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Character short series 「スティーブ・ヴァルテュール」


注:これはまだ書きかけです。

小さな町の外れにぽつんと存在し、木漏れ日を浴びている洋菓子店。
店内のカウンターでぐったりと突っ伏している白い人影は呟く。

「…………はぁ…………」
九野月流子は暇を持て余していた。
どれくらい暇かというと、着ている白のブラウスのボタンをはめたり外したりを繰り返した後、眠くも無いのにカウンターに突っ伏すくらいの暇さである。
特にすることも無くカウンターまで出てきたのはいいものの、客も来る気配が無い。

そろそろ、外に出たくなってくる頃合かな? と、自分で自分に質問し、
「うん、外に出ようか」自分でそれに答える。
その一連の思考は頭の中で済ませばいいことなのに、わざわざ独り言を絡めて解決する。
ひょい、という擬音が似合う。そんな風に椅子を降りて、店の外の道へ出る。

とりあえず今日は、小さな町の中でも比較的賑やかな中心地へと行くつもりは無かった。
今日は何かの祭りだと常連の一人である青年が言っていた。確か、ありがちな神様感謝デー的な行事だったと思う。
祭り事は嫌いじゃない。しかし、どういう理由かは解らないが酷く自分が行くのは場違いな気がした。そう感じるのなら行かないほうがいい。
彼女は自分の行動理由を気にしない。「何故自分は場違いだと感じたのだろう?」という疑問を解決する必要性を微塵も感じない。自分が直感的に導き出した解答があればそれだけで満足し、それに従う。
それに加えて今日の客足が悪い原因がその祭りの所為だというのも何となく気に食わなかった。洋菓子店はあくまで趣味の範囲で、生計に打撃が来るわけではないとしても。いや、趣味だからこそむかついているのかもしれない。

ふと、そんなことを考えていて非建設的だなぁと思う。そこに自嘲的な響きは無く、ただ意味が無いことを考えていたことに気付いたという、それだけの意味しかない。
気を取り直して、何処に行くかを考える。ちょっとした暇潰しなので、遠出は却下。近場の近郊もだめ。行き先の思案は袋小路に詰まる。

何となく振り返り自分の店を見る。射してくる柔らかな木漏れ日。この世界を心地よいと感じる瞬間を幻想する。
森林浴。そんな言葉が脳裏を掠めた。

「森林浴……いいかも」
さながら心の声の残響のように呟く。その小さな一言は、決定事項とほぼ同義である証明だった。

                  ◇     ◇

足を踏み入れる。
新緑をかき分けて、柔らかく吹き抜ける風と温かい光を浴びる。
思えばこういう呑気な目的で自然と触れるのは初めて、のような気がする。
世界は隣人と言ってもいい彼女にとっては、既に知り尽くしていること。予想していたもの。知識と実際の触感は同義。そうだと少し前までは思っていた。
その筈なのに、彼女の心は静かに揺れる。清清しさを感じる、とまでは思わない。思えない。
それでも、彼女は自分の中で何かが変わっているのを感じられた。
それが何であるのかは解らない。考えない。ただ心地よかった、それだけで十分。
彼女は更に先へと足を進める。

                  ◇     ◇

奥へ、深みと進んでいく。すっかり陽射しは感じられず、腐葉土の軟らかい感触が続く。
蚊に喰われて所々が痒い。そんなものは家に無かったと知りながらも、虫除けスプレーを持って来るべきだったと思ってみたりする。少し愉快な気分になれる。

「随分奥まで来ちゃったな」
彼女は、森の中で迷いたがっていた。ただの森林浴では、時間を潰しきれないだろう。長く居る為に、退屈を忘れるように迷ってみたいと思っている。
贅沢で、純粋で、怖いものを知らない考え方だ。

それとも、そんな場所に焦がれていただけなのかもしれない。
深みへ。深淵へ。永遠の暗黒へ。けどそこには近づいているだけで、到達することはできないのだろう―――少なくともこの世界では。
それは静かなそよ風の、新緑の香りの、優しい陽光の裏返しだと考える。生に対する死だと考える。世界に対する九野月流子は考える。
なら、この常闇へとなりつつ深い森の闇の在り方は私と似ているのかもしれない、と思う。すぐにそのくだらない考えを切って捨てる。
正に戯言だよね、と頭の中で自分に問い自分で相槌を打つ。
私はただ単純に、愉快になる。

突然、彼女はとても自分自身にとってくだらない思考を停止させる。同時にその足も停止する。
彼女の足を止めたすぐ先には胸のあたりまで隠れられそうな茂みがあった。風があれば揺れて波を作るような、大きな茂み。
それは鬱蒼として僅かに光しか届かないこの場所にして、陽光の恵みを受けたような葉の色をしていた。それはこんな場所には決して育たないもの。
見上げても、別段光が射してるわけでもない。牢屋の格子から射す光で小さな花が咲いていた、というおなじみのパターンではないらしい。
彼女は、何となく頭の中で光の届かない深海でサーモンが泳いでいる様を想像した。

足を踏み入れるのを一瞬躊躇う。
しかしそれは本当に一瞬で、すぐにその草を掻き分け奥へと進んでいく。
彼女の暇つぶしには丁度いいだろうという理由は、容易く警戒を上回った。
圧倒的な自信と、それの後ろに、無意識的に存在する人生放棄気味の世界観があるが故に可能な軽率かつ無謀かつ、限りなく豪胆な行動。
そんな自分の強さを彼女は知らない。
しかし、その自分の行動を彼女は愉快だと感じ取る。楽しくて楽しくてたまらないと思う。

そんな感情を噛み締めているうちにもがさがさと音を立てて移動は続いていく。
視界を確認すると、その茂みは減っていくどころか広がっていく。
今度は、何となく頭の中で常闇の深海で魚群が銀の鱗を煌かせ泳いでいる様を想像した。

そうして今回の森林浴についての他愛も無い考え事をしながら進んでいく。
虫除けスプレーは常時家に置いていこうとか、今どこらへんなんだろうとか、本当に他愛の無い事を。
次のティラミスにはキノコを使おう、と考えたところで突然な変化に気付く。

最初に聞いた変化は草の擦れ合う音だった。
ごく自然に、周りの景色はかけ離れてた世界へと変貌している。
異界的なまでに広大な平原。波のようにしなっては戻っていく草。果てしなく広がる地平線の彼方では、日が落ちようとしている。
そしてそんな世界に、ごく自然に、ごく普通に、ごく当たり前に立っている一軒の家。

草をかき分け、近づいていく。
唯の比較的小さな洋館。とても〝らしい〟塀と門と庭がより一層洋館らしさを醸し出している。
門は開いていた。周りは果てしない大平原。
正しい方法で帰るための道は、その洋館の中にしかないようだった。

                  ◇     ◇

数回、やたら乱雑にノックを叩く。
別段腹が立っているわけではない。むしろこの状況を子供のように純粋に楽しんでいる。
ただ九野月流子は乱雑なこの来訪者に対して洋館の住人はどんな反応をするのか見てみたい、という自分を楽しんでいる。無作法にも程があると自分で思ってまたくすり、と笑う。

住人がこちらへ向かってくる足音を扉越しに聞こえ、扉が開かれる。

「やあ。ここでの客人は珍しいんだ、歓迎するよ」
幾らかフランクさを感じさせる〝らしい〟口調で、その男は姿を現した。
その風貌について深く観察しない。確信的にその男もまた〝らしい〟貴族服だったからだ。
問題はこの男が何者かということ。このごく自然に、ごく普通に、ごく当たり前に存在しているこの『異空間』に何らかの関連性があることは間違いない。そして、如何なる理由でこの場所が存在するのか。

「……えーっと……」
ただ単純に、反応に困る。

「おっと、まずは自己紹介をさせて貰おう。詳しい話はそれからだ」
有無を言わさない流れを勝手に作り出していくフレンドリーな口調。疑ってしまうほどの、〝らしさ〟がそこにはあった。
男に対し様々な思考を廻らせる。何から何まで。それこそ、今の状況を想定した殺傷方法に至るまでを自然に。
そんな彼女の物騒な思考とはかけ離れたあくまで〝らしい〟口調で男は続ける。

「私の名前はスティーブ・ヴァルテュール。この世界唯一の住人さ」
今までの調子に大仰な響きを混ぜつつ、スティーブは楽しそうに自分の存在を示した。

それを聞いた彼女は静かに考える。
スティーブ・ヴァルテュール―――この世界唯一の住人。
その意味を唯の純粋な好奇心の上で。

「さて、次は君も名乗ってくれると嬉しいのだけどね。特に強要はしないが、こうやって会話をする以上お互いの名前を知るのはとてもとても大切なことだろう?」
とても悠長に心の中で頷く。

「うん……私の名前は九野 月流子って言うんだよ」
お決まりの文句で自己紹介をする。
特に危険は感じない。しかし、それ故に警戒する。
例えるなら、視界には何も見えないというのに殺気を感じるような類のもの。本当にそこに何も居ないのなら殺気などというものは生まれない。矛盾から生じる危機感、根本的にはそういうことになる。
しかし、これは規格外にスケールが違いすぎる。前述の例えは、『殺気の発生元が目に見えない、あるいは何らかの手段でそう見せかけている』とすれば矛盾を解決できる。考えるまでもなくとても単純な話だ。
今の状況は、その矛盾を解決する考えが全く及びつかない。
この場所。スティーブと名乗る男。何なのか。意味は。目的は。

情報が必要だね、と彼女は結論付ける。
折角出会えた散歩中の道草(エキストラゲーム)。力に頼るんじゃなくて、もっとローテクで楽しまなきゃね、と心中で呟く。
……さしあたっては本人に聞いてみようかな。

「ここって何処ら辺なの? 森の中で迷っちゃってここまで来たんだけど、こんな場所あったかな、って」
今の状況は自分に対する何らかの攻撃である可能性を反応から静かに洞察する為の質問を投げかける。
彼女は、ここが既に元の世界ではない事を知っている。実際の彼女には驚愕も焦燥も無い。あくまで純粋な意思で働くその〝若干〟悪い知恵を使って、自分という唯一の駒を動かして状況の推移を見極めるだけだ。

「ふむ、場所か。確かに不思議な話だろうね。何と言ってもここは広漠なる大平原、森の中には到底存在し得ないものなのだからね!」
何がおかしいのか、とても面白そうにそんなことを言うスティーブ。
その貴族服も相まって何処か滑稽にも見える、はぐらかすかのような、芝居がかった違和。
話の流れをコントロールされるのは、面白くない。不味いわけでも焦るわけでもないが、とにかく面白くない。
方向を戻す為、更に質問をしようとしたその時、「そう焦らなくてもいい」とスティーブが手を突き出し。「じゃあ何でその存在し得ないこの大平原があるの?」それに構わず発言を続ける彼女。


沈黙とは言い難い程の、小さな間が置かれる。


「もう少し空気を読んでくれると嬉しいんだがね。普通の筋書きならこう、つい黙ってしまうものなんじゃないのかい?」
気分を害している、というより純粋に意見を求めているような口調で質問するスティーブ。
その質問に一瞬きょとん、とする。
本当に一瞬の一瞬だけ疑問を覚えたが、すぐ彼女はそう大したことじゃないし、と納得し返答する。

「それは多分、私が普通じゃないからなんじゃないかな?」

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