「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

第5話「真実と嘘」Bパート

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「いや、美味しかった。それに片付けまで手伝ってくれて、とても助かる」
「それはどうも」
「うん、うん、本当に、みんな喜んでいたしね。料理の天才、なんてちょっとわざとらしく誉めすぎだよね」
「わざとらしいです」

シゲトとサイは、かぶりを振りながらため息をついた。
食器の後片付けをてきぱきとこなしながらも、ソラの表情がむっつりとしているからだ。
二人が色々と声をかけて気分を和らげようとしても、まったく効果がない。
それは食事が終わってほどなく入った通信のせいだった。
協力関係にあるレジスタンスのいる村からのSOS。
リヴァイブへの出動の要請だった。
リヴァイブ基地司令室にはロマと大尉が詳細を確かめるべく来ている。
通信担当のメンバーに大尉が尋ねる。

「アスフダリ村のレジスタンスからSOSだって?詳しい事は分かるか?」
「はい、たった今入りました。いきなり襲撃されて今では、村人が全員拘束されているそうです」
「相手は軍か?それにしちゃやり方が荒っぽいな」
「いえ、共和国軍ではありません。治安警察です」
「治安警察だと!?奴らまたこの国に土足で入ってきやがったのか」

――治安警察。
その名を聞いて大尉も、そしてロマも嫌悪感を隠さなかった。
治安警察とはテロ、内乱に対応するため統一連合が作った警察機構で、極めて強権的な組織でその悪名を天下に轟かしていた。
通常の警察力をはるかに上回る『治安警察軍』と呼ばれる独自の軍事力を持ち、また各国の政府や軍などに命令できるなど巨大な権限まで持っているのである。

レジスタンスの物資調達に協力してくれている村に対し、東ユーラシア共和国軍や警察がたびたび抜き打ちで臨検を入れる。
当然、レジスタンスに味方した証拠が出れば、多数の逮捕者が出る。
これならまだマシな方で、なんと成果が上がらなければ、治安警察がそこに介入してくるのである。
彼らのやり方は苛烈だ。
協力者と判明すれば本人だけでなく家族や一族もろとも逮捕する事は当たり前だし、場合によってはその場で射殺する事もある。
さらに酷くなると協力者のいた村や町を丸ごと焼き討ちにし、住人は全員収容所送りにしてしまう。
しかもこれを他国で平然と行うのが、彼らの忌み嫌われる所以であった。
主権侵害もはなはだしい行為だが、同国人の間での臨検ではつい追及の手が甘くなるとの主張を、治安警察は押し通している。
介入された国々の政府はもちろん反発するが、統一連合の法の下では彼らの方が立場は上である。
諸国がそうであるように、やはり今の東ユーラシア共和国政府にこれをはね付けるだけの力はない。
最後は黙るしかないのが現実だった。

そして今回不幸にも臨検対象に選ばれた村がアスダフリ村だった。
そこはレジスタンスへの協力を恒常的におこなっている村で、あえなく治安警察に証拠が発見されてしまう。
小規模な戦闘がおこったもののすぐに鎮圧。
明日にも村民の大半は収容所に護送されるだろうとのことだった。
リヴァイブに依頼されたのは、村民の救出である。
治安警察がモビルスーツを投入しているので、当地のレジスタンスだけでは対処ができないためだ。

出撃準備に走り回るメンバーたち。
「今日は腹も一杯だし、元気満タンだぜ!」「ムサい野郎のメシよりやっぱ可愛い女の子の手料理の方がウマかったな!」と威勢良い言葉が飛び交う。
ソラはそんな光景を苦々しく見つめる。

(戦争をさせるために、料理を作ったんじゃないのに……)

目がそう語っていた。
コニールなどはその視線を痛々しく感じたものの、出撃をやめるわけにもいかない。
かくてリヴァイブメンバーのほとんどは出撃し、せっかく直りかけたソラの機嫌は、ふたたび斜めとなってしまった。
居残り組のサイとシゲトが、一番割りを食う格好になってしまった。

「知っている?SOSって、"Save Our Ship" の頭文字に由来しているんだよ……」
「その話なら知っています」

シゲト撃沈。彼こそSOSを叫びたい気分だった。

ロマの指揮のもとに出動したリヴァイブが現地のアスフダリ村に到着したのは、すでに星が空にまたたく深夜。
護送は明日になるのか、治安警察は村のすぐ側で野営をしていた。
発見される危険性を回避するために村から離れた場所にモビルスーツを置いて、ひとまずコニールと他数名が斥候に出る。もたらされた情報は、事前に別組織から得ていたそれと大差ない。兵員は30名程度。
囚人護送用のトレーラーが4台あり、これに村民たちを乗せているのだろう。
モビルスーツはピースアストレイのみで3機。指揮用車両の姿も見える。戦力としては少ない方である。
しかし、問題なのは、トレーラーの位置だった。

「あいつら、村の人達を盾にしてやがったわ!」

コニールが舌打ちしながら、ロマに報告する。

この村は切り立った崖を北側にして位置している。その村のすぐ南に治安警察は部隊を展開させ、そしてその前面にさらにトレーラーを停めていた。
普通ならば捕虜の逃亡を恐れて、トレーラーを内側に包み込むように自軍を配置するはずである。
この常識はずれの布陣が意味するところは一つである。
「攻撃するものならばしてみろ、こちらはトレーラーを遮蔽物にして応戦するぞ」ということだ。
トレーラーの中には村人達が捕まっているのは分かってる。
つまり――”人間の盾”なのである。

口惜しいが、なかなか上手い作戦と言わざるを得ない、とロマは思った。
レジスタンス側が目的を人質の奪還に置く以上、その命を危険にさらすわけがないことを、敵は熟知している。
もしも村民に被害でも出れば、彼らは堂々と主張できるのだ。
リヴァイブは解放を目的としたレジスタンスと自分で主張しているが、実態は住民の被害も省みずに攻撃をしかけるテロリスト集団に過ぎない、と。
別に治安警察にそう決め付けられるのは一向にかまわないのだが、地元住民からそう思われたら最後、リヴァイブは自己の正当性も、住民からの支持も失うことになる。

レジスタンスの弱みをついた卑怯な作戦に、状況を知ったリヴァイブのメンバー達は口々に非難の声をあげる。さえぎったのはリーダーであるロマだった。

「文句ばかり言うのはやめよう。それじゃ何も解決しないよ?相手は狡猾だけど、それで頭に血を上らせていたらますます相手の思う壺だよね?」

呑気な口調に毒を抜かれた格好で、リヴァイブのメンバーは沈黙する。
確かにその通りだった。治安警察への恨みつらみばかりで堂々巡りだった議論が、いったん仕切りなおしとなる。
ロマ=ギリアムは自己を前面に押し出して議論をリードするタイプではないが、こういう風に要所でうまく議論を誘導し良い方向に結論をもっていく術に長けていた。その意図を汲んで大尉が発言する。

「しかしどうする。実際問題、このまま手をこまねいていたら夜が明けちまう。だが明け方になれば敵も移動するだろうから陣形も崩れるし、そこを狙うか?」

中尉がそれに異議を唱える。

「それも一つの方法ですが、村民を救出した後の逃走も考えると微妙でしょう。それに、移動中に混戦になれば、逆にトレーラーの安全確保は難しくなります」


他のメンバーも中尉に同調する。この場所で治安警察を攻撃すべし、というのが多数意見だった。だがそのための良策は誰も思い浮かばない。またも話し合いが繰り返しになりそうなそのとき、会話には加わらず、レイと小声で何かを話していたシンが挙手して意見を述べた。

「……という作戦だが、どうだろう」

それを聞いた面々は、あまりの突飛な作戦に唖然とした。その代表として、少尉が呆れた口調で言う。

「おいおい、それはあまりに無茶だ。村の人だけじゃなくて、お前やダストまで自滅しかねない」
「レイの計算では可能だ。俺の心配は無用。村人の安全確保の視点だけで判断してもらえばいい」

淡々と言うシンに、それ以上誰も反論できない。場の雰囲気を読んだロマは決断した。

「シンの案を採択するよ。他に有効な案は誰もないよね?時間もない。すぐに準備だ!」

慌てて動き出すリヴァイブメンバー。
ロマはそっとシンに近寄る。

「いつも無茶をさせるね。損な役回りばかりで、申し訳ない」
「気にするな。それが俺の仕事だ……ただ、な」

何だい?とロマが聞くと、シンはしかめ面をして言う。

「サイとシゲトへの謝罪には付き合ってくれ。今回、ダストにはかなりの負荷をかけるからな。後で整備するあいつらの苦労を考えると忍びない」

ロマは笑いながら「わかったよ」と承諾した。



夜間の警戒にあたっていた治安警察隊員はモビルスーツの接近をすばやく察知し、警報を鳴らした。
統率の取れている治安警察だけあって、リヴァイブの急襲にも迅速に対応する。
ピースアストレイはすぐにスタンバイ状態から起動。
当初の予定通り、捕らえた村民たちを乗せた護送用トレーラーを土嚢代わりに位置を取った。

シグナスから放たれたビーム突撃銃の火線が闇を一瞬だけ照らす。
しかし狙いが甘く、簡単に避けられてしまう。
ピースアストレイにはわずかのダメージも受けていなかった。
サーチライトが彼方のシグナスを照らす。
3機の白いモビルスーツが暗闇とコントラストを成しつつ浮かび上がった。
なおも散発的に射撃が続くがあまりに遠方からで、また射撃の回数が奇妙なほどに少ない。
ピースアストレイは難なく避ける。
ビームは村の後背にある崖にあたって、派手な炸裂音を響かせた。
指揮車の中で、今回の臨検を任された隊長格の人物が、首をかしげる。

「ふむ、奴ら本当に攻撃する気があるのか?」

隣に立っていた別の隊員が自説を語った。

「トレーラーを意識しすぎて、射撃が及び腰なのではないでしょうか。それとも、これは陽動で、側面からの攻撃を仕掛ける伏線かと」
「なるほどな、大方、そのようなところだろう。よし、両側面からの攻撃に注意して、すみやかに対処できるように心がけるように隊員たちに注意しておけ」
「了解しました」

二人の判断は状況からして妥当ではあったが、側面からの奇襲を狙っているにしては、攻撃が単調に過ぎることをもう少しいぶかしむべきであっただろう。
もっとも、それを不審に思ったところで、まさかシンの計画を看破できたとも思えないが。
攻撃は始まったものの単調な的外れな攻撃が続く。
散発的にビーム光が夜空を抜ける。
崖に当たりこそすれ、こちらに被弾する様子はまるで無い。
そんな白けた様な攻撃が始まって、30分。

「レジスタンスの奴ら、やる気がねえんじゃないか?」

緊張が途切れたのか、こっそりと欠伸を漏らす隊員すら出始めた。
しかし、これこそがリヴァイブの目的だったのだ。
治安警察の警戒心を解き、緊張感を弛緩させることが。
そして、背後の崖に攻撃をあて、彼らの耳に音を届かせないことこそが。
後方に待機していた隊員が、ビームの炸裂音とは異なる排気音に気付いたときは、すでにダストは崖の中腹まで迫っていたのだ。隊員が絶叫する。

「あ、あ、こ、後方に敵だ!モビルスーツが降ってきた!」

脚部のホバーを全開にしてダストは崖を急降下。いや、ほとんど落下しているに等しかった。
後方の崖からのダストによる奇襲攻撃。
これがシンの作戦だった。
シグナスの攻撃は、治安警察の注意を前面と側面に集中させるのが目的だったのだ。
しかも、微妙にホバーを噴射して、落下の軌道を変化させている。
照準が絞れず、ピースアストレイをはじめとして誰も狙撃ができない。
しかし、隊長はさすがに慌てなかった。

「あの落下速度のままで、まともに着地できるものか。ピースアストレイに硬直を狙わせろ!」

飛行能力のあるモビルスーツや、ホバー能力が卓越しているモビルスーツならばともかく、自由落下するモビルスーツが着地するためには、落下速度を殺すためにスラスターを全開にしなければならない。
そのとき、モビルスーツは全ての推進力をそれに注ぐため、他の動きが取れなくなる。
格好の的になるのだ。
指揮車からの命令を受信したピースアストレイが、ライフルを構えつつダストを迎え撃たんとする。
背後を、他のピースアストレイ二機が守る。

ダストガンダムが着地するまで予想時間残り五秒、四秒、三、二、一。
ピースアストレイは地上に狙いを定めて、ライフルを構えた。
しかしその銃身の先に、熱源反応はない。
次の瞬間、ピースアストレイの頭部は天空からのライフルの一撃を受けて爆散した。

「そんな馬鹿な……何が起こった!」

混乱する隊長。
そこに、ホバーの排気音を轟かせつつ、予想された落下時間を大幅に上回ってダストが着地する。
ダストはライフルは左腕に構えつつ、その右腕の肩、肘、手首、指とあらゆる関節部から火花を散らしていた。
そして崖には、振り子のように揺れているスレイヤーウィップがある。
着地の瞬間を狙われることは予想の範疇だった。
そこでシンが選んだのは、着地直前にスレイヤーウィップを崖に打ち込み、ワイヤーにぶら下がって落下速度を殺すことだったのだ。
当然、スレイヤーウィップを装備した右腕には強烈な負荷がかかる。
パイロットであるシンかかる衝撃も尋常なものではない。ダストと自分はそれに耐えられるか、というシンの問いに対する

《おそらくは……保証はできないがな》

レイのその言葉だけを根拠に、シンはこの無謀な作戦を遂行したのだった。
さすがのシンも、眩暈と強烈な吐き気に襲われてしまい、ライフルを一回発射するのが精一杯だった。
ダストもいまや右手が完全に使い物にならなくなり、力なく垂れ下がっている。
完全にその動きは止まっていた。
しかし、想定外の方向からの奇襲に、治安警察の対処も遅れた。

「十分だよ、シン!」

コニールの号令とともに、ジープの一段が側面から治安警察めがけて砂塵を巻き上げる。
対戦車ライフル、バズーカの攻撃が治安警察に襲い掛かった。

「いかん、側面からの攻撃に対応しろ!」

しかし、コニールに呼応して前面からのシグナスが一気に攻勢をかけてきた。
何とかトレーラーを盾にして応戦しようとするが、その頃には正気を取り戻したシンが背後から飛び掛っていた。
もはや戦線を維持できる状態になく、勝敗は完全に決した。



夜が明けた。

朝日が照らす中、勝利の凱歌を歌いつつ、リヴァイブのメンバー達は基地に帰還する。
味方死者ゼロ。軽傷者数名。作戦としては大成功の部類に入る。
ただしダストの右腕はスクラップ寸前となり、サイとシゲトのこめかみには特大の青筋が立っていた。

「……あ、あ、あ、アクチュエーター、右腕部分が全滅……う!足裏のセンサーも軒並みつぶれちまってる……」
「どうやったらウィップの根元がもげるのさ?ダストガンダムの自重程度なら耐え切れるはずなのに」
「どうすんだよ。代えの部品は来週になんないとこないぞ」
「とりあえず首周りのをはずして流用してなんとかするしかない、かなあ」
「文字通り、首が回らないな」

もっとも、頭部以外は完全に無傷のピースアストレイを鹵獲してきたので、多少は彼らの不満も納まった。
部品の流用が期待できるからだ。
それにしてもロマとシンの必死の謝罪は必要ではあったが。
村民たちも今回の戦闘での犠牲者は皆無だった。
しかしながら治安警察にマークされた以上、彼らはもはや元の村に戻れない。
現地のレジスタンスが、隠れ里に案内してしばらく匿うことになったが、その未来は決して明るくない。
リヴァイブには、感謝の言葉をしきりに述べてくれたものの、彼らの行く末を慮ってユウナやコニールは勝利を素直に喜べない。
一刻も早く、彼らが元の村で安心して暮らせるようにしたいものだ。
それは皆の一致した思いだった。



何はともあれ、戦闘は無事終了したのだ。
夜通しで働いたリヴァイブのメンバーは仮眠室へと一人ずつ消えていった。
ソラが入れ替わりに起きてくる。
段々と嗅ぎ分けられるようになってきた硝煙の匂いがたちこめている。
聞こえてくる声もその内容は敵方のモビルスーツを三機とも破壊してやったぜ、といかにも自慢げなものだ。
ソラはうんざりしてしまい、誰とも顔をあわせたくない気持ちになった。
しかし、足早に皆の脇を通り過ぎようとした彼女は、食堂の一隅でテレビを囲んでいる集団に気付いた。
シン、三尉、センセイといった主だったメンバーもその中にいる。
画面にみんな注目していた。忌避感よりも興味が勝り、ソラはそちらに近づく。
彼らの身体の隙間からそっと画面を覗き込むと、キャスターの女性がニュースを読み上げていた。

《……昨夜、バクー地方のアスフダリ村をテロリストが襲い、治安警察がこれを撃退しました。テロリストはリヴァイブと名乗り、コーカサス地方の分離独立を求めて武装闘争を繰り返している集団です。リヴァイブはモビルスーツを使って村を攻撃、物資を奪おうとした模様です。しかし、事前に情報を得た治安警察がピースアストレイを配備してこれを迎え撃ち、テロリストは逃走しました。戦闘でテロリスト側のモビルスーツは破壊されています。幸い、治安警察の被害はごくわずかで済みましたが、武装化して無秩序に村々を襲うテロリストに、周辺住民の恐怖は募るばかりです》

ソラは驚いてそこに居並ぶ面々を見た。
大尉、中尉、少尉、そしてシン。皆、無傷だ。モビルスーツが破壊されたとはとても思えない。
それに、先ほど敵方のモビルスーツを破壊したとメンバーが言っていたばかりではないか。
それに、破壊されたモビルスーツとやらの残骸が画面に出ていたが、モビルスーツにまったく明るくないソラでさえ、リヴァイブのメンバーが用いてるものとはまったく別の機体だと分かる代物だった。
そして一番大事なこと。
リヴァイブが出撃したのは、レジスタンスに協力する近隣の村からSOSを受けたからだと、ソラはセンセイに聞いている。
それがなぜ、先にリヴァイブが村を襲ったことになっているのだろう。
センセイがソラに嘘をついたとでも言うのだろうか。
しかし、センセイは平然としながら番組を見ている。
ソラに気付いても特に反応はなく、何のやましさも見受けられない。

「しかし相変わらず嘘八百で塗り固めてやがる。これで番組名が『真実の報道』だって言うから、笑わせるよな」

吐き捨てる少尉をセンセイが諌める。

「いつものことでしょう。腹を立てるほどの事でもないわよ」
「ま、精神衛生上よくないのは確かだな。とりあえず、今日はもう眠って疲れを取ろうや」

大尉の言葉でその場はお開きになった。最後までテレビを見ていたシンも立ち上がり、自室に戻ろうとする。

「ま、待ってください!」

思わず、ソラはその袖を掴んだ。
シンがソラの方を向く。赤い瞳に射すくめられて、腰が砕けそうになるのを、必死にソラはこらえた。
昨日、料理を美味しいと誉めてくれたシンの言葉を思い出しながら苦手意識を押さえ込んだ。
ごくりと唾を飲み込み、深呼吸してから言葉を発する。

「い、今のニュースは何ですか?どう考えても、言っていることがおかしいです。何で、あんな分かりきった嘘を放送しているんですか」

その質問にシンはほんの一瞬だけ考え、そして淡々と答えた。

「今の世界は嘘ばかりだ。ニュースだけが嘘を伝えているわけじゃない」

後は自分で判断しろとばかりに、それだけ言い残すと、シンはそのまま立ち去った。
後には、ソラだけが取り残される。
彼女が振り返ると、ニュースでは東ユーラシア共和国首脳と、オーブの外務大臣が外交会談をおこなうと報じていた。
そんな当たり前のニュースすら、今のソラには素直に受け取れない。

彼女の心に、ほんのわずかだが、あるものが芽生えた。
それは、今まで自分が信じて、安住し、まったく疑うことのなかった世界に対する疑念だった

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