あ、まただ。
シャーペンを持った手を小指側から見ると薄黒くくすんでいる。
横文字を左から右へ書く日本の習慣は左利きの私にとっては相容れないもの。
ノートが一ページ埋まる頃にはこのように私の利き手は少し黒ずんでしまう。
はぁ、と溜め息を吐いて常備しているウェットティッシュを手にとりかけるが、思い直して気に止めないことにした。
拭き取ったとしても、また書いている内に汚れてしまうのでは元も子もない。
せめて縦書きならば右から左に書くので手が汚れることはないのに。
しかし、後二時間で英語の試験が始まるので英語の勉強をするしかない。
テスト期間中の図書館はいつになく賑わっている。と言っても喋る者は一切いない。皆、手元に集中している。
短く息を吐いて気合いを入れると、再び勉強に向かった。
「あ、ばらしぃちゃん」
名前を呼ばれて顔を上げてみると、そこには真っ白なお人形のような少女。
「あ、」
と短く切ってから、
「きらきぃお姉ちゃん」
と彼女の名を呼んだ。
シャーペンを持った手を小指側から見ると薄黒くくすんでいる。
横文字を左から右へ書く日本の習慣は左利きの私にとっては相容れないもの。
ノートが一ページ埋まる頃にはこのように私の利き手は少し黒ずんでしまう。
はぁ、と溜め息を吐いて常備しているウェットティッシュを手にとりかけるが、思い直して気に止めないことにした。
拭き取ったとしても、また書いている内に汚れてしまうのでは元も子もない。
せめて縦書きならば右から左に書くので手が汚れることはないのに。
しかし、後二時間で英語の試験が始まるので英語の勉強をするしかない。
テスト期間中の図書館はいつになく賑わっている。と言っても喋る者は一切いない。皆、手元に集中している。
短く息を吐いて気合いを入れると、再び勉強に向かった。
「あ、ばらしぃちゃん」
名前を呼ばれて顔を上げてみると、そこには真っ白なお人形のような少女。
「あ、」
と短く切ってから、
「きらきぃお姉ちゃん」
と彼女の名を呼んだ。
──暖体温の君に送る
名を呼ばれた彼女は少し不機嫌そうに整った眉を寄せた。
「その、お姉ちゃんって言うのそろそろ止めません?もう幼くないのよ?」
「……ごめん」
異父兄弟。それが私と彼女の関係。
ずっと母親は死んだと聞かされていた幼少時。ある日、父は真っ白な可愛らしい少女と共に、新しい母を連れてきた。
年齢は一緒。誕生日が私より一日だけ早い彼女を私は姉と慕った。
しかし、月日を経て、私達は違うY染色体から産まれた双子と分かった。
詳しいことは分からないが、彼女の父と私の父との遺伝子が同時に母の体に入り、そうなったららしい。
だから私達は、年齢は一緒だが異父兄弟なのだ。
「名前で呼んで欲しいですわ」
「……きらきぃ、ちゃん」
惑いながらもそう呟くと、彼女はにこりと笑った。
「何限目ですの?テストは」
「四限目、だよ。きらきぃ……、ちゃんは?」
「三限目ですわ」
この学校のテストは変則的で、選択した科目によってテスト時間が違う。
「ばらしぃちゃんは英語でしたっけ?」
「うん。……古文だよね?」
「えぇ」
彼女は私の左側の席に腰かけると、ノートを開いた。
「その、お姉ちゃんって言うのそろそろ止めません?もう幼くないのよ?」
「……ごめん」
異父兄弟。それが私と彼女の関係。
ずっと母親は死んだと聞かされていた幼少時。ある日、父は真っ白な可愛らしい少女と共に、新しい母を連れてきた。
年齢は一緒。誕生日が私より一日だけ早い彼女を私は姉と慕った。
しかし、月日を経て、私達は違うY染色体から産まれた双子と分かった。
詳しいことは分からないが、彼女の父と私の父との遺伝子が同時に母の体に入り、そうなったららしい。
だから私達は、年齢は一緒だが異父兄弟なのだ。
「名前で呼んで欲しいですわ」
「……きらきぃ、ちゃん」
惑いながらもそう呟くと、彼女はにこりと笑った。
「何限目ですの?テストは」
「四限目、だよ。きらきぃ……、ちゃんは?」
「三限目ですわ」
この学校のテストは変則的で、選択した科目によってテスト時間が違う。
「ばらしぃちゃんは英語でしたっけ?」
「うん。……古文だよね?」
「えぇ」
彼女は私の左側の席に腰かけると、ノートを開いた。
これ以上、無駄話していると司書のお咎めが入りそうなので、口をつぐんだ。 異父兄弟、ということは友人は皆知らない。双子、ということになっている。
だから、私が彼女を「お姉ちゃん」と言うのはなんら可笑しくない。
もちろん、翠星石・蒼星石姉妹のように、互いを名で呼ぶ兄弟も少なくないが、私は敢えてそう呼ぶ。
異父兄弟ということが発覚してから、彼女と私はどこか一線を介したような気がする。
はっきりとは見えない何かが。
「グラマーですの?」
不意を突いたその問いかけを私はすぐ返すことができず、少し考えた。
「……あ、うん」
「確かばらしぃちゃんは英語を三つ選択してましたわよね?」
「……うん」
「よく三種類もできますわね。グラマーとリーディングと……?」
「ヒアリング」
「そうそう、すごいですわね、本当」
勉強するのに飽きたのか、彼女はいつになく饒舌に話す。
「でも、お姉ちゃんは古文得意、でしょ?」
「名前」
「ぁ、……ごめん」
無意識に発するとついつい昔ながらの呼び方になってしまう。
私がこの呼び方に拘るのは、昔の関係のままでいたかったから。
だから、私が彼女を「お姉ちゃん」と言うのはなんら可笑しくない。
もちろん、翠星石・蒼星石姉妹のように、互いを名で呼ぶ兄弟も少なくないが、私は敢えてそう呼ぶ。
異父兄弟ということが発覚してから、彼女と私はどこか一線を介したような気がする。
はっきりとは見えない何かが。
「グラマーですの?」
不意を突いたその問いかけを私はすぐ返すことができず、少し考えた。
「……あ、うん」
「確かばらしぃちゃんは英語を三つ選択してましたわよね?」
「……うん」
「よく三種類もできますわね。グラマーとリーディングと……?」
「ヒアリング」
「そうそう、すごいですわね、本当」
勉強するのに飽きたのか、彼女はいつになく饒舌に話す。
「でも、お姉ちゃんは古文得意、でしょ?」
「名前」
「ぁ、……ごめん」
無意識に発するとついつい昔ながらの呼び方になってしまう。
私がこの呼び方に拘るのは、昔の関係のままでいたかったから。
まだぎこちなくなる前の何も知らない無邪気な関係で、いたかったから。
「仕方ないですわね。……さて、もう一踏ん張りですわ」
彼女は少しだけ背筋を伸ばして、再びノートに向かった。
それを見て私も手元の英文に目を落とした。
しかし、どうも身に入らない、というのもやはり彼女がすぐ横にいるからだろうか。
ちらり、と横顔を盗み見るが、眼帯に隠された右目ではどんな表情か分からない。
ひょっとしたら、かなり久しぶりかもしれない。こんなに至近距離にいるのは。
視線に気づいたらしい彼女はコチラを見るとニコリと笑った。
とくり、と心臓が常より少し高鳴った。こちらもぎこちなく笑みを浮かべて手元に視線を落とした。
図書館内は水を打ったように静まり返っている。
聞こえるのは鉛筆がノートを叩く音と、ノートを捲る音、そして時折小さく聞こえる彼女の息遣い。
でも何より自分の心臓が五月蝿くて、隣の彼女に悟られまいと必死な自分がいる。
「仕方ないですわね。……さて、もう一踏ん張りですわ」
彼女は少しだけ背筋を伸ばして、再びノートに向かった。
それを見て私も手元の英文に目を落とした。
しかし、どうも身に入らない、というのもやはり彼女がすぐ横にいるからだろうか。
ちらり、と横顔を盗み見るが、眼帯に隠された右目ではどんな表情か分からない。
ひょっとしたら、かなり久しぶりかもしれない。こんなに至近距離にいるのは。
視線に気づいたらしい彼女はコチラを見るとニコリと笑った。
とくり、と心臓が常より少し高鳴った。こちらもぎこちなく笑みを浮かべて手元に視線を落とした。
図書館内は水を打ったように静まり返っている。
聞こえるのは鉛筆がノートを叩く音と、ノートを捲る音、そして時折小さく聞こえる彼女の息遣い。
でも何より自分の心臓が五月蝿くて、隣の彼女に悟られまいと必死な自分がいる。
この感情を、気付かれるな、気付かれるな。彼女はとても潔癖だから。
「暖かい、ですわね」
「…………へ?」
不意打ちが好きらしい彼女に、思わず漏れた間抜けな声はくすくすと笑われた。
「ばらしぃちゃんの左手、暖かいですわ」
「あ、……」
気付かなかったが、右利きの彼女と左利きの私のそれぞれの腕が触れていた。そのことを言っているらしい。
「本当だ……。暖かい……」
改めて感じる彼女の温もりは本当に心地よくて。快適といわれる暖房さえいらないようだった。
「あら、今まで気付かなかったんですの?」
「……ごめん」
今日何度目かの謝罪の言葉を口にすると、謝る必要はないと笑われた。
「意識してるのは私だけですのね」
小声で彼女から発された言葉を理解するのに時間かかったのがいけなかった。
「……お姉ちゃん、今何て……、」
日頃の行いが悪いのか何なのか。二限終了の合図の鐘は私の言葉を遮った。
その鐘の音と同時に立ち上がった彼女は、こちらを見て、名前、とだけ指摘すると試験教室に向かった。
左利きで良かったと、初めて感じた。
「暖かい、ですわね」
「…………へ?」
不意打ちが好きらしい彼女に、思わず漏れた間抜けな声はくすくすと笑われた。
「ばらしぃちゃんの左手、暖かいですわ」
「あ、……」
気付かなかったが、右利きの彼女と左利きの私のそれぞれの腕が触れていた。そのことを言っているらしい。
「本当だ……。暖かい……」
改めて感じる彼女の温もりは本当に心地よくて。快適といわれる暖房さえいらないようだった。
「あら、今まで気付かなかったんですの?」
「……ごめん」
今日何度目かの謝罪の言葉を口にすると、謝る必要はないと笑われた。
「意識してるのは私だけですのね」
小声で彼女から発された言葉を理解するのに時間かかったのがいけなかった。
「……お姉ちゃん、今何て……、」
日頃の行いが悪いのか何なのか。二限終了の合図の鐘は私の言葉を遮った。
その鐘の音と同時に立ち上がった彼女は、こちらを見て、名前、とだけ指摘すると試験教室に向かった。
左利きで良かったと、初めて感じた。
終わり