アシュレー、『名』を呼ぶ(後編) ◆Rd1trDrhhU



「チィ……失敗、か……」
 再び漆黒を取り戻した夜空の上。
 地上からの一撃を回避できずに、ブリキ大王はその機能を停止していた。
 古の翼は、煙を吐きながら、徐々に高度を落とす。
 操縦者であったセッツァー・ギャッビアーニは、すでにコクピットから脱出。
 ブリキ大王の装甲の上に棒立ちになって、感情のない瞳で空を眺めていた。

「いや、収穫はあったか」
 風に長髪をなびかせ、地上を見下ろす。
 確かに、兵器は破壊された。
 その代わりに、アシュレー・ウィンチェスターに決して浅くない傷を負わせることに成功していた。
 あのまま地表に叩きつけられれば、彼の命はないだろう。
 セッツァーは薄っすら笑みを浮かべる。
 あれほどの強敵を落とせたのは大きい。
 もとよりこの兵器をノーリスクで動かせたことを考えれば、大金星といったところか。

「それにしても、あの力は……いったい……」
 地上の敵が放った金色を思い返す。
 ハロゲンレーザーをもかき消し、ブリキ大王を貫いた。
 彼が今まで目にした、あらゆる魔法よりも激しい威力を持つものだ。
 それほどまでの魔力を有する敵がいるとは、セッツァーとて予想だにしていなかった。
 何度も展開できる類のものだとは思えないが、その存在を警戒するに越したことはない。

「あなた、セッツァーね」
「…………ッ!」
 ふいに呼びかけた声に振り返る。
 そこにいたのは、赤い髪の少女だった。
 たしか、アシュレーの仲間の子供だったはず。
 セッツァーの外見などを、アシュレーから聞いていたのだろう。
 落ちゆくブリキ大王の上に移動してきたと言うことは、彼女は空を飛ぶ能力でも持っているのか。
 だとすれば、ここで戦うのは得策ではない。

「ゴゴおじさんは、あなたのために戦ったの…………」
「ゴゴ……無法松も言ってたな。誰だ、そりゃあ?」
 状況から察すれば、アシュレーと共にブリキ大王に立ち向かってきた、素顔を隠した男のことだろう。
 数時間前にも耳にした名だが、本当に覚えがなかった。
 これが昔に関係を持った女であるとかならば、悪い気もしない。
 だが、おじさんなどと呼ばれるような人物に追いかけ回されても、不愉快なだけである。

 そもそも、あんなに特徴的な格好をした人物、以前に会っているなら忘れるわけがない。
 本当に記憶にないのだ。
 だから彼は正直に知らないと告げただけ。
 なのに、少女は信じられないといった軽蔑の眼差しで彼を睨んだ。

「物真似師、ゴゴ……知らないとは言わせないわ」
 ものまね師などという職業自体、セッツァーは初めて耳にする。
 おそらく、他人の能力をコピーして戦う術者だ。
 先の戦いでも、アシュレーと全く同じ動きをしていたことからも想像がつく。
 だとすれば、なんという侮辱なのだろうか。
 そんな紛い物が、自分の夢の邪魔をしていたのだ。
 セッツァーの心に、怒りの炎が沸々と燃え上がった。

「………………ぁッ!」
 こちらに鋭い視線を向けている少女を、突然の風が襲う。
 さすがに少女とて吹き飛ばされはしなかったが、その懐から何か小さなものがこぼれた。
 セッツァーが、自分の方へ飛んできたそれを器用にキャッチする。
 見ると、何かの花で作られた栞のようだった。

「…………返して」
 余程大事なものなのか、少女は小さな右手を差し出して返すように要求する。
 だが、セッツァーは栞を高々と掲げ、見せびらかすようにヒラヒラと降って笑った。
 彼を睨む少女の瞳が、いっそうの嫌悪感を帯びる。

「…………押し花とか、花束とか、好きじゃないんだ」
「何が言いたいの?」
「なんでも、ありのままってのが一番美しいってことさ」
 そこまで言うと、彼は右手に魔法を展開。
 発動した火炎が、白き押し花を飲み込んだ。
 少女は悲しそうに「……あ」と呟いたが、すぐになんでもない風を装う。
 弱みを見せないように強がっているようだ。

「……モノマネ野郎なんざ、下の下だろう」
 その言葉は、少女から冷静さを奪うためのもの。
 同時に、夢を邪魔する子供へのちょっとばかりの復讐心だった。

「………………そう……」
 少女は今まで対話をしようとしていた。
 セッツァーへの怒りを必死にこらえながら。
 でも、それも限界。
 生粋のギャンブラーの挑発を前に冷静でいるには、彼女の精神は幼すぎた。

「あなた、絶対に許さないから」
 少女の全身から怒りと、途方もない魔力が渦巻く。
 けれど、素直に真っ向勝負を挑むほど、彼は愚直な男じゃない。
 闘志をむき出しにする彼女をよそに、ブリキ大王から飛び降りる。
 退避という選択だ。
 怒りを滾らせる少女も、それを追って飛び降りた。
 しかし、彼女の目に映ったのは、垂直落下するセッツァーと、もう一つ。

「遅かったな」
 男が、仲間に呼びかける。
 アシュレーと同じく、彼もひとりで戦うつもりはなかった。
 もっとも、彼らを繋ぐのは絆とは言いがたい、打算的なものなのだけれど。

「…………戦果は」
「まぁ、上々だ」
 現れたのは、ブリキ大王の崩壊を確認して駆けつけたアサシン。
 セッツァーの肩を踏み台にして、少女に襲い掛かる。

「…………ッ!」
 首筋を狙った必殺の一撃。
 それを少女は身をよじってかわす。
 目の前の暗殺者はシャドウよりもずっと幼いが、その実力は彼に劣らない。
 いや、人間相手ならば、この少年のほうが上か。
 モンスターと戦い続けたシャドウとは違い、彼はずっと人間相手の暗殺術を磨いてきたのだから。
 ならば、魔法だ。
 いかにアサシンとて、空中ならば身体の自由は利かない。
 少女の魔法を回避する手立てはないはずだ。

「嬢ちゃん、上を見てみろよ」
 魔力を練ろうとした少女に、セッツァーは笑いかける。
 勝利を確信したものがみせる表情だった。
 少女が頭上を確認すると、そこにはさらなる敵の姿が。

「…………ッ!」
 まさか、敵が三人組だと思っていなかった。
 一瞬だけ、彼女の反応が遅れてしまう。
 その隙を正確に狙って、ピサロが名刀ヨシユキを振りかぶった。
 真空波。
 放たれた斬撃が、空気中を高速で泳いで少女へと突撃する。

「あぐぅッ!」
 肩からわき腹にかけて、一直線に傷が走る。
 噴出した血は重力には逆らえずに、やがて雨粒のように大地へと落ちてゆく。
 少女とて例外ではなく、斬りつけられた勢いのままに、硬い大地へと向かっていった。

「……浅いか」
 ピサロが少女の落ちていく先を見つめる。
 その顔には少しばかり驚きの色が混じっているか。
 少女の防御力は、彼が予想していたよりも高かった。
 おそらくは大したダメージも受けていないはずである。
 追撃はしない。
 今は相手を退けただけで十分だった。




 魔法の威力で重力加速度を上手く相殺し、三人は地上へと無傷で帰還した。
 一息つく前に、まずは戦果の確認をしなくてはならない。
 その結果によって、今後の身の振り方を考えるために。

「ブリキ大王とやらの起動には成功したようだな」
 ピサロが落ち行く巨体を眺めながら呟く。
 ブリキ大王は、煙を吐きながら西の方へと墜落していた。
 朝日を浴びて死にゆく兵器の姿は、なんとも退廃的に感じる。

「壊されちまったがな」
 セッツァーがおどけながら両手をあげた。
 遺跡にあれを持っていけたならば、かなりの戦力になったことだろう。
 惜しいことをしたと彼は笑う。

 だが、それほど悔しさを滲ませてもいないのは、仕方のないことでもあるからだ。
 ブリキ大王を操作している間は、彼はバーサク状態でいなくてはならない。
 冷静な判断など出来るはずもなく、敵を発見すれば戦う以外の行動が取れなかったのだから。

「それでもアシュレーを落とせたのはでかいぜ」
 たしかに、ブリキ大王を失ったのは残念だ。
 ある程度回復したとはいえ、今の彼らの疲労度は無理できるものではない。
 ジョウイの思惑を外すためにも、ブリキ大王は確保しておきたかったというのが本音ではある。

 それでも、アシュレー・ウィンチェスターの退場という結果が得られただけでも彼は満足だった。
 ジョウイの話を聞いた限りでは、ルカ・ブライトとかいう騎士を倒したのはアシュレーたちだ。
 もし、遺跡へ向かう最中に、彼らに背中を襲われたら厄介であるとも考えていた。
 今回の戦いで懸念事項である集団の要であった青年を退場させ、チームを崩壊させることに成功したのだ。
 そのうえ、セッツァー自身は一切のダメージを負ってはいない。
 賭けは、大勝ちであったと言っていい。

「……それは?」
 今まで沈黙を保ってきたジャファルが口を開く。
 その鷹の目が捉えたのは、セッツァーの手に握られている紙切れのようなもの。

「……なんでもねえよ」
 ジャファルに指摘されてその存在を思い出したセッツァーは、品定めするようにまじまじと眺めた。
 それは、少女から奪った花の栞。
 彼はこれを燃やしたように見せかけて、手の中に隠し持っていた。
 ちょうど、トランプでイカサマをするのと同じ要領で。

 どうしてこれを燃やさなかったのか、実は彼自身も分かっていない。
 ただ、魔法がこの押し花を消し去ろうとしたとき、指が勝手に細工をしたのだ。
 それが、ギャンブラーの勘のもたらしたものならば。この栞は今後の賽の目に影響するかもしれない。
 持っておいても損はないだろう。
 大して期待はせず、セッツァーは栞を懐にしまった。

 ふと、セッツァーは太陽を背にし、西の草原へと振り返る。
 もちろんそこには誰もいない。
 ブリキ大王が堕ちた先で、誰かに名前を呼ばれたような気がしたのだが、空耳だったのだろう。
 獣のような、呼び声が。


【B-7 二日目 早朝】

【ジャファル@ファイアーエムブレム 烈火の剣
[状態]:健康
[装備]:影縫い@FFVI、アサシンダガー@FFVI、黒装束@アークザラッドⅡ、バイオレットレーサー@アーク・ザ・ラッドⅡ
[道具]:聖なるナイフ@ドラゴンクエストIV、毒蛾のナイフ@ドラゴンクエストⅣ 導かれし者たち、潜水ヘルメット@ファイナルファンタジー6
    マーニ・カティ@ファイアーエムブレム 烈火の剣、基本支給品一式×1
[思考]
基本:殺し合いに乗り、ニノを優勝させる。
1:ニノを生かす。
2:遺跡へ向かう?
3:セッツァー・ピサロと仲間として組む。座礁船を拠点に作り替えるorジョウイの提案を吟味する?
4:参加者を見つけ次第殺す。深追いをするつもりはない。
5:知り合いに対して躊躇しない。
[備考]
※ニノ支援A時点から参戦
※セッツァーと情報交換をしました
※ジョウイからマリアベル達の現在の状況を知りました。その他の情報については不明です。


【セッツァー=ギャッビアーニ@ファイナルファンタジー6】
[状態]:好調、魔力消費(中)
[装備]:デスイリュージョン@アークザラッドⅡ、つらぬきのやり@FE 烈火の剣、シロウのチンチロリンセット(サイコロ破損)@幻想水滸伝2
[道具]:基本支給品一式×2、 シルバーカード@FE 烈火の剣、メンバーカード@FE 烈火の剣 、拡声器(現実) 回転のこぎり@FF6
    フレイムトライデント@アーク・ザ・ラッドⅡ、天使ロティエル@サモンナイト3、壊れた蛮勇の武具@サモンナイト3 、小さな花の栞@RPGロワ
[思考]
基本:夢を取り戻す為にゲームに乗る
1:遺跡へ向かう?
2:ジャファル・ピサロと仲間として行動。座礁船を拠点に作り替えるorジョウイの提案を吟味する?
3:ゴゴに警戒。
4:手段を問わず、参加者を減らしたい
※参戦時期は魔大陸崩壊後~セリス達と合流する前です
ヘクトルトッシュ、アシュレー、ジャファルと情報交換をしました。
※ジョウイからマリアベル達の現在の状況を知りました。その他の情報については不明です。


【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:ダメージ(小)、疲労(大)、心を落ち着かせたため魔力微回復、
    ロザリーへの愛(人間に対する憎悪、自身に対する激しい苛立ち、絶望感は消えたわけではありません)
[装備]:ヨシユキ@LIVE A LIVE、ヴァイオレイター@WA2、クレストグラフ(ニノと合わせて5枚。おまかせ)@WA2
[道具]:基本支給品×2、データタブレット@WA2、双眼鏡@現実
[思考]
基本:ロザリーを想う。優勝し、魔王オディオと接触。世界樹の花、あるいはそれに準ずる力でロザリーを蘇らせる
1:遺跡へ向かう?
2:セッツァー・ジャファルと一時的に協力する。
[参戦時期]:5章最終決戦直後
[備考]:確定しているクレストグラフの魔法は、下記の4種です。
 ヴォルテック、クイック、ゼーバー(ニノ所持)、ハイ・ヴォルテック(同左)。


◆     ◆     ◆


「痛いの……」
 未だ薄暗い森の中。
 ちょこは、雨の湿り気が残る土壌に仰向けで身体を預けていた。
 見上げた空の白みは、今度こそ太陽がもたらしたもの。
 しかし、彼女の心には未だに光が差してくれない。

「ゴゴおじさん…………ごめんなの……」
 セッツァーの仲間に負わされた傷は、それほど深くはない。
 なのに、彼女は起き上がることが出来ないでいた。
 悲しみと怒りがマーブル状に絡み合った気だるさが、重石となって彼女に圧し掛かる。

「ちょこ、あの人のこと許せない」
 寂しさを紛らわそうと懐を探ってから、思い出した。
 仲間にもらった大切なお守りは、あの男が燃やしてしまったのだ。
 ゴゴを裏切るような言葉とともに。

 彼女は、ゴゴからすべてを聞いていた。
 アシュレーが、巨大ロボットのレーザーに敗北したときに。
 ゴゴがしようとしていたことも、命を失うかもしれないことも。
 そして、そこまでして彼が守りたかったものも、すべて。
 それを知ってたからこそ、セッツァーの言葉がつらかったのだ。

「……………………」
 ゆっくりと起き上がり、北を向く。
 そこに、仲間たちがいるはずだ。
 本当なら、今すぐゴゴの元に駆け寄りたい。
 アシュレーの無事を確かめたい。
 だけど、彼女はそこには行けなかった。

「………………おじさん、おとーさん」
 ゴゴは別れる前に、彼女に告げた。
『俺は過去のために戦う。君は君のけじめをつけろ』
 涙を流す彼女に背を向け、彼はそう言った。
 アシュレーのデイパックを彼女に預けたのは、一人で行く彼女への選別だ。
 信頼するのが仲間ならば、今は行くべきではない。
 彼女にはすべきことがあるのだから。

「絶対に生きててね」
 目をきゅっと瞑り、かぶりを振る。
 仲間たちに会いたいという衝動を、朝露に溶かして押しとどめた。
 彼女には会わなければならない人がいる。
 この殺し合いで初めて出合った女性だ。
 かつての英雄は生きるために人を殺そうとしている。
 だから彼女に会って、止めなくてはならない。
 それが、彼女の手を握った自分の責任なのだと。
 あの女性のことを放置してしまったら、それではゴゴを忘れたセッツァーと同じだ。
 彼女はあの男のようにだけはなりたくはなかった。

「ちょこ、行ってくる」
 踏みしめた大地はこんなにも大きく、先に広がる世界はこんなにも暗い。
 行く道を照らすにはランタンのともしびは頼りない。
 仲間への憂慮と先へ進むことへの恐れで、小さな心臓はかつてないほど脈打つ。
 それでも、彼女は振り返らない。

「けじめをつけに」
 少女はこの殺し合いで初めて、生まれて初めて……自分の足で進み始めた。
 誰の意思を借りることも、現実から逃げることもやめて。
 すべてが済んだらあの人の故郷に行こう。
 そう心に決めて、たったひとりで彼女は歩く。
 声なき叫びをみちしるべにして。


【C-6 二日目 早朝】

【ちょこ@アークザラッドⅡ】
[状態]:疲労(中)、肩に切り傷
[装備]:なし
[道具]:海水浴セット、基本支給品一式、ランダム支給品0~1個(確認済み)、焼け焦げたリルカの首輪
[思考]
基本:みんなみんなおうちに帰れるのが一番なの
1:おねーさんに会って、止める。
2:おとーさんになるおにーさん家に帰してあげたい
[備考]
※参戦時期は本編終了後
※殺し合いのルールを理解しました。トカから名簿、死者、禁止エリアを把握しました。
※アナスタシアに道具を入れ替えられました。生き残るのに適したもの以外です。
 ただ、あくまでも、『一般に役立つもの』を取られたわけでは無いので、一概にハズレばかり掴まされたとは限りません。
※アシュレーのデイパックを回収しました。


◆     ◆     ◆


 花畑。
 色とりどりの世界で、優しい少女と笑いあった。
 彼女の名前が思い出せない。

 城の中で、姉の死に涙する少年を慰めた。
 眼鏡の少女も涙していたはずだ。
 その泣き顔がどんどんぼやけ、色あせていく。

 地下深くで、侍と肩を並べて戦った。
 あのシャドウを追い詰めたのだから、なかなかのコンビだったのではないか。
 思い出すたびに感じたはずの胸の高鳴りが、今はもう冷めてしまっていた。

 過去最強の敵ともいえる騎士、さらには焔の魔神とも相対した。
 最後に生き残ったのは、自分と少女、そして英雄である青年。
 魔神との戦いに赴く英雄の映像が、目に焼き付けたはずの光景が崩れてゆく。

 いろんなことがあった。
 たくさんの人間と出会ったはずだ。
 その宝石のような記憶が次々に塗り潰され、滅びてしまう。

「ア……ァ…………が……」
 それらに取って代わり、脳を侵食するのは、彼とはもっとも縁遠いはずの感情だった。
 人間という生き物への、果て無き憎悪。
 自我など保っていられないほど深く激しい感情の濁流は、彼の頭にあるすべてを押し流してしまう。
 ここで出会った人々のことも。
 刃を交えた敵のことも。
 かつての戦友たちのことも。
 あらゆる記憶が消え去って、最後には……。

『一人で飛んだってよ、つまんなくなっちまったんだ』
 一番忘れたくなかった言葉も、絶望の金色に染められ、消し去られた。

(もう、終わってしまおう)
 襲い掛かる感情に、ゴゴはもう抵抗しない。
 自分で選んだことだから。
 呑まれることを覚悟の上で、魔王の力を借りたのだ。
 だから、せめて。

「……ギ…………グ…………」
 手にした槍を自分の胸に押し当てる。
 震えた穂先で的確に心臓を貫くため、もう片方の手で刃を握る。
 掌から血が流れるが、今から死ぬ身なのだから気にするわけもない。

 ふと、新たな世界に踏み出した少女がどこかにいたような気がして、ゴゴはその身を案じた。
 大切な誰かにもう一度だけ会いたくなったが、もうそれが誰だったのかも分からない。
 思い残す事はおろか、自分の魂にはなにも残されていないことに少しだけ絶望して、武器を持つ手に力をこめた。
 東の地平からは朝日が現れる。
 その陽に照らされて輝きだした穂先を静かに引き寄せ、潮の薫るこの草原で彼は……。
 自らの心臓を。

「…………まてよ」
 刺し貫く、その寸前。
 ゴゴの手に重なった別の手が、彼を絶命させるはずだった槍を止めていた。
 耳を揺らした声の波長は、いつか聞いたことがあるような気がする。
 もういつの記憶だったのかも分からない。

「……なに、して……だよ、ゴゴ」
 傷だらけの青年が、重ねたその手を強く握る。
 ひとのぬくもり。
 理性よりも、もっと深い部分が覚えていたもの。
 幾度も感じた熱だ。

「…………ガ……?」
「死、なせ、ない」
 ゴゴの肩が乱暴に掴まれる。
 彼が自らを救おうとしていることくらいは、理解できた。
 しかし、だからこそ。

「……ハ…………ォ……」
「…………ゴ、ゴ…………ッ……」
 間近に感じた温かさを、憎しみが拒絶した。
 血に塗れた指先が、青年の首を締め上げる。
 細い首に食い込んだ殺意が、優しさの脈動を食い止め、ついには引きちぎろうとしていた。

「……言っ、た……じゃ、ない、か」
 青年は血に染まった魔物の手首に手を添える。
 力は込められていない。
 ただ、自らの体温を与えるがごとく、触れる。
 呼吸の出来ない苦しさにうめき声をあげながらも、青年の瞳の最奥にはまだ光が宿り続けていた。

「や、り直……せる、って…………」
「………………ガ……?」
 崩れかけていた精神に、いつかの言葉が降り注ぐ。
 目の前の男を締め上げていた五指が、僅かに緩められる。
 かひゅう、と青年が大きく息を吸い込んだ。

 直後、ゴゴの脳裏にモノクロの記憶が、よみがえる。
 炎がごとき侍人の手にした刃が、月の下で踊っていた。




(ゴゴ……思い出せ。僕たちのことを)
 アシュレーは空気をむさぼる。
 生きるためでなく、ただ叫ぶために。
 一度でいいから、全力で彼の名を呼ぶために。
 彼を絶望から呼び戻すには、それしか手段が残されていなかった。

 アシュレーは思い知る。
 これは、いつかの再現だと。
 ロードブレイザーにとらわれそうになった彼を救ったのは、一振りの刃に籠められた願いだった。
 男の奥義と仲間たちの絆のおかげで、彼は彼として帰ってこられてたのだ。
 今度は、自分の番だ。
 彼が仲間を救うとき。
 だけど彼には魔を断ち切るための刃などない。
 その手にあるのは想いだけ。
 だから、叫ぶのだ。
 あらん限りの声をあげて。
 彼は、その名を呼ぶ。

「ゴゴォォォォォッ!!!!!」
 喉が裂けようとも。肺がやぶれようとも。
 この身が千切れようとも。
 もう一度、空気を体内に取り込む。
 そして、想いを籠めた弾丸として打ち込むのだ。

 最後の、咆哮。

「ゴゴッ! お前はッ! 負けないッ!!!!!」
 血液交じりの涎を飛び散らせながらも、その絶叫は仲間の鼓膜を確かに震わせた。
 その証拠に、彼の首に撒きつく指からどんどん力が抜けていく。
 仲間の心に生じた波紋が次第に大きくなる。
 やがてそれは、彼を支配していた絶望に一筋のヒビを刻んだ。

「…………ぁ……」
 ついに、魔物の目に一筋ばかりの光が戻った。
 アシュレーの顔にも、薄っすらと笑みが浮かべられる。
 自分の声が届いたのだと。
 伸ばした手が、ゴゴを探り当てたのだと。
 ゴゴが、息を吸い込み何かを言おうとした。
 それが自分に対しての返事なのだと、アシュレーは信じて疑わなかった。

 次の瞬間、魔物の口から発せられた言葉は。

「…………ニン………………ゲン…………」
「…………え……?」
 魔物が告げたのは彼の名ではなかった。
 アシュレーは一瞬だけ呆気に取られてしまう。
 それが不味かった。

「……が、ふ…………」
 ゴゴの貫手が、アシュレーの胸に突き刺さった。
 もう片方の手のひらが、彼の首をキリキリと締め上げる。
 焼け付くような痛みの中で、彼は悔しさをかみ締めた。
 仲間を救えなかった事実に。

(僕は、お前にはなれなかったよ)
 声だけでは、駄目だった。
 極めあげられし剣技に追いつくことはできなかったのだ。
 とてつもなく、悔しい。
 だけど、それでも、ゴゴは死なせなかった。
 それだけは達成した。
 生きていれば、やり直せる。
 そういったのは、ゴゴ自身なのだから。

「グオォォォォォォォォッ」
 ゴゴが吼え、今まで必死に抑えていたのだろう憎悪がむき出しになる。
 もはや、一個人が放つ規模の怨念ではなかった。
 そのすべてを一身に受けたアシュレーが感じる恐怖は計り知れない。
 それでも、彼は必死に強がってみせる。
 仲間のために笑顔で死んでやろうと。

「しん、じ……てる……ぞ…………ゴゴ………………」
 英雄として生き、それでいて英雄を否定した男がみせた、最期の意地だった。
 けれど、彼の頑張りもそこまで。
 憎しみに飲まれたゴゴの左手が彼の首を引きちぎり、右手が胴体を両断したその瞬間。
 アシュレーはついに恐怖に屈して、掠れた悲鳴を僅かにあげた。




「………………」
 青年を殺した魔物は、無言で荒い呼吸を繰り返す。
 先ほどまで錯乱状態にあった精神も、今はある程度の落ち着きを取り戻してはいた。
 されど、元の彼に戻ったという意味ではない。
 完全に憎悪に支配されてしまったと言うことだ。

「ニン、ゲン……憎い……」
 いつの間にか落としていた槍を拾い上げる。
 その武器で貫くべき生き物への果てなき恨みを胸に滾らせながら。

 どこかで、大きな音がした。
 先ほど戦った巨兵が大地に落下したときのものだ。

「すべてッ! 殺してやるッ!」
 その音に負けぬほどの咆哮と共に、首輪を引きちぎる。
 力任せに破壊されたはずの首輪だが、ゴゴの命を奪うどころか爆発すらしなかった。
 今の彼がオディオの力をもある程度再現できているということだ。
 むき出しにされた、ヒトへの憎しみ。
 誰よりも仲間を想い、何よりも人間を愛したはずの魔物が放つ金色の殺意だった。

 倒れ付すのは、かつて世界を救った青年と、かつて世界を救った機械兵器。
 二つの英雄の残骸が転がるこの地で。
 最後の絶望が、産声をあげた。


【アシュレー・ウィンチェスター@WILD ARMS 2nd IGNITION 死亡】
【残り16人】

※アシュレーの装備していたバヨネット、小さな花の栞@RPGロワ
 及びゴゴのデイパック(基本支給品一式×3、点名牙双@幻想水滸伝Ⅱ、解体された首輪(感応石)、
 天罰の杖@DQ4、小さな花の栞×数個@RPGロワ)、ゴゴの首輪はB-6 北部に放置されています。


【B-6 北部 二日目 早朝】

【ゴゴ@ファイナルファンタジー6】
[状態]:疲労(小)、ダメージ(小)、人間への強い憎しみ、首輪解除
[装備]:小さな花の栞@RPGロワ、ジャンプシューズ@WA2、閃光の戦槍@サモンナイト3、
[道具]:なし
[思考]
基本:人間を滅ぼす。
1:人間を探して殺す。
[参戦時期]:本編クリア後
[備考]
※本編クリア後からしばらく、ファルコン号の副船長をしていました。
※基本的には、『その場にいない人物』の真似はしません。
※セッツァーが自分と同じ時間軸から参戦していると思っています。
※オディオの物真似をしたせいで、彼の憎悪に支配されました。
 物真似の再現度や継続時間など、詳しいことはお任せします。


時系列順で読む


投下順で読む


128:アシュレー、『名』を呼ぶ セッツァー 129:デイブレイク
ジャファル
ピサロ
ゴゴ 130:〈 愛ちぎれる 金色の 断章 〉
ちょこ 131-1:救われぬ者
アシュレー GAME OVER


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最終更新:2011年12月08日 02:00