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『土 の 味』


(キャラ) ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、シュラ、オールマイト(八木俊典)、乙骨憂太、吉田優子、杉下右京、リーニエ




ある程度の冷静さをルルーシュは強引に自分の内側から引きずり出していた。
夜風が頰を撫でる。湿り気を含んだ、どこか金属とコンクリートの匂いが混じった風だ。渋谷の夜は普段の喧騒など微塵も感じさせない。
ビルの隙間を縫うように吹き抜ける風の音だけが異様なほど大きく響く。
看板が軋む音。ガラスが微かに震える音。誰もいない通りに落ちているゴミが風に煽られて転がる音。
ルルーシュはゆっくりと歩いていた。
デイパックは肩にかけ直してある。先ほどまで地面に投げつけていたそれを、いつ拾い上げたのか自分でもよく覚えていない。スマホは右手に握りしめられたままだ。画面には島の地図アプリが開いているが視線はほとんどそこに落ちていない。
足が勝手に動いている。頭の中はまだ完全には整理されていなかった。


「ナナリーは生きている」


何度も、何度も、自分に言い聞かせる。
フレイヤの光を見た瞬間の記憶が、脳裏に焼き付いている。あの白い閃光。すべてを飲み込むような爆発。
いやナナリーは無事だ。どこかで待っている。自分が探さなければならない。
理性が少しずつ戻ってきていた。
完全ではない。表面を薄い膜で覆っただけの仮初めの冷静さだ。
その膜の下では、怒りと焦燥と恐怖が、今も黒い渦を巻いて蠢いている。
だが、少なくとも先ほどまでのようにただ叫び続けるだけの状態からは脱していた。
足を動かし、周囲を観察し、情報を集めようとする意志がようやく働き始めていた。
指先で首に巻き付いた冷たい感触を確かめる。金属の輪。硬い。動かない。破壊しようと力を込めてもびくともしない。


「四十八時間。最後の一人になれば、願いを叶えて元の世界に戻れる……か」


呟く声はまだ掠れていた。
ナナリーを探さなければならない。それだけは変わらない。
生きているはずだ。フレイヤに巻き込まれた直後に自分がここに引きずり込まれたのならナナリーもまた同じようにこの場所へ連れてこられた可能性が高い。そうでなければ辻褄が合わない。
ルルーシュは足を止め、スマホの画面を改めて見つめた。
地図には渋谷の街並みがそのまま転写されたような地形が表示されている。
スクランブル交差点。センター街。道玄坂。神南。地名が無機質なアイコンとして並んでいる。


「……計画を立てなければ」


独り言が夜気に溶ける。
まずはナナリーを見つける。それが最優先だ。見つかったら、二人で安全な場所を確保し、情報を集めゲームの正体を探る。主催者の目的。勝利条件の裏側。首輪の仕組み。
思考が徐々に軌道を取り戻しつつあった。
それでも足取りは重い。胸の奥に鉛のようなものが沈んでいる。ナナリーの安否が確認できない限り、完全に落ち着くことなどできるはずがない。
頭では理解していても心が追いつかない。だからこそ足を止めずに歩き続けるしかなかった。
無人の渋谷をルルーシュは彷徨った。
交差点は信号だけが無意味に点滅を繰り返している。横断歩道の白い線が夜の照明に照らされて浮かび上がる。普段なら人で埋め尽くされているはずの場所が今は完全に死んでいる。誰一人いない。助けを求めても応答する者はいない。


「……静かすぎる」


呟きが自分の耳にだけ響く。
風が強くなった。黒髪が揺れ、頰を打つ。紫の瞳が、暗がりの中で周囲を鋭く見渡す。ビルの影。路地の奥。商店のシャッター。どこかにナナリーがいるかもしれない。車椅子の音が聞こえるかもしれない。兄を呼ぶ声が聞こえるかもしれない。
そう願って耳を澄ます。
しかし聞こえるのは風の音と自分の足音だけだった。
どれほどの時間を歩いただろう。
ルルーシュは足を止め、軽く息を吐き出した。


「落ち着け。まずは情報だ」


自分に言い聞かせる。計算し、予測し、最善の手を打つ。今の自分に必要なのは、それだ。ナナリーを探すための、効率的な方法。感情を排除した冷徹な捜索。
だが心は言うことを聞かない。
ナナリーの笑顔が脳裏に浮かぶ。盲目の彼女が、それでも優しく微笑む顔。兄を信頼し、すべてを委ねてくれる、あの柔らかい声音。「お兄様」と呼ぶ声。その声が、今はどこにもない。


「……ナナリー」


名前を呼ぶ。声が、夜の空気に吸い込まれていく。
返事はない。
当然だ。
ルルーシュは再び歩き出した。
ナナリーが一人で行動できるとは思えない。車椅子だ。誰かに助けを求めているかもしれない。あるいは、誰かに保護されているかもしれない。
ビルのガラスに、自分の姿が映る。
黒髪。紫の瞳。端正な顔立ち。だが、その表情は歪んでいた。血走った目。険しい眉間。唇を強く結んだ線。普段のクールな仮面など、どこにもない。ただの妹を案じる兄の顔だ。


「……情けないな」


自嘲が喉の奥で生まれて消える。

その時だった。
視界の端に何かが引っかかった。
路地の奥。街灯の光が届きにくい暗い場所。アスファルトの上に何かが転がっている。
最初はゴミかと思った。風に飛ばされた段ボールか誰かが捨てた荷物か。だが——形が違う。
ルルーシュの足が、止まった。
息が浅くなる。
ゆっくりと、視線をそこに向ける。
暗い。よく見えない。だが輪郭が徐々に浮かび上がってくる。
人の形だ。
倒れている。動かない。
栗色の髪がアスファルトに広がっている。
——知っている。
その髪の色を知っている。
その細い体の線を知っている。
ルルーシュの喉が鳴った。


「……あ」


声にならない声が漏れる。
足が勝手に動き出す。小走りになる。すぐに走る。デイパックが背中で揺れる。
スマホを握る手が強く締め付けられる。心臓が胸の中で暴れ始める。頭の中が真っ白になる。


「ナナ……リー……?」


名前を呼ぶ。声が震える。
近づく。距離が縮まる。街灯の光が斜めから差し込んで、その姿を照らす。
車椅子が数メートル先に転がっている。横倒しだ。車輪が空を向いている。そして——その近くに彼女がいる。
ナナリーだ。
動かない。
うつ伏せに近い姿勢でアスファルトに倒れている。栗色の髪が乱れ顔の半分が地面に接している。
細い腕が不自然な角度で投げ出され指先が微かに開いている。脚も車椅子から落ちたままの不自然な形だ。


「ナナリー……!」


ルルーシュは膝をついた。地面に手をつく。デイパックが滑り落ちるのも構わず体を寄せる。震える手が、彼女の肩に触れる。
冷たい。
体温がない。


「ナナリー、起きろ……! ナナリー!」


肩を揺する。強くはない。だが必死だ。髪を払い、顔を上に向けようとする。手が頰に触れる。
冷たい。硬くなり始めている。


「返事をしろ……! ナナリー! 俺だ、ルルーシュだ! 聞こえているだろう!」


声が大きくなる。夜の通りに響き渡る。
動かない。
まぶたは閉じられたままだ。藤色の瞳は、見えない。呼吸もしていない。胸の上下がない。


「……嘘だ」


呟きが漏れる。


「嘘だ……こんなの嘘に決まっている」


両手で彼女の顔を包む。頰を撫でる。髪を整える。まるで、眠っているだけの彼女を起こそうとするように。


「ナナリー、起きろ」


声が掠れる。
指先が彼女の唇に触れる。息がない。鼻先に手を近づけても何も感じない。首筋に指を這わせ脈を探る。何もない。完全に止まっている。


「……脈が……ない」


言葉が喉に引っかかる。


「こんな……こんなはずが」

ルルーシュは彼女の体を抱き起こそうとした。腕を回し上体を起こす。
頭が自分の胸に寄りかかる。栗色の髪が頰に触れる。いつもの柔らかい感触。だが重みが違う。力が完全に抜けている。人形のように、だらしなく体が傾く。


「ナナリー……俺に話しかけろ。お兄様と呼ぶんだ。いつもみたいに」


懇願するような声になる。
涙が視界を曇らせる。
紫の瞳から、熱いものが溢れる。頰を伝い、顎を伝い、ナナリーの髪に落ちる。


「……ナナリー」


声が詰まる。


「ナナリー……ナナリー……!」


名前を呼び続ける。揺する。頰に触れ、髪を撫で、肩を抱く。何度も、何度も。まるで、そうすれば時間が巻き戻るかのように。まるで、そうすれば彼女がまぶたを開き、弱々しく微笑むかのように。
だが何も起きない。
体は冷たいままだ。動かない。呼吸をしない。心臓は、もう鼓動を打たない。


「……生きている。生きているはずだ」


否定する。現実を拒絶する。


「フレイヤに巻き込まれたわけじゃない。体が原型を留めている。だから生きている。どこかで息を吹き返す。医療機器があれば、この島のどこかに」


言葉が次第に支離滅裂になっていく。
思考が空転する。
腕の中でナナリーの体を支え直したとき指先が彼女の服の生地の上で何かに触れた。
湿った感触。
粘り気のある冷たいもの。
ルルーシュの動きが止まった。
ゆっくりと視線を落とす。
街灯の光が彼女の体を照らしている。先ほどまで気づかなかった細部が徐々に浮かび上がってくる。
服が破れている。
いたるところが引き裂かれ、汚れ、変色している。元々の淡い色の生地が黒ずんだ赤褐色に染まっている箇所がいくつもある。血だ。乾きかけた血が服に染み込み、肌に張り付いている。
腕に紫黒色の痕がある。指の形をした、はっきりした痣。強く掴まれた跡だ。肘が不自然に腫れ上がっている。擦り傷が、膝や脛に走っている。アスファルトに叩きつけられたような生々しい傷。
頰が腫れている。唇が、裂けている。鼻の下に乾いた血の筋。まぶたの周りにも、打ち身のような痕。
首筋に指の跡が残っている。強く締められたような赤い痕。そして首の角度がわずかに不自然だ。
ルルーシュの手が震える。


「……これは」


声が出ない。
服を慎重にずらす。腹部に複数の打撲痕。肋骨のあたりが内側に凹んでいるように見える箇所がある。背中にも同じような痕が連続している。蹴られた跡だ。何度も、何度も、容赦なく。
髪が血で固まっている。地面に接していた部分が特にひどい。アスファルトに染みた血だまりがすでに黒ずんでいる。
これは事故ではない。
フレイヤの爆発でもない。
誰かに——人の手で——故意に激しい暴力を振るわれた痕だ。
殴打。蹴り。踏みつけ。締め付け。そして首を。
ルルーシュの視界が赤く染まる。


「……誰だ」


低く掠れた声が漏れる。


「誰が……こんなことを」


腕の中のナナリーを、さらに強く抱きしめる。冷たい体が自分の体温を少しずつ奪っていく。だが離すことなどできない。


「ナナリー……誰にやられた。誰が、お前を」


問いかけても答えはない。
ただ無言の体が、そこに存在するだけだ。
ルルーシュの歯が噛みしめられる。顎に力が入り筋肉が痙攣する。紫の瞳が血走ったまま夜の闇を睨む。


「……許さない」


声が震える。怒りと絶望と無力感が混じり合っている。


「絶対に……許さない」


夜風が再び頰を撫でた。
無人の渋谷に、ルルーシュの低い呼吸音だけが響く。抱きしめた妹の体はもう二度と温かくなることはない。原型を留めているという事実が逆に残酷だった。フレイヤに飲み込まれて跡形もなく消えたわけではない。誰かの手で、意図的に丁寧に壊されたのだ。


「……おいおい」


その時だった。足音がゆっくりと近づいてくる。荒々しいブーツの音。アスファルトを踏みしめる重く自信に満ちた歩み。風がその気配を運んでくる。血の匂いと、汗と、興奮した男の体臭が混じった生々しい気配。
足音がすぐ近くで止まった。


「その様子、てめえがナナリーの兄貴だな」


低い声が上から降ってくる。飄々としていて、どこか愉快そうな調子。だが、その底には、はっきりとした嘲笑が混じっている。


「まさかこんなに早く会うとは傑作だぜ」


ルルーシュはゆっくりと顔を上げた。
視界に入ったのは褐色の肌をした男だった。顔に大きく十文字の傷が走っている。目つきは鋭く口元には薄笑いが浮かんでいる。体つきはがっしりとしていて暴力を振るうことに慣れた人間特有の余裕のある立ち方をしていた。
ナナリーの体に残された傷を見た瞬間からルルーシュの中で犯人のイメージはぼんやりと形作られ始めていた。だが、こうして実際に目の前に現れると、怒りがさらに深く冷たく沈殿していく。


「……お前が」


声が掠れる。低く抑えられた声。
シュラは肩をすくめた。両手を軽く広げてまるで舞台の上で観客に語りかける役者のように大げさな仕草をする。


「ああ、俺がやったぜ。このシュラ様がな」


彼はナナリーの亡骸に視線を落とし鼻を鳴らした。






「たしかルルーシュとかいう名前だったよな。嬢ちゃんから聞いてるよ。それともこう呼んだ方がいいか、お兄様。最期に何度も呼んでたぜ。お兄様、お兄様ってよ」


ルルーシュの指先がナナリーの肩の上でわずかに痙攣する。
シュラは愉快そうに笑った。十文字の傷が夜の照明に浮かび上がる。


「最初は好漢ぶって近づいてやったんだ。車椅子の可愛い嬢ちゃんが一人ぼっちじゃ危ねえだろってな。首謀者を逮捕してやるなんて調子のいいことも言ってよ」


彼はゆっくりと歩み寄りナナリーの体から少し離れた位置にしゃがみ込んだ。ルルーシュのすぐ近くだ。距離を詰めてくることに何の躊躇もない。


「そしたらよ、この嬢ちゃん、意外と勘がいいんだわ。俺の手を握ってきて、それは嘘ですだってよ。本性を見抜かれた瞬間は正直ちょっとびっくりしたな」


シュラは指で自分の傷をなぞりながら語り続ける。声に興奮が混じり始めている。


「車椅子を蹴り飛ばして地面に叩きつけたら細い体が地面に転がったぜ」


ルルーシュの呼吸が止まる。


「そこからはお楽しみの時間だ。何度も蹴って踏んづけて殴って、髪掴んで顔上げさせて、最後は首を両手で掴んで力任せにねじってやった」


シュラは笑った。低く獣のような笑い声。


「体から力が抜けて人形みたいに倒れたぜ」


彼はナナリーの亡骸を見下ろし満足そうに息を吐いた。
ルルーシュは動かなかった。
ナナリーの体を抱きしめたまま、ただシュラの言葉を聞いていた。一つ一つの描写が頭の中で映像として再生される。ナナリーが地面に叩きつけられる姿。蹴られる姿。殴られる姿。最期に兄の名を呼ぶ声。首を折られる瞬間。
すべてが鮮明に残酷に脳裏に焼き付く。
シュラはさらに続けた。調子はますます軽く楽しげになっていく。


「こんなに早く兄妹再会できるならよ、どうせなら目の前で犯してから殺した方が面白かったかもしれねえなぁ」


彼はルルーシュの顔を覗き込み薄く笑った。
言葉が夜の空気に溶けていく。
ルルーシュの内側で何かが音を立てて壊れた。
それまで辛うじて保っていた薄い理性の膜が一気に裂けた。
怒りが黒い炎となって一気に燃え広がる。胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。視界が、赤く歪む。耳鳴りがする。心臓が、激しく脈打つ。
ナナリーの冷たい体の感触。シュラの愉快そうな声。一つ一つの暴力の描写。すべてがルルーシュの中で混ざり合い制御不能の爆発を引き起こした。


「……お前」


声が出る。低く震える声。だが、その震えは恐怖ではない。純粋な殺意に近い怒りだ。
シュラは眉を上げた。楽しそうに挑発するように。


「ん? どうした。妹の最期を聞いて感動したか?」


ルルーシュはナナリーの体をゆっくりと地面に下ろした。丁寧に髪を整え服の乱れを直す。冷たい指先が最後にもう一度、妹の頰を撫でる。
それからゆっくりと立ち上がった。
紫の瞳がシュラを真っ直ぐに捉える。血走った目。


「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる」


声が夜の渋谷に響き渡る。低く力強く絶対的な命令の響きを帯びて。
左手が自然と上がる。目が赤く輝く。ギアスの紋様が左目に浮かび上がる。


「死ねええええええええええええええええええええええええええええ!!」


絶叫が夜空を切り裂いた。
ギアスが発動する。絶対遵守の力。相手の心に直接働きかけ、命令を強制する力。これまで無数の人間を、この力で動かしてきた。敵を操り、味方を導き、ブリタニアを揺るがすほどの力を発揮してきた。
シュラに対して、それが向けられる。
死ねという、シンプルで絶対的な命令。

だが——。


「なんだそりゃ?」


何も起きなかった。
シュラは、ただそこに立っている。体が硬直することも、目が虚ろになることもない。


「死ねだあ?それで人を殺せるなら苦労しねえだろ」


彼は腹を抱えて笑い続けた。十文字の傷がゆがみ褐色の顔が愉快そうに歪む。


「お前、頭おかしくなったか?妹殺されてショックでよ。死ねって命令したら本当に死ぬと思ってんのかよ!」


ルルーシュは硬直していた。
命令は届かなかった。強制力は発動しなかった。シュラに何の影響も与えられていない。


「……なぜ」


掠れた声が漏れる。
普段のルルーシュならすぐに理解しただろう。このバトルロワイアルという特殊な状況下ではギアスに大幅な制限がかかっていることを。
命令一つで相手を殺せる能力はあまりにも強力すぎる。ゲームのバランスを根本から崩壊させる。
だからこそ「死ね」や「自殺しろ」といった直接的な致死命令、「奴隷になれ」や「俺の部下になれ」といった完全な服従を強いる命令は使用不可。
それ以外の命令にもさまざまな制約が課せられていた。
普段なら最初に確認する。どんな命令が通り、どんな命令が弾かれるのか。冷静にテストし限界を見極め戦略に組み込む。
だが今のルルーシュに、その余裕はなかった。
フレイヤ爆発の直後。ナナリーの安否がわからない状態でこの島に引きずり込まれた。
狂乱し、叫び、ようやく落ち着きを取り戻したと思った矢先に、妹の亡骸を発見した。重度の暴行を受けた痕跡。
そして犯人本人が目の前に現れ愉快そうにその一部始終を語った。
理性など、どこにも残っていなかった。


「無知なてめえに教えてやるぜ!人の殺し方をよ!」


余裕のある薄笑いを浮かべたまま、シュラは一歩踏み込み、右手を振り上げた。拳が風を切る音とともにルルーシュの顔面を捉える。
回避する間も防御する間もない。元よりルルーシュは頭脳で勝ち、策略で敵を崩す男だ。生身の殴り合いなど経験がない。
拳が頰に直撃した。


「がっ……!」


衝撃が頭蓋を揺らす。視界が白く弾け、体が後ろにのけぞる。足元がふらつき、バランスを崩す。
そのままアスファルトに尻をついて倒れ込んだ。手が地面について肘が擦れる。痛みが遅れてやってくる。頰が熱く腫れ上がり口の中に血の味が広がる。
シュラが上から見下ろしていた。


「弱ええな、おい」


あっさりした声。失望と楽しさが混じっている。


「妹といい、兄貴といい、揃いも揃って貧弱だなおい。車椅子の嬢ちゃんはともかく、てめえは男だろ? 立てよ。殴り返してみろや」


ルルーシュは歯を食いしばって体を起こそうとした。手がアスファルトを掻き、膝を立てる。頭が重い。視界が揺れている。だが、紫の瞳は、まだシュラを捉えていた。殺意が消えていない。


「……お前を」


掠れた声が漏れる。


「必ずころ」


言い終える前にシュラのブーツが彼の腹にめり込んだ。


「ぐはっ!」


空気が肺から一気に押し出される。体がくの字に折れ、地面に転がる。激痛が腹部を貫き、吐き気が一気に込み上げる。胃の内容物が逆流しそうになるのを必死に抑える。手が腹を押さえるが痛みは収まらない。
シュラは楽しそうに笑った。


「オラオラ、どうしたー!」


彼はゆっくりと近づき、うつ伏せになったルルーシュの背中に、容赦なく蹴りを入れた。肋骨に靴の先が食い込む。骨が軋む音が本人の耳にまで届く。ルルーシュの体が小さく跳ね、うめき声が漏れる。


「妹の仇を討ちたいんだろ? 殴り返してみろや」


嘲りの声が頭上から降ってくる。
ルルーシュは必死に腕を突いて上体を起こした。顔は血と汗で汚れ、黒髪が額に張り付いている。紫の瞳が、怒りに燃えたままシュラを睨む。
だが体が言うことを聞かない。拳を握りしめても力が入らない。
シュラはその様子を見てさらに笑った。


「立てねえのかよ。マジで情けねえな」


次の一撃が側頭部に入った。
拳ではなく手の平で殴られたような広い衝撃。耳鳴りが一気に大きくなり、平衡感覚が狂う。
ルルーシュは横に倒れ、頰をアスファルトに擦りつける。砂利が肌に食い込み新たな痛みが走る。


「おいおい、もう終わりか?」


シュラはしゃがみ込み、ルルーシュの髪を掴んで顔を上げさせた。十文字の傷が近くで歪む。褐色の顔が興奮で赤らんでいる。


「すぐに殺したらつまんねえから手加減してやる。即死はしねえ程度に遊んでやるから安心しろ」


彼は髪を離し再び立ち上がった。そして容赦なく蹴りを再開する。
腹部。脇腹。腿。背中。狙いは正確で急所を外しながらも、確実にダメージを蓄積させていく。ルルーシュの体が、何度も地面の上で転がされる。うめき声が漏れ血が口から溢れる。服が汚れ、破れ、肌が露出した部分に擦り傷が増えていく。


「オラオラ!兄貴としての意地、見せてみろよ」


シュラの声が遠くに聞こえる。


「俺を殺すんじゃなかったのかあ?」


ルルーシュは意識を繋ぎ止めようとしていた。
痛みが全身を支配している。一つ一つの打撃が神経を焼いている。頭が割れそうだ。呼吸をするたびに肋骨が軋む。腹の中が何かおかしくなっている気がする。だが意識だけは手放さなかった。


「オラオラオラオラ!それとも内心じゃ怯えて抵抗もできねえのか玉なし野郎!」


ナナリーの冷たい体がすぐ近くにある。
あの亡骸をこの男が作った。愉快そうに語り笑いながら妹を壊した。その事実が痛みよりも強くルルーシュを支えていた。


「……く、そ……」


呻きが漏れる。
シュラはその声を聞いて満足そうに頷いた。
彼はルルーシュの体を片方の手で容易く引き起こした。細い体をまるで荷物のように扱う。そして、そのまま壁に押しつけ拳を連続で叩き込んだ。顔面。腹部。再び顔面。
ルルーシュの頭が後ろに倒れ壁に打ち付けられる。視界が暗転しすぐに戻る。血が鼻と口から滴り落ちる。
ルルーシュの手が微かに動いた。
震える指が拳を作ろうとする。だが力がない。筋肉が痛みで硬直している。シュラの胸に触れることすらままならない。
シュラはそれを見て大笑いした。


「全然ダメじゃねえか。妹といい兄貴といい本当に兄妹揃ってカスだな」


彼はルルーシュを放り投げた。体が地面に叩きつけられ、新たな衝撃が走る。すぐに追加の蹴りが飛んでくる。腿を踏みつけ、動けなくする。次に腹を連続で蹴る。ルルーシュの体が小さく痙攣する。


「お、良いこと思いついたぜ。腰抜けの玉なし野郎は本当に玉なしにしてやるよ」


シュラは支給品のペンチを取り出してルルーシュの睾丸を潰した。


「ぐああああああああああああああああああああああああ!!」


常軌を逸した激痛にルルーシュが絶叫する。


「オラオラオラ!もう一個も潰すぜ!」

「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「ヒャハハハハハハハ!! いいザマだな、おい」


シュラの暴行は止まらなかった。
時間の感覚が曖昧になっていく。打撃の数を数える余裕もない。ただ痛みが連続し、体が壊れていく感覚だけがはっきりと残る。意識が何度も遠のきそうになる。そのたびにナナリーの顔が浮かぶ。冷たい體。血で汚れた髪。そしてこの男の笑い声。
それがルルーシュを引き戻した。


「……殺す」


呻くような声が漏れる。


「お前を殺す」


シュラはその言葉を聞いて呆れたように笑った。


「てめえごときじゃ無理だ」


シュラの拳が再び振り上げられた。
すでに何度も殴られ、蹴られ、地面に叩きつけられたルルーシュの体はほとんど動くことができなくなっていた。頰は腫れ上がり、唇は裂け、鼻血と口内の血が混じって顎を伝っている。
呼吸は浅く断続的だ。意識は辛うじて保たれているが、それはナナリーの亡骸がすぐ近くにあるという事実と、この男への殺意だけが繋ぎ止めているに過ぎなかった。
シュラはルルーシュの髪を掴んで顔を強制的に上げさせた。興奮に濡れた目が近い距離で輝く。


「そろそろ終わりにしてやるか。妹と同じように首を折ってやるのも悪くねえな」


彼は親指でルルーシュの喉を軽く押した。力を込めれば、すぐにでも折れる位置だ。ルルーシュの紫の瞳が、それでもシュラを睨み返す。言葉にならない殺意が、そこに込められていた。
シュラは満足そうに笑った。


「いい目だ。力もねえ癖に死ねだ殺すだとイキリやがる敗北者の目だな、おい!」


拳が振り下ろされる、その瞬間だった。


「もう大丈夫——私が来た!!」


夜の渋谷を轟くような声が貫いた。
風が突然激しく吹き荒れる。アスファルトの砂埃が舞い上がり、周囲の看板が軋む。空気そのものが、何かに押しのけられるような圧を帯びた。
シュラの動きが止まった。
拳を振り上げたまま、ゆっくりと顔を上げる。視線の先——路地の入り口から一人の男が歩み出てきていた。
金髪をV字に二本、鋭く逆立てた男。筋骨隆々の体躯。白い歯を大きく見せた満面の笑み。まるで漫画から飛び出してきたような規格外の存在感。


「おいおい、ヒーロー気取りか?」


シュラが唇を歪めた。驚いたというより呆れたような表情。
オールマイトはシュラと地面に倒れているルルーシュ、そして少し離れた場所に横たわるナナリーの亡骸を一瞬で見渡した。その青い瞳の奥に静かな怒りが灯る。


「君は自分が何をしているか分かっているのか?」


声は低くしかしはっきりと響いた。
シュラはルルーシュの髪を放した。体をゆっくりと起こし、両腕を軽く広げて見せる。まるで歓迎するかのような仕草。


「こいつはただの玩具だよ。俺が気に入ったから遊んでやっただけだ。邪魔するなら、てめえも同じ目に遭わせてやるぜ」


オールマイトは一歩前に出た。足音が、アスファルトに重く響く。周囲の空気がさらに張り詰める。


「……どうやら君は知らないようだな。私はオールマイト。平和の象徴だ」


彼は胸に手を当て白い歯を見せて笑った。その笑顔はどんなヴィランを前にしても崩さない絶対の自信に満ちていた。


「君のようなヴィランを、これ以上放置するわけにはいかない」


シュラの目が細められる。


「平和の象徴? 笑わせるな。大臣の息子である俺には何の意味もない肩書きだぜ」


彼は軽く膝を曲げ戦闘態勢を取った。世界各地の武術の長所を取り入れた独自の体術。足の位置、腕の構え、重心の置き方。すべてが効率的に組まれている。褐色の肌が夜の照明に照らされて光る。顔の十文字の傷が、さらに濃く浮かび上がった。


「ヒーロー気取りが、どれほどのもんか見せてもらおうじゃねえか」


シュラは薄く笑い一気に間合いを詰めた。
最初の一撃は右からの鋭い突きだった。オールマイトが腕で防いだ瞬間、シュラの体が低くなだれ込み、左肘が脇腹を抉る。続けて膝が上がり、腹部を突き上げる。衝撃が走る。オールマイトの巨体がわずかにのけぞった。
シュラの攻撃は止まらない。右足で相手の軸足を刈り同時に掌底を顎に向けて放つ。オールマイトが後ろに下がった隙を突いて、シュラはさらに踏み込み連続の拳を叩き込んだ。顔面、肩、みぞおち。一つひとつが、急所を正確に狙っている。力の入れ方、タイミング、フェイントの使い方。すべてが洗練されていた。
オールマイトがそれを振り払おうとすると、シュラはすっと身を引き距離を取ってからは連続拳。柔らかい軌道から急に直線に変わる突きが、オールマイトのガードの隙間を突いた。
打撃音が夜の渋谷に連続して響く。
アスファルトが軋み、周囲の看板が揺れる。シュラの動きは、まるで複数の技が同時に襲いかかっているかのような錯覚を与えた。一打ごとに角度が変わり、緩急がつき予測を裏切る。

この男の体術はただの暴力ではない。修行と実戦で磨き上げられた本物の技術だ。
しかもオールマイトはすでにかなりのダメージを負っている。
先ほどのカイドウとの戦い。規格外の剛力を持つ男との激突で右腕を中心に全身にダメージが残っていた。マッスルフォームを維持するための負担も確実に蓄積している。
その状態で単なる力任せではない技術の伴った攻撃を繰り出されれば拳を受けるのは避けられない。
シュラの拳が頰を掠めた。肘が肩に当たる。蹴りが腿を捉え衝撃が走る。一つひとつが致命傷には至らない。だが確実にダメージを蓄積させ動きを鈍らせていく。鍛え上げられた肉体を持つシュラだからこそ可能な肉弾戦だった。

だがそれだけだ。
オールマイトは笑顔を崩さない。


「いいぜ! 久しぶりにちゃんと手応えのある相手だ!」


シュラは再び飛びかかった。今度はフェイントを多用しオールマイトの視界の死角を突く。足技で下を攻め同時に上段への肘打ちを繰り出す。
時折その攻撃が当たる。だが決定打にはならない。オールマイトの体はシュラの想像を遥かに超えて頑丈だった。


「……なんでだ」


シュラの呼吸が徐々に乱れ始める。


「なんでこの玩具は壊れねえ…!」


これまで多くの相手をこの体術で屠ってきた。
技の精度と容赦のない残虐さで相手を確実に壊してきた。だが目の前の男は壊れる気配がない。
オールマイトが一歩前に出た。


「君の技は確かによく練られている」


声は穏やかだった。その奥に絶対的な余裕がある。


「世界中の武術を取り入れた独自の体術だろう」


彼は拳を構える。


「だがヒーローはヴィランの拳では倒れない」


真っ直ぐなストレートが放たれる。
それを顔面に受けてシュラの体は地面を転がった。


「くっ、格が違うっていうのかよ」


オールマイトはシュラが起き上がる前に追撃を加えるべく拳を振り上げた。


「やめなさぁい!!」


声が路地に響き渡った。
オールマイトの動きがわずかに止まる。拳を振り上げたまま視線を声のした方へ向ける。
路地の入り口から一人の男が走ってくるのが見えた。オールバックの髪型。眼鏡。端正に着こなされたスーツにサスペンダー。ポケットチーフまで整った、およそこの殺し合いの島には似つかわしくない出で立ち。その男は息を少し乱しながらも、はっきりとした声で続けた。


「倒れている相手への暴行は過剰防衛になりますよ!!」


杉下右京だった。
彼はオールマイトとシュラの間にあえて割り込むような位置に立ち止まった。両手を軽く広げ双方を制するように掌を向けている。眼鏡の奥の瞳は冷静に状況を観察していた。倒れているルルーシュ。少し離れた場所に横たわるナナリーの亡骸。


「あなたは、この男性を制圧した。そこまでは正当防衛の範疇でしょう」


右京は努めて穏やかな声音で言った。だが、その底には絶対に譲らない芯の強さがある。


「しかし、既に相手が地面に倒れている以上、これ以上の攻撃を加えるのは過剰です。法的に問題となりますよ」


オールマイトは拳をゆっくりと下ろした。眉をわずかに寄せ右京を見つめる。


「君は……警察か?」

「はい。警視庁特命係の杉下右京と申します」


右京は一礼するように頭を下げた。スーツの襟元が夜風に微かに揺れる。


「この島のルールがどうであれ、人を殺めることは許されません。たとえ相手がどんな悪行を働いたとしてもです。罪の裁きは法の下で行われるべきものです」


彼の言葉は丁寧で理知的で、しかし一歩も引かないものだった。オールマイトの拳が完全に下りる。その一瞬のわずかな隙をシュラは逃さなかった。


「……チッ」


掠れた舌打ちが漏れる。
シュラの右手が微かに動く。帝具、次元方陣シャンバラ発動。


「覚えてろよ」

「待て!」


オールマイトが手を伸ばす。だが遅かった。
シュラの姿が完全に消えた。残されたのは、瓦礫の上に広がる血の痕跡と夜風に舞う粉塵だけだった。


「……瞬間移動の個性か」


オールマイトは拳を完全に開きゆっくりと息を吐いた。
すぐに視線を地面に倒れているルルーシュへと戻した。


「少年、大丈夫か。すぐに手当てを」


右京もまたルルーシュのそばに歩み寄った。慎重に彼の状態を確認する。腫れ上がった顔。浅い呼吸。だが意識は辛うじてあるようだった。
ルルーシュの喉が微かに鳴った。


「……過剰?」


掠れた声が漏れる。血の混じった唾が、口の端から滴る。紫の瞳が、ゆっくりと右京の顔を捉えた。焦点が定まらない。視界が揺れている。だが、その奥にあるものは、明確だった。


「過剰、防衛……?」


声が少し大きくなる。痛みで歪みながらも怒りがそれを押し上げる。


「ナナリーが……こんな目に遭わされたのに……何が過剰なものか……!」


体を起こそうとする。腕に力が入らない。肘が震え、すぐに崩れそうになる。それでも、上体をわずかに起こした。血の滴る顔で右京を真っ直ぐに睨む。


「あいつは……ナナリーを……俺の妹をなぶり殺したんだ……!車椅子の……動けないナナリーを……何度も殴って、蹴って……首を折ったんだ……!それを……目の前で……愉快そうに語ったんだ……!それが……過剰、だと……?!」


声が途切れ途切れになる。咳き込み血を吐き、それでも言葉を続ける。涙ではない。怒りが熱い塊となって喉を焼いている。


「ナナリーは……もう……戻ってこないんだぞ……!絶対に許さない。あの男、シュラは生まれてきたことを後悔する苦しみを与えてから殺してやる!」


右京はその言葉を静かに聞いていた。
跪いたままルルーシュの状態を確認する手を止めない。ハンカチで口元の血を拭い、呼吸を整えさせようとする。動作は丁寧で感情を排したような冷静さがある。だが眼鏡の奥の瞳はルルーシュの言葉を正確に受け止めている。


「怒るお気持ちは、よくわかります」


右京の声は冷淡ではなかった。むしろ、静かで深い理解を含んでいた。だがその理解はルルーシュの求めるものとは決定的に異なっていた。


「妹さんを、あのような形で失われた。その痛みと怒りは、計り知れないものでしょう」


彼は一度、言葉を切った。夜風がスーツの裾を微かに揺らす。


「ですがだからといってあの十字傷の男を殺していいことにはなりません」


ルルーシュの瞳がわずかに見開かれる。
右京は続けた。声のトーンは変わらない。丁寧で理知的でしかし一歩も引かない。


「彼は生かして逮捕した上で法の裁きを受けさせなければなりません。それがこの社会の、いや、人が人であるための最低限のルールです。復讐で命を奪えば、それはただの殺人です。あなたの妹さんが受けた苦しみを理由に復讐を正当化してはいけません」

「……ふざけるな」


ルルーシュの声が、低くなる。


「法だと……? この島で……法が……通じるとでも……?」

「通じるかどうかではありません」


右京は、はっきりと言った。


「僕たちが人としてどう在るかの問題です。たとえこの島のルールが殺し合いを強いるものであっても人を殺めてはいけません。それが僕の刑事としての、そして一人の人間としての立場です」


オールマイトが静かに頷いた。
彼はシュラが消えた地点を一瞥したあと、ルルーシュのそばに膝をついていた。マッスルフォームの巨大な体が夜の闇の中で異様な存在感を放つ。だが、その声は意外なほど穏やかだった。


「私も同感だ少年」


オールマイトは白い歯を見せて、しかし真剣な表情で言った。


「私はヒーローだ。ヴィランの命まで奪う気はない。悪を懲らしめ人々を守る。だが制裁の先に死を置くことはしない。それが平和の象徴としての私のやり方だ」


彼はルルーシュの肩に慎重に手を置いた。力を込めていない。ただ支えるように。


「君の怒りは正当だ。妹さんを失った悲しみも、よくわかる。だが、その怒りに飲み込まれて同じことをしてはいけない。君までヴィランの側に堕ちる必要はないんだ」


ルルーシュは二人の言葉を聞いていた。
痛みが全身を支配している。頭が重い。呼吸が苦しい。だが、それ以上に胸の奥で何かが音を立てて冷えていく感覚があった。
ゾッとするほど底冷えする気持ち。
右京の「生かしたまま逮捕して法の下で裁く」という言葉。オールマイトの「命まで奪う気はない」という宣言。それがルルーシュの中でナナリーの亡骸と、シュラの笑い声と重なり合う。
あいつは絶対に許さない。
十字傷の男を。ナナリーをなぶり殺し、それを愉快そうに語り、自分を玩具のように扱った男を。あらゆる苦しみを与えてから殺す。あの男がナナリーにしたこと以上の絶望と痛みを味わわせてから終わらせる。

だが目の前の二人はそれを認めないという。
杉下右京は法を盾に殺すことを拒否する。オールマイトはヒーローとしての信念で命を奪うことを拒む。
彼らはシュラを生かそうとする。正しさの名の下にルルーシュの復讐を阻む存在だ。
ルルーシュの紫の瞳が、ゆっくりと右京の顔を捉えた。
腫れた頰の下で唇が微かに動く。声にはならない。だが内側で言葉が形作られていく。

——この偽善者どもが。

杉下右京とオールマイト。特に杉下。
この男がいなければシュラを取り逃すことはなかった。
だが彼らは利用価値がある。
シュラを追い詰めるために。あいつを生け捕りにし、逃げ場をなくし、あらゆる手段で苦しめるために。この二人を利用する。そして必要がなくなればボロ雑巾のように捨てる。
感情の炎は消えていない。むしろより深く、より黒く沈殿していた。だがその炎を表に出さない。今は、傷ついた弟を演じ、助けを求める弱者を演じ、彼らの正義感に訴えかける。


「……わかった……俺が間違っていた。シュラに復讐するのは……諦める」


掠れた声が漏れる。ルルーシュは、ゆっくりと目を閉じ、また開けた。紫の瞳に、わずかな屈服の色を宿す。計算された弱さだ。
右京はその言葉に静かに頷いた。

——ボロ雑巾のように使ってやる。

杉下右京。オールマイト。
お前たちを俺の復讐のために使い潰してやる。
十字傷の男シュラを必ず殺すために。
ナナリーの仇を必ず討つために。

その時、夜の渋谷に新たな足音が近づいてきた。
慎重だが急を要するような歩み。アスファルトを踏む音が、規則正しく響く。オールマイトが先に顔を上げ、右京もまた眼鏡の奥で視線を向けた。
ルルーシュは痛みに歪んだまま、紫の瞳を細めてその方向を窺う。
路地の入り口から一人の青年が現れた。
黒髪を短く整え、白い制服に似た装い。背中に、一人の少女を慎重に背負っている。少女は頭から二本の角が生え、黒を基調とした装束を纏っているが、意識は完全に途絶えているようだった。
青年の表情は真剣そのもので周囲を素早く観察しながら近づいてくる。
乙骨憂太だった。


「オールマイトさん!」


声をかけて歩みを早める。背負った吉田優子の体が微かに揺れる。


「すみません、遅れました。吉田さんの意識が戻らなくて……」


乙骨は現場の状況を一瞬で把握した。地面に倒れている血まみれの少年。その近くに横たわる、動かない少女の亡骸。瓦礫と血の痕跡。そして、オールマイトと、スーツ姿の見知らぬ男。


「……何があったんですか」


声が低くなる。殺気ではない。だが警戒が明確に宿っていた。
オールマイトは大きく息を吐いて応じた。


「ヴィランが一人、逃げた。かなり手練れで瞬間移動の個性を持っていた」


右京が静かに補足する。


「十字傷のある褐色の男性です。少女を殺害して、この少年を執拗に暴行していました」


乙骨の視線がルルーシュに落ちる。次いで、ナナリーの亡骸へ。眉がわずかに寄る。
優子を慎重に壁に寄りかからせる。彼女の呼吸は浅いが安定している。
乙骨はルルーシュのそばに歩み寄った。


「大丈夫ですか。反転術式で治します」


一方、杉下に同行していたリーニエは静かにその一部始終を観察し続けていた。
ピンク色のツインテールが夜風にわずかに揺れる。魔力の流れを静かに読み取りながら現場の状況を正確に把握していた。
乙骨憂太が背負ってきた少女、吉田優子に目が止まる。
角だ。
頭から二本の角が生えている。そして微かな魔力。リーニエは即座に理解した。


「……魔族」


人間ではない。自分と同じ魔族だ。
もっとも必ずしも味方になるとは限らない。魔族同士でも利害が対立すれば殺し合う。
次に視線を杉下右京に移す。
人を殺さない、法の下で裁く、誰も殺させない。
それがこの男の行動原理らしい。殺し合いを強制される島でなおその原則を捨てない。
相手がどれほど残虐な行為をしたとしても殺すことを拒否する。
ならばこの男を利用し続ける価値はある。情報源として、囮として、あるいは混乱の種として。
今は情報を集め、脅威度を測り、利用できるものを見極める。
夜風がピンクの髪を揺らした。
リーニエの無表情な顔に何の変化もなかった。ただその双眸だけが静かに冷たく現場のすべてを映し続けていた。


【F-6/深夜/1日目】
【ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア@コードギアス 反逆のルルーシュ】
[状態]:重傷、意識混濁気味
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
[思考]:ナナリーの仇を必ず討つ。シュラをあらゆる苦しみを与えてから殺す。
1:杉下右京とオールマイトをボロ雑巾のように利用する。
2:特に杉下右京を許せない。
3:ギアスの制限を確認し、戦略に組み込む。

※ギアスによる即死、服従の命令は禁止となります。
※それ以外のギアスの制限は後続の書き手にお任せします。


【オールマイト(八木俊典)@僕のヒーローアカデミア】
[状態]:右腕のダメージ(中)、全身のダメージ(中)、トゥルーフォーム
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考]主催を全員捕縛して、この殺し合いを終わらせる。
1:優子や戦えない者達を守る。
2:カイドウは必ず倒し、止めて見せる。
3:十字傷の男(シュラ)を無力化して捕縛する。

[備考]
※参戦時期は1巻、緑谷に能力移譲前から。


【乙骨憂太@呪術廻戦】
[状態]:全身にダメージ(中)、反転術式により回復中。
[装備]:和道一文字@ONE PIECE
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考]主催を倒し、この殺し合いを終わらせる。
1:優子や戦えない者達を守る。
2:カイドウは必ず倒す。
[備考]
※参戦時期は25巻、人外魔境新宿決戦直前。


【吉田優子@まちカドまぞく】
[状態]:魔力消費(大)、気絶
[装備]:何とかの杖
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~2
[思考]生きて聖蹟桜ヶ丘に帰りたい。
1:殺し合いはできればしたくないです。
[備考]
※参戦時期は3巻、何とかの杖入手後。


【杉下右京@相棒】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
[思考]:ゲームの主催者を必ず逮捕する。
1:島内の構造、地理を把握し、他の参加者と可能な限り協力体制を築く。
2:リーニエと会話して彼女の人柄を知る。
3:参加者は誰も殺さず、誰も殺させない。
4:十字傷の男(シュラ)を必ず逮捕する。


【リーニエ@葬送のフリーレン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
[思考]:状況を把握するまで表立って動かず、利用できるものは利用する。
1:友好的な人間を装って杉下右京の信用を得て情報を引き出す。
2:魔力探知で他の参加者の脅威度を測る。
3:吉田優子の意識が戻ったら意思疎通を図る。


シュラは転移先の地面に膝をついていた。
場所は彼が目を覚ましたゲーム開始地点だ。
最初に襲ってきたのは激しい目眩。視界が揺れ周囲のビルが歪んで見える。


「くっ、クソが」


呻きが夜の空気に溶ける。
彼はゆっくりと上体を起こし、背中を近くの壁に預けた。荒い呼吸を繰り返し意識を繋ぎ止める。顔の十文字の傷が汗と血で濡れて痛む。屈辱が胸の奥で渦を巻いていた。


「……シャンバラが」


元より次元方陣シャンバラは無制限に使えるものではなかった。連続使用には負荷がかかり短時間に何度も転移すれば使用者の体がもたない。
だが、このバトルロワイアルでは、さらに厳しい制限がかかっているようだった。一度の戦闘で使用できるのは精々二回が限界か。


「……イゾウだ」


ワイルドハント最強の人斬り侍。刀一本でどれだけの数を斬ってきた男か。あの男がいればオールマイトを蹂躙できる。
問題はこの島にイゾウがいるかどうかだが……。

その時、スマホの電子音が鳴った。見慣れない端末だがゲーム開始時に触りある程度の使い方は心得ている。
表示されたのは名簿。この島にいる他の参加者の名前が無機質な文字列として並んでいる。
最初は雑多な名前ばかりだった。知らない連中。どうでもいい雑魚共。だが指が止まった。

イゾウ。

シュラの口元がゆっくりと歪んだ。十文字の傷が夜の照明に浮かび上がる。痛みで腫れた頰の下で愉悦に近い笑みが広がっていく。


「……いるじゃねえか」


親指で画面をさらにスクロールする。ワイルドハントの面々の名前が参加者リストに並んでいた。
それだけでなくエスデスの名前もある。


「最高だぜ」


シュラは画面を凝視したまま、小さく息を吐いた。傷付いた体がわずかに震える。
帝国最強の女将軍。氷の能力者。戦闘狂。だが所詮は帝国の人間だ。たとえエスデスであっても大臣の息子の命令には従わざるを得ない。
他のイェーガーズもいるなら同じように大臣の権力で手下に加える。
直接的な面識はないが以前シュラは危険種を狩るセリュー・ユビキタスを視認している。
故に名前は知らずとも会えばイェーガーズだと分かるだろう。


「先にイゾウを探して、それからエスデスだ」


独り言が夜気に溶ける。
残りのワイルドハントも集結させた方がいいだろう。いかに世界級の殺戮者集団とはいえ、あのヒーロー気取りのような輩が他にもいるなら各個撃破されかねない。
一先ずは体力を回復させるため休息をとる。
ナナリーから回収した支給品も含めて即座に体力を回復させるような道具はなかった以上、休むしかない。


「……ここから巻き返してやる」


獰猛な声が無人の路地に響いた。



【F-5/深夜/1日目】
【シュラ@アカメが斬る!】
[状態]:負傷、疲労(中)
[装備]:帝具「次元方陣シャンバラ」
[道具]:基本支給品一式、ペンチ、不明支給品× 1~4
[思考]:ワイルドハントとイェーガーズを従えて玩具を蹂躙する。
1:体力の回復が済み次第イゾウを探す。
2:他のワイルドハントのメンバーも集結させる。
3:エスデス、イェーガーズを大臣の権力で従わせる。
4:戦力を整えてからオールマイトに報復する。

※一度の戦闘で使用できるシャンバラの回数は二回です。
※使用時の体力消費を%で計算することでシュラに限らず全ての参加者が同様に二回までとします。





前回 キャラ 次回
007『Komm, süsser Tod 009『刹那の知略戦
採用No.31『ナイトメア・オブ・ナナリー シュラ
採用No.14『新世界の神と魔神の絶叫 ルルーシュ
採用No.24『八木俊典:イフ オールマイト
採用No.24『八木俊典:イフ 乙骨
採用No.24『八木俊典:イフ シャミ子
採用No.36『人間と魔族 右京さん
採用No.36『人間と魔族 リーニエ


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最終更新:2026年08月15日 11:46