天空の下で -変わりゆくもの- ◆6XQgLQ9rNg


 吸い込む空気は、酷く乾いていた。砂っぽさが喉を通り肺に広がる感覚はざらついていて、決して爽快なものではない。
 けれど、そうやって呼吸をしているという事実は、確かな安堵をもたらしてくれる。
 胸に落ちるのは、埃っぽい安らぎと乾燥した落ち着きだった。
 それは、色濃い疲労と重い気だるさの真ん中で、どうしようもないほどに感じてしまう、心地よい生の実感だった。
 安らぎなど、どす黒く淀む感情を自覚したあの時に、置き去りにしたと思っていた。
 落ち着きなど、無力さと無様さと罪悪感を抱えた心には、相応しくなどないと思っていた。
 生の実感など、咎人である自分が得てはならないものだと、信じて疑わなかった。
 片膝を立てて地に座し、ストレイボウは、あたりを見回す。
 嵐の足跡と呼ぶには余りにも荒れ果てた地がある。土色をした荒野に、石細工の土台の残骸が夥しく散らばっている。
 ストレイボウは、もはや立ち塞がるもののないこの荒野に、寂寥感を覚えていた。

 夢の跡。
 そんな感想が胸を過るのは、ここで散っていった“想い”が、大きすぎて多すぎたからであり、そして。
 この、無機質ささえ感じる静けさが、自分が死した後の、灰色のルクレチアに似ていたからだった。
 その連想は、ストレイボウの胸をじわりと締め付け、刺さりっぱなしの棘のように、じくじくと痛みを与えてくる。
 決して消えない痛みだった。何があっても消してはならない痛みだった。
 それを自覚しても、気持ちは、静けさと同化するように凪いでいた。
 諦観や悲観や順応や居直りによって、そう在れるのではないと、今のストレイボウには分かっている。
 くっと、拳を握り締める。指先に力を込め、力の奥で息づくものを感じ取る。
 小さな鼓動だった。微かな脈動だった。
 けれどその鼓動があるから、痛みと向き合える。脈動を感じられるから、罪に背を向けずにいられる。

 ようやくだ。
 ようやくこれで、自分の意志で立ち上がることができる。
 多くの温もりがあった。数え切れない優しさがあった。沢山の“想い”があった。
 過去形でしか語れないのは、悲しいことだ。
 それでも悲嘆に囚われないでいられるのは、受け取ったものが確かにあるということに他ならない。
 それをオディオは、屍の上に立っているというのだろう。
 だとしても、ストレイボウは思うのだ。
 無数の死があったとしても、彼らがその胸に抱えていたものは、褪せず朽ちず綻びず、受け継がれているのだと。
 刻まれた想い出があり、胸の奥で息づく“想い”がある。
 だから今、イノチと共に生きていると、そう思えるのだ。
 かつてのストレイボウであれば、そんなものは生者の欺瞞だと唾棄し、勝者の傲慢だと罵ったことだろう。
 変わったのだ。
 変われたのだ。
 そのことは、ぜったいに、否定などできはしない。

「やっと、お前に向き合えそうだよ」

 葉で作った小舟をせせらぎに乗せるような様子で、敢えて口にする。
 届けと、聴こえろと、そんな風に肩肘を張る必要はない。口にした気持ちは、確かなものとして胸の奥で根付いているのだから。
 血のにおいが沁みついた大気に言の葉をくゆらせ、“想い”が溶けた空気に気持ちを浮かばせる。
 それで充分だと、思えたのだった。

「それが、貴様の望むことか?」

 意外なところからの言葉に目を丸くしながらも、ストレイボウは振り返る。
 紅玉色をしたピサロの瞳が、こちらへと向けられていた。
 無感情に見える人間離れした美貌に、ストレイボウは、素直に頷いてみせた。

「ああ、そうだな。より正確に言えば、俺の“したいこと”へ辿り着くために、俺はアイツに向き合いたい」

 ほう、と語尾上がりで、ピサロが相槌を打ってくる。
 試されているのかもしれないと思いながら、けれどストレイボウは、緊張も臆しも抱かなかった。

「対等に、なりたいんだ。アイツの隣に、並び立ちたいんだ」

 するりと、言葉が滑り出た。
 だからそれは、心の底から、ほんとうに望むことなのだろう。

「今まで、アイツを羨んで、妬み続けて、卑屈でいるばかりで……さ」

 それは、かつての忸怩たる自分への恨み言であり、恥ずべき過去であり、嫌悪の源泉であった。
 全てを受け入れられるほど強くはない。飲み込められるほどに達観してもいない。
 自嘲的な苦笑いだって浮かんでいるし、か細い語り口からは拭いきれない弱々しさが垣間見える。
 だけど、それでも。

「だからこそ、俺は」 

 ストレイボウは、ピサロから目を逸らさなかった。

「ほんとうの意味で、アイツの隣に行きたいんだ」

 ピサロの視線は揺るがず、表情も変わらない。

「貴様が望む、その場所は」

 ただ、その口だけが言葉を吐き出していく。

「輝かしい“勇者”の隣か?」

 ぽつり、ぽつりと。

「或いは、君臨者たる“魔王”の隣か?」

 零すようなピサロの問い方は、ストレイボウが彼に抱いていた印象とは、かけ離れていたものだった。
 そんなピサロに向けて、ストレイボウは、ゆっくりと首を横に振る。
 だからこそ、迷いも悩みも惑いもなく答えられるものがあるということは、大きな意味があるように思えた。

「いいや、どっちでもないさ」

 ◆◆

「どちらでもない、か」

 ストレイボウの答えを、呟くようにして繰り返すと、ピサロは目を伏せる。
 閉ざした視界に、イメージが広がっていく。
 そのイメージとは、先ほど知った、勇者オルステッドと魔王オディオが辿った道筋だった。
 かつてのピサロならば、愚かしい人間らしい末路だと一笑に付し、そんな人間如きが魔王を名乗るなどとはおこがましいと憤っていたに違いない。
 けれど今、ストレイボウが語ったその出来事は、ピサロの脳裏に生々しく焼き付いていた。

 ――私は、弱くなったか。

 ふと感じたその想いを否定する材料など、もはや“魔王”ではないピサロには、雀の涙ほどもありはしなかった。
 魔族である自分も、あれほど憎み蔑んでいた人間と変わりはしないと知ってしまったのだ。
 であるならば、魔族とは何なのか。エルフとは何なのか。モンスターとは、人間とは。
 その疑問の延長線上に、二つの肩書きが浮かび上がる。
“勇者”と“魔王”。
“勇者”は人間の希望であり、“魔王”は魔族の希望である。
 そして人間と魔族の間に、根深い対立構造がある以上、それらは、決して相容れぬ対極の存在であると信じて疑わなかった。
 だが、“魔王”オディオは違う。
 オディオは人間で、そうであるが故に、かつては“勇者”であった。
 そして、同時に。
 オルステッドは人間で、そうであるが故に、自ら“魔王”となったのだ。
 つまるところ、“魔王”オディオは、魔族の希望などではない。更に言うならば、統治者という意味での王ですらない。
 であるならば、ピサロがこれまで抱いてきた“魔王”の称号とは、何だったのか。

 そうして、ピサロは至る。
 宿敵――“勇者”ユーリルが直面した疑問へと、辿り着く。

 けれどピサロは迷わない。
 答えへと至るための欠片を、ピサロは既に持っていた。
 それは、ストレイボウの言葉であり、そして。
 そしてそれは、『ピュアピサロ』の胸をいっぱいに満たす、ロザリーの“想い”だった。
 ストレイボウの言葉を掴み取り、ロザリーの“想い”を感じ取り、ココロに溶かし込み流し込んでいく。 
 温もりに満ちた、柔らかでいて絶大な信頼が、ピサロの手を取ってくれる。
 思考が、道を往く。
 一人歩きをしない考えは、ゆっくりと、けれど着実に、ピサロを答えへと導いていく。

 ――私が“魔王”でなくとも。私を想ってくれる気持ちは、存在するのであろうな。 

“魔王”というのは称号や呼称であり、その名で呼ばれることは栄誉であり大義は在るのだろう。 
 だが、しかし。
“魔王”という言葉に、願いを拘束し思考を誘導する作用はない。そんなものが、在ってはならない。
 いつだって。
 いつだって、願いを抱いて意志決定するのは、“魔王”ではなく、自分自身の“想い”なのだ。
“魔王”が感情を呼ぶのではない。感情こそが、“魔王”を呼ぶ。

 であるならば、“魔王”とは。
 感情を解き放つものに、他ならない。

「“勇者”でもなく、“魔王”でもない。“オルステッド”という人間と、対等でありたいと望むのだな?」

 瞳を開け、再度問う。
 視線の先で、ストレイボウは、はにかんで頷いた。
 長い髪に隠されていてもよく分かるほどの微笑みからは、恥じ入りと同時に、清々しさが感じ取れた。
 ピサロの口元が、自然と綻ぶ。
 ストレイボウの清々しさを悪くないと感じ、その感覚は、ピサロに実感を与えてくれる。

“勇者”に“魔王”。“人間”に“魔族”。
 それらの間に大差はなく、対等となれる可能性を示しているという、実感を、だ。

 世には愚者が蔓延っている。あらゆるイノチには愚かさが根付いている。
 ただし、その愚かささえ自覚していれば。愚かさを自省し、自戒することが可能であれば。
 誰もが求め、愛し、共存し、笑い合い、手を取り合うこともできる。
 たった少しでいい。
 たった少しの気付きさえあれば、誰もが。
 誰かに頼らずとも、自らの意志で、共存を願えるのだ。
 そう思えるからこそ、こうして、ピサロはここにいられる。
 気付きが心を変えてくれたからこそ、ピサロは、こうも心穏やかにいられる。

 今更だ。
 今更、ロザリーの願いを心底から理解し、自分のものとできた。
 ようやっと、心が一つになれた。
 ピサロの“したいこと”が、改めて、ロザリーの願いと重なっていく。
 彼女が望む世が、ピサロの願う世となっていく。
 喪ってから気付くとは愚かしい。されど気付けたことは無駄ではない。
 ロザリーの息づきを、確かな力として感じられるのだ。
 それが無駄であるはずがない。
 弱さである、はずがない。

 空を、見上げる。
 蒼穹は透き通っていた。
 何処までも果てしなく、全てを包むように、何もかもを見通すように、真っ直ぐなままに広がっていた。
 真っ青な空を、共に見上げることはできなくとも。
 抱いた願いを、空に届けることはできるから。
 だからピサロは、真っ直ぐに。
 ただ真っ直ぐに、一人であっても、空を見上げるのだ。

「“勇者”、“魔王”、“人間”、“魔族”。そんな言葉に弄され、本質を見誤ったのが不覚であったか」

 今、ピサロは弱くなったのではない。
 もともとピサロは弱さを抱えていた。
 ただ、“魔王”という仮面が、その弱さを隠し通していただけだった。

「……そういう言い方も、できるのかもしれない。けど俺は、“勇者”も“魔王”も、“想い”を惑わす幻だなんて言いたくはないかな」

 やんわりと否定するストレイボウの声は、そよ風のようだった。

「むしろ、“魔王”も、“勇者”も、“想い”のカタチなんじゃないかなって思うよ。
 だから、“魔王”も、“勇者”も、イノチの数だけあるんじゃないんだろうか」

 遮るもののない碧空を眺めたままで、ピサロは、長い耳を傾ける。

「少なくとも俺たちは、“勇者”を知ってるんだ」

 温かくて、誇らしげで。
 だけれども、うら寂しさの孕む声を、ピサロは聴く。

「“救われぬ者”を“救う者”を――“勇者”ユーリルを、知ってるんだよ」

 その名を聞いた、瞬間。
 ピサロは息を呑み、目を見張った。
 果てしない天空を背景にして、翻る一つの影が映る。
 それは。
 その影は。
 どんな絶望的な状況でも、如何なる窮地に陥っても。
 数多くの人間のために、その足で大地を踏みしめ、その手で剣を握り締め、その意志を以って戦い続けた少年の姿だった。
 ピサロは知っている。
 全身を傷だらけにしても、血反吐を吐き続けながらも。
 決して膝を付かず、諦めず、俯かなかった、少年のことを。
 ピサロは覚えている。
 彼は、ピサロを破ったのだ。
 慣れ親しんだ山奥の村を滅ぼした者に、復讐するためではなく。
 人々の生活と命と平和を。
 戦えぬ者を。
 救われぬ者を。
 その全てを、両手で、“救う”ために。

「そうか……」

 ピサロは得心する。
 いつだって必死で、どんなときだって懸命だった彼がそうあれたのは。
 抱いた“想い”を貫き通し、全てを救いきって見せられたのは。
 きっと。
 きっと、彼の胸の内に確固たる“想い”が燃え盛っていたからなのだと。
 そしてそれは、熱く激しく苛烈な、貪欲なまでの“救い”の意志だったのだと。
 理解が広がった瞬間、笑いが零れた。
 ピサロが――デスピサロが敗北したのは、当然だ。
 揺るぎない強い“想い”を前にして、自分を見失った化物が、勝てるはずがない。

「奴は――ユーリルは」

 戦う以外の道など探そうともしなかった。求める気もありはしなかった。
 彼と自分の道は、剣を交え呪文を衝突させることでしか、交差することはないと思っていた。
 そうとしか思えなかったことが、やけに空虚なように感じられた。

「その身に何があったとしても、最期のその時まで」

 雷鳴が乱れ舞う夜雨の下で邂逅した彼は、デスピサロと同じだった。
 野獣のように叫び、喉が張り裂けても喚き、駄々を捏ねるように暴れていた。
 だとしても。
 だとしても、天空は今、見惚れるほどに晴れ渡っている。
 あの嵐があったからこそ、この天空が在るとさえ、思えるのだ。

「紛れもない、ユーリル自身が望むままの」

 囁くような言葉はか細い吐息と共に、美しい青の世界へと昇っていく。
 淀みなく透き通る、広大な青空は。
 彼方へと続いていそうな、雄大な天空は。
 余りにも。
 余りにも、眩くて。

「――“勇者”であったのだな」

 ピサロはその目を、すっと細めたのだった。



【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】

【ストレイボウ@LIVE A LIVE
[状態]:ダメージ:中、疲労:中、心労:中 勇気:大
[スキル] ルッカの知識(ファイア、ファイガ、フレア、プロテクト)*完全復元は至難
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:“オルステッド”と向き合い、対等になる
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:最終編
※アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)

【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:クラス『ピュアピサロ』 ダメージ:中 ニノへの感謝 ロザリーへの純愛 精神疲労:中
[スキル]:魔封剣、デュアルショット、アルテマバスター*いずれも要バヨネット装備 ミーディアム:ラフティーナ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:すべての命が、自らの意志で手を取り合える世になるよう力を尽くす
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:5章最終決戦直後



<リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)>

【ドラゴンクエスト4】
天空の剣(二段開放)@武器:剣 ※物理攻撃時クリティカル率50%アップ
魔界の剣@武器:剣
毒蛾のナイフ@武器:ナイフ
デーモンスピア@武器:槍
天罰の杖@武器:杖
アークザラッドⅡ
ドーリーショット@武器:ショットガン
デスイリュージョン@武器:カード
バイオレットレーサー@アクセサリ
WILD ARMS 2nd IGNITION
アガートラーム@武器:剣
感応石×4@貴重品
愛の奇蹟@アクセサリ:ミーディアム
クレストグラフ@アクセサリ ※ヴォルテック、クイック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック、ハイパーウェポン
データタブレット×2@貴重品
【ファイアーエムブレム 烈火の剣】
フォルブレイズ@武器:魔導書
【クロノトリガー】
“勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減
パワーマフラー@アクセサリ
激怒の腕輪@アクセサリ
ゲートホルダー@貴重品
【LIVE A LIVE】
ブライオン@武器:剣
44マグナム@武器:銃 ※残弾なし
【サモンナイト3】
召喚石『天使ロティエル』@アクセサリ
【ファイナルファンタジーⅥ】
ミラクルシューズ@アクセサリ
いかりのリング@アクセサリ
ラストリゾート@武器:カード
【幻想水滸伝Ⅱ】
点名牙双@武器:トンファー
【その他支給品・現地調達品
召喚石『勇気の紋章<ジャスティーン>』@アクセサリ
海水浴セット@貴重品
拡声器@貴重品
日記のようなもの@貴重品
マリアベルの手記@貴重品
バヨネット@武器:銃剣
  ※バヨネットはパラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます
双眼鏡@貴重品
不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
デイバック(基本支給品)×18


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151:世界最寂の開戦 ストレイボウ 157-1:さよならの行方-trinity in the past-(前編)
ピサロ 154:No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」


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最終更新:2013年11月04日 21:43