「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

第1話「箱庭の平和」Aパート

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統一地球圏連合政府中央政庁は、オーブのオロファト市中心部の官庁街、そのやや西寄りにそびえ立っている。
高さは400メートル弱、100階を越えるその姿は、天を貫く柱にも雲海へと繋がる門にも例えられ、統一連合の権威の象徴として威容を誇示していた。
主席公邸の最上階は丸々、主席代表専用の執務フロアとなっている。
豪奢な内装の施された廊下を、濃い藍色の髪の青年士官が歩いていた。

年の頃は20代前半。
若々しい引き締まった体躯を、統一連合正規軍の第一種軍装で包んでいる。
胸元の階級章は少将。
だがその緑眼と秀でた額が特徴的な整った容貌を見れば、若年に似合わぬ階級を疑問に思う者は殆どいないだろう。
現主席の側近中の側近である近衛総監アスラン=ザラを知らぬ者は、軍には皆無なのだから。
従者の案内で、アスランは目指す部屋の前へとたどり着く。
受付の秘書官に形式的な手続きをすますと、部屋へ通じる重厚な木製扉が開いた。

扉の奥に広がっていたのは、主席が休息や仮眠を取るためのプライベートルームだ。
広々と広がる室内の内装や調度品は、よく吟味されているものの華美とは程遠い。
万事において気取らない主の為人(ひととなり)を反映したのだろう。
窓際で眼下の市街を見下ろしていた人影が、ゆっくりと振り向く。
金に近い琥珀色の瞳が真っ直ぐにアスランへと向けられた。
背筋を伸ばし、アスランは敬礼をした。

「お迎えに上がりました、主席」
「ご苦労、ザラ少将」

統一連合首席代表カガリ=ユラ=アスハは、今年で23歳を迎えた。
いつもは妙齢の女性にも関わらずオーブ首長服の上下で通しているものの、今は式典のためにドレスを着ている。
オーブの民族衣装を現代風にアレンジした薄緑色のドレスはカガリに良く似合っていた。
大胆に開いた首筋から肩にかけてのラインを隠すように、純白のマントを羽織っている。
数年前から伸ばし始めた金髪は、結い上げず自然に背筋の中程まで流されていた。
よく見ると、どこか少年じみた顔にも薄っすらと化粧が施されているのに、アスランは気づいた。

「まだ時間に余裕はあるが、そろそろ行くとするか。アスラン」

上品に微笑むカガリに、アスランは一礼した。


空調の効いた中央政庁から出ると、オーブの暑い空気が広がっている。
主席公邸を出発した公用車の前後に、SPを乗せた護衛車両が半ダースほど続く。
後部座席では、カガリがうんざりした表情をしていた。

「やっぱりこういうヒラヒラした服は苦手だ。気を抜くと裾を踏んで転びそうになる」

そういってドレスを摘み上げるカガリに、アスランは苦笑した。
20を過ぎて猫の被り方を覚えても、こういう素の部分は変わらないな――そう思いながら、アスランはカガリをたしなめる。

「折角の晴れの式典なんだ。こういう演出が必要なのは分かってるだろう」

こうやって2人きりになると、ついアスランの口調も昔の俺お前のそれに戻ってしまう。
ちなみに公用車の前後は特殊な偏光ガラスで区切られているため、後部座席のやり取りは運転手に届かないようになっている。

「分かっているさ、それぐらい」

口をとがらせたカガリは、窓の外に視線を移す。
首都オロファトの市街を行き交う人々に混じって、要所要所に青とグレーに塗り分けられたMSが立哨していた。
治安警察省特別機動隊保有の無人MS、ピースアストレイだ。
旧式化したかつてのオーブ軍主力機MBF-M1アストレイを再利用し、高性能AIを搭載した機体である。
武装もスタンロッドや放水銃といった対人非殺傷兵器が中心。

当然ながら対MS戦闘能力は低いものの、暴徒鎮圧やデモ隊の誘導などで大きな成果を挙げていた。
街並みを眺めていたカガリが感慨深くつぶやいた。

「豊かだな、オーブは」
「ああ」

アスランもそれにうなずく。

「カガリやラクスががんばったからさ。おかげで『統一地球圏連合』という、やっと世界を平和に出来る仕組みも作る事ができたからな」


―『統一地球圏連合』―

通称、統一連合。
これはメサイヤ攻防戦、後の世に言う「第二次汎地球圏大戦(ロゴス戦役)」後、オーブが提唱した新しい国際的政治体制である。
過去二度にわたって世界は、人類絶滅すら危ぶまれるう世界規模の大戦争を引き起こした。
その反省から戦争勃発の危険を廃し、地球圏の恒久的平和の実現を求めて設立された。
それが『統一地球圏連合』である。

世界の国々は統一連合に加盟し、政府と議会が制定した「統一地球圏連合憲法」と、加盟各国の代表者(人口に合わせて増減。数名~十人前後選出)より構成された議会「統一地球圏連合最高議会」、そこで承認を受けた各連合政府機関のもとに、統治される。
議会からは代表主席が一名選出され、強力な権力によって軍や政府機関を統括していく。
加盟国は地球圏連合憲法の枠組みを超えて行動してはならない。
また議会や政府の決定に服す義務を有する。

その代わりに、国家間の諸問題(紛争や貿易問題、経済格差など)はもちろん、一国で処理できない問題(内戦や財政破綻など)の解決・援助を、議会や政府に求めることが出来る。
事実上、世界を支配する統一政治機構なのである。
オーブが世界各国の有力国をまとめあげて作り上げた経緯から、首都はオーブの首都オロファトに置かれ、そして現在の統一連合代表主席は、オーブ永世首長であるカガリ=ユラ=アスハとなっていた。


しかし世界を統べる盟主となったのに、カガリの表情は今一つ浮かない。

「……世界を平和に……か。ならいいんだけど」
「……何かあったのか?」

その声の微妙な響きに気づいたアスランが水を向けると、ややあってカガリは答えた。

「ついさっき、西ユーラシア総督からの報告があってな」

ああ、と頷いたアスランは、ようやくカガリの言葉にも納得できた。
CE73年に勃発した第二次汎地球圏戦争――ロゴス戦役において、地球で最も大きな被害を受けた国はユーラシア連邦だった。
まず開戦のきっかけとなったユニウスセブン落下の際、破片の1つが中心部である西ヨーロッパを直撃。
ローマ市が消し飛び、穀倉地帯のフランスも大打撃を受ける。

続いて以前からユーラシア政府の施政に反発をしていた黒海沿岸部で分離独立運動が起こる。敵の敵は味方、との判断からこの地域はプラントに支援を要請し、プラントもザフトの派遣で答えた。
対抗して地球連合も第81独立機動軍やオーブ遣欧艦隊を増援として投入するも、地中海を舞台とした一連の戦いで敗退する。
反連合の動きは、ロシアや東欧といったユーラシア東部全域に広がった。
追い詰められた地球連合軍は非常手段に訴える。
ユーラシア政府の黙認の下に超大型MA、GFAS-X1デストロイを投入して独立運動の鎮圧を計ったのだ。だが、モスクワやベルリンといった4つの大都市の壊滅と100万人以上の死傷者という悲劇の末、デストロイは撃破され、この暴挙は失敗に終わる。

激怒した『東』ユーラシアは、CE74年5月のメサイア攻防戦に前後して『西』ユーラシアに独立と宣戦を布告。
『東ユーラシア共和国』を名乗った。
以降、翌75年5月にピースガーディアンとオーブ軍を中心とした連合軍が介入するまで、約1年に渡って泥沼の東西内戦が続く。
ユーラシアの欧州半島からシベリアに至る広大な版図は、分断されたまま統一連合に編入される。
その分断ラインが旧西暦時代のいわゆる<鉄のカーテン>にほぼ沿っていたのは、歴史の皮肉だろうか。

それでも東ユーラシアは、かろうじて主権を持つ加盟国としての体裁を保っているものの、西ユーラシアは自治権すら放棄した直轄領として、統一連合政府から派遣された総督に統治されている。
現在の西ユーラシアは、莫大な数の領域内難民と壊滅した経済、戦禍で荒廃した国土を抱えこみ、統一連合から投下される援助物資を頼りにかろうじて復興が始まった状態だ。
欧州が人類の中心の1つだった時代は、過去のものとなっていた。


「どうやら、今年の冬は餓死者を出さずにすみそうだけど――」
「去年は酷かったからな。ユニウスセブン落下から続く異常気象が原因で、北半球は記録的な冷夏。そのせいで北半球全体でも500万もの餓死者を出す大惨事だ。しかもその犠牲のほとんどが東西ユーラシアときている」
「私達も、統一連合も打てる手は打ったんだ……。でも間に合わなかった」
「……」
「こうやってオーブの人間が平和と繁栄を謳歌する一方で、飢えと寒さに怯える人達もいる。矛盾だな」
「そうだな……」

今年の1月から4月にかけて、反統一連合勢力による一斉蜂起。いわゆる『九十日革命』まで起こった。
反乱軍と戦った統一連合軍もその中核は、旧オーブ軍とクライン派ザフトであり、アスランも近衛総監としてユーラシア戦線に出征している。
実の所、近衛総監という地位は、ほとんど名誉職に近い。
平時にはカガリの側近兼護衛、戦時には切り込み隊長。
もっとも、その立場を不満に思ったことはないが。

「でも今の世界にオーブの力が必要なのは分かっているだろう」
「……」
「オーブが揺れれば世界が揺れる以上、オーブ市民の不満を呼ぶような政策は取れない。違うか?」
「そのためには、ユーラシアの人達を見捨てろと?」
「彼らからの搾取の上で、オーブが太平楽を楽しんでいるわけじゃない」
「そういう問題じゃないだろう!」

思わずカガリは声を荒げる。
たとえ統一連合の元首であっても、現実にカガリが拠って立つ足場はオーブなのだ。

「世界のためだ。泥を被る覚悟ぐらいしろ」
「嫌な話だ……」
「安心しろ。何があっても、俺がお前を守る」
「え?」

アスランの真摯な眼差しに、カガリはきょとんとしてしまった。
思わず一瞬、ほんの一瞬だけかすかに頬を赤らめてしまうが、すぐもぎ放す様に視線を外すとそっぽを向く。

「ば、馬鹿! そういう事は私じゃなくメイリンに言ってやれ!」
「え、いや、そういう意味じゃ――」

妻の名を出され、急にしどろもどろになったアスランを横目で見ながら、カガリはふんと鼻を鳴らした。



沿道で歓声を上げる群衆の中に、黒衣の青年――シン=アスカの姿があった。
車載ラジオは、カガリの功績をたたえる放送を繰り返す。

「統一連合樹立3周年記念式典か。いい気なものだな、独裁者。今日が貴様の命日になるのも知らずに」

小声で吐き捨てるように呟くと、シンは足早にその場を立ち去った。
街路の角を何度か曲がり、路地裏に停車していた古い型のバンの助手席にに乗り込む。
シンが固いシートに腰を下ろしてドアを閉めると、バンはくたびれたモーター音と共に発車した。

「コニール、状況は?」
「今の所は予定通りだね。サハラの虎や南米の連中は、もう配置についてる。いけすかない、バラに十字のお歴々もね」

運転席でハンドルを握っている若い娘――コニールが答える。
年の頃は二十前後。
よく日に焼けた肌は褐色、頭の後ろで括られた髪は茶色だった。
気の強そうな眉が特徴的な顔立ちは、どこか猫を思わせた。

「ふん、どうやら幸運の女神は、まだ俺達にそっぽを向いていない様だな」
「女神さまはどうでもいいけどね」

ハンドルを切りながら、コニールがシンにどこか剣呑な口調で言う。

「1時間前に公園で騒ぎを起こしたの、あんたでしょう?」
「捕まるようなへまはしないさ」
「オセアニアのみんな、カンカンだったよ!うまく誤魔化しておいたけどさ」

悪びれずに肯定するシンに、コニールは声を荒げた。

「まったく、連絡役で間に入ってるあたしの身にもなってよ」
「元々、この作戦に参加する予定だったのは俺とレイだ。勝手についてきたのはお前だろうが」
「なっ――」

あまりの言い草に、激昂しかけるコニールだが、寸前で思いとどまると深々と溜め息をついた。

「あんたねえ。その前後左右360度に喧嘩売って回ってる態度、何とかしなよ」
「性分だ。今さら変えられん」
「……あっそ」

再び溜め息をつくコニールとシンの間に、第3の声がかかる。

《シン、この作戦で俺達リヴァイブの役割は、あくまでサポートだ》

不思議な事に、バンの中にはシンとコニール以外の姿は無い。
もっとも注意すれば、その3人目の声が合成された電子音声だと気づくだろうが。

《オセアニア解放軍はこの作戦の下準備に、少なからざる時間と人員を費やしている。それを忘れるな》
「ああ分かっているさ、レイ」

素っ気無く、レイと呼ばれた声の主にシンは答える。
その眼は街並みの向こうに覗く式典会場、クライン=アスハ平和祈念スタジアムに向けられていた。



式典パレードの隊列は、オロファト市中心部のメインストリートを進んでいた。
このままクライン=アスハ平和祈念スタジアムへと行進するのだ。
隊列を組んでいるのは、オノゴロ島に置かれた統一連合地上軍総司令部の直隷下、オーブ防衛を主任務とする精鋭師団「地上軍第1機動師団」だ。

100機を越える鋼鉄の巨人は、併走する軍楽隊の奏でる行進曲に合わせて一糸乱れぬ歩調で進み、沿道を埋める数十万にも達する市民の興奮を高める。
ザフトMSの系譜に連なる曲面主体のシルエットと、ダガー系列の特徴が強く現れた頭部ユニットを併せ持ったその姿が、陽光を受けてきらめく。
統一連合軍の現行主力MSであるGWE-MP006Lルタンドだ。
外見から分かるように連合・プラント双方の技術を組み合わせて開発された機体で、『ナチュラルとコーディネイターの融和の象徴』として地球圏全域に配備が進められていた。

興奮した少年達が、目を輝かせて吹奏に合わせて合唱する。
他の大人達もそれに唱和し、歌声はあっという間に広がっていった。
歌が終わらぬうちに、それまでとは質の異なる甲高い響きが上空から降って来る。
見上げた市民の目に映ったのは、鏃のような隊形を組んだ、3機の戦闘機。
鋭角的な前進翼と機首のカナードが特徴的な機体は、だが正確には戦闘機ではない。
GWE-MP001Aマサムネ――第2次大戦時のオーブ軍可変MS、ムラサメの後継機だ。
原型となったムラサメ同様、空戦型MAへの変形による高い機動力を誇っている。

3機のマサムネは、飛行機雲の尾を引きながら上昇する。
続いて旋回、錐揉み、急降下。
一隊だけではない。
十数の編隊が入れ代わり立ち代わり僅かな時間差で現れては、巧みなアクロバット飛行の軌跡を蒼穹のキャンパスに描く。
その度に地上からは、大きな歓声が上がった。
尽きぬ歌声と歓声の中を、パレードは進んだ。


「フン……下らんな」

官庁街の一角にある、統一連合政府情報管理省の大臣執務室。
部屋の主――アンドリュー=バルトフェルドは呟いた。
執務室にすえられたTVでは民間放送のレポーターが、式典の様子を実況中継している所だった。

《ご覧下さい。沿道を埋め尽くす人、人、人……。ここオロファト中央通りには記念式典のパレードを一目見ようと人々が殺到しております。今ちょうど私の後ろをオーブの守り神、第1機動師団の精鋭MS隊が人々の歓喜の声の中、整然と行進しております……》
「……連中に真実など必要無い。ただ奴らが望む情報を、餌として与えてやればそれでいい」

最高級のスーツに包まれた逞しい肩が、小刻みに震える。
笑っているのだ。

「愚民どもが」

浅黒い精悍な顔に、傲慢そのものの笑みが浮かぶ。悪意と嘲弄が広い室内に満ち――

「……で、今日は愚民ごっこですか?」

心底、呆れ返った一言で雲散霧消した。

「その手の台詞は、夜景でも見下ろしながらブランデーグラス片手に口にして下さい。真っ昼間からコーヒー飲みながら言っても、馬鹿にしか見えません。遊んでる暇があったら仕事して下さい」
「手厳しいね、ダコスタ君」

むしろ淡々と続ける声に、バルトフェルドはマーチン=ダコスタ補佐官を振り返る。
ザフト以来の腹心の部下は、本来ならバルトフェルドが決済すべき書類の山と格闘していた。
先程までの凄味はどこへやら。
緩み切った表情と声で、バルトフェルドはだらしなく背もたれに寄りかかると、両足を机の上に投げ出した。

「いやあ、持つべきものは有能で勤勉な部下だねえ」
「一応は閣僚の一員なんですから、もっとしゃんとして下さい。折角の礼服に皺が寄りますよ。式典で恥をかいても知りませんからね」
「夜の睡眠時間まで削って取り組んでいた一大イベントが、一応の成功を見せてるんだ。多少だらけても罰は当たらんさ」
「その代わり、昼寝はしっかり取ってましたね――何にせよ、お疲れ様でした」

実際、バルトフェルドの演出は完璧と言って良かった。
統一連合を構成する加盟国の元首達が集うこの場で、統一連合軍はその力を遺憾無く見せ付けていたのだ。

「どうせならピースガーディアンも出した方が、印象が強いと思うんですが」
「今日の主役はアスハ主席だからね。正規軍に花を持ってもらうさ。と、本命のお出ましか」

TVが真紅と黄金に輝く2体のMSを映す。
パレードの隊列に参加したのだ。
赤い機体はGWE-X002Aトゥルージャスティス、金の機体はGWE-X003A旭。
それぞれアスランとカガリの専用機であり、統一連合の力を象徴する超々高性能MSだ。
真紅の騎士と黄金の王者の勇姿に、レポーターは興奮し、群集は一際大きな歓声が上がる。

「目立つねえ。ま、宇宙艦隊を丸ごともう一揃え建造できるだけの予算をつぎ込んでるんだ。せめて看板の役には立ってくれないとね」
「またそんな事を。その内、舌禍で失脚しても知りませんよ」
「そうなったら、田舎に引っ込んで暴露本――もとい、回想録で一山当てるさ。ダコスタ君、君の事は誠意と勇気に満ちた、有能な人材として描写しておくからね。安心したまえ」
「そいつはどうも……」

どこまでも気楽に振る舞う上司に、ダコスタは深々と溜め息をついた。
アンドリュー=バルトフェルド情報宣伝長官と比較すれば、カガリ=ユラ=アスハ首席代表は少なくとも1万倍は勤勉だった。
彼女はまだ若く、指導者として多くの欠点を有していたが、少なくともその中に怠惰は含まれていない。



オーブ中が式典に沸くころ、遥か遠くにスタジアムを望む高層ビルの一室に仏頂面の男が入ってきた。
肩には大きめのバッグを背負っている。
ここは以前は空部屋だったのだが、二ヶ月ほど前から事務所として借りられている。
しかし不思議なことに部屋には机一つなく、使われた形跡が全く無かった。
だが男はそれが当然のように、全く関心を示さない。
バッグを下ろすと、中にあった数々の部品を組み立てる。手馴れた手つきだ。
十分足らずでそれは完了し、彼は窓際に自身を配置、窓を開ける。
高層ビルであるにも関わらず、窓が開けられる。
何故ならこの日のために、そういう風に仕掛けたのだからそれは当然だった。
男は懐から取り出した通信機に語りかける。

「こちら『雀"1"』、配置に着いた。あとは『駒鳥』を待つだけだ。オーバー」
《こちら『牡牛』、了解。オーバー》

短い通話はそれっきりで切れた。



この日、カガリは忙しかった。
まず主席公邸で式典に参列する各国元首の表敬訪問を受ける。
そして次にドレスからパイロットスーツに着替え、旭に乗り込み、自らパレードに参加してスタジアムへと向かう。
さらに礼服に着替えた後、スタジアムで式典に参加。
大戦の犠牲者を追悼し、統一連合の成果を高らかに謳いあげる演説を行う。
その後は戦没者慰霊公園に向かい、遺族達を弔問。
夜はドレスに着替え、迎賓館でパーティー。
招待した各国元首や貴賓客をもてなす……。
分刻み、秒刻みのタイトなスケジュールだ。

「あーあ、着せ替え人形にでもなった気分だな」

スタジアム到着後、一角に用意された控え室で、カガリは大きく伸びをする。
式典での演説に備え、礼服に着替えていた。

「やはり、子供の頃はそういうので遊んでいたのか?」

湯気の立つ紅茶のカップを差し出しながら、アスランが言った。

「うーん、どちらかというと、外で駆け回ってた方が多かったかな」

紅茶にやや多目の砂糖とミルクを加えながら、カガリは答える。
甘めのミルクティーを1口。
疲れた体には心地良かった。

「ラクスにももっと手伝ってもらえばよかったなあ」
「カガリの演説のあと、一曲歌うんだろう?」
「知ってるよ。でも不公平だ」
「ぼやくなよ。統一連合の主席なんだから、仕方ないさ」
「む゛ー」

ラクスは統一連合の特別顧問、キラは精鋭部隊「ピースガーディアン」の隊長を務めている。
二人ともやはり式典には参加しているが、それでも仕事の量はカガリの方が圧倒的に上だった。
役職の責任に比例して、仕事量が増えるのは判るが何かずるいぞ、とカガリは思ってしまう。
そんなむくれるカガリの様子に、アスランは思わず苦笑してしまった。
その時、従者がドアをノックする。
来客だという。

「誰だ?余程の事が無い限り誰も近づけるな、と言っておいたはずだが」

不審そうに眉をひそめるカガリを置いて、アスランが応対する。

「フラガ大将が、御家族と一緒に挨拶に見えたらしい。どうする?疲れているならまたの機会に、と言っているが」
「ば、ばか!早く通せ!」

待つ事しばし、30代半ばの長身の軍人と、同年輩の軍服を着た女性が姿を現した。
女性の胸では、ふくよかな赤ん坊がぱちりとした目で辺りを見回している。
統一連合宇宙軍総司令ムウ=ラ=フラガ大将と妻のマリュー=フラガ予備役准将、そして2人の間に生まれた愛娘のアンリだ。
無数の傷痕が残る端整な顔に陽性の笑みを浮かべ、ムウは敬礼する。

「お久しぶりです、主席閣下」
「そういう物言いは止めてくれ。ここには私達しかいないんだから」

カガリにとってムウとマリューの2人は、何よりも前に1次大戦以来、共に戦ってきた大切な『仲間』だった。
差し出されたカガリの右手を、ムウは苦笑しながらも力強く握り返す。
マリューもいつもの柔らかな笑みで、それに倣った。
来客用のソファーに腰を下ろしたムウとマリューに、アスランは新しく淹れた紅茶を差し出す。

「上手く淹れられたか判りませんけど、どうぞ」
「近衛総監直々の御点前とは、いたみいるわね」

珍しく軽口で返しながら、マリューは紅茶を受け取った。
現在のムウは月の新プトレマイオス基地におかれた宇宙軍総司令部が任地であり、マリューとアンリはオーブに残されている。
何気ない雑談を交わしながらも、久しぶりに愛しい夫に会えた喜びが、言葉の節々から滲み出ていた。

「キラ達は?」
「キラとラクスはピースガーディアンへの閲兵を済ましてこちらに来ます。もうすぐ着くでしょう」
「そうか。式典って奴は作法と格式と手続きの塊みたいなもんだからなあ」

ムウとアスランの問答を聞きながら、カガリは冷めかけた紅茶をすする。
嘆息するカガリの目が、アンリに止まる。その頬が嬉しそうに緩んだ。

「アンリも、少し見ない間にずい分と大きくなったなあ」
「ああ、親の俺もびっくりさ」

アンリのすべすべした頬をつつきながら、フラガはカガリに答えた。
その指を、アンリは丸まっちい両手でしっかりと握り締める。
まるで、もう二度とどこにも行かさないと宣言するように。

「アンリも、お父さんに会えて嬉しいのね」

優しく娘の頭を撫で摩るマリュー、そして愛する妻子を見守るムウ。
ありふれた、だが何よりも尊い家族の肖像に、カガリは胸をつかれた。
アスランの方へと泳ぎかけた視線を、慌ててもぎ離す。
もう遥か昔に思えるあの頃、カガリは自分とアスランの人生が不可分のものだと信じていた。
言葉にはしなかったものの、アスランもまた同じ想いを抱いていると思っていた。

「カガリ、少し早いがそろそろ準備をしよう」

カガリの想いを知ってか知らずか、アスランが時計を確認しながら言った。

「おっと、じゃあ俺達は先に会場に行っとくから」
「じゃあ、また後でね、カガリさん」

立ち去るムウとマリューを見送りながら、カガリは小さく頭を振った。
もう、全ては終わった事だ。道は既に別たれている。
たとえアスランが常に自分の傍らにあり続けているとしても、2人の軌跡が交わる事は、もはや決して無いのだから。

「カガリ……?」
「何でも無い。私達も行こうか、ザラ少将」

主席代表の顔と声で、カガリは答えた。



《――会場より、情報管理省報道局のミリアリア=ハウがお送りします》

つけっぱなしのラジオから流れる若い女性報道官の声に、シンは顔を上げた。
ゆっくりと立ち上がり、首をめぐらす。
目に映るのは日の光も照明も無い、暗く薄汚れた階段の踊り場だった。
腕時計に内蔵された通信デバイスから、レイの声が流れる。

《そろそろ時間だ》
「ああ」

シンは大小2つのケースを持って階段を登る。
登り切ったつきあたりの鉄扉を力を込めて押すと、軋んだ音を立てながら錆びついた扉がゆっくりと開く。

《――ただいま、会場に汎ムスリム会議のザーナ代表とアメノミハシラのサハク代表、そして南アフリカ統一機構のナーリカ代表が到着しました》

扉の向こうに広がっていたのは、狭くコンクリートが剥き出しの床面と、雲1つ無い空だった。
ここは、オロファト市東部の再開発地域にある小さな廃ビルの屋上。
地上の喧騒もここまでは届かず、沈黙に閉ざされた中にラジオの音声だけが白々しく響いていた。

《――ご覧下さい。世界中の国と地域の指導者が、互いの手を取って平和と融和を誓い合っています。あの悲惨な大戦から4年半、人類は、世界はここまでたどり着きました》

感極まった報道官の声を無視し、シンは鋭い視線を地上の一角に向ける。
狭隘なビルとビルの隙間から、平和祈念スタジアムが小さく覗いていた。

「こちら『雀”3”』。"牡牛"。オーバー」
《こちら『牡牛』。どうぞ》
「俺だ。予約していた特等席についた。いい眺めだ。舞台が一望できる」

腕時計の通信機を操作し、指定のチャンネルに合わせると、シンは低い声で囁きかける。
ややあって、通信機から若い娘の声で返事があった。
言わずと知れたコニールだ。

《了解。他のみんなはもうとっくに席に座ってるよ。『雀”1”、"2"』もね。弁当もちゃんと配り終わった。あんたもしっかりね》

「ああ、わかってるさ」

全チームが配置完了、別ルートで持ち込んだ武器も支給済み、作戦内容に変更無し。
符丁を頭の中で変換すると、シンは通信を打ち切った。
傍らのチェロケースを手にし、ロックを解除。
中身――長大な狙撃用ライフルを取り出す。

「ここにするか」

伏射姿勢を取るのに適当な位置を選び、腰を下ろす。
銃身固定用の二脚架を展開し、ライフルを抱えたままうつ伏せになった。
銃床を肩に当て、両腕でライフルを構えると、都市迷彩が施されたシートを頭から被る。
二脚架で銃身を支えているため、重量の割に荷重は少ない。
シンの鍛え上げられた背中と首の筋力は、易々とライフルの重量を受け止めた。
片手でもう1つのケース(中型の携帯用コンピュータだった)を手繰り寄せる。
ケーブルを引き出し、ライフルの上部にマウントされた電子スコープに接続する。

念のため空を見上げ、シンは太陽の位置を再確認。
陽光が差し込み、レンズの反射光で位置を知られる心配は無い。
スコープのキャップを外し、覗き込む。
各種の照準情報と共に標的――遥か2,500メートル先のスタジアムの演壇に立つカガリの姿が、網膜に直接投影される。

これだけの長距離狙撃になると、風や湿度による僅かな弾道の捻じれが、無視できない大きな影響を与える。
それに対処するため、シン達は前もってビルとスタジアムを結ぶ直線上に、複数の偽装センサーを設置していた。
もたらされた様々なデータは観測手――本来とは意味が異なるが便宜上そう呼ぶ――のレイによって解析され、その結果がスコープに表示される。
現在、快晴で湿度は約15パーセント、風は東南東の微風。
狙撃には絶好の状況だ。

《――いまだ争いは現実として世界に存在し続けている。「九十日革命」は、まだ皆の記憶にも新しい事だろう》

ラジオから流れる声は、いつのまにかカガリの演説になっていた。

《――しかし、たとえ何度も芽が摘まれ、踏みにじられようとも、私達は種をまき続けよう。いつか、平和という大輪の花が咲き誇るその日まで》

「さすが、奇麗事はアスハの御家芸だな」

苦々しく呟くと、シンは弾倉をライフルに差し込んだ。
レバーを引き、薬室に初弾を装填する。
スコープの向こうに見えるカガリの脳天に照準。
だが、まだ指は引き金にかけない。
演壇の周囲は、防弾仕様の強化プラスチックのケースによって守られている。
この時点で発砲しても射殺は不可能だ。
今は、まだ

《時間だな。状況開始だ》

レイの静かな声が、ひどくはっきりと聞こえた。



「ありがとうございましたー」

コーヒー1杯で1時間近く粘っていた常連客を笑顔で見送ると、ソラは小さく息をついた。
急にがらんとした店内を見回し、エプロンに包まれた細く華奢な肩をとんとん叩く。
ここは、オロファト市の南部にある喫茶店『ロンデニウム』。
半年ほど前から、ソラはこの店でアルバイトをしていた。

「ソラちゃん、ご苦労さま」

カウンターの向こうから、マスターが人懐っこい笑顔を向ける。
半白の髪をした初老の人物で、ソラたち従業員や馴染みの常連客も本名を知らず、『マスター』とだけ呼んでいた。

「店が空いているうちに、少し休むといい。何か食べるかい?」
「あ、じゃあカルボナーラを」
「判った。今日は僕のおごりだ。せっかくの祭りの日にわざわざ出てもらったお礼だよ」
「わあ、ありがとうございます。マスター」

そう答えると、ソラはカウンター席に腰を下ろした。
少しぼんやりとした目で、窓の外を眺める。
オロファトの街並みには、つい先程まで続いていた軍事パレードの熱気がまだ冷えずに残っていた。

「お待たせ」

しばらく待つと、店の奥の厨房からマスターが出てきた。
手にしていたトレーをソラの前に置く。
トレーの上には、湯気を立てるパスタとサラダの皿、アイスコーヒーのグラスが載せられている。

「いただきま~す」

ソラは手を合わせて歓声を上げると、フォークを取った。
フォークでスパゲティの麺を巻き取り、白いソースをたっぷりとからめて口に運ぶ。
バターと卵と生クリームの濃厚な味と、ベーコンの程良い塩辛さが口中に広がる。
お腹が空いてたため、つい麺をすする大きな音を立ててしまった。

「ソラちゃん。慌てずもう少し上品に食べて欲しいな。料理は逃げやしないよ」
「す……すいません。お腹減ってたんで思わず……」
「大丈夫。何だったらお替り用意しようか」
「もう、マスターったら」

ソラは思わず赤面する。
いたずらっぽく笑いながらマスターは口にパイプをくわえた。

「そういえば、今朝は大変だったみたいだね」
「そうなんですよ。信じられますか、マスター。大の大人がよってたかってお年寄りに暴力を振るうなんて!?ホント酷すぎます!!」
「まあまあ落ち着いて」

あの騒動の後、警官がまだ混乱しているうちにソラは老人を連れて逃げ出した。
普段の自分から全く考えられなかったが、頭で考えるより体が動いてしまったのだろう。
ふとソラは、記念式典の中継を流しっ放しにしているTVに目を留める。
主席カガリが威風堂々と演説をしていた。

《……世界の恒久の平和のため、人類の永遠の未来のため、どうか皆の力を貸して欲しい……》
「……あんな事、ラクスさまやカガリさまが喜ばれるはずないのに」
「ソラちゃんみたいに優しい娘もいれば、平然と酷いことをする人もいる。世の中には色々な人がいるよ。でも、ラクス様やカガリ様の様な御方はそうそういないからね」
「そういうものなんですか。なんか悲しいです」

小さく溜め息をついたその時、ズンという鈍い音と共に辺りがぐらりと揺れた。

「……地震……!?」

国土が火山島であるオーブは、当然ながら地震も多い。
思わず悲鳴を上げたソラだが、揺れはその一度きりでおさまった。
マスターはコップやグラスを手で押さえている。

「大丈夫かい、ソラちゃん――」

胸を撫で下ろすソラに話しかけたところで、マスターは硬直した。

「あ……、あれは……?」

窓の外へと釘付けになった視線を、ソラもたどり、そして気づいた。
オロファト市南の高層ビル街。
そのうちのビルの1つが、炎と黒煙を噴き上げているのを。

「火事……事故――?」

呆然と呟くソラの胸に、不安が黒雲の様に湧き上がっていった。



カガリの演説が後半に差し掛かった時、アスラン=ザラのポケットから呼び出し音が鳴り響いた。
こんな時に、といぶかしみながらも通信機に手を伸ばす。

「私だ」

呼び出しに答え、部下の報告に耳を傾けるアスランの顔にさっと緊張の色がよぎる。
周囲に気取られないように、小声で答える。

「爆破テロだと!?」
《はっ、郊外の軍施設と市街地外れの政府機関が数箇所、爆破されました》
「式典警護のため、市の中心部に兵力を集中させていたのを、逆手に取られたか。式典自体ではなく、手薄になった施設を狙うとはな」
《申し訳ありません。テロリスト達に裏をかかれたようです》

舌打ちするアスラン。

《幸い、民間人にはほとんど被害が出ておりませんが》
「分かった。以後はオノゴロの軍司令本部の指揮下に入れ。私も急いで現地に向かう」

そう答えると、アスランは通信を打ち切った。

「何があったんだい?」

隣に座っていたムウが振り向く。
表情も声色も緩んでいたが、目だけは鋭かった。
前列のバルトフェルドも同種の視線を向けてくる。

<エンデュミオンの鷹>と<砂漠の虎>――かつての旧連合軍とザフトで屈指のエースパイロットだった2人だけに、鉄火場への嗅覚が並みではない。

「実は――」

後事を任せるため状況を説明しようとした正にその時、スタジアムを閃光と轟音が襲った。


あの爆発がセレモニー用の花火で、殺傷能力は皆無だと知れば、連中はどういう顔をするだろうか。
2,500メートル先からスコープ越しに、パニックに陥った式典会場を覗き込んでいたシンは、意地悪く考えていた。
あれは統一連合主席を、穴から燻り出す煙なのだ。
本来、オセアニア解放軍が立てた原案では、武装した決死隊を会場に潜入させる予定だったらしい。
しかし警備の厳しさからそれは不可能と判断され、代わりに狙撃での暗殺となった。
さらにその狙撃も一弾が外した場合のフォローを考え、三方向から狙う。
スタジアム内で花火を焚き、防弾装備の演説台から主席を引きずり出す。
そして――。

マザーグースの童話『Who killed cockrobin?』になぞらえて、弓を持った三羽の雀が駒鳥「カガリ=ユラ=アスハ」を射抜くのだ―― 。

シン達の狙い通り 会場が混乱する中、逃げ惑う市民達を尻目に各国要人や政府首脳といったVⅠPは、SPに守られながら会場から脱出しようとしている。
カガリも例外ではない。
演壇を下り、アスラン達と合流する。
激しく動揺した表情が、スコープ越しからでも見て取れた。

「煙で燻せば狐は巣穴から飛び出してくる、か」

口元を、笑みというにはあまりにも歪んだ形に吊り上げる。

《風力、風向き共に変化無し。いけるな?》

レイの問いに頷き、シンはライフルの引き金に指をそえる。
いいだろう。貴様らが目を背け続けるのならば、襟首をつかんで引きずり回してでも見せ付けてやろう。
かつて踏みにじられた者の無念を、いま切り捨てられている者の怒りを――

「思い知れ」

低く呟くと、シンはトリガーへとかけた指に力をこめた。


不意にアスランの背筋を、ぞくりと悪寒が走った。
周囲、少なくともコロシアムの中にテロリストとおぼしき姿は無い。
だが、幾多の戦場で培われたモノが警鐘を鳴らす。

―――殺気―――
自分は知っている。
―――戦場で幾度も向けられた、あの殺気―――
初めてのものではない。忘れていたものでもない。
―――背筋に馴染む、この殺気は……!―――

それが戦士としての勘なのか、それとも無意識下で現状と経験を照らし合わせて判断した結果なのか。
自分自身でも理解できないままアスランは、咄嗟にカガリを突き飛ばした。
その瞬間、アスランを凄まじい衝撃が襲う。
超音速で飛来した何かがアスランの側頭部を掠め、一瞬前までカガリの頭部が存在していた空間を貫いたのだ。

「アスラン!?」
「頭を上げるな!!」

こめかみの辺りから生暖かいものが流れるのが判る。
飛びそうになる意識を必死で繋ぎとめ、アスランは倒れたカガリの上に覆いかぶさった。

「なっ!?」

倒されたカガリは状況が理解ができずに呆然としていたが、すぐに"理解させられる"。
次の瞬間、さらに彼女がいた空間、すぐ傍らに弾痕が数発、たてづづけに穿たれたのだ。

「ひっ!!」

怯えるカガリを抱きかかえたまま、アスランは集まったSPに怒鳴った。
「カガリ様!アスラン様!ご無事で!!」
「狙撃だ!!主席を守れ!!」


「アスラン=ザラっ!!」

スコープに映された狙撃の結果に、怒りと失意の叫びを上げるシン。
信じられなかった。
この距離からの銃撃に、対応できる人間がいた事が。
どうやら他の連中もしくじったらしい。

素早くライフルのボルトを操作する。
薬莢排出、次弾装填。
だがその数秒の間に、SP達がカガリの周囲で横並びの隊列を組む。
カガリへの射線を塞いでいるSPを狙い、発砲。
打ち抜かれた頭から血と脳漿をぶちまけながら崩れ落ちるSP。
だが生じた穴は、あっという間に他のSPによって埋められた。

「アスハの狗が!!」

叫ぶシンに、レイが冷静な言葉をかける。

《失敗だな。撤退するぞ》
「何を言ってるんだ、レイ!?」
《元々、博打の要素が高い奇襲だ。こうも態勢を固められては、付け入る隙が無い」
「馬鹿な!?」

指を、式典会場に突きつけて押し殺した声を上げる。

「あそこに――すぐ手の届くあそこに連中がいるんだぞ!!それを見逃せというのか、お前は!?」
《直にこの位置も特定される。軍なり治安警察なりの特殊部隊がやってくるぞ。無駄死にをするつもりか?》
「…………」

淡々と指摘するレイに、数秒の逡巡の後、シンは頷く。

「その通りだ。レイ、お前が正しい。撤退しよう」

内心でいかなる葛藤があったとしても、その声は冷静さを取り戻していた。

《式典自体の妨害には成功した。俺達の一方的な敗北ではない。それより、β班の撤収が遅れているらしい。援護に向かうぞ》
「了解」

素早く立ち上がるシン。
最後に一度だけ振り返り、怒りと憎悪に燃える目でスタジアムを睨みつける。
そして足早にその場を立ち去った。


銃撃は数度あった後、唐突に止んだ。

(諦めてくれたのか?)

ずきずきと痛むこめかみを押さえながら、アスランはゆっくり立ち上がった。
傍らにいた兵士の1人が、首から高倍率の電子双眼鏡をかけているのにアスランは気づいた。
ひったくると、最初の銃弾が飛来して来たと予想される方向を覗き込む。

(銃弾の方向と角度は――。まさか、再開発地域から撃ってきたのか?)

内心で呻くアスランの目が、ぴたりと止まる。
いかなる偶然か。
小さな廃ビルの屋上にライフルを持った人影、その後ろ姿を発見したのだ。
倍率を最大に上げる。
黒髪に黒尽くめの服装をした、まだ若い男。
黒一色のその姿は、まるで死を告げる大鴉のごとき不吉さがあった。
不意に男が振り返った。燃え上がるような真っ赤な瞳が、正面からアスランを貫く。

「な――っ!?」

驚きのあまり、双眼鏡を取り落としかける。
慌てて再び覗き込んだときには、すでに男の姿は無かった。

「だ、大丈夫か、アスラン!?傷はどうなってる!?」

心配のあまり狼狽するカガリの声も、届かない。
アスランは意識が遠くに引きずられていく感覚を覚えていた。
過去という遠くの世界へと。

―――殺気―――
自分は知っている。
―――戦場で幾度も向けられた、あの殺気―――
初めてのものではない。忘れていたものでもない。
―――背筋に馴染む、この殺気は……!―――


「お前、なのか――シン……?」



このSSは原案文第一話Aパート後編(DC私案)第一話Bパート前編(DC私案)を再編集、一部加筆したものです。

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