彼女の魔法、彼の理想 ◆6XQgLQ9rNg
小さな風が木々の合間を通り抜ける。葉が擦れ合う音は、泣き声や嘆きのようだった。
風が止まりざわめきが収まれば、残るのは静けさと夜闇のみ。
月明かりは薄く、深い森の奥を照らすには弱すぎる。
――でも、さっきよりはマシかも。
肌寒い夜気を感じながら、赤を基調としたワンピースを着た少女――
リルカ・エレニアックは両腕でその身を抱く。
身震いをしてしまうのは肌寒さのせいだけではなく、数分前の光景を思い出したためだ。
光すら届かないような漆黒の中にいたあの数分は、息が詰まりそうだった。
性質の悪い夢にしては生々しくリアリティがある。
そもそも、これが夢だとすればとっくに目覚めているはずだ。
あんな悪夢を見て寝ていられるほど、リルカは肝が据わっているわけではない。
だからきっと、これは現実だ。
魔王と名乗る、憎しみに満ちた男の存在も。
二人の男の首が無残に吹き飛んだ光景も。
そして、命を握られて殺し合いを強要される状況すらも。
全て、現実だ。
震えが、止められない。
どれほど拭っても取れない汚れのように、恐怖がこびりついている。
ARMSに所属し、戦いに身を置いている以上、死は身近に存在していた。
自分が殺される可能性、仲間が殺される可能性、敵を殺してしまう可能性。
それらはいつだって、すぐ側で息を潜めている。
少しでもきっかけがあれば姿を現して、襲ってくる可能性の群れ。
その気配が、より濃厚になって纏わり付いてくる。
これほど強く死を意識するのは、抗う暇もなく瞬時に命を消し飛ばす枷が首に巻きついているせいか。
憎しみの固まりとしか思えない魔王オディオの姿が脳裏から離れないせいか。
あるいは、こんな殺し合いの場に一人ぼっちで放り出されたせいだろうか。
いや、一人ぼっちなだけならまだマシだ。その事実は充分に心細いが、リルカの不安を煽る要因は他にある。
クレストグラフが一枚もなかった。愛用の傘もない。テレポートジェムすら残されていない。
つまり、戦う手段が皆無だった。殺し合いどころか、自分の身すら守れない。
このままでは襲われたとき、死を甘んじて受けるしかない。
一面に広がる森には闇が落ちており、隠れるには最適だ。
しかしそれは同時に、他の誰かが身を隠すにも適している。
今も、いるかもしれない。
たとえば、隙間なく林立する木々の陰に。
たとえば、リルカとほとんど変わらないほどに背の高い草が作り出す草叢の奥に。
たとえば、仰ぎ見ても頂点が窺えないくらいに高い大木の上に。
もう、いるかもしれないのだ。
誰かを傷つけ甚振り嬲り殺すことに抵抗を覚えないような人物が。
オディオが言うような、自分のために他者から全てを奪うような人物が。
意識した瞬間、拍動が強くなり背筋を生温い汗が伝い落ちる。
周囲を満たす暗闇が怖くなる。
その中に、向こうに、既に誰かが潜んでいて、リルカを監視しているような予感すら生まれてくる。
緊張が高まり、思わず唾を飲み込んだ。
不意に、風が吹く。冷えた夜風はリルカの髪とマントを揺らしていき、そして。
ざわり、と。
枝葉が擦れる音を響かせた。緊張のせいで鋭敏になった聴覚が、必要以上に大きくその音を捉える。
反射的に、振り向いてしまう。
風によって揺らされた草木が立てた音だと分かっていても、敏感に反応していた。
溜息が、落ちた。
一人になったら何もできず、怯え震えている臆病な自分が情けない。
広がっていく自己嫌悪。所詮その程度でしかないと、胸の奥から声がする。
囁いているのが誰かなどと、考えるまでもない。
何も見えず何も聞こえず何も感じられない虚無へと誘う、弱い自分の声。
聞き慣れた、嫌な声だった。
だが、それ故に知っている。
自分を傷つけようとする感情に、押されず流されず潰されないための、術を。
そして、リルカは確信している。
どんなものにも抗い立ち向かうことが出来るという、事実を。
自分にも、他の何者にも負けないために。立ち止まらないよう、前を向くために。
リルカは、唱える。クレストグラフなどなくても、才能などなくてもできる、魔法の言葉を。
「……ホクスポクスフィジポス」
それは、元気が出るおまじない。チカラを与えてくれる、優しい魔法。
久々に唱えるその呪文は、じんわりと心に染み入っていく。凝り固まった体を解すように、染み渡っていく。
いつしか、震えは止まっていた。恐れが消えたわけではない。望みが生まれたわけでもない。
それでも。
たとえ絶望的な状況でも真っ暗闇の中でも、めげないで前を向いて進むことができる。
自己嫌悪を感じても、それを踏み台にして前を向ける。
それが、リルカの魔法。クレストソーサーなんかじゃない、リルカだけの、魔法。
「うん。へいき、へっちゃらッ!」
出来ることをやればいい。何もやらずに震えたって、先へは進めない。
リルカは、デイバックからランタンを取り出して明かりを灯す。
暗順応し始めた瞳には、小さな輝きすら眩く見える。だがそれ故に、頼もしい。
生まれた光を頼りに、リルカは名簿の知っている名前を順に追っていく。
ティムを除く、ARMSの実働部隊全員がこの孤島のどこかにいるらしい。
みんななら大丈夫だと、リルカは思う。
みんなずっと強く、こんな殺し合いに乗るような人たちではないのだ。
彼らとの合流を考えながら、続く名前を見て、リルカは目を見開いた。
アナスタシア・ルン・ヴァレリア。
アガートラームを振るい、欲望のガーディアンと共に焔の災厄を終わりに導いた、剣の聖女。
既にこの世にはいないはずの存在である彼女の名があるのは不可解だった。
だが、考えるのは後回しだ。今は、そんな考察よりもすべきことがある。
そして、最後に残った既知の名を見つけた瞬間、リルカの表情が引きつった。
「えーと……なんで……?」
思わず、目を擦る。見間違いだと思いたい。
それでも、名簿には確かにその名が記されている。
理解不能だった。相方はいないようだが、そんなものは些細な問題だ。
深呼吸を一つして、早急にデイバックへと名簿を放り込む。
――細かいことは会ったときに考えよう。考えられる余裕、ないかもしれないけど。
頭に浮かんだ緑の影を振り払いつつ、リルカは支給品を確認する。
出てきた物は、ピアスとイヤリングと、そして。
破壊のために作られたとしか思えない、巨大な鋸の刃が特徴的な、禍々しい武器だった。
ピアスはただのアクセサリではなく、刃のように鋭い形状をしている。
なかなかの殺傷力を誇りそうだが、近接戦闘が魔法以上に不得手なリルカには使いこなせそうにない。
対して、イヤリングは普通の装飾品に見える。
しかし、多少なりとも魔法の心得があるリルカには、魔力の込められたものだと分かった。
クレストグラフがないため魔法は使えないが、一応装備しておく。
そして、残ったのは鋸のくっついたARMのような武器。
使い方が分からないし、そもそも重くて持てない。
原理は分からないが、デイバックに入れておけるようだし、入れてあれば重さを感じないので、なんとか戻しておく。
まともに使えそうな武具が入っていなかったことに落胆するが、立ち止まってはいられない。
現在地を確認しようと地図を広げた、その瞬間。
がさりと、葉擦れの音がした。
リルカの髪は揺れていない。大気の流動など感じられない。
無風の世界で立つ物音は、何かの気配を伴っている。
心臓が跳ねる。不用意に明かりを灯したのは迂闊だったと後悔しながら、ランタンに手を伸ばす。
だが、間に合わない。
「動かないで」
リルカが明かりを消すより早く、声が飛んできた。
反射的にそちらに目を向けると、金髪を後ろで束ねた線の細い少年が、リルカへとクロスボウを向けていた。
◆◆
金髪の少年――ジョウイが少女の元へ辿り着いたのは、森に浮かぶ明かりを頼りに移動した結果だ。
弓越しに見える少女はそれほど焦っているようには見えない。ある程度戦場に慣れているのだろうか。
背格好からは体術に長けているとは思えないし、武器は見当たらない。
ならば、紋章術士という可能性が高い。
額と両手に視線を走らせる。しかし、そのどこにも紋章は宿されていないようだ。
次いで、彼女の表情を今一度観察する。
まだ幼さの残る顔に浮かぶのは、ジョウイに対する警戒心。
緑の瞳から生じる視線は真っ直ぐにジョウイを捉えている。
そこには諦観など露もない。曇りのない純粋な瞳は、魔王の憎悪に屈してなどいなかった。
だから、ジョウイはクロスボウ――ワルキューレの引き金から指を離し、下ろす。
肩の力を抜き、少女に向けて微笑みかけた。
「すまない。きみが殺し合いに乗っているか判断できなかったから、弩を向けさせてもらった。
だけど、心配することはなさそうだね」
彼女からは殺意や敵意を感じない。ただ、武器を向けてくる相手に警戒心を抱いているだけ。
演技で殺気を隠しているようにも見受けられない。そもそも、そんなことができるほど器用には見えなかった。
だから、ジョウイは少女に歩み寄る。
極力敵を作るわけにはいかない。
少なくとも、今は。
ジョウイの態度にホッとしたのか、少女は緊張を解いて座り込み、長い息を吐いた。
「びっくりしたぁ……」
安堵に満ちた呟きを落とす少女の前で、ジョウイもしゃがみ込んだ。
「本当に、ごめん」
眉尻を下げて謝罪するジョウイに、少女は首を横に振って答える。
「あ、いえ。平気です、大丈夫」
ピースサインと共に彼女が返してくる微笑みは、とても純粋で人懐っこい。
猜疑心の欠片も見られないその笑みを前にして、ジョウイは、胸の深奥に小さな痛みを覚えた。
何故ならば。
ジョウイは、彼女を始めとした参加者全員の、死を望んでいるからだ。
今も鮮烈に焼き付いている。
痛烈な憎悪を以って人々を屈服させ、力を誇示した魔王の姿が。
ルカ・ブライト並みか、それ以上の憎しみと力を誇った魔王オディオが、ジョウイの脳裏に強烈に刻まれていた。
ハイランドのキャンプでルカの力を目の当たりにしたときと同様の衝撃が、ジョウイを貫いていた。
魔王の持つ強さに惹かれていたのだ。かつて、ルカに惹かれたように。
何者にも有無を言わさない、絶対的で圧倒的な力。
それを欲し、求め、黒き刃の紋章を身に宿した。
それでも足りず、ルカに力を見出し、利用して、ハイランドという国を手に入れた。
上手くいくと思った。力が、理想へと近づけてくれる気がした。
だが、ハイランドは敗北した。
親友がリーダーを務める都市同盟に、敗戦を喫した。
親友が作る国は、ジョウイ自身の理想と違わないだろう。
だが、ジョウイは思うのだ。
それでは足りない、と。
優しすぎる彼が作る国では、またいずれ戦争が始まり傷つく人が出る、と。
親友の思想を否定するつもりも、自分の行為を正当化するつもりもない。
ただ、歩む道が違っただけ。
そしてきっと、今も選ぶ道は別々なのだろう。
ジョウイは再度、かつて通った道の出発点に立っていた。
もう一度だけ、チャンスを与えられた気がした。
力を得て、理想の国を打ち立てる機会を。
自分を信じて戦ってくれた兵たちに報いる機会を。
神ではなく魔王によって与えられたチャンスだが、構わない。
どのみち、次などない。
黒き刃の紋章が、既にジョウイの命を限界近くまで削り取っている。
輝く盾の紋章を手にし、始まりの紋章を一つに戻さない限り、先はない。
だが、始まりの紋章を宿した上で魔王の力を得ることができれば。
その力を以って、新しい国を、理想の世界を作り上げられる。
理想の世界とは即ち、誰も傷つかず悲しまず戦争など起きない国。
ピリカのような子が、家族や故郷を失わず、怖い思いをせずに生きていける国。
欺瞞であり身勝手な理想などと、百も承知だ。
悲劇を生まない理想の前提として、無数の悲劇と犠牲が必要なのだから。
未来を夢見て、今を破壊する行為の果てに、理想を実現したとしても、手放しに賞賛はされないだろう。
それどころか、怨恨、憎悪、嫌悪、怨嗟、遺恨、あらゆる負の感情をぶつけられ、悪意に満ちた視線と感情に晒されることは想像に難くない。
それだけ多くのものを、多くの人から奪い取るのだから、当然だ。
だが、たとえそうなったとしても。
理想が、叶えられるのなら。
戦争による悲劇が、二度と生まれないのなら。
自分だけが傷つき怨まれ憎まれることで、他の誰も傷つかない世界が作れるのなら。
どんな汚名も恥辱も受け止め受け入れられる。
決して後悔など、しない。
いや、たとえもう一度敗北したとしても、後悔はしないと言い切れる。
自分出した答えを、信じて進む道だから。
覚悟だって、できている。
アナベルを手にかけたときから。
自分が汚れ罵られる覚悟も、全てを背負う覚悟も、そして。
親友である少年と、彼の姉と戦う覚悟も、とうの昔にできている。
親友同士だったハーン・カニンガムとゲンカクが剣を交えたように。
ジョウイと親友も、戦いは避けられない。
それは、分かたれた始まりの紋章をそれぞれに宿したときから決まっていた宿命であり、必然だ。
――それでもきっと、きみは拒否するんだろうな。
親友の顔を思い浮かべ、内心でそう呟いたとき、目の前の少女が口を開いた。
「あの、わたし、リルカ・エレニアックって言います。名前、教えてもらっていいですか?」
黙りこんだジョウイを不審に思ったようだった。
彼女の言葉に耳を傾けながら、ジョウイは思う。
この島にいる全ての人間を自分で殺して回るのは無理がある。
ルカがかなりの命を奪うだろうが、彼を野放しにしておくわけにもいかない。
ルカ打倒のことも考え、しばらくは他の参加者と協力した方がいいだろう。
参加者を利用し、互いに戦わせ、人数が減ってきたところで本格的に動けばいい。
死んだはずの人間を召喚するほどの、魔王が持つ力を得るために。
だから、今は。
「ジョウイ、だよ。もっと気楽に話してくれていいから」
友好的な態度で、リルカに応じる。
胸の痛みを、自覚したままで。
木々に遮られて細くなった月光を浴びたジョウイの表情。
ランタンの明かりに照らされたリルカの横顔。
そのどちらにも、微笑が宿っていた。
【
ジョウイ・アトレイド@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:健康
[装備]:ワルキューレ@クロノトリガー
[道具]:ランダム支給品0~2個(確認済み)、基本支給品一式
[思考]
基本:更なる力を得て理想の国を作るため、他者を利用し同士討ちをさせ優勝を狙う。
1:ひとまずリルカと情報交換し、行動。利用できそうな仲間を集める。
[備考]:
※名簿を確認済み。
※参戦時期は獣の紋章戦後、始まりの場所で
2主人公を待っているときです。
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ジョウイ |
最終更新:2010年06月19日 04:14