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『剣豪死合』


(キャラ) セイバー(ヤマトタケル)、龍賀紗代、イゾウ、ドロテア、桃花




エスデスとの死闘の後。
渋谷のビル群の隙間、かつては閉店したコンビニだったであろう建物の軒先で、セイバーは沙代を伴い僅かな休息を取っていた。
破壊された自動ドアの奥、埃を被った棚には賞味期限の切れた菓子袋が並んでいる。
夜風が吹き抜ける度、崩れかけた看板がわずかに軋む。遠くではまだ、この殺し合いの舞台のどこかで悲鳴か、あるいは咆哮か、判別のつかない音が微かに響いていた。
渋谷という街は、本来ならばこの時間帯もなお喧騒に満ちているはずだった。だが今、ネオンの消えた交差点には、ただ死者を待つだけの静寂が横たわっている。


「セイバー様……お怪我は」


沙代がそっと膝をつき、セイバーの左肩に視線を落とす。
エスデスの氷弾の破片が掠めていたのだろうか。白い和装の生地に赤黒く広がった染みを見つけた沙代の瞳が微かに揺れる。
彼女の指先が傷口の少し手前で躊躇うように止まる。触れていいものか、それとも触れることすら許されないのか。判断のつかぬまま、ただ震える指先を宙に浮かせていた。


「この程度、傷のうちにも入らん。それより君こそ座って休むといい」


セイバーは肩をすくめて見せるが、その仕草には隠しきれない疲労が滲んでいた。
八岐怒濤の一撃は、いかにサーヴァントの膂力をもってしても魔力の消耗が大きい。まして、はぐれサーヴァントとして十分な魔力供給もない身では尚更だ。
本来であれば、マスターより魔力を供給され、絶えず霊基を維持するはずのサーヴァントという存在。だが、この奇妙な戦場において、セイバーはただ独り、己の内に残された魔力のみを頼りに戦い続けねばならない。それがどれほどの重石であるか、沙代には正確には理解できずとも、セイバーの纏う気配の変化から、朧げに察することができた。
その些細な変化だけで、沙代の胸は締め付けられるように痛んだ。


「……サヨ、そう辛気臭い顔をするな」


「はい……セイバー様」


そう答えながらも沙代の視線はセイバーの負った傷から離れなかった。
自分に何ができるというのか。ただ守られるだけの小娘が。
その自問が彼女の中でじくじくと膿んでいく。
龍賀の村にいた頃から、ずっとそうだった。誰かに守られ、誰かに与えられ、誰かの意のままに動かされることだけが、自分に許された生き方だった。
都会に憧れ、自由を夢見ていたはずのあの頃と、今、この殺し合いの舞台に立たされている自分と。何が変わったというのだろう。相変わらず自分は、誰かの後ろに隠れているだけの存在でしかない。


(また、私は何もできないまま……)


夜風が二人の間を吹き抜けていく。
渋谷の空はどこまでも高く、そして皮肉なほどに静かだった。星の見えない都会の夜空に、ただ月だけがぽつりと浮かんでいる。
その月明かりに照らされたセイバーの横顔を、沙代はじっと見つめていた。精悍でありながらどこか中性的な、この世のものとは思えぬ美しさを湛えたその顔立ちに、いつしか自分の視線が吸い寄せられていることに、彼女自身も薄々気づいていた。
だが、その静けさは長くは続かない。この殺し合いの舞台において、安寧は常に仮初のものでしかないのだから。


「ほう。中々に整った気を纏っておるでござるな」


声は闇の向こうから唐突に響いた。

セイバーが即座に立ち上がり沙代を背に庇う位置へと身を滑らせる。その動作には一切の淀みがなかった。疲労を蓄えた身体でありながら、いざという瞬間には即座に臨戦態勢へと切り替わる。それこそが、幾多の戦場を渡り歩いてきた英霊としての在り方だ。

そこに立っていたのは、腰に一振りの刀を差した和装の男──イゾウだった。
月明かりに照らされたその佇まいは、一見すれば穏やかにすら見える。だが、その双眸の奥に宿るドス黒い光だけは決して穏やかなものではなかった。
獲物を前にした獣の目。剥き出しの渇望。腰に佩いた刀──江雪の鞘に置かれた右手の指先が微かに、しかし確かに期待に震えているようにも見えた。
その後ろに続いて小柄な少女の姿をした錬金術師ドロテアが軽やかな足取りで現れる。
ドロテアは瞳を細め値踏みするようにセイバーと沙代を交互に見やった。
だが彼女の視線が真に注がれていたのはセイバーではなく──その隣で怯えたように身を寄せる沙代の方だった。


「拙者はイゾウと申す者でござる」


イゾウは腰の刀──江雪の鞘に手をかけながら、どこか浮き立つような声色で言葉を継いだ。


「刀を使う者同士、死合の場で刃を交えぬなど無粋というものでござろう」


セイバーは応えず、まずイゾウという男の纏う気配を測った。
構えていないにもかかわらず、隙という隙がまるで見当たらない。
まるで抜き身の刃がそのまま人の形を取ったかのような異様な静謐。
その静謐の奥には隠しきれない歓喜が滲んでいた。この男にとって刀を交えるということそのものが何よりの喜びであるらしい。
強さへの渇望ではない。もっと純粋で、もっと歪な、殺すこと斬ることそのものへの渇仰。


「サヨ、下がっていろ」


「セイバー様……」


「案ずるな」


セイバーは薄く笑ってみせたが、その双眸は決して笑ってはいなかった。
沙代を数歩後ろへ下がらせセイバーは静かに天叢雲剣の柄に手をかける。

最初に動いたのはイゾウだった。
鞘走りの音すら聞こえぬほどの居合──否、それは抜刀と呼ぶにはあまりに滑らかで、まるで最初から刃がそこにあったかのような一閃。
セイバーはそれを身体が反応するより先に剣に染み付いた本能で受けた。
澄んだ金属音が夜の渋谷に木霊する。


「──ほう」


イゾウが小さく声を漏らす。感嘆でも侮蔑でもない純粋な興味の色を帯びた声だった。
抜刀を正面から受け止めた。それも最小限の動作で最大の防御を成した。刀使いとして、これ以上の返答があろうか。



「参るでござる」







イゾウの二の太刀が閃く。
袈裟懸けに振り下ろされたその一撃をセイバーは半身をずらして紙一重で躱す。
躱しざま返す刀でイゾウの胴を薙ごうとするが、イゾウの体はまるで水のように、その軌道の外側へと滑り出ていた。


「……」


セイバーの眉が僅かに動く。
躱された。それも力任せではなく、まるで最初からそこにいることが決まっていたかのような無駄のない足運びで。

三合目。四合目。五合目。

刃と刃が交差する度、火花にも似た音が夜気を裂く。
イゾウの剣技は決して力任せではない。むしろ驚くほどに軽やかで、しかしその一振り一振りに込められた間合いの読みは恐るべき精度を誇っていた。
セイバーの剣速に一切怯まず、時に紙一重で合わせる。

六合目、イゾウの刃がセイバーの喉元を狙って一直線に伸びる。セイバーはそれを剣の腹で受け流し、そのまま体を沈めて足払いを兼ねた薙ぎを放つ。イゾウは軽く跳躍してそれを避け、着地と同時に逆袈裟の一撃を繰り出す。
互いに一歩も譲らぬ攻防が、幾度となく繰り返される。
斬り込み、躱し、受け、また斬り込む。刀と刀のぶつかり合いだけがそこにあった。

七合目。イゾウの剣先が僅かに沈み、下段からの逆袈裟を予感させる。セイバーはその予兆を読み取り、あえて誘いに乗る形で剣を下段へと落とす。だが、それこそがイゾウの狙いだった。下段への誘導は虚。実際に放たれたのは、剣先を返しての小手打ち。
セイバーは寸前でそれを察知し、握った柄を僅かに捻ることで刃筋を逸らす。金属同士が擦れ合う甲高い音と共に火花が散った。


「今のを見切るとは。大抵の相手は、あそこで小手を斬り落とされるのでござるが」


「あいにく私はまだ両手とも必要な身でな」


軽口を叩きながらもセイバーの額には汗が滲み始めていた。


「──江雪」


イゾウが、闘いの最中にぽつりと愛刀の名を呟く。
その声には、戦意とは異なる、ある種の恍惚が滲んでいた。
愛刀に血を与えることでしか満たされぬ渇望を抱えたこの男にとって、これほどの手練れは久方ぶりの馳走に他ならなかった。舌なめずりをするような心地で、イゾウは間合いを詰め続ける。

八合目。セイバーの上段からの一撃を、イゾウは半身で躱しながら胴への突きを繰り出す。セイバーはそれを剣の鎬で受け流し、そのまま柄頭でイゾウの手首を打とうとするが、イゾウは瞬時に手首を返して回避する。

九合目。互いに間合いを離し、一瞬の静寂が訪れる。呼吸を整える二人の間に夜風だけが吹き抜けていった。
セイバーの剣が上段から振り下ろされる。
イゾウはそれを真正面から受け止めた。
刃と刃がせめぎ合う。互いの膂力が拮抗し、一瞬、二人の動きが止まる。
至近距離で交差する視線。イゾウの瞳の奥に宿るのは狂気にも似た刀への渇望。
セイバーの瞳の奥に宿るのは剣士としての純粋な高揚。
鍔迫り合いを解き二人は同時に飛び退る。
この時点で両者の間には明確な優劣は存在しなかった。
純粋な剣技、間合いの読み、経験に裏打ちされた技術。そのいずれにおいても、イゾウとセイバーは紛れもなく互角の域に達していた。
もしこの光景を亜種平行世界下総国の者が目にしていたならば、きっとこう評しただろう。
これはまさに女武蔵と英霊剣豪たちによる七番勝負、屍山血河の死合舞台にも勝るとも劣らぬ剣に生きる者たちの死合いであると。
互いに得物を構え直し、再び間合いを詰める。
鎬を削り、切っ先を掠め、時に髪の一筋を斬り落としながら、二人の剣士は幾度となく交錯を繰り返した。
汗が滴り、息が乱れる。それでも二人の瞳から闘志の色が消えることはなかった。

十合目、イゾウの踏み込みが一段深くなる。爪先で地を噛み腰を落とし、まるで地面そのものを蹴り砕くような踏破からの突き。刀身が一直線にセイバーの心臓を狙う。
セイバーはその軌道を寸前で見切り、半身をひねって躱すと同時に、鍔元から切っ先までを使い切るような大きな一薙ぎを放つ。イゾウはこれを刀身を地面と水平に倒すことで受け流し、力の向きだけをずらして無効化する。

十一合目。セイバーが放った逆袈裟を、イゾウは体を反らして紙一重で躱す。切っ先が眼前を通過する刹那の風圧に頬の産毛がざわりと逆立つ。だが、それすらもイゾウにとっては愉悦の一部であるかのように彼の口元には笑みが浮かんでいた。
十二合目、十三合目。息継ぎすら惜しむような連撃の応酬が続く。

傍らでこの光景を見守っていた沙代は息を呑むことすら忘れ、ただ二人の剣士が織り成す死の舞踏に見入っていた。剣が空を裂く度、火花が散る度、彼女の心臓は縮み上がるような感覚を覚える。


(──セイバー様……)


均衡を崩すべくセイバーはスキル、魔力放出(水)を発動した。天叢雲剣の鞘、水神による加護を得た本来の戦い方だ。
剣速に水流の推進力が加わりセイバーの一撃一撃が今までとは比較にならぬ速度と重量を纏い始める。


「風雅な力を隠していたでござるか」


イゾウは驚きを見せながらも後退る素振りは見せなかった。
むしろその双眸には、これまで以上のドス黒い光が宿り始めていた。
水を纏った斬撃が次々とイゾウへと襲いかかる。
一つ一つが先ほどまでの剣戟とは比較にならぬ破壊力を秘めていた。掠めるだけで、常人の身体など容易く両断されるだろう。
水流を纏った刀身が空を裂く度、周囲のアスファルトが波打つように抉れ、砕けた瓦礫が舞い上がる。夜気を震わせる水音は、まるで滝壺のただ中に立たされているかのような錯覚すら覚えさせた。

ならばそれによりイゾウが一太刀で斬り伏せられる雑兵かと言えば否だ。
イゾウという男は秘密警察ワイルドハントの中でただ一人、帝具という異能の力を持たぬ存在だった。他の四人──ドロテア、コスミナ、エンシン、チャンプは皆、それぞれが帝具を有している。にもかかわらず、そのワイルドハントを率いるシュラが最も信頼を寄せるのは他ならぬこのイゾウだった。

その信頼は伊達に勝ち取られたものではない。

もしイゾウが異能の力を振るわれた瞬間になす術もなく刀を折られ、あっさりと斬り捨てられるような雑魚であったなら──そもそも他の帝具持ちのワイルドハントメンバーを差し置いてシュラから絶大な信頼を勝ち得ることなどできるはずもない。
純粋な剣技と身体能力、そして未来予知にも匹敵する先読みこそが、この狂気の人斬り侍の真骨頂であった。

水流を纏った刃を紙一重で躱し、時に江雪の刃筋のみで受け流す。
常軌を逸した反射速度と間合いの読みで、増幅されたセイバーの剣戟を捌き続ける。
水の斬撃が空を裂く度、周囲のアスファルトが抉れ瓦礫が舞い上がる。
だが、その暴威の只中にあってなお、イゾウの足取りに乱れは生じない。まるで嵐の中心に立ちながら、風の隙間だけを選んで歩くかのような常軌を逸した精密さだった。

一合目、水を纏った斬り上げをイゾウは半身をひねって躱す。掠めた水流が背後のビルの外壁を薄く抉り取り、コンクリートの破片が音を立てて崩れ落ちた。

二合目、袈裟懸けの一撃。イゾウは江雪の刃を返し、刃筋を斜めに滑らせることで力の方向だけをずらす。水の勢いはそのまま地面へと逃がされ、アスファルトに深い傷跡を刻んだ。

三合目、四合目と続く中で、浅い切創が、彼の頬を肩を、腕を裂いていく。
だが、それでも尚──イゾウは止まらなかった。
水流をものともせず刃と刃の間隙を縫うようにしてセイバーの懐へと踏み込んでいく。
純粋な、ただ純粋な剣技のみで魔力を解放したセイバーと拮抗する。
それは常人であれば決して成し得ぬ、まさに人の身でありながら英霊の技巧に迫る所業だった。

五合目。イゾウの踏み込みが、水流の合間を縫うようにセイバーの右側面へと回り込む。死角からの一閃を、セイバーは背後に対する漠然とした気配だけで感じ取り刀を返して受け止める。刃と刃がぶつかり合う衝撃にセイバーの手首が痺れた。
セイバーは内心で舌を巻く。
力の系統は違えど、この男の剣技は本物だ。技術という一点において、この男は紛れもなく一流の領域に立っている。
六合目、七合目と続く攻防の中で、イゾウの動きには一切の澱みが見られなかった。むしろ、水流に晒され続けることでその反応速度はますます研ぎ澄まされていくかのようだった。
水の斬撃を時に刃で弾き、時に体を捻って躱し、時に地を蹴って回避する。その一つ一つの判断が、瞬きの間もなく連続して繰り出されていく。
イゾウの剣が下段から掬い上げるようにセイバーの手首を狙う。セイバーはそれを剣の柄で受け止め、そのまま押し返すように押し込むがイゾウは力を受け流し、体を横に流してその圧力から逃れる。
それでも天秤は少しずつセイバーの側へと傾き始めていた。
魔力という上乗せされた力の分だけ、僅かにイゾウの刀が後手に回り始める。
浅い傷が少しずつイゾウの身体に蓄積していく。頬の傷から一筋、血が伝い落ち、顎先から滴った。二の腕にも、太腿にも、浅い切創が幾つも刻まれていく。
このまま行けば、遠からず決着がつく。そう、セイバーが確信し始めた、その時だった。


「沙代と言ったかのう」


ワイルドハントの叡智、ドロテアの声が闘いの喧騒の中に静かに滑り込んだ。

視線を沙代に固定したまま、ドロテアはゆっくりとアスファルトの欠片を拾い上げる。
周囲の激戦で砕け散った破片──だが、それを持ち上げたドロテアの細腕からは、およそその小柄な体格からは想像もつかない膂力が漲っていた。


「妾の見立てでは、お主……かなり厄介な"力"を隠しておるようじゃな」


ドロテアの瞳が酷薄な笑みと共に細められる。
童女の容姿でありながら岩をも持ち上げる怪力の持ち主──それがドロテアという錬金術師の実力だった。そして長年、他者から生命力を奪い取り、若さを保ち続けてきた彼女の眼力は他者の内に潜む異質なものを見逃さない。
沙代という少女の纏う気配。表面上は怯えた小娘のそれでしかない。だが、その奥底に、ドロテアは確かに感じ取っていた。長年、数えきれぬほどの生命を奪い、そして観察し続けてきた者だけが持つ、ある種の勘だった。


(あの娘……何かを抑え込んでおる)


その正体まではまだ判然としない。だが、放置しておくには危うい"何か"であることだけはドロテアの本能が告げていた。


「今のうちに潰すのが戦の理というものよ」


言葉と共に拳大のアスファルト片が沙代目掛けて投擲される。
砲弾のごとき速度で迫るそれに沙代は反応すらできなかった。
風を切る音すら聞こえぬほどの速度。避けることも、防ぐことも叶わぬまま、ただ迫り来る死の予感に沙代の瞳が大きく見開かれる。


「──ッ!」


沙代を庇うようにセイバーの身体が滑り込む。
イゾウとの剣戟の最中、寸分の隙も見せていなかったはずのセイバーが、僅かにその意識を沙代へと割いた、まさにその瞬間。


「小娘に気を取られるとは、未熟でござるなあ!」


イゾウの剣がセイバーの脇腹を浅く裂いた。
庇いきれなかった沙代を守った代償として、セイバー自身の防御に生じたわずかな綻び。それをイゾウは見逃さなかった。
鮮血が飛び散る。だが致命傷には至らない。
セイバーはその痛みを噛み殺しながら、なおも剣を構え直す。
沙代は震える唇を噛み締め、それでも動けずにその場に立ち尽くす。逃げれば、また自分は何もできないまま守られるだけの存在に成り下がる。だが動けば足手纏いになる。その板挟みの中で、彼女はただ拳を握り締めることしかできなかった。
ドロテアは再びアスファルト片を投げつける。
沙代を狙う投石とセイバーへ肉薄するイゾウの剣戟。二人がかりの猛攻が、着実にセイバーの体力と集中力を削り取っていく。
剣を振るいながら同時に投石を弾き、あるいは自らの体で受け止めながら沙代を庇う。その負担は単独でイゾウと切り結ぶ以上のものだった。
二つ目の投石は水流の剣戟で辛うじて弾き返す。だが三つ目はイゾウの追撃を捌くのに手一杯となり、セイバー自身の肩が受け止める羽目になった。鈍い痛みが骨に響く。
庇いながら戦うことの難しさをセイバーは骨身に染みて理解していた。
純粋な一対一であれば拮抗できる。だが、守るべきものを抱えたままの二対一は、いかにサーヴァントといえど無視できぬ負荷を強いる。
防御と攻撃、そして庇護。三つの役割を同時にこなすことの困難さが、じわじわとセイバーの体力を蝕んでいく。

セイバーは剣を握る手に更なる魔力を込めた。
水神の加護が一層強まり、切っ先から放たれる水流が奔流と化す。
劣勢を覆すべく、これまで以上の出力で以て、イゾウとドロテアの猛攻に応じ始めた。
水の斬撃がイゾウの太刀筋を弾き、水流がドロテアの投石を打ち払う。
水流がイゾウの足元を洗うように奔り、彼の足場を僅かに崩す。その一瞬の隙を突いて、セイバーの剣がイゾウの左腕を掠めた。
同時に放たれた水の礫がドロテアの投じたアスファルト片を空中で撃ち落とし、砕けた破片が地に散らばった。
イゾウの表情に初めて明確な驚きの色が浮かんだ。
この男、まだ底を見せていなかったのか。傷を負い、劣勢に立たされてなお、なおその出力を引き上げてくる。

戦況は再びセイバーの側へと傾き始めた。
水流を纏った斬撃がイゾウの肩を、腕を、次々と掠めていく。浅い傷が積み重なり、江雪を握る彼の手にも、僅かながら疲労の色が見え始めていた。
ドロテアの投石もまた、水流によって次々と弾き返される。


「──ちっ」


ドロテアが小さく舌打ちを漏らす。
二人がかりで押し始めていたはずの均衡が、再び拮抗、いや、むしろセイバーの側へと傾きつつある。ワイルドハントの中でも上位の実力を誇る自分たち二人がかりで攻めているにもかかわらず決定打を与えられない。それどころか押し返されつつある。


(これは……少々分が悪いのう)


ドロテアの脳裏に撤退の二文字がよぎった、その時だった。


「あら、楽しそうなことをしているじゃない」


新たな声が闘いの喧騒に割り込んできた。

声のした方角、瓦礫の陰から姿を現したのはキャバクラ嬢の装いに身を包んだ水色のショートヘアの女、桃花だった。


「二対一なのに苦戦してるみたいね」


「……何者じゃ、お主は」


「通りすがりの見物人、と言いたいところだけど……そうね」


桃花は糸目を細めいつもの営業スマイルを浮かべた。
夜職で培った処世術としての笑顔。だが、その笑みの奥には、これまでの彼女とは明らかに異質な何かが滲んでいた。


「この場は私と組まない?」


「……ふむ」


ドロテアの視線が桃花が手に持つカードと腰のベルトに注がれる。
あの気配。あれはただの絵札ではない。何か酷く危険な呪に近しいものを内包している。
だが、今この状況において、味方が増えることに損はない。


「良かろう。一時的な同盟を結ぼうではないか」


「話が早くて助かるわ」


桃花は嗤いながらベルトのバックル部分を開いた。
そして持っていた一枚のカード──蜘蛛の絵柄が刻まれたそれを静かに掲げる。


「──変身」

『OPEN UP』


紫色の光の壁を通過した瞬間、桃花の肢体を緑と金の装甲が包み込んでいく。蜘蛛とクローバーを模した意匠の頭部、複眼のように輝く紫の瞳。
キャバクラ嬢の艶やかな姿は消え失せ、そこに立っていたのは──仮面ライダーレンゲルだった。


「それじゃあ始めましょうか。最強のライダーによる蹂躙を」


装甲越しでも、なお笑みを含んだような声色でレンゲルと化した桃花が言う。
その手には醒杖レンゲルラウザーが握られていた。先端がクローバー型の錫杖──それを軽く一振りし、桃花は戦意を漲らせる。

戦況は一変した。
セイバーは今や、イゾウ、ドロテア、そしてレンゲルに変身した桃花という三者を相手取らなくてはならない。
否、桃花はレンゲルラウザーを構えると♣️10 テイピアリモートのカードを発動した。


『REMOTE』


桃花の支給品に含まれていた❤︎のカードから四つの異形の影が夜闇に滲み出た。
トンボの複眼を持つ甲冑姿の影、貝殻を思わせる装甲に身を包んだ影、蔦を纏う植物質の影、そして無数の鱗粉を纏う蛾の影。


「行きなさい」


桃花が指を差した先は沙代だった。

四体のアンデッドが一斉に沙代へと殺到する。
ドラゴンフライアンデッドが操る無数のトンボの群れが視界を埋め尽くし、シェルアンデッドの手裏剣が四方から迫る。プラントアンデッドの蔦が地を這い、モスアンデッドの毒鱗粉が大気を侵していく。


「良い判断じゃ」


ドロテアが愉快そうに笑い声を上げた。
桃花自身もただアンデッドたちに戦闘を任せて傍観しているわけではない。
手にしたレンゲルラウザーを構え、自らもまたセイバーへと肉薄していく。
錫杖の先端が月明かりを弾いて煌めく。


「私も混ぜてもらうわよ、っと」


軽やかな身のこなしで間合いを詰めレンゲルラウザーの一撃を放つ。
突き、薙ぎ、そして石突での打撃。武器の間合いを活かした桃花の攻めは、イゾウの刀とはまた異なる質の圧力をセイバーへと強いた。長柄の得物特有の間合いの広さを活かし、刀では届かぬ距離から次々と打撃を繰り出してくる。
複数のアンデッドを同時に操りながら、なお自らも第一線で戦い続ける──それは蜘蛛の始祖たる不死生物によって蝕まれつつある桃花の精神が徐々に人の身を超え始めている証左でもあった。

戦況は今や、セイバーひとりに対して、イゾウ、ドロテア、桃花、そして四体のアンデッド──事実上の七対一の戦いに変貌していた。


「サヨ、私から離れるな……ッ!」


沙代を背に庇いながらセイバーは水流の剣戟でアンデッドの群れを薙ぎ払う。
だが四方八方から繰り出される連携攻撃は、いかにサーヴァントの反応速度をもってしても捌ききれるものではなかった。
プラントアンデッドの蔦を剣で断ち切れば、その隙にシェルアンデッドの手裏剣が肩を掠める。それを躱そうと体をひねれば、桃花のレンゲルラウザーが横合いから胴を薙ぎに来る。防御に回ればイゾウの江雪が的確にその隙間を縫って刺突を放つ。
七者からの攻撃は、まるで波状に押し寄せる津波のようだった。一つを凌げば、また一つ。凌ぎきったと思った瞬間には、既に次の刃が眼前に迫っている。
その中で最も警戒すべきは童女の形をした老獪の投石でもなければ、乱入者の錫杖でもなく、ましてや不死生物の異能でも非ず。狂気の人斬り侍の凶刃に他ならなかった。

隙を見せれば一撃で頸を断ち斬られる侍の刃。


「セイバー様……!」


沙代の悲鳴にも似た声。
その声を聞いてセイバーの瞳に一層強い光が宿った。

弱きを守るために剣を振るう。それこそが、彼が選んだ在り方だった。


「──絶技」


セイバーの剣に、これまでとは比較にならぬ密度の魔力が凝縮していく。
バトルロワイヤルにおいて、これが二度目の解放。
周囲の空気が震え、水気を帯びた重圧が、その場にいる全員の肌を粟立たせた。


「──八岐怒濤ッ!!」


剣の切っ先から八条の水の斬撃が同時に放たれる。
蛇のごとくうねりながら奔る水流は、さながら大蛇の顎そのもの。
対人技でありながら範囲効果すら伴うその一撃は、周囲一帯を薙ぎ払わんとする暴威となって解き放たれた。


「──ッ! 防ぎなさい!」


桃花が咄嗟に叫ぶ。
四体のアンデッドが主の意思に従い自分たちの身体を盾として、桃花、ドロテア、イゾウの前に立った。

激突。

水の奔流が四体のアンデッドの装甲を容赦なく打ち据える。
不死身であるアンデッドの肉体をもってしても英霊の絶技の前には抗いきれなかった。
悲鳴にも似た咆哮を残し、ドラゴンフライ、シェル、プラント、モスアンデッドの四体は次々とラウズカードに再封印された。
このバトルロワイヤルにおいては、アンデッドは一定以上のダメージを受けると自動的に封印されるようになっていた。
水飛沫と土煙が視界を覆い尽くし、しばしの間、あたりは真っ白に染まった。

その煙が晴れた時──
そこにはもう、セイバーと沙代の姿はなかった。


「逃げられたでござるな」


イゾウが静かに江雪を鞘に収めながら呟いた。


「ちっ、もう一度リモートは使えないか」


テイピアリモートのカードを再度読み込もむもアンデッドが解放されることはなかった。
アンデッドを用いた追跡を行うことはできない。


「数的優位を簡単に作れるカードだもの。一度使うと一定時間は再使用できないってところかしら」


舌打ち混じりに桃花が結論づける。


「なら直接追いかけて、けりをつけるのもいいわね」


彼女の口ぶりは、まるで昼食のメニューでも選ぶかのように軽やかだった。


「拙者としても、あの男との勝負、決着をつけたいところでござる」


イゾウも視線をセイバーが去った方角へと向ける。



「待つのじゃ、二人とも」


そこへドロテアの声が割って入った。


「妾たちも、それなりに手傷を負っておる。奴は紛れもなく強敵。この状態で深追いするのは得策とは言えぬぞ」


実際、イゾウの肩や腕には浅くない切り傷が幾つも刻まれドロテア自身もいくらかの負傷を負っていた。


「提案じゃが妾たちとの同盟、このまま続けぬか」


ドロテアの提案に桃花は変身を解除しながら僅かに片眉を上げた。


「見返りは?ただ働きは性に合わないのよ」


「妾の支給品を一つ渡そう。それなりに役に立つはずじゃ」


「……あら、太っ腹ね」


桃花は糸目の奥でその真意を推し量るように見つめた。
だが深くは追及せず、薄い笑みと共に頷いた。


「いいわ、乗ってあげる。同盟継続ということで」


「ふむ、ならば決着は次の機会に持ち越しでござるか」


イゾウは名残惜しさを引きずりながらも江雪の柄から手を離した。


(我ながら、上手く言い包めたものよ)


ドロテアは内心でひとり独白した。
自分たちが負傷しているというのは確かに事実だ。だが、それだけが追跡を断念した理由ではない。


(あの沙代とかいう小娘……あれは危険じゃ。得体の知れぬ禍々しい力を内側に押し込めておる)


あの少女の瞳の奥に淀む昏い光。それは決して”何もない小娘”のものではなかった。


(下手に深追いして、あれが暴走でもすれば──妾たちが巻き添えを食う可能性すらある)


ならば、いっそ。


(セイバーとやらと共に、妾たちの与り知らぬところで、勝手に共倒れしてくれれば重畳というもの)


イゾウには申し訳ないが、あの二人は放置しておく方が得策。そう判断しての撤退の進言だった。

そしてもう一つ。
ドロテアの視線が変身を解いた桃花の腰のベルトへと僅かに向けられる。


(この娘の持つベルトと絵札……やはりあれは只の道具ではないのう)


所持しているだけで使用者の精神を蝕んでいく邪悪な意志。
♣️のカテゴリーA──チェンジスパイダーのカードに宿る忌まわしき気配。ドロテアの錬金術師としての目は、その禍々しさを見誤らなかった。


(あのベルトを奪ったところで妾が使うのはリスクがある。ならばあの呪具に呑まれた娘を、そのまま駒として使う方が有意義よ)


だからこそベルトを狙うのではなく同盟を継続するという選択を取った。
呪われた仮面を被り続ける桃花を生かして使い潰す。
その打算を老練の笑みの下に隠しながらドロテアは静かに笑った。


【F-3 市街地/深夜/1日目】

【イゾウ@アカメが斬る!】
[状態]:多数の裂傷(中)
[装備]:江雪
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~2
[思考]:江雪に血を与えるため参加者を惨殺する。
1:ドロテア、桃花と行動を共にする。
2:セイバーとの再戦を望む。
3:出会った相手をすべて斬り捨てる。
4:シュラと出会ったら指示を仰ぐ。

【ドロテア@アカメが斬る!】
[状態]:軽傷(小)
[装備]:帝具「血液徴収アブゾデック」
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1
[思考]:首輪を外してゲームから脱出する
1:イゾウに同行して首輪のサンプルを集める。
2:桃花との同盟を維持し、駒として利用する。
3:セイバーと沙代は放置して自滅を待つ。
4:他の参加者を殺して血を吸う。
5:首輪の解除方法を探る。

【桃花@みいちゃんと山田さん】
[状態]:♣Aによる精神汚染進行中
[装備]:レンゲルバックル
[道具]:基本支給品一式、ラウズカード複数枚(♣4、♣6、♣8、♣10、❤️4、❤️5、❤️7、❤️8は確定)、不明支給品×2
[思考]:最強のライダーとして他の参加者を蹂躙しながら優勝する。
1:当面はイゾウ、ドロテアと行動を共にする。
2:セイバーと沙代は機会があれば仕留める。
3:同僚、知り合いであっても容赦なく排除する。

※REMOTEの再使用可能時間は後続の書き手に任せます。


激戦の舞台となった路地から幾筋も離れた廃ビルの物陰。
セイバーは肩で息をしながら、崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
脇腹の傷、右腕の切創。八岐怒濤を放った反動もあり、その顔には隠しきれない疲労の色が浮かんでいた。


「セイバー様……ッ!」


沙代が慌てて駆け寄り、震える手でセイバーの傷口へと触れる。
止血の術など知らない。ただ、震える指先で、傷口をそっと押さえることしかできなかった。


「大事ない……この程度」


自分を庇い、自分のせいで負わされた傷。それを前にして、なお平然と装おうとするセイバーの姿に彼女の中で何かが決壊しかけていた。


(私のせいで)


龍賀の村で。あの日、時貞に、乙米に、一族の誰にも顧みられず、ただ道具として消費され続けてきた記憶が、脳裏を掠める。


(でも──セイバー様は違う)


初めて、自分だけを見てくれた人。

初めて、自分のために傷を負ってくれた人。

その人が、今、自分のせいで血を流している。


(この身に宿った、忌まわしい力……)


龍賀の呪い。狂骨の依代となる、あの穢れた霊能力。
セイバーに出会ってから、ずっと押し殺し続けてきた力。


(あなたのためなら──)


沙代の瞳の奥、深い場所で、何かがゆっくりと目を覚まし始めていた。
セイバーを傷つける者があるならば。
次にセイバーへ刃を向ける者があるならば。
その時は──迷わない。


「セイバー様、少し休んでいてください」


沙代の声は、それまでとは違う静かで硬質な響きを帯びていた。
セイバーがその変化に気づき僅かに眉をひそめる。


「……サヨ?」


だが沙代はそれ以上何も語らず、ただ夜の闇の向こうを見つめていた。
その瞳の奥に揺らめく昏い光を、この時のセイバーはまだ正確に見極めることができずにいた。


【E-3 市街地/深夜/1日目】

【セイバー(ヤマトタケル)@Fate/Samurai Remnant】
[状態]:多数の裂傷(中)、魔力消費(中)
[装備]:天叢雲剣@Fate/Samurai Remnant
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×0~2
[思考]:主催者を倒し、この殺し合いを終わらせる。
1:悪を斬り、弱きもの達を守る。
2:イゾウとの決着はいずれ必ずつける。
3:エスデスは次会えば斬る。
※最終ルート、可惜夜に希う終了後より参戦です。
※はぐれサーヴァントとして現界しています。
※上記の影響で天叢雲剣の完全開放は制限されています。

【龍賀沙代@ゲゲゲの謎】
[状態]:腹部に鈍い痛み(小)、セイバーへの執心(極大)、セイバー傷つける者への敵意(大)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×0~3
[思考]:セイバー様に従う。
1:今はただ、セイバー様の御傍に。
2:セイバー様に仇成す者は……
※水木と出会う直前から参戦です。





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000『Return of Santa Claus 002『モトリー・クルー
採用No.32『集結!秘密警察ワイルドハント イゾウ
採用No.32『集結!秘密警察ワイルドハント ドロテア
採用No.16『笑顔という名の仮面 桃花
採用No.13『私の運命はきっと貴方だったのに、貴方の運命は私じゃなかった ヤマトタケル
採用No.13『私の運命はきっと貴方だったのに、貴方の運命は私じゃなかった 紗代

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最終更新:2026年08月14日 17:03