ガルナハンは旧ローエングリン基地――その一角。今やリヴァイブの前線基地と化した地上戦艦スレイプニールのCICで、ロマ=ギリアムは腕組みをして黙り込んでいた。別に考え事をしていた訳では無く、待っていたのだ。彼の待ち望んだ“報告”を。
その両脇にはセンセイ、そしてヨアヒム=ラドルが並ぶ。センセイは心配そうにロマをちらちらと見やり、そしてラドルも又むっつりと黙り込んでいた。ロマとラドルの考える事はたった一つだ――今更じたばたしても始まらないのである。
そして、彼等が待ち望んだ“報告”がスレイプニールのオペレーターから発せられた。
「……来ました! エゼキエル=レッドがダストを救出した模様!」
「来たかっ!」
快哉を上げるロマとラドル。センセイもほっと安堵した様だ。ロマは飛び上がって喜びたい衝動を何とか抑えて――それでも両手を大仰に叩いて喜んだが――ラドルを見やる。ラドルは軽く頷くと、敢えて厳しい顔でこう言った。
「ここからですぞ、ロマ殿」
「わかっています」
ラドルに押された様に、表情を引き締めるロマ。ラドルの言う通りだ。今は気を抜いて良い時ではない。まだ、何も片づいてなどいないのだ。
「センセイ、地図を」
「はい」
スレイプニールCICの大型モニタに、現在の戦況が映る。それを見て、改めてロマは唸った。
(シン、コニール……君達に、いつも貧乏くじを引かせてしまうね……)
この計画の最大のポイントは、この二人だ。この二人が撃墜されたら、その時点でリヴァイブ側には逃走以外の手段が無くなってしまう。リヴァイブの立場は、未だ薄氷を踏む様な代物だったのである。
今回のリヴァイブの作戦案は、次の通りだ。
①少尉及びシホ小隊で先制の一撃離脱を行い、そのまま敵部隊を引き寄せる形で戦線離脱。
②残存部隊を二手に分け、一隊は旧ローエングリン基地に配置、もう一隊は敵部隊を誘き寄せる役を引き受ける。
③囮部隊が旧ローエングリン基地前面まで敵部隊を誘導し、基地配置部隊が仕掛けた罠で一網打尽にする。
……以上の様なものである。
今の所、①はまずまずの成功をしたと言って良い。シホ隊はマサムネ隊を半数以上引き付ける事に成功、今頃は付かず離れず追いかけっこをしてくれているだろう。
そして、大きく計画変更を余儀なくされたのが②だ。当初は大尉以下シン、コニールといったチームで上手く誘き寄せる予定だった。ところがシンが単独で戦線離脱、その後あろう事か敵軍に突っ込んで行くという暴走をしてしまう。大尉には予想済みの行動であったらしく、直ぐにコニールがダスト支援専用に改造されたエゼキエル=レッドを駆り救援に向かった。が、この時点で当初の作戦の通りにするにはシンとコニールだけで敵軍を引っ張り込まなければならなくなったのである。
そして現在、大型モニタには峡谷を移動しているエゼキエル=レッドのアイコンが表示されている。おそらく敵の追撃に晒されながら、懸命に敵を引き付けてくれている筈だ。敵は半減しているとはいえ、報告が確かなら大型モビルアーマー“ドルズガー”は未だ健在な筈だ。
(シン、コニール。無茶はするなよ……)
我ながら他人事だなと思いながら、ロマは悩むしか出来ない己を悔やんでいた。
その両脇にはセンセイ、そしてヨアヒム=ラドルが並ぶ。センセイは心配そうにロマをちらちらと見やり、そしてラドルも又むっつりと黙り込んでいた。ロマとラドルの考える事はたった一つだ――今更じたばたしても始まらないのである。
そして、彼等が待ち望んだ“報告”がスレイプニールのオペレーターから発せられた。
「……来ました! エゼキエル=レッドがダストを救出した模様!」
「来たかっ!」
快哉を上げるロマとラドル。センセイもほっと安堵した様だ。ロマは飛び上がって喜びたい衝動を何とか抑えて――それでも両手を大仰に叩いて喜んだが――ラドルを見やる。ラドルは軽く頷くと、敢えて厳しい顔でこう言った。
「ここからですぞ、ロマ殿」
「わかっています」
ラドルに押された様に、表情を引き締めるロマ。ラドルの言う通りだ。今は気を抜いて良い時ではない。まだ、何も片づいてなどいないのだ。
「センセイ、地図を」
「はい」
スレイプニールCICの大型モニタに、現在の戦況が映る。それを見て、改めてロマは唸った。
(シン、コニール……君達に、いつも貧乏くじを引かせてしまうね……)
この計画の最大のポイントは、この二人だ。この二人が撃墜されたら、その時点でリヴァイブ側には逃走以外の手段が無くなってしまう。リヴァイブの立場は、未だ薄氷を踏む様な代物だったのである。
今回のリヴァイブの作戦案は、次の通りだ。
①少尉及びシホ小隊で先制の一撃離脱を行い、そのまま敵部隊を引き寄せる形で戦線離脱。
②残存部隊を二手に分け、一隊は旧ローエングリン基地に配置、もう一隊は敵部隊を誘き寄せる役を引き受ける。
③囮部隊が旧ローエングリン基地前面まで敵部隊を誘導し、基地配置部隊が仕掛けた罠で一網打尽にする。
……以上の様なものである。
今の所、①はまずまずの成功をしたと言って良い。シホ隊はマサムネ隊を半数以上引き付ける事に成功、今頃は付かず離れず追いかけっこをしてくれているだろう。
そして、大きく計画変更を余儀なくされたのが②だ。当初は大尉以下シン、コニールといったチームで上手く誘き寄せる予定だった。ところがシンが単独で戦線離脱、その後あろう事か敵軍に突っ込んで行くという暴走をしてしまう。大尉には予想済みの行動であったらしく、直ぐにコニールがダスト支援専用に改造されたエゼキエル=レッドを駆り救援に向かった。が、この時点で当初の作戦の通りにするにはシンとコニールだけで敵軍を引っ張り込まなければならなくなったのである。
そして現在、大型モニタには峡谷を移動しているエゼキエル=レッドのアイコンが表示されている。おそらく敵の追撃に晒されながら、懸命に敵を引き付けてくれている筈だ。敵は半減しているとはいえ、報告が確かなら大型モビルアーマー“ドルズガー”は未だ健在な筈だ。
(シン、コニール。無茶はするなよ……)
我ながら他人事だなと思いながら、ロマは悩むしか出来ない己を悔やんでいた。
エンジン同期モードで狭い峡谷内をフルスロットルで駆け抜けていくエゼキエルとダストの機内で、シンはようやくAIレイから全てを聞かされ――要するにこのAIは最初から知ってて黙っていたのである――空しく怒鳴っていた。
「無茶苦茶だ! こんなの作戦でも何でも無いぞ!」
《そうかといって単機特攻したのはお前だぞ、シン》
怒るシンに、諭すレイ。実際その通りなのだからシンにはぐうの音も出ない。仕方なくシンは矛先を変える事にした。
「大体コニール、お前だって……!」
シンはコニールに何か言おうとしたが、一言の正論でぴしゃりと返された。
『うるさいっ! 死にたくなかったら今のアタシに話しかけんなっ!』
あまりの返答に、窮するシン。レイはシンに《言う通りだな。ここは先輩らしくサポートしてやるべきだろう》と的を得てるんだか良く解らない意見を言い出す始末。
「……ったく、何なんだ」
幸い、峡谷はそれなりの広さは有していた。この速度でもそれなりの反射神経があれば、接触せず飛ぶのは簡単な方だろう。さすがに件のモビルアーマーはサイズ的に厳しいだろうが。
と、背後から紅いビームがエゼキエルの直ぐ側を掠めて撃ち込まれる。背後のマサムネ隊がスピードを上げて、追い付いてきたのだ。
「おい、奴等もう追い付いてきたぞ! どうする!?」
『解ってるわよ!』
エンジン同期している以上、ダストは動けない。コニールに任せるしかないのだ。とはいえこのままでは、状況は悪化するばかりだ。
そうかといって、コニールにこれ以上のプレッシャーは与えられない。今のところは何とかなってはいるが、ほんの少しのミスが全てを終わらせてしまうのが高速での飛行なのだ。まして直ぐ側に障害物があるのでは、熟練者でも尻込みするシチュエーションである。
(どうする!?)
シンが考えたのは、数瞬だけだった。カッと目を見開くと、コニールに言う。
「コニール、エンジン同期解除しろ! 迎撃する!」
『はぁ!? 何言ってんのよ! そんな事したらスピードが……!』
悲鳴の様に、コニール。だがシンも怯まなかった。
「だから、俺がエンジンの代わりもやってやるって言ってるんだよ!」
『え……?』
コニールが言い淀んだ理由は、こういう事だ。理解出来ても、信じられない事もある。
《つまり、シンは後方からの敵機を迎撃、更にエゼキエルの速度を殺さぬ様にバーニアを操作し続けるという事だな?》
AIレイの言い様はまとめというより、最後通告だ。コニールは元より、当のシンですら出来るのか不安にもなる――が、今更引くつもりもない。
「いいからとっとと解除しろ! 責任は俺が取る!」
『……解ったわよ! エンジン同期、解除!』
モニタ越しに、小さく「任せたわよ」と呟くコニール。目に見えてスピードが下がるが、しかし次の瞬間立ち上がったダストが改めてバーニアを最大出力で展開する!
《コニール、高度を変えるな。シン、カーブや障害物があれば知らせる。後方を蹴散らせ》
エンジン同期モードはコンピュータ制御による高速飛行モードだ。搭載モビルスーツを駐機体勢にすることによる空力抵抗の削減も含めて考えると、現状のダストとエゼキエルには以前の様なスピードは出せる筈はない。当然、追い付かれるリスクは高くなるが。
「散れっ!」
シンはビームライフルを構えさせると、数発後方に撃ち込む。峡谷の空間の広い所に撃ち込む事で、後続の動きを阻害する効果を狙っての事だ。後方のマサムネ隊はやはりおっかなびっくり付いてきていたらしく、目に見えて動きが鈍った。
《シン、前方右40度のカーブ。十秒後だ》
「了解! レイ、後方確認頼む! コニール、出力そのまま!」
《言われなくても》
『上手くやってよ!』
ダストをもう一度駐機状態にさせて、スラスターを制御するシン。それはまるでモビルスーツがジェットスキーを操っている様にも見えた。
「行けっ!」
体を乗り出すようにして、重心を変えるダスト。やや機体を傾けながらエゼキエルはカーブを駆け抜けていった。内心快哉を上げるシンとコニール。そんな二人にレイが言う。
《ぼやぼやするな。次は一分後、左30度だ》
「了解!」
『後方、来るわよ!』
コニールの警鐘が早いか、ビームの飛来が早いか。咄嗟に出したダストのシールドが、後方からのビームを弾き飛ばす。向こうとて必中は無理だろうが、こちらが高度を変えていないのを悟ったのか。段々と命中率が上がってくるビームの内、命中弾をシールドで弾きながらシンは呻く。
「くそっ、スピードが上げられない!」
《後三十秒だ、持たせろ》
「そう言うけどな!」
AIレイの言い様に自棄気味に言う。自分で言いだした事だから愚痴るわけにも行かないが。懸命に弾き、また撃ち、そしてスラスターの操作に腐心するシン。
と、不意に後方のマサムネ隊が引いた。こちらが速度を上げられず、そして攻撃も満足に出来ない状態にも拘わらず……つまりは引く要素が全く無い状態にも拘わらずだ。
その答えは、直ぐに襲ってきた。コニールの悲鳴がモニタ越しに届く。
『シン、前!』
半ば、シンは予想していた。奴が、そんなに諦めが良い奴だとは思えなかったから。眼前の峡谷を埋め尽くすような大質量の巨躯――ドルズガー。それは前面に存在する巨大な砲塔を発光させて居た。
(回避――出来ない!)
シンは本能的に察した。今からでは回避は難しい事を。最良の回避方法は上昇するしかない。しかし、機体重量に加えてダストという存在を抱えている現状で機体速度が上がる訳もない。左右には避けられず、止まる事も無理。
ならば、どうするか。シンが迷ったのは一瞬だった。
「コニール、機体このまま最大出力!」
通常の機動は見破られる。マサムネ隊と違い、奴はプロだという確信がある。奴を越える為には――相手の想像が付かない様な回避を見せつける他無い!
コニールは「解ったわよ!」と言い捨て、機体速度を上げていく。半ば自棄にはなってるだろうが。ダストのビームライフルを格納させ、シンはタイミングを見計らう――ドルズガーが主砲を撃つタイミングを。
七色の光が煌めく――その瞬間ダストは動いた。シンは確信していた事がある。ドルズガーが、誰を狙うかという事を。
両手のスレイヤーウィップをエゼキエルに撃ち込み、ダストは後方に身を投じる! ダストを狙ったはずの虹光は空を貫き、そしてダストは。
「コニール、下降!」
エゼキエルに引き摺られる格好になったダスト、そしてエゼキエルは虹光から避けるかの様に下降を開始した。この状況下での低空飛行は自殺行為――それは誰しもが思った事だったが、シンだけはそう思わなかった。
スレイヤーウィップを巻き取り、ダストはエゼキエルの下面に取り付く。そして機体が十分に下がってくると、今度はエゼキエルを押し上げるようにスラスターを展開した。
下降と上昇、それぞれに割り振られたスラスターを上手く調節しながら、シンとコニールは水面ギリギリにはあった峡谷とドルズガーの隙間を駆け抜けていく。後方に過ぎ去っていくドルズガーの姿を見ながら、エゼキエルとダストは峡谷を抜け出していった。
もう、旧ローエングリン基地は目の前だった。
「無茶苦茶だ! こんなの作戦でも何でも無いぞ!」
《そうかといって単機特攻したのはお前だぞ、シン》
怒るシンに、諭すレイ。実際その通りなのだからシンにはぐうの音も出ない。仕方なくシンは矛先を変える事にした。
「大体コニール、お前だって……!」
シンはコニールに何か言おうとしたが、一言の正論でぴしゃりと返された。
『うるさいっ! 死にたくなかったら今のアタシに話しかけんなっ!』
あまりの返答に、窮するシン。レイはシンに《言う通りだな。ここは先輩らしくサポートしてやるべきだろう》と的を得てるんだか良く解らない意見を言い出す始末。
「……ったく、何なんだ」
幸い、峡谷はそれなりの広さは有していた。この速度でもそれなりの反射神経があれば、接触せず飛ぶのは簡単な方だろう。さすがに件のモビルアーマーはサイズ的に厳しいだろうが。
と、背後から紅いビームがエゼキエルの直ぐ側を掠めて撃ち込まれる。背後のマサムネ隊がスピードを上げて、追い付いてきたのだ。
「おい、奴等もう追い付いてきたぞ! どうする!?」
『解ってるわよ!』
エンジン同期している以上、ダストは動けない。コニールに任せるしかないのだ。とはいえこのままでは、状況は悪化するばかりだ。
そうかといって、コニールにこれ以上のプレッシャーは与えられない。今のところは何とかなってはいるが、ほんの少しのミスが全てを終わらせてしまうのが高速での飛行なのだ。まして直ぐ側に障害物があるのでは、熟練者でも尻込みするシチュエーションである。
(どうする!?)
シンが考えたのは、数瞬だけだった。カッと目を見開くと、コニールに言う。
「コニール、エンジン同期解除しろ! 迎撃する!」
『はぁ!? 何言ってんのよ! そんな事したらスピードが……!』
悲鳴の様に、コニール。だがシンも怯まなかった。
「だから、俺がエンジンの代わりもやってやるって言ってるんだよ!」
『え……?』
コニールが言い淀んだ理由は、こういう事だ。理解出来ても、信じられない事もある。
《つまり、シンは後方からの敵機を迎撃、更にエゼキエルの速度を殺さぬ様にバーニアを操作し続けるという事だな?》
AIレイの言い様はまとめというより、最後通告だ。コニールは元より、当のシンですら出来るのか不安にもなる――が、今更引くつもりもない。
「いいからとっとと解除しろ! 責任は俺が取る!」
『……解ったわよ! エンジン同期、解除!』
モニタ越しに、小さく「任せたわよ」と呟くコニール。目に見えてスピードが下がるが、しかし次の瞬間立ち上がったダストが改めてバーニアを最大出力で展開する!
《コニール、高度を変えるな。シン、カーブや障害物があれば知らせる。後方を蹴散らせ》
エンジン同期モードはコンピュータ制御による高速飛行モードだ。搭載モビルスーツを駐機体勢にすることによる空力抵抗の削減も含めて考えると、現状のダストとエゼキエルには以前の様なスピードは出せる筈はない。当然、追い付かれるリスクは高くなるが。
「散れっ!」
シンはビームライフルを構えさせると、数発後方に撃ち込む。峡谷の空間の広い所に撃ち込む事で、後続の動きを阻害する効果を狙っての事だ。後方のマサムネ隊はやはりおっかなびっくり付いてきていたらしく、目に見えて動きが鈍った。
《シン、前方右40度のカーブ。十秒後だ》
「了解! レイ、後方確認頼む! コニール、出力そのまま!」
《言われなくても》
『上手くやってよ!』
ダストをもう一度駐機状態にさせて、スラスターを制御するシン。それはまるでモビルスーツがジェットスキーを操っている様にも見えた。
「行けっ!」
体を乗り出すようにして、重心を変えるダスト。やや機体を傾けながらエゼキエルはカーブを駆け抜けていった。内心快哉を上げるシンとコニール。そんな二人にレイが言う。
《ぼやぼやするな。次は一分後、左30度だ》
「了解!」
『後方、来るわよ!』
コニールの警鐘が早いか、ビームの飛来が早いか。咄嗟に出したダストのシールドが、後方からのビームを弾き飛ばす。向こうとて必中は無理だろうが、こちらが高度を変えていないのを悟ったのか。段々と命中率が上がってくるビームの内、命中弾をシールドで弾きながらシンは呻く。
「くそっ、スピードが上げられない!」
《後三十秒だ、持たせろ》
「そう言うけどな!」
AIレイの言い様に自棄気味に言う。自分で言いだした事だから愚痴るわけにも行かないが。懸命に弾き、また撃ち、そしてスラスターの操作に腐心するシン。
と、不意に後方のマサムネ隊が引いた。こちらが速度を上げられず、そして攻撃も満足に出来ない状態にも拘わらず……つまりは引く要素が全く無い状態にも拘わらずだ。
その答えは、直ぐに襲ってきた。コニールの悲鳴がモニタ越しに届く。
『シン、前!』
半ば、シンは予想していた。奴が、そんなに諦めが良い奴だとは思えなかったから。眼前の峡谷を埋め尽くすような大質量の巨躯――ドルズガー。それは前面に存在する巨大な砲塔を発光させて居た。
(回避――出来ない!)
シンは本能的に察した。今からでは回避は難しい事を。最良の回避方法は上昇するしかない。しかし、機体重量に加えてダストという存在を抱えている現状で機体速度が上がる訳もない。左右には避けられず、止まる事も無理。
ならば、どうするか。シンが迷ったのは一瞬だった。
「コニール、機体このまま最大出力!」
通常の機動は見破られる。マサムネ隊と違い、奴はプロだという確信がある。奴を越える為には――相手の想像が付かない様な回避を見せつける他無い!
コニールは「解ったわよ!」と言い捨て、機体速度を上げていく。半ば自棄にはなってるだろうが。ダストのビームライフルを格納させ、シンはタイミングを見計らう――ドルズガーが主砲を撃つタイミングを。
七色の光が煌めく――その瞬間ダストは動いた。シンは確信していた事がある。ドルズガーが、誰を狙うかという事を。
両手のスレイヤーウィップをエゼキエルに撃ち込み、ダストは後方に身を投じる! ダストを狙ったはずの虹光は空を貫き、そしてダストは。
「コニール、下降!」
エゼキエルに引き摺られる格好になったダスト、そしてエゼキエルは虹光から避けるかの様に下降を開始した。この状況下での低空飛行は自殺行為――それは誰しもが思った事だったが、シンだけはそう思わなかった。
スレイヤーウィップを巻き取り、ダストはエゼキエルの下面に取り付く。そして機体が十分に下がってくると、今度はエゼキエルを押し上げるようにスラスターを展開した。
下降と上昇、それぞれに割り振られたスラスターを上手く調節しながら、シンとコニールは水面ギリギリにはあった峡谷とドルズガーの隙間を駆け抜けていく。後方に過ぎ去っていくドルズガーの姿を見ながら、エゼキエルとダストは峡谷を抜け出していった。
もう、旧ローエングリン基地は目の前だった。
『――来ました! 大尉』
中尉の努めて冷静な――しかし興奮した声。それを聞いてむっつりと黙り込んでいた大尉は組んでいた腕を下ろして呟く。
「遅いんだよ、ったく……」
とはいえ、大尉も口元が緩むのを抑えようとはしなかった。嬉しい事には違いないからだ。しかし、直ぐに口元を引き締める。
「よし、こっからは俺達の仕事だ。抜かるな中尉」
『今更言われても、ずっと抜かりはありませんよ』
中尉らしい物言いに、大尉は再びにやりと笑う。そしてもう一度気合いを入れるようにこう言った。
「ガキ共にメインを張らせてなるもんか。締めは俺等が貰う!」
中尉の努めて冷静な――しかし興奮した声。それを聞いてむっつりと黙り込んでいた大尉は組んでいた腕を下ろして呟く。
「遅いんだよ、ったく……」
とはいえ、大尉も口元が緩むのを抑えようとはしなかった。嬉しい事には違いないからだ。しかし、直ぐに口元を引き締める。
「よし、こっからは俺達の仕事だ。抜かるな中尉」
『今更言われても、ずっと抜かりはありませんよ』
中尉らしい物言いに、大尉は再びにやりと笑う。そしてもう一度気合いを入れるようにこう言った。
「ガキ共にメインを張らせてなるもんか。締めは俺等が貰う!」
さて、一度はマサムネとドルズガーの追跡を振り切ったシンとコニールだが。
『アンタのせいでしょうが、アンタの! 責任取りなさいよー!』
「ヒステリーに騒ぐな! 仕方無いだろうが!」
《どうでも良いが、後方追い付いてくるぞ。何とかしろ》
……騒いでいた。
どういう事かというと、先に使ったスレイヤーウィップの片方がエゼキエルのウィングに絡みついてしまい、取れなくなってしまったのだ。ダストの方では切断すれば良いので何とでもない問題なのだが。
《何とかラダーは動かせそうだが、スピードを上げればウィング破損の危険もある。まあ、仮にもスレイヤーウィップはウィンチでなく破壊兵器だから当然の事なんだが……》
思いっきり他人事の様にAIレイ。
「じゃあ止めろよ!」とはシンの弁。
『ああもう、後方来るわよ! 何とかしなさい!』
「やってるだろ! 騒ぐだけなら誰でも出来る!」
『アンタだって十分騒いでるわよ!』
ダストのビームライフルで威嚇射撃をしつつ、スラスターを使ってそれでも最高速を維持しつつ、素人なのにちゃんとエゼキエルを操作しつつ。……それでも喧嘩を絶やさないこの二人に、レイは思いつく限りの手段で呆れたくなっていた。
とはいえ、問題はまだある。この先のプランで、現状は大いに問題があったのだ。
《ところでお前達、この先では大尉達がトラップを仕掛けて待っていてくれているのだが……》
『知ってるわよ。その為にこんな苦労してるんだから』
「早いトコ、何とかしてくれ! もうすぐなんだろ!」
ビームライフルで命中とはいかずとも牽制を続けるシン。命中弾をまたしてもシールドで弾きつつ、後方のドルズガーが早くも戦線に復帰しつつある事に神経を尖らせていた。
とはいえ、次のレイの台詞はそんなシンですら頭を抱えたくなる事だった。
《大尉のトラップは、ローエングリン基地前の空間全域に仕掛けられたミサイルによる空間爆破、及び中尉のオルトロスウィザードによる砲撃と、点と面による両面攻撃だ。必然的に我々はその罠のまっただ中に切り込んでいく事になる。その後、速度を生かしてミサイルが爆発する前に逃げるというのが初期のプランだった。しかし、今のエゼキエルの速度ではおそらくミサイル群から逃げおおせる事は不可能だ》
「はい……?」
我ながら間の抜けた声を出したな――とシンも思う。
大尉のプランでは大量のミサイルと爆薬を使う事になる。当然貧乏所帯のリヴァイブではミサイルに誘導機器を付ける事すら躊躇われる量であり、コニールとAIレイは出立前に大尉から「根性で避けろ」と言われていた経緯もある。つまり、敵も味方もお構いなしのトラップという事なのだ。
『……アンタのせいなんだから、根性決めなさいよ。アタシ等が逃げたら、リヴァイブの敗北が確定しちゃうのよ』
コニールが何処か諦めたように、しかし奇妙に優しく言う。それはシンの身を案じての事なのか、それとも……。
トラップは避ける事が出来ない。その上でトラップの中に入っていかなければならない。そして、トラップそのものから逃れたら“負け”が確定する。その事実にシンは愕然としたが――同時に腹立たしかった。何もかも、何もかも自分が蚊帳の外で、見えない誰かに操られているような気になってしまったのだ。
だから、こう言った――決意を込めて。
「……ああ、解った。その代わりコニール、お前も覚悟を決めろよ」
それは、シンにしては意味深な言葉だった。だからコニールも、次に続いたシンの言葉を素直に聞く事が出来たのかも知れない。
エゼキエルは真っ直ぐに旧ローエングリン基地前に突っ込んで行き、そしてマサムネ隊とドルズガーが続く。それは、リヴァイブの計略が最終段階に突入した事を意味していた。
『アンタのせいでしょうが、アンタの! 責任取りなさいよー!』
「ヒステリーに騒ぐな! 仕方無いだろうが!」
《どうでも良いが、後方追い付いてくるぞ。何とかしろ》
……騒いでいた。
どういう事かというと、先に使ったスレイヤーウィップの片方がエゼキエルのウィングに絡みついてしまい、取れなくなってしまったのだ。ダストの方では切断すれば良いので何とでもない問題なのだが。
《何とかラダーは動かせそうだが、スピードを上げればウィング破損の危険もある。まあ、仮にもスレイヤーウィップはウィンチでなく破壊兵器だから当然の事なんだが……》
思いっきり他人事の様にAIレイ。
「じゃあ止めろよ!」とはシンの弁。
『ああもう、後方来るわよ! 何とかしなさい!』
「やってるだろ! 騒ぐだけなら誰でも出来る!」
『アンタだって十分騒いでるわよ!』
ダストのビームライフルで威嚇射撃をしつつ、スラスターを使ってそれでも最高速を維持しつつ、素人なのにちゃんとエゼキエルを操作しつつ。……それでも喧嘩を絶やさないこの二人に、レイは思いつく限りの手段で呆れたくなっていた。
とはいえ、問題はまだある。この先のプランで、現状は大いに問題があったのだ。
《ところでお前達、この先では大尉達がトラップを仕掛けて待っていてくれているのだが……》
『知ってるわよ。その為にこんな苦労してるんだから』
「早いトコ、何とかしてくれ! もうすぐなんだろ!」
ビームライフルで命中とはいかずとも牽制を続けるシン。命中弾をまたしてもシールドで弾きつつ、後方のドルズガーが早くも戦線に復帰しつつある事に神経を尖らせていた。
とはいえ、次のレイの台詞はそんなシンですら頭を抱えたくなる事だった。
《大尉のトラップは、ローエングリン基地前の空間全域に仕掛けられたミサイルによる空間爆破、及び中尉のオルトロスウィザードによる砲撃と、点と面による両面攻撃だ。必然的に我々はその罠のまっただ中に切り込んでいく事になる。その後、速度を生かしてミサイルが爆発する前に逃げるというのが初期のプランだった。しかし、今のエゼキエルの速度ではおそらくミサイル群から逃げおおせる事は不可能だ》
「はい……?」
我ながら間の抜けた声を出したな――とシンも思う。
大尉のプランでは大量のミサイルと爆薬を使う事になる。当然貧乏所帯のリヴァイブではミサイルに誘導機器を付ける事すら躊躇われる量であり、コニールとAIレイは出立前に大尉から「根性で避けろ」と言われていた経緯もある。つまり、敵も味方もお構いなしのトラップという事なのだ。
『……アンタのせいなんだから、根性決めなさいよ。アタシ等が逃げたら、リヴァイブの敗北が確定しちゃうのよ』
コニールが何処か諦めたように、しかし奇妙に優しく言う。それはシンの身を案じての事なのか、それとも……。
トラップは避ける事が出来ない。その上でトラップの中に入っていかなければならない。そして、トラップそのものから逃れたら“負け”が確定する。その事実にシンは愕然としたが――同時に腹立たしかった。何もかも、何もかも自分が蚊帳の外で、見えない誰かに操られているような気になってしまったのだ。
だから、こう言った――決意を込めて。
「……ああ、解った。その代わりコニール、お前も覚悟を決めろよ」
それは、シンにしては意味深な言葉だった。だからコニールも、次に続いたシンの言葉を素直に聞く事が出来たのかも知れない。
エゼキエルは真っ直ぐに旧ローエングリン基地前に突っ込んで行き、そしてマサムネ隊とドルズガーが続く。それは、リヴァイブの計略が最終段階に突入した事を意味していた。
――そして、“罠”が作動する。
『大尉! まだシン達の脱出が……!』
「確認している間は無い! 信じろ!」
エゼキエル、マサムネ、そしてドルズガー。これらが旧ローエングリン基地手前にある広場に到達した時、その中は巨大な棺桶と化した。ありとあらゆる場所に仕掛けられた、単純な誘導機能すらないミサイル、そして地雷や爆弾。
それらが全て誘爆して生み出されるものは、紛れも無い炎熱地獄だった。
その中で、生き残るものは居るだろうか。生き残れるものが、居るのだろうか。
(これで駄目なら……いや、これで駄目な相手なんざ居るか!)
大尉は炎熱地獄に本能的な恐れを感じながらも、その光景から目を剃らせずに居た。眼前でマサムネがどろりと溶けてそのまま爆ぜるのを見て、安堵と共にざらついた嫌なものを感じる。中に居た乗員は、どんな思いで死んでいったのか――不意にそんな事を考え、直ぐにその考えを振り払う。感傷は戦後にやる事だと言い聞かせながら。
炎は、数秒の間燃え続けた。そしてある時すうっと全ての炎が消えて、世界は唐突に平静を取り戻す。あちこちに煤が出来て、温度が異常に高い事が、つい先程まで存在していた炎熱地獄を想像させた。
大尉はぐるりとあたりを見回す――誰も居ない。
「シン、コニール嬢ちゃん……」
力なく、ぽつりとそんな言葉が漏れる。ひょっとしたら駄目だったのかも知れないという思いが、両肩にのし掛かる。敵を倒す、その為だけに未来ある若者を二人も犠牲にしてしまったのかと。それは指揮官ならば誰しもが背負う業。大尉自身は必要なのだと痛感しながら、しかし背負わされてしまう業だった。
『大尉……』
中尉の声も、力が無い。未だ放たれていないオルトロスの砲口からは、チャージされたビームの輝きが漏れ出ている。
大尉のシグナスが、ふらりとよろめく様な足取りで爆発地点に歩んでいく。ともあれ、確認しなければならない。誰が倒せたか――誰が死んでしまったのか。中尉にそのままオルトロスを保持しろ、と命令して大尉は一人シグナスを歩ませていく。
何歩か歩んで持ち前の用心深さを思い出すと、気を引き締めるように操縦桿をしっかりと握ってシグナスを歩ませる。おそらく敵が崩壊したであろう地点の方にメインカメラを向けて、金属探知器によるサーチを開始した。
暫しの間を於いて――大尉は戦慄した。
(金属反応が少なすぎる。馬鹿な――あの図体だぞ!? あの図体であのトラップを潜り抜けたっていうのか?)
モビルスーツは内部に大電力を有する為、爆発した場合には容易にその存在を消滅させてしまう。しかし、機体そのものが屑一つ残さず消滅する事は有り得ないのだ――この様な大規模爆発であったとしても。ましてや通常のモビルスーツより遙かに大きく、装甲も分厚い筈のドルズガーが。
「中尉。そちらもサーチを開始して……」
嫌な予感がした大尉が、モニタを中尉機に向けて通信しようとした時。大尉は見つけていた――探し求めていたものが地中を進んでいたのを。
大電力さえあれば、そして超強力なビームシールドがあれば。こんな事も出来てしまうのか。それは大尉にさえ解らない事であり、そのモビルアーマーパイロットであるリー位しか知らない事だった。
中尉が何かモニタの向こうで怒鳴っている。大尉はそれを聞き流しながら、大地を引き裂いて現れ出でた“奴”から目を離せないで居た。
ドルズガーという名の、人の造りし怪物を。
『大尉! まだシン達の脱出が……!』
「確認している間は無い! 信じろ!」
エゼキエル、マサムネ、そしてドルズガー。これらが旧ローエングリン基地手前にある広場に到達した時、その中は巨大な棺桶と化した。ありとあらゆる場所に仕掛けられた、単純な誘導機能すらないミサイル、そして地雷や爆弾。
それらが全て誘爆して生み出されるものは、紛れも無い炎熱地獄だった。
その中で、生き残るものは居るだろうか。生き残れるものが、居るのだろうか。
(これで駄目なら……いや、これで駄目な相手なんざ居るか!)
大尉は炎熱地獄に本能的な恐れを感じながらも、その光景から目を剃らせずに居た。眼前でマサムネがどろりと溶けてそのまま爆ぜるのを見て、安堵と共にざらついた嫌なものを感じる。中に居た乗員は、どんな思いで死んでいったのか――不意にそんな事を考え、直ぐにその考えを振り払う。感傷は戦後にやる事だと言い聞かせながら。
炎は、数秒の間燃え続けた。そしてある時すうっと全ての炎が消えて、世界は唐突に平静を取り戻す。あちこちに煤が出来て、温度が異常に高い事が、つい先程まで存在していた炎熱地獄を想像させた。
大尉はぐるりとあたりを見回す――誰も居ない。
「シン、コニール嬢ちゃん……」
力なく、ぽつりとそんな言葉が漏れる。ひょっとしたら駄目だったのかも知れないという思いが、両肩にのし掛かる。敵を倒す、その為だけに未来ある若者を二人も犠牲にしてしまったのかと。それは指揮官ならば誰しもが背負う業。大尉自身は必要なのだと痛感しながら、しかし背負わされてしまう業だった。
『大尉……』
中尉の声も、力が無い。未だ放たれていないオルトロスの砲口からは、チャージされたビームの輝きが漏れ出ている。
大尉のシグナスが、ふらりとよろめく様な足取りで爆発地点に歩んでいく。ともあれ、確認しなければならない。誰が倒せたか――誰が死んでしまったのか。中尉にそのままオルトロスを保持しろ、と命令して大尉は一人シグナスを歩ませていく。
何歩か歩んで持ち前の用心深さを思い出すと、気を引き締めるように操縦桿をしっかりと握ってシグナスを歩ませる。おそらく敵が崩壊したであろう地点の方にメインカメラを向けて、金属探知器によるサーチを開始した。
暫しの間を於いて――大尉は戦慄した。
(金属反応が少なすぎる。馬鹿な――あの図体だぞ!? あの図体であのトラップを潜り抜けたっていうのか?)
モビルスーツは内部に大電力を有する為、爆発した場合には容易にその存在を消滅させてしまう。しかし、機体そのものが屑一つ残さず消滅する事は有り得ないのだ――この様な大規模爆発であったとしても。ましてや通常のモビルスーツより遙かに大きく、装甲も分厚い筈のドルズガーが。
「中尉。そちらもサーチを開始して……」
嫌な予感がした大尉が、モニタを中尉機に向けて通信しようとした時。大尉は見つけていた――探し求めていたものが地中を進んでいたのを。
大電力さえあれば、そして超強力なビームシールドがあれば。こんな事も出来てしまうのか。それは大尉にさえ解らない事であり、そのモビルアーマーパイロットであるリー位しか知らない事だった。
中尉が何かモニタの向こうで怒鳴っている。大尉はそれを聞き流しながら、大地を引き裂いて現れ出でた“奴”から目を離せないで居た。
ドルズガーという名の、人の造りし怪物を。
そのドルズガーのパイロット席で、リーはぼんやりとモニタを見ていた。その視線の先には、部下達の残骸がある。自分を信じて付いてきてくれた若者達の顔がリーの脳裏に蘇り、次の瞬間にはリーの顔は復讐鬼のそれへと変貌していた。
もはや、何も言う事は無い。何も迷う事は無い。何も、躊躇う事も無い。
「……潰すっ!」
眼前には、敵の姿がある。それだけだ。だが、それだけで十分だ。
一瞬でドルズガーのスラスターが引き絞られ、最大の圧力でその巨体が空間を引き裂いていく。眼前のモビルスーツは機体と同じ位のサイズを持つ超砲塔を保持していたが。
「その様なもので、ドルズガーのシールドを突破出来るか!」
リーが吠え、実際それはその通りだった。眼前のモビルスーツより放たれた紅く、太いビームはドルズガーの真っ正面に撃ち込まれたが、それはドルズガーのビームシールドによって綺麗に弾かれていった。そのまま、ドルズガーは突っ込んで行く――眼前の中尉機に向かって!
強力なビームシールドを装備したドルズガーは大質量の弾丸となって突き進んでいく。触れるもの全てを破壊し尽くす“タイフーンクレイドル”――並のモビルスーツで対処出来る戦法ではない。空間だけでなく中尉の隠れていた岸壁すら砕きながら、ドルズガーは中尉機を追い掛けていく。妄執でその瞳を潤ませながら。
中尉機が接触し、その左腕が蒸発する。その中尉機に同じタイプの機体が体当たりをして、中尉機はそれ以上の破壊を免れた。――大尉のシグナスだ。大尉機はビーム突撃銃を無駄と知りつつも乱射しながら、懸命にドルズガーを引き寄せる様に動いていた。
「小賢しい!」
ドルズガーの秘めた性能は、これだけではない。部下が居るからこそ見せなかった攻撃もあるのだ。ドルズガーには四つの巨大な砲塔が有るが、それら全てから強力な“虹”のビームを発射する事が出来る。単独射撃ではないので命中するかは運任せの部分もあるが、周り全部を薙ぎ払って良いのなら話は別だ。――何でもかんでも破壊してしまえば良いのなら。
シンが恐れ、ダストも必死になって逃げた“虹”の光が、ドルズガーから放射される!
それは、デタラメな攻撃だった。いや、これを攻撃と呼ぶのか。それはコンパスの様に、何度も何度もくるくる回っては地上に円を描き続けた。二機のシグナスはドルズガーからすれば針を刺す様にビームを放ち続けたが、出力も大きさも、ドルズガーの装甲を撃ち抜くには如何にも不足だった。
ほんの一薙ぎ――それだけで大尉機は大破した。ほんの一瞬大尉機が足を取られたその瞬間、虹色の光はシグナスを薙ぎ払っていた。コクピットこそ無事だったが、右腕部と右足をこそぎ取られ、大尉機は転倒する。
「まずは一機、貰う!」
リーは酔いしれていた。リーの様なベテランパイロットでも、これだけ圧倒的ならばそうなるだろう。大尉機を破壊する為に入念に狙いを付けるりー。
後で考えればどうだったろうか。大尉機が先に被弾しなければ。中尉機がまだ逃げおおせて居なかったら。また、中尉機のオルトロスがまだ残っていれば運命は違っていたのかも知れない。しかし“偶然”とは起こった事であり、結果だった。
ドルズガーの後方警戒レーダーはそれを――ほんの些細な光点で――警告していた。それは不可思議な事に大地の中を移動していた様だった。戦闘機にしては非常にゆっくりとしたスピードで、曲がりくねった洞窟内を進んでいるかの様に。
覚えているだろうか。かつて、旧ローエングリン基地を落とした面々の中で、同じ戦法を取った人間が居たことを。彼は地中を走るトンネルを戦闘機で駆け抜け、戦線を大混乱に陥れ、そして山頂にあった基地を破壊せしめた。その人間の名前はシン=アスカ。そしてその道を教えた人間は、コニール=アルメタ。偶然にもこの二人は、再び同じ場所で闘うことを選んでいたのだ。――今、この時に。
山頂のトンネルから戦闘機が飛び出す――その戦闘機にワイヤーを引っかけて、引かれる様に飛び出した人影が居た。彼等はドルズガーが無警戒だった角度から、戦闘機の素晴らしい速度でもって強襲出来た。
信じられないものをリーが見たのは一瞬だけだった。次の瞬間にはダストが掲げた対鑑刀がドルズガーのコクピットを炎の海に変えていた。巨大な刀刃は情け容赦なくドルズガーを引き裂いていき、ダストが大地に着地した時にはドルズガーはその姿も保てず、四散していた。
もはや、何も言う事は無い。何も迷う事は無い。何も、躊躇う事も無い。
「……潰すっ!」
眼前には、敵の姿がある。それだけだ。だが、それだけで十分だ。
一瞬でドルズガーのスラスターが引き絞られ、最大の圧力でその巨体が空間を引き裂いていく。眼前のモビルスーツは機体と同じ位のサイズを持つ超砲塔を保持していたが。
「その様なもので、ドルズガーのシールドを突破出来るか!」
リーが吠え、実際それはその通りだった。眼前のモビルスーツより放たれた紅く、太いビームはドルズガーの真っ正面に撃ち込まれたが、それはドルズガーのビームシールドによって綺麗に弾かれていった。そのまま、ドルズガーは突っ込んで行く――眼前の中尉機に向かって!
強力なビームシールドを装備したドルズガーは大質量の弾丸となって突き進んでいく。触れるもの全てを破壊し尽くす“タイフーンクレイドル”――並のモビルスーツで対処出来る戦法ではない。空間だけでなく中尉の隠れていた岸壁すら砕きながら、ドルズガーは中尉機を追い掛けていく。妄執でその瞳を潤ませながら。
中尉機が接触し、その左腕が蒸発する。その中尉機に同じタイプの機体が体当たりをして、中尉機はそれ以上の破壊を免れた。――大尉のシグナスだ。大尉機はビーム突撃銃を無駄と知りつつも乱射しながら、懸命にドルズガーを引き寄せる様に動いていた。
「小賢しい!」
ドルズガーの秘めた性能は、これだけではない。部下が居るからこそ見せなかった攻撃もあるのだ。ドルズガーには四つの巨大な砲塔が有るが、それら全てから強力な“虹”のビームを発射する事が出来る。単独射撃ではないので命中するかは運任せの部分もあるが、周り全部を薙ぎ払って良いのなら話は別だ。――何でもかんでも破壊してしまえば良いのなら。
シンが恐れ、ダストも必死になって逃げた“虹”の光が、ドルズガーから放射される!
それは、デタラメな攻撃だった。いや、これを攻撃と呼ぶのか。それはコンパスの様に、何度も何度もくるくる回っては地上に円を描き続けた。二機のシグナスはドルズガーからすれば針を刺す様にビームを放ち続けたが、出力も大きさも、ドルズガーの装甲を撃ち抜くには如何にも不足だった。
ほんの一薙ぎ――それだけで大尉機は大破した。ほんの一瞬大尉機が足を取られたその瞬間、虹色の光はシグナスを薙ぎ払っていた。コクピットこそ無事だったが、右腕部と右足をこそぎ取られ、大尉機は転倒する。
「まずは一機、貰う!」
リーは酔いしれていた。リーの様なベテランパイロットでも、これだけ圧倒的ならばそうなるだろう。大尉機を破壊する為に入念に狙いを付けるりー。
後で考えればどうだったろうか。大尉機が先に被弾しなければ。中尉機がまだ逃げおおせて居なかったら。また、中尉機のオルトロスがまだ残っていれば運命は違っていたのかも知れない。しかし“偶然”とは起こった事であり、結果だった。
ドルズガーの後方警戒レーダーはそれを――ほんの些細な光点で――警告していた。それは不可思議な事に大地の中を移動していた様だった。戦闘機にしては非常にゆっくりとしたスピードで、曲がりくねった洞窟内を進んでいるかの様に。
覚えているだろうか。かつて、旧ローエングリン基地を落とした面々の中で、同じ戦法を取った人間が居たことを。彼は地中を走るトンネルを戦闘機で駆け抜け、戦線を大混乱に陥れ、そして山頂にあった基地を破壊せしめた。その人間の名前はシン=アスカ。そしてその道を教えた人間は、コニール=アルメタ。偶然にもこの二人は、再び同じ場所で闘うことを選んでいたのだ。――今、この時に。
山頂のトンネルから戦闘機が飛び出す――その戦闘機にワイヤーを引っかけて、引かれる様に飛び出した人影が居た。彼等はドルズガーが無警戒だった角度から、戦闘機の素晴らしい速度でもって強襲出来た。
信じられないものをリーが見たのは一瞬だけだった。次の瞬間にはダストが掲げた対鑑刀がドルズガーのコクピットを炎の海に変えていた。巨大な刀刃は情け容赦なくドルズガーを引き裂いていき、ダストが大地に着地した時にはドルズガーはその姿も保てず、四散していた。
ニコライ=K=ペトリャコフが僅か一日にして地熱プラント前線基地メディクスを陥落させたのには、幾つか理由がある。
一つめはニコライ率いる兵士が歴戦の強兵であったこと、二つめは東ユーラシア政府軍の主力部隊は統一軍への牽制も兼ねていたので、動きがどうしても鈍かったこと。そして何より――ニコライの用兵がおおよそ有り得ない類の代物であったことである。ニコライは大半のモビルスーツ部隊を堂々と進撃させ、基地の意識をそちらに向けされると、自分は何と歩兵部隊を指揮して基地後方より侵入、陥落せしめたのである。時は日が暮れてこれより夜にならんとする時間の話で、モビルスーツが主力と信じ込んでいた――この時代の人間には無理からぬ事だが――メディクス防衛隊にとっては度肝を抜かれる展開であったに違いない。
結果としてメディクス基地内では“ライフルよりサーベルの方が強い”という前時代的な戦闘が行われ、メディクス基地司令はほうほうの体で何とか逃げ延びるという極めて不名誉な事態となってしまったのである……。
一つめはニコライ率いる兵士が歴戦の強兵であったこと、二つめは東ユーラシア政府軍の主力部隊は統一軍への牽制も兼ねていたので、動きがどうしても鈍かったこと。そして何より――ニコライの用兵がおおよそ有り得ない類の代物であったことである。ニコライは大半のモビルスーツ部隊を堂々と進撃させ、基地の意識をそちらに向けされると、自分は何と歩兵部隊を指揮して基地後方より侵入、陥落せしめたのである。時は日が暮れてこれより夜にならんとする時間の話で、モビルスーツが主力と信じ込んでいた――この時代の人間には無理からぬ事だが――メディクス防衛隊にとっては度肝を抜かれる展開であったに違いない。
結果としてメディクス基地内では“ライフルよりサーベルの方が強い”という前時代的な戦闘が行われ、メディクス基地司令はほうほうの体で何とか逃げ延びるという極めて不名誉な事態となってしまったのである……。
「痛てて……」
大尉は顎をさすりながら、のっそりと歩いてきた。振り返った中尉は言う。
「しっかり殴られた様ですね?」
「ああ、ったく敬老精神の無ぇ奴だ。フツー、先輩が『俺を殴れ。それで貸し借り無しだ』なんつったら遠慮するもんだろーよ?」
顰めっ面をしつつ、大尉。そんな大尉を微笑ましそうに中尉が見る。
「素直なんですよ、何かと」
「素直ねぇ……あれでか?」
中尉と大尉の見守る方向――夕日が沈んでいく傍らで、シンとコニールは何事か言い争いをしていた。
「……だから、何で俺が謝らなきゃいけないんだ!?」
「アンタが謝らなきゃ話が進まないでしょ!? 何処が“大人”だってのよ!?」
「過去に遡っても、お前に謝る道理が無いだろうが!」
「ふーん、開き直る気!? やっぱりアンタはガキって事じゃない!?」
風に乗って聞こえてくる言い争いを聞いて、大尉は中尉に聞いてみた。
「……何争ってるんだ、アイツ等?」
中尉は肩を竦めてこう答えた。
「何でも良いんですよ、喧嘩が出来れば。……たぶん、意味なんか無くてもね」
大尉は顎をさすりながら、のっそりと歩いてきた。振り返った中尉は言う。
「しっかり殴られた様ですね?」
「ああ、ったく敬老精神の無ぇ奴だ。フツー、先輩が『俺を殴れ。それで貸し借り無しだ』なんつったら遠慮するもんだろーよ?」
顰めっ面をしつつ、大尉。そんな大尉を微笑ましそうに中尉が見る。
「素直なんですよ、何かと」
「素直ねぇ……あれでか?」
中尉と大尉の見守る方向――夕日が沈んでいく傍らで、シンとコニールは何事か言い争いをしていた。
「……だから、何で俺が謝らなきゃいけないんだ!?」
「アンタが謝らなきゃ話が進まないでしょ!? 何処が“大人”だってのよ!?」
「過去に遡っても、お前に謝る道理が無いだろうが!」
「ふーん、開き直る気!? やっぱりアンタはガキって事じゃない!?」
風に乗って聞こえてくる言い争いを聞いて、大尉は中尉に聞いてみた。
「……何争ってるんだ、アイツ等?」
中尉は肩を竦めてこう答えた。
「何でも良いんですよ、喧嘩が出来れば。……たぶん、意味なんか無くてもね」
夕日の中で、シンとコニールは何時終わるとも解らない言い争いを続けていた。スレイプニールが近づいてくるのが殊更ゆっくりだった様に、大尉には感じられた。