さよならファイアーエムブレム ◆iDqvc5TpTI
草原を愛した公女がいた。
大切な人を支えようとした少女がいた。
愛する人に生きて欲しいと願った男女がいた。
理想郷を夢見た男がいた。
彼らは皆、物語と共に成長し、物語と共に終焉を迎えた。
これは、そんな彼ら彼女達に贈るエピローグ。
彼らを送る鎮魂歌(レクイエム)。
アナスタシアの大斬撃に見舞われ、神剣と神将器の業火が舞い踊りし地で、今は熱風が荒れ狂っていた。
“闘気”と“勇気”。
領域を支配し楽園を築かんとする屍の狂熱と、支配を跳ね除け楽園を終わらせようとするフォースのぶつかり合いが、巨大な超高熱闘気の渦を巻き起こしているのだ。
常人ならば何もせずとも体力を奪われていく超空間の中、“勇気”の主たるイスラが駆ける。
右手には魔界の剣を、左手にはドーリーショットを。
両のARMを振りかざし、“闘気”の主たる亡将へと手を伸ばす。
亡将もまたイスラの両椀を振り払わんと神剣と神将器で迎撃するが、その動きが不自然に停止する。
左側面より飛来する炎弾と水流を察知したからだ。
本来ならば左目を失っている亡将にとって、左側面よりの攻撃は死角のはずだが、そもそもをして命なき身でありながらも動き続ける屍だ。
生者の常識など通ずるはずもなく、共界を通じて万象を“識り”、
カエル達の魔法を大袈裟なまでの軌道を描いて回避する。
魔法を苦手とした生前の
ヘクトルならばともかく、今の亡将は既に死し、活性化した神将器により動かされている身だ。
アンデッドの強みとは、その不死性にあるのではないのか。
痛みを感じず、肉体の損傷を物ともせず、生者をかる一念のみで襲い掛かってくるものではなかったのか。
少なくとも、イスラも、カエルも、
ストレイボウも、攻撃を受けることを恐れる死兵は見たこともないし聞いたこともなかった。
だが、この場にいる誰もが、最早その行為に何故という疑問は抱かなかった。
『奪ワセナイ……侵サセナイ……』
亡将の言葉が脳裏へと蘇る。
死して尚彼は、先に逝った仲間達の『意志』を、『願い』を、『夢』を、『約束』を、『誓い』を、護ろうとしているのだ。
であるなら今、亡将と対峙している者達は、王の亡き仲間達の遺志を踏み荒らす逆賊なのだろうか。
なるほど、左腕を執拗に狙い敢えて庇わせることで、亡将の攻撃を妨げ、隙さえ引き出そうとしている彼らは、卑怯者と呼ばれうる者達であろう。
しかし、彼らもまた、亡将が喪った者達に、少なからず哀惜を持つ者達であった。
亡将を常に正面に見据え、弾丸を穿ち、剣閃を走らせるはイスラ。
リンディスという少女について、彼が知っていることといえば片手の指で数えられる程度のことだ。
少女がリンと呼ばれていたこと。
少女がヘクトルとニノの仲間だったこと。
少女がヘクトルと軽口を言い合える仲だったこと。
少女が
ジャファルに殺されたこと。
それだけ、たったそれだけだ。
ほんの僅かな時を共に過ごしたとはいえ、これではほぼ赤の他人といっていい。
けど、だけど。
それが、そんなことが、少女が大事にしていた剣を平然と壊していいという理由になりはしない。
既に持ち主は死んでいるからだなんて、そんな言い訳をイスラはしたくなかった。
死んでいるからこそ、リンがこの世にいないからこそ、彼女が生前大切にしていた剣は無碍に扱われるべきではなかった。
彼とて、姉の遺品を眼前で破壊されたら、間違いなく激高していたはずだ。
もうこれ以上、死んでしまった人の思い出は増えはしない。
もうこれ以上、死んでしまった人が遺せるものはありはしない。
だからこそ、少女と共にあり続けたあの剣はマーニ・カティは。
(君がが生きた証で、『意志』で、『願い』で、『夢』で、『約束』で、『誓い』そのものだったんだろね)
その祈りを、イスラは折った。
亡将が嘆き、憤った通りだった。
理想郷への未練を断ち切る決別の一撃にて、奪ったのだ。侵したのだ。
カエルを護るために仕方がなかったんだなんて言い訳はしない。したくはない。
それではヘクトルの遺骸を弄ぶあの伐剣王と同じだ。
元適格者であり、フォースの力に目覚めたイスラには、アルマーズと打ち合うたびに、ミスティックをかけ続けるジョウイの導きが聞こえていた。
ヘクトルの魂を囚えて離さない呪言のリフレインを断ち切ろうと、イスラもまた銃弾にフォースを込め亡将ごとジョウイの幻影を射抜いていく。
戦い続けることをヘクトルが望んでいた? 自分は戦場を用意しただけだって?
巫山戯るな、ふざけるなよ!
どれだけ言葉を並べようと、あんたは奪ったんだ、ヘクトルの死を、ヘクトルの終わりを奪ったんだ!
イスラがリンにしたことも形は違えど同じだった。
少女が遺した物を、ヘクトルやこの地に誘われなかった少女の仲間達から、何よりもリン自身から奪ってしまった。
オディオを討つことを志した刃を、オディオに届かせることなく、この手で折ってしまった。
その事実から、目を逸らさない。
マーニ・カティを折ったのがこの腕の延長ならば、少女の遺志の一欠片でも掌の中に残っているものだと信じ、握り締める。
(ヘクトルにおぶられて君は恥ずかしそうだったけど。実を言うと、あの時僕は羨ましかったんだよ。
憧れたヘクトルと、屈託なく笑いあえる君のことがさ。
そんな君が今のヘクトルの作り笑いを見たのなら、やっぱり許せないよね)
気のせいだろうか。ほんの少しだけ、何かが光ったように思えたのは。
あのわからず屋を、一発殴って来なさいとそう言われたような気がして、イスラはその幻想を弾丸に装填して引鉄を引く。
かつて奪うだけ奪い、侵すだけ侵して、奪われた者達を省みることは一切しなかった。
ただただただただ自分の満足の行く死だけしか目に映ってはいないなかった。
この世から消え去ることだけを願っていたイスラは、自分の死後にさえ思いを馳せることもなかった。
そんな自分が今はこうして誰かが遺した物へと想いを馳せている。
残された者達へと想いを馳せている。
他ならぬ目の前の“英雄”が教えてくれたから。
大切な人達を遺していくことが、どれだけその人達を悲しませるのかを教えてくれたから。
大切な人達に遺されていくことが、どれだけ悲しいことなのかを教えてくれたから。
「僕は悲しかった。僕は愛されていた。僕は謝りたかった。全部、全部、全部。
貴方が僕に気付かせてくれたことなんだ。
ヘクトル、貴方は笑みを貼り付けてばかりだった僕に、泣き方を教えてくれた。悲しい時には泣いていいんだって、思い出させてくれた」
イスラはずっと、忘れていた。
死は悲しい、死は辛い。
誰かがいなくなるのが、こんなにも心乱されることなんだって、そんな当たり前のことを忘れてしまっていた。
自分さえいなくなれば、みんなが幸せになれると信じ込んで死に向かって歩いていたから。
いつしか、自分の死だけではなく、他の誰かの死にさえも、何も感じなくなっていた。
遺される者達のことなんて、ちっとも考えてはいなかった。
みんなのためと言いながら、結局は、自分のことしか考えていなかったからこそ、自分の死の為に、誰かを傷つけることさえできたのだ。
ああ、ならば。
きっとあの時、ヘクトルに、死が悲しいことなのだと思い出させてもらった時に。
イスラは、
イスラ・レヴィノスは、初めて真に誰かを想えるようになったのだ。
誰かの死を想い、自分の死をも想えるようになったのだ。
“自分のせいで”誰かに辛い想いをさせたくない。“自分のせいで”誰かに悲しい想いをさせたくない。
そうずっと願い続けてきた青年は、
誰かに辛い想いをさせたくない。誰かに悲しい想いをさせたくない。“誰かの為に”生きて役に立ちたい。
そう思えるようになったのだ。
なのに、なのに、なのに。
「他ならぬ貴方がどうして笑顔を張り付けてるんだよ!
死は悲しいんだろ、死は辛いんだろ? だったら、だったらさ!
それだけの死を抱えている貴方は泣いていい、泣いていいんだよ!」
言葉をぶつける、戦斧に阻まれる。
刃越しに垣間見た亡将の顔には相変わらず偽りの笑みが貼り付けられたままだった。
分かってはいたことだ。
死者は笑わないし、死者は泣かない。
笑うことができるのも泣くことができるのも、生きている者だけだ。
だから、だから、だから!
「我ガ名ハ、アルマーズ……我ガ名ハ、ヘクトル……ッ!! 我ハ、止マラナイ……ッ!! 我ハ、進ミ続ケル……ッ!」
「なら、僕が止める! 貴方が、“貴方達”が自分で止まれないのなら、“僕達”が止めてみせる!」
僕が、想う。僕が貴方を想い、泣こう。
泣き止み、涙で曇らぬ瞳だからこそ、貴方を、そして貴方を想う僕自身をありのままに見つめ、受け入れることができるから!
世界を、そして自分からも、目を逸らさずにありのままに見据える“勇気”を胸に、天雷の斧を“受け止める”。
受け流すのではダメだ。
それではヘクトルが遺したものと迎え合えない。
神の斧と打ち合うこととなった魔界の剣は罅割れ、砕かれていくが、イスラの勇気とデイパックより零れ出る光に応えるように刀身が再生されていく。
何も驚くことはない。
魔界の剣の本質はライフイーター。
敵対者の生命を喰らう剣だ。
魔界の名工により打たれたからこそ、生者だけではなく死者からさえも、かの剣は力を奪い取る。
況やゴーストロードの本体は、ミスティックにより活性化されたアルマーズだ。
屍である肉体を穿つよりも余程効率良く力を吸収できる!
故に、亡将と正面から打ち合う勇気が途切れぬ限り、イスラの剣は折れはしない!
「グルオォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
されど、それだけで押し止められる程、狂戦士は甘くはない。
剣を砕くことはできずとも、担い手はどうか。
人外の鬼神の膂力を受け止め続けるイスラはどうなるのか。
答えは見ての通りだ。
押し潰されていく。
押し込むなどという可愛らしいものでも、吹き飛ばすなどという情に溢れたものでもなく。
天より降り注ぐ雷の斧が、大地へとイスラを捩じ込んでいく。
「くっ!」
みちりみちりと響く音は両椀の筋の断裂音。
ぶちりぶちりと鳴り響くは両足の骨の粉砕音。
狂戦士による圧壊は、逃げることを許さない。
無謀にも受け止めることを選んでしまったイスラを、超重力もかくやという重圧で囚え、退くことも避けることもよしとしない。
プロテクトによる肉体強化と、剣による再生力で耐えてはいるが、担い手の再生にも力を回している分、剣の再生力は神将器の破壊力に上回られていく。
何よりも亡将にはまだ左の一刀があるのだ。
伐剣者による導きさえも掠めとっていく元伐剣者に断罪の神剣が振り下ろされる。
召喚獣ラグナロックの魔石より鍛えられた黄昏の神剣ラグナロク。
アルマーズに勝るとも劣らず、さりとて亡霊の核となっている訳でもないこの神剣からは、魔界の剣といえども力を奪い取ることはできない。
逃げることを自ら封じ、避けることを封じられたイスラには断罪をくぐり抜ける術などない。
言ったはずだ。
“貴方達”が自分で止まれないのなら、“僕達”が止めてみせる、と。
「――――ッ!?!?!?」
処刑の刃が水流により逸らされ、更にはその水流ごと凍りつかされ宙空へと固定される。
誰がやったかなどと言うまでもない。
カエルとストレイボウだ。
ニノという少女のことをストレイボウはよく知っている。
文字通り、世界で“二番目”には彼女のことを知っていると自負し、それを誇りに想えるくらいにだ。
無論彼女の元の世界の仲間に比べたら、共に生きた時間はずっとずっと短いものだろう。
それがどうした。
ストレイボウは知っている。
カエル相手に勇気を振り絞り立ち向かう姿を。
命の危機に瀕していた仲間たちが事なきを得た時の涙と安堵の表情を。
人懐っこくて、それでどこか置いて行かないでと訴えるかのような笑顔を。
許せない、殺してやると真正面からぶつけてきた憎悪を。
愛する人を護りたい、大好きな人達を助けたい。誰かと共に居たい。
そんな自分のためじゃない、他人を護るための強さを欲していた少女のことを、ストレイボウは知っていた。
故にこの役目だけは誰にも譲れない。
ヘクトルの理想郷を終わらせるのがイスラならば、ニノの力を打ち破るのはストレイボウでなければならない。
強くなろうとしていた少女を、いや、強かった少女へと力を示すのは、共に強くなろうと約束した自分がなさねばならないのだ。
「ニノ……。君はきっと最初から強かった」
氷を溶かすだけには留まらず、そのまま発射される炎弾にいつかの光景が重なる。
出逢いを、『想い出』を束ねて放たれたメラミ。
弱さを自覚し、それでも一歩を踏み出す彼女の在り方そのものだった眩き炎。
あの時は、弱いという共通点を抱えたニノと自分で、どうしてこう差ができるのかと愕然としたものだが。
今なら分かる。
彼女が自分よりも遥か先へと進めたのは、誰かと共に強くなろうとしていたからだ。
ストレイボウのように誰かを蹴落とし一人ぼっちの頂点に立つために得た力ではない。
ジャファルのように護ると言いながらも愛する人を一人ぼっちにしてしまうような力でもない。
愛する人と大好きな人と共にあるために、共にありながら強くなる。
それこそが、ニノをニノたらしめた力。
傾国の魔法使いを打ち破り、愛に生きる魔王にさえ一撃と想いを届かせた心の強さ。
もし、もしも。
自分もまた、ニノのように、オルステッドを超えるのではなく、オルステッドと共にあろうとしていたのなら。
今よりもずっとずっとずっと、強くなれていたのだろうか。
初めにそう願ったように、オルステッドと並び立てていたのだろうか。
思わず浮かんでしまったifを、ありもしなかった幻想として否定せずに胸に抱いたまま炎と向かい合う。
過去は変えられない。
でも、今は変えられる。
今を超え続け、強くなり続けた少女がそのことを示してくれた。
今度は自分が応える番だ。
オルステッドにとっての勇者になるという誓いを果たすのはまだ先のことだけれど。
君と交わした約束を、忘れてなんかいないのだと、君に伝えよう。
――勘違いしないで。 あたしはお前を絶対に許せない。 そして途中で死ぬことも許さないから
ああ、死にはしないさ。約束を果たすまで。
誰かを護る強さを得て、その誰かを護り続けてやる。
だから!
ストレイボウが動く。
かつてのように迫り来る炎を享受しようとせず、魔導書を索引しながら印を切る。
先程のように臨界前に爆破することで威力を減退させるのではない。
狙うは相殺。少女の墓前に誓う以上、魔法の模倣というかつて少女が成したことの一つも成せずになんとする。
況や全くの無から異界の魔法を習得した少女と違い、こちらには
ルッカより託された下地があるのだ。
加えて、帯びた属性など微小な違いこそあれど、何度も何度もその魔法の撃ち方を実演してもらったのだ。
フレアの一つや二つ、使いこなしてみせる!
「行くぞ、ニノ! 君が教えてくれた心の強さで、ルッカが託してくれた諦めない心で、今度は俺がお前を送る!」
ストレイボウの眼前で二つの太陽が顕現する。
小さなバッチの輝きを覆い隠すほどに爛爛と煌めく灼光は、一つはストレイボウの、もう一つは亡将によるものだ。
共に収縮・臨界・爆破の手順を踏み、力を発揮した核熱と無は、喰らい合い吹き飛ばし合い、エネルギーを消耗しあって消えて行く。
だがそこに、熱風を切り裂いて新たに生じた緑の影があった。
カエルだ。
ストレイボウならばと信じて、未だフレアが相殺されるよりも前から、一歩を踏み出していたカエルだ。
戒めを解かれ、イスラの生命を狩りとらんとした神剣を、カエルもまた、弾くのでもなく、勇者の剣で受け止めていた。
イスラがそうしたように、ストレイボウがそうしたように。
もはや瀕死の身でありながらも、こいつだけは、この遺志だけは、カエルが受け止めなければならないものだった。
ジャファルという男のことを、カエルは全く知らないはずだった。
元からの知り合いではなく、この地にて出会うことも関わることもなかったのだから、無関心こそ当然の形であろう。
しかし、カエルは“識って”いた。
男が何を願われ戦おうとしたのかを。男が何を成せずに朽ち果てたのかを。
紅の暴君を通して、ロードブレイザーを通して、ラヴォスを通して男の無念を識っていた。
「闇の勇者、か……」
「ル、ギ――、GU、GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!」
記憶の残滓から拾い呟いた言葉を打ち消すように、亡将が吠え、狙いをイスラからカエルに変えて再び剣を振り上げ、振り下ろす。
それはお前ごときが愛した少女の言葉を語るなという怒りか。
或いは、愛した少女の願いを叶えてやれなかった自らへの憤りか。
判断するすべを持たないカエルは、自らにぶつけられた激情の剣を並び立つイスラに倣い、ありのままに受け止めることを選ぶ。
死体と死に体、片腕と隻腕。
一見条件は五分に思えども、剣を支える腕力で、圧倒的にカエルは負けていた。
それでもカエルは自らが押し切られるとは微塵たりとも思ってはいなかった。
「分かるか、小僧。分かるよな、お前なら。これは光だ。勇者の光そのものだ」
神剣を受け止めしは天空の剣。
ラヴォスに集いし憎しみに呑まれかけたカエルをも“救った”勇者が振るいし伝説の剣。
魔王を受け継ぎ、新たなる魔王となった伐剣の王の礎とならんとしている亡将を相手取るのであれば、この剣が遅れを取るはずがない。
現に今も剣より生ずる凍てつく波動が、亡将に注ぎ込まれるミスティックの加護を触れる傍から剥ぎ取り弱めていく。
神将器に押し潰されようとしていたイスラにも当然の如く“救い”を齎したその光景を目にしつつ、カエルは自嘲気味に言い放った。
「俺は、俺達はあの雷にはなれない」
世界の全てよ、“救われろ”。
ああ、それはなんと尊い願いだろうか。
ガルディア王国を救うために、他の全てを切り捨てようとしたカエルだからこそ、ユーリルが抱いた願いの眩さに目を細めずにはいられなかった。
あれが勇者なのだ。あれでこそ勇者なのだ。
あんなものは勇者ではないと一度は否定した少年は、真に勇者であった。
迷い傷つき苦しみ道を見失いながらも、“自分の力で”、立ち上がり自らの真なる願いのままに、救われぬものを救う者として生き抜いた。
自分の力で立ち上がれなかったカエルやジャファルにはあの輝きは眩しすぎた。
「だがな、小僧。お前が愛した少女が俺達に教えてくれた通りだ。俺達はあの雷にはなれずとも、勇者にはなれるのだと」
自分の力で立ち上がれなかった俺達だからこそ、闇の中から掬い上げてくれた手の暖かさを知っている。
まあ俺の場合は、拳の熱さだったのだがな。
くくく、と苦笑しつつも、今度は自嘲ではない本物の笑みを浮かべてカエルは言葉を続ける。
「嬢ちゃんの言う通りだ。こんな俺達だからこそ、心弱きもの達の『希望』にだってなれるんじゃないか?
人を愛し、友情を育み、救い救われ生きていく事が出来るが、誰にでも備わっていることを証明し続ける『象徴』としての勇者!
言い換えれば、それは『勇気』! 闇の中でもがき続ける人々に、闇から踏み出す勇気を与え、その心を救う者!」
勇者は何かを救ってこそ勇者たる。
俺が気付いた真理に照らし合わせれば、お前は本物だよ。
救われたって、愛した人も言ってくれたんだろう?
だったら、借り物だろうが依存だろうが、お前は紛れもなく“勇者”だったんだよ。
何をたかがギャンブラーごときの言葉に惑わされることがある?
それでも、それでもまだ信じられないというのであれば。
前を見るといい。
濁り何も映さなくなった死体の目を通してなどではなく、あの世からありのままを目にするといい。
そこに誰が映る? ここにいる者達はどんな者達だ?
友を裏切り、陥れたストレイボウ。
死を望み、嘘と偽りに塗れたイスラ。
護国の為にと、人殺しと成り果てたカエル。
誰も彼もが一度は闇に呑まれ、光に背を向けた。
そんな自分たちが、今こうして、誰かの為に生きようとしている。誰かを救おうと戦っている。
ならば自分達の存在そのものが、ジャファルが愛した少女が抱いた願いが正しかったことの証明だ。
己の意思でストレイボウを救いたいと強く願ったこの身が。
何も残せず、何も残らないと思っていた身が、そのついでに、心弱き誰かが遺してしまった未練を連れて行くこともできるというのなら。
悪い気はしない。
(なってやるさ、闇の勇者に!)
光り輝く天空の剣より力がみなぎり、遂にラグナロクを押し返しゴーストロードを大きく吹き飛ばしながらも、カエルは告げる!
「俺が、俺達が、お前の“救い”で、お前の『希望』で、お前の勇者だと知れ!」
ああ、そうとも、そうだとも。
ここに集いしは、誰もが皆、勇気を取り戻せし者達だ。
一度は見失い、諦め、手放した勇気を再び手にした者達だ。
だからこそ、彼らは何よりも、その尊さを知っている。
今はまだ灯って間もない小さな灯なれど、もう二度と消えることはない不滅の炎(フォイアルディア)。
――なればこそ、三つの想いは力へと至り、標<“英雄”“勇者”>となりて我らへと届く……
脳裏に響きし知らぬはずの声に、イスラも、カエルも、ストレイボウも、一人の英雄の背中を見た。
彼の名は“勇気”。全ての人々の心に中に存在せしもの。
敵として刃を重ね、味方として共に戦った彼の姿を誰もが心に刻んでいるからこそ、その声を怪訝に思い警戒することもなく、三人は受け入れた。
――久しく絶えし想い……我らを呼び覚ますは、『勇気』を取り戻せし者達よ。
求めるのが心の強さならば我らを受け止めるがいい……
ありのままの感情を見つめようとしなかったイスラが。
自らを弱いと断じ勇者になれず夢破れたはずのカエルが。
幾度も勇者バッジを輝かせたにも関わらず、そのことに気付かず、否、そんなはずはあるものかと無意識に否定し気付かぬ振りをしていたストレイボウが。
自分のうちにある勇気を確かに認め、受け止めた。
――汝らの『勇気』、かの英雄に比べ未だ小さく、されどその輝きは劣ることなし。
進むべき道を見据えたならば、我らを束ね、天地を砕く刃と為し、救い、切り開こうぞ……
ここに誓約は完了せり。
勇者バッチより放たれた光に力を与えられた天空の剣を依代とすることにより、イスラが死蔵してきた無銘のサモナイト石に声の主の真名が刻まれる。
――我が名はジェイイーグル……
――我が名はジェイライガー……
――我が名はジェイマンモー……
――我ら、世界を超えて人の心を守護せし貴種守護獣。
『勇気』の剣にて弱き心を救い、強くなる為の力とならん……
「今、のは……?」
「グランとリオン、それに準ずる者だろうな」
何が起きたのかが分からず、唖然とするストレイボウに対し、勇者の剣“グランドリオン”そのものでもある精霊を知っているカエルは冷静だった。
「見てみろストレイボウ。勇者バッジが変化している。さしずめ“勇者と英雄バッジ”といったところか」
「英雄……。そうか、お前もブラッドの姿を垣間見たんだな」
途中から魔力の消費が少ないとは思っていたがこいつのおかげだったのか。
胸に輝くバッジにそっと手を添えストレイボウが笑う。
夢幻の中とはいえ、自分に勇気を教えてくれた恩人の姿をもう一度見れたことを、今の彼は罪悪感抜きに純粋に嬉しいと思えた。
それは傍らでミーディアムと化したサモナイト石を握り締めるイスラも同じだ。
「全く、どこまで世話焼きなんだよ、おじさんは……」
悲しみとは僅かに異なる涙を浮かべそうになるのを抑えて、イスラもぎこちないながらも微笑んでいた。
まだだ、まだ泣くな。
泣くのはもう一人の英雄を、ヘクトルを送ってからだ。
だから笑え。貼り付けてきた偽りの笑みではなく、あなたに会えてよかったと、言葉にできずとも表現しろ。
でなきゃ、おじさんも、おちおち寝ていられないじゃないか。
「小僧……」
「いける、いけるさ。そっちこそ、おじさんへの変な罪悪感で失敗しないでよ。
お前がそうであるように、おじさんの最後を決めたのはお前なんかじゃない、おじさんなんだ」
「……そう、だな。あの誇り高い男を俺が殺したなどと思うのは烏滸がましいことなのだろうな」
ブラッドに致命傷を与えたのはカエルだ。
しかし、ブラッドは自分の意思で自らの最期を定め、その覚悟に応えたのはマリアベルだ。
カエルはブラッドの生命を、誇りを最後の最後まで奪えなかった。
そしてブラッドもまた、カエルと対峙すべき人物は自分ではないと、カエルの命を奪うことはしなかった。
ならば今ここに三人が“勇気”を抱いて並び立てているのは、ブラッドのおかげだ。
(誓おう、
ブラッド・エヴァンス。せめてもの返礼だ。お前を感じさせるこの力で、あいつらにも死を返してやることを!)
天空の剣との接触を免れたことにより、力を取り戻し立ち上がったゴーストロードを睨みつける。
渾身の一撃を叩き込んだはずだったが、亡将より感じる圧力は変わらず健在であった。
傷をものともせぬ死した身体に、活性化された神剣と神将器による二重の強化。
仕留めようものなら、生半可な一撃では叶わぬだろう。
あれほどの過剰な力である以上、このまま持久戦に持ち込めば自滅するのも時間の問題だと思われるが……。
それではかの英雄と彼が護ろうとしている者達の死は、楽園への礎として、ジョウイのものとなってしまう。
そんなことは許されない、許してなるものか!
故になすべきことは決まっている!
「ストレイボウ、俺とイスラがアシストする! 召喚術に不慣れなお前は俺達に合わせろ!」
「頼むぞ、カエル、イスラ! だが術を重ねるのは俺に任せてくれ!
誰か共に強くなることを教えてくれたニノに、俺も君と共に強くなれたのだと示したいんだ!」
「分かったよ。けど召喚術である以上、真名を呼ぶのは、三人でじゃなきゃダメだからね」
何としてでも、この手で、亡将に打ち克ち、彼らに死を返すのだ!
「古き英知の術と我が声によって今ここに召喚の門を開かん……我らがフォースに応えて内的宇宙より来たれ……。
新たなる誓約の名の下にイスラが、「カエルが」、「ストレイボウが」命じる。呼びかけに応えよ……異界の守護者よ!」
イスラが掲げた守護獣の意思が刻まれたサモナイト石へと三人の魔力とフォースが流れこんでいく。
異世界のものを呼び出し使役する本来の召喚術でもなければ、亜精霊に能力をコピーさせ実体化させるコンバインでもない。
召喚術により、自らの内的宇宙にアクセスし、フォースを用いて自らの意志の力を外界へと機獣として具現化させんとしているのだ!
「召喚、ジェイイーグル!」
「召喚、ジェイライガー!」
「召喚、ジェイマンモー!」
機械仕掛けの巨大な鷲が、ライガーが、マンモスが召喚される。
その光景を亡将とて黙って見ている訳ではなかった。
フレアは防がれ、鍔迫り合いではミスティックを剥ぎ取られることを痛感したゴーストロードもまた、神剣へと魔力を込める。
かの剣の素材となった魔石ラグナロックは武器が魂を得て幻獣になったものだ。
ならばこそ、剣と化したラグナロックが再び魂を得ることもあり得るのではないか?
ヘクトルの亡骸がゴーストロードとして仮初の命を得たように、死した幻獣の遺骸とも言える魔石により打たれた神剣もまた仮初の命を得たとして何の不思議がある!
――ミスティック・ラグナロク――
虚無の光を帯びて天より巨大な剣が降り注ぐ。
ラグナロック・デュランダル。
亡霊として再臨した幻獣の影はどこか、生前ヘクトルの親友が振るった烈火の剣デュランダルを思わせる威容へと様変わりしていた。
変容しているのは外見だけではない。
紋章剣の力を通して暴走召喚状態で呼び出された以上、魂を変質させ人としての形を保てなくするメタモルフォースの効果範囲は敵単体では収まらない。
「理想郷ノ礎ニ……、ナルガイイ……ッ!!」
黄昏の幻獣剣を破壊できなければ、イスラ達もヘクトルのようにジョウイの理想を叶えるための道具にされてしまう。
だが、止められるのか、あれを。
一体一体が機界の究極召喚獣ヴァルハラに匹敵する力を持つとはいえ、竜殺しの神剣を前にしては鷲やライガー、マンモスなど物の数ではない。
抗おうとも屠殺されるのがおちだ。
それでも尚、マテリアライズされた青と黄と白で彩られた機獣達は退くことを知らずに神剣へと立ち向かっていく。
主を護るべく自らを犠牲にしてでもせめて受け止めようと言うのだろうか。
違う、そうではない。
彼らは勇気の守護獣なのだ!
なすべきは無謀ではなく、勇気っ!
「グラン、ドリィィィ――――――――――――ムッッッ!!」
剣を握った拳を突き上げ発せられたカエルの掛け声に合わせ、蒼きエネルギーフィールドが発生。
蒼き輝きに護られて、ジェイライガーが、ジェイイーグルが、ジェイマンモーが変形を開始する!
重鈍な外見に似合わぬ跳躍を見せたジェイマンモーより一際大きい耳パーツと前脚が分かたれ、残る胴を支え直立する形で両後ろ足がせり出していく。
飛翔し後を追うジェイイーグルは左回りに身を捻りながらも、翼を折り畳み、両足とともにパージ。
ジェイライガーもまた空中でぐるんと一度後転すると同時に両後ろ足を分離する。
「トリプル、キャストオオオオオオ(三体合体)ッ!!!」
そして遂に、続くストレイボウの号令によって、勇気の貴種守護獣がその真の姿を見せる!
ジェイマンモーの雄々しき牙を備えたジェイライガーがボディとなる!
そこへ、ライガーの後ろ足と爪を肩アーマーとして纏い、両腕に変形したマンモーの前脚が、左に右にとドッキング!
更にはジェイイーグルの胴体を腰部とし、ジェイマンモーの後ろ足からなる脚部が下半身を形成する!
唸り飛び出す拳! 下駄のように装着されるジェイイーグルの脚部パーツ! 背部でVの字を描く翼! せり出す頭部に輝く黄金の角!
それは、最高位の守護獣……。
それは、勇気の究極なる姿……。
彼らが辿り着いた、新たなる召喚……。
その名は……ッ!
「「「ガーディアンローッド! ジャアスティィィィィイイイイイイインッ!」」」
ジェイマンモーイヤーが変形した大戦斧を手に、ジャスティーンがラグナロック・デュランダルへと突貫する。
天より振り下ろされる竜殺しと、地より振り上げられる勇気の刃。
勝負は一瞬、交差間際の一閃にて全てが決する!
ピサロ、セッツァーと違い、ストレイボウ達三人は自分を省みた先に、他人を省みた。
結果、ガーディアンロードの力は、自分の内を満たす形ではなく、自分の外へと実体化させるという形で発現した。
究極へと至ったピサロやセッツァーに対し一人一人の力は遠く及ばないが、自分の内で完結していないが故に、束ねて無限に強くなれる。
対するラグナロック・デュランダルも、賢者の指輪越しにラフティーナの加護を受けているとはいえ、ガーディアンロードが司るのは“生きるものの”心の力だ。
死霊の身では受けられる加護も限られており、今を生きるストレイボウ達の想いを乗せたジャスティーンの敵ではなかった。
大威力大質量同士の激突により爆発が生じる。
渦巻いていた超高熱闘気をも巻き込んだ島をも揺らす爆風に吹き飛ばされ、爆煙によりろくに視界も効かぬ中、イスラ達は確かに見た。
爆発を背にすれども揺るぐことなきその影を。
ジャスティーンの頼もしきシルエットを。
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最終更新:2012年10月06日 17:17