Part 15
有栖川大学病院。
ICU生活を終えた柿崎めぐが、ストレッチャーに乗せられ院内を移動する。
天井の模様だけがぐるぐると通り過ぎ、やがて自らの名札が掲げられた病室へとたどり着く。
部屋そのものには何ら愛着はないが、水銀燈と出会い、共に過ごしたこの場所には、たくさんの思い出が詰まっていた。
天使さんは帰ってきてくれるだろうか、と考えながら病室の扉が開いた瞬間。
め(あら…?)
チカッと輝く光の塊が鏡の中へ飛び込んだのを見た。
め「あれは…」
Part 16
桜田家。昼食の時間。
翠星石はブスッとむくれた表情で料理に箸をつけていた。
真紅が、自分たちに隠し事をしている。それは、翠星石を不機嫌にするには十分すぎる理由だった。
そんな気分の上では、のりが作ったオムライスの美味しさでさえ舌の上で空回りする。
しゃぐしゃぐとサラダのレタスを咀嚼しながら、何気なく廊下の方を見る。
ふと、鏡の部屋の方から見覚えのある光が通り過ぎていくのが翠星石の目に映った。
翠「!あれは…!!」
箸を置き、廊下へと猛ダッシュする。
ジ「お、おい!どうしたんだよ!!」
翠「まさか…そんな…」
その青白い光は廊下を曲がり、開いた窓から飛び出し、そして上昇した。
翠(スイドリーム!後を追うです!!)
念力のように、ジュンの部屋にあった翠星石の鞄が開き、中からスイドリームがあらわれる。
青白い光は、その部屋の窓から再び桜田家に飛び込み、吸い込まれるように屋根裏へ入ってゆく。
スイドリームは命令どおりその後を追う。
気付かれぬように屋根裏の入り口で様子を伺っていると、二人分の話し声が聞こえてきた。
Part 17
銀「さて、と…準備も済んだし、そろそろ行くわぁ。まあ、大した荷物も無いんだけどねぇ」
紅「本当は、もっと貴女にここにいてほしいところなのだけど」
銀「そうもいかないでしょぉ。この四日間、世話になったわぁ」
紅「私も、貴女と過ごせて嬉しかったわ。この日々を、決して忘れはしない…」
銀「もう、大げさねぇ」
真紅が、ん、と唇を差し出した。照れくさそうに水銀燈は、ちゅ、とキスを返す。
そのとき、青白い光が屋根裏の空間に飛び込んできた。
紅「これは…」
銀「レンピカ――――!…え?めぐが…?帰ってきたの…!?」
紅「これは一体、どういうこと…?」
水銀燈は説明する。
レンピカをめぐの病室に待機させ、めぐがそこに帰ってきたら自分のもとへ来るよう命令した、と。
銀「良かった…」
水銀燈は、笑顔にかすかな涙を浮かべた。
真紅も同じように笑って喜んだが、その目には寂しさが宿っていた。
Part 18
銀「――――そうだ、貴女に言わなければならないことが…」
紅「なぁに?」
それぞれの鞄に乗り込みジュンの部屋へと下降する。
だが、そこで真紅は、かすかな違和感を感じた。
紅(おかしい。さっきと何かが違う――――)
銀「?どうしたのぉ?」
きょろきょろと周りを見渡し、真紅はやっと違和感の正体に気付いた。
紅(翠星石の鞄が、無い――――!!)
紅「水銀燈!隠れて!!」
銀「え!??」
その刹那。
翠「真紅――――――――ッッ!!!!」
窓の外。そこに翠星石がいた。その表情は、燃え盛るような怒りに満ちていた。
Part 19
銀「翠……せ………」
翠星石は、ことり、と自分の鞄から降り立つ。
翠「真紅………これは、…どういうことです?」
翠「どうして……こいつがここに、いる…です…?」
翠星石の肩がしだいに震えだす。
紅「…この子が弱っていたところを、私が助けたの」
翠「どうしてです…?どうしてそんなことするですか…?」
翠「こいつは…蒼星石を……!!蒼星石の………ローザ……ミスティカを…!!」
翠「真紅だって、何度も酷い目にあわされたはずです!!…なのに」
紅「この子を助けたのは――――」
一拍置き、言い放った。
紅「私が、水銀燈を…愛しているからよ」
翠「…へ、はへ…!?」
予想外の返答に、翠星石は後ずさりしてしまった。
Part 20
翠「そっ、そんなっ!しっ、しま、ししま、姉妹同士ですよっ!?」
慌てふためく翠星石に向かって、しれっと真紅は言う。
紅「翠星石…貴女も…貴女のことも、愛してるわ」
翠「ちょ、ちょっ、ちょっと!ななな何を言うですかいきなり!!」
翠星石から視線を外し、真紅は言葉を続ける。
紅「貴女たちだけじゃなく…ジュンも、雛苺も、のりも…それから、巴に、金糸雀に…蒼星石」
翠「は、…はぁ…?」
紅「この際だから、貴方たちに言っておきたいことがあるの」
翠「な、なんですか?」
紅「…私はずっと考えていたの。アリスとは何なのか、究極の少女とは何なのか」
紅「姉妹を打ち負かし、ローザミスティカを集めるだけがアリスになる方法なのか」
紅「その中で、私なりの答えを見つけた。――――私なりのアリスゲームが」
紅「…もちろん、それが正解であるかどうかなんて分からないけど」
翠「それは…なんなのです…?」
一瞬、ちら、と翠星石の目を見て真紅は言った。
紅「すべてを、愛おしいと思えるようになること――――」
Part 21
翠「…………」
翠星石は数秒押し黙った後、先ほどから目を伏せて沈黙を守ったままの水銀燈に言った。
翠「水銀燈」
突然名を呼ばれ、水銀燈は、びくっ、と震える。
翠「おまえの…水銀燈の闘う理由は、なんです…?」
再びの沈黙の後、水銀燈は答えた。
銀「めぐの…私のマスターの…願いを叶えるため…」
翠「…てめーは…勝手なヤローです……人間一人の願いのために、蒼星石の命を…」
その言葉は、同じ願いを胸に散っていった蒼星石にも向けられていた。
翠「一発、殴らせろです…そしたら、この場は…見逃してやるです」
紅「翠星石!!」
銀「いいの…真紅…翠星石の言うとおりにするわ」
紅「水銀燈…」
翠星石は、振りかぶって水銀燈の頬に拳を放った。
Part 22
翠星石の拳が水銀燈の頬に触れる。
だがそれは、パンチというにはあまりに弱々しく、赤いあざを残すことすらなかった。
翠「どうして…!どうして殴れないですか…!!こいつは…蒼星石の仇の…はず…な…に…」
翠星石の両目からぼろぼろと涙が伝い落ちる。
視線を翠星石から真紅に移し、水銀燈は言った。
銀「真紅」
銀「私は…またいつか貴方たちの前に、敵として現れるわ」
銀「私は、めぐのために…貴女たちを倒し、ローザミスティカを全て手に入れてみせる」
紅「それが、貴女の答えなのね…」
水銀燈は、こくり、と力強く頷き、泣き崩れる翠星石の手を振りほどいた。
そして窓辺に立ち、翼を広げ――――
銀「ありがとう。…そしてさようなら。私の愛しい妹――――」
――――虚空へと、姿を消した。
真紅は、水銀燈が消え去った後も、その空をずっと見つめていた。
紅(また、雨が降りそうね…)
Part 23
有栖川大学病院。柿崎めぐの病室。
部屋の中には、ひとりの少女。
窓の外には、ひとりの少女。
め「――――おかえり」
銀「――――ただいま」
―おわり―