『毒蜘蛛の胎動』
夜半を過ぎても渋谷という名を冠した箱庭に朝の気配は訪れない。
時計の針だけが律儀に時を刻み開始から数時間が経過したことを告げていた。
人為的に切り取られた渋谷という箱庭。高層ビル群、コンビニ、路地裏。そのすべてが参加者という名の駒を殺し合わせるために設計されている。
視線を隣に移す。
そこには少女の姿をした無名の大魔族ソリテールが興味深そうに周囲の静寂に耳を澄ませていた。
角の生えた頭部を僅かに傾け値踏みするような瞳でこの作り物じみた渋谷の景色を眺めている。
「ねえ、この命の授業、面白い実験だと思わない?」
ソリテールがぽつりと呟く。
「恐怖によってしか人は命の価値を理解できないと言っていたでしょう。それを証明するためにこんな舞台まで用意して……随分と手が込んでいるわね」
この数時間の付き合いで夏油はソリテールという存在をある程度理解し始めていた。
魔族。人間とは根本的に異なる価値観を持つ生物。人間を糧とし殺戮対象としか見做さない種族。
そしてこの女は人間という種をまるで珍しい標本でも観察するような目で見つめ、興味を持ち、時に称賛すらする。
だがその実態は人間を弄んで最終的には殺す化け物だ。
(だからこそ使い勝手がいい)
その戦闘力は先刻目にしたダンテとの一戦だけでも十分に証明されている。
「ソリテール、話がある」
「改まって何かしら」
ソリテールは興味深そうに夏油へと顔を向ける。
「一先ずは別行動をとる」
夏油の言葉にソリテールは僅かに首を傾げた。
「あら、意外ね。数刻前の戦いは二人で連携したことが功を奏したように思うけれど」
「だがそれはあの時に限った話だ」
「どういうことかしら」
「今はまだゲーム開始から数時間しか経っていない。猿共の大半は単独で行動しているか、小規模なグループを組み始めた段階だろう」
夏油は淡々と語る。
「この段階で私たちが共に行動する意味は薄い。二人で別々に動けば索敵できる範囲も殺せる猿の数も二倍になる。四十八時間以内に優勝者が決まらなければ首輪を爆破されるのだから時間を無駄にする余裕はない」
ソリテールは顎に指を添えて感心したように頷いた。
「合理的な考え方だと思うわ」
相変わらず口元だけが笑っている表情。瞳は依然として冷たく夏油を観察していた。
「でも少し寂しいわね。せっかく話し相手が見つかったと思ったのに」
夏油はその笑みを見ながら内心で別の思考を巡らせていた。
別行動の理由が時間効率重視というのは本心だが、夏油にはもう一つの狙いがあった。
(この女がどこまで使えるか見極める必要がある)
ソリテールという存在はあくまで一時的な協力者に過ぎない。
そして夏油はこの女の本気度を測りかねていた。
(優勝を目指す気があるのか、それとも日和見を決め込むつもりなのか)
夏油の目的は明確だ。優勝すること。
そしてあらゆる願いを叶える権利を用いて非術師殲滅という悲願を成就させること。
(単独でどれだけの成果を上げてくるか。それを見てこの女の価値を判断する)
内心で夏油はそう結論を下していた。
「合流の場所と時間を決めておく」
懐から取り出したスマートフォンの地図アプリを操作してある地点を指し示す。
「ここだ。時間は――」
夏油は指定した時刻をソリテールに伝えた。
「それまでの間、私は猿共を殺して回る。君も同様に殺してから首輪を回収してくれ」
協力関係にあるとはいえ当然のことながら全幅の信頼を置いているわけではない。
「合流の時間までにはそれなりの成果を持って戻るわ」
ソリテールが軽やかに言いながら身を翻した。
その背中を見送りながら夏油は静かに思考を巡らせる。
(さて、私も動くとするか)
夏油は夜の街へと足を踏み出した。
【G-3 街/黎明/1日目】
【夏油傑@呪術廻戦 懐玉・玉折】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
[思考]:優勝する。
1:ソリテールとは合流時間、場所を決めた上で別行動。
2:一先ず合流時間まで参加者を殺害する。
3:ソリテールの成果次第で今後の扱いを判断する。
4:比名子(あの少女)、呪霊の食いつきが良かったが……。
※両親殺害後、五条の元から立ち去って以降の参戦です。
※ 合流場所、時間は後続の書き手にお任せします。
夜道を歩きながらソリテールは小さく息を吐いた。
残念という感情がないと言えば嘘になる。
せっかく見つけた興味深い観察対象とこんなにも早く一時的にとはいえ別れることになるとは。
(どうしたものかしら)
ソリテールは夜の街を歩きながら思考を巡らせる。
夏油の指示通り首輪を集めることは容易い。
魔族としての本能に従い人を殺す片手間に行うことができる。
軽く肩をすくめると夜の街並みを見渡した。
人気のない渋谷の路地は静寂に包まれている。
ソリテールは静かに笑みを浮かべた。
夏油との別行動はソリテール自身にとっても好都合な部分がある。
(一人の方がじっくりとお話しを聞けるもの)
ソリテールが殺す前に人間と話しをしようとすれば、おそらく夏油は無駄な時間だと難色を示しただろう。
今なら出会った人間の生い立ちや感情を心ゆくまで聞き出すことができる。
ここで遭遇する人間はどんなお話を聞かせてくれるだろうか。
そんな期待を抱きながら歩みを進めていたソリテールの足がふと止まった。
路地の先から複数の気配が近づいてくる。
ソリテールの口元に笑みが浮かぶ。
最初に姿を現したのは腰に一振りの刀を差した和装の男だった。
その後ろには小柄な少女の姿をした人物。
そして最後に水色のショートヘアを揺らしながら現れたのは腰に奇妙なベルトを巻いた女だった。
「構えなくて大丈夫だよ。私に戦う意志はないから。私は君たちのことが知りたいだけなの。少しだけ話し相手になってくれないかな」
ソリテールは笑みを浮かべ胸に手を当てながら言った。
「そういえば人と会ったらまずは自己紹介だったわね。私は大魔族のソリテールよ。よろしくね」
それは人を騙すことに長けた魔族の演技。
「化生の類とは江雪に良い馳走を与えられそうでござるな」
だがそれは目の前の人間たちには無意味であった。
和装の男、イゾウは静かに腰を落とし、いつでも刀を抜けるよう構えを取る。
「こいつは私の獲物よ」
水色の髪の女、桃花が糸目の笑顔を浮かべながら手にした♣︎Aチェンジスパイダーのカードを腰のベルトに装填した。
「変身」
『OPEN UP』
紫色に淡く輝くエネルギースクリーン、スピリチア・エレメントを展開。
その光の壁を通り抜け桃花は仮面ライダーレンゲルに変身した。
「最強のライダーの戦いを見せてあげるわ」
手にした醒杖レンゲルラウザーを桃花は地面に打ち付ける。
「やれやれ血の気の多い連中じゃのう」
ドロテアが面白がるように笑い声を上げた。
「じゃがソリテールとやら……お主、随分と死臭が漂っておるぞ」
開戦の火蓋を切ったのは桃花だった。
『BLIZZARD』
レンゲルラウザーに♣︎6ブリザードポーラーのカードを読み込むと電子音声が夜闇に響く。
醒杖の先端から凄まじい吹雪が噴出した。
ポーラーブリザード。白熊の祖たるアンデッドの力を宿した凍結攻撃だ。
白い冷気がソリテールを飲み込むように襲いかかる。
だが吹雪は六角形を組み合わせた形状の魔力の障壁、防御魔法に阻まれソリテールの手前で霧散していった。
「何ですって」
動揺する桃花に対してソリテールは魔力で生成した大剣を矢のような速度で射出。
攻撃を防がれた直後に反撃を受けた桃花は対応が間に合わない。
すかさずイゾウが割って入り江雪を抜刀して大剣を叩き斬った。
「あなたは優れた人間の戦士なのね」
ソリテールは焦ることなく更に十数本の大剣を魔力で生成。
それぞれが独立した意志を持つかのように宙を浮遊する。
十数本の剣が一斉にイゾウへと殺到した。
その光景はまさに刃の豪雨だ。並の戦士であれば逃げる術すらなく四肢を切断されていただろう。
弩っ
だがイゾウの反応は常人の域を超えていた。
座 座 座 座 座 座 座 斬っ!!
最初の一振りが迫る大剣の一本を真っ二つに斬り伏せた。
返す刀で二本目、三本目と次々に刃を斬り刻んでいく。
まるで大剣の軌道を全て見切っているかのような正確無比な太刀筋。
残る大剣が四方から同時に襲いかかる。
イゾウは体を沈めて旋回するように刀を振るった。円を描くその一振りが四本の大剣をまとめて弾き飛ばす。
残りの数本が背後から迫るも振り向きざまに刀で薙ぎ払う。金属音が夜気を裂き大剣は砕けて地に落ちる。
十数本あった魔力の剣は瞬く間にすべて斬り刻まれ、破片となって夜の路地に散らばっていた。
「お見事と言うべきかしら」
ソリテールは内心の驚きを笑みの下に隠しながら呟いた。
数百年生きてきた大魔族である彼女でも、これほど優れた人間の戦士に出会ったことはそう多くない。
瞬時にイゾウが間合いを詰める。
斬っ!!
江雪の切っ先が防御魔法の表面を捉えるかに見えた。
しかしソリテールは即座に大剣を顕現させ相殺することでイゾウの刃を受け止める。
そのまま間を置かずソリテールは右腕を前に出した。
「これが私の最も得意とする魔法よ」
言葉と共に高密度の魔力がイゾウと桃花に向けて放たれた。
千年以上生きたエルフの防御魔法をも粉砕する単純にして最強の一撃。
「……ッ!」
イゾウは瞬時に危険を察知。身を大きく引いて紙一重で直撃を回避する。
だが桃花はまともに受けてしまった。
「ぐぁっ!」
高密度の魔力がレンゲルの装甲に直撃する。
凄まじい衝撃と共に桃花の身体が数メートル後方へと吹き飛ばされた。
地面を転がり瓦礫にぶつかってようやく静止する。
「……やってくれるじゃない」
もし生身の状態であれば今の一撃で命を落としていただろう。
レンゲルの全身を覆う神秘の超金属スピリチアエメラルド製の装甲によりダメージを軽減。
装甲越しに響く声には痛みを堪えるような響きが混じっていたが、それでも戦意は衰えていなかった。
桃花はゆっくりと立ち上がり装甲の表面についた土埃を払う。
「その小綺麗な顔をぐちゃぐちゃに潰してやるわ」
レンゲルの二の腕部分と太腿部分にあるリング状のパーツ、スピリチアリグレットは怒りや憎しみのエネルギーで腕力を高める。
桃花はレンゲルラウザーに♣︎4ラッシュライノスのカードを読み込んだ。
『RUSH』
サイの祖たるアンデッドの力が醒杖レンゲルラウザーに宿る。
桃花はそのまま地を蹴り突進しながらソリテールへと刺突を放った。
ソリテールは涼しい顔のまま体を僅かに横へずらして防御魔法で突き出された錫杖を軽くいなす。
「くっ、この」
桃花は体勢を崩しながらもなんとか踏みとどまった。
(この子の動作は戦士とは言えないわね)
ソリテールはすでに両者の力量を正確に見極めていた。
刀を使う男は卓越した戦士としての技術を有しているが装甲を纏った女の方は違う。
(彼女は装備の性能とカードの力に頼っているだけ。動き自体は素人のそれね)
仮面ライダーレンゲルに変身しようとも、桃花自身の戦闘技術はイゾウと比べれば明らかに見劣りする。
動きに無駄が多く、間合いの取り方も洗練されているとは言い難い。
この殺し合いに巻き込まれる以前は戦闘とは縁遠い生活を送っていたのだから当然だ。
(警戒するべきは人間の戦士の男。斬撃をモロに受ければ魔力による防御諸共、体を断ち斬られかねない。けれども彼は魔力を持たないわ)
ソリテールは静かに地面を蹴った。
小柄な身体がふわりと宙に浮かび上がり、瞬く間に地上数メートルの高さへと上昇していく。
イゾウは宙に浮かぶソリテールを見上げながら僅かに目を細めた。
ソリテールは冷静に思考を巡らせる。
(仮にこの男が跳躍してきたとしても空中では地上のような回避行動は取れない)
地上での戦闘であればイゾウの剣技は脅威だった。
だが空中という舞台であれば話は別だ。
跳躍して斬りかかってくれば狙い撃ちにできる。
ソリテールは笑みを浮かべたまま空中で静止した。
「空を飛んだ程度でいい気になるんじゃないわよ」
桃花はレンゲルラウザーに新たなカードを読み込む。
『FLOAT』
前回の戦闘ではリモートで解放した♥4 フロートドラゴンフライを直接ラウズ。
トンボの祖たる不死生物の力によって桃花の身体がふわりと宙へと浮かび上がった。
「これで対等な条件だわ」
装甲越しに桃花の声が響く。
醒杖レンゲルラウザーを構えて桃花は空中でソリテールと対峙した。
(対等ね)
ソリテールは内心でその言葉に苦笑した。
確かにカードの力を借りて飛行することで桃花はソリテールと同じ舞台に立つことができた。
だが空中戦というより高度な身体制御を要求される戦闘において桃花の未熟さは地上以上に顕著になるはずだ。
ソリテールはゾルトラークを桃花に向けて放つ。
全身装甲の相手にはこの上なく有効な攻撃。
だが命中する寸前で桃花の身体が魔法の軌道からわずかに外れた。
紙一重と言っていい回避だった。
ゾルトラークが装甲の表面をかすめるように通過し、後方のビルの外壁へと着弾する。
ソリテールは僅かに首を傾げた。
(避けた……?)
微かな違和感がソリテールの胸中を過ぎる。
先ほどまでの桃花の動きは明らかに素人のそれだった。
それが今、必殺の一撃を紙一重で回避してみせた。
(偶然かしら。あるいはただの幸運)
ソリテールはその違和感を一旦脇に置き、次の手を打つことにした。
周囲に再び無数の大剣を生成して射出。
大剣による連続攻撃であれば先程のように偶然回避されることはないはずだった。
だが桃花はレンゲルラウザーを振るい迫る大剣を次々と打ち払っていく。
いくつかの剣が装甲を掠めるが致命傷には至らない。
スピリチアエメラルド製の装甲による防御は堅牢だった。
(耐久力は想像以上だけれど問題はそこじゃないわね)
ソリテールは冷静に分析を続ける。
どれだけ強固な装甲だろうと空中で大剣が命中すれば撃墜することはできるはずだった。
だが目の前の相手は巧みな錫杖捌きによって直撃だけは回避している。
その事実にソリテールは僅かに眉を寄せた。
空中という不安定な足場で未熟な動作しかできないはずの人間がこれほどの精度で大剣を弾いている。
魔力を更に消費して空間に大剣を生成し直す。
今度は先ほどまでの数を上回る大剣が異なる角度から桃花を狙う。
上から、下から、左右から、斜めから逃げ場のない全方位攻撃。
それはまさに剣の嵐であり空間そのものを斬り刻むような密度だった。
空気を裂く鋭い音が夜の渋谷に響き渡る。
桃花は体をわずかにひねり醒杖の先端で大剣を弾いた。
金属と超金属が衝突する乾いた音が響く。
すぐに二本目、三本目が続く。
桃花は醒杖を短く振り連続して剣を叩き落とす。
四本目、五本目、六本目。大剣の雨は激しさを増していく。
桃花の身体が空中で小さく舞い醒杖が円を描くように振られる。
一本の大剣を弾いた余勢で次の剣を薙ぎ、さらにその反動で別の剣を打ち落とす。
連続した防御動作が一つの流れのように繋がっていた。
大剣の殆どが醒杖によってことごとく弾き返されている。
(やはりおかしいわ)
最初の邂逅時、桃花の動きは明らかに素人のものだった。
それが今、目の前で急速に成長しつつある。
いや成長という表現は相応しくない。
まるで別人になったかのような精度の上昇だった。
ソリテールは魔力を注ぎ込み大剣の生成を加速させる。
夜空を埋め尽くすほどの剣が桃花を中心に渦を巻くように配置される。
剣の嵐が再び桃花に殺到した。
今度は密度が違う。一本の剣を弾いている隙に、別の三本が異なる角度から迫る。
上下左右、死角を突くように軌道が計算されている。
常人であれば、いや、並の戦士であっても回避も防御もままならない密度だった。
だが桃花は動いた。
レンゲルラウザーを頭上に掲げ一気に回転させる。
錫杖の先端が円を描き迫り来る大剣の群をまとめて弾き飛ばす。
金属音が連続して響き砕けた刃が花火のように飛び散る。
桃花の身体が空中で一回転して次の剣群に対応する。
重心の移動が極めて滑らかでフロートドラゴンフライの浮遊能力を最大限に活かした動きだった。
(戦いの中で成長したというにはあまりにも急激すぎる)
ソリテールは内心で呟く。
彼女は人間を長く観察してきた。
戦場で急激に強くなる者もいる。死の恐怖が潜在能力を引き出すこともある。
だが今、目の前で起きている現象は成長という言葉では説明がつかない。
ソリテールは静かに右腕を掲げた。
最も得意とする高密度の魔力による一撃を確実に叩き込む。
回避の余地を与えない角度とタイミングで。
フリーレンの防御魔法すら粉砕する単純にして最強の一撃。
ソリテールはそれを桃花の正面に向けて放った。
直線的で容赦のない軌道。回避不能と言っていい速度と密度。
だが桃花は体を極端にひねり空中でほぼ真横に移動する。
魔力は桃花の装甲のすぐ横をかすめ後方のビルの外壁を大きく抉った。
爆裂音が響きコンクリートの破片が夜空に舞い上がる。
ソリテールの目が大きく見開かれた。
目の前にいるのは本当にあの糸目の人間なのか。
カードの力を借りて戦っていた素人の女なのか。
桃花は空中で体勢を整え醒杖を構えたままソリテールを見据えた。
レンゲルの仮面の奥で何かが静かに笑っているような気がした。
「あなた一体何なの?」
問いかけに桃花はすぐには答えなかった。
ただ醒杖を軽く振り次の構えを取る。
その動作一つひとつがもはや素人のものではなかった。
「レンゲル」
やがて一言だけそう呟く。
前回の戦いで桃花はヤマトタケル相手に近接戦闘を行った。
本来ヤマトタケルという英霊は数の優位があろうとも道具で戦えるようになったばかりのキャバ嬢が接近戦を挑める相手ではない。
ならばあの時、そして今、レンゲルとして戦っているのは桃花であって桃花ではないということ。
スパイダーアンデッド。レンゲルの核となる♣︎のカテゴリAに封印された蜘蛛の始祖。
完全に封印されることなく絶えず使用者の精神を汚染し続けるカード。
二つの意識が重なり合い、溶け合い、一つの人格を形成している。
桃花、否、レンゲルが動いた。
醒杖レンゲルラウザーを低く構えたままふわりと宙を滑るように前進する。
その動きには最初の未熟さのかけらも残っていなかった。
醒杖が横一線に振られた。
空気を裂く鋭い音とともに錫杖の先端がソリテールの防御魔法に叩きつけられた。
金属と魔力が衝突する重い音が夜空に響く。
防御魔法の表面に亀裂が走る。
しかしそれだけでは終わらない。
レンゲルは間を置かず連続して打撃を叩き込んだ。
打撃の速度が徐々に上がっていく。
最初は一秒に二、三打だったものが、五打、七打、十打と加速していく。
やがて決定的な瞬間が訪れた。
醒杖の先端が亀裂の中心を正確に捉えた。
防御魔法が蜘蛛の巣が破れるように音を立てて砕け散った。
レンゲルは間を置かず次の打撃を放った。
今度はソリテールの全身を覆う高密度の魔力に直接叩きつけられる。
重い衝撃がソリテールの全身を走る。
彼女は小さく息を飲み体を僅かに後ろへ沈めた。
ソリテールは静かに目を細めた。
レンゲルの仮面の奥で何かが静かに「見て」いる気がした。
桃花の糸目ではなく、もっと古く、もっと冷酷な、別の意志の視線。
ーーお前の前にいるのは一万年以上生きた蜘蛛の祖たる不死生物だ。
鈍い衝撃が魔力を突き破ってソリテールの顔面を直撃する。
頭部が大きく後方へ弾かれ空中で体勢が崩れる。
だがソリテールの頭部は血を滲ませただけで形状を保っていた。
肌が裂け頬から血が滴るが大魔族の頭蓋を砕くには至らず。
高密度の魔力による防御により致命傷だけは免れた。
右目の端が僅かに切れ血が視界を赤く染める。
それでもソリテールの思考は冷静だった。
レンゲルは打撃の余勢で極めて近い位置にいる。
この距離ならゼロ距離で魔力を直接ぶつけることができる。
ソリテールは右腕を桃花へと真っ直ぐに突き出した。
単純にして最強の魔力をこの至近距離から放つために。
斬っ!!
次の瞬間、ソリテールの右腕が空中を舞っていた。
「……ッ!!」
理解が遅れる。 視界の端で白い指先がゆっくりと回転しながら落ちていく。
自分の右手だという認識が一瞬遅れて脳に届く。
鮮血が夜空に弧を描いて飛び散る。
右腕の断面から熱い液体が噴き出す。
桃花との攻防に意識を割かれていたほんの一瞬の隙。
顔面への直撃を受け反撃の構えに入っていたそのわずかな時間。
その隙をイゾウは決して見逃さなかった。
魔力を持たぬ身でありながら常人離れした跳躍力。
死刑囚五人を一瞬で骨ごとなます斬りにしても刃毀れせず斬れ味を落とさない名刀、江雪。
その刀を十全に振るう技量を有する侍の刃が大魔族の腕を断ち斬った。
(……潮時ね)
冷静な結論が瞬時に導き出される。
片腕を失った状態でこの二人を相手に戦闘を継続するのは困難だ。
ソリテールの左手から魔力の奔流が薙ぎ払うように解き放たれた。
桃花が後方へと退いた瞬間、ソリテールは背を向け夜の闇へと身を翻す。
(手痛い代償を払ったわ)
失われた右腕の断面からは血が滴り落ちている。
今の状態で夏油と合流するのは論外だ。
合流時刻はまだ先だが仮に今この姿で夏油の前に姿を現せば、あの男がどのような反応を示すか容易に想像がつく。
片腕を失った状態のソリテールを見れば夏油は迷わず切り捨てにかかるだろう。
(場合によっては殺し合いに乗っていないグループに紛れ込むのも一つの手かもしれないわね)
主催者に反旗を翻そうとする集団が存在するのであれば、そこに一時的に身を寄せるという選択も決して悪くはない。
魔力と体力を回復して傷を癒す時間と場所を確保するには都合が良い。
(その場合は集団に紛れ込むための嘘を用意する必要があるわ)
ソリテールは思考を巡らせながら自らの状況を整理していく。
(侍と水商売風の女と童女の三人組と話をしようとしたら攻撃を受けて戦闘になり右腕を斬られた)
そう説明すればこの殺し合いに巻き込まれた哀れな被害者という体裁を装うことができるだろう。
同情を誘い、あるいは警戒心を解くための材料としては十分に使える話だ。
魔族は嘘をつくもの。
人間を欺き、油断させ、あるいは同情を誘って利用する。
それは魔族という種族にとってごく当然の生存戦略の一つだ。
ソリテール自身もこれまで幾度となくその手管を用いてきた。
(……あら)
ソリテールは今しがた自分が思い描いた嘘を改めて頭の中で反芻する。
(今の話の中には何一つ嘘が含まれていないわね)
誇張もなければ脚色もない。
ただ起こったことをそのまま語っただけの言葉。
それは紛れもない事実の羅列だった。
【F-2 街/黎明/1日目】
【ソリテール@葬送のフリーレン】
[状態]:右腕欠損、負傷(中)、胸に裂傷(小)、魔力消耗(中)、比名子への関心、夏油への興味
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品×1~3
[思考・状況]:夏油との合流を一時保留。回復を優先。
1:マハトと魔王様がいるなら、人類との共存は諦めさせたい。
2:人と魔族のハーフ(ダンテ)を危険視。
3:あの子(比名子)は食べてみたい。
4:悪魔に妖怪に呪霊か……。
5:対主催グループへの合流も選択肢として検討。
※死亡後からの参戦です。
夜の渋谷の路地に立ち尽くしながらドロテアは静かに息を吐いた。
周囲の建物には桃花がソリテールと空中で激しくやり合っていた余波が残っている。
(行動方針の転換が必要じゃのう)
これまでは出会った参加者を適当に襲い、血を吸ってから殺して首輪を集めていけばいいと思っていた。
だがセイバーに続いてソリテール、この水準の参加者が複数いるなら話は別だ。
ゲーム開始時、ワイルドハントは五人揃っていたにもかかわらず散開した。
この判断は今となっては致命的なミスだったと言わざるを得ない。
仮に残りのワイルドハントがソリテール級の敵と単身で遭遇していれば、おそらく既に殺されている。
ドロテア自身、イゾウや桃花と共に行動していなければ生き残れていた保証はない。
元よりワイルドハントの目的はこの殺し合いで優勝することではないのだ。
であれば今の状況でこれ以上、無駄に敵を作るのは得策ではない。
殺し合いに乗っていない他の参加者と手を組みグループを拡大していくのが最も合理的な生存戦略だ。
問題は誰と組むかだった。
善人や正義感の強い連中はできれば避けたい。
ワイルドハントの性質上、どうしても摩擦が起きる。
同盟相手として望ましいのは殺し合いに乗っていないが非道な行為も厭わない相手だ。
他のワイルドハントのメンバーが既にそういった参加者と手を組んでいれば合流して大グループを形成できるのだが、あまり期待はできない。
生き残っていたとしても皆協調性があるとは言い難い者たちばかりだ。
「む、何じゃ」
その時、ドロテアの懐のスマホが小さく振動した。
取り出すと画面が淡く光り参加者名簿と通知が表示されている。
ドロテアは眉を僅かに寄せ画面を凝視した。
名簿には名前がびっしりと並んでいる。
見慣れぬ名前もあれば、見覚えのある名前もある。
スクロールしていくうちに、最後の部分に主催者からの通知が添えられているのを確認した。
『先ほど、一部端末に参加者情報が誤って配信されました』
『当該通知は無効です。ゲーム進行への影響はありませんので、そのまま破棄してください』
ドロテアは画面を見つめたまま静かに目を細めた。
言葉の意味をそのまま受け取るには、あまりにも不自然だった。
この殺し合いを仕組んだ主催者が単なるミスで参加者情報を一部端末にだけ配信するだろうか。
しかも配信した直後に「無効です」「破棄してください」と付け加えるのはあまりにも作為的だ。
彼女は端末を握ったままイゾウと桃花の方を見た。
「お主らにも参加者名簿と通知が届いたか?」
イゾウは首を横に振った。
桃花も首を傾げて自分の端末を確認する。画面を何度か操作した後、彼女は肩をすくめた。
「何も来てないわ。名簿も通知も」
実際に名簿が公開されていない参加者がいるのは事実。
だが一部端末にだけ誤って配信されたという主催者の説明をそのまま信じる気にはなれなかった。
むしろ意図的に名簿を通知する相手を選んでいるのではないか。
例えば皆殺し路線で突き進もうとしている参加者が名簿を見て方針を変えそうなら、その参加者には名簿を通知しないといった行為も可能だ。
無論、現時点では推測の域を出ない。
だが少なくとも単なるミスというわけではないだろう。
ドロテアは端末の画面を二人に向けて見せた。
「一先ずこれを共有するのじゃ」
イゾウと桃花は画面に視線を落とした。
名簿をスクロールしながらまずは知り合いの名前がないかを確認する。
ドロテアとイゾウの見知った名前はシュラとエスデスだった。
シュラは戦力としては十分に期待できる。
エスデスも同様だ。彼女の強さは折り紙付きで、もし合流できればグループの戦力は大きく底上げされるだろう。
一方、桃花が指差した名前は泉美だった。
同じキャバ嬢だというが戦力にはなりそうもない。
「あの娘の性格なら案外殺し合いに乗って優勝を目指してるかもしれないわよ」
桃花はそう言いながら軽く笑った。
更に情報共有を進めるうちに別の事実が判明した。
桃花の端末にだけタクシーアプリがインストールされているのだ。
「これGOってボタンを押すと無人のタクシーが来て指定した場所まで連れて行ってくれるらしいわ」
桃花が説明しながら画面を見せる。
ドロテアは首を傾げた。タクシーという単語自体を知らなかったからだ。
桃花が簡潔に説明してくれる。自動車という乗り物で人を乗せて目的地まで移動するものだという。
この殺し合いの舞台である渋谷では一般的な移動手段らしい。
タクシーアプリがランダムに一部の参加者にだけインストールされているのなら、それは一般人向けの配慮なのかもしれない。
ドロテアとイゾウの二人にだけインストールされていないという可能性も否定はできないが。
ともあれ名簿で参加者を把握できたことによりドロテアの新たな行動方針は固まった。
それをイゾウと桃花に伝えた上で何としても説得する必要がある。
ワイルドハントの最大戦力であるイゾウはもちろん、桃花も今の状況では貴重な人材だ。
「妾たちは方針を変える必要があるのじゃ」
そう切り出したドロテアの声にイゾウと桃花の視線が集まる。
イゾウは刀を握ったままの姿勢で静かに聞き入り、桃花は糸目の笑顔を浮かべたまま話に耳を傾けた。
ドロテアが話を終えるとイゾウは短い沈黙の後、静かに頷いた。
刀に血を与えることを望む人斬り侍ではあるが、シュラに同行して国の許可の元に人を斬ろうという程度の理性は持ち合わせている男だ。
状況を理解して生き残るために方針を変える必要性を認めたのだろう。
「ただしセイバーとの決着だけは譲れぬでござる」
イゾウの声は低かったが揺るぎない意志が込められていた。
ドロテアとしては紗代諸共野垂れ死んでほしいが、既に敵対している以上、セイバーと再遭遇したなら対処する必要があるのも事実だ。
「いいじゃろう。ただし次に奴と戦う時はこれを使うのじゃ」
そう言いながらドロテアは最後の支給品を取り出した。
超強化薬。帝国暗殺部隊で使用されている薬物であり、本来は特殊な処置を施した兵士でなければ使用できない代物だった。
肉体への負担が大きすぎるため普通の人間が飲めば即死しかねない。
だが支給された超強化薬をドロテアは錬金術によって改良。イゾウが服用できるように改造を施した。
安全になったわけではないが、少なくとも服用した瞬間に死ぬレベルの危険はない。
ソリテール戦の前には完成していたので、桃花が正面切って戦わなければ、今回の戦いでイゾウに使わせるつもりだった。
「……」
超強化薬を見たイゾウは僅かに難色を示した。
元より帝具に頼らず刀一本で戦ってきた男だ。
セイバーとはあくまで自らの手で決着をつけたいのだろう。
「奴を斬ってその血を刀に与えたいのじゃろう」
その言葉にイゾウの眉が動いた。
彼が欲しているものはただの勝利ではない。
江雪にセイバーの血を与えることだ。
イゾウは超強化薬を静かに懐に収める。
「数回の使用で寿命は縮む。一度の戦闘で二度服用しようものなら命にかかわる。乱用は控えるのじゃな」
改造兵士もいないこの場においてイゾウは普段以上に重要な戦力だ。
薬物の乱用で無駄死にされては困る。
とはいえドロテアの見立てでは一回の服用でイゾウは十分にセイバーを圧倒できるはずだ。
前回の戦いでセイバーが最後に使用した必殺技を使わせる機会すら与えず斬殺できるだろう。
もっともあの時のセイバーはマスターと契約しておらず万全ではない状態だが、サーヴァントシステムを知らないドロテアは知る由もないことだった。
「それからシュラは妾の方針に異を唱えるやもしれぬが、ここは帝都ではないから最早従う必要はないのじゃ。あれは腕が立つから利用価値はあるが、意見が割れた時は妾の側に付いてもらうぞ」
ドロテアはワイルドハント随一の怪力だが、その本質は研究者であり近接戦闘の心得があるわけではない。
だからこそ今のうちにイゾウを懐柔しておくことでシュラをコントロールする。
「貴様は超強化薬で妾に借りがあるじゃろう。繰り返しになるが今敵を無駄に増やすのは自殺行為じゃ。シュラのような短慮な男の指示に従っていては全滅するぞ」
「承知でござる」
確かにこの場で人を斬るのにシュラの許可が必要ないのは事実。
ならばイゾウがシュラに忠義立てする必要性は皆無だった。
「さて、桃花。貴様はどうする」
ドロテアは視線を移した。
桃花はこれまで「最強のライダー」という言葉をよく口にしていた。
この行動方針の転換が彼女の求める戦いにそぐわないと判断されれば同盟の解消もあり得る。
最悪の場合、この場で戦闘が始まるかもしれない。
「それでいいわよ」
だが、桃花の反応はあっさりしていた。
糸目の笑顔を崩さないまま承諾する。
「その方針なら首輪は死体から回収した方がいいわよね。このエリアに私が最初に殺した元同僚の死体があるから案内するわ。体はドロドロに溶けてるけど首輪は無事だったはずよ」
それは桃花自身の判断なのか。或いは……。
ーー蜘蛛の祖たる不死生物は狡猾に思考する。
ーーバトルファイトとは勝手の異なる命の授業において「今」はこの集団に属しておくのが得策であると。
ドロテアは目を細めて桃花の手にあるカードに視線を向けた。
それに気づいたのか桃花はゆっくりと蜘蛛の面を表向きにしながら笑顔を向けてくる。
「心配しなくてもいいわ。私の意志とカテゴリーAの意思は完全に一つよ」
カード表面の毒蜘蛛がその言葉に呼応するかのように蠢いた。
【F-3 市街地/黎明/1日目】
【イゾウ@アカメが斬る!】
[状態]:疲労(小)、多数の裂傷(中)
[装備]:江雪
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~2、超強化薬
[思考]:グループの方針には従いつつ、江雪に血を与える機会は逃さない。
1:ドロテア、桃花と行動を共にする。
2:セイバーとの再戦は必ず果たす。
3:シュラではなくドロテアの意向を優先する。
4:超強化薬は強敵との戦闘時に限定して使用する。
【ドロテア@アカメが斬る!】
[状態]:軽傷(小)
[装備]:帝具「血液徴収アブゾデック」
[道具]:基本支給品一式
[思考]:首輪を外してゲームから脱出する。
1:格上の存在を警戒して敵を作らないように立ち回る。
2:殺し合いに乗っていないが非道を厭わない参加者と同盟を模索する。
3:首輪のサンプルを集めて解除方法を探る。
4:桃花との同盟を維持し、駒として利用する。
5:シュラは上手く活用したいが、あまり負担になるようなら見限る。
6:セイバーと紗代は放置して自滅を待つ。
【桃花@みいちゃんと山田さん】
[状態]:疲労(中)、♣Aによる精神汚染進行中
[装備]:レンゲルバックル
[道具]:基本支給品一式、ラウズカード複数枚(♣4、♣6、♣8、♣10、♥ 4、♥ 5、♥ 7、♥ 8は確定)、不明支給品×2
[思考]:私の意志とカテゴリーAの意思は完全に一つよ。
1:「今」はこの集団に所属してグループの方針にも従う。
2:新名の死体から首輪を回収する。
3:セイバーと沙代は機会があれば仕留める。
4:同僚、知り合いであっても容赦なく排除する。
※REMOTEの再使用可能時間は後続の書き手に任せます。
【超強化薬@アカメが斬る!】
ドロテアに支給。
帝国暗殺部隊で使用されている限界を超えて能力を引き出す劇薬。
本来は特殊な処置を施した兵士でなければ使用できない。
ドロテアの錬金術によりイゾウが服用できるように改造が施されている。
数回の服用で寿命が縮み、一度の戦闘で二回服用すれば命の保証はない。
最終更新:2026年08月30日 16:39