〈 愛ちぎれる 金色の 断章 〉 ◆MobiusZmZg



 今までずっと充たされることなく生きてきた。
 きっと、これからも。


       ◆       ◆       ◆


 雨を越えた空は、晴天を控えて高く、青白い輝きを放っていた。
 ちいさな集落と海を背に、平原を歩む人影も、例外なく澄んだ光を浴びている。
 朝明けを浴び、凪を越えて吹き始めた風をはらむ布地は、さながら金色の焔がごとく。
 乾いた音をたててひるがえる衣装が、かれの。物真似師ゴゴの、人としての輪郭をゆがめる。
 冷えた風にあおられるまでもなく、ゴゴの顔は、すでにしてゆがんでいた。

 箱庭じみた世界にありて、一点の疑いもなくかがやいていたものども。
 そのすべてはいま、布の合間からのぞくかれの眼には、こころにはくすんで見える。
 響かないのだ。風も空も波も、ただそこにあるものどもは、かれのこころを揺らせない。
 戦友の空を護るべく真似た魔王の、オディオの心。
 その中核にある憎しみは石を思わせて硬く、澱のようによどんで、物真似師の胸を満たしている。
 ゆえにこそ、こころは動かず、こころが動かないからこそ、やり場のない苛立ちも深くなる。
 早朝の陽。色のなく、すずしげでさえある光を浴びるゴゴにともる憤懣は、かれをじりじりと灼いていた。
 それがつづくかぎり、憎しみは収まらないのだろうと、『かれ』もどこかで分かっている。
 罰をもって罪を精算するように、憎悪には忘却が、赦しや手放しが対応するのだろう。
 だが、ゆえにこそこれは収まらない。
 憎悪の情が胸に息づいている、実感こそが収めさせない。


 ……実感。
 はたしてつもる憎しみの、そこにはたしかな、いたみがあった。


 断続的で慢性的にうずく、傷ともいうべきなにものかは、じくじくと膿んでいる。
 傷んで、うずいて、もはや痛みを覚えることにも倦んでしまいつつある、このこころ――。
 安堵とかけ離れて、みじかく打つ鼓動のさびつきは、自分自身にすら許容できないと、思えた。
 許容できないゆえにこそ、痛みをもたらす傷を悼んで、みずからの手で癒すことも。いいや。
 もう、癒すということばでさえこの胸は。飽和した脳漿は、やわらかい響きの言葉を欠片ほども受け容れられない。
 いつのまにか握りしめていた、拳には関節が白くなるほどの力がこもっていた。
 その手をひらけば五指と掌(たなごころ)を蒸らした体温が、血管の脈動がうとましい。

 体の熱を振り払う一歩。
 自分をとりまいているものどもの、すべてが憎かった。
 陸風を引き裂いた二歩。
 自分をとりまきながら自分を行き過ぎるものどもの、すべてが心をえぐっていた。
 涙袋を歪めながら三歩。
 自分を敬して、憎んでとおざけ、自分を充たさないものどもの、すべてを拒みたくなっていた。
 唇を引き結んで、四歩。
 想いのあまりに直視を拒めない世界、自分の敵とみえるものどもの、すべてを殺したくなっていた。

 歩みをすすめ、目に見えるものがふえるほどに、慨嘆は対象を拡大してゆく。
 ぐらぐらと煮え立つばかりで弾けない痛憤は、胸にとどまりかねて視界をゆがめる。
 雨の上がった空。ちがう。開けた視界。ちがう。風に鳴る下生え。ちがう……ちがう、ちがう。

 自分をとりまくべきは、こんなものではない。
 自分のいるべきは、こんなところではない。
 自分のいだくべきは、こんな――こんな。

 そんな声も、もはや、かたちにすることができない。
 人間の、あたたかな血に忘我した数瞬は、すでに過ぎ去っていたからだ。
 あの場で自分と相対した、たったひとりの人間を消した自分とて、いまは、ひとりだからだ。
 ひとり、天に叫んでしまえば、その声が自身の空虚をあらわにしてしまうように思われてならない。
 自分から憎悪を抜き取ってしまえば、ひどく不確かなものしか残らないような――皮の一枚もはがしてみれば、
すでに、流れ出る血さえ残っていないような――事実を直視する間もなく、
 こころが焼けつく。


 自分が、いま、たったひとりであること。
 経緯も論理も超越して、すでにそれさえもが、憎い。


 現在への強い反撥と、喪ったか否かさえ判らない、なにものかに対する慕情。
 いまや、そのふたつだけが、一分の揺れもなくかれの胸に落ちて混淆するものであった。
 ふたつの想いはつぎつぎと深みに落ちて、砕けて、胸へとくべる薪に姿を変えていた。
 薪が燃やすは、金色の焔。世界と自身を灰に変え、あとにはなにも残さない、ほろびのひかり。
 いつかその目におさめた風情の輝きが、海に背を向けて往く影のこころを喰らってやまない。
 憎悪を模倣する、物真似師はむずがる子どものそれにも似たしぐさで腕を上げ、やわらかな風を砕く。

 幾重にも重なった衣の懐から、小さな花が転がりだしたのは、そのときであった。
 ていねいに、こころを砕いて押し伸ばされた白のひとひら――。
 清い彩りはほんのひととき、ゴゴの衣服にまとわりついて大地に落ちる。
 転瞬。花を踏み砕いた靴の、鋼板で補強されたフォルムは、主が想いの欠片もうつさなかった。


       ◆       ◆       ◆


  ――モノマネ野郎なんざ、下の下だろう。


 まさしく、なにも知らぬ者の放てることばであった。
 物真似師、ゴゴとやらに降りた魔王の心。かれがきわめた物真似の完成形がひとつ。
 それを、首輪の感応石ごしにあらためて感じとっていた魔王は、鼻から呼気を押し出した。

「……人間だな。まさに。絆ゆえに愚かともなれるか」

 もっとも、玉座にある彼がいま、ただのひとりでいる物真似師を『視る』すべなどない。
 首輪に内蔵された感応石と、もっとも近い場所にあった《オディオ》の思念――。
『主催者本人の念』とほど近いものをいだいた人物が枷を外すことを選び、実行した瞬間。
 戦いの場、すなわちゴゴの首輪より遠くあるオディオの側に、横槍を入れる余地はさしてなかったのだ。

 “さして”。

 そう、『まったくと』では、けしてない。
 首輪を構築したのがオディオ本人である以上、手の打ちようがなくなることなどあり得ない。
 たとえば、あのひと刹那において、魔王はゴゴの首輪へ「本物」の憎悪と殺意を送り込むこともできた。
 枷に詰まった魔剣と竜の力をもって、自身を真似たものの激発を抑える程度、造作もなくやれていたのだ。

 だが、オディオはそれをしなかった。
 ゆえにこそ、首輪に仕込んでいた感応石は、すでに物真似師のそばにない。
 そうなればオディオとて、瓶詰めや箱庭にも似た戦場にあるものの動向はつかめない。

 それでも、分かることはある。
 憎しみ。我と我が身を燃やし、終にはもろともに消え果てるさだめの焔。
 物真似師は、このオディオを模倣するかぎり、心に薪をくべて自らをこそ燃やすであろう。
 怒りに、悲しみに、絶望。想いすべての根本にあるのは、意地や矜持の形容が至当な『いのり』だ。
 けして届きえぬ想い、ねがいを掲げているかぎり、かれが充たされることなど、きっとない。

 どんな枕詞をつけるまでもなく、絶対に、ないはずなのだ。


「信じている――だったな。ああ、そうだ。そうだとも。
 アシュレー、アシュレー・ウィンチェスター。私とて、かつては信じていたさ。そして」


 おそらくは、いまも。
 愛ちぎれてすりきれたものの黒瞳を、揺れる金髪のひとすじが隠した。
 うたうように『最たる勝者』の名をつむいだ唇からは、転じてひくい笑みがこぼれだす。

 信じている。
 信頼や信用からかけ離れたこの魔王とて、信じずにはいられない。
 自分の考え、感じたことのただしさだけは、真実とせずにはいられない。
 それもまた、当然のことではあった。
 魔王が『勝者』どもの言を受け容れたなら、それではあまりに報われない。
 自分を憐れむやり方など、とうに忘れてしまったが、この生を否定されることだけは赦し得ない。
 ここまで時を重ねてきたがゆえに、ここで敵のことばへ膝を折り、屈する気になどなれるはずもない。

 言葉を交わすことなく、赦すことをあきらめ、希望を絶望に裏返した魔王オディオ。
 憎悪ゆえに信じることを忘れ、眼を閉じ幸せなゆめをみることさえ手放した、もと勇者。
 そんな存在が、もしもかれらのさえずる言を、かれらの『本当』を信じてしまったのならば。


 オルステッドが莫逆の友の、恋した王女の裏切りに傷ついてきたことが、
 過去を忘れられぬまま、膿んで腐った傷口をかきむしりつづけることが答えではなく、


【B-6 北部 二日目 早朝】
【ゴゴ@ファイナルファンタジー6】
[状態]:疲労(小)、ダメージ(小)、人間への強い憎しみ、首輪解除
[装備]:ジャンプシューズ@WA2、閃光の戦槍@サモンナイト3
[道具]:なし
[思考]
基本:人間を滅ぼす。
1:人間を探して殺す。
[参戦時期]:本編クリア後
[備考]
※本編クリア後からしばらく、ファルコン号の副船長をしていました。
※基本的には、『その場にいない人物』の真似はしません。
※セッツァーが自分と同じ時間軸から参戦していると思っています。
※オディオの物真似をしたせいで、彼の憎悪に支配されました。
 物真似の再現度や継続時間など、詳しいことはお任せします。


※小さな花の栞@RPGロワは、踏みつけられて花びらを散らしました。


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128-2:アシュレー、『名』を呼ぶ(後編) ゴゴ 131-1:救われぬ者
122:第四回放送・裏 オディオ 135:第五回放送


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最終更新:2012年12月05日 02:00