「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

第2話「逃避行」Bパート

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耳を塞いでいろ。
そういわれたような気がした。
本当に言われたのかそれとも幻聴なのか、よく分からない。
でもソラはとっさに両耳を手で塞いだ。
何故かそうしないといけないような感じがして。
虫の報せ――というのが当たっているのか分からない。
ただその予感は的中した。

ガオォォォンッッッ……!!

重く鋭い発砲音が夜風を切り裂く。
耳を塞いでいても肌を通して、振動音が鈍くビリリとソラの鼓膜にも伝わる。
シンは肩に構えた対戦車ライフルの銃口を、後ろから迫る2機のピースアストレイ、その先頭を走る1機に狙いを定めて引き金を引いた。

銃口というには大き過ぎるその”砲口”。
対戦車ライフルのそれから吐き出された弾丸は、音速を遥かに超える速度でピースアストレイに突き刺さった。
モビルスーツの両目に当たる箇所の一方――メインカメラに。
カメラ本体をカバーする強化ガラスを易々と突き破った弾丸は、たちまちカメラそのものも粉々に粉砕し、さらに内部に食い込いでいく。
そしてついにそれはピースアストレイの頭部奥深くで、破裂――すなわち爆発したのである。
その衝撃波と破片は瞬時に周囲の部品や回線をズタズタに寸断し、センサーや内部コンピュータの一切を機能停止に追い込んだ。

――引き金を引いてから、ここまで僅かコンマミリ秒しか経っていない。

だが己が片目から脳髄に至る致命的な一打を受けたピースアストレイは、数歩そのまま走ったかと思ったら不意に足をもつれさせ、そのまま大きく前に崩れた。
まるで解体工事で一瞬で崩れ去るビルのように。
そして予想外の僚機の脱落に、少し後ろを走っていたもう1機のピースアストレイも対応が遅れてしまった。
倒れた僚機が自機の進路を塞ぐ――すなわち味方が目の前の進路上に倒れこんだ上に、こちらも走る速度も速すぎたためそのまま突っ込んでしまい、豪快に転んでしまう。
全長18mの二体の巨人は轟音と地響き、砕けたアスファルトの粉煙を上げて道路上に突っ伏してしまい、ついにそのまま動かなくなってしまった。

「嘘ぉ……」

ついさっきまで自分達を追いかけていた二体の鉄巨人の姿は、みるみる内に小さくなっていく。
たちまち遥か遠くの風景だ。
たった一発の銃撃で二体のモビルスーツが打ち倒される。
まるで絵空事の様だ。

「何、ちょっとした魔法さ」
「……」

あっけに取られるソラにシンはライフルを側車に置きながら、フッと小さく笑った。
そんなシンに通信機から、やや冷ややかな声が差し込まれる。

《魔法かどうかはどうでもいいが。シン、一応お前の言った通りにしておいたぞ》
「ありがとう、レイ」
《しかし……ずいぶん無茶な事を考えたな。一歩間違えればオダブツだぞ》
「大丈夫だ。コニール達ならきっとやってくれる」

ソラには意味の分からない会話。
シンもまたそれを理解している。
きょとんとするソラの顔を、少し見つめながら思う。
――今はまだ知らない方がいい、と。

右手でサングラスのフレームのスイッチを押し調整する――これも一見ただのサングラスに見えるが、カメラアイの機能を持った特殊装備なのだ。
サングラスの内側に映る映像の修正をすると、シンは一気にアクセルを踏み込んだ。
脱出ルート目指して。
その瞳の先には――海があった。




「に……202号機、203号機。機能停止、追撃不能。どうしますか、隊長!?」
「たった一発で……!?なんという……、あやつ人間か……?」

指揮車両内で、エイガーはただただ絶句していた。
ピースアストレイのモニターカメラが映す映像。
それはそのまま指揮車両のモニターにも映っていた。
サイドカーからの銃撃と共にブラックアウトするモニタ-。
そして次の瞬間、追尾していた二機の無人モビルスーツから送られてきた機能停止の信号。
データから事態の推移は分かった。
なぜそういう状況に陥ったのかも。
だがエイガーにとって理性が、感情がそれを受け入れられない。
それは同乗する部下達も同じだった。
たった一発の銃撃で二体のモビルスーツを沈黙させる技など、一体誰が信じられようか。
少なくともエイガーの記憶にはそんな事が出来る人間など全く存在しなかった。

「これからどうしますか、隊長……」

意気の沈む上官に部下のオペレーターが遠慮がちに聞いてくる。
無理もない。
だがその様子に、次の瞬間今の自分は兵士ではなく指揮官であり、動揺を鎮めるのも自分の仕事だという事をエイガーは思い出す。
思わず苦笑いがこみ上げる。
気合を入れ直すように、自分の顔をパンッパンッと二、三回両手で叩く。
再び現れた彼の表情はいつもの厳しいそれだった。

「これからの目標の予測進路は?」
「ハッ!このままですと目標はルート135に到達します」
「……あそこは確か海岸線に沿って通ってある国道だったな」
「はい、両脇を崖と海に挟まれていて風光明媚で有名な観光道路です。海の方も崖なので海に沈む特に夕日が綺麗に見えると、デートスポットになっているぐらいで……」
「詳しいな。お前も彼女を連れて行ったクチか?」
「じ、自分はその様な事は……(モゴモゴ)」
口ごもるウブな部下の様子に、他のオペレーターからクスクスと笑いが漏れてきた。
さっきまで沈んでいた場が和らぐ。
部下達が士気を取り戻した事に安心したエイガーは、即座に地図を確認した。
するとルート135は、一旦そこに入れば出口までずっと脇道は無く、前後を塞げば完全に密室状況なのが分かった。

「至急部隊をルート135の出口に配置するよう本部に連絡しろ!我々もこのまま目標をルート135に追い込む!それから監視用の無人ヘリもな!」
「ハッ!」

いかに相手が超人といえようと、前後から数を持って挟んでしまえば、時間と物量の問題に過ぎない。
兵糧攻めという手もある。
今度こそ、とエイガーは思わざるを得なかった。




同時刻――。
オロファト市街から遠く離れた郊外に、打ち捨てられた小さな港町がある。
ここは以前、小規模ながらもしっかりとした漁港だったのだが、二度に渡る大戦で大きく被災し、廃港となった町なのだ。
今も壊れた住宅や崩れた堤防など各所に破壊の爪あとが生々しく残る。
住人もすでに移住し、誰も見向きもしない無人の集落だ。
その港湾の片隅、海岸に面した所に漁船修理用の倉庫がある。ここは船をそのまま陸揚げ、進水できるようになっているものだが、他の建物と同じように今は廃墟でしかない。
しかしその無人のはずの構内には、幾人もの人の気配があった。
主席暗殺計画に関わった反統一連合のレジスタンス達だった。

「……ああ!もう何やってるのよ!あいつは!」

その中のひとり、コニールは焦っていた。
シンの事だ。
未だに現れる様子が無い。それどころか連絡もつかない。

「そう?何か情報は掴めた?」
「いや、まだハッキリとしたものは何も」

警察無線を傍受しているメンバーも首を横に振る。
コニールをはじめここに集まったメンバーは、主席暗殺の支援に関わった者たちだ。
狙撃グループを送り出したあと、足跡を残さず速やかにここに集合し、脱出の時を息を潜めて待っているのだ。
倉庫内にはそのための船が、準備万端でその時を待っている。
ステルス仕様の特殊工作船。
PS装甲の応用技術によりその外装面の色を変えられるという優れものだ。
なんでも旧サフトの海軍が潜入工作に使っていたらしい。
時計を見ながら、このグループのリーダーを務める壮年の男がいう。
今回の襲撃を立案したオセアニア解放軍の男だ。

「コニール。どういう理由があろうと、予定通り出航するぞ。一人のために全員が犠牲になるわけにはいかん」
「わかってるわよ!」

コニールはただ怒鳴り声で返すしかない。
出自の組織は違えど、任務を達成するためにその命令系統もあらかじめ決まっている。
彼の言うことには逆らえない。

――何やってるのよ、シン……。

じりじりと、爪を噛む。
腕の時計を見ると、あと20分少々しかない。
リーダー格の男が他のメンバーに指示を出す。
出航準備をしろ、と。
男達は慌しく動き出す。倉庫内に出していた装備や道具を次々と船の中に片付けていく。

「コニール。お前もそろそろ中に入っていろ」
「ちょっと待って!まだあと15分あるから……!」

急かすリーダー格の男にコニールは何とか、まだ留まるよう縋る。

「わかった、だが0時までだ。0時丁度になったら脱出するぞ。いいな」

コニールは無言で頷く。
それが精一杯の譲歩だと分かってるから。
これ以上は無理強いは出来ない。

と、その時、通信を傍受していた男が状況の変化を告げた。

「……!リーダー!シン=アスカから緊急電文です!」

耳障りな音を立ててプリンターが電文を印刷し、紙を排出していく。

「何だと!本当か!?」
「シンから!?何て言ってきたの!?」
「それが……。暗号なのでハッキリとした事は……。ただ……」

どうも歯切れが悪い。

「もう、見せて!」

焦れたコニールは通信士からひったくる様に電文を受け取る。
暗号とはいえ、その内容はすぐに分かった。
内容を聞かされたリーダー格の男は戸惑いを見せる。

「……こんな無茶な。確かに今すぐ出航すれば予定時刻に間に合うが、だが本当にいいのか?一歩間違えばシンは……」

不安そうにコニールを見る。
彼から見れば、その電文に書いてある事は無謀としかいいようが無かった。
だがコニールはしっかりと彼に言う。
強い意志を込めて。

「行きましょう。シンもそれでいいと言ってるんです」
「……よし、分かった」

コニールの言葉に男も決意を固めた。

「出航だ!」

その声に男達が猛然と動き出す。
瞬く間に出航準備が整っていく。
倉庫の扉がゆっくりと開かれる。
吸い込むような暗い海が広がっていた。
船の中でコニールはリーダー格の男に聞く。

「『アレ』は中にありますね」
「ああ、好きなだけ使ってくれ。必要だったら人も貸そう」
「ありがとうございます」

朗らかな笑顔でコニールは答えた。
ゆっくりと船が海へ漕ぎ出していく。
月は出ていない。
夜空に無数の星が瞬く。
水面を滑る様に、そして静かに船は港を出て大洋に踊りだす。

「死ぬんじゃないわよ……シン」

デッキで波音を聞きながら、コニールは口に出さずに呟いた。





(さて、と。もうすぐ”予定時刻”か。時間通り迎えが来てくれるか……)

ピースアストレイを撃破した事で、一時的ながらも治安警察の追尾は退けられた。
もっとも直接手を下せないだけで、監視はされているだろうが。
海岸線沿いの長い幹線道路。
左は山に阻まれ、右は海。
落差は10m程だがそれでも他に逃げ場は無い。
高速道路が出口と入り口を押さえてしまえば、どこにも逃げ場が無くなるように、ここも実質密室だ。
なんでもここは沈む夕日が美しいと評判の道路らしいが、闇夜の今は海はただの暗闇だった。
アスファルトを照らす道路照明だけがやけに明るい。

(やれやれ。”奴ら”を撒くのにとんだ手間を取ることになっちまった)

シンとソラの乗ったサイドカーはアイドリングをかけたまま、その入り口にいた。

「あの……、これからどうするんですか?」
「待ってな。もうすぐ迎えが来る」

迎えといわれてソラは、え?と見回した。
ご覧の通り船を止められる岸辺は無いし、ヘリを止めるスペースも無い。
ガードレールに囲まれた、岸壁に張り付いた二車線道路があるだけだ。
シンは無言でまたサングラスのふちにある回路を触る。
スイッチをいくつか操作しているようだ。

「来た……。さすがだな、コニール。時間通りだ」

見ているのは暗闇にしか見えない海の向こう。
ソラには何も見えない。
しかしシンにはそこに何があるのか見えているようだった。
シンは再び回路を操作して、海の向こうに”サイン”を送った。
これで準備完了だ。
その時、レイがシンに告げる。

《シン、お客さんだぞ》

遠くからヘリのローター音が聞こえる。
新たに差し向けられた治安警察の無人ヘリだろう。
さすがに手際がいい。

「OK、レイ。いいタイミングだ」

そうつぶやくと、シンは対戦車ライフルを道の脇に放り出した。
ガシャリ、という重い鉄の音がして、それは打ち捨てられた。
そしてシンはサイドカーのハンドルバーを握り締めると、傍らのソラに言う。

「いいか、ちょっと派手な事をやる。黙ってじっとしていろ。じゃないと怪我をするぞ」

よく分からないがこれから大変な事をやるらしい。
うんうん、とソラは無言で首を縦に振った。
何も通らない海岸沿いの二車線道路。
吸い込まれるような深い闇の海。
シンはサイドカーを道路の中央にすえた。
前方は大きなカーブになっていて、そのまままっすぐ行けば海に真っ逆さまだ。
そのカーブまで約200m。
ヴォンッヴォンッとエンジン音はひときしり高く吼える。

「いくぞ!!」

シンが叫んだ。
ギュルルルルッッ!!と、後輪が回転しアスファルトを焦がす。
次の瞬間、サイドカーは一気に加速した。
壁のような強烈なGが体に叩きつけられる。
ソラはヒッと小さく悲鳴を上げた。
アクセル全開。

ヴォォォォォォォォッ!

一気に限界まで加速。
真っ直ぐ、真っ直ぐ、一直線に一気に走抜ける。
カーブの崖ぷっちに張られたガードレール目指して。




「何!?自殺するつもりか!?」

無人ヘリから送られた映像を見て、エイガーは色めきだった。
このまま突き進めば、海に落ちるのは明らかだ。




加速、加速、加速する。
海が迫まってくる。
ガードレールが迫まってくる。

30m……20m……10m……5m……。

「シ、シ、シ……!」
――シンさん、落ちる。
ソラはそう言おうとした。
でも――声が出ない。
その時、サイドカーが跳んだ。
ガードレールを超え、暗い海に目掛けて。
雄たけびの様な風を切る音が耳のそばで響く。
全てがスローモーションに見える。
吸い込まれる、無限の闇に吸い込まれる。

――飛ぶぞ!!

そんな声を聞いた気がした。
もの凄く強い力がソラを引っ張り上げる。
そしてソラは宙に飛んでいた。
シンに抱かれて。
乗り捨てたサイドカーが、暗闇の底に消えていく。
二人が夜空をバックに宙に舞う。
すると眼下に背を向けた一隻の船が見えた。
その後部デッキには琥珀色の髪の女性、コニールと幾人かの男。
そして数枚のベット用マットが敷かれていた。

「シーーーーーン!」

コニールが叫ぶ。

「おおおおおお!」

シンが暗闇に吼えた。
落ちる。
落ちる。
ソラを抱きかかえたまま、シンは船のデッキ目掛けて落下していった。
猛烈な勢いで二人はクッションとして用意されたマットの上に着地する。
ホコリと派手な音が立つ。
だが落下に勢いがありすぎたため、シンはソラを抱いたまま、デッキから船底に通じる階段を転げ落ちてしまった。

「シン!だ、大丈夫!?」

コニールが悲鳴のような声を上げた。

「痛っ、イテてて……。大丈夫か?ソラ?」

少女の頭は手でしっかりガードしていたので、頭を打つ事は無かった。
しかし他は分からない。

「あ……、はい……。なんとか……」

シンの体がクッションになってくれたせいか、とりあえずソラも体に特に痛みは無かった。
ただ頭がまだ朦朧とするが、なんとか答える。

「……その子、誰?」

階上のデッキから覗き込むコニールが、不思議そうにシンに聞いてきた。

「スマン、巻き込んだ」

その言葉が誰に向けたものなのか、シン自身もよく分からなかった。





投光機が海を照らすが、波の他には何もない。
ようやく目標を追い詰めたと思ったが、すでに現場の海岸線沿い道路にはもう何も残っていなかった。

「……なんという事だ」

指揮車両から降りたエイガーは、現場のを眺めながら半ば呆然と呟いた。
無人ヘリからの映像ではサイドカーはカーブを曲がらず、そのまま海へジャンプして消えた。
自棄になったようにも見えるが、エイガーは確信していた。
これは自殺ではない、と。
恐らく海から仲間の迎えが来ていたのだろう。
船か、潜水艇かどれかは不明だが、これまでの用意周到な手口から、それは容易に推測がついた。
それも考慮してモビルスーツを追跡に使ったのだが、結果はあの通りだ。

「……やってくれる」

やり場の無い怒りを隠さず、エイガーは部下に怒声で命令した。

「至急、沿岸警備隊に捜索させろ!20分以内に現場に来いとな!!」
「ハッ!」

完全な失態だ。
ここまで追い詰めて逃がすとは、犠牲になった部下になんと言えばいいのだ。
今はただエイガーは暗い海を見詰めるしかなかった。





同時刻、治安警察本部の発令所にも現場からの映像は届いていた。
目標を完全に見失って、発令所内は混乱の極みにあった。
だがメイリンはそんな喧騒に見向きもせず、ただ送られた映像をじっと見つめていた。
爆炎に包まれた倉庫からサイドカーを操り逃走した男。
対戦車ライフルの一撃で二機のMSを仕留めた男。
そんな離れ業をやってのけるのは恐らく二人といないだろう。
映像はその男の詳細を映してはいなかったが、メイリンは確信していた。

(――そう。……彼が、シンが帰ってきたのね)

メイリンは静かに笑みを浮かべた。
射殺すような冷たい笑みを。
その意味に気づいた者は誰もいない。
無言で傍らに座る上司、ゲルハルト=ライヒを除いては。




「私、なんでこんなところにいるんだろう?」

誰にとも無く呟く。
目を真っ赤に腫らせたソラは、ぐったりとしたままベットに横たわっていた。
暗い部屋の中で上を見上げると冷たい鉄の天井が目に入る。
あてがわれた船室のベットは固く狭く、シーツは洗ってはいるもののしわくちゃだ。
ここは海の上、オーブですらない。
いつもなら、もう寮の暖かいベットの中で夢を見ている頃なのに。
自分の置かれた境遇と友人達を思い出し、ソラの表情が曇る。
明かりを点ける気力すら湧かなかった。

(帰りたいよう……)

だがそれは叶わぬ願い。
真面目に生きている自分がこんな目に会わなければいけないのか。
悔しさと心細さから涙が溢れてくる。
髪の毛はパサパサ。
服だって汗まみれ。
おまけに真面目に日々を生きている人達を、理不尽な暴力で傷つけているテロリストの人質。
辛くて、悔しくて、叫びたくなる。
口を大きく開けて、とにかく声にならない言葉が出てきそうになっていた。
その時外から二人が何か言い合っているのが聞こえてきた。
口論しながら、こっちに向かって歩いてくるようだ。

「どういうつもり!ただの子供を巻き込むなんて、あんた何を考えてんのさ!」
「仕方なかったんだ……いや、スマン。完全に俺のミスだ、あの子を巻き込んだのは」
「そんなこと言われなくても分かっているわ。私はこれからどうするつもりなのかを聞いているのよ」
「オーストラリアで下船したら、現地のレジスタンスに頼んで……」
「ハッ、間違いなく断られるわね。こっちのミスを押し付けるなとか言われるのがオチよ」

あまりにお粗末な『計画』にコニールは鼻で笑う。

「じ、じゃあ、何とか金を工面して自分で戻ってもらうとか?」
「ふ・ざ・け・る・な!一度私達の顔を見られた以上、ハイそうですかって返せるわけないじゃない。こっちの上と向こうの上で話し合ってもらって、なんとかしてもらうしかないわよ」
「厄介な事になったなあ。どうしたらいいんだ、コニール」
「私に聞かないでよ……まったく」

とはいうもののコニールとしても罪悪感は残る。
巻き込んだのはこっちなのだから、彼女に罪は無いのだ。
はーっ、とため息をつくとコニールはシンに言った。

「……一応、私の方からオセアニア解放軍のトップに話してみるわ。あまりアテにされても困るけど」
「スマン!助かる」
《デカイ貸しが出来たな、シン》
「あとで利子をたっぷりつけて返してもらうわよ」

ドアからコンコンと小さくノックする音が聞こえた。
あの少女、ソラ=ヒダカを閉じ込めた船室からだ。
思わず二人は顔を見合わせる。
感情的になるあまり、ついうっかりしていたようだ。
しまった、とコニールは頭を抱える。
たぶん聞かれただろう。
コンコン、ともう一度ノックは力なく叩かれる。

(いつか話さないといけないし、仕方ないか。ったくこの馬鹿のせいで!)

コニールにギロリと睨まれてシンは思わずたじろいた。
やむを得なく、外から掛けていた鍵を外すと、ドアはほんの少しだけ小さく開く。
そこにはソラが、肩を落として立っていた。
コニールが心配そうに彼女に聞く。

「大丈夫?顔色悪いよ」
「あ……えっと、大丈夫……です」

だがソラの顔は蒼白で、全く大丈夫そうには見えない。

「本当にごめんね」

コニールはただ頭を下げて謝るしかできなかった。

「シンも謝れ!」

スパーンッとコニールの平手がシンの後頭部に炸裂。
するとシンも不器用に頭を下げた。

「す、すまない。巻き込んで……俺が悪かった」

一方、ソラは平身低頭の二人に思わず戸惑う。
カガリを暗殺しようとする位だからもっと恐ろしい集団だと思っていたのだが、外見こそ怖いものの彼女を含め皆紳士(淑女?)的に接してくるからだ。
とはいえ、まだ信用できる相手でもないのも十分分かっていた。

「どこかで降ろしてあげられると良いんだけど、今は無理なの。もう少しだけ我慢してね」
「……もういいですよ」

小さな声でそう呟くと、ソラは自らドアを閉めた。
また誰もいない暗い船室の中。
ふと視線を向けた船室の窓からは星空が見えていた。
しかし、今ソラがいるのは海の上。
まったく違う場所。
見知らぬ世界。
しかし、見上げた空はいつも学生寮の窓から見ていたものと変わらなかった。
あまりに色んなことがありすぎて、何が起こっているのか自分でも理解できていない。
ただ一つ分かっているのは、とても疲れているという事だけ。

「お風呂入りたいな……」

そう呟くとソラは深い眠りについた。




「無理に決まってるだろうが!」

狭い応接室の中で歳は四十前後、髪は短く顔は厳つい男が、目の前で怒鳴り声を張り上げる。
色々な意味で耳が痛い。
翌日、豪州に着いたシン達は、友好関係にある現地のレジスタンス、『オセアニア解放軍』のアジトに訪れていた。
そこで例の少女を引き取ってもらおうとオセアニア解放軍のリーダーに接触したのだが、結局返答がこれだ。
伸ばした髭を弄りながら男は再び口を開いた。

「犬や猫じゃないんだ!人間一人匿うのがどれだけ大変か解っているのか?オーブに返すにしても、先日の騒ぎでセキュリティが強化されている現状では不可能だ。大体お前らの厄介事を俺たちに押し付けるのは筋違いというものだろうが!」

そう言い終えると、男はもう話すことはないと応接間を後にした。
バタンと扉が閉まる音。
必要以上に大きく聞こえたそれを聞き終えると、部屋に残されたシン達はそれに負けじと大きく溜め息を吐いた。
いつまでも座っているわけにもいかず、お世辞にも座り心地がいいとは言えない椅子から重い腰をゆっくりと上げる。

「あー!やっぱり駄目だったか!」

コニールが突然両手で頭を掻きながら叫ぶ。
気持ちは解らなくもない。
が、恥ずかしいのでやめて欲しいと隣に座るシンは思った。
別に誰かに見られているわけではないのだが。

「最悪ダンボールに入れて街中に放置するか。幸い若い女だ、その手の趣味の奴なら迷わず拾ってくれるだろう」
「冗談でもそういうことを言うんじゃない、よっ!」

よっ、のタイミングで無防備な脇腹に肘を撃ち込まれる。
コニールが痛みで身悶えするシンを見下した顔つきで見つめ、溜め息を一つ吐く。

「やっぱり一度私たちのアジトに連れて行くしかないみたいね」

仕方ないとコニールは呟く。あの夜偶然巻き込んでしまったソラという少女。
蒼い瞳が印象的で、非常に温厚な性格なのだろう。
好かれたいわけではないが、そんな少女の平穏を奪ったのは他ならぬシンである。
顔には出さないがなんとかしたいと二人とも本気で思っていた。

(もしマユが生きていたらあんな感じになっていたのかな)

妹の名をひっそりと心の中で呟く。
一瞬、少女と妹の姿が重なる。

――彼女は彼女だ。マユとは違う。シンは感傷を振り払うように、そう自分に言い聞かせた。

ガルナハンか、飛行機をチャーターする必要があるな」
「そうと決まったら早速行きますか。……あの子はどうするのさ?」

部屋の扉を半分ほど開けた状態でこちらを振り向くコニール。

「置いて行く、相棒を置いてきたから大丈夫だろう」

ふと少女の元に置いてきた相棒を想う。

(少なくとも俺より人付き合いが上手いアイツの事だ。今頃きっとあの子と上手く打ち解けているだろう)

相棒の”姿”に驚く少女を想像すると自然と頬が緩む。
そんな愉快な事を考えながら、シンは応接間を後にした。





丁度その頃、ソラは暇を持て余していた。
オセアニア解放軍から個室を与えられていたが、そこにはTVもない、ラジオもない、本すらなかったのだ。
これで充実した生活が送れるほどソラは人間ができていない。

「こんな腕時計ひとつで、暇を潰していろと言われても…… 」

外に出ることも出来ない。
ソラはシンに渡された腕時計を手で弄びつつ、ブツブツと文句を言う。
その腕時計は普通のものより二回りは大きい、奇妙な金属製のものだった。

「ゲームなんて贅沢は言わないけど、せめてラジオでも聞ければ暇潰しになるのに。時間なんかわかっても意味無いじゃない……役立たず」

ところが。

《役に立たなくてすまないな》
「え?え?え?」

突然どこからか声を掛けられ、ソラは慌てて周りを見渡す。
当たり前だが誰もいない。

(今のは何?空耳?まさか、さっきの食事に怪しいクスリが入っていたんじゃ)
《おい》
(もしかして私もクスリ漬けにされて、何処かに売り飛ばされるんじゃ)
《おい、どうした?》
(この間読んだ小説の主人公の少女が確かそうなって……)
《おい、聞いているのか》
(それで私は、ご主人様と言えと強制されたりして……)
《おい!》
「……はっ!?」
《何処を見ている。ここだ。》

怪しい妄想……もとい、考え事にふけっていたソラが、声のする方向をおそるおそる見ると。
腕があった……ソラ=ヒダカの左腕。
いつも通りの色白の細い腕。
おかしな所など何もない。
いつもと違うのは無骨な腕時計をしているくらい。

「あ、そういえば昔借りたニホンの漫画で気が付いたら、右手が化物になって語りかけてきてさあ大変って話があったんですよ。面白かったけど実際にあったら怖いですよねー」 
《現実逃避は時に必要な事かも知れん。だが、今は現実を認める事が大事だ、ソラ=ヒダカ》

いい加減ソラも気付かない振りを続ける事はできなかった。
左手から声が聞こえてくる、これは事実である。
空耳ではない。

「わ、わわわた、私の左手が右手にーーーーーー!!」

パニックを起こしたソラはわけのわからない悲鳴を上げて左手を振り回す。

《なにを言っているのかわからんが、残念ながら俺はお前の腕ではない。よく見てみろ》

ソラを宥める右手になった左手(仮名)。
落ち着きのある言葉に、正気を取り戻したソラはもう一度腕を確かめてみる。
よく見ると腕ではなく時計から声が出ていることに気付いた。

「……もしかして、腕時計の人ですか?」

喋ってから気がついた。

(何で私は腕時計に敬語で喋っているんだろ。それ以前に傍から見たら、怪しい少女そのものじゃない)

軽く自己嫌悪にひたっていると、腕時計が自己紹介してきた。

《そうだ。もっとも腕時計ではなくAIだがな。俺の事はレイと呼んでくれればいい。》
「レイさんですか。私はソラって言います。」

何故か頭を下げつつ、腕時計に挨拶をするソラ。

「それで、レイさんは私に何か御用だったんですか?」
《あまりにも暇だったようなので話かけてみた》

(ああ、そういえばさっきまで自分で暇だ暇だとかブツブツ独り言を呟いて……独り言をずーーっと聞いていたの?……は、恥ずかしすぎる)

自分の醜態を見られていた事に気付きソラの顔が見る見る紅潮してゆく。

「お、女の子の独り言を聞いているなんて、性格悪いですね!」

ソラは恥ずかしさを誤魔化すように言う。

《……気にするな。俺は気にしない》
「私が気にするんです!!」

部屋中にソラの叫びが木霊した。




それから3日経ったある日。
旅立ちの朝は晴天とは行かず、少し雲のある日だった。
車で何時間も揺られて、着いた先は平原が広がる土地。
一本の滑走路があることからかろうじて空港と分かるが、ほかには倉庫のような古い建物があるだけだ。
管制塔のようなものはない。それどころか飛行機すら一機も見当たらない。
滑走路もひび割れが多く、雑草がいたる場所で芽吹いている。
路肩の荒れようや草の伸びようと比較して、かろうじて人の手が入っていることは分かるのだが。

「ここって空港、ですよね?」
《レジスタンスをはじめとした、表向きの航路を使えない連中用。言うなれば闇空港だ。土地の持ち主の飛行機だけが離発着する私有空港扱いになっている。整備が行き届かないのはそのためだ》
「私、これからどうなるんですか?」
《今はオーブの警備が厳しい。そのまま戻ればソラもテロリストの疑惑を持たれる恐れがある。一度ガルナハンにある俺達の組織の所に来て、ほとぼりが冷めたら帰国する手はずになっている。俺達のリーダーも了承済みだ》
「ガルナハンてどこですか?」
《東ユーラシア共和国コーカサス州の街だ。地球を半周しての帰国だな》
「地球を半周……」

生まれてから一度もオーブの外に出たことも無い自分が、地球を半周して見知らぬ国へ。
なんだが急に途方も無い話に思えてきた。
あの日からずっとレイはソラの左手首に巻かれたままだった。
一時、ソラはシンにレイを返そうとした。
だがしばらくの間そのままでいいと、シンが言ってくれたのでソラは素直に喜んだ。
せっかくできた話し相手から離れるのはさびしかったのだろう。
監視役も兼ねているのかな、と後でソラは思ったが、自分でオーブまで戻る方法も思いつかない以上、何もできないのだから同じこと。
奇妙な縁でできた、奇妙な姿の友人関係だった。
車のそばで待っていた彼らのもとに、倉庫からコニールが駆け寄ってくる。
手を振りながら大声でソラたちを呼んだ。

「飛行機はすぐに出せるってさ、早く荷物を持って来てよ!」

移動する三人とひとつの腕時計。
荷物持ちはシンの役目だった。
大荷物を持たされたシンが「何でお前の荷物まで俺が運ぶんだ?」とコニールに質問する。

「レディーに荷物を持たせる奴なんて、男の風上にも置けないわよ。そうでしょう?」
「どこの誰がレディーだ……痛い痛い痛い!」

両手のふさがったシンの耳を思い切り捻り上げるコニール。にっこりと微笑みながら

「あら大丈夫? 荷物は落とさないように気をつけてね」

と白々しく言い捨てて。ソラを引っ張っていった。
三人が向かう倉庫の扉が徐々に開いていく。
その中からゆっくりと今回の搭乗機が出てくる。
流線型の機体に響くジェットの入排気音がブロブロブロブロと重々しい音を……何かが違う。
知識は無いが飛行機はこんな音しない。ソラは嫌な予感がしていた。
ソラの予想通り、彼ら四人の前に現れたのはジェット機などという高級なものではなかった。
コズミックイラの世界においてはもはや骨董に近い存在、レシプロのプロペラ機。
せいぜい10数人程度が限界の中型飛行機だった。

「な、何ですか?これ」

ソラが呆気に取られた顔をして聞いてくる。
無理も無い。こんな飛行機は今や航空ショーか博物館か、はたまたTVの歴史ドキュメンタリーでしか見ることのできない代物である。
コニールが申し訳なさそうに言う。

「ここじゃこれをチャーターするのが限界でね。まあ事故ったことは一度もないそうだから。あ、でも飛行機が事故ったときは墜落してスクラップだから、当たり前だね。あははははは」

コニールに同調してシンとレイも笑うが非常にわざとらしい。
この場を和ませようとする三人の涙ぐましい努力だったが、まったくの逆効果だった。

「だ、大体ガルナハンまで行くんですよね。ここからガルナハンまで、何千kmもあるって聞きましたよ? 本当にこんなオンボロで飛べるんですか?」

その言葉を聞いて、「オンボロとは何事だ!」とパイロットが怒るが、シンは必死に彼を宥める。
レイが代わりに冷静に解説した。

《途中で中継着陸が三箇所、給油時間もあわせて合計60時間のフライトだ。まあめったにない機会と思えばいい。人類が宇宙にすら進出にしているこの時代にあって、プロペラ機に搭乗経験があるとは、末代までの語り草になるだろうな》
「他に手が無いんだから仕方が無い。俺は別に構わない」

……冷静な口調だけど、いつの間にか論点がずれている。
ソラはそう思った。
屁理屈をこねるレイに、責任を放棄してあさっての方向を見るシン。
コニールはパイロットから、プロペラ機の持つ抗いがたい魅力とそれにかける男のロマン、レシプロの奏でる魅惑のエンジン音について滔々と聞かされている。
三者三様ソラを蚊帳の外において。
ついにソラは爆発した。

「……も、もう信じない、あなたたちなんか信じない!みんな嫌いよ!」

しかしソラに選択肢があるはずもなく、結局は彼女も泣く泣く飛行機に乗る。
フライト中、四人の会話がまったく弾まなかったのは、言うまでもない。



同日、夜。
オーブ内閣府直轄の治安警察省
名の通り治安警察の総本部である。
単なる刑事犯罪だけでなく、思想犯、および政治犯まで取り締まる部局だ。
テロリスト対策も重要な任務の一つで、治安維持用のMSも多数配備され、ちょっとした軍隊並の武力も持っている。
組織のトップは治安警察省長官ゲルハルト=ライヒ。
これは誰しも異論がない。
しかし№2が誰かとなると、意見が分かれる。
役職だけ見れば副長官だろう。
しかし彼は有能ではあるが良くも悪くも事務屋に過ぎず、治安警察省の凄みを感じさせない。
実働部隊であるMS隊のトップは、有能なパイロットで敵にも容赦ない。
ただ言動に粗暴さが目立ち、小物の印象が強い。
他にも色々と実力者はいるが、ライヒに比べると今ひとつ見劣りするのが現状だ。
そんな中、最近になって、治安警察省で存在感を増している人物がいる。
役職から言えば、トップには遥かに及ばない。
しかしテロリストに対する弾圧の苛烈さ、決して揺らがぬ冷徹な意志、 それに見事な化粧のほどこされた美貌、さらにはキラ=ヤマトラクス=クラインカガリ=ユラ=アスハと並ぶ英雄のうちの一人、アスラン=ザラの妻。
しかも彼女はラクスや、カガリの友人とくれば、組織の中で控えめに振る舞う方が難しいと云うものだろう。

彼女の名はメイリン=ザラ
誰が名づけたか『治安警察省の魔女』の異名を持つ女性である。

「テロリストの目的地はガルナハン方面?確か東ユーラシア共和国のコーカサス州にある街ね」

メイリンは治安警察省の一室で、部下からの報告を受けていた。
モニター越しにもかかわらず、彼女の持つ凄みに気圧された部下は、しどろもどろにならぬよう必死に報告を続ける。

「はい。豪州方面で不審な飛行機の目撃があったと、軍より情報提供がありました。テロリストだとの 決定的な証拠は無いものの、豪州に高速艇で逃亡後、飛行機でガルナハン方面に逃げた。こういう流れが想定されます」
「なるほど。まあガルナハン方面は最近テロリストが騒がしいわね。今回のテロの犯人が逃げ込んだかどうかはともかく、楔を打ち込んでおくに越したことはないでしょう。東ユーラシア共和国政府に通達なさい。治安当局責任者は明日の朝一番で私に連絡を入れるように、と」
「了解しました」

モニターが消え、部下の視線がなくなると、ほんの一瞬だけ彼女は疲れたような表情を見せた。しかし、すぐに頭を振ると、もとの冷厳な表情に戻り、席を立った。
テロリストにオーブの永世首長であるカガリが暗殺されかけた。
彼女が無傷であったのは幸いだったが、 正規軍の不手際とは言えテロ実行を許した治安警察省の面目は丸つぶれだ。

不埒なテロリストに、己の愚行を心から悔やませるため、治安警察省は総力を挙げている。
オーブの永世首長の命を狙った代償がどれだけのものか、奴らに思い知らせてやるのだ。
そこまで考えて、メイリンは苦笑した。
いつから私は仕事人間になったのだろう、と。
今日も泊り込みになるであろうメイリンは、シャワーを浴びた後仮眠室で休息を取ろうとしていた。
だが、不意の来客に眠りを邪魔される。
取次ぎはしないように言ったのに、と受付の者を叱咤しようとしたメイリンは、相手を知って矛先を納めた。
アスラン=ザラがそこにいた。
受付も夫が妻の身を案じて来たにも関わらず、追い返すわけにはいかなかったのだろう。

「こんな時間にすまないなメイリン」
「貴方に比べれば大したことは無いわ。テロに巻き込まれたって聞いたけど無事でよかった」

アスランは、いたわるような視線を妻に向けた。

「仕事だから仕方ないけど、あまり無理はするなよ。身体を壊したら元も子もない」
「ええ、わかってる……」

夫の労わる気持ちを嬉しいと思う反面、それが自分だけに向けられていないと感じ素直に喜べない。

「仮眠中だったんだろ? 邪魔したら悪いからすぐに帰るけど、何かできることがあったら連絡してくれ」
「ありがとう、でも大丈夫。貴方こそ怪我をしているのだから休まないと」

額の包帯に手を伸ばすメイリンにアスランは苦笑いして答える。

「はは、この位大丈夫さ。ああ、それと……」
「何? アスラン」
「……いや、なんでもない。そのうちに話すよ。じゃあ、用があればいつでも電話してくれ」

軽く口付けを交わし去っていく夫の車に向かってメイリンは手り見送る。
表面的には美男美女の理想的な夫妻に見える。
しかし彼女が誰にも聞こえぬようにつぶやく独言を聞いた人間がいれば、その言葉に愛情と同じくらいの憎しみと悲しみがこもっている事に気付いたかもしれない。

「ほんとうに誰にでも優しいのね。私に優しくした後は、今度はカガリさんに愛をささやきに行くのかしら?蝙蝠さん?」


このSSは原案文高速艇にて止まらぬ涙言い合う二人捨て猫ソラとレイ魔女と蝙蝠飛行機でGo!を元に加筆・再編集したものです。

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