第五回放送 ◆iDqvc5TpTI


ロマリア空中城。
それはかつてロマリア王ガイデルが居城としていた名前の通りの空に浮かぶ城であった。
愚王の引き起こした"大災害"と呼ばれる世界の崩壊に際してさえ、かの城は天空にて威容を誇り続けた。
噴火によりどれだけ街が焼き払われようとも。
地割れによりどれだけ大地が引き裂かれようとも。
大津波によってどれだけ人の命が呑み込まれようとも。
大空に座すロマリア空中城を揺るがすことはなかった。
自分一人だけ安全な場所にいて、多くの命を弄んだガイデルにはまさしくお似合いの居城だったろう。

そのガイデルはもういない。
一時は世界を掌中に治めかけた身の程知らずの王は、自らが復活させた闇黒の支配者に用済みとされ消し飛ばされた。
そして、闇黒の支配者もまた、勇者アークと聖母ククルの命を賭けた封印により、新たな聖柩へと葬り去られた。
かくて主人を失った空中城は、哀れ、地に堕ち、天より降り注ぐ涙雨により生じた湖底で眠りに着くこととなる……はずだった。

そうはならなかった。
二度にわたり主を失ったはずの天空城は、三度、主を得て新たな姿で蘇った。
ロマリア王、人間の王に続く三人目の主人が冠せし称号は、魔王。
言うまでもない、魔王オディオこそが、今の空中城の主であった。

何もオディオはガイデルのように、城にある聖柩に封印された闇黒の支配者の力を求めていたわけではない。
どころか、新たな聖柩代わりの勇者の剣だけは、元の世界に残して来た。
オディオの手にかかれば封印を解くことは叶わずとも、封印の剣に干渉し呼び寄せることはできただろう。
それを欲深き人間に支給すれば、いつかは封印が解かれることも目に見えていた。
しかしながら、オディオは知っていた。
自らが手をくださずとも、後の世に闇黒の支配者が復活することを。
なればこそ、広くアーク達の後の世に、人間達の愚かさを知らしめるためにも剣は置いてきたほうがいい。
首輪に暗黒の支配者の力を用いはしたが、あれはあくまで敗者の力にて勝者達の命を握ることにこそ意味があったに過ぎないのだ。

オディオが欲したのは単に、空中城そのものだった。
空中城の機能は、殺し合いを運営するにおいてこれ以上なく都合のいいものだった。
現在、この殺し合いに幕を引き得る戦いを見届けんとC-7直上に移動させたように、何処へも空中城は移動できる。
また、空高く聳えるというその性質から、人間達の殺し合いに巻き込まれることも、余波を受けることもほぼ皆無だ。
人間に希望を抱き、反抗を企てる者達に、不用意に発見される可能性も殆ど無い。
フェイクとして、不自然な地下施設を、幾つも用意したのも、全ては空より注意を逸らすためだ。
無論、時として強大な力や、運命の女神の気まぐれにより、空中城が攻撃や視線に晒されることもあるだろう。
だが、そんな僅かな希望さえも、オディオという存在がこの城に君臨する限り起こりようがない。
時空を操る魔王は、空中城の位相をずらし、通常空間とは少しだけずれた世界へと潜伏させているのだ。
ただ、あまりにもずらし過ぎると、感応石による送受信に不備が発生するため、ずらしている位相はほんの僅かだが。
外界からの影響と外界への影響を遮断するにはそれで十分だった。
空中城は文字通り見ることも触れることもできないステルス性を得て生まれ変わったのだ。


ああ、けれども。
いかに外からは見ることも触れることもできない城であっても。
その“雷”の輝きから主を護ることは不可能だった。
“破壊”ならぬ“いのり”から、主を護ることは不可能だった。
あらゆる災厄から逃れたいという臆病な願いから生み出された城は。
皮肉にも、天空にあったが故に、主を誰よりも間近に“雷”へと晒してしまった。

“雷”が、オディオを貫く。

所詮それは、イメージにしか過ぎない。
空間をずらしている以上、どれだけオディオが“雷”に貫かれたように見えても、実際は紙一重さえ触れてはいない。
オディオも、空中城も、“雷”に貫かれる前と何一つ変わることなく、そこにあり続けた。
表面上は。表面上、だけは。

「……それが、君の答えか。“勇者”ユーリル」

“雷”は、届いていた。
“雷”そのものは届かざるとも、その輝きは、確かにオディオの瞳に焼き付いていた。

オディオの瞳、昏く淀んでいた瞳に、一瞬だけ、否、一瞬でも確かに、光が宿る。

「“誰か”ではなく、“人”も“魔”も、“誰も”を“救う”。
 “敗者”でも“勝者”でもなく、ただ“救う”者。
 それが君にとっての“勇者”か」

“勇者”の命の答えを、拒むでもなく、羨むでもなく、憎むでもなく。
“魔王”たるはずのオディオが純然と受け入れていた。
懐かしい記憶を呼び起こすその輝きを、美しいとさえ感じていた。

「認めよう、君の出した答えを。君が掲げた“いのり”を」

それはオディオがユーリルに望んでいた答えとは程遠いものであれども。
あるはずのない、受け入れていいはずのない“救い”を、自身の模造にとはいえもたらしたものではあれども。

それでも、それでもオディオは肯定した。
心から、“勇者”ユーリルの在り方も、また一つの在り方だったと肯定した。


何故ならば、何故ならば。


“勇者”ユーリルも今や“敗者”だからだ。
“いのり”を成就させることなく、オディオを救えずに死んでいった“敗者”だからだ。

故にこそ、オディオはユーリルの“いのり”を受け入れた。
敗者の王として、“敗者”の言葉を受け入れた。

敗者はかえりみられなければならない。

オディオは思い出す、“勇者”ユーリルの“雷”の輝きを目にし、連想した、二人の人間を。
この殺し合いよりもずっとずっと昔の、オディオがまだオルステッドだった頃に看取った二人の敗者を。

“勇者”ハッシュ。
“僧侶”ウラヌス。
人間の愚かさを十分に知りながらも、それでも、最後まで人間を信じようとした存在。
信じて、信じて、信じて、信じようとして、信じたかったのに、利用され、裏切られ、朽ちた者達。
今でも、彼らのことは覚えている。
強く、強く、この胸に刻んでいる。
殺し合いの始まりを告げた場にて、オディオに攻撃してきたわけでもない“僧侶”クリフトを殺したのも、感傷故ではないとは言い切れない程に。

「あなた達は、正しかった……」

ハッシュ達が痛感したように、人間は余りにも弱い。
信じるものに縋らなければ、人は誰かを護ることはできない。
そして、信じて尚、誰も“救えなかった”ならば。
信じて尚、裏切られたならば。
人はその時、“魔王”となる。
果てしない“憎しみ”のままに、満たされることなく、自分さえ救えぬ者となる。
そのあり方はまさに、ユーリルが説いた、“救う”者たる“勇者”の対たる存在そのものではないか。
そして、ハッシュやウラヌス、ユーリルを肯定したように。

「お前達もまた、間違ってはいなかった……」

最後まで仲間を信じ抜いた“最たる勝者だった”男達のことも。
愛ゆえに誰かを勝者にしようとし手を汚した女達のことも。
人間に幻想を抱き続けた人ならぬ者達のことも。
欲望のままに生き、再び敗れ去った敗者達のことも。

自身が掲げる“いのり”のままに、魔王オディオは全ての“敗者”を肯定する。

お前たちは間違っていなかったのだと。
この世に間違いがあるとすれば、それはお前たち敗者をかえりみない者達――即ち人間なのだと。

さあ、此度も刻みつけよう、お前達、敗者の存在を。
己の勝利に酔いしれ、時には他者の勝利さえ我がものとし、果てしなく欲望を抱いていく人間達に!






「……時間だ」

手にした感応石に思念を込める。
小ぶりな感応石は、空中城に安置した巨大感応石に共鳴。
更に遺跡ダンジョン地下71階へと設置された、もう一つの巨大感応石と連動。
島中へと、オディオの声を拡散させていく。

「諸君達の中には、放送どころではない者もいよう。
 既に誰が死に、誰が生き残っているかを正確に認識している者もいよう」

そして島中の全ての者へと声を至らせられるということは、転じて島中の全てを見聞きできるということだ。
こうして放送を手がけている間にも、玉座の間に幾枚も設置された大鏡に、生き残った者達の姿が転写されている。
闇の王が哀れなガイデルに声を届けるために使っていた媒介を模した大鏡が、今はオディオに、参加者たちの声と姿を届けていた。

だからこそ、オディオとて理解している。
この放送の半分以上は、意味を成さないものだということを。

カエル達の襲撃に始まったこの島最後やも知れぬ大戦。
剣を手にし、魔法を唱えながら駆け抜ける者達には、放送どころではない者もいるであろう。
或いはもはや、放送など、聞くまでもなく、此度の死者を把握している者さえもいる。
それでも

「されど心して耳にせよ」

オディオは言う、心して、耳にせよ、と。

「禁止エリアの発表からだ。
 7:00よりD-6、D-7
 9:00よりD-5、A-8 
 11:00よりB-8、F-7
 ここまでだ」

それは彼ら“勝者”達の命を縛る禁止エリアについてのことか。
違う、言うまでもない。
禁止エリアなど、所詮はオディオにとっておまけに過ぎない。
そのようなもので追い詰めずとも、愚かな人間達は己が欲望の為に殺し合ったはずだ。
人間達の遭遇率を高める為だというのなら、初めからもっと小さな島で殺し合いを開催すればよかった。

禁止エリアを設定した真の目的は一つ。
驕れる勝者達に、否が応でも放送を聞かせ、敗者たちの存在を知らしめるためだ。

「続いて此度の死者達の名だ。
 アシュレー・ウィンチェスター
 ユーリル。
 マリアベル・アーミティッジ。
 ――彼ら三名が新たなる敗者だ」

勝者達は敗者たちの存在を思い知らされることで、人が、己が、欲望のままに他人を殺す存在だと知らしめる。

「彼らの名を聞き、たったの三人だけかと思った者はおらぬだろう。
 その一人一人が、大きな意味を持つ者達であったことを、諸君達は知っていよう。
 それでいい。
 敗者はかえりみられなければならない。
 彼らはお前達の成り得た姿だ。
 そして明日の姿でもあり得る。
 お前達勝者とて、彼ら敗者同様、自らの欲望のままに、感情のままに生きているに過ぎない!
 お前達と彼らとの違いはただ一つ!
 お前達が勝ち、彼らが敗れた、それだけだ!」

同時に、自分が殺した者達を、誰かに殺された者達をかえりみさせる。
それこそが、放送の意味!

「なればこそ、勝者達よ!
 敗者たることを否定せし者達よ!
 勝者たり続けて見せろ。最後の勝者になって見せよ。
 自らの願いこそ、あらゆる敗者達を押しのけてでも叶えるにたるものだと証明してみせよ!」

そして真なる勝者たらんとしている者達が感知した2つの存在――“ラヴォス”と“メイメイ”。
彼女達もまた、死者をかえりみる為にオディオが呼び寄せたのだ。

ラヴォス。
この島の遥か地下、背塔螺旋の伸び行く先に、泥のガーディアンの代わりとばかりに星の核に根を下ろさせし存在。
かのものは、正確に言うならば、ラヴォスであってラヴォスでない。
ラヴォスと呼ばれクロノ達と対峙した鉱物生命体は、いずれ時の復讐者に成り得る未来があることから、闇黒の支配者同様、手出し無用と判断。
ならばと自らの力で復讐するには足りないラヴォスの幼体――プチラヴォス、プチラヴォスR達の怨霊を召喚。
クロノ達に敗れ去ったかの者達の憎しみを核に、新たな成体のラヴォスとして束ね、新生させたのだ。
無論、この新たなるラヴォスは、生まれたてが故に、クロノ達が戦った個体に比べて、数段階弱い。
ラヴォスの最大の特徴たる星への寄生及び、生物の遺伝子を収集しての進化を未経験なのだから、仕方がない話だ。
しかし、その欠点すらも、オディオからすれば喜ばしいことだった。
何故ならば、白紙の存在であるが故に、この新たなるラヴォスは、純粋にこの島での殺し合いの記憶のみを刻んだ存在へと進化させられるからだ。
そう、オディオがラヴォスに望んだのは、かの者が持ちし、あらゆる生命を記憶するというその性質。
加えて、魔王ジャキの姉サラを取り込み、夢喰いへと進化することで見せた、負の感情との融合という新たな可能性。
それらに目をつけたオディオは、この殺し合いが始まって以来のありとあらゆる記憶をラヴォスに喰らわせた。
星を喰らわせるでもなく、夢を喰らわせるでもなく、時を喰らわせるでもなく、敗者達の死を喰らわせ続けた。
勝者達が戦えば、戦うほど、彼らの生体データや遺伝子、時間と努力を費やして得た剣技や技、知識や想像力をラヴォスは学んだ。
敗者達が生まれれば生まれるほど、彼らの憎悪や絶望、恨み、悲しみ、怒りに未練や無念といった負の感情をラヴォスは吸収していった。
結果、今や新たなラヴォスは、この殺し合いそのものであり、新たなるオディオと言ってもいい存在へと生まれ変わった。
もしも、オディオを討たんとする者達が現れるなら、その時は、かの者――“死を喰らうもの”が立ち塞がるであろう。
時の復讐者ならぬ、敗者達の復讐者として。

とはいえ、ラヴォスは特性上、あくまでも、この殺し合いや敗者達のことを自らが進化するためのデータ、餌としか見なさない。
それらを喰らい進化したラヴォスを目にし、オディオ自身や、勝者達が、敗者たちをかえりみることはあっても、自らが敗者をかえりみるわけではない。
ラヴォスが糧とするデータ自体も、ラヴォスが必要とするものだけを選りすぐった偏りの激しいものだ。
これでは真に敗者をかえりみてるとは言いがたい。
そこで、ラヴォスと対になる存在、敗者達の能力や負の感情ではなく、想いや願いをかえりみる存在として、オディオはメイメイを招いた。
かの占い師もまた、マリアベル同様、人間に幻想を抱きし人ならざる存在だ。
だがそれ以上に、人間達の心や未来を見抜く力がありながらも、彼女はあくまでも、傍観者として徹する。
たとえその先に待つのが悲劇であっても、メイメイは止めはせず、人々の選択を善悪によらず肯定し、全てを見届けようとする。
そのあり方こそを、オディオはよしとした。
彼女以上に平等に、この殺し合いの行く末を見届けてくれる者はいないだろうと。
敗者の王たるオディオも、この殺し合いを強要した立場である以上、平等性に欠く。
とあるギャンブラー風に言うのなら、オディオはこの殺し合いの元締め、ゲームマスターだ。
皮肉にも、敗者の王は、自らが集めた勝者達に対して圧倒的に、勝利に近い位置にいる。
なればこそ、君臨する王ではなく、オディオをも含めた全ての者達を平等に見届ける存在をこそ、オディオは求めた。
事実、メイメイは、セッツァー達勝者に、敗者をかえりみさせたように、オディオが望んだ以上に、上手くやってくれている。
本人は、何をしているつもりもなく、それどころか、何もできないことを歯がゆく思っているだろうが。
契約で繋がっているオディオは知っている。
一見呑んでは寝てばかりいるメイメイが、その実、自らの力を行使して、この島で起きている全ての出来事を見通していることを。
未来を詠み、今を視る度に、呑む酒の量を増やしていっていることと、その意味を。

「その果てに魔王を討たんとしている者達よ。
 確たる望みもなく、数多の願いを踏みつぶし、私へと至らんとする英雄達よ。
 それもまた良かろう。
 我が手により潰えるか、我が前に現れる前に殺し合いの中で力尽きるか。
 どちらにせよ思い知ることとなるのだからな。
 真の勝者は誰だったのかを!」

ならばこれ以上、オディオにとって必要なものはない。
No more Bet,It's a showdownとはよく言ったものだ。
あの日記に目をつけるだけのことはあるということか。
まあいい。
たとえ首輪を解除した者がおり、これから後に更に現れようとも。
あの日記が解錠され、陽の下に綴られし内容が晒されようとも。
オディオはただ待ち続けるだけだ。
人形を侍らせ、復讐者を共とし、傍観者に見届けられる中、全ての答えが彼の眼前に示されるその時を。






※オディオの居城は墜落したロマリア空中城@アークザラッド2をオディオの力により改修したものです。
 現状では、遺跡ダンジョン地下71階にある感応石と連動する巨大感応石を搭載していることや、
 最深部のガイデルのいた場所がOPENINGでの玉座の間に改修されていることが確定しています。
 他にも、幾つかの変更点、追加点があるかもしれません。お任せします。
 現在は、C-7上空に待機しています。
 オディオの空間操作能力で、触れることも触ることも不可能ですが、メイメイさんの店のように強力に隔離されているわけではありません。

※カエルが察知した存在は、クロノ達に敗れたプチラヴォス達を進化・融合させて生み出された新たなるラヴォス“死を喰らうもの”でした。
 本文中にて、クロノ達が戦った個体よりかは劣ると記述しましたが、それは誕生時点でのことです。
 強者達の戦いの記憶と遺伝子を収集し、敗者達の憎悪をはじめとした負の感情を吸収した今、かなりの力を持つと思われます。
 姿形能力など、細かい点を含め、後々の書き手の方々にお任せします。
 ただし、“死を喰らうもの”は“時を喰らうもの”@クロノ・クロスとは別個体であり、
 オディオが自らやこの殺し合いに関係しない思念が混ざることを望まなかったころもあり、時間と次元を超越する能力は備えておりません。

※メイメイさん@サモンナイト3はあくまでも、傍観者としてオディオは召喚しました。
 オディオは彼女を自身の戦力としては絶対に扱いません。

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130:〈 愛ちぎれる 金色の 断章 〉 オディオ 143:堕天奈落



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最終更新:2013年02月28日 18:00