第六回放送◆6XQgLQ9rNg


 喧騒が溢れていた。
 降り注ぐ光は輝かしく眩く温かく、石造りの城下町を照らし上げていた。
 東の山を根城とする魔王に姫が攫われたというのに、町に住まう人々は絶望など微塵も感じていなかった。
 彼らの視線には期待が満ちている。彼らは口々に賞賛を溢れさせている。手を振る者がいる。拳を掲げる者がいる。
 彼らが期待し、讃え、惜しみない声援の先にあるのは、力強い足取りで石畳を往く男の姿だ。
 威風堂々たるその様は輝かしく、燦然と輝く太陽にも劣らない。
 男の一歩には惑いも揺るぎも恐れもなく、澄んだ黒瞳は前だけを見据えている。
 それは、旅立ちのときだった。
 出立に臨む男には勇ましき者を現す誉れ高い称号が与えられている。その称号は、彼には実に相応しい。
 彼の胸には、強い勇気が燃え盛っていた。
 無数の魔物が立ち塞がろうとも、如何なる困難が待ち受けていようとも、魔王がどれほど強大であろうとも。
 退かず怯まず躊躇うことなく、立ち向かい切り開き打ち倒す決意がある。
 培ってきた剣技は身に染み着いており、力となってくれる剣がこの手にはあり、更に隣には背中を預けられる親友がいてくれる。
 だから戦える。この勇気を抱き進んでいける。
 目指す先は魔王山。麗しの姫が、そこで彼を待っている。
 男は姫を心から愛している。姫もまた、男を心から愛してくれている。
 愛する故に、男は彼女を救いたいと想う。愛しさ故に、男は彼女を取り戻したいと願う。
 その願いは、旅立ちの先にある。
 歩みの向こう、今を超えた先にこそ、愛する姫と共に在る平和な日々があると信じられる。
 そんな明日に想いを馳せられる。
 そんな未来を男は強く欲し望むことができる。
 未来を肯定し明日を望み希う、強く激しい想い。
 それは希望でもあり、欲望でもある。
 希望を今日を飛び立つ翼となり、欲望は明日へと向かう衝動となり、男を動かす原動力となるのだった。
 声援を背に受けて、男は城から外へ往く。 
 勇気を握り締めて愛を抱き、欲望を飼い慣らし希望を羽撃かせ、その一歩を踏み出すのだ。

 ◆◆

 瞼を持ち上げる。
 瞳に映るのは石造りの広間。
 弱々しい灯火によって照らされる、闇の玉座。
 降り注ぐ輝きからは程遠く、称賛の奔流からはかけ離れた漆黒の世界。
 夢を見ていたわけではない。そも、この身をオディオとしてから、眠りに落ちたことは一度もない。
 故に、瞼の裏に浮かび上がった幻想は記憶だった。
 心の奥底に沈み込ませ縛り付けて封印した、過去の出来事だった。
 もはや思い出すことなどないと思っていた、“勇者オルステッド”の始まりだった。

 ――……よもや、未だ追憶しようとは、な。

 この場所には“勇者オルステッド”を構成する要素は塵芥ほどにも存在しない。
 遥かな時の向こうで、勇気は握り潰され愛は枯れ乾き、欲望は遁走し希望は腐り果て、溶け合い、純化し、集約した。
 潰れた勇気も枯れた愛も、欲望の残滓も希望の腐肉も、たった一つの感情へと寄り集まったのだ。
 だというのに。
 だというのに、だ。
 記憶の欠片は縛り付けた鎖の合間からまろび出て、封印の隙間を通り抜け、表層化して弾け飛んだ。
 オディオは視線を動かす。
 昏い瞳に移るのは、ぼうと浮かぶ明かりに照らされる感応石だ。
 四柱の貴種守護獣の脈動と、それらを呼び覚ますほどの強烈な“想い”は、感応石に余さず伝わってきている。
 いや、伝わるなどといった生易しい表現ではない。
 暴力的とすら感じられるほど強引に、見せつけるように高らかに、それらの“想い”は叩きつけられたのだった。
 痛々しいほどに強烈で、荒々しいほどに猛る“想い”は、掌に収まる感応石も、巨大感応石も、砕けてしまいそうなほどに激しかった。
 だがオディオは、それらに中てられたわけでも影響されたわけでも、ましてや屈したわけでもない。
 オディオにとっては勇気の猛りも愛の鼓動も欲望の咆哮も希望の輝きも、憎しみの対象であり源泉なのだ。
 そんなものらが何の意味も成さないと知っている。そんなものらが何の足しにもならないと知っている。
 そんなものらがあったところで、救えなかったものがある。護れなかったものがある。零れ落ちてしまったものがある。捩じれて曲がってくず折れて、壊れ果ててしまったものがある。
 勝者にはそれが分からない。
 掲げる“想い”が如何に美しく尊くも、その“想い”は相容れぬものの膝を突かせ意志を砕くのだ。
 砕かれたものに未来はない。輝かしい“想い”は、敗者のなれの果てを無意識に無邪気に踏み台にする。
 だから憎む。
 勇気を愛を欲望を希望を。
 かつての自分が抱いた“想い”を、骨の髄まで憎み尽くす。
 勇気が力強ければ力強いほど、愛が激しければ激しいほど、欲望が雄々しければ雄々しいほど、希望が眩ければ眩いほど、応じるように憎しみは肥大化する。
 故に、オディオが過去の幻像を追憶したのは、貴種守護獣を呼び覚ますほどの“想い”が原因ではない。

 ――……あれは、確かに始まりであった。

 模倣の憎悪に、起源を求める声がした。
 投げかけられたその声は、もはや概念存在とも言える憎しみそのものに、生まれた理由を問いかけたのだ。
 何故ここにいると。
 始まりに足る願いがあったのだろうと。
 拙い声で叫んだのだ。
 憎しみに身を委ねるのではなく、憎しみに意識を浸すのではなく、憎しみに願いを喰わせるのではなく。
 楽園への道をつけるため、たった一人で憎しみを背負い担うと宣言した。
 そうして叫ばれた回顧の願いは、疎まれるだけであった模倣の憎悪を確かに振り返らせ、そして。
 模倣元であるオディオの意識すらも、始まりへと向けてみせたのだった。

 ――見事だ、ジョウイ・ブライト。

 誰にも届かぬ賛辞を、オディオは胸中でジョウイに送る。
 そのような言葉を彼が求めてなどいないと知っているが故に、だ。

 ――そして、礼を言わせて貰おう。

 オディオは再度目を伏せ、瞼の裏に始まりの記憶を描き出す。
 心底に押し込めた“勇者オルステッド”を想起し追憶し、そうして。

 ――我が深奥に眠る始まりを憎める機会を、今一度与えてくれたのだからな。

 滾々と沸く力強い勇気を黒く汚す。
 溢れ滲む穏やかな愛を暗く犯す。
 明日へと駆ける欲望を闇で濁す。
 未来を想う希望を漆黒で冒す。
 喧騒は嘆きへ。期待は絶望へ。
 汚辱の果てで輝かしい王国は潰え、死の気配に満ちた昏い城下へと堕落する。
 ゆっくりと、瞼を持ち上げる。
 黒瞳には暗黒の輝きが横たわっていた。
 ぞわり、と大気が冷たさを帯びる。震えるように空気が戦慄し、松明の炎が大きく揺らめいた。
 灯っていた明かりが、一斉に消失する。
 微かな光を失くしたその間には、月明かりのない夜よりも深い暗闇が満ちていた。
 暗闇に溶けるのは、魔王オディオが抱く“想い”に他ならない。
 勇気の担い手をオディオは憎む。
 死にたがりの道化と異形の騎士と、そして、何処までも愚かな魔法使いの雄々しさを、オディオは憎む。
 愛の担い手をオディオは憎む。
 かつての敗者でもある魔族の王が抱き締める鼓動を、オディオは憎む。
 欲望の担い手をオディオは憎む。
 薄汚いまでに貪欲な、聖女と謳われし女の衝動を、オディオは憎む。
 希望の担い手をオディオは憎む。
 人間が胸中に抱く醜さを知る力を持ちながら、未来を肯定できる少年の輝きを、オディオは憎む。
 勇気の輝きを覆い、愛の鼓動を抑え、欲望の咆哮を呑み込み、希望の西風を制圧するのは、オディオが抱く深淵たる“想い”。 
 その“想い”とは――咽返るほどの純粋なる憎悪<ピュアオディオ>に他ならない。
 純粋なる憎悪<ピュアオディオ>は限りなく茫洋で、オディオが抱く全てをその一色で塗り固めていく。
 勇者の栄光も美しい記憶も在りし日の想い出も何もかもは、もはや微塵も見えはしない。
 他の色など、見えはしないのだ。
 そして。

 ――貴様はこの“想い”もまた、御して背負おうというのであろう?

 そして、純粋なる憎悪<ピュアオディオ>を以って。
 理想への歩み手を、オディオは憎む。
 肉体を傷つけて精神を摩耗させて心を使い潰しながら、それでも決して留まらず愚直にひたむきに描かれる理想の楽園を、オディオは激しく憎むのだ。
 オディオを満たすのは、あらゆるものを排し純化されたたった一つの“想い”のみ。彼に向けられる感情もまた、憎悪でしかあり得ない。

 ――ならば見せてみよ。墓標<エピタフ>の果てで血液と死肉と末期の叫びを喰らうものを、生誕させてみせよ。

 産声が聞こえる。胎動を感じる。
“死喰い”の目覚めは近い。純然たる敗者の象徴は、オディオが手を下すまでもなく脈打っている。
“死喰い”に魂を注ごうとしているのは若き魔王。
 彼は地方貴族の家に生まれたというだけの、何の変哲もない人間だった。
 戦乱の時代で運命に翻弄され、無力さを噛み締め無念に打ち拉がれ、それでも平和を望み笑顔を願う。
 彼は弱かった。彼の願いは弱い者には過ぎたものであった。
 されどその弱さ故に果てしない力に魅せられ全てを守る強さを貪欲に切望し。
 されどその願い故に楽園へと通ずる茨道を切り開くことを選択したのだ。
 死を奪い憎悪を背負い闇を呑み込むたったひとりの人間を目の当たりにして、召喚した傍観者は驚嘆を見せた。
 人の身で、どうしてと。
 人の身で、そこまでする必要があるのかと。
 オディオに言わせれば、その程度驚きには値しない。
 弱さからの脱却も、力への渇望も、願いへの夢想も。
 全て人であるが故に抱く感情であり、“想い”を成そうとする意志は、人しか抱き得ないのだ。
 勇者や英雄といった存在が、必ずしも特別ではないように。
 魔王という特別な存在もまた、特別などではない。
 A.D.600年のガルディアを恐怖に陥れた魔王も、天空人や地上人の住まう世を滅ぼそうとした魔族の王も、“想い”を抱いた人間と変わり映えはしない。
 人であるからこそ彼は楽園を目指すのだ。人であるが故に理想へと歩むことができるのだ。
 自身が生み出す憎しみに浸り、オディオは散った魂を――潰え砕けた“想い”を顧みる。 
 その数と多様さは、もはやこの殺戮劇に残された刻は僅かしかないことを物語っていた。
 じきに、ここへと至るものが現れる。“想い”の喰らい合いを制した者が現れる。
 それが貴種守護獣を従える者どもであるならば、純粋なる憎悪<ピュアオディオ>を以って相対を。
 それが死を喰らうものを従える者であるならば、純粋なる憎悪<ピュアオディオ>によって祝福を。
 いずれにせよ。
 彼らの道のりを、見届けよう。
 敗者となる“想い”を、亡きものにしないために。
 掌の中にある感応石に、オディオは意識を注ぎ込んでいく。
 途絶えし“想い”を、伝播すべく瞬く感応石の光は、憎しみの闇の裡ではあまりにも弱々しかった。

◆◆

「――時間だ」

 天高く昇る陽光が照らす世界を侵略するような声音が、空気を振動させる。

「諸君はよく闘った。されど、未だ闘いが終焉に辿り着いてなどいないことは、諸君こそがよく知っていよう。
 耳を傾けよ。心に刻みつけよ」

 酷く落ち着いているというのに、その声音は、揺れる空気は草木をざわめかせ水面に波紋を投げかけ痛んだ大地に皹を入れる。

「13:00よりB-06、C-06。
 15:00よりA-06、A-07。
 17:00よりB-07、C-07。
 禁止エリアは以上となる。今更潰えるなど望むところではなかろう。しかと記憶しておけ」

 底知れぬ憎悪に満ち満ちた声に、世界中が震え怯えているようだった。 

「ニノ。
 魔王。
 ジャファル
 ヘクトル
 ちょこ
 ゴゴ。
 セッツァー・ギャッビアーニ
 ――以上、七名が此度の敗者だ」

 敗れし者たちの名が告げられた瞬間、島の奥深くがどくりと脈打つ。
 蠕動にも似た鼓動は、その音韻たちをも嚥下するかのようだった。

「敗れた者たちは何も語らない。“想い”を抱くことすら許されない。
 潰えた“想い”はすべからく蹂躙される。他ならぬ勝者たちによって、だ。
 そうして栄えた世は数知れぬ。そうして骸となった者たちは数になどし切れまい。
 奪いし者として生を謳歌する気分は如何ほどであろうか。
 いずれの世でも勝者であった者も、かつての世で敗者であった者も。
 今この瞬間に我が声を耳にしている者は皆、勝者と名乗る強奪者どもなのだ」

 声に乗る色を吸い上げて、果てなる底で何かが蠢動する。 
 未熟で不完全で未完成で弱々しいながらも、その蠢きは微かに地表を震わせる。

「強奪者どもよ。
 屍の頂点で命の尊さを謳う滑稽さを自覚せよ。
 なれの果てとなった“想い”を足蹴にして、自身の“想い”を主張するがいい。
 愛も勇気も欲望も希望も――そして、理想も。
 諸君の足元に、確かに積み重なっているのだ。
 そうやって積み上げた屍と“想い”の先へ至るがいい」

 風が、逆巻いた。
 それは力強い西風ではなく、心をざわつかせるような荒い突風だった。

「その場所こそが我の――魔王の居城。諸君が目指すべき終着点は、すぐそこだ」

 ◆◆

 感応石の明滅が収束する。
 一片の光もないその広間には、果てもなく底もない憎悪の闇だけが溢れ返っている。
 その中心で、オディオはそっと目を閉じる。
 瞼の裏にあるのもまた、深い深い暗闇でしかない。
 それだけしか、見えはしない。
 しかしながら。
 見えはしないからといって、暗闇以外のものが存在しないというわけでは、決してない。
 漆黒と暗黒とを世界中から集束させより集め固め切ったような闇の向こうに、見えなくとも存在するものがある。
 それは決して消えない始まりの記憶。輝かしくも痛みを伴う想い出のかたまり。
 オディオの意識が介在しない深奥で、それは、わだかまり沈殿し滞り、燻っている。 
 人知れず、燻り続けているのであった。


※オディオの居城は墜落したロマリア空中城@アークザラッド2をオディオの力により改修したものです。
 現状では、遺跡ダンジョン地下71階にある感応石と連動する巨大感応石を搭載していることや、
 最深部のガイデルのいた場所がOPENINGでの玉座の間に改修されていることが確定しています。
 他にも、幾つかの変更点、追加点があるかもしれません。お任せします。
 現在は、C-7上空に待機しています。
 オディオの空間操作能力で、触れることも触ることも不可能ですが、メイメイさんの店のように強力に隔離されているわけではありません。

カエルが察知した存在は、クロノ達に敗れたプチラヴォス達を進化・融合させて生み出された新たなるラヴォス“死を喰らうもの”でした。
 本文中にて、クロノ達が戦った個体よりかは劣ると記述しましたが、それは誕生時点でのことです。
 強者達の戦いの記憶と遺伝子を収集し、敗者達の憎悪をはじめとした負の感情を吸収した今、かなりの力を持つと思われます。
 姿形能力など、細かい点を含め、後々の書き手の方々にお任せします。
 ただし、“死を喰らうもの”は“時を喰らうもの”@クロノ・クロスとは別個体であり、
 オディオが自らやこの殺し合いに関係しない思念が混ざることを望まなかったころもあり、時間と次元を超越する能力は備えておりません。

※メイメイさん@サモンナイト3はあくまでも、傍観者としてオディオは召喚しました。
 オディオは彼女を自身の戦力としては絶対に扱いません。



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149-2:リプレイ・エンピレオ オディオ :[[]]


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最終更新:2013年05月03日 10:53