『朝日』 からのつづき
『月夜』
そよ風が吹くビルの屋上。暗闇にぼんやりと浮かぶ月。その月の月光は、一人佇むある者を照らしていた。
「………、…」
そのある者は、ふいに後ろを振り向き、空中を見つめた。視線の先には、暗闇よりもさらに深い闇があった。
「………水銀燈」
深い闇は、笑った。
「本当に来てくれたのねぇ。蒼星石ぃ」
水銀燈と呼ばれた少女、否、少女の形をした人形はゆっくりと地に足を付けた。広げていた闇色の翼をたたみ、蒼星石と呼ばれた少女人形を、紅い瞳で見つめた。
「呼んだのは君だろう…」
「そうねぇ。でも、まさか来てくれるとは思っていなかったのよ」
「………」
「くすっ…悪かったわ。すねないのぉ」
無言になり、微かに不機嫌そうになった蒼星石を見て、水銀燈は優しい表情で笑いながら謝った。普段の彼女を知る者なら、想像すらしない彼女の姿だった。
「……で、用事って何?」
「…特に用って訳じゃないんだけど……貴方と月を見たいなぁ、ってねぇ」
日付を跨いだばかりの夜中に、急に呼び出したと思えばあまりにも軽い理由に、蒼星石の目は点になった。
「あらぁ、月を見るのも悪くはないわよぉ?」
「…何もこんな夜中に見なくても…」
「夜中じゃないと、二人きりにはなれないわぁ」
「…まぁ…確かに…」
何故二人がこんなにも周りを気にするのか。それは姉妹の事であった。
本来、姉妹達にはお互いと戦い、人間で言う命と変わらぬローザミスティカと呼ばれる物を奪う運命が課せられていた。しかし、周りは戦う気はなく、寧ろ仲良く過ごす事を望んでいる。戦う事を望むのは、今の所水銀燈だけ。
その水銀燈が、戦う相手の筈の蒼星石と月見をしたいと言い出したのは、理由があった。
「もっとこっちにいらっしゃいよぉ」
「……うん」
二人は、お互いを好いていた。戦う運命にある、姉妹同士が。
「……綺麗ねぇ」
「……そうだね」
「……月は好きだわぁ。包み込んでくれる様な優しい光……まるで貴方みたい」
「…そう、かな?」
「さながら、私は闇に染まる空ねぇ」
「…ふふっ。そうかも」
時間がゆっくりと流れている様な感覚だった。あわよくば、そのまま止まって欲しい一時。だがそれは、一つの存在によって脆くも崩れた。
「! スィドリーム…!!」
視線の先には、翡翠色に輝く発光体が空を浮かんでいた。それは、蒼星石の双子の姉である翠星石の人工精霊だった。
スィドリームは見付かったとバレた瞬間、一目散に何処かへ飛び去った。
「……とうとう、バレたわね……」
「……っ…」
「……どうするかは、貴方が決めなさい……」
さようなら、と付け足し、水銀燈も翼を広げ、何処かへ飛び去った。
「………………」
その場に残された蒼星石は、覚悟を決めたかの様に、拳に力を込めていた。
―――――
「……もうすぐ此処ともお別れねぇ」
窓から見る真っ白な部屋。近くには黒髪の少女が横たわっていたが、少女は穏やかな表情で寝息を立てていた。
「…………」
そんな少女の顔を見つめいたが、やがて少女の填めていた指輪に口付けをした。その瞬間、指輪は跡形も無く消え去った。
「……じゃあね、めぐ。……今を…精一杯生きなさい……」
軽く微笑んだ後、水銀燈は鏡の中へ吸い込まれる様に消えた。
――――
nのフィールドに入った水銀燈は、自分の世界へと足を踏み入れた。寂れた中世の様な町並み。水銀燈の心を表している様だった。
「……?」
ふと、遠くから何かがこちらに向かってきている事に気が付いた。姉妹かと一瞬構えるが、良く見てみると水銀燈は目を見開いた。鞄をズルズルと引きずって、あちこちボロボロの蒼星石が、おぼつかない足取りでこちらに向かっていた。
「蒼星石っ!!」
慌てて蒼星石に駆け寄り、不安定な体を支えた。
「水、銀…と…」
「貴方…どうして…」
「水銀、燈と…一、緒に…いたい…から…っ」
「!!」
「これ、からも…ずっと…一緒に…いたい……そう言ったら、姉さんに…怒られ、ちゃって…力、ずくでも…連れ…戻すって…」
「もう喋らないで…!」
水銀燈はただ、蒼星石を抱き締めた。全てを、双子の姉さえも裏切り、自分を選んでくれた愛しき妹を。
「……次の時代に行くわよ。出来れば、姉妹のいない時代に」
「……うん…」
体に負担をかけない様に、そっと蒼星石を鞄に寝かせた。そして自身も、自分の鞄に入った。
「…蒼星石…」
「…何…?」
「……好き」
「……僕も」
―――――
それから他の姉妹は、二人の姿を見る事は無かった。
二人はそれからどうしているのか。残された姉妹は何を思ったのか。それは、また別のお話。
END