待ち合わせの広場で、巴はのりを待っていた。約束の時間は5時。今はまだ4時50分。
少し来るのが早すぎただろうかと思った頃、浴衣姿ののりがこちらに向かってくるのが見えた。
それに手を振り自分を知らせる。
「おまたせ、待った?」
「いえ。私もほんのちょっと前に来たところですから」
「そう…じゃあ、行こっか」
「ええ」
先にのりが歩き出し、その隣に巴が並んで広場を後にした。
周りを見ると浴衣を来たカップルや家族連れなんかが多い。
今日は8月最後の日曜日、みんなきっと巴たちと同じ花火大会に行くのだろう。
「夏休みだったのに、あまり遠出できなかったわね」
「お互い忙しかったですから…」
「そうねぇ…私は部活にジュン君達の面倒見たり…」
「私はクラス委員の仕事があって…」
思い返すと、先に述べたことが原因で夏休み中はあまりデートらしいデートはしていない。
週に一回、街中でショッピングに行ったり出来れば良い方だった。
「…すいません」
「え? 何が?」
「いえ…その…あまりデート出来なくて…」
「ああ…。別に良いのよ。お互い様でしょ?」
「そう…ですか…」
「そうよ。だから、気にしないで」
そう言って人懐っこい笑顔で慰めてくれたのりに、巴にも思わず少しだけ笑顔が戻った。
この人懐っこい笑顔が巴は好きだった。
「秋の風が心地良いわねぇ。前まであんなに暑かったのに」
「もう8月も終わりですからね。天気予報でもこれから涼しくなるって言ってましたよ」
「そうなんだ」
そんな他愛の無い事を話しながら進んでいくが、巴は別の事に意識が行っていた。
(手を繋ぎたい…)
そう思ってチラチラとのりの手を見る。
別に付き合っているから繋いでもいいのだろうが、自分からはなかなか踏ん切りがつかない。
しばらくそうしていると、のりがそんな巴に気付いたのか、向こうから手を握ってきた。
「あっ…」
「別に握ってくれても構わないのに」
「…はい…」
気持ちを見透かされた事と、不意に手を握られた事が少し恥ずかしくて思わず言葉に詰まる。
何を話せば良いのか少し分からなくなり、少し迷ってしまった。
「…でも不思議よね」
「え?」
巴が戸惑っているとのりが先に口を開いた。
「これまで…真紅ちゃんやヒナちゃんが来る前から巴ちゃんは来てくれてたけど、みんなが来てからこういう関係になって…」
「…ええ…みんなが来てくれてなかったら…もしかしたらのりさんとは付き合うことは出来なかったかも…」
「そう?」
「…雛苺のおかげでのりさんの家に行く切っ掛けが増えて、のりさんによく会えるようになって…」
少し頬を赤く染めながら、巴は続ける。
「…のりさんともより仲良くなれて…。…それで、付き合えるようになって…」
「巴ちゃん…」
「……のりさんと付き合えるなんて…雛苺達が来る前はありえないと思ってました…」
「…ふぅん…」
「…運命…奇跡…とか言う物ですかね」
「…どうだろうね。でも、私は巴ちゃんと一緒なら何だって良いわ」
顔を覗きこみながらそう言われ、巴の顔がますます赤くなる。
よく恥ずかしげも無くこんな事が言えるな、と。
―※―※―※―※―※―※―※―
「やっと着いたね。でももう結構人が来てるね」
「そうですね。ここから立ち見しかなさそうですね」
花火会場に着いた頃には既に人が多く来ていて、土手の上しか開いていなかった。
もう少し早く来ていれば、土手で座りながら見ることも出来たかも知れないのだが。
「ごめんね。私がもう少し早く来てれば…」
「構いませんよ。待ち合わせの時間を決めたのは私でしたし」
申し訳無さそうにするのりを、巴は笑ってなだめる。
「…じゃあ、お詫びと言っちゃ何だけどかき氷買ってくるわね」
「えっ、そんないいですよ」
「遠慮しないで。せっかく来たんだからこういうの食べないと。何味が良い?」
「…それじゃあ遠慮せずに。苺でお願いします」
「分かったわぁ。ひとっ走り買ってくるわね」
「お願いします」
そう言ってのりを見送り、その場に待つ。その待ってる間、巴は一人で考え事をし始めた。
(…付き合って1ヶ月以上経つのに…まだキスしてない…)
思い返すと恋人らしい事はまだあまりしていない。未だに手を繋ぐだけで、さっきみたいにドキドキしてしまう。
他の人がどのペースで事が進んでいくのかは分からないが、巴にはこのペースは少し遅いのでは、と感じられた。
別に焦っているつもりではないが、このままではのりに申し訳ない気がする。
駄目元で告白して、付き合ってくれることになったのりに待たせるのはこっちも辛い。
何とかして、この状況を打破できないものか…。
「…何だか遅いような…」
携帯を広げて時計を見るともう既に10分以上過ぎている。
人が混んでるとは言えこんなに時間が掛かるのはおかしい。
そう思って巴はのりの携帯に電話を掛けた。
数回コール音がなってから、のりの情けない声が聞こえて来た。
『巴ちゃ~ん、どこ~?』
「どこって、さっきと変わってませんよ。…迷子になったんですね…」
『うん…』
「…今どこにいます?」
『えっと…公園の水飲み場の近く…』
「分かりました、今すぐに行きますよ。そこ動かないでくださいね」
『うん、わかったぁ…』
巴は携帯を切るとその場から早足で駆け出した。
冷静に考えればこの人込みならのりが迷子になる事ぐらい、予想できる事…自分の迂闊さを呪った。
のりの言ってた場所に着くと、のりは少し泣きそうな顔でベンチに座っていた。
そののりに巴は駆け寄っていく。
「のりさん、大丈夫ですか? 怪我は?」
「あっ、巴ちゃん…。うん、怪我は無いけど…」
「けど?」
「…かき氷が溶けちゃった…」
のりが申し訳無さそうにカップを一つ差し出す。中のかき氷は確かに半分が溶けており、水が多くを占めていた。
それを巴は受け取る。
「…良いですよ。気にしないで下さい」
「…その上…迷子になったせいで巴ちゃんに来てもらっちゃって…」
「全然気にしてませんから。それに、ジュースみたいで良いじゃないですか」
巴はのりの隣に座り、溶けかけのかき氷をジュースみたいに飲んで見せた。
「うん、冷たくて美味しいですよ。雛苺が喜びそうな甘い苺ジュースです」
「本当?」
「ええ。これはこれで」
巴は笑ってもう一口飲む。それを見て少し心が晴れたのか、のりも少しだけ笑う。
そこで不意に爆発音が鳴り響き、空を見上げると花火が上がり始めていた。
「花火始まっちゃったね…」
「またあの人込みの中に戻るのも大変ですから、ここからゆっくり見ましょう」
「そうだね」
花火が見えやすいように座りなおし、今度は巴の方からのりの手を握る。
それに一瞬驚いたようだが、すぐにのりも巴の手を握り返してきた。
―※―※―※―※―※―※―※―
「きれいだね…」
「そうですね」
花火を見ながら感想を漏らす二人。
秋の夜風が心地良く、上がっては消える花火が消え行く夏を名残惜しそうにしているように見えた。
のりの方を見ると、のりは花火に見入っているようでずっと空を見上げている。
花火に照らされた浴衣姿ののりは、何だかとても幻想的で大人っぽく見えた。
その姿に、思わず巴は釘付けになる。こんな美しい人が自分の恋人なんだと思うと嬉しくなった。
ずっと見つめていると、巴の視線に気付いたのかこちら側を向いてきた。
「どうしたの?」
「い、いえ…なんでも…」
慌てて目を逸らし、花火の方を見る。花火を見ながら、巴はあることを考えた。
『残す時間も後わずかになってきました! 後わずか、悔いの無い様しっかり見てください!』
アナウンスが響き、もう終わりの方だということを観客に知らせる。
「あと少しだって。何だか名残惜しいね」
「そうですね…」
「ん? どうかした?」
歯切れの悪い巴に、のりは聞き返した。
巴は少し俯いていたが、やがて顔を上げるとのりの方を真っ直ぐに見つめる。
「あの、のりさん」
「なに?」
「えっと、その…」
「?」
少し口ごもった後、再び口を開く。
「その、最後の花火が終わったら…」
「終わったら?」
「…き…キス…しても良いですか…」
「き…キス?」
いきなりそんな事を言われて、のりは思わず聞き返してしまった。
巴はそこまで言ってもう堰が切れたのか、続けて言う。
「付き合ってもう一ヶ月以上経つのに、まだこんな弱気のままで…。このままじゃのりさんにも悪いし…。
…でも、キスしたら何だか変われる…もっと自信が持てる、そんな気がするんです。だから…」
続けざまにそこまで言い切って巴は黙った。心臓の脈打つ音が耳を覆う、顔はもう真っ赤だろう。
のりは一気にそこまで言われ少し驚いていたようだが、しばらくして微笑んだ。
「…うん。でも、一個だけ付け足して良い?」
「なんですか?」
「…それと同時にさ、さん付けを止めてくれる?」
「…呼び捨てにしろ…ってことですか?」
「そう。『のり』ってね。約束できる?」
「…はい。分かりました」
「じゃあ、お願いね」
そこまで話すと、二人は再び花火の方を見た。
最後の花火という事だけあって、最後の盛り上がりを見せるように華やかだ。
『では最後の特大玉です! 見逃さないように注目してください!』
そのアナウンスを聞き、お互いに握り合う手に力が入る。
そして、その花火が空に打ち上がって行く。のりも巴も、同じ空を見上げていた。
この花火が終わったら、私達は変われるだろうか。そんな事を思いながら。
モデル曲:若者のすべて(フジファブリック)
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