かくして戦闘が始まった。もっとも、正面きってのぶつかり合いでは、やはりレジスタンスに分が悪い。
レジスタンスの主力MSはストライクダガー、ダガーL、ディン、ゲイツ、ザウート等々の旧式のものが大部分である。しかも補修部品の調達にも苦労する中、だましだましで耐用年数を延ばしているのが現状だ。
ここら辺の事情は、規模の大小こそあれ、リヴァイブも他のレジスタンス組織も変わりない。
MS以外の重火器、戦闘車両、兵員数、訓練の度合い、すべてにおいて統一連合軍はレジスタンスを凌駕している。
だからこそ今まで、レジスタンスは地形、天候、相手の内部抗争、あらゆるものを利用し、その差を埋めて勝利を重ねてきたのである。しかし……
「圧倒的だな。我が軍の勢いは」
マルセイユは満足げにつぶやく。
戦闘が始まってから、ものの一時間も経過していないが、自軍は完全に敵軍を圧倒している。
馬鹿の一つ覚えのように正面からの攻撃を繰り返すテロリスト。その敵の一本の火線に対して、こちらは五本の火線で応じているのだ。徐々にレジスタンスは戦力を削られつつあり、後退を余儀なくされている。
それでも、あまりに単調な敵の動きに危惧を覚えた幕僚の一人が、あえてマルセイユに具申した。
「テロリストの動きが不自然です。何らかの意図があるとみなすべきです。ここは追撃を控えたほうが……」
だが、東ユーラシアに遠征後、ほとんどまともな勝利に恵まれてこなかったマルセイユは、そんな部下の進言に冷笑で答えて見せた。
「意図だと? ふん、ならば聞くがどのような意図があると言うのだ」
「それは……定かではありませんが」
「貴様、負けが込んで臆病になったか? ありもしない危険におびえて腰が引けるなど、軍人としてあるまじき態度は不快だな、下がれ!」
侮蔑的な言葉を投げつけられ、恥辱に唇をかみながら、その幕僚は引き下がった。これ以上意見を言っても無駄だと思ったのだろう。
水を差された格好になったが、マルセイユの高揚はそれでも収まらず、徹底的にテロリストどもを駆逐せよ、と高らかに自軍に命令を続ける。
そんなマルセイユ軍の勢いに、ニコライは動じないどころか、かえって大歓迎とばかりに声をたてて笑った。
「どうやら、統一連合の奴等は、わしらの行動に何の疑いも持っていないらしいの。よしよし、どうやら事は順調に運んでいるようじゃ」
一部の人間の不安をよそに、戦いは一方的な流れを見せている。
当初、凍結した河川を挟んで展開されていた戦闘だが、レジスタンス側が後退し、統一連合側は河川にさしかかるところまで部隊を進行させていた。
川幅は200メートル近くあるが、折からの厳冬により完全に川面は凍結している。MSの重量をうけてもびくともしない。易々と渡河できる状態だ。
しかし、統一連合軍があらかた河川部分に侵入した頃合を見て、レジスタンスは一斉に反撃を開始する。今までとは明らかに違う戦い方に、統一連合軍の前進が一時停止した。
「河に足留め……何のつもりだ?」
氷の下に、水中用MSでも潜ませているのだろうか。一瞬そのような考えが頭をよぎったマルセイユたち統一連合軍だったが、幕僚の一人がその考えを一蹴する。
「この厚さの氷ではビームでも貫通できません。ミサイルで爆破するにしても時間がかかります。我々が爆破に気付いた後に、何時間もこの場所に居続けるのならば別でしょうが」
結局、単なるタイミングの問題であり、テロリストが最後のあがきをしているのだろう、という結論に落ち着いた。
さきほどまでと大して変化のない戦いが、再度繰り返される。やはり、少しずつ戦力を削られてゆくのはレジスタンス側だ。
消耗戦になれば圧倒的に分が悪い。レジスタンス組織のリーダーたちが、さすがに堪忍袋の緒が切れてニコライに詰め寄る。
「ニコライ翁、どうするつもりだ。あんたは作戦の詳細を語ろうとしないが、このままじゃ俺たちは負けてしまうぞ! 」
たしかに、こう言い合っている間にも、味方のザウートは砲撃を受け爆発し、戦車隊はストライクブレードに一蹴され、ダガーLはルタンドに圧されている。
先ほどまで、言葉を濁すばかりだったニコライは、さすがにもういいじゃろうとばかりに、説明を始めた。ただし、生来の底意地の悪さそのままの口調は崩さずに。
「まあ、そろそろよいかの。さて、お前さんはニュートロンジャマーと言う代物を知っておるかな? 」
またはぐらかされているのか、と思った相手は、半ば怒気をこめて返答する。
「そんなもの、10歳の子供でも知っている。プラントが打ち込んだ核分裂抑止装置だ。
あれが地中深くに根を下ろしたおかげで、地球ではエネルギー危機が起こり、俺たちの仲間を含めて多数の餓死者や凍死者が出た。それが、どうかしたのか? 」
ニコライは、ほっほっほと笑いながら、なおも続ける。
「まあ落ち着け。実は、わし等は昔に、面白い物を見つけての。それは、電気系統のトラブルで、地中に潜り込む前に停止してしまったニュートロンジャマー、いわば不発弾じゃった。
それを持ち帰って、少し改造を加えさせてもらったのじゃよ……電気系統を修理し、本来のニュートロンジャマーの機構は取り除いて、中には高性能の爆薬を仕込んだものをあつらえたのじゃ」
そこで一つ息を入れ、ニコライは傍らにそびえる山を指差した。
「そいつは、この戦闘が始まる前に、あの山頂に仕込ませてもらった。今頃はわし等の足元のずっと下まで掘り進んで、マグマ層に達しているはずじゃ。
で、そこで爆発が起こるようにセットしてある。時間的にはもうそろそろじゃな。
さあ、ここでもう一度質問じゃ。そうすると、どうなると思う? 」
ニコライの言葉を聞いたリーダーたちの顔に、理解の色が広がる。
「あんた……まさか、人工的に噴火を起こそうとしているのか? 」
「しかし、そんな都合よく計算どおりに噴火が起きるのか 」
「そもそも、その噴火の影響が、都合よく統一連合にだけ向けられる保証はあるのか。それに、目的の地熱プラントにだって何かしらのダメージが……」
口々に不安を訴える彼らを、ニコライは一喝してみせる。
「女子供のようにガタガタ騒ぎなさんな! もともと背水の陣で臨んだ戦いじゃろうて。今更泣き言なんぞ見苦しいわ!
まあ心配するな。これでもきちんとコンピューターでシミュレートして、成功の確率を弾き出した上での作戦じゃ」
その迫力に全員が押し黙った。満足げに頷くニコライだったが、彼らに隠していたこともある。
コンピューターの示した成功確率は、限りなく50%に近かったのだ。
(伸るか反るかのギャンブルじゃ。所詮、統一連合の排除なくして未来の無い我々よ。天に運を任せるのも一興じゃろうて)
ニコライの投げた賽の目が、丁と出るか半と出るか。運命の瞬間が近づきつつあった。
よほど大きな揺れでもない限り、乗り物に乗っている時は地震の揺れを感じにくいものである。
ましてや今は戦闘中で、着弾の衝撃がそこかしこで起こっている状況だったため、揺れに一番初めに気付いたのは、後方に待機していた部隊であった。
「地震か。まさか火山の噴火、とか?」
「休火山だからありえなくはないな。作戦に影響が出なければ良いが」
しかし彼らとてこの程度の認識であった。特に前線に報告すべきほどの情報とは誰も考えず、地震が続くようならば注意を促すべきか、と考えるに留まっていた。
まさかそれが、レジスタンス側の自滅も辞さない、逆転の策の兆候であるとは思いも付かなかっただろう。
転機は突然訪れる。
先ほどの余震とは比べ物にならない、大きな地震が起った。誰もが揺れを感じ、自然と射撃の応酬が止む。
続いて耳をつんざく爆発音。見れば沈黙を続けていた山頂の火口から、噴煙が立ち昇る。
「何、火山の噴火だと? このタイミングでか! 」
事前にこの山についての情報はマルセイユも得ている。休火山であり、噴火の可能性は極めて少ないが、ゼロではないと。
だから噴火の事実そのものには、マルセイユもそれほど動じない。ただ、さすがにその噴火がレジスタンスにより誘発されたとまでは看破できなかったが。
ただ、このまま噴火が収まらなければ、一度自軍を撤退させる必要があるかもしれぬという思いが頭の片隅をよぎる。
「ふん、せっかくの勝ち戦に水を差されたか。いやこの場合は、煙を差されたと言う方が適当か」
そんな彼の下手な冗談は、幕僚の慌てた声で遮られた。先ほど、マルセイユに慎重な対応を上申した人物だ。
「ち、中将殿、今すぐにこの場を撤退しなければ」
すっかり顔の青ざめたその幕僚に対し、マルセイユは面倒そうに答える。
「分かっておる。噴火が始まってしまったのならば、戦闘の中断も止むを得まい。それにしても貴様、噴火にも怖がるとは、ほとほと情けない奴だな」
どうして自分の上官は、迫り来る重大な危機を理解してくれないのか。もどかしげに足を踏み鳴らすと、幕僚はさらに言葉を重ねた。
「そんな悠長なことを言っている場合ではありません! 噴火の影響で土石流が起こる可能性があります! そうなれば、川に位置する我々は一たまりもありませんぞ! 」
マルセイユの顔色が、幕僚同様に急激に青ざめる。慌てて彼は撤退命令を出そうとした。
「ふん、今更、撤退などさせんわ! 」
ニコライは全軍に一斉射撃を、さらには仕掛けておいた地雷の起動を命じる。
レジスタンスが川岸に設置してあった地雷が次々と爆発する。前夜に地雷を設置した工兵たちは、なぜ統一連合軍が設置地点にさしかかったときに爆破をしなかったのか、今までは不思議に思っていた。しかし、それはこの時のためだったのだ。
突然の噴火に浮き足立ったところに、一斉射撃を浴び、しかも撤退しようとした先で何度も爆発が起きたことにより、完全に統一連合の足並みは乱れた。
「な、なにをしている。早く、早く陸地に戻るのだ! 」
しかし、そんなマルセイユの叫びも虚しく、決定的な瞬間が訪れた。幕僚が絶望的な声をあげる。
「あ、あ、あ、ど、土石流が!」
噴火により一気に氷が溶け、そして生まれた大量の水は土砂をのみこみ土石流となり、川を下ってそこにあるものをすべて飲み込んでいく。
そう、統一連合軍の大部隊を。
分厚い装甲で敵弾を跳ね除けるMSとて、数十トンの石すら押し流す土石流の圧力の前には一たまりもなかった。ましてや戦車や兵士など論外である。
悲鳴すら挙げるまもなく、彼らは凶暴な竜に飲み込まれるかのごとく、あっという間に土石流に押し流されていった。
何とかバーニアを吹かして空中に逃れたMSは、レジスタンスの射撃の格好の的となり、次々と撃墜される。
マルセイユを含め、後方に位置していた部隊は、かろうじて難を逃れた。しかし彼らとて、目の前で壊滅しつつある友軍を呆けたように眺めることしかできない。
後に判明したところでは、この土石流で被った統一連合軍の損害は、兵士4千人、戦車30両、歩兵戦闘車90台、歩兵装甲車40台、モビルスーツ35機。
この場に投入した兵力の半分近くにあたる。
それでもなお、統一連合軍の兵力は、レジスタンスのそれに勝ってはいる。しかし、数的な有利が意味の無いほどに、統一連合側の受けた精神的なダメージは大きかった。
ここまでは統一連合軍が完全に優勢を保っていた戦いは一瞬にして互角、いや心理的効果も含めれば、レジスタンス側有利となった。
完全に意気消沈した統一連合側に比較して、すでに勝利したかのように大歓声を上げるレジスタンスたちである。
こちらも土石流のおかげで多少の犠牲こそ出たものの、統一連合側のそれとは比較にならない軽微なものだ。今までの戦闘で出た犠牲者の数に比べれば、損害は皆無に等しい。
先ほどまではニコライを糾弾していたレジスタンスのリーダーたちは、口々に彼の作戦へ賞賛を浴びせた。
しかし、そんな喧騒をよそに、当のニコライはそっとつぶやく。
「さあ、第一段階は予想以上の大成功じゃな。あとはお前さんにかかっておるぞ、黒狐」
この勝利すら、ローゼンクロイツが仕掛けた作戦の序章に過ぎないのだ。
クライマックスは、別の人間にゆだねられるべきものだった。