Justice ~それぞれの正義~ ◆SERENA/7ps


サンダウン・キッドのマリアベルと別れてからの過程をここで説明しよう。
それはマリアベルと別れてから数十分。
ようやくハーレーのあった場所まで、半分の行程を過ぎたところだ。
ここまで慎重に移動していた理由は、サンダウンが身を守る手段に乏しいために移動に慎重にならざるを得なかったこと、
シュウと入れ違いになっても困るから、周囲への警戒を必要以上に行うという理由があってこそだった。
そして、偶然振り返って見たところ、目に入ったのはサンダウンの目にも見えるほど高く上がった大量の水。
それがウォータガとメイルシュトロームの激突の瞬間だとは分かる訳もないが、異常事態だと判断するには些かの不足もなく。
サンダウンはシュウとマリアベルたち三人のどっちに行くか迷った末に、シュウに申し訳ないと思いつつこちらを選んだのだ。

吹き飛ばされたカエルが体勢を整えて起き上がるまでの僅かな瞬間に、サンダウンはロザリーが護身用に持っていたナイフを持ち、言葉を続ける。

「エリクサーを……」

そう言われて、ニノはようやく我を取り戻して、出てきた人影をサンダウンの姿だと認識する。
ニノは近くにいたロザリーに駆け寄り、サンダウンはナイフ一本で果敢にもカエルに挑んでいく。
サンダウンの行動を蛮勇と見たカエルはとりあえずニノを無視し、サンダウンの迎撃に専念した。

「ロザリーさん!」
「あっ…ニノ、ちゃ……服、汚れ……」
「そんなことっ!」

どうでもいい。
そんなことはどうでもいいとばかりに、ニノは激しくかぶりを振ってロザリーの服を掴む。
ニノの服に、ロザリーの血が染み込んでいく。
ロザリーは切り裂かれた大腿部の痛みを抑えて走り、必死にニノを庇ってさらに腹を貫かれたのだ。
重傷に間違いない。
ロザリーを激しい痛みが襲うが、心優しいロザリーはニノの心配を優先させる。
ニノは今きっと、自分自身を責めているからに違いないから。

「……いいの。 ニノ、ちゃ…何も…悪……」
「違うよっ! あたしのせいで!」

ニノがカエルを無理に説得しようとしたせいでこうなった。
それは明白だ。
考えなしに、きっとなんとかなると楽観的な考えを抱いたが故に、迎えた結果がこれだ。
ニノにまた、家族を失ったときの記憶がフラッシュバックする。
あのときの再来を起こしてしまったことに、ニノは自分を激しく責める。
それを見ていたロザリーは、ニノを奮い立たせようと言葉を探す。
今のこの子に必要なのは、悲しみじゃなくて元気と勇気だと思うから。

「ニノちゃん……それをマリアベル…さん、に」

ハッとニノが自分の手に持っていたエリクサーに気がつく。
そもそもサンダウンに言われてこの薬を使うために、ニノはロザリーに駆け寄ったのだ。
エリクサーを使おうとするニノを止めて、マリアベルに使うように言いつける。
でもと言いかけたニノに、ロザリーはシュウがあと一個持ってきてくれるからと、心配のない旨も付け加える。
マリアベルの方が重傷だから、先に使ってあげてとも伝えた。

「うんっ! ロザリーさん、大丈夫だよね? 死なないよね?」
「指きりでも…しようか……?」

ニノを安心させるためのロザリーの言葉。
そうロザリーが言うと、ニノは急いでマリアベルの下へ走り出した。
頭部等、重要な場所は守っていたが、出血多量には違いないマリアベルを起こし、マリアベルの意識が残っていることを確認して声をかける。

「マリアベル!」
「ぬかったわ……どこの世界にボーッするやつがあるかと自分で言ったのにな……」

うめき声を上げてマリアベルが返事する。
声を出すのすら億劫で、口から血の塊が吐き出される。
しかし、マリアベルはニノがエリクサー使おうとするのを止めた。
何故かとニノが聞き返すが、マリアベルはそれに答えずに質問で返した。

「ロザリーは……何を、言って、おった?」
「え? 怒ってないから、マリアベルにこれを使ってあげろって……」
「そうか…ロザリーは怒らなかったか…」

なら怒るのは自分の役目だ。
そう思ったマリアベルは、ニノを頬を弱々しく平手でぶった。
ニノの頬に赤い血の跡が残る。
マリアベルとしては全力のつもりだったが、傷のせいで力が出ない。
でも、それでいいと思った。
ニノの心には、その痛みが確かに伝わっていたと感じたから。

「この……バカチンがッ!」

ニノのやったことは正しくもあり、悪くもある。
確かに、世の中には黒と白しかいないわけではない。
自分と意見を違えた者を片っ端から殺していけば、仲間になる人間もならないだろう。
でも、それは時と場合を考えないといけない。
他の人間の命も関わっている事態なのだから。
仲間にしたかったのなら、カエルの武器を奪ってから勧誘でもすればよかったのだ。
結果として、こうなったが、ニノの考えが間違っているのではない。
やり方が間違っていただけ。
ロザリーがそれは間違っている訳ではないと教えたのなら、今みたいに最悪の事態が起こり得るということも教えないといけない。
だから、怒った。
怒って、反省するように促した。

「ごめんなさい……」

素直に謝るニノ。
この子は純粋で、人の意見をちゃんと聞く耳も持っている。
だから、マリアベルもごめんなさいの一言を聞いた後は、もう怒ることはしなかった。
それ以上言わなくても、この子はもう同じ失敗は繰り返さないだろうから。

「ん。いい子じゃ……」

だから、マリアベルはニノの頬を血まみれの手で、今度は撫でた。
手のかかる、でも優しくて無垢な少女を撫でて、褒めた。
血が付くのを嫌がることもなく、ニノは自分の頬を撫でているマリアベルの手を取った。

「ニノ、仲間を傷つくのは見たくないか?」
「うん……」
「わらわたちに死んで欲しくないか?」
「うん!」
「なら、戦えッ!」

マリアベルが残された力を振り絞って、ニノの手を掴む。
サンダウン・キッドはみすぼらしいナイフで善戦はしているものの、それが限界だった。
血だらけで今にも倒れそうなサンダウン・キッド。
このままではカエルに徐々に追い詰められ、マリアベルやロザリーと同じような結果が待つだけだろう。

「ほら、このままではまた人の子が死ぬ……行くのじゃ……」

見れば、ロザリーも最後の力を振り絞ってか、魔力をため込んでいる。
元気なニノが、一人だけここで何もしないままでいい訳がない。
最後の賭けに出るため、マリアベルはニノにサンダウンの援護に行かせる。
ニノは矢も盾もたまらない勢いで走っていった。

「あやつめ……エリクサーを置いて行くくらいはしてもよかったろうに……」

ニノが急いでいるのは分かったから、マリアベルもそこまで文句は言わない。
そもそも、マリアベルはエリクサーを使う気は全くと言っていいほどないからだ。
代わりに、ニノに無断で少しだけ元気をわけてもらったのだが。
微量だったのでニノも気づいてないだろう。
とりあえず、治療がなければ、座して死を待つしかなかったマリアベルの寿命は数分延びただろう。

(まぁ、ニノのせいでこんな怪我をした罰金……というには軽すぎるがの……)

マリアベルはロザリーと同じようにレッドパワーを使うべく力を込めるが、その作業は遅遅として進まない。
体力の消耗と、激痛による精神力の集中ができないからだ。
ロザリーもそのようで、中々作業がはかどらない様子。
ロザリーの選んだクレストはやはり使い慣れてきたヴォルテック。
何のレッドパワーを使うか迷いながら、マリアベルは魔力の構成を始めた。
決着の時は、近い。



◆     ◆     ◆



「サンダウンおじさん!」

ニノの声が響き、ゼーバーが飛んでくる。
バックステップしたカエルとサンダウンの間に距離が生まれた。
この距離、カエル、サンダウンともに好機と見る。

サンダウンが切り札の使い捨てのピストルを抜く。
カエルがバイアネットを構え、サンダウンに狙いをつける。

撃ったのは、カエルが先。
カエルがバイアネットから広範囲の敵を殲滅できるブラスターギルティを発射!

もはや満身創痍のサンダウンは避けることもかなわず、奇跡的に避けたとしても、ブラスターギルティは広範囲に爆発するタイプの弾丸。
カエルの勝ちは確定のはずだ。
サンダウン・キッドは満身創痍ゆえ、銃を抜くのが遅れる。
シュウとの対峙の時に見せた、神速のクイックドロウが披露できない。
サンダウン・キッドは満身創痍ゆえ、銃を撃つのが遅れる。
銃は超高速の弾丸を放つ武器。
一瞬の遅れで勝負がつく。
そう、断言しよう。
サンダウン・キッドは明らかにカエルより撃つのが遅れた。

だが、しかし。

この勝負、サンダウン・キッドの勝ちだった。

「!?」

ブラスターギルティの弾が、サンダウン・キッドに到着する手前で、不可思議な爆発をする。
カエルの目には、何が起こったのかまったく理解できなかったであろう。
サンダウンはカエルの目線と銃口の向きを確認し、その狙いが自分に間違いなく当たると判断。
そこでサンダウンがとった行動は、まさに神業だった。
サンダウンは、自身の動作がカエルに遅れを取っていると判断し、狙う対象をカエルの放つバイアネットの弾そのものに変えたのだ。
銃口と視線を読んで、それに対する手段を取る。
銃というものをよく理解し、己の身を守る愛用の武器として親しんでいる、サンダウンだからこそできる芸当。
剣の勝負では、サンダウンがどうやってもカエルに勝てないように、銃での勝負ならカエルがサンダウンに勝てる理由はない。
そこで、カエルの目にさらに不可思議な事象が起こる。

それはロザリーの最後の力を振り絞った魔法。

◆     ◆     ◆

(駄目……まだ死んでは駄目……!)

激痛に耐えながら、思う
ピサロに出会うまで、ロザリーは死にたくない。
それはピサロに対して、純粋に思慕の感情を持っているためでもあり、また、ピサロが今どこで何をしているかが想像できてしまうから。
ロザリーが一度殺される前から、人間を滅ぼすと豪語していたピサロのことだ。
人間に虐待され、人間に殺されたロザリー。
奇跡を掴み取り、愛する人との平和なひと時を勝ち取れたからといって、この状況でピサロが人間を信用する理由もない。
むしろ、積極的に人間を狩っている可能性が高いだろう。
だから、止めたい。

(それに……)

でも、ピサロのことよりも、今はニノやマリアベルのことが心配だった。
特にニノは今、失うことを極端に恐れている。
二度も家族を失った経験があるニノは、これ以上身近な存在が死ぬことは耐えられない苦痛なのだろう。
だから、今ロザリーが死ねば、ニノはきっと自分を責めるだろう。
それをさせてはならない。
そう思い、最後の力を振り絞って、ニノとサンダウンを援護するクレストを唱える。

(ニノちゃん……)

この魔法に全てを託して――

(頑張って――!)

「ヴォル……テック!」

ロザリーの意識は闇に沈んだ。

◆     ◆     ◆

女の魔法の声が聞こえてきたかと思うと、突然爆炎を囲むように風の嵐が発生する。
そしてそのまま、爆発し上昇しようとしている爆炎と爆風が、まるで意思を持っているかのようにカエルに襲いかかってきたのだ。
荒れ狂う炎がカエルを焼き尽くさんと襲い掛かり、カエルはマントで自分の顔や体をできる限り覆い、炎に包まれる。
業火がカエルを覆い尽くすが、カエルは決して焦ったりはしない。
所詮、こけおどしだ。
炎はブラスターギルティと何かが爆発したときの炎が、こっちに向かってきているだけ。
爆発するための火種も燃料もないまま、こちらに叩きつけただけの、言わば残り香のような炎。
場所は石造りの民家が並んだ城下町。
木造住宅ならともかく、激しく燃えるような物も何もない。
故に、この程度の炎、すぐに消えさる。
カエルはそう判断する。
その判断通り、炎はカエルの皮膚をほとんど焦がすこともできないまま、消えていく。

(来るなら来い!)

そう、カエルはこの炎は単なる目くらましだと考える。
だからこそ、大量の炎にも惑わされることなく、迎撃の準備をしていた。
ようやく、目を開けても大丈夫なほど炎が引いてきたころに、飛び出してくる影が一つ。
ナイフを持ったサンダウン・キッドだ。

「この程度で!」

カエルは冷静にサンダウンを迎え討つ。
そもそもナイフでの戦いではどうやっても勝てなかった男が、ナイフ以外何も持たないまま突進してくるのだ。
何か策があるはずに違いないと、カエルは冷静にそれを見極める。
そして、カエルの予測通り、今度はカエルの背後からニノが飛び出してくる。

挟み撃ちだ!
だが、カエルは心の中で計算通りだと勝利を確信した。
今考えていた方法は、挟み撃ちに対する手段として、最も適切であったからだ。

ウォータガ。
一度だけ見せた大質量の水で、今度こそ二人揃って押し流す。
すでに呪文の詠唱も済ませ、発動するのを待つだけだ。
カエルが迎撃の準備を済ませていることをサンダウンとニノが気づくが、もう止まることはない。
片方が止まったら、片方に迷惑がかかるからと知っているから。
それはカエルにとって無謀であり、蛮勇であり、ありがたい行為でしかなかった。
カエルがウォータガを発動させようとしたその瞬間!

マリアベルの介入があった。

(こんなレッドパワー、仲間を信じておらぬと使えぬわ……)

マリアベルは攻撃系のレッドパワーを選択することはしなかった。
ノーブルレッドの真の強さの秘密は、数多くの属性を持つ攻撃用のレッドパワーにあらず。
数々のロストテクノロジーと、搦め手を攻めるようなトリッキーなレッドパワーの数々だ。
ロストテクノロジーは残念ながら今ここで披露はできないが、もう一つの強さは見せ付けねばならない。
それはトランプで言えば、ジョーカーでもキングでもエースでもない、8か7くらいの中途半端な手札。
でも、確かにその選択を間違ってない、今の状況においてはベストとも言える選択肢!
そのレッドパワーを唱えて、マリアベルの意識も途切れた。

「バリバリキャンセラーッ!」
「……!? これは!?」

収束していたカエルの魔力が、カエルが何かした訳でもないのに、急に霧散していった。
カエルが驚愕している間に、さらにサンダウンとニノが突っ込む。
サンダウンはナイフを、ニノは直接ゼーバーを撃ち込もうとする。
気がつけば、カエルは二人の射程範囲内。
ウォータガを使えなくなったことで、サンダウンとニノのどっちを迎撃するかの判断に一瞬迷う。
そのカエルの思考を、サンダウンとニノは読み取る。
別段、サンダウンとニノが超能力者という訳でもない。
おそらく同じ状況に置かれた人間なら、十中八九その思考をするだろうから。
つまり、カエルの思考を読み取った二人の行動はまったく一緒。

どっちを先に迎撃するかって?

              そ   ん   な   の   ッ   !   !   !

「私に決まってる……!」
                    「ッ!?」
                                    「あたしに決まってるよ!」


(俺が……負ける?)

カエルが敗北の二文字を予想する。
こんなところで潰えるほどの夢だったのだろうか。
もう俺はここで終わりなのだろうか。
否、有り得ない。
カエルはサイラスのことを思いだす。
姫の笑顔を思い出す。
仲間であると同時に、ガルディアを継ぐ者であるマールのことも思い出す。
ガルディアに住む人々のことを思い出す。
それを思えば、今この状況など、窮地でもなんでもない。

(いや、負けられるか……!)

一度は諦めかけた体が動き出す。
カエルの中の熱い何かが、激しくカエルを突き動かす。
こんなところで死ねるものか、と。
バイアネットを振りかざし、サンダウン・キッドを袈裟斬りにしてしまう。
代償は、ニノのゼーバーによる左半身の負傷と、サンダウンのナイフによる刺し傷だ。
だが、それで終わりはしない。
サンダウンを完全に沈黙させたことを確認し、カエルは最後の一人ニノを殺そうと、返す刀でバイアネットを振るう。

地に伏した存在が三つ。
三者、いずれも動くことはなく、流れ落ちる真っ赤な液体がその者の運命を示していた。
三人を致命傷に至らしめたその凶器、
バイアネットをその手に抱えたまま、男はニノに向かって突進する。
その心に微かな自嘲の念を浮かべて。
彼はかつて、正義感あふれる勇気ある若者だった。
魔王の邪悪なる所業に怒りの炎を燃やしていた。
だが、彼は、魔王の甘言に耳を貸してしまった。
魔王の誘いに、心を動かされてしまった。
だが、もう今更躊躇うことはない。
すでに三人斬った。
後戻りはできない。
する必要などない。
守りたいものがある限り、カエルは何度でも立ち上がる、立ち向かう。

(―――そうだ、俺は決めたんだ。必ず、ガルディアを取り戻してみせると―――!)

さしものカエルも体力が尽きかけるが、子供一人討ち取るのは容易い。
そう思っていた。
だが、ニノは健気に己を奮い立たせ、カエルに立ち向かっていく。

「まだ!」

ニノは諦めない。
サンダウンが斬られたとき、ニノは悲鳴をあげてサンダウンに駆け寄りたい衝動に駆られる。
でも、それはみんなの今までの行動を無駄にするものだと分かってたから、カエルと戦うことを優先した。

「クイック!」

身体能力を上げて、ゼーバーとメラの魔法を唱え続けて、カエルと戦い続ける。
ニノの双肩には、三人の命がかかっているのだ。
泣きたい衝動を抑えて、マリアベルは必死にカエルの攻撃を避け続ける。
みんなを失いたくないからこそ、ニノは頑張り続ける。
崩れ落ちそうになる足を叱り付けて、身も世もなく泣き叫びたい衝動を抑えて。

「負けない! 負けないから!」

弱い自分に負けたくないから。
カエルの猛攻を受けながら、叫ぶ。
ここで、またあたしのせいだと嘆くのは簡単だ。
でも、マリアベルは言った。
戦わないと、人が死ぬと。
ニノはもう誰にも死んで欲しくない。
家族を失ったときのような、つらい思いはしたくない。
自分を落ちこぼれじゃないと言ってくれた、ロザリーを死なせたくない。
足手まといでも一緒に連れて行ってくれた、サンダウンを死なせたくない。
だから、ニノは戦う。
……でも、本当は今にも心が折れそうで。
だから、ニノは自分を勇気付ける言葉を唱える。

「へいき、へっちゃらッ!」

カエルの耳に、二人分の声が重なって聞こえたのは何かの気のせいか。
リルカ・エレニアックが唱えていた言葉をニノが真似する。
震えそうな心を勇気付けて、暖かくしてくれる言葉だ。
言葉にしてみると、本当に元気が出てくるような感じがする。
もう駄目だ、と思っていた心が、あと少し頑張ろう、という気にさせてくれる。
こんなすごいおまじないのような言葉を知っているリルカは、やっぱり自分よりすごいと思う。
だから、残り少ない魔力が枯渇する、まで待つしかなかった膠着状況を打開するため、ニノは最後の手に出る。
ニノの指が――不意に光った。

「ゼーバー!」

ニノが魔力を展開して、ゼーバーの魔法を使う。
対するカエルも、ニノが最後の手段に出たことを悟り、気を引き締めてかかる。
ゼーバーの魔法は放たれることなく、ニノの手で発射する準備だけを整えている。
何か策があるのかと、カエルが攻撃を繰り出しながら考えると、ニノがそれを避けながらもう一度叫ぶ。

「ゼーバー! え……って、あれ?」

見れば、ニノの手に展開してあったゼーバーの魔力が、宙に消えて無くなっていく。
ニノの脚が止まったこともあって、カエルはこれを相手の魔力切れと判断して、一気に勝負をかける。
カエルが銃床の部分で横殴りにして、ガードされたニノの華奢な腕ごと吹き飛ばす。

「あっ!」
「終わりだ」

体力の限界もあって、ニノは即座に起き上がることもできない。
チェックメイトだ。
せめてもの情けとして、苦しまず逝けるように心臓を一突きにしようとしたところ――

「お前がな……」

怒りを胸に秘めた、男の低い声が響く。



◆     ◆     ◆



カエルの足がピタリと止まる。
いや、止めさせられたのだ。
そこにいたのは両足でしっかりと大地を踏みしめ、リニアレールキャノンを構えるシュウの姿。
もしそこから一歩でもニノに近づけば、容赦なく撃つという意思がカエルにも感じられる。

「そんな物を隠していたか……」
「ああ、だが……あの時躊躇わずにお前に使っているべきだった……」

用心深いシュウは、以前ストレイボウとカエルに出会ったときに、この武器の存在は隠していた。
切り札はできるだけ見せないようにしていたからだ。
だが、シュウはその武器を使うことに躊躇を覚えていた。
図らずもその威力を間近で見たことがある存在、マリアベルにこの元艦載式磁力線砲の威力のすごさを教えられてしまったから。
本来の持ち主、ブラッド・エヴァンスでさえも、この兵器を使う対象は大型の怪獣や戦艦のみに限っていたから。
リニアレールキャノンにつけられた、「元艦載式磁力線砲」の肩書は決して名前だけのものではない。
しかし、その大きすぎる威力がネックなのだ。
一回しか使えない連射性能の低さが、この場合は仇となり得るのだ。

テロ組織オデッサが旗艦、ヘイムダル・ガッツォー。
全長数十キロの巨大要塞を一撃で半壊に追い込むその威力。
まさに対『人』兵器ではなく、対『艦』兵器の領域に当たる。
もはや、一人の人間に対して撃つものではない。
オーバーキルもいいところだ。
もし実際に撃つことになって、カエルに当たれば、間違いなくその死体すら残さずにこの世から消し去ってしまうであろう。
だからこそ、これを撃つ環境はもっと別のところにある、そう考えてしまう。
残り43人、この中に間違いなく他人と手を取り合うことを否定し、己が欲望のままに進んで殺しをする存在がいる。
強大な力を持ち、一人や二人が組んでも、傷つけることすら叶わぬ存在がいるかもしれない。
そういった強大な存在を撃つために、この武器は温存しておくべきではないか。
様々な可能性が浮かび、シュウはこの武器を撃つことに対して踏ん切りがつかなかったから。

大柄な体格のシュウと比しても、その兵器の巨大さは目立つ。
凶悪さは一目瞭然、威力も推して知ることができると言えよう。
おそらく、最初に出し惜しみをせずに全力で戦えば、長期戦になることもなく、勝負はついただろう。

やはり、カエルは最初にシュウと戦った時のいやな予感が当たっていたと確信する。
シュウと最初に戦ったとき、カエルは終始押されていたと言ってもいい。
まさかシュウが体術のみを駆使して戦い、しかもリーチの面において有利なカエルの懐に入り込み、バイアネットの弾を撃つことすらできないとは思ってもいなかったからだ。
そして、それがシュウのやけっぱちの奇策ではなく、これがシュウ本人の戦闘スタイルだと理解するのに時間はかからなかった。
しかし、それだけがカエルの圧倒されていた理由ではない。
単純な考えだが、距離を詰められてバイアネットの弾等を撃つ機会が削がれたのなら、距離を離して攻撃すればいいのだから。

それはしない理由とは何か?
カエルが片腕につけた傷がハンデになっていた、というのもある。
長年戦ってきたカエルの戦士としての嗅覚が、何故だかこれがベストだと感じていたからだ。
シュウには出してないだけでまだ何かがあると、カエルは本能で感じ取る。
それを、カエルはシュウの戦い方、表面に現れた動作の機微だけで理解する。
必要以上に距離を離せば、その何かでやられると。
だから、接近戦で圧倒されながらも、ケアルガやヒールで根気良く回復し続け、戦い続けていたのだ。

カエルはニノに斬りかかる体勢から、冷静にシュウの方に向き直る。
焦りはしない。
シュウが無言のままにリニアレールキャノンを撃たなかったからには、その巨大さに見合った威力があると推測する。
そして、その威力故にニノの巻き添えを懸念したのではないか、と。
カエルの読みは当たりで、シュウが問答無用に撃てなかったのは一度も試射したことがない故に、その威力を測りかねたから撃たない。
一度も使ったことがない、性能を確かめることもできない兵器など、まるでいつ爆発するか分からない爆弾のようなものだとシュウは自嘲する。

「去れ……」

だから、シュウは勧告で済ませる。
いいのか?と聞くカエルに対して、シュウはお前にかまっている時間より、そこの三人の治療に時間を割きたいと答える。
現時点でリニアレールキャノンを使う気になれない理由を、もっともらしい理由で隠すことも忘れない。
ニノは何も言うことなく二人のやり取りを見ている。
カエルはニノから手を引くことで、逃がしてもらえる条件を呑んで去ろうとする。
体力もそろそろ限界だったし、問題ない。
最後に、一言シュウに言ってやった。

「俺の……勝ちだな」
「……」

苦虫を噛み潰したような表情をシュウがする。
今から再び、今度こそ出し惜しみなしでやりあえば、シュウが勝っていたかもしれない。
だが、事実はそうならず、カエルを逃がす代わりに、ニノの命をようやく救えたに過ぎない。
シュウがリニアレールキャノンを使わず慎重になりすぎた代償が、血だらけで倒れている三人。
そう、シュウは純粋な一対一の勝負では勝っていたかもしれないが、今回は負けたも同然なのだ。

「カエル……」
(そういえば……)

カエルはいたたまれない気持ちになる。
そもそも、この男がいたからこそ、シュウとの戦闘は放棄したのだ。
自分とどこか似通っていると、そう思ったからこそ、去り際にアドバイスをした男がここにいた。

「ストレイボウか……」
「カエル……もうやめるんだ」

ストレイボウも悲痛な声を抑えることができない。
カエルがついに、人を手に掛けたのだ。
見れば、その中にはいたいけな女子供の姿もある。
かつての自分なら、その光景を見て笑ったかもしれないが、今はただただ胸が苦しかった。

「お前は、昔の俺と同じような道を歩んでいる……ッ」
「……そうかもしれないな」
「だったらッ!」
「だが、俺はもう戻らない。 分かるんだ。 俺はもう、誰を殺しても、なにをしても、何も感じることはないと」
「……悪いが、やるならよそでやってくれ。 時間が惜しい」

カエルとストレイボウの問答を聞いていたシュウが、未だリニアレールキャノンを構えたまま口をはさむ。
遠目にも、サンダウンたち三人が重傷なのが分かるからだ。
それを聞いたカエルは、背中を向けてマントを翻し、今度こそどこかへと去っていった。

「さらばだ……友よ」

そう、呟いて。

「何故だ……俺のことを友だって言ってくれるのに……どうしてッ!」

ストレイボウの嘆きが、ずっと聞こえてくるのが辛くて……。

カエルは、回復魔法を唱えながら逃げるように走り去っていった。

(カエルの耳とは……ずいぶんとよく聞こえる……)

戦いのときに役立っていたカエルの能力が、今はひどくうっとおしかった。

【I-9 城下町 一日目 午前】
【カエル@クロノトリガー】
[状態]:左上腕に『覚悟の証』である刺傷。 疲労(大)
[装備]:バイアネット(射撃残弾1)
[道具]:バレットチャージ1個(アーム共用、アーム残弾のみ回復可能)、基本支給品一式
[思考]
基本:ガルディア王国の消滅を回避するため、優勝を狙う。
1:ここから離れる。
2:仲間を含む全参加者の殺害。
3:できればストレイボウには彼の友を救って欲しい。
[備考]:
※参戦時期はクロノ復活直後(グランドリオン未解放)。




カエルが去った後は、三人で協力して、重傷の三人を横に並べて横たえた。
エリクサーを誰に使うかのが適切か、調べるためだ。
だが、残酷な結果が分かる。
サンダウン、マリアベル、ロザリー、いずれも重傷。
しかも、全員意識を失っている。
それどころか、このままだと数分もしない内に死ぬことが発覚する。

「あたしのせいだ……」
「いや、俺のせいだ」
「いや、俺が……」

ニノが暢気に、カエルが武器を持ったまま説得をしようとしたから。
シュウが慎重になりすぎて、リニアレールキャノンを使うのを躊躇ったから。
ストレイボウがバイアネットをブライオンと交換しなかったが故に、カエルを引き止めることができなかったから、マルチブラストなどの弾で悲劇が起きた。
各々がそれぞれの理由で自分を責めるが、それは無駄な時間を過ごしただけに過ぎなくて。
決断の時間を迫られていた。





さて、ここで一つクイズをしよう。





死んでさえなければ、どんな傷でも治せるエリクサーが二つ。
今にも死にそうな重傷の患者が三人。
人間、エルフ、ノーブルレッド。





さあ、あなたならどうする?



時系列順で読む

BACK△066-3:亡き者に贈る鎮魂歌Next▼066-5:Alea jacta est!

投下順で読む

BACK△066-3:亡き者に贈る鎮魂歌Next▼066-5:Alea jacta est!

066-3:亡き者に贈る鎮魂歌 シュウ 066-5:Alea jacta est!
サンダウン
マリアベル
ニノ
ロザリー
カエル
ストレイボウ


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最終更新:2010年06月30日 21:56