Famille? ◆SERENA/7ps



マリアベルが語りを終える。
先導するマリアベルが話してきた内容は、とても重いものだった。
ロザリーは、今日一日で何度となく驚いてきた。
ここに来て、ロザリーは自分の常識の数々をひっくり返される。
雷呪文を扱えるのは勇者だけと言う常識、魔王を打ち砕くのは勇者という常識。
それらは常識でも何でもなく、単なる先入観や偏見でしかなった。
しかし、それを認めたくない自分がいるのも確かだ。
昨日までの常識は間違っていたんですよ、と言われてはい分かりましたと言えるほど、度量が広い存在などそうはいない。
だが、どれだけ反論を考えても、マリアベルの言葉に対する有効な論は見当たらなかった。
だったら、ロザリーが勇者様と呼んでいたユーリルもまた、勇者を求める世界によって捧げられた生贄なのだろうか?
そう考えてしまう。
勇者の旅には、ほんの少しだけ同行した思い出がある。
勇者とその仲間の間には笑顔が耐えることはなく、戦闘の際にも強い信頼と絆が見て取れた。
でも、だからと言って問題ないと言えるのだろうか?
終わりよければ全てよしという結果論で語れる問題ではないのだ。
もしもこの先遠い未来、世界を再び暗雲が覆っても、勇者がなりたくもないのに勇者になっても、綺麗な思い出さえ作れば問題ないのだろうか。
ロザリーは、俯きながらそのことをずっと考えていた。

ニノは女だ。
だから、あまり関係ない話だと思っていた。
英雄譚に目を輝かせるのは男の子であって、自分には興味のない話だと思っていた。
しかし、本当にそうなのだろうか。
英雄とは絵本に描かれるような遠い存在ではなく、もっと身近なものではないのだろうか。
アナスタシアという、生きたいという思いが強かったが為に英雄になってしまった女の子と、ニノに何か違いはあるのだろうか。
下級貴族ではあったが、アナスタシアがアガートラームに選ばれたのは生まれた血筋が原因ではない。
ニノとは何の変わりも無い、今日を楽しく過ごして、明日起きて何をするか楽しみにして寝る普通の女の子だ。
英雄になりたくなくてもなってしまったマリアベルの友達、英雄になろうとしていた人たち、英雄の名を背負った人たち。
そんな『英雄』に向き合っていったアシュレーやマリアベルの冒険は、ニノの想像を絶していた。

「すまぬな……そなたらを困らせるつもりはないのじゃ」

ただ、そうやって逝った友達がいたことと、『英雄』という言葉を勘違いして欲しくなかっただけだ。
『英雄』とは決して綺麗な響きだけを持つ言葉ではないこと、『英雄』を特別視してほしくないということを伝えたかった。

「すごいよ……」

ニノがそう、口に出した。

「あたしには、そんな答え一生かかっても出せないよ……」
「何故じゃ?」
「だって、あたし馬鹿だもん……」

ニノには学がない。
政治も分からぬ。
読み書きだってつい最近覚えたばかりだ。
だから、今マリアベルが語っていった人たちのように、『英雄』に対する答えを見つけることは到底できないと思った。
ファルガイアを救うのはたった一人の『英雄』などではなく、ファルガイアに生きる全ての生物の生きたいという想い。
だから、『英雄』なんかいらないと言ったアシュレー=ウィンチェスター。
『英雄』とは何かを為そうとする人の心に等しく存在するもの。
そして、『英雄』とは勇気を引き出すための意志の体現だと言ったブラッド=エヴァンス。
どれもとても重く、一朝一夕では見つからない答え。
みんな必死に考えて考えて、答えが見つからない現実に何度も苦悩して、その果てにやっと導き出した回答なのだろう。
そんなもの、落ちこぼれの自分には逆立ちしたって答えが見つかるはずがないと、ニノは思っていた。
だが、先を歩くマリアベルは少しムッとした様子で言い返した。

「ニノよ、無知であることを自覚するのはよい。 じゃが無知であることを免罪符にしようとするな。
 わらわは学ぼうとする無知は嫌いではないが、学ぶ気のない無知は好かぬ」

無知であることを免罪符にして答えを求めることを放棄すること、それこそが無知の極致だ。
アシュレーたちはみんな、『英雄』とは何かという問いに対して、それぞれの答えを見つけ出した。
そう、『英雄』に決まった答えなどない。
数学のように確たる答えもない、禅問答のようなものだ。

「お主が誰かを守る強さが欲しいのなら常に強くあろうとし、どうすれば誰かを守れることができるかを常に考えるのじゃ」

それは『英雄』に対してだけの問題ではない。
マリアベルの『人間とは何か?』というノーブルレッド永遠の命題と同じようなものだ。
決まった答えも返しの定型句もないような問題に直面した時でも、常に答えを探すことを忘れてはならない。

求める限り、答えは逃げていく。
求めない限り、答えは得られない。

ならば、答えを追い続けて、いつの日か掴み取るのだ。
己の無知を知り、なお答えを求める者。
それはもはや無知ではない。
ニノはしばらく内容を理解できなかったが、自分の頭の中で噛み砕いて、マリアベルの言葉を理解していく。

「うん、分かった。 じゃああたし、まず何をすればいいの?」

マリアベルはその答えに満足しつつ、答えを返す。

「まずは、進むこと。 それが一番じゃな」

『英雄』に対する答えを見つけるのも、仲間の死を悲しむのも、オディオに怒るのも、全ては進まないと始まらない。
だから、今は神殿で雨宿りをすることを始める。

「案ずるなニノ、ロザリーよ。 もう夜は近い。 繰り返される夜は全て我がノーブルレッドのものじゃ。
 誰が居ようと来ようと負けはせぬわ」

振り返り、自信満々に言うマリアベル。
先の見えない不安に対する、マリアベルなりの励ましだ。
マリアベルの言われた言葉をしっかり理解し、もう『英雄』に対して向き合うニノ。
対するロザリーは、生きてきた年月がニノより長い分、常識という壁が少し分厚い。
マリアベルの言葉に間違いは無いと思うが、すぐに考えを切り替えることはできなかった。
常識というのはいつもは役立つが、それが脅かされると途端に厚い壁となって立ちふさがる。
ニノの純粋さが、少しだけロザリーは羨ましかった。

湖の外周部分に沿って歩き、ようやく橋の付近まで来た。
後は橋を渡るだけだ。
誰もが半分安心しかかっていたその時――

「助けて!!」

という声が聞こえてくる。
空模様は一層厳しさを増す。
雷が、そう遠くない場所に落ちた。



◆     ◆     ◆



行動方針は、村とその周辺を行ったり来たりで参加者を狩る。
探し人とのすれ違いを防ぐと同時に、知らない場所で戦うより多少土地勘のある場所で戦えるようになるからだ。
今は、再び村を離れて多少遠くまで出てきた。
生憎の空模様だというのに、先を行くジャファルはそんなことをまったく気にしてない。
当然かとシンシアは思う。
暗殺者にとっては、夜の闇は身を隠す絶好の隠れ蓑になる。
雨は足音や殺気も消してくれるから、夜の雨と暗殺者とは鬼に金棒の組み合わせ。
そこにジャファルが行くのはごく自然なことなのだろう。
シンシアも反対はしない。
言わば、これはジャファルのご機嫌取りのようなものだ。
さっき独断専行をした借りを帳消しにするという意味で、シンシアはジャファルの行く先に文句を言わずついていく。

いつか来る決別の時まで、お互いがお互いを利用しつくす。
そして、いつしかシンシアとジャファルは行動を共にする限り、必ずや戦わねばならない日が来る。
といっても、実力では圧倒的にジャファルが上だ。
ただの山育ちの娘と、一流の暗殺者のジャファル。
借り物の身体も決して弱くはないが、ジャファルとシンシアの間には埋めようのない戦闘経験の差があった。

しかし、シンシアも負けられはしない。
シンシアはシンシアにしかできないことをして、ジャファルの首を取ればいい。
例えば、シンシアは回復魔法を持っているのに対して、ジャファルは持ってない。
これは大きなアドバンテージだ。
言わば、戦闘で負傷した際のジャファルの生殺与奪の権利はシンシアのものだ。
まだまだ使えそうな怪我なら治してやり、もう使えそうになくなったら切り捨てればいい。
勇者の命を、こんな暗殺者に殺させてはならない。

勇者とは、決して絶やしてはならぬ灯火のようなもの。
世界に光をもたらすものが、こんなところで命を落としてはならないのだ。
その火を灯すために必要な負債や代償は、余すところなくシンシアが支払う。

シンシアは影。
光を際立たせる影。
綺麗事ばかりでは生きていけない世界で、正しき勇者に代わって悪を為す存在。
これは一人しか生き残れないバトルロワイアル。
未熟な勇者の卵のユーリルに、今はまだオディオのような巨悪は討つ力はない。
そう、シンシアの知るユーリルはまだまだ勇者としてヒヨッコ。
今は、シンシアがユーリルを守らねばならないのだ。

いずれ来る過酷な運命に旅立つユーリルのそばに、シンシアはいることはできない。
シンシアはせいぜいモシャスのような、多少珍しい呪文が唱えることができるくらい。
力不足なのだ。
だから、小さい頃からせめて、ユーリルには帰ってくる場所がここにあるんだと教えてあげるように務めた。
激しい戦いの連続で心が折れても、村で暮らした楽しい想い出が立ち上がる力となるように。
といっても、それは村の比較的年寄りの連中が言っていたことだ。
未来の勇者様の力になれるようとか、勇者だから大切に相手しろとか。
そんなの馬鹿らしいとシンシアは思う。
そんな年寄りに対して、いつもシンシアは言ってきた。

ユーリルはユーリルなの。
勇者様って名前じゃないわ、と。

そう言うと、大人たちはいつも苦笑していたのを思い出す。
ユーリルが勇者じゃなくても、シンシアはユーリルと仲良く暮らした。
なんて言ったって、同年代の子供がいないのだ。
仲良くならない方が難しい。
山奥の村では、みんなが家族なのだ。

家族。
それは絆。

家族。
決して裏切らない。

家族
血が繋がっていなくてもなれる。

人が少ないからこそ助け合い、血が繋がってなくても家族以上に絆が深かった。
楽しい想い出もたくさん作った。
虫を捕まえて、小川で水遊びをして、森の中でかくれんぼをした。
魔物の動きが活発になる前は、朝早くから夜遅くまで山の中を走り回った。
お城のある城下町なんかと違って、山奥の田舎村には何もない。
でも、何も無いけど、何も無いからこそ、いつも平和で村の笑顔が耐えることはなかった。

ユーリルはいつも口数が少なかった。
言葉少なく、そのことに不安を持つ大人もいた。
でも、誰よりもユーリルと長く暮らしたシンシアは知っている。
その数少ない言葉の端々から垣間見えたユーリルの優しさを。
きっと、ユーリルは勇者なんかより、もっといい職業があるんじゃないかなと思う。
ユーリルが勇者じゃなくて、このまま何も変わらないまま一生暮らせたらいいなと、何度考えたことか。
それに、きっと、恋してた。
でも、それを打ち明けるより前に魔物の軍団がついに村の居場所を突き止め、仮初めの平和は幕を閉じた。
シンシアの役目は決まっていた。
モシャスを唱え、勇者の身代わりとなること。
ユーリルの隠れた場所が見つからないことを祈りつつ、シンシアの命は絶たれた。

でも、何故かシンシアは二度目の生を与えられた。
それだけなら戸惑っていただろう。
何故よりにもよって私の命が?と。
しかし、ここにはあのユーリルの名前もあった。
ならば、シンシアのやることは決まっている。
今度もこの命を後の世の平和のため、ユーリルという家族であり世界の光でもある幼馴染を守るのだ。

そう、思っていた。
そう、思っていたのに。
そう、思って己の手を血に染めたのに。

新たな三人の目標を捕捉した時、ジャファルはついにシンシアに牙を剥く。
シンシアよりも先に三人のターゲットを見つけていたジャファルは、その内の一人を見たとき、ついに見つけたと確信した。
波紋一つ立たない水面のようだったジャファルの心が波打った。
何時も無表情、何時でも無感情のジャファルが唯一心乱れる存在、それがニノ。

決まった。
ニノを見つけた以上、ジャファルにシンシアのような女と手を組む理由はない。
あらかじめ決めていた作戦に従わず、抜け駆けした気質からもシンシアの危険性が伺える。
何より、どちらかが探し人を見つけるまでが手を組む期間だった。
ジャファルには運が味方し、シンシアにはしなかったのだろう。
振り向くと同時に、ジャファルはシンシアの心臓に刃を突き立てんとする。
シンシアの目には、前を歩くジャファルが音もなくフッと掻き消え、次の瞬間にはシンシアの腹にアサシンダガーが刺さっていたようにしか見えない。
心臓を避けたのは、シンシアもジャファルのことを逐一警戒していたため。
借り物の体の内臓が破壊されるのを、シンシアは名状しがたい激痛とともに感じた。
あわててジャファルを突き飛ばし、なんとか距離は離す。
ここに来て、シンシアもジャファルが同盟関係を解消して、襲ってきたのだと理解する。
突然ジャファルが心変わりしたか、あるいは見つけた三人の中に探し人がいたか、どっちも考えられる。
激しくシンシアは吐血する。
口元に手を当てても、なお零れるほどの出血だった。

来るべき時がついに来た。
そして、先手をとられてしまった。
回復呪文の効果が薄いここでは、一瞬の油断が致命傷になる。
シンシアはジャファルの追撃をかわす様にバギマの呪文を唱えると、見つけた三人の元へ地を蹴った。
単独でのジャファルの撃破は無理だ。
ならば、あの三人に助けを求めるしかない。

死ねない。
こんなところで死んでたまるか。
勇者を守るという責務があるのだ。
しかし、敵はあまりにもシンシアと実力差がありすぎる。
ミラクルシューズの恩恵はあるが、ジャファルがいつ背中に迫ってくるか分からない恐怖で、シンシアはみっともないくらいの大声で叫んだ。

「助けて!!」



◆     ◆     ◆



ミネアさん!」

必死の形相で走ってくる女の顔に、ロザリーは見覚えがあった。
勇者の仲間の占い師の名前を呼ぶ。
その体からはおびただしいほどの血が見える。
マリアベルとニノが戦闘態勢に入る。
マリアベルが前に立ち、ニノは後ろへ。
誰かに襲われていることを三人とも感じ取る。
ミネアは後ろを向き、バギ系最高位の呪文を背後に放っていた。

「バギクロス!」

ロザリーのヴォルテックとは比較にならないほどの出力。
上空の雲に届くほどの竜巻を形成すると、竜巻はその行く先にあるすべてを切り刻み、吹き飛ばす。
木も草も砂も、削り取られ上空に舞う。
巨木がいくつか湖に落ち、水しぶきと大きな音を立てた。
しかし、敵は倒せてないようで、ミネアは再びこちらに走り寄ってくる。
マリアベルを先頭にして、三人がミネアのところへ駆ける。
その中で、ニノが一瞬だけその姿を見た。
木から木へと飛び移るその姿、気配を消して新たな遮蔽物へ身を隠すそのわずかな瞬間を、ニノは捉えた。
翻る闇のような黒衣、風になびく赤い髪、そして氷のように冷たい刃……それはニノの愛しき人、ジャファル。
ニノは襲っている相手が誰なのか認識した。
ニノが声を出す前に、再びジャファルは姿を消す。
ようやくジャファルを見つけたことに対するうれしさか、それともジャファルの今やってることに対する悲しさからか、ニノは泣きそうになった。
次に姿を現した時は、マリアベルたち三人全員がジャファルの姿を目撃した。
バギクロスをなんなく避けたジャファルはすでにシンシアに肉薄しており、右手に握られたアサシンダガ―をシンシアの背中に突き立てようとするところ。

「止めてーーーーーーーーーーーーっ!!」

悲痛な叫びをニノが漏らす。
ジャファルの顔がわずかに歪む。
だが、それで『黒い牙』最高の暗殺者に与えられる称号、『四牙』を持つ男が止まったりはしなかった。
ミネアの背中に、ジャファルはアサシンダガ―を刺した。
ミネアが、力なくその場に倒れた。



そして、同時に。



アナスタシアとユーリルの争いの場に乱入してしまい、緊急回避にテレポートを使ったアキラたちがジャファルとニノたちの間に飛んできた。



◆     ◆     ◆



アキラのテレポートは、特に水のある場所に引き寄せられることが多い。
それはチビッコハウスのトイレだったり、お風呂場だったり……いつかに迷い込んだ不思議な迷宮も水路があった。
ならば神殿の泉……しかもアキラがアイシャを水葬したここに飛んでくるのは、極自然なことなのかもしれない。
飛んできたのはブラッド、ヘクトル、リン、イスラ、アキラ。
そして、アキラのテレポートに巻き込まれるようについてきた、ユーリルとアナスタシアの計7人。

「何が起こった……」
状況が分らないのはヘクトルとイスラとユーリルとアナスタシアとリン。

アナスタシア・ルン・ヴァレリア……!?」
状況をいち早く理解しようとしているのはブラッド。

「ここは……アイシャの……ッ?」
そして、どこに飛んだかを把握したアキラ。

「ブラッド……お主一体どこから降ってき――アナスタシア……なのか……?」
突然の仲間とその集団の出現に驚き、そして数百年ぶりに友達に再会したマリアベル。

「勇者様!」
そして、ユーリルとの出会いに驚くロザリー。

誰もが驚き戸惑う中、ジャファルだけが己の目的を行動に移していた。
ミネア――本当はシンシアだが――にかろうじて息があるものの、もはやジャファルの目的にシンシアの殺害という項目はなくなった。
優先すべき事柄はただ一つ、ニノの保護。
ジャファルにも何が起きたのかは分らない。
突然7人もの人間が出現して、驚かないはずがない。
だが、分らなければ分らないでよかった。
それよりもニノの安否の確保が大事なのだから。
ニノ以外の人間など、ジャファルの興味は欠片もない。
あの7人の中に、ニノに対して敵意を向ける輩がいないとは限らない。
そして、7人も戸惑いの為動きを止めている。
ならば、好機は今しかない。
ミネアの身体から引き抜いたアサシンダガ―の血を拭うこともせず懐にしまい、ニノの元へ駆けだす。
それはニノとの間にいた7人、そしてニノの前にいたロザリーとマリアベルの障害物をすり抜け、あっという間に到着した。
ニノを肩に担ぎ、ジャファルは全速力でその場を離脱する。

「ニノッ!?」
「ジャファルっ! てめえ!」

追いかけようとするマリアベルより早く、リンを下ろしたヘクトルが駆け出しジャファルの後を追う。
リンも、拙い足取りでヘクトルの後ろに追走してた。
残されたブラッドが、同じく追いかけようとしていたマリアベルを制する。

「待て、マリアベル。 ヘクトルとリンはあの二人の知り合いだ。 任せてやれ」
「し、しかしのう……」

ニノが心配だ。
拉致されたということはニノに使い道があるということ。
そしてニノが言っていたジャファルの特徴とも一致する。
ニノの言葉が確かなら、ニノが殺される心配はまずないはずだが。

「それよりも、こちらの収集をつける方が先だ」
「ううう、ううううぅうううぅうう!」

獣のような呻き声を上げ、天空の剣を振り上げるユーリルを羽交い絞めにすることでなんとか抑え込んでいるブラッド。
そのユーリルの目には、アナスタシアしか映っていない。
確かにこの敵意を宿した男をなんとか抑え、何故ブラッドたちがこうして来たのか説明してもらわなければならない。
それに、アナスタシアのことが気になる。

「アナスタシア……」

あの時、今よりもう少しマリアベルが若かった当時、最後の別れをしたときと同じ格好をしているアナスタシア。
夢でも幻でもなかった。
同姓同名の人物ではと、何度も考え直したアナスタシアの姿がそこにあった。
この数百年、別れてから今までマリアベルが何をしていたか聞いてもらいたかったし、マリアベルも聞かせて欲しかった。
胸が熱くなるのをマリアベルは感じる。
何を言おうか、何から言おうか。
いくつもの気持ちが重なりあって、すぐに言葉を紡ぐことはできない。
しかし、何故かアナスタシアは見つめるマリアベルから、そっと視線をそらした。

「アナスタシア……!」

アナスタシアに会いたくなかったのに、イスラはまた出会ってしまった。
会いたくないが故に、会いそうにないヘクトルに同行したのに、何故また出会ってしまうのか。
アナスタシアは、イスラなど眼中にないようであった。
ブラッドが抑えている錯乱気味の男を見るばかりで、目もくれない。
そのことが、少しだけイスラを苛立たせた。

「勇者様……」

呆然と、ロザリーは呟く。
重装甲の鎧を纏った男がニノを追うとのことだから、ロザリーもこちらにとどまった。
うめき声を上げながら、ブラッドの腕の中から抜け出そうとする勇者ユーリル。
かつてロザリーが見た、勇者の誇りに満ちたあの面影がどこにも見当たらない。
涙と鼻水と、あらゆる体液でグチャグチャになったユーリルの顔は泣いている子供のようだった。
それに、どうしてだろうか。
今のユーリルにはかつてのピサロに通じるものがある。
あの顔は、憎しみに囚われているように見える。
アナスタシアと、マリアベルが呼んだ女に対して、一心不乱にユーリルは剣を振る。
その人に何かされたのだろうか?
しかし、何かされたとしても、何がユーリルをここまで駆り立てるのだろう。
そのことが、ロザリーは気になった。

「何なんだよ……これはッ!」

ミネアの姿を取った襲撃者が死にそうなのを、アキラは見た。
恨みつらみはある。
しかし、死にそうな姿を見ると、何とも言えない気分になる。

「ふざけるんじゃねぇよ……こんな死に方……お前だって望んじゃいなかっただろうがッ!」

仇を取れなかったことに対する悔しさと、そもそもの元凶であるオディオへの怒りと、犬死にした女へのなんとも言えない感情。
それらがない交ぜになってアキラを襲っていた。

「ユー……リル?」

ハッと、ユーリルの動きが止まる。
ユーリルに聞き覚えのある声が耳に届いたから。
蚊の泣くようなか細い声だが、ユーリルは確かに聞いた。
声のする方向を向くと、さっきまでミネアの姿をしていたものが、いつの間にか別の人間の体に変わっている。
それはユーリルが勇者となるきっかけを作った襲撃事件で、勇者の身代わりとなった女の子。
それは幼い頃から山の中を駆け回り、大切な時間を過ごした幼なじみ。
シンシア。

「シンシアぁ!」

勇者になる前のユーリルを知っている、唯一の人間。
その人が、今瀕死の状態でうつ伏せに倒れていた。
アナスタシアのことも忘れ、ユーリルはシンシアに触れようとブラッドの腕の中で暴れた。

「離せ、離してくれ! シンシアが、シンシアが……シンシアがっ!」

先ほどまでとは打って変わって理性的な響きを持つ声に、知り合いらしいと推測したブラッドは手を離してしまった。
知人の今わの際の言葉を聞く権利を蹂躙するほど、ブラッドは薄情ではない。
ユーリルは急ぎシンシアに近寄って体を起こし、べホマの呪文をかけるが、完全に手遅れなことを悟る。

「シンシア! シンシア! しっかり!」

どうして今までシンシアを放っておいたのか、ユーリルは自責の念に駆られる。
昔と違って、今ならユーリルにはシンシアを守れる強さがあったのに。
今度は、自分が守る番だったのに。
またもユーリルは間に合わなかった。
シンシアはユーリルの昔を知っている唯一の人物だ。
そう、シンシアは山で過ごした家族なのだ。
勇者でない自分を暖かく迎え入れてくれるはずなのだ。

家族。
それは絆。

家族。
決して裏切らない。

家族
血が繋がっていなくてもなれる。

その、家族の命が今また失われようとしている。
ユーリルは、力いっぱいシンシアを抱きしめ、今にも消えかかっている命を繋ぎ止めようとしていた。

「ユーリル……」

最後の力を振り絞り、ユーリルの手を掴む。
それは、シンシアの知っている頃より、少し逞しくて太い気がした。
ようやく会えた。
泣きはらしているユーリルの優しさを、シンシアは嬉しいと思った。
そう、ユーリルはこんなにも優しい子なのだ。
この光を守るために、シンシアは手を汚した。
世界の希望を守るために、神様の教えに背く大罪を犯した。

もうすぐ、シンシアは神の下へ召される。
きっとシンシアは天国にはいけず、地獄の業火で何百年何千年と焼かれるだろう。
途方もなく痛いんだろう。
今感じている痛みの万倍の苦しさがそこにあるんだろう。
だけど、それでも構わなかった。
ただ、ユーリルの笑顔があれば、それだけで笑えて逝けた。
それだけで、地獄の責め苦に耐えられる気がした。
だから、最期に――

「笑って……ユーリル」

そう言った。

悲しいときに、笑えと突然言われてもユーリルは困る。

シンシアだけが、ユーリルの反応がおかしくて笑みを浮かべた。

「頑張って……」

もう、声を出す力もなくなってきた。
瞼が、すごく重い。
だから、これが最期の言葉。

「皆を救って……。 あなたは……勇者なんだから……」

ユーリルという光に賭けて、シンシアは手を汚した。
ユーリルの笑顔が見られるなら、どんな罰でも受ける気だった。

なのに。

たどり着いた先に、光はなかった。
あるのは、黒よりも黒い闇だった。

シンシアが最期に見たのは、どす黒い表情をしたユーリルの表情。
そして、シンシアの顔に振り下ろされるユーリルの拳とグロテスクな音。





ぐちゃり。





―――――え?

【シンシア@ドラゴンクエストⅣ 導かれし者たち 死亡】
【残り25人】




雨が。
最初の一粒がユーリルの頬に落ちた。


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098-1:Fate or Destiny or Fortune? アキラ 098-3:Throwing into the banquet
リン
ジャファル
シンシア
ユーリル
ちょこ
アナスタシア
ヘクトル
ブラッド
イスラ
カエル
魔王
ニノ
マリアベル
ロザリー
ピサロ


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最終更新:2010年07月14日 20:22