ただ君だけを愛してる ◆iDqvc5TpTI



暗い暗い洞窟の中、一人の男が黙々と地面を掘り続けていた。
一切の道具を使うことなく、膝をつき、泥に塗れ、爪を罅割れさせながらも延々と土を掻き分けていた。
十人中十人が不気味と称する光景であろう。
そしてその中の一人や二人は思うのだ。
こんな奇怪な真似をしている奴の顔を見てみたい、と。
人でも殺したのか、お宝でも探しているのか。
下卑た好奇心をむき出しにし、怖いもの見たさに男の顔を覗き見るのだ。
そして彼らは後悔することとなるだろう。
軽率な気持ちを男に向けていたことがいたたまれなくなるはずだ。
男が浮べていた表情が彼らの期待していた幽鬼や亡者のものとは違う、男が女に愛を語らうような、そんな優しさに溢れたものだったからだ。

いや、何も彼らの想像自体はあながち間違ってはいなかった。
男は殺人犯であり、穴を掘っているのは彼の宝のためだ。
男は恋人の女を誤って殺してしまい、その女を埋葬しようとしているのだ。
ただ。
男の心には女の死に際の言葉が生きていた。
男が辛く悲しく苦しいと女も笑えなくなってしまうという言葉が生きていた。
だから男は女が望んだように笑うことはできなくとも、せめて、この悲しさと苦しさだけは、彼女を眠らす今だけでも押さえ込んで見せようとしているのだ。
自責を繰り返した果てに見出した、女にできる第一歩は今の男にはこの上なく難題だが。
何としても男はそれをなさねばならかった。
これより先、女の望まぬ道を歩む前にせめて、女が喜ぶことをしてやりたかった。

それに、それを可能とする手段を男は知っていた。
愛せばいい。
ただただ死した女のことを愛せばいい。
悲しさと苦しさとは表意一体の感情で、それこそが彼が笑えない原因ではあれど。
男が最も優しくあれるのは。男が最も穏やかでいられるのは。
女を愛している時以外にはありえない。
ならば。
ならば。
証明しろ。
自身の中にある最も尊く、最も強い感情は彼女への愛なのだと。
悲痛も後悔も。
なべて暗き感情はあの輝かしい想いには勝てないのだと。
やせ我慢でもいい。後で泣いてもいい。
今は、今だけは。
愛した女が望んだように、哀しみ以外の感情で送りだせ。
そう決意したが故に

「……すまない、ロザリー

男から漏れでた謝罪は女を殺してしまったことへのものではなかった。
これから多くの命を奪うことへのものでもなかった。
大樹の子たる女を地の底に眠らせねばならないことへの謝罪だった。
男とて本当ならこのような闇の底ではなく日の光があたる場所に埋葬してやりたかった。
しかしエルフを埋葬するに相応しかったであろう巨木は男自身が血で汚してしまっていて、
花畑の方はといえばいささか距離が遠かった。
否、もしも花畑が近くにあったところで男はそこに埋葬することを拒んだであろう。
男が女を光射すことのないD-5洞窟にわざわざ埋葬しようと思ったのは、ここがルーラで跳べる場所だったからだけではない。
ただ、男は先の神殿での戦いで、魔法の余波により無残にも地表へと姿を晒すこととなった機械仕掛けの遺骸を目にしていた。
もはや物言わぬ抜け殻なれど、男は女の死体にあんな目に合って欲しくはなかった。
男は、男が知る限りで最も戦いに巻き込まれにくいと踏んだ場所――かって彼が身を休めた洞窟で女を弔うことにしたのだ。

「……それは言い訳か。私はお前を私以外の誰かに触れさせたくないだけかもしれない」

独占欲――胸をよぎったその単語に男は苦笑する。
浅ましくも愚かしいことだが、男が女をこのような見るものもなく誰も寄り付かない場所で眠らせんとする真の理由はそれだけなのだ。
優しい女のことだ。
皆殺しを選んだ自分とは違い、他の誰かと手を取り合おうとしただろう。
事実先程までの戦いでも、魔族らしき者が女の名を心配そうに呼ぶ声が聞こえていたような気がする。
怒りに呑まれていた時の記憶であり、かなり曖昧なものではあるが、女の人となりを知る男なら断言できる。
きっと自分がそうであったように、あの魔族も女の心の輝きに惹かれるものがあったのだ。
そんな魔族と仲間達だ。
あのまま女の死骸を置いて男が立ち去っても悪いようにはしなかったかもしれない。
であるならば。
男が勝ち残りさえすれば、遺体の状態などに関係なく女は蘇るのだから、わざわざ時間と体力を浪費しなくてもいいのではないか。
人殺しの力や道具で女を汚したくないと素手で地面を掘り続けるなどという愚行を犯さなくともよかったのではないか。
それどころか人間をも下回る卑劣さだが、女を埋葬しようとしている人間どもを、横合いから魔法で葬りさればよかったのではないか。
大切な者の死を前に、どれだけ人も魔も脆くなるのかは先刻男自身が経験した通りだ。
今この時でさえ、男は誰かに襲われようものなら、女だったモノを棄てきれず、後生大事に庇って無防備を晒すに違いない。
もう二度と女の手を離したくはなかったから。
女の一度目の死から今に至るまで、女を置き去りにし続けた愚行を繰り返したくはなかったから。
それでも、真の意味で女と再び共にある為に、男は女と一時の別れをなさねばならない。
どれだけ未練がましくとも、これからの修羅の道に女の遺骸は連れていけない。
だからこそ、言わずもがな。
男ですら共にあれない、触れることのできない女に、例えそれが魂無き遺骸でも他の誰かが触れることを男は許せなかった。
女は、女なのだ。
死して囀ることも笑を浮かべることない身体なれど、それは確かに女だったもので、女をなす一因で、男が愛した女なのだ。
自身以外の誰かに触れさせ、埋葬させ、別れを任せるなどと。
たとえ、人間どもに女を殺されなくとも、殺し合いに巻き込まれ自らの手で女を殺していなかったとしても、男には考えられないことであ――いや

たった一つだけある。
男が、女の埋葬を自ら以外の誰かに託す状況が。
男は自らの手で女を弔いたいという願いが強いだけで、何も女の遺骸を野に晒したいわけではないのだ。
であれば。であるから。
男がどうしても女を弔ってやることができない時は、男は女が自ら以外の手で埋葬されたとしても感謝こそすれ怒りはしまい。
そのたった一つの可能性、男が女を残し先に死んでいた場合ならば。

「そうか。そういう未来もあったのだな」

二度も女に先立たれた男はふっと自らが女を置いて先に逝く光景を幻視する。
それは無念な未来のはずだった――もう女を自らの手で守れないのだから。
それは悔しい別れのはずだった――涙する女を男は慰めてやれなくなるのだから。
それは悲しい最後のはずだった――永遠にまで男は女を愛していたいのだから。

けれど、だけども。
その光景の中、に当たり前のように自らを抱きしめ、泣きながらも笑って見送ろうとしてくれている女の存在を目にし。
男は、想った。
残されてばかりいる男は、想った。

ああ、それは、なんて、幸せなことなのだろう、と。

約束された未来。
確定された絆。
これまで二度の女の死に男が居合わせれたように、例え最後のほんの数瞬であろうとも、
自分が先に死ぬ時は女が見送ってくれるのだと、男は疑いもせずに信じることができた。
同時に理解した。
どうして愛するはずの男に殺された女が、最後の最後まで笑みを浮かべていたのかを。
今の今まで男は心のどこかであの微笑を女の優しさが故のものだと受け止めていた。
魔王と勇者の戦いすら止めようとした、あの心優しいエルフは、男が自分を殺したことを引き摺らないようにと笑っていたのだと。
痛みや、苦しみや、悲しみに耐え、無理をしていたのだと。
そう思っていた。そう思い込むことで心を責める足しにして男は報いを受けたいと逃げる心を捨て切れていなかった。

違った。
違ったのだ。

女は真に幸せだった。
愛する者に見送られ、満ち足りた最後を迎えた。
笑みが零れてしまうほどに。
悲劇に倒れたのでもなく、喜劇に足を掬われたのでもなく、女は、愛に抱かれて死ねたのだから。

「ロザリー」

その最後を。
過程はどうであれ、他の誰が否定しようとも、紛れもなく女にとっては幸せだった最後を。

「お前の為になどと私は言わない」

男は暴く。
女が幸せの象徴としたほかならぬ男が、女の幸せを否定する。
女の最も望まぬやり方で。
女に憎まれるかもしれず、悲しまれるかもしれないやり方で。

「許して欲しいとも思わない」

言う必要もない。
男にはそれ以外の道などありえないのだから。

「ただ――」

ただ、たった一つだけ誓わせて欲しい。
男は誓約を形にする。

「私はお前を想う」

かつて女の一度目の死に際し、男は女を失った悲しみに耐えきれず、力を求め最愛の女の記憶を手放した。
かつて男は二度目の生に際し、怒りに呑まれ、女の存在を過去へと置き去りにした。
その結果がこの様で。
それでもようやっと何が一番大切だったのか男は気付くことができたから。

「お前を想い人を殺す」

男はある種女にとって最も残酷な言葉を口にして。
冷たい土の中に寝かせた女の唇に口づけて。

「ロザリー」

温かさの残る女の身体に。
我が身に残るありったけの暖かさをもって。
一度の別れを告げる。

「愛している。二度とお前を忘れない」

淡紅色をした長い髪が、透き通る白い肌が。
土に覆われ男の視界から消えていく。
されど。
男の中から女の存在が消え去ることはない。
男の名は、ピサロ。ロザリーをただ愛する者。



【D-05 洞窟 一日目 真夜中】
【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(極大)、心を落ち着かせたため魔力微回復、
    ロザリーへの愛(人間に対する憎悪、自身に対する激しい苛立ち、絶望感は消えたわけではありません)
[装備]:ヨシユキ@LIVE A LIVE、ヴァイオレイター@WA2、クレストグラフ(ニノと合わせて5枚。おまかせ)@WA2
[道具]:基本支給品×2、データタブレット@WA2、双眼鏡@現実
[思考]
基本:ロザリーを想う。優勝し、魔王オディオと接触。世界樹の花、あるいはそれに準ずる力でロザリーを蘇らせる
1:さてどうするか
[参戦時期]:5章最終決戦直後
[備考]:確定しているクレストグラフの魔法は、下記の4種です。
 ヴォルテック、クイック、ゼーバー(ニノ所持)、ハイ・ヴォルテック(同左)。


※D-5洞窟にロザリーの遺体は埋葬されました


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114:いきてしんで――(ne pas céder sur son désir.) ピサロ



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最終更新:2010年11月24日 01:16