堕天奈落 ◆iDqvc5TpTI
全ては時間との戦いだった。
ジョウイの精神が朽ちるのが先か。
理想が成就し楽園が創世されるのが先か。
故にこそ、地下へと続く大穴へと飛び込んだジョウイに減速の二文字はない。
速く、もっと速く。
焦りに駆られ、されど囚われることもなく、ジョウイは冷静に印を結ぶ。
顕われるはケンタウロスの亡霊騎士。
空中で騎乗したジョウイは、幾多もの穴をくぐり抜け、その度に蹄で孔の縁を蹴り、速度を上乗せし。
連続で加速しながらも、エレニアックの魔女っ子が切り拓いた道なき道を征く。
リルカだけではない。
ジョウイを護ってくれた人々のおかげだけでも、ジョウイが利用してきた人々のおかげだけでもない。
自分が今、ここにいることができるのは。
自分だけが僅かと言えども時間を得ることができたのは。
オディオに呼ばれ、殺し合いに誘われた全ての人々のおかげだ。
そこには、ジョウイが邂逅すること叶わなかった異界の者達でさえ含まれる。
彼ら彼女らが生前もう少し、別の行動を取っていたのなら。
ジョウイは魔剣を手に取ること叶わず果てていたかもしれない。
リルカと再会し自分の魔法に気づくことなく盲目に力のみを求め続けていたかもしれない。
導く先の楽園を形にする手段にこうして、王手をかけることもできなかったかもしれない。
それ程までにぎりぎりだった。
大願を成就していない現状でさえ、奇跡の上に成り立っているのではないかと思える程だった。
けれど、ジョウイは知っている。
これは決して、奇跡の上に成り立っているものではないと。
人々を楽園に導くと決めたジョウイを、この瞬間まで導いてくれたのは。
今を生きる者達、そして既に死した者達、彼ら全ての“想い”なのだ。
“こうであって欲しい”と願った彼ら一人一人の一なる願いが“全て”に至り。
その“全て”がジョウイの抱いた“一にして全なる”願いを押してくれている。
――ありがとう。
言葉にすることなく、されど、万感の意を込めて、首輪から回収した感応石に感謝の念をのせる。
理想を取り戻させてくれたことに、ありがとう。
魔法を掴ませてくれたことに、ありがとう。
そして、これから力になってくれることに、ありがとう。
感応石より返ってくる言葉はなかった。
ただ、その代わりとばかりに生じた変化があった。
四十九の階層を落下し終え、隠し階段の先の宝物庫をくぐり抜けた矢先にジョウイは目を見開く。
瞳に映るのは、これまでのような遺跡という名から連想する通りの荒びれた光景ではなかった。
光に満ち、緑に溢れ、水が廻り、蝶が舞い、鳥が囀る。
そんな美しい世界が広がっていた。
そこは紛れもなく“楽園”だった。
ジョウイではない誰かがかつて夢見た楽園だった。
▽
「ここは……」
あれほどひた駆けるのみで、副葬品の財宝にも目もくれなかったジョウイが、思わず歩を緩めていた。
突然の景色の変化に戸惑わなかったといえば嘘になる。
死喰いの力を得んとする自分を妨害するための罠か何かかと疑わなかったわけでもない。
だが、それ以上に。
ジョウイは理屈ではない何かで、この光景を刻んでおかねばならないと理解した。
路傍の石として、過ぎ行くものとして、ただ流し見てはいけないと。
“省みなければならない”と心の奥底から確信していた。
ああ、つまり。
「そういう、ことなのか……?」
英雄たちの因業を終わらせる為ならば、たとえ友でも手にした魔剣で斬り伏せて進むと決めた魔王を止め得るものがいるとするならば。
それは――
『そうだ。ここは偽りの大地。
魔界を追われ、地上の世界で暮らす事を夢見た敗者の一族が作り出した幻……』
ジョウイが背負うべきだと決めた憎悪<オディオ>の他あり得ない。
救わず、されど見捨てない王は。
この地に渦巻く嘆きも見捨てるわけには行かなかったのだ。
『かつて、彼らの魔界は美しい世界だった。後に彼らが目指した地上の世界に負けぬ程に。
しかし、愚かなる者達の争いによって大地はすさみ、多くの魔族が死に絶えた……』
なればこそ、階下を目指しながらも、感応石より響く声をジョウイはただ静かに心に刻む。
『やがて秩序は失われ、混沌と憎悪に満ちた世界となった。
とある王の一族は新しい世界を求め、その地へとやって来た』
憎むこと、争うことを忌避し、楽園を求めて踏み出した者達のことを。
『だがその世界にも、“憎しみ”と“争い”があった。
王はその美しい世界を守るために、彼らの夢を叶えるために、愚かなる人間を支配しようとした』
求めた楽園がなかったが為に、自ら楽園を創ろうとした先駆者のことを。
『されどその夢が叶うことはなかった。
“憎しみ”と“争い”を“憎んだ”が故に更なる“憎しみ”と“争い”を撒くしかなかった王は』
求めた楽園がなかったが為に、滅びるしかなかった者達のことを。
『自らが生み出した憎悪<オディオ>により殺された。
彼らの手で家族を殺された剣士の復讐の刃の前に果てた』
楽園さえあれば、別の未来が用意されていたであろう者達のことを。
『王の名はセゼク。敗者ゆえに悪とされた者……』
故にこそ、彼らを導く先の楽園を、ジョウイは造るのだ。
『私と、そして君と同じく、魔王と呼ばれたものだ……』
己に語りかけてくる“憎しみ”の魔王より、玉座を譲り受けることによって。
▽
オディオ自らの接触なれど、ジョウイに動揺はなかった。
無色の憎悪を取り込んだキルスレス。
亡国ルクレチアを器と成す“死喰い”の内的宇宙。
イレギュラーであるリルカに守られた世界を除く、これらオディオに縁の深い憎悪に支配された精神世界での会話は全て聞かれていたのだろう。
特にハイネルとの対話でのジョウイの言動はオディオを強く意識したものだった。
オディオとしても思うところがあり、こうしてコンタクトを取ってきたとしても不思議ではない。
『ジョウイ・ブライト……。君もまた彼と同じ道を歩むことだろう。
“憎しみ”と“争い”をなくそうとし、更なる“憎しみ”と“争い”を生み出す』
いや……。
ジョウイはすぐさま思い直す。
オディオはただ嘆いているだけなのだと。
意思疎通を図るつもりも、相手を説き伏せるつもりもないのだと。
『無理だ、無理なのだ。
“憎しみ”とは人間が存在する限り永遠に続く“感情”だ……。
お前がどれだけの刹那を捧げたところで永遠には届かない。
この世から英雄譚はなくならない。勝者と敗者の関係は変わることはないのだ』
オディオは憐れむだけだ。
約束された敗北へと突き進む若き王の愚かさを。
オディオは諦観するのみだ。
三千世界全ての憎しみを知る者として、変えられない運命を。
敗者をなくそうとするジョウイを助けようともしなければ、その為に矛盾を犯し勝者にならんとすることを止めようともしない。
『……望外にも。君が永遠に打ち克ち、全世界の憎悪を掌握できたとして。
憎しみのない歴史を生み出したとしても――失われた時の復讐者が必ずやってくる。
“過去を変え、未来を変え、生まれるはずのものを奪えば、必ず裁きが下る”……。
ルッカ・アシュディアの墓を暴き、……私が敗者に貶めた男がお前に伝えたこの言葉は、お前を止めたいがための虚言ではない』
誰よりも敗者の存在を憐れみ、誰よりも勝者の存在を憎みながらも、王は、オディオは。
だからこそ、敗者が生まれ、勝者が君臨するという構図を運命なのだと諦めていた。
他ならぬ自分が、“敗者の王”にして“ただ一人の勝者”であるが故に。
『歴史を改変しさえすれば、憎悪がこの世に生まれ落ちることもなく、争いにより命が喪われることも回避できよう。
だが、それならば。本来生まれ落ちるはずだった“憎悪”はどこへ行く?』
もしも武闘大会で優勝したのがオルステッドではなく
ストレイボウなら。
二人を、ルクレチアを待っていてのは全く違った未来だっただろう。
もしもオルステッドが魔物達との戦いに敗れてれば。
悔いのある最後ではあったであろうが、勇者のまま死ねただろう。
もしもオルステッドが逃げることかなわず国賊として処刑されていたとしよう。
困惑と悲しみの中果てはしたものの、親友の裏切りを知らずに済んだであろう。
もしもオルステッドが最後の最後にストレイボウに敗北していたとしたら。
せめてアリシアのことだけは愛したまま憎むことなく逝けただろう。
どれもこれもが、決して幸せな未来とは言えないまでも。
オルステッドが負けさえしていれば、彼は魔王になることなどなく、こうして永遠に嘆き続けることもなかったというのに。
『生まれ落ちることをよしとされなかった“憎しみ”はそれでよかったと思うとでも……。
思うまい。“憎しみ”さえなければ世界は平和になる。“憎しみ”さえなければ幸福に生きられる。
……それは人間の理論だ。人間の勝手だ』
それでも勝ち続けてしまったというのなら。
運命だと諦める他ないのではないか。
自らの身をもってして、この世には勝者と敗者がいることを証明してしまったオルステッドは。
敗者を省みなかったが為に、全てを失った勝者は。
何もかもを失い敗者になった後でさえ、ルクレチアの民達に返り討ちに合わず復讐を完遂できて“しまった”勝者は。
敗者の上に立つという愚かさ、醜さを知ったところで、敗者であると同時に、勝者でい続けるしかなかったのだ。
『誰かが何かを成してある未来を掴み取ったとき、その陰では選ばれなかった未来の世界が消えていっている。
しかし、選ばれなかった未来の世界はただ消えるのではなく、その妄執、怨嗟は残る。
“憎しみ”のない世界を創ろうとするならば、お前に背負われ、お前とともに消えゆくことをよしとしない“憎しみ”の未来が牙を剥く』
或いは、かくいうオディオも、彼なりに敗者に手を伸ばそうとしたのかもしれない。
オディオの言葉にはどこか実感があった。
単にどこかの世界にそういう未来があり得るということを識っているだけではなく、実体験として苦渋を味わったのではないか。
時間の枠も世界の壁をも超えるられるオディオが、敗者たちに勝者への復讐をさせていたとしてもおかしくはない。
『再度消してもまた新しい“憎しみ”が。更に消したところで再三“憎しみ”が。
……終わらぬよ。“憎しみ”が“憎しみ”を抱き“憎しみ”の“憎しみ”が――“憎しみの復讐者”が生まれ続ける』
そして一層痛感し、虚無感を抱いてしまったのだろう。
“誰が”勝者になるか、敗者になるかを変えることができても、『勝者』と『敗者』の絶対的な立ち位置は何一つ変わらないということを。
新たなる敗者が再び勝者に対し、敗者を省みさせようとするだけだという事実を。
『分かるはずだ。“憎しみ”と“導き”のイタチごっこが生じれば、先に朽ちるのがどちらなのかは。
お前のやろうとしていることは英雄の循環を魔王の循環にすり替える、ただそれだけのことに留まるに過ぎないのだと』
ならばせめて。
勝者にして敗者たるこの身が、“敗者の王”となろう。
この“力”がどこまでも勝者であったとしても、己の勝利に酔いしれなどせず、正義など掲げまい。
敗者たる我が“想い”で勝者を呪い、敗者へと引きずり降ろそう。
世界に勝者が必要だというのなら、敗者を省みぬ者にその座を渡すくらいなら。
敗者にして勝者でもある自分が玉座に座り続け、敗者を省み続けよう。
『……それでも、お前は、勝者を目指し続け、その手段として敗者をも使役しようというのか……。
ならば心せよ。“死を喰らうもの”は、お前が背負うこととなる最初のオディオ<憎悪>は。
“理想”などでは背負いきれぬものだということを』
ああ、その在り方は、ジョウイのものとは違えど、確かに“敗者の王”だ。
民あっての国にして王。
敗者を前提とし、民とし、唯一無二の勝者でありながらも誰よりも深い“憎悪”を抱く敗者。
敗者である人間達のための王ではなく、敗者が抱いた“憎しみ”という感情それそのものの王。
勇者<勝者>の“力”と魔王<敗者>の“想い”を併せ持つ善悪の二元論を超越せし不条理。
『私が手を下すまでもなく、敗者を省みながらもその死を暴く君への裁きは、“敗者の復讐者”自らがなそう。
……そしてもしも、君が“死を喰らうもの”の裁きさえも乗り越えられたというのなら。
それは君の“理想”が敗者達の“理想”でもあるということなのだろう。
君たちが願うがままに、私はこの座を新たなる“敗者の王”に譲るとしよう』
その言葉に嘘はあるまい。
そもそも、誰が優勝したとしても、オディオはその願いを叶える気であっただろう。
たとえオディオの死を願い入れたとしてもだ。
この殺し合いはいわば、かつてのオルステッドが辿った道の縮図なのだ。
殺し合いの果てに敗者を省みるただ一人の勝者が生まれれば。
王は二人も要らない。オディオは、黙って座を譲るだろう。
『『ジョウイ・ブライト。“最後の勝者”になろうとし、“最後の敗者”にならんとするものよ。
英雄の循環も魔王の循環も断ち切れるというのなら……お前で終わりにしてみせろ!』』
オルステッドならぬ新たなオディオへと。
それが最後のオディオにであろうとも。
▽
“2つ”の感応石より響いた“二重”声を最後に、通信が途絶える。
どうやら、眼前にある巨大な感応石が、首輪に仕込まれた感応石にオディオの放送を伝える中継地点であることに間違いはなかった。
肝心の“死喰い”の力――オディオ曰く“死を喰らうもの”の力は感じられないが、それは抜剣していないからだろうと踏んだ。
もとより、“死喰い”の内的宇宙には潜ったものの、それがどんな力なのか、いかな外見なのか具体的には知らないのだ。
内的宇宙が存在しており、ハイネルも“ラヴォスの幼体”と口にしていた以上、なんらかの生物めいたものだと推測してはいるのだが。
これ以上は抜剣し、地下の“死を喰らうもの”へと繋がる共界線の中継ポイントでもある感応石を調べてみないと分かるまい。
オディオの言からも“死を喰らうもの”が容易に御せる力ではないのは窺い知れるが。
それでも。
「終わりに、してみせるさ……」
魔剣に誓いしは“不滅なる始まりの紋章”。
何時の時点から存在するのかを推し量れるなら、それは果てしなく長くとも、永遠ではあらず、循環でもない。
始まりがあれば終わりもある。
始まりさえ不滅ならばいつかはこの手で終わらせることができるのだ。
であればこそ、始まりを躊躇う訳にはいかない。
さあ、目を覚まさせよう。
新たなるルルノイエにて、新たなる獣の紋章を。
【E6山・アララトス遺跡ダンジョン71階 二日目 昼】
【ジョウイ=アトレイド@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:クラス『伐剣王』 ダメージ(中)、疲労(小)、全身に打撲 首輪解除済み 腹部に傷跡
[装備]:キラーピアス@DQ4 絶望の棍(絶望の鎌の刃がなくなったもの) 天命牙双(左)
[道具]:賢者の石@DQ4 不明支給品×1@ちょこの所持していたもの 基本支給品
[思考]
基本:優勝してオディオを継承し、オディオと核識の力で理想の楽園を創り、オディオを終わらせる。
1:感応石を伝って死喰いの力とはいかなるものかを調べる
2:死喰いの力を手に入れ、その力で残る全参加者を倒す
[参戦時期]:獣の紋章戦後、始まりの場所で
2主人公を待っているとき
[備考]:
ルッカ、リルカと参加している同作品メンバーの情報を得ました。WA2側のことは詳しく聞きました。
セッツァー達に尋問されたことを話しました。
※紋章無しの魔法等自分の常識外のことに警戒しています。
※紋章部位 頭:蒼き門の紋章 右:不滅なる始まりの紋章
*
ロザリーが見たのは、死喰いに喰われたルクレチア@LALでした。
ルクレチア以外の場所(魔王山等)が死喰いの中にあるかは不明。
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最終更新:2017年05月28日 18:51