世界最期の陽(前編) ◆wqJoVoH16Y


 お前では充ち過ぎている。彼では、届かない。君では嵌まらない。それでも?
<You are not agreement. ―――――――――――――――Notwithstanding?>



陽光降り注ぐ森の中、その滑り気のある表皮を“てからせ”ながら、カエルはその内の1本に寄りかかっていた。
心臓のあたりを鷲掴みにしながら、苦しそうな呼吸を漏らす。その滑りの半分は紅かった。無論、自分の血ではない。
ぜいぜいと荒く吐かれる息は、森の清涼な空気を以てしてもそう収まるものではない。
(……近い、3人!!)
何かを察した瞬間に、カエルは息を飲み込んで舌を大きく突き出し、別の樹の枝に巻きつけて一気に飛び上がる。
目を閉じてまったく何も見ていなかったはずのカエルの挙動は、それ故に最速だった。
そしてその瞬間、今の今まで寄りかかっていた樹に衝撃が走り、くの字にへし折れていく。
「ウォータガ!」
紅く輝く剣を杖のようにして折れた樹の方に向けると、大量の水がそこに降り注いだ。
避けられたことを認『識』。だが、牽制にはなった。再捕捉しての攻撃には数十秒は要するだろう。

すぐさま樹を降りて、緑の中に緑を隠すカエルは一連の動作において敵を見ていなかった。
呼吸を整えながら、剣に意識を集中するカエル。その閉じた瞼には、線で繋がる淡い光が写っていた。
キルスレスによる共界線干渉の応用――――生体の首輪探知によって周囲の参加者の位置を把握する。
戦闘中に剣に向けられる集中量では距離、精度は完全探査時と比べるべくもないが、
それこそが、多数の敵を一人で相手取るカエルの生命線だった。

だくんだくんだくんと脈打つ血ならぬ血液の音を聞きながら、カエルは回復魔法を自分に重ねがけする。
視界・行動ともに障害物の多い森は、多人数である敵に不利であり、視界がなくとも位置を認識できるこちらに利がある。
逆にこの場所でなければ、放送が終わる前に勝敗は決していたであろう。
(動揺は少ないか。すべて知っていた人間だったようだな)
放送後も、カエルに対する攻勢は衰えることはなかった。だが、同時に攻勢が強まることもなかった。
カエルは放送を大雑把にしか聴いていない。精々、マリアベルの死が保障され、
あのウォータガを消す厄介な技を恐れなくてすむという安堵だけだ。
劣勢側であるカエルはそんなことよりも、敵を排除することに集中しなければならない。
「新手が増えたか」
真紅の鼓動と回復魔法の相乗効果で無理矢理体調を“抉じ開けた”カエルは、すくと立ち上がった。
剣に伝わりて感じる、新たなる人間の感情がカエルの心をざわめかせる。

「“とりあえず、上手く行った”というべきか。後は、魔王の手腕を信じるとしよう」

カエルはそういって獰猛な笑みを浮かべながら髭を撫でた。
これで良しと、油断はなく、されど喜色を滲ませながら。
カエルの仕事は、この『おばけかえるの森』に迷い込んだ連中を閉ざすことだ。
正確に確かめる暇はないが、あの重ね方だと恐らく南側は完全に閉ざされ、ここも直に潰されるだろう。
だが、いざとなれば魔王がカエルを転移させる段取りになっている以上、禁止エリアは恐れるに足りない。

「もっとも、ここで仕留められれば何も問題はないわけだがな」

笑んだカエルの瞳が赤に輝く。その色は、よくよく見知った色だった。
もう逃がさない。ここには蛇はいない。後は蛙の舌に巻かれて呑まれるだけだ。

―――――――殺せ憎ィ死ネ不要焔廃棄ね痛メ病め苦死穢レ災厄焼かレ不合膿マ英雄怨嗟怨混不適悪憎不格
―――――――自らの願いこそ、あらゆる敗者達を押しのけてでも叶えるにたるものだと証明してみせよ!

僅かに記憶に残った、放送の最後を思い出してカエルは笑い続けた。
そして、跳躍する。その手に紅き剣を煌かせながら。
皆まで言うなオディオ。無粋を重ねずとも了解しているさ。

「証明するまでもない。我が剣にかけて、全てを殺し、我が願いを真としよう!」

そうして、この先何がどうなろうが決して崩れぬだろう誓いを胸に、カエルは躍り出た。
緒戦は成功。これより、こちらの戦いも本番となる。



【C-7とD-7の境界(D-7側)二日目 朝】

【カエル@クロノ・トリガー
[状態]:『覚悟の証』である刺傷。 ダメージ(小)疲労(小)自動回復中 『書き込まれた』憎悪
[装備]:紅の暴君@サモンナイト3
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本:ガルディア王国の消滅を回避するため、優勝を狙う
1:魔王がC7側を制圧するまで、敵勢力を引き付ける
2:魔王と共に全参加者の殺害。特に仲間優先。最後に魔王と決着をつける
3:できればストレイボウには彼の友を救って欲しい
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)
[備考]
※イミテーションオディオの膨大な憎悪が感応石を経由して『送信』された影響で、キルスレスの能力が更に解放されました。
 剣の攻撃力と、真紅の鼓動、暴走召喚に加え、感応石との共界線の力で、自動MP回復と首輪探知能力が付与されました。
 感応石の効果範囲が広がり、感応石の周囲でなくとも限定覚醒状態を維持できます。(少なくともC7までの範囲拡大を確認)


[その他備考]
※ゲートの行き先の法則は不明です。 完全ランダムか、ループ型なのかも不明。
 原作の通り、四人以上の人間がゲートを通ろうとすると、歪みが発生します。
 時の最果ての変わりに、ロザリーの感じた何処かへ飛ばされるかもしれません。
 また、ゲートは何度か使いましたが、現状では問題はありません。

※首輪に使われている封印の魔剣@サモナイ3の中に 源罪の種子@サモサイ3 により集められた 闇黒の支配者@アーク2 の力の残滓が封じられています
 闇黒の支配者本体が封じられているわけではないので、精神干渉してきたり、実体化したりはしません
 基本、首輪の火力を上げるギミックと思っていただければ大丈夫です

※首輪を構成する魔剣の破片と感応石の間にネットワーク(=共界線)が形成されていることを確認しました。
 闇黒の支配者の残滓や原罪によって汚染されたか、そもそも最初から汚染しているかは不明。
 憎悪の精神などが感応石に集められ、感応石から遥か地下へ伸びる共界線に送信されているようです。


勇者の雷によって荒野と化したC7。虫一匹一木一草、命の欠片も残っていない場所に小鳥が囀る。
「うそ、マリアベル。なんで、なんで!?」
駆けながら叫ぶニノの表情の蒼さは、走り疲れたからではない。
放送によって伝えられる、つい先ほどまで生きていたものの死。
そしてなにより、この殺し合いの中で様々なことを教え導いてくれた人の死。
バトルロワイアルという闇の中、彷徨えるニノの足元を照らしてくれた月明かりだったのだ。
そして、その月は砕けた。心のどこかで、ずっと照らし続けてくれるものだと思っていた灯りが途絶えた。
それが、彼女にとってどれほどの意味を持つかは想像に難くない。
何故、何故殺しあうのか。誰も彼もが救われてなお命は零れ落ちるのか。
「落ち着け、ニノ! 前を見ろッ!!」
狼狽するニノを抱きかかえてヘクトルが大きく跳ぶと同時に、爆炎が広がった。
赤く煌く焔と煙の向こうに、幽鬼の如く静かに立つ影が浮かぶ。
「……ダークボム」
幽鬼の声とともに更なる闇の力が爆ぜて、炎もろともヘクトルたちを更に後方へと押し飛ばす。
煙火が晴れ、幽鬼の姿が露になる。魔の鍵を周囲に浮かべながら佇むは魔の王。彼らを冥府に送り届ける者。
「あいつは……爆炎ではぐれちまったか……クソッ! ここは俺がッ!!」
魔王はどうにも放送などお構いなしなのか、只管大規模の術を行使し続けている。
狙いが甘いのか、飛び退く事で何とか避けられているが、
もう一人いたはずの仲間とはぐれてしまった以上、ここは自分が魔王を制するしかない。
だが、突撃しながらもヘクトルは砂を噛むような不快感を消せなかった。
先ほどから、少しずつその不快は増していた。根拠はない。しいて言うなら戦者の直感というべき、経験則か。

『トリスタンを開錠。開け――――――冥府門ッ!!』

魔王が魔鍵を天に“挿し込む”と、扉の隙間から流出するかのごとく紫の邪気がヘクトルへと襲い掛かる。
その直感に助けられたヘクトルは自身が邪気に飲まれるよりも早く、後方へと飛びのいた。
「その技、マリアベルの言っていた…!」
「もとは、お前たちを迎撃する心算だったのだ。まさか、遺跡で無為に過ごしていたとでも思ったか?」
元々南征をするつもりだった彼らは、魔王・カエルの戦力について分析を行っていた。
魔王本来の技については、幾度となく戦ったジョウイがその恐ろしさを語り、その得物についてはそれを善く知るマリアベルが語った。
魔鍵『ランドルフ』。異界の扉に干渉し、そのエネルギーを召還・操作する魔具。
魔王はこれまで鈍器あるいは転移用アーティファクトとしてしか用いていなかったが、本来の使用者達がそうしていたように、攻撃に用いることも可能だ。
そして、遺跡の中でその術式機構を解析していた魔王は遂に本来の使い方を得ていたのだ。
毒・病気・ダウンハーデット・能力封印・眠り。扉を開き、ありとあらゆる悪性エネルギーを召喚して相手を攻撃する技を。

「『ゲートオブイゾルデ』……!」
「ほう……“こちらの方は”そういう名前なのか」

再び開いた距離の狭間でオスティアの候と中世の魔王が相対する。
イゾルデの威力は兎も角、悪性効果は回復手段の欠ける現状では危険すぎる。
ここは距離をとって隙を伺うしかない―――――――――?
「ヘクトル、ごめん……」
「気にすんな。それより、魔王から眼を逸らすなよ。またバカスカ魔法を撃ってくるだろうからな。食らったら一溜まりも……」
「……違う。あの魔法、なんか変だよ。見た目ばかりで、力が感じられない」
呼吸を整えながら、ニノがその違和感の核を穿つ。この島で魔の道に触れ、魔力という概念を認識できるようになったニノはその感性で気づいたのだ。
魔王の術からどんどんと力がなくなっていることに。確かに見た目は上級魔法のそれだが、そこに込められた魔力は多く見積もっても中級にも至っていない。
なるほど、これならば確かにバカスカ撃つことも可能だろう。
「じゃあ、いったい何の為に……ッ!!」
ヘクトルの戦理に、最後のピースが嵌め込まれる。
いかにも上級術と見せかけ、その癖避けやすくしたのは、こちらに上級術を警戒させて引かせるため。
ゲートオブイゾルテを用いてまで接近を避けたのは、前に出られるのを防ぐため。
周囲を見渡す。そこはもう森ではなく、荒れ果てた野。ここまで―――――“押し込まれた”。

「ニノ、禁止エリアはどうなってた!?」
「うえ!? そ、そんなのいきなり言われたって、書く暇無かったしッ!」

突如禁止エリアの位置をヘクトルが尋ねるも、ニノには答える術が無かった。
魔王の張子の猛攻の前ではメモをとる余裕などあるはずもなく、その記憶もマリアベルの死によって霧散した。
もっとも、それはヘクトルも同様だ。そんな隙を見せれば、魔王は容赦なく本命の魔撃を繰り出していただろう。
だが、おぼろげに記憶する禁止エリアの形からして、何か“不味い”ことになりかねない。自分たちが、そして何より、他の仲間たちが。


「――――――――――――――7:00からD-6、D-7。9:00からD-5、A-8。11:00からB-8、F-7だぜ。折角の情報、メモぐらいは取っておきな。ヘクトル」


突如響く、新たなる人間の声に二人は反射的に驚く。
だが、その驚きは直ぐに止んだ。“北側から響いた”その声の主を、二人ともよく知っていたからだ。

「つまるとこ、俺たちみんな纏めて最後のルーレットにブチ込まれたってことだよ。オディオの奴も随分と“粋”なことをしやがる」
「……セッツァー。セッツァー=ギャッビアーニ」

黒のコートと銀の髪を棚引かせながら、一人の男が悠々と歩いてくる。
流離のギャンブラー、セッツァー。ヘクトルと川の畔で出会い、雨の中にヘクトルと別れた男。
この島では珍しい三度の邂逅を果たしたセッツァーは、莫逆の友を抱きしめるかのように気楽に言った。
鍵を滞空させながら攻撃の手を止めた魔王を一瞥した後、セッツァーがヘクトルに視線を向ける。
「手強そうな状況だな。手を貸すぜ?」
「……お前に三度逢ったら何を聞こうか考えてたんだけどよ。敢えてこれを聞くぜ」
「何をだ?」
「『単刀直入に聞く、あんたは殺し合いに乗ってるのか?』」
魔王に意識を向けながらも放たれたヘクトルの問いに、セッツァーは僅かに眉根を寄せた。
忘れるはずも無い。それは始まりの邂逅でヘクトルがセッツァーに問うたことだった。
そして、その問いの結果が、今ある現実の一端を構成している。
「おいおい、いきなり何を言うかと思えば。こちとら、夜を駆けずり回ってジャファルを探しても見つからないから、お前たちの援護に――――」
「手前が船で何をやってたか。ちょこ達に何をしたのかは知ってる。四度は言わない。『単刀直入に聞く、あんたは殺し合いに乗ってるのか?』」
わざとらしく否定するセッツァーを、ヘクトルは胸倉を掴むように問い詰めた。
セッツァーの瞳を真っ直ぐに射抜くその瞳には明確な怒り、そして、僅かに匂う淡い期待が滲んでいる。

「『まさか……冗談じゃない』―――――というに決まってるだろう。そんな屑手をいきなり切る素人相手なら、特にな」

ヘクトルの迷いを断ち切るかのように、酷薄な笑みを浮かべるセッツァー。
その瞬間、西側から高出力のエネルギーが砂煙を巻き上げながらヘクトルめがけて射出される。
「やっぱりかよッ……糞が!!」
射線に垂直に回避し、体を転がしながら立ち上がったその砂塵の向こうには、もう一人の魔王ピサロ
だが、その手には剣しかない。一体あの光線はどこから……?
頭をぼりぼりとかきながら、僅かに思考した上で放たれたセッツァーの言葉がピサロに向かったヘクトルの意識を引き戻す。
「『やれやれ……あのルーキー、いつの間に逃げたかと思えば、やっぱり舞い戻ってやがったか』」
「ってことは、ジョウイの言ってたことは本当だったのか!?」
「今思ったことの逆が正解だよ、ヘクトル」
「な……!? ど、どっちだって!?」
ジョウイは味方だと思う。セッツァーの言もそれに合致する。だが、今まで嘘を塗り固めてきたセッツァーが嘘をついている可能性もあって。
しかもジョウイは今、森のほうにいるはずで、裏切られたら、でも、味方なら逆に――――
セッツァーの難解な言い回しで頭を“わやくちゃ”にされるヘクトルのザマを見て、セッツァーはにやりと笑った。
ここでジョウイの正体を明らかにするのは容易い。だが、嘘をつき続けてきたセッツァー達の言葉では仲間割れを狙う詐術にも聞こえてしまう。
そうでなくとも『セッツァーに誘われた、でもやっぱり仲間は裏切れない!』とでもジョウイが言ってしまえば今度はセッツァーが道化になる。
仮にジョウイが寝返ったとしても頭数が1増えるだけで、獅子身中の虫を今更引き込むデメリットと釣り合わない。
ここは『ジョウイが敵“かもしれない”』というカードをちらつかせるのが最上だ。現にヘクトルの意識は南に向き―――――絶好の瞬殺点が生まれる。

「―――――――――――――ッ!」

ヘクトルの中に生まれた『不安』の影から、東よりジャファルが影断ちの速度で斬り込む。
ヘクトルが気づいたときには、既にジャファルはその殺害半径にヘクトルを捕らえていた。アルマーズでは防ぎきれない。
「ジャファル!!」
「……クッ―――――どいてくれ」
ヘクトルとジャファルを結ぶ直線状に、ニノが割り込む。ジョウイに対する考えの度合いが、僅かにニノを早く行動させたか。
だが、この好機は逃せない。半歩踏み込み直すことでジャファルは直線からニノを外し、ヘクトルに襲い掛かる。
半歩遅れたとはいえ、ヘクトルの対応は間に合わない。これで――――

「『それは大きなミステイクだがな!!』」
「ちぃっ!!」

晴れた朝に、澄み渡る剣戟音が響く。瞬殺不可能と断じた瞬間にジャファルは後退し、突如現れた妨害者を見やる。
影縫いの一撃を防いだのは、勇者の剣。そしてそれを握るのは、もう一人のギャンブラー。
「まったくな……俺が知ってる『俺』だったらこんなチャチな細工はしねえはずなんだが……
 今の『お前』を真似ようとしたら、こうなるとしか思えなかったぜ? セッツァー」
「物真似。なるほどな、理性で見定めるのはこれが初めてか、三下野郎」
ゴゴ。無数の布を巻きつけた異彩の風貌にして、セッツァーと思わせるその物真似こそが、彼を彼と足らしめる。
物真似師は布に覆われた隙間からチラとピサロの持つ銃剣を見抜き、軽蔑するように言った。
「鉄を纏うだけじゃ飽き足らず、アシュレーの武器まで漁っていたとはな」
「――――あぁ、落し物は拾っておくものさ。そのギル2枚が、億万長者の道につながることもあるんでな」
「そっくりそのまま返すぜ。俺の知ってる『俺』は超一流だが、今のお前は三流に劣る」
「……ゴゴ! 今までどこに」
「すまなかったな、ヘクトル。ちっとばかし大地に物真似させてもらってた。放送は聴かなきゃならんだろ、ん?」
そういって不敵に笑うゴゴが、まるでセッツァー本人としゃべっているかのようでヘクトルは苦笑した。
恐らくはセッツァーがこのタイミングでやってくることを警戒していたのだろう。
魔王の魔法で散り散りになった隙に大地と同化して、身を隠していたのか。
聞けば桜の物真似までできるとは聞いていたが、実際に見るとなんとも不可思議である。

「さて、これでお前の札はこれで出揃ったか? キャプテン」
セッツァーの物真似をしたゴゴがセッツァー、そして周囲に散開する2人を眺める。
「ジャファル……来たよ、わたし。ここまで来た。ジャファルに会いに」
「ニノ……」
ジャファル。四牙の一角にして、ニノに無くてはならないもの。
あの雨で完全に絶たれた二人が、この朝日の中に再び出会った。
「名前は聞いてるぜ、魔族の王。俺の仲間たちが、随分と世話になったみたいだな」
「――――名前か、フン」
ピサロ、そしてヘクトル。
片や不敵に、片や不快そうに、人魔をすべる二人の主が睨み合う。
「大方、魔王達との争いに割り込んで漁夫の利を得ようって腹だろ。禿鷹みたいな真似をするなよ。それは俺の領分だ。
 あんたは鴎だろう! 誰にも縛られず、自由に空を泳ぐ鳥だろう!!
 夢を忘れたのか! あんたが駆るのはあんな鉄の羽じゃない。鷹の白翼だろう。ファルコン・セッツァー、キャプテン・セッツァー!!」
ゴゴが吼える。セッツァーとして、自分が知るセッツァーとして、目の前のセッツァーが知らない、知るべきセッツァーとして。

雨の中で傷ついた者達を集め再興されたマーダーチーム。その全容と彼ら3人が対峙する。


「ふ、クク、ハハハハハハハハハ、ハァーッッハッハハッハ!!!!!」
だが、その中心。セッツァーは大きく笑った。淫らに、侮蔑的に、ありとあらゆる宝石を貶めるように。
「ククク、そうか、そうかよ……ただの三下ならまだ可愛がりもできたが―――――――暴きやがったかよ、ダリルの夢を」
それは逆鱗だった。セッツァーにとって侵されてはならない聖域だった。
経緯はわからない。だが、こいつは確実にファルコン号のことを知っている。
友との誓いにして、勝ち残ったセッツァーが掴み取るべき夢を、目の前の物真似師は穢したのだ。
「違う! お前は何か勘違いを―――――――」
「勘違いしてるのは手前ェだよ、墓暴き<グレイブローバー>。お前の騙る俺は、まァったく以って話にならねえ。
 漁夫の利を狙う? 莫迦が。“ここは最初っからお前たちの狩場だよ”
 あえてもう一度聞くぜ。『手強そうな状況だな。手を貸すぜ』―――――なぁ、魔王サマよ!!」

セッツァーの怒りを孕んだ裂帛の声は、3人を通り越す。
彼ら三人が向いたその声の向け先の魔王はセッツァーの言葉を否定しなかった。


―――――・―――――・―――――


「動いた。C7からC8側へ3人移動だ」
キルスレスを地面に突き刺し、意識を集中するカエルがそう呟いた。
C7へランドルフの力で転移した魔王とカエルは、今一度参加者の探査を行ったのだ。
「好機だな。あの近くには川があったはずだ。利用すれば巻き込むは容易いだろう」
魔王はマントを翻し、進撃を始めようとする。寡兵であるこちらは、この機を逃せない。
「待て、魔王。これは……B7に3人。動かずにいる奴等がいる」
魔王を制したカエルが認識したのは、新たなる首輪の存在だった。遺跡よりも北に来たことで、認識できる半径も北上したのだった。
「アシュレーとやらか? 否。ならば態々B7で足を止める必要が無い」
オディオが導いたあの夢の中で、魔王はアキラとアシュレーという人間がまだ出会っていない仲間たちであると知った。
この3人の存在は、アシュレーを含めたチームだろうか。
だとするなら、カエルの識った戦いの傍にいながら救援にもいかなかったということになる。
折角夢の中で存在を知った者同士が、そのようなことをするだろうか。いや、しないだろう。ならば。
「俺たちと同じ、優勝を目指す奴らか。恐らくはあの雨の生き残りだろう」
自分たちのように、優勝をするために一時的に協力を選んだ者たちだ。
その事実を前に、カエルはしばし考え込んだあとその思いを述べた。
「魔王。この奇襲、なんとしてでも成功させる。2人か、最悪でも1人、殺してみせる」
「……その後のことか?」
「ああ。おそらく、直接奴らの命を狙いにいく俺の方に敵は戦力を集めてくるだろう。
 お前にも敵は当たるだろうが、その人数は俺よりも少ないはずだ」
「何が言いたい?」
「――――――――俺に当たる連中は、意地でも俺が引き付ける。その間に、お前に当たる連中を北に“捻じ込んで”欲しい」
カエルの策を、魔王は余すところ無く了解した。カエルが敵主力を引き付け、魔王にあたった寡勢を北に誘導。
B7にいる同業者に“あててやる”。漁夫の利を以ってB7の連中を“利用してやる”のだ。
「存在が知れた以上、使わぬ理由は無いか。だが、分かっているのか? お前の方が格段に危険だぞ」
「これしかない。おそらくその3人のうち1人はピサロだろう。
 徒党を組んでいるのならば、ある程度は冷静なのだろうが、俺では情勢を無視して矛先が俺に向かいかねない。
 なにより、俺ではお前のような殲滅力が無い。だが、持久戦ならばできる。俺とお前が2人とも勝つには、この分担しかない」
広域魔法に長けるが、単独行動力に劣る魔王。回復を完備し単独でも戦いぬけるが、決定打に不足するカエル。
なるほど、分担はこれしかない。二人で組んだところで、敵は10人近い徒党――――彼らは綱渡りを続けるしかないのだ。

「さあ、何にせよ先ずは『一撃』だ。何、勝算の一つも無く向かうわけじゃない。ここは俺に任せろ―――――――だから、頼んだぜ」

そういい切ったカエルの表情が笑顔だったかどうかは、魔王には分からなかった。


―――――・―――――・―――――


「探知機か、探知術か分からんが――――あんたら、何かしら俺たちの位置を理解する術もってるだろ。
 俺たちを当て馬にして、漁夫の利を狙うか相方の元へ戻る……大方、そのあたりか」
カエルと魔王の決死の策。それを、初めて相見える銀髪の男はいとも簡単に看破した。
それもそのはず。ギャンブルの鉄則は、相手の狙い――すなわち、欲望を見極めることだ。
相手が狙っている役を理解せずに、ディーラーの、カジノオーナーの狙いを理解せずに勝ち続けることなどできない。
強い強い自我<エゴ>があればあるほど、その感情はゲームに浮かびギャンブラーが狙うべき筋を明らかにする。

「両生類を前に出さなかったあたり、話をする気はあるんだろ? どうだい、ここは共同戦線を張るってのは!?」
「セッツァー!?」

セッツァーの真似をするゴゴは一歩遅れてセッツァーの思考を理解する。
こいつが敢えて手札をすべて晒すように現れたのは、この為かと。
だが、左右をピサロとジャファルに挟まれたこの状況ではこの交渉を止めようが無い。
「……私が南へ引き返そうとすれば、背後から狙う心算だったくせに、よく言ったものだ」
「おおっと。気を悪くしたなら謝るぜ。そりゃあ俺だって矮小な人間サマよ。利用されるだけ利用されるなんて、我慢ならねえさ」
「お前と私は初対面のはずだ。なぜその申し出が効くと思う?」
「あんたは信用できる! あんたの相方はあんたより苦境にいる。
 つまり、あんたの相方はあんたが戻ると信じて苦境にあるってことだ。これが信頼じゃなくてなんというよ!?」
朗らかに放たれるセッツァーの語りは、魔王の心を“擽った”。
同時に、カエルの身を魔王に案じさせる。ここは一刻も早く片付けて、カエルの援護に向かわなければカエルが危うい。
この提案を蹴れば、6人を同時に相手せざるを得なくなる。
そしてここを一刻も早く片付ける方法は、皮肉にもこのギャンブラーの差し伸べた手の先にしかなかった。

「フン、まるでビネガーのような男だな。うっとおしい」
「腐ってるってか? せめて貴腐ワインと言って欲しいね。OK、了承と受け取った!
 ただし、悪いがここの3人を片付けるまでの期間限定だ。これ以上大所帯になっちまったら天秤が崩れるんでな」

睨み付けるような魔王の視線を、セッツァーは狂気に等しい笑みで返した。
魔王を懐柔される様を為す術なく見守るしかなかった3人はようやく、セッツァーの“恐ろしさ”を理解する。
本来は魔王達がセッツァーを利用するという目論見だったはずの計画を、即座に自分の目論見に“摩り替えた”この手癖の悪さ。
この期に及んでも、魔王懐柔の賭けを即興で仕掛けるこの飽くなき勝負欲を。

「さあて、待たせたなボンクラ共。ジャファルは俺と一緒にヘクトル! “旦那はニノの嬢ちゃん”! 魔王サマはそこの三下を頼むぜッ!!」

その賽が投げられると同時に、東西南北を囲んでいた4人が一斉に襲い掛かる。
「待て、ニノは俺が――――」
「あんたじゃ嬢ちゃんの気が済むまで殴られてやりそうだからな。俺じゃ殺すのは兎も角、抑え続けるのは無理だ。
 魔王は論外。この場じゃ旦那に押え付けてもらうのが張り所だよ」
セッツァーの振り分けに抗弁しようとするが、先の瞬殺を仕損じたことを仄めかされジャファルは口を噤む。
「なァに、お前の気持ちも分かる。“これさえ終われば、心配事もなくなるさ”」
「……ああ、そうするか。先ずはオスティア候、貴様からだ!」
「へ、二人がかりか。ニノより先に俺とは、嬉し過ぎて涙がでらあ。それよりセッツァー! いいのか、ゴゴはお前に会いに来たんだぜ!?」
「生憎と盗人の仲間は一人しか知らんな。それに、札には切る“順番”ってのがあるんだよ。先ずはお前だ、ヒヨコの王様!!」
セッツァーがブリザラで援護する中、ジャファルがヘクトルに斬り込む。
迎え撃つはアルマーズ。天雷の斧を両手で握り締め、白球を打ち返す様に構える。

「来いよジャファル、セッツァー!! 手前らまとめてぶっ飛ばして、無理矢理でも俺の国に連れてくぜ!!」


ヘクトルの大喝が割れんばかりに朝空に響き渡る中、魔王と物真似師の鍵戟が鳴り続ける。
「ニノ、ヘクトル!! く、セッツァー!!」
「余所見をする余裕があるのか?」
直接手で動かしているように、否、それ以上の精度で魔王の魔鍵がゴゴを打ち据えていく。
しかし、ゴゴの剣も魔王に負けじと剣を早め、否、“剣術そのものが加速していく”。
「うっとおしぃ! 虎影斬ッ!!」
虎の牙の如く加速し、魔王に肉薄するゴゴの一撃が魔王を大きく後退させる。
「バリアチェンジのようなものか。属性はおろか存在まで変化させるとは、面白い」
「ちぃ。両剣じゃキレが乗らねえかよ。だが、これ以上ちんたらやってる暇は無ェんだ。道を開けろクソ魔王ッ!」
「黒き風は吹けども未だ泣かず。されど時間が惜しいのはこちらも同様、貴様の叫喚にてその供物としよう」
魔王の両手に闇の力が対流し、魔道の極限が拓かれる。
ゴゴはブライオンを“居合い”て、輝く道を斬り開く力を溜める。

「問答無用に救わせてもらうぜ。アイツをなんとしてでも大地に引き摺り下ろすッ!!」

絶刀開門。剣と魔法の大“暴”険が、陽光の中で激突した。
ヘクトルVSジャファル&セッツァー。ゴゴVS魔王。いずれも拮抗した名勝負になるだろう。
それに比べれば、コレは聊か物足りないかもしれない。

「どっけぇぇぇぇ! ハイ・ヴォルテック!!」
「……“バギ”」

呪文とともに、二つの旋風が独楽のようにぶつかり合う。それぞれを使役するニノとピサロの手には魔の札があった。
クレストグラフ。彼らとはまた別の世界にある汎用魔法デバイス。この世界に存在するのは知りうる限り、5枚。
それらは本来は5つ揃っていたのだ。5つの持ち主たちのように、仲良く揃っていたのだ。
だが、それは雨の中で2つに分かたれた。ある一人の女性の死によって。
そして、クレストグラフは遂に再び集う。約束の手形のように噛み合うように、但し、敵と味方として衝突する。
二つの風が相殺し、ニノは蹈鞴を踏んで後退る。だが、尻餅をつくような無様だけはこらえ、更に攻撃術を発動させる。
「ゼーハー!」
「“ピオリム”」
ピサロの位置に無属の力が発生するが、それよりも速くピサロは回避してしまう。
失敗を悔やむ余裕などニノにはなかった。ピサロの位置を見失ってはならない。“あの砲撃が来る”。
「――『装填・“マヒャド”』」
ピサロが手にした得物をニノに向けて突き出す。伸び切った腕では、それ以上斬撃を延ばすことなど出来ないが問題はなかった。
その得物はヴァイオレイターでもヨシユキでもない。銃剣というには、あまりにもゴチャゴチャし過ぎた砲剣だった。
「『ブリザービーム』」
ピサロの指が撃鉄を叩き、異世界とはいえ本当の魔法を込められた青き魔導の力が直線状に放出される。
アシュレー討伐の副産物である蜥蜴印のバヨネットもとい、ディフェンダー改。パラソルまでついて一見ふざけたような見栄えの武器だったが、
そこに魔導アーマーの機構が組み込まれていることを知ったセッツァーは、これをピサロに渡した。
自前で術力を補充でき、魔法と剣技を両方使うことの出来る『魔剣士』ピサロへと。
「なるほど、雑多なカラクリは性に合わないが、馬鹿と鋏は使いようなのも確かか」
何度目かの砲撃の後、ピサロは皮肉るようにその剣の使い勝手を評した。
充填さえしてしまえば、発動は任意。範囲こそ狭まるものの、速射性と威力の集約は目を見張る。
世界の理であるはずの魔法を、より効率的な殺人法へと人の業のなんと愚かなるか。
だが、今はそれをおいて置く。変則的ながら剣の間合いで魔法が使える、ピサロの為に誂えたような武器なのだから。

「やっぱり、あんた、手を抜いてたのね。あたしでそれを試してたの?」
「ふん……どうやら力量の差を見抜けないほど蒙昧でもないらしい」


ニノが片膝を突きながら息を荒げてピサロを睨むが、ピサロは涼しげにその敵意を流す。
いや、そもそも敵と認められているかも怪しい。マントの端が凍っているのを見ながら、ニノは悔しそうに唇を噛んだ。
薄々と、いや、はっきりと分かってしまっていた。ハイ・ヴォルテックとヴォルテックがぶつかり合って相殺。
ニノの目でも十分判るほどに加減された射撃。クイックを使いながら、直接剣で襲ってこないその戦い方。
脳裏に過ぎるのはストレイボウとの決闘―――――――そう、ぐうの音も出ないほどに、ニノはピサロに“遊ばれていた”。
わずかなりとも戦いの真似事になっているのは、ピサロが接近戦を仕掛けてこないからだ。そうであれば、魔道士であるニノに打つ手は無い。
そして、その魔の力においても、ニノはピサロにとって新しい得物の具合を確かめる野兎程度の扱いである。
「ならば、大人しくしていろ。蟻を潰さぬように踏むのは難儀だ」
「だからって……諦められない!!」
“なぜ遊ばれているのか分かってしまっている”ニノは両手で地面を押し上げ、その反動で前に出た諸手を突き出す。
それだけは我慢できないと、右と左には火の力、その二つを自分の前で合わせピサロに向けて放出する。
「デュアルキャスト<メラ×メラ>! メラミッ!!」
「――――――ほう、そんなやり方でメラミを放つ者がいるとはな。面白い師でもいたか。だが」
発動したメラミに驚きを見せながらも、ピサロは緩と剣を突き出す。しかし、そこには肝心の魔法が装填されていない。
怪訝に思うニノの目の前で、その圧倒的回答が展開された。
「充填・メラミ――――『魔封剣』」
砲剣についたパラソルの切っ先に触れたメラミが、吸い込まれるようにして砲身へと収束していったのだ。
魔導機構に頼る形とはいえ、魔と剣を兼ね備えるピサロの技量が常勝将軍の秘奥を再現する。
相手の魔法さえ食らう封填。そして、
「『ファイアビーム』。私と相対するには未だ遠い」
そこからの射撃を、ニノは辛うじて右に転がって回避した。その挙動に、ピサロは僅かに眉をひそめた。
片頬に伝う魔の熱を感じながら、ニノは震えた。死と隣り合わせた恐怖と、それでも死ぬことの無い怒りに。

(やっぱり、強い……あたしじゃ、だめなのかな……)

これが事実だ。未来の大賢者は、今大賢者じゃない。魔王と渡り合うには、何もかもが足りない。
ストレイボウと決闘をして「余程のことがない限り勝てない」ならば、これはもはや「余程のことがあっても勝てない」。
ピサロと『今の』ニノを分かつ差は、それほどまでに無慈悲だった。
それでも今二ノが生きているのは、結局のところピサロ達と共にジャファルがいるからに他ならない。
ニノが死んでしまったらジャファルがどうなってしまうか、なんとなく想像がつく。それはきっとこいつ等にとっても困ることのはずだ。
剣戟音が近くで断続的に響いている。ヘクトル達は自分達の敵に手一杯だ。とてもニノを守りながら戦う余裕は無い。
だから、まだニノは殺されない。ピサロという強者の一角を当てて、ヘクトルたちを倒すまで隔離しておくだけだ。
そして、ヘクトルたちも渋々それを良とする。ニノの安全が敵によって保障され、あまつさえピサロ1人を戦線から外してくれるのだから。

お人形の13歳。おちこぼれの、学の無い、唯の人間。全てが暴かれ、死と暴力が謳歌する現世にニノは“そういうもの”でしかなかった。
大人しくしていれば、それでいい。少なくともまだ殺されはしない。その価値が無い。
全ては力あるものがそれを決する。価値を、意味を、方向を、速度を、命を、抜かりなく完璧に決そう。

――――そんなことを言っちゃダメ。 落ちこぼれだなんて、自分を見限っちゃダメ。

「決められる、ものじゃない! あたしは、ジャファルと生きるんだ……!!
 ダメだって、グズだって、ジャファルにだって、あんたにだって、決められないんだよ……!!
 これだけ想っても、あれだけ想われてても、分かってくれない貴方達には――――ピサロッ!!」


人間が立ち上がる。その銀髪を揺らすほどの明確な敵意と、齢十三の少女とは思えぬほどの、静かで強固な意志を湛えた瞳が魔王を穿つ。
ピサロは何処かで見たようなその瞳を見てあることに気付き、手に持った“全2枚”の魔法札を見た。
ものは試しと使ってみたが、察するに、それはあの少女の持つものと同種のもの。
先の魔封剣返しの回避は、撃つよりも先に回避していた。まるで、自分の癖を知っているかのように。
なにより、あの強い瞳は決して唯の敵には向けられない。あれは“相手が誰か分かった上で向けている目だ”。

「……私はお前を知らない。私のことを、誰から聞いた…?」

ピサロが剣を構えながら翠の少女に尋ねる。すでに答えは分かっていたというのに、それでも聞かずにはいられなかった。
ニノは応ずるように、すくと背筋を伸ばす。
支えてくれたのは、自分を自分と認めてくれた人の言葉。幾度ニノが否定しようと、何度でも肯定してくれた人の想い。
ああ、なんで、気付かなかったんだろう。自分は今どこの誰と向かい合っているのか。
何度も何度もあたしを想ってくれた人が、本当に想いを伝えたかった相手じゃないか。
「貴方が一番大切に想ってて、貴方を一番大切に想ってた、強くて強くて、とっても優しい人にだよッ!!」

片手にメラミを“握りながら”、ニノはピサロに向かって走った。
これはただの戦いじゃなかった。彼は、ニノを救ってくれた人が、救いたいと望んでいた人じゃないか。
そんな人が、よりにもよって、未だ“こんなことをしている”。届いていない。まったく、何も届いてない。
ならば、届けなければならない。伝えなければならない。
これは、これだけはジャファルもヘクトルも関わりの無いこと。
マリアベルが、サンダウンがいない今、ニノが成さなければならないことなのだ。

―――― 一緒に行きませんか? このままではサンダウンさんの言うように危険だし……
     それに、一人でいるより私達と一緒に居た方がきっと安全です。
     勿論、一緒にいられない理由があるなら無理にとは言いませんけど……

「ロザリーと、共にいたのか……」
「いたよ。助けてくれて、手を伸ばしてくれて! あたしはロザリーさんと一緒にいた!
 いる間中、ずっと聞いてたよ。会いたい人がいるって、心配だって、ずっと、ずっと言ってたんだよ!!」

インファイトの距離に突っ込んできた猪娘をあしらおうとピサロは剣を振るう。
だが、その振り抜きの一歩手前でニノの空いた手に風が巻き起こり、ニノはピサロの緩い斬撃を回避する。
そして、振り抜き直後の隙をめがけてメラミを発射。魔封剣が間に合わず、ピサロは腕でガードするより無かった。

――――ピサロ様のお名前が呼ばれなかったことに、安堵してしまいました……。
    それが嬉しくて、堪らなく安心できて、亡くなってしまった方々へ、涙を流すことすら叶わないのです……!

「誰も死んでほしくないと想うくらい優しいのに、それでも、それでも貴方の無事を喜んでたんだよ!
 ピサロ、貴方が生きているだけで、彼女はそれで嬉しかったんだよ!!」
「…………」

魔法と魔砲がぶつかり合う。ニノはまるで獣のようにピサロの周囲を駆け回り、
唱える呪文に、喉の奥から競り上がる記憶を吐き出しながら術を連発していく。
ピサロは押し黙り、魔封剣で充填し、砲撃で相殺するが、何度か裁き切れずにガードを重ねていく。
まるで、吐き出される言葉を、一言一句漏らさず聞き取るかのように。

――――憎しみに囚われちゃだめよ。 そうなってしまった人の末路を私は知っているから……

「それくらい想われてたんだよ。愛されてたんだよ。なのに、何で貴方は“そこ”にいるの!?
 それを一番心配してたんだよ、ロザリーさんは!! 声は、届いたんでしょ? なのに、何をやってるのよ!!」

時系列順で読む


投下順で読む


133-3:Resistance Line ゴゴ 136-2:世界最期の陽(後編)
カエル
魔王
ニノ
ヘクトル
134-1:龍の棲家に酒臭い日記(後編) セッツァー
ピサロ
ジャファル


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年12月08日 01:38