亡き者に贈る鎮魂歌 ◆SERENA/7ps


回答は言葉ではなく行動だった。
カエルはバイアネットをかかげ、マリアベルに斬りかかる。
マリアベルはそれを避け、レッドパワーを繰り出すために精神を集中させた。

「当たり前だ……」

カエルの表情が険しく、目の前の敵を倒すためのものに切り替わる。
そして、マリアベルの精神に激しく揺さぶりをかける。

シュウは俺が殺した……」
「何じゃとッ!?」

あと少しでレッドパワーを繰り出すことができたのに、マリアベルはカエルの言葉に心を乱し、集中力を欠く。
気がつけば魔力も霧散しかけていて、ここからの再構成はもはや無理に近い。
その隙を逃すことなく、カエルは強靭な脚の力を活かしてマリアベルの方に飛んでいく。

カエルの言葉はもちろん嘘だ。
シュウは予想外に強敵で、勝負がつくことはなかったが、マリアベルとシュウが別行動をしているのはカエル自身がよく知っている。
だから、シュウは死んだと言って、マリアベルを動揺させる。
言葉だけでは信用しがたくても、カエルの戦闘を経験したと思われる服装の乱れと、覚悟のしるしとして己につけた傷が、カエルの言葉に現実味を持たせる。
そして、シュウがどこにいたかも語ることで、マリアベルにとってシュウの死が確定したものに摩り替わっていく。

「あやつが、死んだじゃとッ!」

動揺でマリアベルの体が思うように動かない。
信じられないという気持ちと、有り得ないという気持ちが交錯して、カエルの攻撃を避けきれない。

足を鈍らせていた代償は、マリアベルの右腕を深く貫くバイアネットだった。

カエルは着ぐるみごしに肉の感触を感じ取り、さらなる攻撃を繰り出さんとする。
一方、マリアベルもこのまま死ぬわけにもいかない。
痛みを堪えカエルに背中を見せ、汚く狭い路地裏へと駆けていく。
それはマリアベルがカエルに適わないと見て、逃亡を図ったからではない。
ロザリーとニノをカエルから少しでも引き離すためと、『もう一つ』理由があるからだ。

街灯も当たらない、日光を浴びるほどの時間でもまだない。
薄暗い空間を慌しい足音でかける二人。
着ぐるみを着た、傍から見れば正体不明の存在マリアベルと、騎士服を着たカエルの奇妙な追いかけっこ。
マリアベルは巧妙に逃げ、何度も曲がり角を曲がり、カエルに易々と追撃を許すことはない。
バイアネットの特性を知っているがために、多少距離が離れたところで意味などないことも知っているからだ。

(シュウが死んだ……)

地面を駆けずり回りながら、シュウのことを考える。
シュウが今そばにいないこと、ハーレーのいる場所にいたことを当てたカエルの言葉に疑う余地はなくて。
……本当は、シュウの使っていた武器を回収しない理由もない。
そのため、本当に殺したのなら、シュウの使っていた刀や武器を見せろと言われれば、カエルの方が論破されていたのだが。

マリアベルもそこまで考えが回らない。
下手に思索に耽れば、今度は右腕以外の場所を傷つけられるかもしれない。
着ぐるみを着ているため、その傷に直接手を触れることはできないが、動かすことは難しい。
右腕はもう使えないと見ていいだろう。
さらに、出血も早期に止めないと、破傷風や出血多量などの二次的な被害も出る。
何より、マリアベルはまだ二人の命を預かっているのだ。
ここで死ぬわけにはいかない。

(それよりもサンダウンめ、何をしておる……)

シュウが死んだことにより、サンダウンはシュウを埋葬しているのだろうか。
思ったより帰還が遅い。
まさかカエルに一緒に殺されたかと、考えたところで躓いてゴロゴロと転ぶ。
そこに、追いついたカエルが一気に跳びあがり、天から串刺しにせんとバイアネットをマリアベルの心臓めがけて突き出す。
転がるマリアベルの眼に移ったのは、命絶つ無慈悲な断頭台のような、串刺しの一撃。
間一髪でマリアベルはそれを避け切り、使える左手で体を起こす。
マリアベルのいた空間を食いちぎるかのような一撃が、一瞬の後に過ぎ、路地裏の地面を埋め尽くす石畳の道を破壊する。

(変われば変わるものよな……)

カエルの両生類の双眸を見ながら、マリアベルは思う。
人を殺すことを覚悟した、修羅の瞳だ。
マリアベルが知っていた頃とは何もかも違う。
接近するのを許さないように、マリアベルは風の刃たるレッドパワーを使う。

「エアスラッシュ!」

真一文字に圧縮された風の刃が、カエルの首を一刀両断せんと襲いかかる。
しかし、カエルはそれを避けることもなく迎え討ち、バイアネットで逆に切り裂く。
卓越した剣技でなければできない芸当に、マリアベルはこれならシュウも殺せたやもしれぬ、と唸る。
カエルはマリアベルが距離を離すことを良しとしない。
マリアベルが近接用の武器を持ってないからだ。
一旦離れた距離を詰め、カエルの斬撃がマリアベルに向けて放たれる。

いくつか斬撃をマリアベルはもらうも、牽制に撃ったレッドパワーが功を奏して距離が離れる。
マリアベルが逃走を再び開始し、カエルもそれを追う。

形勢は完全にカエル優位で進んでいる。
追うものと追われる側はどちらが有利かは説明するまでもないし、戦闘スタイルの相性もある。
マリアベルはその性質上、近接戦闘は得意ではない。
だが、それはマリアベルがカエルに実力で劣っていることを示唆する訳でもない。
緊急任務遂行部隊ARMSにおいて、前衛はアシュレーやブラッド、カノンを遊撃担当に据えて、ティム、リルカ、マリアベルは後方で援護担当になっている。
アシュレーやブラッドがいない以上、マリアベルはいつもは分担されていた役割を一人でやらねばならないのだ。
接近戦ができるカエルとは相性が悪すぎる。
また、近接用の武器を持たないことも大きな要因の一つ。
懐に入られれば、マリアベルは使える手札が大幅に減るのだ。

マリアベルが路地裏から大通りに出る。
気がつけば、着ぐるみの中は熱気が立ち込めており、それによってさらに疲労は加速する。
大通りでは身を隠す場所に困る。

屋上につながっている階段がある建物を見つけ、マリアベルはそれを昇る。
一瞬遅れてきたカエルがどこにいったと行ったのかと首を振るが、すぐに見つけた。
足を止めて、バイアネットを構えて狙撃しようとしたものの、すでにマリアベルは屋根の上へと登って隣の民家へと渡っている。
ここで逃がしては後々支障が出る。
カエルはこのまま逃がすまいと再び足を動かす。
ここは城下町の大通りで、民家も商店も連なって建っている場所だ。
建物と建物を繋ぐ距離は、マリアベルでも易々と渡れるほど近い。

「ふぅ、久しぶりの運動は堪える……。 それよりも、くるかッ!?」

自分の後ろをつけてくると思っていたマリアベルは、後方を確認するが、そこには誰もいない。
高い所に上がったおかげで、上りつつある朝日が目に入るだけ。
しかし、気配は確かにするのだ。

(まさか撒いたか?)
いや、そんなはずはない。
撒けるほど足は速くないし、撒くとロザリーたちの方に行かれる可能性もある。
足を止めて、自分の登ってきた階段を見つめるが、やはり誰も来ない。
思わず足を止めて、カエルの姿を確認するまでそこに留まる。
やな雰囲気だった。
確かにいるはずなのに、いつまで経っても姿が見えない。
ビュウビュウと吹く風に不安を煽られ、焦れて動きたくなる。
しかし、マリアベルはある見落としをしている。
それは、カエルの人間的な言動に騙されていること。
カエルは元は人間だが、やはり今はカエルそのものであり、その脚力を活かして戦うこともできる。
つまり、マリアベルの見落としが何かというと、カエルが階段を使ってくるという思い込み。
カエルの狙いは――

「ッ!?」
「もらった!」

文字通りバネのごとく飛んで、直接屋根に登ってくることだった。
正面からではなく、横からの奇襲。
マリアベルは完全に不意を打たれるが、せめてもの抵抗として、もう一度エアスラッシュを使う。

実体を持たない風の刃と、実体をもったバイアネットが激しくぶつかる!

エアスラッシュの威力は弱く、1秒もしないうちに再び消えてしまうが、マリアベルはまた距離をとって逃走する。
次に渡った屋根は、屋根の中央に大きな十字架がある。
つまり、マリアベルが足をつけている建物の内部は、荘厳な雰囲気に包まれた教会なのだろう。
もっとも、そんなことはマリアベルにとってどうでもいいことで、早く逃走を図ろうとするが、ついにカエルのバイアネットが火を噴く。
選んだ弾は爆発するタイプ。

「しまッ!?」

自分の足もとが崩れ、重力のままに瓦礫と一緒に落下するマリアベル。
落ちた先にはちょうど良く毛布や衝撃を和らげる何かなど、あろうはずもなく。
マリアベルは腰を強かに打って、うめき声をあげた。

(うぅ……)

外傷が激しい体が軋んで、悲鳴を上げる。
さすがのマリアベルも、死を覚悟せざるをえない状況だ。
だが、まだ終わりを迎えることはマリアベルのプライドが許さない。

「ここは……」

見渡すと、そこはマリアベルが一時休んでいた宿屋とは違って、汚らしい空間だった。
壁から床から埃まみれで、信仰の廃れを感じさせる。
黒ずんだ壁の色が、もうここでは休日等にミサが行われてないことを示す。
参列者用の席は、最後に人が座ってから何年も経っているようだ。
楽廊にあるパイプオルガンはもう何年も調律が施されてないように見えて、きっと弾いてみたらひどい音がするのだろう。
その中で、それだけが綺麗に輝いていた。

剣の聖女アナスタシア・ルン・ヴァレリアを象ったステンドグラス。

ガーディアンブレード・アガートラームを抱え、佇むアナスタシア・ルン・ヴァレリア。
剣の大聖堂にあるものと全く同じステンドグラスがそこあった。
朝の光を透過光として教会の中まで照らし、光り輝くステンドグラスは一層美しく見える。

「ああ、そうよな……アナスタシア」

死ぬわけにはいかない。
その思いが強くマリアベルの中を満たす。
アナスタシアはマリアベルやファルガイアの人に、死んで欲しくないからこそ戦った。
生き返って、どこかにいるかもしれないアナスタシア・ルン・ヴァレリアと会うまでは死ねない。
もし、それがマリアベルの知るアナスタシア本人なら、話したいことがたくさんある。

「いい死に場所を選んだな……」

穴のあいた天井ではなく、入口の扉を開けてカエルが入ってくる。
老朽化した扉はギギィと重たい音をあげる。
マリアベルは立ち上がり、ステンドグラスを背にしてカエルと相対した。

「死に場所に教会とはな……」

偶然の巡り合わせにカエルは感慨深く呟く。
お前の死に場所にふさわしいと、そういう含みを持たせた言葉だ。
それを聞いたマリアベルは何を莫迦なことを、とカエルを嘲るように右腕を押さえながら低く笑った。

「お主、何か考え違いでもしておらぬか……?」

一歩、カエルが前に進む。
考え違いなどしていないことを示すためと、マリアベルの殺害を実行に動かすため。
今度はシュウと戦っていた時のように、ストレイボウのような邪魔も入らない。

「わらわは伝説のイモータル、ノーブルレッドが末裔よ」

逆光になってて、カエルからはマリアベルの表情を窺うのは難しい。
代わりに、カエルの目にマリアベルの背後にあるステンドグラスが目に入る。
信仰心がとりたてて厚くないカエルとて、額ずいて拝みたくなるような出来栄えだった。
もちろんそれを実際に実行に移したりはしないが。

「死など、わらわには無縁のもの……」

カエルの足がまた一歩進む。
もうカエルが一瞬で跳びかかれる距離だ。
言いたいことはそれで終わりか?とバイアネットを構えてカエルが聞く。

「故に――」

そこまで言いかけて、マリアベルの言葉が止まる。
何事かとカエルが問いただそうとするものの、すぐに異変に気が付く。

「ああ、やはり来おったか。 考えれば大人しくしている連中ではないしの……」

そう、何者かがここに接近している。
カエルとマリアベルが気配でそれに気が付く。
カエルが背後の入口付近の気配を探るが、そこには誰もいない。
後ろを見せた瞬間、マリアベルはレッドパワーの力を練り上げる。

「話の続きじゃったな。 故に――」

そう、不死のノーブルレッドにとって、教会など意味はない。

(背後じゃない……! となると――)

カエルの脳裏に天井が可能性として浮かぶも、やはりそこからも来る気配はない。

「お主がここを選んだ? とんでもない。 この教会はわらわが――」

教会に用があるとしたら、目の前のカエルのような命に限りのある存在だけ。

(だとしたら――)

もう一つだけある入口の存在にカエルが気が付く。

そう、来たのだ。
マリアベルが逃がそうとしていた存在が。
止まっていた歯車が動き出すように、膠着していた空間が大きく動き出す!

「お主のために選んだのじゃッ!!!」            
                       (マリアベルの背後か――!!!)

マリアベルが炎のレッドパワーを繰り出す。
放たれた猛火を避けながら、カエルがマリアベルの背後のステンドグラスに向かってショットウエポンを撃った。
マリアベルの背後、カエルでさえも一瞬見とれたステンドグラスが大きな音を立てて割れる。
教会の内外に降り注ぐ破片とともに、舞い降りてくる存在。
ステンドグラスに描かれた女性が、実体を伴って顕現したように見える。
しかし、そこにいたのは実体化した聖女などではなく――

「マリアベル!」
「マリアベルさん!」

桃色の髪をした美しい女性と緑色の髪をした可愛らしい少女――ロザリーとニノが飛び降りてくる!



◆     ◆     ◆



着地したニノとロザリーが、それぞれ持っていたクレストグラフでカエルを攻撃する。
無属性の攻撃魔法ゼーバーによる、攻撃性を持った魔力の塊そのものと、風の属性を持ったヴォルテックによる嵐が襲いかかる。
カエルは一時撤退を選択し、教会の外に出た。

「お主ら……グラスの破片がわらわに当たったらどうするつもりだったのじゃ……?」
「えっ? んーと、マリアベルは着ぐるみ着てるから多少は大丈夫かなって……」
「すみません。 入口から入って魔法を使っても、マリアベルさんに当たると思いましたから」
「ちなみにニノよ、今飛び降りてくるとき見えておったぞ」
「え? 何が?」
「ロザリーは上手く隠しておったが、お主は……」
「ああ、そんなこといいのっ。マリアベルになら見られても」
「わらわにそんな趣味はないわッ!」
「違うよ! 女の子同士だから気にしないって意味だよ!」
「マリアベルさん……私たちが飛び降りてくるときあの方に呪文を使っていたのに、よく見る余裕がありましたね……」
「…………………さぁ行くぞ、皆の者!」
「あっ誤魔化した! ひっどーい!」

幸い、ステンドグラスから距離が離れていたマリアベルに、特に被害はなく。
とんでもない場所から現れたニノとロザリーに、マリアベルも悪態をつくだけにとどめた。
マリアベルも感謝しているからだ。

「それよりもマリアベル、一人で行くなんて酷いよ」
「酷いもなにも、そういう手筈じゃったろうに……」
「ええ、でも私たちも戦います。 マリアベルさんだけ傷ついていい理由はありません」

マリアベルはそれをダメだとは言わない。
否定してもたぶん無駄だと悟っているからだ。
代わりに、付いてこいとばかりに教会の入り口に向かって歩き始めた。
しかし、怪我が災いして足取りは重い。
ロザリーとニノが付いてきたことを確認して、マリアベルはゼーバーと同じ無属性のレッドパワー、メガトンインパクトを使うべく、魔力の構成を始めた。
残った二人は何事かと思うが、それを聞くよりもはやく、放たれたメガトンインパクトが教会の入り口を派手に壊し、大きな穴ができる。

「入口付近で待ち伏せされてる可能性もあるからの」

用心に用心を重ねた上での行動と分かると、ニノもロザリーも感心する。
その行動は結果として無駄だったのだが、それを二人が馬鹿にすることはない。
カエルは三人が大きな穴の開いた教会の入口から出てくるのを、堂々と待っていた。
風が激しく吹き、マント、あるいは外套を羽織っている者はそれにつられて衣服がたなびく。

「カエルよ、聞こうか。 お主はなぜこのようなことを?」
「答える義務も義理も……ない」

一時とはいえ、友誼を結んだマリアベルの質問。
マリアベルの問いを、カエルは無慈悲に斬って捨てた。
一方、マリアベルはシュウが死んだという情報を伝えない。
ロザリーとニノにそれを言えば、先ほどの自分のように動揺するだろうから。

「女三人か……」

カエルは自嘲するように呟く
まるでいたいけな女を襲う夜盗か何かのようだと思った。
しかし、夜盗でもなんでもいい。
ガルディアが復活させることができるのなら、天に唾吐くことさえやるし、大地に拳を突き立てることもするし、流れる川の水にさえ逆らってみせる。
三対一でもカエルは退くことを選択しなかった。
マリアベルが逃げていたのは、おそらくこの二人を引き離すためだと判断したから。
そんな二人にそこまでの戦力はないというのが、カエルの見解だった。
また、ニノとロザリーが、マリアベルと同じ術師タイプの戦闘スタイルだとも見破ったから。

「行くぞ……」

先手必勝。
カエルから三人に向かって飛びこむ。
狙いは手負いのマリアベルだ。
しかし、ニノとロザリーのゼーバーとヴォルテックに阻まれ、マリアベルの手前で足を止められる。
カエルが少し足を止める間に、三人は散開してそれぞれの放つべきクレスト、レッドパワーの準備をする。

ニノ、ロザリー、マリアベル。
この三人を同時に攻撃する手段は限られてくる。
ならば、その少ない手段で攻撃するしかない。
カエルが地を這う衝撃波、ショックスライダーを地面に放つ。
カエルを起点にして、衝撃波が前方に扇状に広がりながら地面を食らいつくし、それぞれ三人に襲いかかる。

「ゼーバー!」
「ヴォルテック!」

二人がそれぞれの手段で衝撃波を相殺する。
残る一人、マリアベルは詠唱が遅れているのか、純粋な回避行動でショックスライダーから逃れた。
しかし、これはカエルの計算通りの行動だ。
カエルの攻撃方法はバイアネットによる剣技と、ARMによる銃弾だけではない。
シュウとの戦いの時では見せることのなかった、カエルの手札が切られる。

「ウォータガ!」

それは何もないところから魔力によって水を召喚し、敵を押し流す魔法だ。
カエルのすぐ後ろに、大質量の水が生まれる。
これをマリアベル達にぶつければ、さすがにこの程度の水量で溺れさせることはできないだろうが、すでに魔法を放ったニノとロザリーにこれを防ぐ手段はない。
二人が慌てて呪文の詠唱が始まるが、時すでに遅し。
これでマリアベル以外に手傷を負わせることに成功する。
カエルは召喚した水をそのまま躊躇うことなく放った。

「考えることは一緒よの……」

しかし、そうは問屋が卸さないのがマリアベルだ。

「ニノ、ロザリー! 家の中か高い所かに隠れぃッ!」

ロザリーとニノが指示通りに、それぞれ身を隠す。
もはや眼前まで迫った水、いや、津波は火の魔法でも風の魔法でも防ぐ手段はない。
だが、同属性のレッドパワーなら!

「メイルシュトロームッ!」

マリアベルの背後にも、大質量の水が生まれる。
いや、水量はマリアベルの方が多い。
純粋な術師タイプと、あくまで補助的にしか攻撃呪文を使わない戦闘タイプの魔力の差がここで出る。
その激流で、眼前まで迫った津波を、もう一つのより巨大な津波が押し返す。
何の変哲もない城下町に、津波が襲いかかるというあり得ない事態が起きた。
街灯を、たまたま近くにあった民家を、水は容赦なく押し流す。

「すごい……」

水が引いた後、しばらくしてから、離れた民家に隠れていたロザリーが外に出て、濡れた地面を踏む。
ロザリーは驚嘆するほかない。
これだけの実力を操るマリアベルなら、ニノとロザリーが足手まといな理由もよく分かる。
カエルのいた場所に目をやるが、そこにカエルはない。
まさかこれで勝利したのか、とマリアベルに聞こうとしたところ、不意にロザリーを照らす日光が遮られた。
雲でも差し込んだのかと思うが、今日は雲ひとつない快晴だったと気づく。
不審に思って空を見上げたロザリーに、同じく民家から出てきたニノが悲鳴に近い声をあげる。

「ロザリーさん! 上っ!」

つまり、その答えは――

「はあああああああっ!」

押し寄せる水から逃れるため、天高く空に飛び上っていたカエルの姿!
カエルはそのままの勢いを保ったまま、ロザリーにバイアネットを持って降りかかる。

「ッ!? あうっ!」

ロザリーの回避が間に合わない。
大腿部を切り裂かれ、出血が激しく出るロザリー。
大腿部の傷は致命傷に繋がる。
そのままロザリーを殺さんとカエルは飛びかかるが、ロザリーに当てることさえ厭わない覚悟で撃ったニノのゼーバーで離れる。

このままでも、ロザリーの戦闘力は奪われたも同然。
そう思ったカエルはロザリーから離れ、今度はマリアベルに襲いかかる。
マリアベルのは着ぐるみごと壁にもたれかかれ、グッタリとしている。
ひょっとして水に押し流されて、気絶でもしたのかもしれない。
そう思って、カエルはそのまま心臓めがけてバイアネットを突き刺す。
マリアベルの心臓にあたる位置を、カエルは狙い過たず刺すことに成功した。
だが、聞こえてきたのは断末魔の叫びではなく――

「正気かッ!?」

氷のレッドパワーを展開し、隠れていたマリアベルの声ッ!
今度はカエルが奇襲を受けた形となり、左肩の部分が急速に凍りつき、凍傷になる。

「どこの世界に、ボーッとしたまま敵の攻撃を受ける奴がいると思うかッ!」

そう、カエルが大質量の水同士による激突で、人の目から隠れるように天高く飛んだのと同様に、
マリアベルもまた着ぐるみを脱いで身軽になって、ついでに囮にも使用したのだ。
痛む肩を押さえ、カエルは少し距離をとる。

「日光は美容の敵なだけで、別段浴びても死ぬことはない……それにしても着ぐるみを着ての運動は疲れるものよ……」

熱の高まったマリアベルの体温を、朝の少し寒気の残る風が気持ちよく冷やしていく。
少しばかり身軽になったマリアベルが、今度は積極的に攻勢を仕掛けていく。
火、水、氷、風、無属性、マリアベルがこれまでにカエルとの戦いで見せた、レッドパワーの属性はこれで五つ。
元来、一つの属性の魔法しか使えないというのが常識だったカエルにとって、間違いなく脅威だった。
ここまで多種多様な魔法を扱える存在と言えば、圧倒的な魔力を持つ魔王くらいしか思いつかない。
しかし、相手を脅威に感じているのは何もカエルだけではない。

「ケアルガ!」

カエルの左肩の凍傷が跡形もなく癒えていく。
マリアベルも、攻め、守り、癒しを効率よく使う、ここまで戦闘力のバランスがいい存在は初めて見る。

「回復まで使えるか……」

剣技は一流。
状況に応じて、効果的な戦闘方法を選ぶセンス。
回復、攻撃両方の魔法をつかいこなす魔力。
明らかにマリアベルたちとは相性が悪い。
マリアベルもロザリーもニノも回復魔法は持ってないし、唯一の回復手段のエリクサーはロザリーとシュウに持たせてある。
そう、シュウがここにいない以上、一度きりしか使えない切り札の回復手段なのだ。
おいそれと使うわけにはいかない。
多少の怪我は回復できるカエルと違って、一瞬の判断の遅れが致命的な事態を招きかねないのだ。

それに、マリアベルの魔力とて無限に使えるわけではない。
今のマリアベル達に足りないのは前衛を務める人物。
シュウは見た目通り忍者だ。
忍ぶ者という名の通り、直接の戦闘はあまり好まない。
……実際のところ、マリアベルの認識は忍者という言葉にとらわれた先入観でしかなく、シュウはどの距離の戦闘もできる万能タイプなのだが。
サンダウンも銃――マリアベルの知識に合わせればARM――を使った戦闘が得意だ。
後衛タイプばかりが偏ってて、今のパーティバランスは非常に悪い。
マリアベルは、早いところアシュレーやブラッドのような人間に会わんといかんな、と思った。

ふと、マリアベルはロザリーの身を案じる。
まだ多少は動けるようで、遠目にも立ちあがろうとしているのが見える。
しばらくはそれで我慢してもらうしかない。
ロザリーに向かわないように、マリアベルはカエルの注意をひきつけるために話をする。

「思えば、お主も愚かなことをしたものよッ!」
「ああ、愚かだと思う」

カエルも運よく話に付き合ってくれた。
マリアベルは攻撃をしながら、あるいは攻撃されながら、時々ニノの援護も混じりながら話を続ける。

「お主、自分が恥ずかしくないのか? あの魔王の言いなりになっておる自分を見てどう思う?」
「道化だとでも?」

マリアベルのレッドパワーをかわし、カエルがその隙をつこうとするが、ニノの援護がまた入る。
カエルは攻めあぐねていた。
ニノの持っていたクレストグラフの一つ、クイックがマリアベルの反射神経を高めていたから。
先ほどのように、思ったより攻撃が当たらない。

「分かり合えないというのは悲しいことだな……」
「知ったような口を……ッ」

すでに事態は最悪の方向へと向かってる。
時の引き金の名を冠する卵はもうない。
もう少しカエルが動くのが早ければ、運命は変わったかもしれない。
未来という名の幾筋にも分かれた道の中に、エイラが生きる道はあったかもしれない。
しかし、体が一つしかない以上、選べる道が一つしかない以上それは仮定「if」でしかありえない。
今カエルにとって大切なことは、あの時ああすればよかったかもしれないと後悔することより、起こってしまった物事に対する被害を防ぐ最短の道を走り抜けることだ。

「マリアベル、お前が悪い訳ではない。 他の誰かが悪い訳ではない。 これは、こうなることを防げなかった俺の罪だ」

カエルがどんなに身を粉にして説明を重ねたところで、マリアベルの協力は得られないだろうし、
協力があったとしても、エイラを生き返らせることはできないだろう。
だから、カエルは戦う。
理不尽なことだとも思う。
6500万年もの昔から今現在まで、世界とやらは確かに繋がっているのだ。
だが、それを説明されたところで、納得できる人間などそうはいない。
カエル自身も6500万年もの昔の人間が死んだことで、そのツケを払わされることになるなど思いもしなかった。
だが、ここで祖国がただ徒に消えるに任せるのは、あまりにも忍びない。
ガルディアの建国から600年。
繁栄を極める祖国はこれからも滅ぶことなく発展し続け、ついにはクロノたちの生まれる年代で、建国1000年を祝った祭りまで起きているのだ。
カエルにはこれからの400年の発展の歴史を、これまでの600年の歴史をなかったことにするなどできない。
サイラスが命をかけて守ろうとしたものを、失いたくなどない。

「お主、プライドはないのか……ッ!?」
「プライド……だと……?」

プライド、それは騎士にとっての矜持であると同時に、今のカエルにとって一番必要のないもの。
騎士であることを捨て、ただのグレンであるカエルにはもう縁がないものだ。
だから、カエルは言ってやった。

「プライドで空腹が満たされることはない!」

そして、駆ける。
マリアベルではなく、ニノを襲うために。
そう、今のカエルに必要なのはプライドではない。

「それと、同じことだ!」

プライドではガルディアを取り戻せない。
プライドが無ければ、小さな子供だって蟻のように殺すこともできる。
そう言わんばかりに、ニノに襲いかかる。
ニノがゼーバーを使って迎撃しようとするが、カエルはそれをヒラリとかわす。
そして、カエルはニノの手にあるクレストグラフを、口を開けてカエル特有の長い舌で弾き飛ばす。
これもカエルが初めてみせる芸当。
マリアベルがカエルの人間的な言動に囚われて奇襲を受けたのと同様に、ニノもまさか本当にカエルのような長い舌が伸びるとは思わず。
生理的な嫌悪感もあって、ニノは尻餅をついて後ろに倒れる。
カエルの見たところ、ニノとロザリーはこのクレストグラフを使って魔法を使っている。
だから、それを弾き飛ばせば、ニノは必然的に無力化される。
それは正解だ。
ニノの手にはクレストグラフがもうなく、このままカエルの攻撃を甘んじて受け入れるしかないはずだった。
しかし、ニノはここで自身に秘められた才能の一端を垣間見せる。
ニノは尻餅をついたままの姿勢で、右手を開いてカエルに突き出し、呪文の詠唱を始めたのだ。

そして、放たれる拳大の火球。
それはロザリーの世界にある、初歩中の初歩の呪文でもあった。

「メラ!」
「なにっ!?」

カエルは完全に不意をつかれた。



◆     ◆     ◆



話は少しさかのぼる。
マリアベルの各世界の魔法の講釈、そしてニノが導きの指輪を使ってみようとした間に起きた『ちょっとした出来事』を今ここに記そう。

「ねぇロザリーさん、あたしに呪文っていうのを教えてっ!」
「おいニノ、わらわの話を聞いておったか? クレストソーサレスと違って呪文の習得は一朝一夕ではできん。
 媒介がないから、全ての手順を自分でやらねばならんのじゃ。

それはマリアベルが得意げになって、魔道に関する知識を語ったり、自らの操るレッドパワーの素晴らしさについて語っている時であった。
神妙な表情になって、教師の教えを忠実に聞くような生徒のごとき態度だったロザリーが、急に話を振られてキョトンとした顔に変わる。

「どうしたのニノちゃん?」
「あのね、あたしクレストグラフがないとただの足手まといになるから、呪文とか覚えられるなら覚えたいの」

ロザリーにもマリアベルにも分からない話でもない。
何らかの事情でクレストグラフが無くなった時、ロザリーとマリアベルにはまだそれぞれ身を守る術があるが、ニノにはないからだ。
もっとも、無理だとは思っていたロザリーも性格上、ハッキリとは言いにくく。
ここは、ニノのみんなの役に立ちたい、という心意気を買って教えることにした。
当然習得は無理だろうが、その後でロザリーが少し慰めてあげればいいこと。
そう思っていた。
しかし、ロザリーとマリアベルの予想を裏切り、ニノは幾度かの失敗を経て一番初歩の呪文を成功させた。

「で、できたっ……!」

かざした掌に浮かぶ拳大の火球を見て、ニノが大いに喜ぶ。
ロザリーとマリアベルは開いた口がふさがらない。
落ちこぼれの言葉を鵜呑みにしていた訳ではないが、ニノの卓越した魔道のセンスに驚かされる。

それは、ニノに眠っていた本来の才能と、母親に愛されたい一心で得た技術によるだった。
ソーニャはニノを才能のない子供だと早々に見限り、正規の魔道の教育をニノにしていなかった。
しかし、ニノは母親になんとかして認められようと、ソーニャの隣でソーニャの唱える魔道を見て必死に学習していた。

門前の小僧、習わぬ経を読むという言葉がある。
ニノは必死にソーニャの口を読み、正確な詠唱が聞き取れる技術を身につけた。
魔法の詠唱を正確に聞き取れる技術を持った人間など、何年修行してもできる人間はそうそういない。
エレブ大陸にも、それができるのは数えるほどしかないほどだ。
そして、ニノの出自もその才能の裏付けをしている。
ニノはリキアに存在する名門の魔道一家の子供なのだ。

まさに魔道の申し子。

ソーニャはニノを役立たずだと思っていたが、とんでもない。
ニノは大成すれば、ソーニャなど比べ物にならない才能を秘めているのだ。
その才能の一端が、今ここで花開き始めている。

そしてこれこそ、ロザリーとマリアベルがニノを落ちこぼれだと思わなくなった理由。

さすがに、ホイミなどの回復呪文の習得はできなかったが。
ニノはまだ才能があるとはいえ、一介の魔道士。
賢者でもない限り、ホイミは使えないだろう。
レッドパワーも根本的な種族の違い故か、一度も使うことはできなかった。
マリアベルが、レッドパワーまでそう易々使いこなされてたまるか、と少しだけ安堵し、
また、やはりレッドパワーはノーブルレッドのみが使える選ばれし技よな、と息巻いていたのをここに付け加えておく。



◆     ◆     ◆



カエルが驚愕して、今の状況になるまで時間は数秒もかからなかった。
ニノの思わぬ反撃に足を止め、マリアベルの追撃が加わった時に勝負は決した。
ニノが拾いなおしたゼーバーのクレストグラフに魔力を十分に充填して、カエルの目の前に立っている。
バイアネットはいまだこの手に残っているが、それを何かしようという間にカエルはゼーバーによって重傷を負うか、さもなくば死ぬだろう。
終始優勢で進めていたカエルの意外な敗北。
ちょっとした油断で勝負は決まった。
カエルはよく戦った方だと言える。
シュウとの戦いを経て、大したインターバルも挟まずに、三対一でロザリーもニノもここまで傷つけたのだから。
しかし、相性の良さがあってもそこまでが限界だった。

「よくやったニノよ。 あとはわらわが……」

殺すにせよなんにせよ、さすがに、子供にこれから先のことを任せるのはつらい。
マリアベルが近寄って、カエルの武装を解除しようとする。
しかし、ニノは何を思ったのかカエルに話しかけていた。

「これで、考え直してくれるかな……?」
「何を……? ニノ、やめぃッ!」

マリアベルがニノを戒めようとする。
カエルは微動だにせずに、強い決意を以てニノに答えた。

「俺は……この傷に誓った。 必ず、ガルディアを取り戻してみせると……!」
「その傷、自分でつけたの?」
「……ああ」
「ニノ!」
「マリアベル、静かにしてて! あたしに任せてほしいの……」

ニノの強い口調にマリアベルも止まらざるを得ない。
正気か?というのがマリアベルの本音だ。
ロザリーもマリアベル自身も深く傷つけた相手であるし、また、これはマリアベルの誤解に過ぎないが、シュウも殺した人間なのだ。
心情的に、マリアベルがもうカエルを仲間と思う理由もない。

「だったら、まだ戻れるよ」
「何……」
「だって、傷をつけてるってことは迷ってるってことだよね?」

ニノはこう思っていた。
自傷行為を行ったのは自分の決意がまだそこまで盤石ではないため。
何故なら、それは非効率的な行為だからだ。
本当に決意したのなら、自身にとって不利になるような行為はしないはず。
決心が鈍る度に傷を見て自分を戒めないと、そういうことができないと判断したから。

「……だが、俺は……」
「誰かの手を掴むことは、弱さなんかじゃないよ!」

カエルの心に迷いが生じる。
そうなのだろうか?
自分一人で背負い込まず、誰かの手を借りてもいいのだろうか?
この手を血で汚さずに、もう一度クロノたちと力を合わせるべきなのだろうか?
迷いを見せ始めたカエルに、自分の腕の傷が目に入る。
それで、カエルの心は決まった。

「……けるな」
「え?」

そう、耳を貸すのは他人の御託ではなく自分の声なのだ。
この先、誰の言葉にも耳を貸さぬよう、カエルは左腕の戒めの傷をつけたのだ。

「ふざ、けるな……」

カエルの目に再び火が灯る。
子供の声に惑わされるような安い決意でもない。
大喝するようなカエルの声が響く。

「俺は、ガルディアを取り戻さなくては『いけない』んだ!」
“英雄に『ならなくては』、ファルガイアを守ることができないのだッ!」”

その声を聞いたとき、マリアベルの脳裏にアーヴィング・フォルド・ヴァレリアの言葉が甦る。
そして、カエルの言葉とピッタリ重なった。

「いかんッそやつッ! ニノ、離れるのじゃッ!」

マリアベルが止まっていた足を動かし、ニノを助けようとする。
あれは、ARMS指揮官、アーヴィング・フォルド・ヴァレリアの目と同じ。
目的のためなら、いくらでも他人を犠牲にし、利用できる目だ。
説得など、不可能な話だった。
カエルがバイアネットを使い、ニノの腹を串刺しにしようとした瞬間、マリアベルよりもはやく動いていた影があった。

ドシュッ!

「……え?」

ニノの呆けた様な声が響く。
ニノの目の前には、自分を庇って腹を貫かれたロザリーの姿があった。
尋常じゃない量の出血が、さらにニノの思考を真っ白に奪っていく。
充填していたゼーバーの魔力も霧散していく。
ロザリーの腹からバイアネットを引き抜いたカエルはさらに、ストレイボウと別れる時にした騎士の宣誓のような格好で、バイアネットを天に向かって突き立てる。
だが今度は意味合いが違う。
今度は騎士の宣誓ではなく、相手の命を奪うための純粋な行動だ。
バイアネットから轟音が響き、何かが射出される。

(これは……アシュレーのッ!)

それはアシュレーが怪獣と戦っている時、相手の数が多いときによく使用していた技だ。
マリアベルが空を仰ぎ見ると、そこには文字通り、一切の比喩なしで、無数の弾丸があった。
回避が間に合わない。
もはやどうしようもないことを悟って、マリアベルは「絶望」を感じた。
マルチブラストによる弾丸の嵐が、断頭台のようにマリアベルに降り注ぐ。

ドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!

「……かはッ……」

弾丸に文字通り蜂の巣にされるマリアベルの姿。
そのまま受身を取ることもなく、地に伏した。
ドロリと流れるマリアベルとロザリーの血。
それを見ても、まだニノは動けなかった。

「――あれ?」

ニノがロザリーを見る。
動かない。

「――え?」

ニノがマリアベルを見る。
動かない。

間の抜けたような声を出すことしか、今のニノにはできない。
それはほんの少しまでは有り得なかった光景で、しかし自分がそうなる原因を作ってしまったことを自覚する。
よかれと思ってした行動が、最悪の結末を迎えていた。
やがて、ジワジワと理解し始める。

「あ、あた、し、が……」

カエルにはニノの気持ちも、震えるほどの声になっている理由も痛いほどよく分かる。
きっと自分を責めているのだろう。
カエルに情けをかけようとしていたりもしたし、そういう優しい子なのだと思った。
でも、同時に考えなしのお人よしだとも思った。
ニノのおかげで命を永らえたのだが、カエルはロザリーやマリアベルを殺したときと同じように、ニノを殺そうと動く。

「すまない……」

そう言って、バイアネットがニノを刺し殺すまさにその瞬間!

ようやくサンダウン・キッドが到着して、カエルを突き飛ばしていた。


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066-2:永遠を背負いし者 シュウ 066-4:Justice ~それぞれの正義~
サンダウン
マリアベル
ニノ
ロザリー
カエル
ストレイボウ


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最終更新:2010年06月30日 21:53