「ロマ、そろそろ時間だ。準備はいい?」
少女が背中越しに声をかけてきた。
「もう少し、待ってくれないか。すぐに行くから」
振り返らずに、僕は答える。
「わかった。でも、急いでよ。ロマ、いや、"リーダー"」
パタンと、背後で戸の閉まる音が聞こえる。
コニールの去った部屋は再び元の沈黙に戻っていた。
少女が背中越しに声をかけてきた。
「もう少し、待ってくれないか。すぐに行くから」
振り返らずに、僕は答える。
「わかった。でも、急いでよ。ロマ、いや、"リーダー"」
パタンと、背後で戸の閉まる音が聞こえる。
コニールの去った部屋は再び元の沈黙に戻っていた。
早いもので僕がこの地に来てからもう4年目になる。
コーカサス州ガルナハン。
生まれ故郷であるオーブとは正反対の、貧しく、厳しい土地だ。
正直なところ、ここに来た当初の僕は驚きの連続だった。
赤道付近の海に囲まれた温暖なオーブと比べ、ガルナハンの冬は酷寒である。
食べ物はトウモロコシの粉や芋屑、不味いと言うよりまるで味がしない。
世界中から食材が集まってくるオーブの美食に慣れた僕には耐えられなかった。
その他にも、風呂が泥水のようだったり、布団を持ち上げると下でネズミが交尾していたり・・・・・・。
これらのときほど、表情を隠してくれるこの仮面が嬉しく感じられたことはない。
不審に思いながらも、ガルナハンの人々が心から僕を歓迎してくれていることに気づいていたから。
人と接して自分の心が温かくなる、という経験をしたのは初めてだったのだ。
むしろ、僕は己の薄汚さに身の縮むような思いであった。
コーカサス州ガルナハン。
生まれ故郷であるオーブとは正反対の、貧しく、厳しい土地だ。
正直なところ、ここに来た当初の僕は驚きの連続だった。
赤道付近の海に囲まれた温暖なオーブと比べ、ガルナハンの冬は酷寒である。
食べ物はトウモロコシの粉や芋屑、不味いと言うよりまるで味がしない。
世界中から食材が集まってくるオーブの美食に慣れた僕には耐えられなかった。
その他にも、風呂が泥水のようだったり、布団を持ち上げると下でネズミが交尾していたり・・・・・・。
これらのときほど、表情を隠してくれるこの仮面が嬉しく感じられたことはない。
不審に思いながらも、ガルナハンの人々が心から僕を歓迎してくれていることに気づいていたから。
人と接して自分の心が温かくなる、という経験をしたのは初めてだったのだ。
むしろ、僕は己の薄汚さに身の縮むような思いであった。
僕は、ウズミ=ナラ=アスハやその片腕として働く父ウナトを身近に感じながら育った。
彼らの後を継ぎ、オーブをさらに発展させる政治家になるのだ、と決めていた。
それが、おかしくなったのはいつからだったか。
地球連合による襲撃でオーブが焼かれ、ウズミは死んだ。
それを悼む間もなく、僕は父に連れられて政界入りし、オーブ再建のため力を尽くした。
アメノミハシラや関係を修復したプラントの援助もあって、オーブは元の繁栄を取り戻す。
しかし、その過程で、僕の中では傲慢な気持ちが育っていたようだ。
"オーブの獅子"と呼ばれたウズミが壊してしまったものを、僕は元通りに直したのだ。
僕は彼よりも優れている、そんな思いは、セイラン家の権勢にあやかろうとする連中におだてられ、
褒めちぎられたことで、さらに強くなっていった。
今の地位を当然のことのように思い込み、政敵を葬る小狡い計算ばかりに頭を働かせていた。
彼らの後を継ぎ、オーブをさらに発展させる政治家になるのだ、と決めていた。
それが、おかしくなったのはいつからだったか。
地球連合による襲撃でオーブが焼かれ、ウズミは死んだ。
それを悼む間もなく、僕は父に連れられて政界入りし、オーブ再建のため力を尽くした。
アメノミハシラや関係を修復したプラントの援助もあって、オーブは元の繁栄を取り戻す。
しかし、その過程で、僕の中では傲慢な気持ちが育っていたようだ。
"オーブの獅子"と呼ばれたウズミが壊してしまったものを、僕は元通りに直したのだ。
僕は彼よりも優れている、そんな思いは、セイラン家の権勢にあやかろうとする連中におだてられ、
褒めちぎられたことで、さらに強くなっていった。
今の地位を当然のことのように思い込み、政敵を葬る小狡い計算ばかりに頭を働かせていた。
自分を省みることもなくなっていたかもしれない。
ブレイク・ザ・ワールド事件以後の、僕の数々の失策。
そのせいで軍人も民間人も大勢死んだ。
地中海での戦闘においては、地球連合の大佐の口車に乗せられて兵士たちを犠牲にしてしまった。
彼らと同盟を結ぶことは仕方ないとしても、もっと粘り強く交渉していれば出兵は避けられたし、
前線にオーブ兵を送ることもなかったと思う。
そして、ザフト軍によるオーブ襲撃。
冷静になって考えれば、あそこでロゴスを庇う必要は全くなかった。
それを見抜くことができず、オーブを再度の戦火に焼かせたのは僕の責任なのだ。
僕の責任―――そう、全て僕のせいだ。
それなのに僕は、カガリやトダカ、周りの人々のせいにして、心の中で言い訳していた。
僕が悪いんじゃない、と。
所詮は、意志が弱く、経験もない、無能な2世政治家というだけだったのだ。
名門育ちで世間知らずの、お坊ちゃんに過ぎなかったのだ。
ブレイク・ザ・ワールド事件以後の、僕の数々の失策。
そのせいで軍人も民間人も大勢死んだ。
地中海での戦闘においては、地球連合の大佐の口車に乗せられて兵士たちを犠牲にしてしまった。
彼らと同盟を結ぶことは仕方ないとしても、もっと粘り強く交渉していれば出兵は避けられたし、
前線にオーブ兵を送ることもなかったと思う。
そして、ザフト軍によるオーブ襲撃。
冷静になって考えれば、あそこでロゴスを庇う必要は全くなかった。
それを見抜くことができず、オーブを再度の戦火に焼かせたのは僕の責任なのだ。
僕の責任―――そう、全て僕のせいだ。
それなのに僕は、カガリやトダカ、周りの人々のせいにして、心の中で言い訳していた。
僕が悪いんじゃない、と。
所詮は、意志が弱く、経験もない、無能な2世政治家というだけだったのだ。
名門育ちで世間知らずの、お坊ちゃんに過ぎなかったのだ。
そんな人間を、誰が相手にするだろう。
管制塔でオーブの軍人たちにタコ殴りにされた記憶が蘇る。
嘲笑を浮かべながら、彼らの血走った眼は怒りに燃えていた。
―――おまえの、おまえのせいだ、おまえが無能だったせいで、みんな死んだんだぞ―――
それは、盲目愚昧な支配者に対する怒りと悲しみのこもった鉄拳だった。
彼らが従っていたのは僕ではなく、セイラン家の権威と権力だったというわけだ。
カガリだって、そんな虫けらのような男と結婚したいとは思わないはずだ。
管制塔でオーブの軍人たちにタコ殴りにされた記憶が蘇る。
嘲笑を浮かべながら、彼らの血走った眼は怒りに燃えていた。
―――おまえの、おまえのせいだ、おまえが無能だったせいで、みんな死んだんだぞ―――
それは、盲目愚昧な支配者に対する怒りと悲しみのこもった鉄拳だった。
彼らが従っていたのは僕ではなく、セイラン家の権威と権力だったというわけだ。
カガリだって、そんな虫けらのような男と結婚したいとは思わないはずだ。
「ふぅ・・・・・・」
次々と溢れ出てくる悔悟の念に、ロマ=ギリアム、いや、ユウナ=ロマ=セイランは泣いていた。
視力を失った眼から涙が溢れ、流れてくる。
"コーカサスの夜明け"に代わり、新たに組織されたレジスタンス"リヴァイブ"。
僕は、そのリーダーの就任式典(といっても大掛かりなものではないが)を目前にしている。
こんな弱い人間にその資格があるのかわからない。
けれど、覚悟を決めるときが来たことは自然に悟っていた。
一度踏み出せばもう後戻りはできない。己の生き方を決める覚悟を。
脳裏に浮かぶのは楽しかったオーブでの過去。
その故国オーブを、僕はこれから敵として闘わなくてはならないのだ。
かつての許嫁カガリ=ユラ=アスハも倒すべき敵となる。
僕は、彼女に対して、恋愛の情よりも憧れに近い想いを抱いていた。
思いついたらすぐに実行する機敏な行動力、誰をも隔てなく扱う公正な心、皆が親しみやすい快活さ。
どれも、昔の僕にはなかったものである。
オーブの民が彼女を慕うのは、ウズミの娘というだけではないのだろう。
その憧れの女性と生まれ育った国を相手に、僕は闘っていけるのか。
特別な能力を持ったコーディネーターでもなく、強い意志と経験を備えたウズミ=ナラ=アスハのような政治家でもない僕に。
再び自分の弱さに負けて、失敗するのではないか。大切な仲間を犠牲にするのではないか。
次々と溢れ出てくる悔悟の念に、ロマ=ギリアム、いや、ユウナ=ロマ=セイランは泣いていた。
視力を失った眼から涙が溢れ、流れてくる。
"コーカサスの夜明け"に代わり、新たに組織されたレジスタンス"リヴァイブ"。
僕は、そのリーダーの就任式典(といっても大掛かりなものではないが)を目前にしている。
こんな弱い人間にその資格があるのかわからない。
けれど、覚悟を決めるときが来たことは自然に悟っていた。
一度踏み出せばもう後戻りはできない。己の生き方を決める覚悟を。
脳裏に浮かぶのは楽しかったオーブでの過去。
その故国オーブを、僕はこれから敵として闘わなくてはならないのだ。
かつての許嫁カガリ=ユラ=アスハも倒すべき敵となる。
僕は、彼女に対して、恋愛の情よりも憧れに近い想いを抱いていた。
思いついたらすぐに実行する機敏な行動力、誰をも隔てなく扱う公正な心、皆が親しみやすい快活さ。
どれも、昔の僕にはなかったものである。
オーブの民が彼女を慕うのは、ウズミの娘というだけではないのだろう。
その憧れの女性と生まれ育った国を相手に、僕は闘っていけるのか。
特別な能力を持ったコーディネーターでもなく、強い意志と経験を備えたウズミ=ナラ=アスハのような政治家でもない僕に。
再び自分の弱さに負けて、失敗するのではないか。大切な仲間を犠牲にするのではないか。
それでも、やらなくてはならない―――――
僕よりもっと上手くやる人間はいるだろう。
武力による解決よりもっと優れた方策もあるだろう。
世界を変えようという傲慢さを嘲笑ってくれて構わない。
僕は、ユウナ=ロマ=セイランとしてこの世界に生を受けた以上、全てをかけて足掻く。
それだけだ。
僕よりもっと上手くやる人間はいるだろう。
武力による解決よりもっと優れた方策もあるだろう。
世界を変えようという傲慢さを嘲笑ってくれて構わない。
僕は、ユウナ=ロマ=セイランとしてこの世界に生を受けた以上、全てをかけて足掻く。
それだけだ。
「あ、ロマ・・・・・・・・・」
ドアを開けると前にはコニールが立っていた。
もう一度呼びにきたのだろうが、今は驚きに言葉を失っているようだった。
それも当然。
僕がこのレジスタンスに入って、仮面の下を見せたのは初めてだからだ。
自分を隠して他人に信用してもらうことなどできない。
素を曝け出してこそ、己の弱さに打ち克てるのだ。
「待たせちゃってごめん。すまないけど、みんなのところまで連れて行ってもらえるかな。
君の顔でさえ、ほとんど見えないんだ」
ドアを開けると前にはコニールが立っていた。
もう一度呼びにきたのだろうが、今は驚きに言葉を失っているようだった。
それも当然。
僕がこのレジスタンスに入って、仮面の下を見せたのは初めてだからだ。
自分を隠して他人に信用してもらうことなどできない。
素を曝け出してこそ、己の弱さに打ち克てるのだ。
「待たせちゃってごめん。すまないけど、みんなのところまで連れて行ってもらえるかな。
君の顔でさえ、ほとんど見えないんだ」
自然は厳しく、人は温かいこの地で、僕は再び闘うことを誓った。