ですろり~イノチ~(後編) ◆iDqvc5TpTI
▽
「おにーさんもおねーさんもそんなことしちゃ、メッー! とにかくメッなの!」
ユーリルは困惑していた。
倒したはずの魔王が蘇えったことにでも、少女が大怪我も気にせず場違いな口調で話しかけてきたことにでもない。
よくよく考えてみればギガソードもどきとはいえ一撃で倒れるようでは魔王とは呼べない。
驚いたのはもっと別のことにだ。
一瞬、ほんの一瞬だが、少女の背に翼が見えたのだ。
「天……空人?」
何を馬鹿な、魔王にそんなものがあるはずがない。
目をつむり、開く。
ユーリルを見上げる少女に翼なんてなかった。
「父さまは教えてくれた。悲しみや憎しみのままに力を解放したらダメだって」
ユーリルが戸惑い剣を振ることも忘れ目を開け閉めしているうちに、
ちょこは言葉を紡ぎ出す。
決して多くはない語彙で精一杯伝えたいことを口にする。
憎しみに囚われてはダメだと。
「父さまは苦しんでた。チカラにおぼれ、人としてのココロを失い、さつりくのかいかんによってた過去に!」
復讐は人のココロを救ってはくれないのだと。
「ちょこ見たくないの。もうあんな苦しそうな人、見たくないの」
大切な思い出と幼いココロを丸ごとユーリルへとぶつけてきた。
ちょこがやっているのはお世辞にも説得と呼べたものではなかった。
本人には分かっているつもりだがちょこの訴えにはあまりにも言葉が足りていない。
脈絡も無く、説明もなく、理論も無い。不親切極まりないものだった。
それにちょこは意図していないが少女の訴えは問題のすり替えだった。
そもそもちょこはアナスタシアとユーリルの会話を寝ていたため聞き逃している。
故にユーリルが何を悩み、何に苦しんでいるのか少女は知らない。
ちょこに分かっているのはユーリルが憎しみのままに、感情のままにチカラに溺れてしまっているということ。
父のようにココロを失い、自分のように独りになってしまいそうだということ。
だからちょこの訴える声は的外れもいいとこで、“勇者”を救うものなんかじゃない。
“勇者”が“生贄”だったことへの憎しみを払うものでもない。
人間の身勝手さに対する反論ですらない。
けれどもユーリルは少女の声を無視することはできなかった。
家族を奪った魔王への憎しみを思い出させた少女。
その少女が家族のことを語るのが許せなかった。
憎しみという“人間らしさ”を取り戻してしまった少年のココロに。
“勇者”であることを辞めて開放した抑えようのない数多の感情に。
理論も何もなく心をぶつけてくる少女を振り払うことはできなかったのだ。
「黙れっ、黙れ魔王!」
「やっ! このままじゃおにーさん一人になっちゃうもん」
「一人? ああそうさ。僕はお前に奪われた。故郷も、村のみんなも、父さんも、母さんも
シンシアも!」
「そう、私は奪った。体の中からどんどん力があふれてきて、悲しくて、どうしようもなく悲しくて。
不安や怒りや憎しみがうずまいて、どんどん、どんどん大きくなって、そして、私は力を解放した」
もう二人ともぐちゃぐちゃだった。
憎しみという“人間らしさ”を取り戻してしまった少年は抑えようのない数多の感情に振り回されていた。
図らずとも自らが過去に行った所業と被る罪をきせられてしまった少女は違うと答えることができず俯いてしまった。
「お前が悲しかったなんて言うな! 悲しかったのは僕だ。
不安も怒りも憎しみも悲しみも抱いていたのは僕だ!」
ユーリルはそんな少女に更に畳み掛ける。
何故家族を殺した魔王が憎いのか?
それはユーリルが家族の死を悲しいと思ったからだ。
憎しみから悲しみの感情を引き出し、ユーリルは取り戻す。
「悲しかったのは悲しかったもん。独りになって寂しかった……」
「僕だって寂しかった。一人になって寂しかった!
この魔王め! お前のような存在が家族のことを語るな!」
項垂れる少女に対しユーリルは更に食らいつく。
どうして家族の死を悲しいと思ったのか?
寂しかったからだ。大好きな人がいなくなってしまって寂しかったからだ。
悲しみかに続き寂しさの感情へとユーリルはシフトする。
そうだ、ユーリルは寂しかった。
大好きな人達がいてくれた暖かい日々。
もう二度と戻ってくることのない過去が堪らなく愛しい。
彼らはユーリルの名前を知っていた。
彼らはユーリルに戦いを押し付けなかった。
彼らはユーリルと嬉しいことも悲しいことも共有してくれた。
彼らはユーリル一個人を見てくれた。勇者像の幻想なんて――
(本当に? 本当にそうなのか? そもそも村のみんなは僕が“勇者”だと分かっていた。
知っていて匿っていた。だったらあの日々だって幻想なんじゃないのか?
僕の知らないところで勝手な期待をかけていたんじゃないか?)
一度浮き上がった疑念はどんどん大きくなっていく。
勇者としてでない、ユーリルとしての綺麗な思い出まで自らの手で黒く染め上げそうになってしまう。
その寸前でちょこの懸命な叫びがユーリルへと届いた。
「魔王の娘だからって関係ないもん! ちょこ、ちょこ、父さまのこと大好きだもん!」
関係ない。
そうだ、関係ないのだ。
村の住人が全員死んだ今本当のことは分からない。
だけどユーリルにははっきりと分かっていることはある。
「僕だって、僕だってみんなが大好きだった!」
いなくなって寂しいと思うのはその人達のことが好きだったから。
そして好きというオモイは事実や真実に関係なく自分独りがそう思えるなら成立するのだ。
そのユーリルのオモイを肯定するかのように少女は続ける。
「父さまも言ってくれた! わたしと暮らした日々はとても楽しかったって。
まるで本当に娘が帰って来たようだったって」
皆が自分を守って死んだのはずっと世界を救う勇者を守る為だと思ってた。
本当にそうなのか。
本当にそれだけなのか。
父は、母は何よりも親として息子を守ろうしたんじゃないか?
幼なじみはユーリルを好きだったからこそ庇ってくれたんじゃないか?
村のおじさんやおばさんはユーリルに死んで欲しくなくて戦ってくれたのでは?
ならばその死は、そのイノチは、平和に捧げられた生贄なんていう無価値なものなんかじゃない。
ユーリルに生きていて欲しいと願った全ての人々のオモイの価値だ。
ユーリルは村のみんなのイノチの価値を受け入れた。
村での十七年間を汚すことなくありのまま受け入れ、大切だったことに気付かされた。
「ちょこを大切な娘だって、笑っていってくれたもん!
ちょこも父さまと一緒の時、すごく、すごく、楽しかった!」
だからこそ、支離滅裂な手順を踏み、ようやく辿り着いた少女の最も伝えたかったこと。
人のココロを救ってくれるのは復讐なんかじゃない、もっと別のものなのだと伝える為のその言葉に、
「僕だって父さんや母さんが帰ってきてくれたら。
そうじゃなくともあの忘れえぬ日々に似た毎日が過ごせるのなら楽しいに決まってる」
ユーリルは言い返すことなんてできなかった。
ちょこはユーリルに想いが届いたことに大輪の笑顔を浮かべ、
「だったら、おにーさん! ちょこと、友達になろ」
いつかの日、深い地の底で出会った精霊の勇者にそうしたように、ちょこは天空の勇者へと手を伸ばし、
「トモ……ダチ?」
同時に、ユーリルが見ようとしなかった聞こうとしなかった数刻前の出来事へと触れてしまった。
『ユーリル。日勝が教えてくれたんだ。野球って言うんだ』
ありありと過去の情景が心のなかに再生される。
『日勝は仲間との絆を深める為にやりたがってる。……日勝のことだからもっと単純にみんなでやれたら面白いからかもしれない』
マッシュ達が港の調査から戻ってきてからの一幕。
『それでいいいと思う。面白そうだから、楽しいから。その想いはきっと大事だと思う』
日勝達が出払っていた時同様、
クロノはずっと笑顔でユーリルに話しかけていてくれた。
『……そしてそれは俺も同じだ。ユーリル。俺はお前と魔王を倒す仲間としてでだけでなく』
どころか心ここにあらずとなっていたユーリルに手を差し伸べてくれて、そして。そして。
『友達に、なりたいんだ。だから落ち着いたらでいい。一緒に遊ぼう』
ユーリルと友達になりたいと言ってくれた。
ユーリルが“勇者”だと知りながらも友達として相対し遊びに誘ってくれる人間なんていなかった。
(いなかったんだ……なのに)
ユーリルはクロノの手を掴めなかった。
“勇者”になって以来欲していたのだろう懐かしい情景への扉を自ら閉ざしてしまった。
「あ、あああ……」
「おにーさん、大丈夫? どうしたの、どこか痛いの?」
最悪とは重なるもの。
クロノの手を掴めなかった罪悪感か、少女の手から逃れるように後ずさってしまったたユーリルは見た。
そのタイミングに合わせたようにユーリルはクロノ達を置いてきた港町の方角に巨大な竜が降り立つのを。
スヴェルグだ。
クロノ達が戦っていたE-2エリアとユーリル達が戦っていたH-2エリアは間に何を挟むこともなく直線上に位置するのだ。
マスタードラゴンを優に超える大きさを誇る上に光り輝くスヴェルグは嫌でも目に入った。
あんなものユーリルはクロノ達から存在を聞いていはいない。
それが意味することは即ち――
「あああああ、ああああああ、ああああああああ」
故郷が滅びる様を思い出したばかりのユーリルに楽観的観測なんて不可能だった。
クロノ達が巨龍に襲われている。
得られたかもしれない懐かしい日々が脅かされている。
大事な人が、友達が、また死ぬ。
「うわあああああああああああああああああああああああ!」
その恐怖に負けユーリルは跳んだ。
クロノ達の無事な姿を見て安心したいがためにルーラで港町へと再転移した。
あるいはそれは剣を突きつけてしまった少女からの逃亡でもあったのだろう。
ユーリルが“勇者”でも“抜け殻”でもなく人間だった日々。
彼は憎悪に駆られようとも人を殺したいなんて思ったことは一度もなかったのだから。
▽
アナスタシアはため息を吐いた。
事態は何一つ解決していない。
ユーリルからアナスタシアへの憎悪は一切消え去ってはいないだろう。
ちょこがやったのはユーリルの憎悪を解消したのではなく、幸せになる方法を教えただけだ。
彼が見失っていた幸せを突きつけただけだ。
ユーリルが“勇者”として生きている時に振り返ろうとしなかった幸せ。
“勇者”を辞めてからも虚無感や憎悪が先行し思い出すことも忘れていた幸せ。
その幸せの名は――“日常”。
アシュレー・ウィンチェスターがそれ以上にイノチを賭けるものがないと断言したもの。
アナスタシア・ルン・ヴァレリアが数百年前に無くしてしまったもの。
“勇者”になる前はユーリルも当たり前のように甘受していた、失って初めて気付く大切なもの。
アナスタシアはユーリルとクロノ達との関係を知らない。
だからどうして急にユーリルがルーラを使ったのかは分からない。
(封じていた感情をいっきに複数個も呼び起こされて錯乱したのかな)
ただ一つ確かなことは。
アナスタシアにとってもユーリルにとっても問題を先延ばしにしただけだということ。
ユーリルが再び“日常”に身を染める道を選ぶならやはりアナスタシアを殺した上で平和に暮らすというのが一番早い。
あれだけの憎しみを抱いたまま日々を穏やかに暮らすことなど不可能だからだ。
厄介なことにちょこがした父の話でも、父は復讐を完遂してしまっている。
その上失ったものの大切さを知った反動で余計に“生贄”にされたことへの憎悪の炎に油が注がれた可能性すらある。
けれど、アナスタシアが今この時を生き延びれたのは間違いなくちょこのおかげだった。
一人になるのが怖いという弱さを抱えつつも、誰も一人にしたくないという強さを併せ持っている幼き少女のおかげだった。
アナスタシアは賢者の石でちょこを治療しつつ、これまで何度かしてきた問いを口にする。
「ねえ、ちょこちゃん。あるところに世界を救う代わりに消えてしまった少女がいるの。ちょこちゃんはこの話を聞いてどう思う?」
「んっとねー、ちょこ、お弁当持ってそのおねーさんのところに遊びに行くの。それで一緒にハンバーグ食べるの」
予想もしていなかった答えにアナスタシアは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。
そんなアナスタシアをよそに疲れきっていたのだろう、ちょこは癒しの光に包まれながら目を閉じ眠りについていた。
可愛らしい寝息を立て身を委ねてくるイノチの温かさを腕の中で感じつつふと呟く。
口元を嬉しげに緩めながら。
「そっか。王子様はいなかったけど、善い魔法使いはいたんだね……」
その日、剣の聖女は。
ほんの少しだけ救われた。
【H-2平野 一日目 午後】
【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@
WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:健康
[装備]:絶望の鎌@
クロノ・トリガー、賢者の石@ドラゴンクエストⅣ
[道具]:不明支給品0~1個(負けない、生き残るのに適したもの)、基本支給品一式
[思考]
基本:生きたい。そのうち殺し合いに乗るつもり。ちょこを『力』として利用する。
1:イスラから聞いた教会に行く。
2:施設を見て回る。
3:また現れるかもしれないユーリルは……。
[備考]
※参戦時期はED後です。
※名簿を未確認なまま解読不能までに燃やしました。
※ちょこの支給品と自分の支給品から、『負けない、生き残るのに適したもの』を選別しました。
例えば、防具、回復アイテム、逃走手段などです。
尚、黄色いリボンについては水着セットが一緒に入っていたため、ただのリボンだと誤解していました。
※アシュレーやマリアベルも参加してるのではないかと疑っています。
【ちょこ@
アークザラッドⅡ】
[状態]:腹部貫通(賢者の石+自動治癒で表面上傷は塞がっている)、全身火傷(中/賢者の石+自動治癒)
[装備]:黄色いリボン@アークザラッド2
[道具]:海水浴セット、基本支給品一式
[思考]
基本:おねーさんといっしょなの! おねーさんを守るの!
1:おにーさん、助けてあげたいの
2:『しんこんりょこー』の途中なのー! 色々なところに行きたいの!
3:なんか夢を見た気がするのー
[備考]
※参戦時期は不明(少なくとも覚醒イベント途中までは進行済み)。
※殺し合いのルールを理解していません。名簿は見ないままアナスタシアに燃やされました。
※アナスタシアに道具を入れ替えられました。生き残るのに適したもの以外です。
ただ、あくまでも、『一般に役立つもの』を取られたわけでは無いので、一概にハズレばかり掴まされたとは限りません。
※放送で
リーザ達の名前を聞きましたが、何の事だか分かっていません。覚えているかどうかも不明。
※意識が落ちている時にアクラの声を聞きましたが、ただの夢かも知れません。
オディオがちょこの記憶の封印に何かしたからかもしれません。アクラがこの地にいるからかもしれません。
お任せします。後々の都合に合わせてください。
▼
――INTERLUDE ファイナル幻想水滸伝――
極彩色の牢獄と黄金色の結界がせめぎ合っていた。
片や収縮し捕らえた獲物を圧殺しようとする球状の断罪の無限牢。
片やドーム状に展開し押し寄せる牢獄を内側から跳ね除けんとするシャイニング。
共に強大な光の力の発露は、しかし、徐々に、徐々に、無限牢がシャイニングを押込め始めている。
大天使七体が合一したスヴェルグとたった一人の人間にしか過ぎないクロノとでは魔力の保有量に差があり過ぎるのだ。
「……このままじゃ」
両手を天に掲げたままクロノは苦しげに呟く。
クイック、シャイニングと人が使える魔導の極地を連発した彼は見るからに疲労していた。
このままでは長く持たない。
押しつぶされるのは時間の問題だった。
「諦めるな、クロノ! お前の強さはそんなものなのか? 違うだろ!お前は力だけじゃねえ、ハートもつええはずだ!」
「日勝……」
「そうだぜ、クロノ。そこの馬鹿の言うとおりだ」
マッシュが自分達を守るべく光を放出しているクロノよりも前に出る。
そこは無限牢とシャイニングの境界線。
シャイニングが覆う守護領域と無限牢が支配する攻性領域の狭間。
「実はさ、俺も王様なんだ。だったらよ誰かの後ろなんかにいられるかってんだ」
ルカ・ブライトは国王だと名乗った。
そうかい、そいつはついていなかったな。
マッシュは見ず知らずのハイランド国民に同情した。
彼は知っている、誰よりも王として兄として立派だった男を。
きっとあの兄はこの夜明けも訪れない世界でも誰かを導かんとしていたはずだ。
マッシュは口元に強い、強い笑を浮かべる。
ならその弟で、紛いなりにも現フィガロ国王である自分がこのまま仲間達の危機を手を拱いて見ているわけにはいかない。
マッシュは一歩を踏み出した。
途端幾重にも編まれたマナの重圧がマッシュから体力を奪い取る。
重い。身体が思うように動かせない。
その上無限牢は文字通り無限を思わせる広大な牢獄だった。
何者の逃亡も許さないと何重にも空間を圧縮して生み出されているのだ。
外への距離は果てしなく遠い。
それでもマッシュは前進を止めない。
今にも全てを引き裂こうとする闘気の嵐を身に纏い、マナの干渉を強引に遮断して突き進んだ。
歩みはいつしか疾走となり、闘気はいつしか猛虎を模していた。
巨大な虎が無限牢を踏破する。
爆裂するオーラの光は無限に続くはずの紫電の牢獄を遍く照らし染め上げる。
それほどまでに、閃光と呼ぶにはあまりにも荒々しく凄まじい。
音の壁を遥かに超えたスピードがマッシュに纏わせたソニックブーム。
それと闘気が混じり合い爆発を起こし無限牢を軋ませる。
マッシュが模しているのは虎だ。
天を支配する竜に並び立つ陸の王者だ!
聖鎧竜に抗えぬはずはない!
「俺は死なねえ! 死なせねえ! たとえ無限の檻に閉ざされようと、俺の力でこじあける!」
マッシュは手を伸ばす。
ただただ明日を掴むために前へ前へと。
無骨な腕だった。
力になると決めた兄一人守れない腕だった。
それでも兄を助けようと磨き続けた力は決して無駄なんかじゃなかった。
己の全てはこのためにあった。
誰かを救うため、守るために。
(見えた……)
超速の空間を走り続けたその果てに、遂に無限の終りへとマッシュは到達する。
限界を突破して開放し続けていたオーラは既に虎の形を失わんとしていた。
爪は砕け、四肢は吹き飛んでいた。
だがまだ牙はここにある。
「タイガァアアアブレイクッ!」
背を預けられる友もいる!
「……虎咆精気法」
虎は群れるはしないというがそんなのは知ったことか!
「今だああああああ! やれ、日勝!」
「心山拳奥義……」
マッシュが作った闘気の道を身体能力を極限まで活性化した日勝が突き進む。
明鏡止水。
力だけでなく心も最強を目指す男はあらゆる負の念を捨て去り遂にその境地へと至る。
心のなかに広がる水鏡に映るはただ一つのビジョン。
強い肉体とそれ以上に強い心により可能となる心山拳の最終奥義。
最後の継承者ごと失われたはずの拳が、今ここに蘇る!
「旋牙連山拳ッ…!!」
マッシュに日勝とも劣らない闘気を噴出させた日勝がタイガーブレイクの蹴撃が入れた罅に拳を抉り込む。
咆哮、乱打はさらにスピードを上げ回転数を上げていく。
殴り、広げた穴を今度は蹴り飛ばす。
連なる山をも揺るがす連撃の嵐をあらゆる方向から一点に浴びせていく。
人知を超えた速度は終いには日勝を四人に分身させる。
見守るマッシュには分かる。
あれは残像などという生易しいものではない。
殴るという一念を何重にも重ねた闘気は現実に干渉するだけの質量を得ているのだ。
「フィイイニイイッシュ!」
東西南北四神招魂。
縦横無尽に交差した四人の日勝の拳が無限牢を一片の欠片も残さず打ち砕いた。
これで残る障害は迫り来る両巨腕のみ。
無限牢を破られたことで最大出力で直接握り潰しにかかってくるスヴェルグ。
マッシュと日勝はお互いににやりと笑を交わしそれぞれ満身創痍の身で左右の腕へと跳びかかった。
やることはこれまでと何も変わらない。
ただ倒れるまで殴り続けるのみ!
「「夢幻闘舞!!」」
それが格闘家の生き方なのだ。
ならば剣士は?
巨龍と打ち合い、強固な鎧に覆われたその体躯を前に拳が潰れ、足が折れてまで抗い続ける味方になんとする?
簡単だ。
剣を振り上げ下ろすのだ。
自身の数百倍の大きさの竜をも斬殺できるような、鎧ごと断ち切れるような巨大な剣を!
「幻獣、召喚……」
ルカがそうしたようにクロノも魔石を掲げありったけの魔力を込める。
違うのは召喚獣を従わせているルカと違いクロノはマッシュから幻獣とは心を通わせる仲間だと教えられたこと。
使役するのではなく絆を力に共に戦う仲間を今ここに。
「来てくれ、ギルガメッシュ!」
果たして聖鎧竜に匹敵するだけの巨人がどこからか姿を表す。
同時、降り注ぐは三本の剣。
うち一本を伝説の剣豪は抜き放つ。
かの剣こそ剣の中の剣、聖剣エクスカリバー。
スヴェルグが誇る聖鎧といえども同ランクの聖剣の前には無力。
両腕で白刃取りしようにも、食いついて離れない二人の格闘家に動きを封じられていた。
「「「いっけええええええええええええええ!」」」
振り下ろされる幻想の刃。
ハイロゥを輝かせスヴェルグは兜で受け止めようとするも拮抗は一瞬。
エクスカリバーは止まることなく聖鎧竜を縦一文字に両断する。
その友の偉業を祝福するように遥か空から翼を生やし鬣を靡かせる緑の鬼が飛来する。
最終幻想。
ギルガメッシュと親友エンキドウからなる強力無比の最強コンボ。
クロノ達三人の結束に相応しい召喚術の締めを飾るべく聖鎧竜の骸の奥にいるであろうルカに鎌鼬を見舞う。
大地を引き裂く真空の刃。
巻き起こされた粉塵が止み、巨大な傷跡を刻んだ大地の姿が浮かび上がってきた時
――そこにルカ・ブライトはいなかった。
「……え?」
呆然としたクロノの眼前に口元を血に染めた狂笑の華が咲く。
ルカは自分をあの手この手で敗北寸前へと追い込んだ相手を過小評価してはいなかった。
聖鎧竜に攻撃を指示しながらも、より確実に葬るために自身も突撃を敢行していたのだ。
正気の沙汰とは思えない。
クロノ達がスヴェルグを打ち破れなければ間違いなく自らもかの強大な竜の攻撃の余波に巻き込まれていた。
構わなかった。
ルカ・ブライトには絶対の自信があった。
クイックを打ち破った時のように彼は心の奥底から信じていた。
――このおれの憎悪がたかだか聖鎧竜如きに討ち滅ぼせるものかっ!!!!!!
マッシュが他の二人をかばおうと両手を広げ立ち塞がるが無駄だ。
皆殺しの剣の前にはいかな盾も用をなさない。
「ルカナン」
一閃。
紙と化した肉の盾ごと魔炎の剣が全てを薙ぎ払う。
六つの肉塊が地へと落ちた。
▽ ▼
「はっ、はっ、はっ、は……!」
ユーリルは全速力で走っていた。
ルーラで文字通り跳んで戻った港町は焼け落ち廃墟と化していた。
あの竜のことといいただならぬ何かが起きたことは間違いない。
そしてユーリルにはその何かに心当たりがあった。
あの男だ。
見ているだけで本能的な恐怖を駆り立てられるような、獰猛極まりないあの男だ。
あの男がクロノ達と……っ!
それは気付いてしかかる展開だった。
ユーリルが見逃されたのはたまたまの話。
斬る価値もないと狂皇子に見限られるほどユーリルが空っぽだったからだ。
でもクロノ達は違う。
自分にはない何かをもっていて“勇者”という称号に縋るまでもなく自らの意思で世界を救う程の強さを持つ彼らなら。
あの男が見逃すはずはない。
(マッシュ、日勝、クロノッ! 無事で、無事でいてくれ!)
何をいまさら。
ユーリルの中で“勇者”が嗤う。
“勇者”なら仲間に危機を教えていた。
“勇者”なら皆殺しの剣の特徴も伝えていた。
そうはせずクロノ達を危機に陥れたのはユーリルが“勇者”を辞めたからじゃないか。
巨大な竜が見えた方向へと焦りにかられて逃げるように走る。
やがて拓けた平野でユーリルを待っていたのは二つの死体と一人の死にゆく人間だった。
「クロノ!」
ユーリルの声が聞こえたのだろう。
両手を前へと突き出し、のろのろと上半身を起こそうとしていたクロノは、安堵したかのような表情を浮かべユーリルを見た。
ユーリルは急ぎ駆け寄る。
近づくに従いユーリルの顔はみるみる険しくなる。
クロノにはあるべきはずのものがなかった。
身体の下半分が焼き切られていた。
これではザオラルもベホマも意味をなさない。
今のユーリルにクロノを救う術はない。
だというのに。
当の本人、クロノは笑っていた。
身体を抱き起こしたユーリルの腕の中で、笑のまま、爪は砕け、草と泥に汚れた両手を差し出してきた。
拳の先に揺れるのはクロノ同様ボロボロのデイパック。
クロノは何も言わない。
けれど、初めて会った時と同じように、ユーリルはクロノの目から彼の意思を読み取れた。
「僕に、クロノ達三人が?」
ユーリルはクロノが掴んでいるデイパックを受け取ることを躊躇した。
これまでユーリルが人々から託されてきたものはどれもこれも少年の重りになるものだったからだ。
勇者の称号。魔王討伐の重責。全人類分の悲哀や恐怖や辛苦。自己犠牲の精神。
その事実がクロノの手を取ろうとしたユーリルの動きを遅くした。
なまじクロノ達三人がオディオを倒さんと意気込んでいたことを知っていたが故にためらってしまった。
そして、ユーリルが迷っているうちにクロノの命は燃え尽きた。
「……あ」
笑顔を浮かべたまま、クロノの瞳が力を失う。
ユーリルへと差し出していた腕も地に落ちる。
抱えられていたデイパックも転がって、ユーリルの前に中身を吐き出した。
最後にクロノが残してくれたものを。
それは魔王を倒すための剣じゃなかった。
見知らぬ誰かを守るための盾でもなかった。
傷ついても進むための鎧とも違った。
たい焼きとバナナクレープだった。
ただユーリルに笑って欲しいだけの、元気を出して欲しいだけの、
美味しいと喜んでもらいたいがだけの、甘い、甘いお菓子だった。
ユーリルは泣いた。
勇者になったあの日以来初めて声を出して延々と泣き続けた。
初めての友達がくれたお菓子はちっとも甘くなんてなかった。
【E-2平野 一日目 午後】
【ユーリル(DQ4男勇者)@ドラゴンクエストIV】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(中)、精神疲労(極)、アナスタシアへの強い憎悪、押し寄せる深い悲しみ
[装備]:最強バンテージ@LIVEALIVE、天使の羽@FFVI、天空の剣(開放)@DQⅣ、湿った鯛焼き@LIVEALIVE
[道具]:基本支給品一式×2(ランタンは一つ)
[思考]
基本:???
1:???
[備考]:
※自分とクロノの仲間、要注意人物、世界を把握。
※参戦時期は六章終了後、エンディングでマーニャと別れ一人村に帰ろうとしていたところです。
※オディオは何らかの時を超える力を持っている。
その力と世界樹の葉を組み合わせての死者蘇生が可能。
以上二つを考えました。
※アナスタシアへの憎悪をきっかけにちょことの戦闘、会話で抑えていた感情や人間らしさが止めどなく溢れています。
制御する術を忘れて久しい感情に飲み込まれ引っ張りまわされています。
※ルーラは一度行った施設へのみ跳ぶことができます。
ただし制限で瞬間移動というわけでなくいくらか到着までに時間がかかります。
【E-2荒野とE-3森林の境界 一日目 午後】
【ルカ・ブライト@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]上半身鎧全壊、精神的疲労(極)、ダメージ大(頭部出血を始め全身に重い打撲・斬傷、口内に深い切り傷)
[装備]皆殺しの剣@DQIV、魔石ギルガメッシュ@FFVI
[道具]工具セット@現実、基本支給品一式×6、カギなわ@
LIVE A LIVE、死神のカード@FFVI
魔封じの杖(4/5)@DQⅣ、モップ@クロノ・トリガー、スーパーファミコンのアダプタ@現実、
ミラクルショット@クロノトリガー、
トルネコの首輪 、武器以外の不明支給品×1
[思考]基本:ゲームに乗る。殺しを楽しむ。
1:会った奴は無差別に殺す。ただし、同じ世界から来た残る2人及び、名を知らないアキラ、続いて
トッシュ優先。
[備考]死んだ後からの参戦です 。
※皆殺しの剣の殺意をはね除けています。
※聖鎧竜スヴェルグ及びギルガメッシュ、エンキドウという巨大召喚獣が激突したため、
E-2エリア全域は荒野やら断層やらでひどいことになっています。
当然両者の激突はかなり遠くからも目視可能だったと思われます。
※D-1港町は全焼しました。
※聖鎧竜スヴェルグ@サモンナイト3、サンダーブレード@FFⅥは破壊されました。
表裏一体のコイン@FF6はマッシュの遺体の右手が握り締めています。バナナクレープ×1@LIVEALIVEは消費されました。
▼
――INTERLUDE QED――
時はほんの少しだけ遡る。
それは三人の死体から目ぼしい支給品を回収したルカがE-3エリアへと去った後の物語。
生者のいなくなったはずの地で、しかし何かが音を立てていた。
人だった。胴より下を失った一人の少年だった。
少年――クロノは地を這っていた。
残った両腕を無くした足の代わりにし、大地を掴み、押しのけ、少しずつ、少しずつ進んでいた。
その姿を人々が見ればどう思うだろうか?
痛ましいと嘆くか。はたまた無様だと見下すか。
この場におけるただ一人の観客の感想はそのどちらでもなかった。
両手の腕力だけで身体を起こし、木々にもたれかたった青年――日勝にとっては地を這うクロノの姿はどこまでも輝いて見えた。
「お前も、そう思うだろ、マッシュ……」
咳き込み血を吐き出しながらも日勝は傍らに転がるマッシュへと話しかける。
返事はない。
当然だ、マッシュは日勝とクロノに残る命を注ぎ込み一足早くこの世を去ったのだから。
スパイラル・ソウル。
日勝がルカと戦うまでにマッシュからラーニングできなかった二つの技の一つ。
タイガーブレイク、スパイラルソウル共々命に関わる技だったため手合わせでは見こと叶わなかったのだ。
そのマッシュの二つの取っておきをこんな形とはいえ体感できたことを格闘家として日勝は素直に喜んだ。
「マッシュ、やっぱお前はすごい格闘家だったんだな」
傷はちっとも癒えてはいない。
魂を代償にしての蘇生絶技といえど上下に分断された身体を繋ぎ合わせるような力はない。
所詮は一時凌ぎ。
効果が発揮されるまで随分とタイムラグがあったとはいえこうして息を吹き返せただけでも十分に奇跡だ。
きっとマッシュは結果がどうなるかなんて考えもしなかったのだろう。
ただクロノや日勝に生きていて欲しい。
それだけを思い死にゆく中、命の炎を極限まで燃やし日勝達に分け与えたのだ。
あくまでも日勝の想像にしか過ぎないけれど、恐らく間違ってはいない。
「あんがとよ、マッシュ」
聞こえていないことは分かっていても、口にしたい言葉を口にしていけないはずはない。
強く右拳を握り締め、最後の最後まで自分の大切なものを守り通した男に礼を言う。
「お前のおかげで俺は最強になれる」
チカラではルカに負けてしまったけれど、日勝が目指していた最強とはチカラだけの強さじゃない。
チカラと共に求めていたのはココロの強さ。
死にたくないという本能、チカラでも最強になりたかったという未練、生きていたいという欲望を超えられる強さ。
抱いたオモイを成し遂げるために、一番大切なイノチさえ受け渡すことのできる強さ。
その強さを日勝は今手にしていた。
「俺の分も持ってけ、クロノ」
このままではいつ燃え尽きるかもしれないクロノのイノチの灯火。
クロノ一人分では、到底そこに辿り着くまでに保ちはしまい。
だけどそこに日勝の分を加えたら。
日勝が覚えたばかりのスパイラルソウルをもう一度クロノに使えば。
クロノは思わず前進を止めかけた。
これからなそうとしているのは、あくまでもクロノ個人のオモイによるものだ。
なんとしても成し遂げたかったが、友の最後の時間を奪う気にはなれなかった。
「止まるな、クロノ。俺も、多分死んじまったマッシュもお前と想いは同じだぜ。
勝手に置いていっちまうユーリルに、悲しみだけを置いていきたくねえ」
振り向いたクロノと日勝の目と目があう。
二人の瞳はここにはいない一人の姿を写していた。
「だから、行ってこい。あいつのハートに光を当てれんのは、俺じゃなくてお前なんだ」
日勝は知っている。
クロノがユーリルにすぐ渡せるようにと、二つ持っていたデイパックのうち一つに皆で食べたお菓子を分けて入れていたことを。
狂皇子に奪われないよう、一度死ぬ前に咄嗟に森の方にそれを投げ込んでいたことを。
クロノはユーリルのことをそこまで思っているのだ。
なら自分が行くよりもクロノが行ってくれた方がユーリルは喜んでくれる。
そう力強く断言した日勝だったが、本人の口から否定されてしまった。
「……日勝、マッシュが言ったこと忘れている。俺達で、だ」
クロノは笑っていた。
大量の血を失い青白くなった顔に、太陽も押し負けるような熱く明るい笑みを浮かべていた。
死にゆく時に笑える人間は強いという話は、どうやら本当だったようだ。
そんなことを思いつつ日勝もまた笑って答えた。
「はは、悪い。すぐ前のことなのに忘れちまうなんて、馬鹿だな、俺」
「……どうやら俺もそうみたいだ」
「そっか。じゃあマッシュの奴も仲間に入れてやらねえとな!
行こうぜ、馬鹿三人でよ! ユーリルに会いに!」
日勝がクロノへと手を伸ばす。
クロノも日勝へと手を伸ばした。
二人の両手の間には数メートルの距離が横たわっていたけれど。
その時確かに二人は強く拳を交し合った。
――スパイラル・ソウル
マッシュから貰ったイノチと自分のイノチ。
二つのイノチがクロノへと注がれていく光の中、日勝は思う。
技のネーミングセンスでは、マッシュの極めていたダンカン流が最強だったかもしれないと。
日勝はこれまで多くのものを受け継いできた。
ナムキャットの足技、グレート・エイジャの飛び技、ハンの関節技、ジャッキーの力、
モーガンのパワー、森部生士の奥義、
レイ・クウゴの心山拳、マッシュ・フィガロの魂。
イノチもまたそうなのだろう。
人から人へ、オモイと共に受け継がれていくのだ。
(スパイラルソウル……連なり進む命って訳であってんのか? へへ、いい技名じゃねえか)
それを最後に日勝は光に溶ける。
――かくしてイノチは受け継がれた
【クロノ@クロノ・トリガー 死亡】
【高原日勝@LIVE A LIVE 死亡】
【マッシュ・レネ・フィガロ@ファイナルファンタジーVI 死亡】
【残り28人】
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最終更新:2011年06月29日 15:08