「……どうして?」
どうして自分なんかを助けてくれるのか。
少女が理解できなかったのも過去の経験からすると無理はなかった。
物心つく頃には家族に捨てられ、育ててくれたコボルドは他の蛮族に殺され、
匿ってくれたウィークリングは人族に殺され、自分を飼っていた人族は魔神に殺された。
自分と関わる者には不幸が訪れる。
碌な生活でなくともなんとか独りで生きられるようになった頃、少女はそう理解した。
しかしながら少女が他者と関わろうとせずとも、依然世の悪意は彼女に襲いかかる。
「どうしてって……困ってる人を助けるのは当然だろう?それが少女ともなれば尚のこと……なんて胸を張って言えたら格好良いんだけどね」
少女の手足を拘束する鎖の錠を解こうとしながら青年は答えた。
「まあこんなところにいるわけだし、残念ながら俺も決してまっさらな善人ってわけじゃない……うーん、壊したほうが早いか」
世の悪意により少女が流れついた場所では珍しい生き物たちが売られていた。
これからまた誰かに売られるのだろう、少女はそう諦めていた。
「あー、鎖を引き延ばしてくれるかい?そう、そんな感じ、そのままじっとして。怖いかもしれないけど我慢してくれ」
青年が勢いよく武器を振り下ろすと、鎖は音を立てて両断された。
「よーしいい子だ。歩けそうかい?こんなところとっととおさらばしよう」
青年が差し出す手を恐る恐る掴み、少女はゆっくりと立ち上がる。
「近くに雇われの傭兵なんかはいるだろうけど大丈夫、相手にならないさ」
青年の言うとおり数度少女を奪い返そうと襲いかかる傭兵が現れたが、あっさりと青年の手により意識を失った。
何人も青年の相手にはならなかった……それが人である限りは。
魔術師らしき男が遺言を残すように解き放ったのは、三つ首の猟犬だった。
先ほどまでは涼しそうな顔をしていた青年の顔に、わずかに緊張が走る。
「足止め……できる大きさかは怪しいけどキミは出口に走るんだ、売られそうになっていた以上あっちもキミを傷つけたくはないだろう」
そう言うと青年は三つ首の猟犬に武器を振るう。
三つ首からの噛み付きを青年は巧みに避けるが、その様子を見た猟犬は戦法を変える。
三つの頭はそれぞれ大きく息を吸い込み、同時に業火を吐き出した。
業火は少女に近づかんばかりの勢いで放たれるが、あくまで青年を標的としているようで少女には届かない。
「ッ……早く行け!」
その身を焼かれながら青年が叫ぶ。
「……嫌」
もう嫌だった。
数少なくとも差し出される救いの手を、ただ取るばかりなのは。
「……嫌なの」
もう嫌だった。
誰かを助けたいと思っても、何もできず見ているだけなのは。
「……何もできないのは……もう嫌なの!」
その叫びを聞き入れるかのように、少女の背後で空間が裂けた。
人に飼われていた頃無理矢理刻まれた刺青が熱を帯びる。
空間から現れた"それ"は、禍々しく恐ろしくも、どこか竜を彷彿とさせた。
"それ"は三つ首の猟犬に襲いかかると、頭を一つは引き裂き、一つは噛みちぎり、残りの頭に黒炎を浴びせる。
生まれた隙をつき、青年は少女に駆け寄った。
「な……なに、これ……?」
「……なるほど、キミにもわからない感じか」
黒炎を受け動きを止めた三つ首の猟犬。
されど邪竜は破壊を続け、猟犬を肉片に変えたかと思うと、次は気を失った傭兵や魔術師に牙を剥く。
「ま、まって!もういいの!やめて!」
おそらく自分の力により現れた"それ"に対し少女が呼びかけるが、邪竜は聞く耳を持たない。
傭兵や魔術師も蹂躙されてゆく。
「……どうやらただで帰ってはくれないみたいだね」
「は、はやく逃げなきゃ……でもあれを放っておくわけにも……」
今にも泣き出しそうな表情を浮かべ少女は狼狽する。
少女に微笑を向けた後、青年は邪竜に顔を向けた。
「……あー、魔神ってのは確か穢れのない人間を供物とする時もあるんだろう?」
「な……なにをいってるの……?」
「俺の魂は穢れてはいないはずだ、どうだい?俺の命で手を打つ気はないかな?」
青年の言葉を理解しているのかいないのか、邪竜は青年を見つめる。
「や、やめて……!」
消えそうな声で少女が呟く。
邪竜の刃のような尾が怪しく輝き、青年を貫いた。
「あ……ああ……あああああ!!!」
少女の悲痛な叫びを気にも止めず、邪竜は空間の裂け目へ姿を消した。
「どうして……どうしてこうなるの……?」
少女は横たわる青年に駆け寄った。
自分の纏うぼろ切れのような衣服を引き裂き傷口を押さえる。血が止まらない。
微かに吐息が聞こえる。まだ息はある。
「これ以上何も奪われたくない……神さまでも魔神でもなんでもいい、誰かこの人を助ける力を……わたしに貸してよ……!」
少女の声が響く。辺りが光に包まれた――
「……あれ、俺はいったい……」
青年が目を開けると、心配そうに青年を見つめる少女と目が合った。
「よかった……目が覚めたんだね」
少女は胸をなで下ろす。
おぼろげな記憶の中で怪我を負ったはずの場所に、傷は残されていなかった。
「……キミが手当を?」
「……神さまが力を貸してくれたの。ねえ、なんであんなことしたの?どうしてわたしを助けてくれたの?あなたはヒーローなの?」
「……まあ、別に正義の味方ってわけじゃないけどね……キミみたいな子を見捨てるなんて格好悪いだろ?そう思っただけさ」
青年はどこか遠くを見るような表情で答えた。
「……ごめんなさい、わたしのせいで……わたしなんかに関わったから……」
「謝る必要なんてないさ。むしろキミのおかげで命拾いした、ありがとう」
暗い表情を浮かべる少女の頭を、青年が優しく撫でる。
「本当にごめんなさい、わたしを助けようとしなければこんな目にあわなかったのに……」
「謝る必要はないって。せっかくなら謝罪よりはお礼のほうが嬉しいかな」
「そ、そうだよね……ご、ごめんなさい……じゃなかった、ありがとう。わたしを助けてくれて。……身体は大丈夫?変な感じはしない?」
少女の問いかけに青年は少し考えた後に答える。
「傷はもう大丈夫……だけどなんだろうな、力が抜けた感覚というか……何かを失った感じはする」
「ご、ごめんなさい……きっとあの魔神が何かを……」
「キミが謝ることじゃないさ、たとえあの魔神を呼び出したのがキミだったとしてもね」
状況から見ると少女が呼び出したであろう魔神。
しかしあれほど強大な力を持つ魔神を呼び出せるような魔力を、少女からは感じとれなかった。
「……そういえばまだ名前を聞いていなかったね、俺のことは……そうだな、シリウスとでも呼んでくれ」
「……わたしに名前は無いわ、魔剣を持たないドレイクには名前なんて必要ないの」
「……じゃあエノ、エノテラなんてどうかな?自由な心って意味の言葉だったはず……っておっと!?泣けてくるほど嫌かな……確かにネーミングセンスに自信はあまりないけど……」
少女の頬を雫が伝うのを見て、シリウスはとまどいを見せる。
「ち、ちがうの!誰かに名前で呼んでもらえるなんて思ってなくって……」
少女は涙を拭い、微笑みを浮かべた。
「エノテラ……エノテラ!わたしに素敵な名前をくれてありがとう、シリウス!」
蛮族の力と魔神の力を持って人を護る系ようじょ。仮〇ライダーかよ。
魔神との契約は強制的にさせられた。
どうでもいいが、白染家命名則に従った正統継承者である。呪い。
最終更新:2024年09月04日 22:20