それなりにこの村(現時点では街より村のほうが適切だろう)の住人と話したが、ほとんどの連中は深い考えもなく一発当てに来たとか新しい枠組みで自由にやりたいとか程度のことしか考えていないようだった。
現時点の内情はおおよそわかったし、そろそろ住所不定の暮らしに戻ろうかと考えていた頃、道端で困り果てているオアシスフシンネズミを発見した。
これでもかというほどわざとらしく、これ見よがしに助けを求めていたので無視していなくなろうと思ったが一緒にいたパジェータが声をかけてしまう。きっと彼女はいつかライフォスかザイアあたりの加護を得ることだろう。
まったく馬鹿らしい。
面倒な気持ちを酒で流し込み、どうにかネズミの話を飲み込んだところ、来るはずの商人が来てないらしい。普通ならまあかわいそうにで終わる話だろうが、この村において商人とは生命線にほかならない。
だったら護衛してやれよって話だけど、じゃあ誰がその護衛を頼むんだよって話になる。この村にはまだマトモな自治機構がないから公益のために使える金がないのだ。
代表とかまとめ役みたいなのがいない集団ってのは一長一短だ。良くも悪くも外部と交渉しづらい。
アタシの経験上、そういうところは概して自由の気風が強く、国だとかの干渉を突っぱねてほとんど自分たちの力だけでやっている。
きっとこの村には無理だろう。そもそも思惑ありで作られた節がある村だ、いつの間にかネズミが牛耳っていても不思議じゃない。
まあ、アタシは別にどうなってもいいけど。
さて、商人はラージャハから来る予定だったらしい。迎えに行って見つかればよし、見つからずにラージャハに着いたらアタシはそこで別れよう。
タダで護衛付きの旅ができるかもしれないと考えれば悪くない。
馬鹿かよってくらい同じ景色をラクダに乗って進むとルートから外れていく轍を見つけた。
死んでたら遺品くらいは回収してやろうと追っていくと悲鳴らしき声が聞こえる、まだ生きていたようだ。
仕方ないから様子を見に行けば蛮族に囲まれた人らしきものが魔動機文明語でなんか言っているらしい。
話せないんだよなあと思っていたらパジェータが通訳してくれた。蛮族のくせに頭もいいらしい。
まあ正直、大して話も聞かずに周りの蛮族に殴り掛かったわけだが、いくつか問題があった。
まずは敵についてよくわからなかったこと。気づいたら後ろを取られていたこと。そしてパジェータが倒されたことだ。
前二つはそういうことがあってもいいんだけど、パジェータが倒れたときはさすがに焦ったね。もう一人前線を張れそうなユウは逆側で敵を押さえてたし、アタシなんてコボルドの耳をちぎるより簡単に倒される。
終わったかと思ってたらエノテラが前に出てどうにかするとか言い始めた。偽物でもルーフェリア神官なだけある。アタシはルロウドを信じているのでどうやって逃げ出そうか必死に頭を回していた。
しかし信じられないことに彼女は本当にどうにかしてくれた。よくわからないけどたぶん召異魔法で攻撃をいなし、食らっても神聖魔法で立て直す。そんな感じでユウが戻るまでつないでくれた。
やっぱ信じるべきは護国の女神様だね、アタシが行く先々でルーフェリアの祠を建てようと決心したのがこのときだ。
さて、ユウが戻れば戦いはすぐに終着した。パジェータを起こして落ち着いたら事情聴取の時間だ。
羽根と輪っかのある魔動機みたいな奴はどうやら目的の商人で、連れ合いの爺さんが蛮族に連れて行かれたらしい。
かわいそうだ。本当にかわいそうで、助けられるなら助けてやりたい。でもアタシたちにはもう力が残されていなかった。パジェータは比喩でもなんでもなく死にかけたし、エノテラはもうマナが尽きている。アタシは景色に飽きてきたし、ユウなんて力の代償に知能を失っていた。
「悪いけど、助けられない」そんな言葉が出てしまいそうで、みんな口を固く結び悔しげに俯いていた。
諦めるにしても早いほうがいい。つらくてもこれが現実だ。アタシが非情な宣告をしようとしたそのとき、勇気の足音が聞こえてきた。
諦めるにはまだ早い。やるせない現実を跳ね返してやれ。彼女は言った「ウマ、マ!」
とまあ都合よく薬草をふんだんに抱えたルイスが通りがかったおかげでアタシたちは回復し、商人の爺さんを助けに行けるようになったわけだ。韋駄天の加護ぞあらん。
爺さんの跡を追っていくと入口だけ地表に出た遺跡を見つけた。入ってすぐにはブタやらラクダやらが繋がれていて、文明の匂いがした。
アタシは脅威の可能性に黙考し、ユウは元気に大きな声で敵がいないか問いかけていた。お前スカウトじゃないのかよ。
奥に進んで行くと壁から水がにじみ出て水路になっている区域があった。大して深くもないはずだが近くを水脈が通っているのだろうか。
あとアタシにはよくわからないがその水は魔力を帯びているらしく、地面には魔香草が生えていた。これ幸いと香を焚いてエノテラのマナを回復する。
ついでにアタシも一服し、自然な流れで一杯もやっていたら大声馬鹿筋肉にぶん投げられた。酒じゃなくてアタシごとだ、どういう思考回路してんだ。
仕事が終わってから飲めというお達しなのでさっさと進む。独房が連なるエリアで囚われの爺さんを見つけた。
まずは鍵を開けてやれとユウに促したら武器を取り出しやがった。まさかとは思ったが奴の目はガチだった。
爺さんに話を聞けば、どうやらほかにも捕まっていたのがいるとかいないとか。そいつらは最近奥に連れて行かれたらしい。
そんな話を聞いたら助けないわけにはいかないというのがパーティの決定だ、アタシはこっそりと酒を飲んでいたため口を挟めなかった。
遺跡の最奥には様子のおかしいボルグが鎮座していた。なんか記憶が曖昧で、体が一部魔動機になっているやつだ。
しかし先の戦闘で慢心を捨てたパジェータさんの敵ではない。有象無象の身体を半分にねじ切ってしっかりと身の程を教えてやっていた。
戦闘後に爺さんから聞いたところ、メカボルグに使われていたのはどこぞの魔動機メーカーの部品らしい。なんとも闇の深そうな話である。
もう少し詳しく聞きたかったが、細かい話は帰ってからにしろとストップがかかった。難しい話についていけなかったんだろう。
そんなこんなで遺跡を後にした。
村で爺さんに続きを聞けば、どうやらいま砂漠が熱いらしい。メカボルグのメーカーだけでなく、ほかの魔動機メーカーにも動きがあるようだ。
誰が何を見つけたのかわからないが、大店の商人がこれだけ動くってことは何かは必ずある。いよいよきな臭くなってきた。
こんなところにいられるか! アタシは逃げるぞ! ってことで少し旅に出ようと思う。ここは面白いからまた戻るけど、外からの眺めも見てみたいのだ。
敬虔なルーフェリア信徒であるアタシは一所に澱み腐るわけにはいかないのである。
そういえば、遺跡の入口近くに犠牲者たちの遺物と思しきものが放置されており、みんなで漁る場面があったのだが、エノテラお嬢さんはただ手を合わせていた。お行儀がよくて大変結構。
剣なしのドレイクでデーモンルーラーなんてやってるくらいだ。きっと心の奥底にはどろどろの闇があるだろうに、それを覆い隠すほどの強固な信仰を見た気がする。
アタシはこれまで、信仰とは自己の放棄だと思っていたが、新しい自己を得る行為でもあるのだろう。いまより理想に近い自分になるため日々祈りを捧げる。
彼女には「いつか本当の信仰になればいいね」なんて賢しらに言ったことがあるが、あるいは彼女の祈りこそ本当の信仰なのかもしれない。なんてね。
最終更新:2024年08月24日 00:37