようで、ルロウドを信じていそうな頭の軽い女が肩を組んできた。
戦闘の打合せは簡素なもので、概ね次のとおり。
「不意を突いて頭数を減らし、反撃をもらってもいいから速攻で終わらせる」
冒険者とはおしなべて瞬発力を重んじるものであり、どれだけ言葉を弄した作戦もすべて「速攻」の二文字でこと足りる。今回の打合せも形式的なものでしかなく、どうせこいつらは戦闘のたびに同じことを言っているに違いない。
とはいえアタシも別に否やはない。冒険者が瞬発力に傾倒しがちであることには合理があるし、花火にずっと光ってろというのも無理な話だ。
頭に回らなかった栄養の分、身体のほうは丈夫だったようで余裕の勝利だった。
アタシは素人だからよくわからないが、パジェータとかいう馬車と並走していたシザースコーピオンはなかなかの手練れに見えた。上体で投げ倒し鋏と尻尾で追撃するまでを基本として、弱った相手の処理も柔軟にこなす余裕まであった。人族の武術に感銘を受けて鍛錬したというが、たぶん人族にその動きはできない。
酔っ払いも酔っ払いの割に頑張っていた。騎獣をどこかに忘れてきたとかふざけたことを抜かすまでは少し見直していたほどだ。きっと置いて行かれたのはこいつのほうだろう。
あたまのかるいひとは後先考えずに魔法を打っていた。魔法使いとは思えない所業だが、下手に考えて出し惜しみするよりはマシかもしれない。
ともあれ脅威は消えた。保護対象と話をしよう。
襲われていたのは喋るネズミで、どうやら金持ちの使い魔らしい。
魔法には詳しくないが、ネズミの使い魔は聞いたことがない。大抵はカエルかネコだし、違うにしても何か役に立つ動物にしないだろうか。これの主人に会えたら、さして愛らしくもないネズミを選んだ理由を聞いてみたいものだ。
主人といえばそいつが見当たらないのもおかしな話だ。魔法使いと使い魔は運命共同体だと聞いている。主人が死ねば使い魔は消えるし、使い魔が傷付けば主人も傷を負う。そんな存在を単独で行動させるだろうか。しかも主人はそれなりの権力者で、その名代だと言う。怪しさが毛皮を着て歩いている。
同乗者を目の前で食われたと思われる妙に元気なネズミを加えた我ら一行はその後何事もなく街に到着する。
助けられた礼に宿の用意をしてくれると言うネズミは足早に去り、代わりに妹とはぐれたという男が現れた。どうして男というやつはすぐ誰かとはぐれてしまうのだろうか。
正直、詐欺かナンパの導入だろうと思ってテキトーにあしらっていたところ、本当にその妹がやってきた。祠で祈っていたところを襲われていたようだ。襲われたのは予想外だろうが、祠にいることも知らなかったのか? いや、祠は見たけど連れていかれてたってこともあるか。
そうこうしているとネズミが戻り、宿だけでなく饗宴までしてくれるという。なんと気が利くネズミだろうか。アタシは最初からわかっていたが、周囲の皆もきっと評価を改めたことだろう。
妹ちゃんを助けたという冒険者たちもなんやかんや一緒に食べることになった。なんで?
アタシの疑問をよそに宴会が始まる。アタシの小さな体はすぐに酒で満たされ、細かいことはどうでもよくなった。ついでに本来の目的も忘れていた。何を思ってこの街に来たのか聞いて回るいい機会だった。
まあ、連中はどうせ大した考えもないだろうから別にいいや。もうちょっとしっかりした奴に会ったら聞いてみよう。
翌朝、バカにバカでかい声で起こされる。どうやって息の根を止めてやろうか、八割方計画はできていたが緊急事態だというので保留にしてやった。
なんか来たらしい。声の大きさに対して情報量は極小だった。
ここから外に出て話を聞いてポロロンするわけだが、敵味方入り混じって二十を超えるような戦場を見渡せるわけがない。なんかやっぱりパジェータが活躍してた印象があるくらいだ。
蛮族のスタンピードを退けた、いわばちょっとした英雄であるアタシたちに怪しいネズミが怪しい話を持ちかけてきた。どうやら元手なしで事業を始められるらしい。怪しすぎる。もしかしたらこれが人々を煽動しているのかもしれない。
ーー夢追い人の野望が錯綜する表の街、現実主義者の陰謀が巡る裏の街、路地裏を行き来するネズミだけはすべてを知っている。
うん、悪くない。アタシならこんなもんだけど、この街はどんな物語を紡ぐかな。
最終更新:2024年08月15日 01:43