アットウィキロゴ

『イゾウを斬る』






戦とは詰まる所、先手を取った者が理を得るものだ。
幾多の戦場を渡り歩いてきたセイバーにとって、それは今更語るまでもない道理だった。
奇襲を受ける愚と奇襲を成す利。その天秤の傾きがいかに勝敗を分けるか身命を賭して味わってきた。
前回は後手に回った。
イゾウに先手を取られ、童女の姿をした老婆に沙代を狙われ、水色の髪をした乱入者が加担したことで完全に数の利を握られた。
七対一という劣勢の中、退くという判断こそ誤らなかったものの、あの戦いはセイバーにとって明確な敗着に近いものだった。
ならば今度はこちらから仕掛ける。
廃ビルの屋上から見渡す渋谷の街並みは夜明けの光に包まれながら静寂を纏っていた。
サーヴァントとしての視力は常人のそれを遥かに凌駕する。
遠方、路地を歩く四つの人影をセイバーは既に正確に捕捉していた。


「……いたな」


呟きに反応して傍らに控える沙代が僅かに身を強張らせる。


「イゾウですか」


「あの偽りの童女と絵札を使う女もいる」


セイバーの声音に油断も驕りもない。
ただ淡々と戦うべき相手の情報を確認するだけの平静さがあった。


「もう一人、増えているな」


セイバーの瞳が僅かに眇められる。
四人組の中、見覚えのない人影が一つ。
和洋折衷の装いをした青年だった。


「サヨ」


セイバーは沙代へと向き直る。


「イゾウと決着をつける」


沙代は小さく頷く。その瞳の奥には隠しきれない緊張の色が滲んでいた。


「案ずるな。四人全員を相手取るつもりはない」


セイバーの脳裏には既に一つの策が形を成していた。


「水の壁でイゾウと他の三人を分断する。一騎討ちに持ち込めば私に負ける道理はない」


セイバーの声が僅かに硬さを帯びる。


「その規模の水壁を展開するために令呪を一画使ってもらいたい」


その言葉に沙代の瞳が微かに見開かれた。
令呪。
セイバーとの契約の証として刻まれた三画の聖痕。
沙代は暫し自らの手に刻まれた聖痕を見つめていた。


「……分かりました。それが今、私にできる最善であるのなら」


沙代の言葉に頷きながらセイバーは改めて自らの内にある事実と向き合う。


「ヴォルデモートとの戦いで私は君に負担をかけぬよう無意識のうちに魔力の消費を抑えて戦っていたようだ」


脳裏に蘇るのは闇の帝王との死闘の記憶。
沙代の負担を抑えるための無意識の出し惜しみが招いた防戦一方の戦い。
仮にセイバーが本来の力を発揮していれば八岐怒濤が悪霊の火に一瞬でも拮抗されることはなく、姿現しをする暇など与えることもなかった。
それ以前にニワトコの杖を用いたプロテゴであっても空間を舞う斬撃で切り裂くのは容易だった。


「もし私があの時、全力で戦っていれば」


そこでセイバーは一度言葉を止めた。
続く言葉は彼にとって決して軽いものではなかった。


「キリュウが死ぬことはなかった」


怪物を超えた怪物と謳われた男。
不遜で、傲岸で、それでいて沙代の心に一石を投じてくれた恩人。
彼が己の命と引き換えに杖を破壊したあの瞬間。
セイバーには悔恨という感情が刻み込まれていた。


「だから今後はこれまで以上に君の力を借りる」


その言葉に沙代は一瞬、息を呑んだ。
だが、その表情に浮かんだのは恐れではなかった。


「……覚悟はとうにできております」


確固たる決意をもって沙代は答えた。


「鬼龍様が仰いました。忌まわしい力に殺されるのではなく、忌まわしい力を征する悪になれと」


優しい悪。
鬼龍が体現し、そして沙代に示した在り方。
誰かを傷つけることを厭わないが、それでも誰かのために振るう力。
矛盾しているようで彼女にとってはそれこそが今、進むべき唯一の道だった。
その言葉にセイバーは暫し沈黙した。


「……分かった」


界剣の柄に手をかけ、セイバーは眼下に見えるイゾウたちの姿を改めて見据えた。
セイバーの纏う気配が変わる。
ヴォルデモートとの戦いで見せた抑制された剣気ではない。
決意を宿したセイバーの瞳がイゾウの姿を見据える。
戦の準備は整った。



◇



早朝の渋谷の路地を四人は粛々と歩いていた。
先頭をイゾウが歩き、その後ろにドロテア、桃花。
最後尾には直哉が、これといって気負う様子もなく裾を揺らしながら続いている。
不意にイゾウが足を止め、己のデイパックへと手をかけた。


「そういえば拙者の支給品をまだ検めておらなんだでござるな」


「今更かいな」


直哉が呆れたように肩をすくめる。
イゾウはチャックを開け、中身を漁り始めた。
出てきたのはガラス製の瓶が1ダースと拳銃が一挺。


「これは……妾が錬金術で作った武器じゃな」


ドロテアは手に取りまじまじと検分する。
間違いなく手ずから調合した石化ガスの瓶と魔導弾入りの拳銃だった。


「拙者には無用の道具でござるよ」


「では有難く頂戴するかのう」


ドロテアは受け取った瓶を丁寧に己のデイパックへと仕舞い込み拳銃を装備する。


「おいおい、ええんか。いくら元からお仲間だったとはいえ、そない簡単に支給品渡してもうて」


「拙者は江雪一筋。支給品など毛頭興味なし」


きっぱりとそう言い切るイゾウの態度に迷いは微塵もなかった。
長物をぶら下げて歩く己の兄たちを内心で見下している直哉にとって、刀にここまで執着するイゾウの感覚は全く理解の及ばぬものだった。


「本当にその刀を愛しているのね」


桃花が糸目を細めながらくすりと笑う。
からかうような響きでありながら、その言葉には僅かながら本物の感心も混じっているようだった。


「当然でござるよ」


イゾウは腰の江雪へとそっと手を添えながら満足げに笑った。
そうして四人は工場を目指して進んでいく──はずだった。


「──ッ!?」


不意にイゾウの足が止まった。


「イゾウ?」


「何かおかしいでござる」


イゾウの声にそれまでの平静さはなかった。
剣士としての本能が明確な異常を告げていた。
湿度が変わった。
空気が水気を帯び始めている。


「来るぞ!」


イゾウの叫びと同時に。
四方の建物の陰、地面の隙間、あらゆる方角から水が奔流となって迫った。


「な、なんじゃ、これはッ!」


ドロテアの悲鳴にも似た声が上がる。
彼女の視界いっぱいに白く輝く水の奔流が立ちはだかっていた。
まるで巨大な壁がそこに出現したかのように視界と退路を完全に塞いでいる。
一瞬の混乱の後、水音が僅かに収まり視界が晴れる。
イゾウは自らの置かれた状況を即座に把握した。
四方、否、正確には己の周囲を取り囲むように水の壁が屹立している。
まるで巨大な檻。あるいは闘技場と呼ぶべきか。
この水壁は明らかにイゾウだけを壁の内側に閉じ込めるために展開されたものだ。


「……成程」


イゾウの口元に静かな笑みが浮かぶ。
その意図を悟った瞬間、彼の中に湧き上がったのは恐怖でも動揺でもなく、むしろ歓喜に近い感情だった。


「拙者一人を狙ったでござるか」


水の壁に囲まれた空間、その中央。
確かな気配を纏って、その人物は既にそこに立っていた。
白の和装。少年にも少女にも見える中性的な相貌。
腰に佩いた蛇行剣の鞘に手を添えたまま、澄んだ冷たい輝きを湛えた瞳が真っ直ぐにイゾウを見据えている。


「セイバー」


その名をイゾウは確かな実感と共に口にした。
前回の死闘から僅かな時。
だが目の前に立つセイバーという剣士の纏う気配は明らかにあの時とは違っていた。


「随分と荒々しい登場でござるな」


軽口めいた言葉を発しながらもイゾウの右手は既に江雪の柄へと添えられていた。


「イゾウ」


セイバーが静かに口を開いた。


「今、ここで決着をつける」


短く迷いのない宣告だった。
その言葉に呼応するように、セイバーの持つ剣に水気を帯びた魔力が凝縮していく。


「望むところでござるよ」


腰に佩いた愛刀の柄に指先が触れる。
その仕草だけで彼が抱く渇望の深さが伝わってくるようだった。
イゾウの視線がセイバーの構える剣へと注がれる。


「水の鞘で覆い隠されていても、やはりお主の剣は美しいでござるな」


その一言にセイバーの瞳が見開かれた。
隠された界剣の本質。宝具すら知らぬはずの者がそれを見抜いたというのか。


「だがこの江雪の輝きの方が数段上」


不敵に笑いながらイゾウはその手で愛刀の柄を握り込む。
すらりと澄んだ音を立てて刀身が抜き放たれる。


「それを証明してみせよう」


夜明けの薄い光を受けて白刃が仄かに輝いた。
抜き放ったばかりの刀身をイゾウはうっとりと見つめる。


「おお…分かっておるぞ江雪。この極上の剣士の血を吸いたいのだな」


恍惚とした呟きが唇から零れ落ちた。
刃に映り込む己の顔すら、もはや目に入っていないのではないかと思わせるほどの深い陶酔だった。


「疾く片付ける」


□



□



水神の加護がその輝きを増していく。
前回の戦いで見せた水流とは明らかに異なる密度の魔力が刃の内に凝縮されていく。
イゾウの背筋に冷たいものが走る。
剣士として純粋な実力差を前にした時にのみ湧き上がる独特の緊張感だった。


(拙者一人で相対するには……些か力不足でござるな)


イゾウの左手は既に己の懐へと伸びていた。
取り出したのは錠剤の入った小瓶。ドロテアから受け取っていた超強化薬だ。
帝国暗殺部隊の特殊な処置を施した兵士でなければ扱えぬという代物。
使用すれば限界を超えた力を得られるが、その代償として寿命を確実に縮める。
だが、そんなことは今、些末な問題でしかなかった。
この薬を用いることでセイバーを斬れるのならば、江雪にこの剣士の血を与えられるのならば寿命など惜しくはない。
錠剤を口に放り込み、迷いなく奥歯で噛み砕く。
苦く、焼けるような味が舌の上に広がった。


「ぐ、ぅ……ッ!」


薬液が口内の粘膜から染み渡り、瞬く間に血流に乗って全身を駆け巡る感覚。
筋繊維が軋み、心臓が異様な速度で脈打ち始める。
視界が一瞬、白く染まった。
筋力、反射神経、動体視力。
あらゆる身体能力が、限界を超えて引き上げられていく。


「これならばッ!」


地面を砕くほどの踏破から放たれる一閃。
その速度は、もはや常人の目で捉えられる範疇を超えていた。
だがセイバーは驚くほどに冷静だった。
その一撃をセイバーは正確に見切り剣の腹で受け流す。


「……ッ!?」


イゾウの瞳に驚愕の色が走った。
渾身の突きを放つが虚空を切り裂くのみに終わった。
セイバーの体がまるで水面を滑るかのようにその軌道の外側へと逃れていたからだ。
薬の効果によって引き上げられたはずの力と速度。
それをもってしても目の前の剣士に一太刀すら届かせられないと理解してしまう。


「くッ……!」


イゾウは咄嗟に距離をとって活路を探る。
だが、その脳裏に浮かぶ幾つもの手段の全てが目の前の剣士には通用しないという確信を強めていくばかりだった。
それでも江雪の柄を握る手になおも力が込められていく。


数回の服用で寿命が縮み一度の戦闘で二回服用すれば命の保証はない。


ドロテアの言葉が脳裏で警鐘のように鳴り響く。
それでもイゾウの左手は再び懐の小瓶へと伸びていた。
一瞬の躊躇いすら、もはやそこにはなかった。
錠剤を口に含み噛み砕く。
先ほどとは比較にならぬ激痛が全身を駆け巡った。
血管という血管が、まるで内側から灼かれるかのような感覚。心臓が異常な速度で脈打ち視界が赤く滲む。
だがその激痛と引き換えにイゾウの身体に流れ込んできた力は、まさしく限界を超えたものだった。
ドロテアという稀代の錬金術師の手が加えられたこの薬は既存の超強化薬を凌駕する効力を秘めている。
一度目の服用で引き上げられた身体能力の更にその先。
筋繊維は限界を超えて活性化し、神経の伝達速度は常人の域を遥かに超越する。


「それが貴様の奥の手か。ならば今度はこちらから行くぞ」


セイバーは両手で剣を振るった。
飛ぶ斬撃がイゾウへと殺到する。一つ、二つ、三つ。瞬く間にその数は十を超え、二十に届こうかという密度で空間を埋め尽くしていく。
その全てが常人ならば一つとして凌ぎきれぬ攻撃だった。
超強化薬の連続服用によりイゾウの肉体は文字通り超強化されているが、薬の力だけで回避するのは困難だ。
だが飛ぶ斬撃という攻撃はイゾウにとって非常に馴染み深いものであった。

そう。エンシンだ。
彼の帝具、月光麗舞・シャムシールから放たれる飛ぶ斬撃をイゾウは幾度となく見てきた。
無論、セイバーとエンシンの飛ぶ斬撃は速度も威力も大きな差があるが、類似する攻撃を行う仲間がいたことは決して無意味ではなかった。
薬の力で限界を超えた脚力を以てイゾウは地を蹴った。
迫り来る飛ぶ斬撃の合間を縫うように時に紙一重で時に江雪の刃で受け流しながら、まっすぐにセイバーへと近づいていく。
セイバーの表情に驚愕が浮かんだ。


(これほどの密度の斬撃を掻い潜ってくるか……!)


最後の一閃をイゾウは潜り抜けた。
二人の距離は既に刃の届く間合いにまで縮まっていた。
イゾウの瞳に確信の光が宿る。
純粋な剣技と剣技のぶつかり合いであれば食らいつける。
そう判断した上での決死の接近だった。


「これで決着をつけるでござるよッ!」


袈裟懸けの一撃をセイバーは剣で受け止める。
刀同士がぶつかり合う衝撃で周囲の水壁が波打つように震えた。
イゾウは即座に体を沈め下段から掬い上げるような一閃を放った。
セイバーはそれを半歩引くだけで躱し返す刀で胴を薙ぐ。
イゾウは紙一重で身を捩り水気を帯びた刃の余波だけを頬に受けながら、なおも前へと踏み込んでいく。
刃と刃が噛み合い火花が散る。
薬によって限界を超えた膂力が剣を握る腕に踏み込む脚に余すことなく漲っている。
鍔迫り合いを解き、間髪入れずに斬り込む。
上段からの唐竹割りをセイバーは剣の腹で受け流す。金属の擦れ合う音が甲高く響き渡った。
血が滾る。全身を焼くような痛みすら、今のイゾウには快楽にも似た昂りとして作用していた。
斬り上げ、薙ぎ、突き。息継ぎの間すら惜しむような連撃を、イゾウは矢継ぎ早に繰り出していく。
一つ一つの太刀筋に、これまでにない重さと速度が乗っていた。

セイバーはその猛攻を剣で受け、あるいは体を捻って躱しながら、じっと相手の呼吸を測っていた。
薙ぎ払われた一閃を半身をひねって躱す。
逆袈裟を剣の鎬で滑らせるように受け流す。
踏み込みからの刺突を僅かに体をずらすだけで空を切らせる。
一撃、また一撃とイゾウの猛攻がセイバーに届かなくなっていく。
限界を超えた速度と力。それだけの武器を手にしてなお、目の前の剣士の刃は掠りもしない。
苛立ちにも似た焦燥がイゾウの太刀筋に僅かな乱れを生む。


「な、ぜ……ッ!」


薬の力は確かにイゾウの動きを人智を超えたものへと押し上げていた。
だが今のセイバーはマスターからの魔力供給を滞りなく受けている状態だ。
セイバーの斬撃がイゾウの太腿を掠める。
イゾウの反撃をセイバーは剣の鎬で受け流す。
返す刀での一閃がイゾウの肩口を深く裂いた。


「ぐああッ……!」


苦悶の声が漏れる。
だがそれでもなおイゾウは江雪を握る手を緩めなかった。


「……フ、フフ」


乾いた笑いが口の端から漏れた。
今、目の前の剣士と刃を交え、その全てを実感として味わった今だからこそ、イゾウは確信を持ってその言葉を口にできた。
これまで出会ってきた、どの剣士よりも強い。


「勝ちたい……勝ちたいでござるなあ」


呟きはもはや誰に向けたものでもなかった。
ただ己の内から溢れ出る渇望をそのまま言葉にしただけのものだった。
イゾウの瞳の奥に宿る光は未だ消えていなかった。
意を決して残る十数粒の超強化薬全てを一息に口へと放り込む。
噛み砕く歯に力を込める。


「が、ああああああッ……!!」


絶叫が水壁の内に反響した。
全身の血管という血管が、限界を超えて膨張する。
筋繊維は焼き切れんばかりに軋み、心臓は今にも破裂せんばかりの速度で脈打つ。
瞳の奥から赤いものが滲み出した。
血涙。
赤黒い血の涙が、止め処なく流れ落ちていく。
江雪に血を与えたいのか。
それともこの男に勝ちたいのか。
咆哮と共にイゾウの姿が消えた。


「……ッ!」


セイバーの反応が僅かに遅れた。
これまで幾度となく培ってきた戦闘経験、サーヴァントとしての身体能力。
その全てを以てしても、今この瞬間のイゾウを捉えきることは容易ではなかった。
イゾウの姿がセイバーの死角から現れる。
放たれた一閃は、これまでのどの一撃よりも鋭く重かった。


「くッ……!」


咄嗟に剣で受け止めるが、その衝撃にセイバーの体が僅かに後方へと押し込まれる。
セイバーの脳裏に驚愕にも似た感情が過った。
薬の力を借りているとはいえ、ここまでの領域に至るとは。
もはや人の身の限界という枠組みそのものを完全に超越している。
剣戟の応酬は、もはや常人の目には全く捉えられない速度で続いていく。
水壁に囲まれた密室の中、二つの刃が幾度となく交錯し火花と水飛沫を散らしていく。
イゾウの一閃がセイバーの肩口を浅く裂いた。
セイバーの斬撃がイゾウの胸元を掠める。
だが、その傷を受けてなお、イゾウの勢いは衰えることがなかった。


「これで……ッ、これでこそ、拙者の求めた死合でござるッ!」


血涙を流しながら、それでもなお笑うイゾウは、もはや剣士という枠組みを超え、何か根源的な渇望そのものが人の形を取ったかのようだった。


嵐の王(ワイルドハント)。


攻防は激しさを増していく。
セイバーはその全力を以てイゾウの猛攻に応じていた。
だが、その均衡は明確に拮抗していた。
本来の力を取り戻したセイバーと薬の力で限界を超えたイゾウ。
両者の力は今、確かに一時、拮抗という名の均衡点に達していた。


「……ッ、押されている、だと……!?」


セイバーの瞳に初めて明確な焦りにも似た色が過った。
沙代からの魔力供給は滞りなく行われている状態。
イゾウの下段からの斬り上げをセイバーは剣で受け止める。
だが、その衝撃で握る手に痺れが走った。
続けて振り下ろされたイゾウの渾身の一撃がセイバーの左腕を深く裂いた。
鮮血が水気を帯びた空気の中に飛び散る。


「ぐッ……!」


セイバーの脳裏に一瞬の危機感が過った。
この均衡が続けばいずれこちらが押し切られる……否。
セイバーは静かに思考を巡らせる。
常軌を逸した超強化薬過剰摂取によって引き上げられたイゾウの反射神経と身体能力。
それは確かに人の身の限界を凌駕するものだった。
だがその代償としてイゾウ本来の武器であったはずの、あの精緻極まる読みの力に綻びが生じ始めていた。
未来予知にも匹敵する恐るべき精度の先読み。
今この瞬間、薬の力によって限界を超えた肉体に思考そのものが追いついていない。
イゾウの一閃が再びセイバーへと迫る。
だが、セイバーはあえてその斬撃を受けるように見せかけた。


「拙者の勝ちだッ!」


イゾウの瞳に確信の光が過る。
これまでの読みの延長線上で目の前の剣士が取るであろう動きを彼は正確に予測していた──はずだった。

その一瞬、セイバーの体がイゾウの予測した軌道とは全く異なる方向へと動いた。


「──ッ!?」


イゾウの瞳が驚愕に見開かれる。
読みが外れた。
これまで幾多の死闘を潜り抜けてきた男の先読みがこの一瞬確かに狂った。
がら空きになったその懐へセイバーの剣が迷いなく斬り込まれる。
天叢雲剣の刃がイゾウの胸を深々と斬り裂いた。
時が止まったかのような静寂が水壁に囲まれた空間を満たした。


「がはッ……」


イゾウの口から血が零れ落ちる。
膝から力が抜け、その場に崩れ落ちようとする身体をセイバーは見つめていた。


「貴様の読みは本物だった」


純粋な剣技、そして未来予知にも匹敵するあの精緻な読みの力。
それは紛れもなく、イゾウという剣士が長年の修羅場の中で培ってきた本物の技術だった。


「だが薬によって、その先読みは曇ったのだ」


超強化薬は確かにイゾウに凄まじい速度と力を与えたが、その代償として彼本来の武器であったはずの精緻極まる先読みが失われた。


「……皮肉な話でござるな。薬に頼った結果がこの様でござるか」


震える手に握られ続けていた江雪へと視線を落とす。
不思議なことに、今この瞬間、イゾウの胸に去来するのは刀に血を与えたいという渇望ではなかった。
震える腕に力を込めながら江雪を横向きにしてゆっくりと持ち上げる。


「セイバー」


「……なんだ」


「これを受け取ってはくれぬでござるか」


差し出された刀。


「江雪に……もっと多くの血を与えてくれとは言わぬでござる」


その言葉にセイバーは微かな驚きを覚えた。
これまでこの男が愛刀に語りかける時、そこには常に血への渇望が滲んでいた。
だが今、彼の声には、そのような色は一切見られなかった。


「ただ……拙者の愛した、この刀を」


イゾウの瞳が静かに揺れる。


「貴殿に託したい」


何故そう思うのかイゾウ自身にも明確な答えはなかった。
ただ、この命尽きる間際において彼の中に残った唯一の願いがそれだった。
自分が愛し共に幾多の死線を潜り抜けてきたこの一振りを。
自分を斬ったこの剣士に。
それが偽らざるイゾウという男の最期の想いだった。
セイバーは暫しその差し出された刀を見つめていた。

──貴様の願いを私が聞き届ける道理はない。

そう突き放すことも、できたはずだった。
だが、目の前で崩れ落ちんとするこの剣士の最期の瞳を見つめた時、セイバーの中に浮かんだのは、そのような冷徹な拒絶ではなかった。
セイバーは静かに手を伸ばして江雪を受け取った。
その刃には刃毀れの一つすら見当たらなかった。
薬で荒れ狂いながらも、この男は最後の最後まで刀を損なうような使い方だけはしなかったのだ。


「……確かに受け取った」


その言葉を聞いた瞬間。
イゾウの表情から力が抜けた。
これまで張り詰めていた何かが、静かに、そして穏やかに解けていくかのように。
満足そうな、そしてどこか安らいだ笑みを最期にその口元に浮かべながら。
その瞳から光が失われていった。



【イゾウ@アカメが斬る! 死亡】
【残り81人】



セイバーは暫くの間、動かなかった。
手にした抜き身の江雪の重みを確かめるように。
そして地に沈んだ剣士の亡骸を静かに見下ろしていた。
やがて亡骸の腰に残されたままの鞘へと目を留め静かに手を伸ばす。
手に取った鞘に抜き身のままの刀身をゆっくりと納めた。


「……見事な剣士だった」


呟きは誰に届くでもなく、水気を帯びた空気の中に溶けていった。
命の授業という、この歪んだ舞台。
その中で出会い、そして刃を交えた一人の侍に対する偽らざる敬意だった。









◇



渋谷の路地を三人は無言のまま歩き続けていた。
工場を目指す足取りに迷いはない。


「なあ、ホンマにイゾウ君見捨てて良かったんか」


沈黙を破ったのは直哉だった。
その声に責める色はない。ただ確認するような響きだった。


「直哉、お主も感じたじゃろう。あの水の重圧、そしてセイバーが纏っておった気配を」


ドロテアが歩みを止めぬまま静かに答える。


「妾たちは前回も奴と戦っておる。その時と比べても奴の水は明らかに出力が違う」


ドロテアの瞳に冷徹な光が過る。


「もし、あの場で水壁を突破して四人がかりで勝利しても、恐らく最低二人は死んでおったじゃろうな」


直哉は暫し思案するように顎に手をやった。


「狙われとったんがイゾウ君なら俺らが無理に戦う必要もないっちゅうわけやな」


イゾウという剣士を失ったことはドロテアにとって確かに痛手だった。
純粋な剣技と身体能力だけで帝具使いにも匹敵する実力を持つ男。その存在は決して小さくない戦力だった。


(イゾウは惜しい。じゃが代わりとなる戦力は既に手中にある)


直哉という呪術師。その力量の全てを見切れてはいないが、少なくともイゾウの穴を埋めるに十分な人材であることは既に確信していた。


(優勝を狙うのであれば、あの場で妾が生き残るように立ち回りながら犠牲覚悟でセイバーを仕留めるという選択もなくはなかったがのう)


ドロテアの目的は優勝ではない。首輪を外して殺し合いから脱出すること。


(最悪、妾と呪術を使えるこの男さえ揃っておれば事は足りる)


首輪の解析という目的において必要なのは戦力の頭数ではない。
錬金術と呪術、二つの異なる知見を組み合わせられる者。


(リスクはあるが桃花も戦力としては育ちつつある。ならば同じく戦うことしかできぬイゾウをここで見限っても構わぬじゃろう)


冷徹な打算に基づきドロテアは結論を出していた。


「桃花、お前はセイバーと沙代を殺したがっておったが、随分あっさり撤退に同意したものじゃのう」


ドロテアは前を歩く桃花へと視線を向けた。
桃花は振り返らずに糸目のまま笑みを浮かべる。


「私だって、あれの脅威が分からないわけじゃないわよ」


「ほう、随分と冷静な物言いじゃな」


ドロテアが興味深そうに桃花の背中を見つめる。


「夜職で長く生き残るには、それくらいの分別がないとね」


その言葉とは裏腹に桃花の内で蠢く別の意志はまた違う思考を巡らせていた。
肉体は少しずつ人ならざるものへと変質を続けている。精神もまた境界を失いつつある。
だがまだ足りない。まだこの身に宿った力の全てを引き出せてはいない。
セイバーという剣士を殺すためには、桃花がレンゲルとして完成されねばならない──カテゴリーAの意志はそう結論づけていた。


(カードの意志が影響しておるのだとしても、それはそれで好都合というものよ)


ドロテアの口元に酷薄な笑みが浮かぶ。
冷静な判断ができるというのであれば、それがどのような理由によるものであれ、今はまだ利用価値があるということだ。


「……少々行動方針を修正した方がよいかもしれぬのう」


敵を作らないように立ち回る方針を変えるわけではないが、セイバーを倒せない以上、悪評の拡散を止める手立てはなく、ならば保守的になり過ぎるのもよくない。


「本命はあくまで妾の錬金術と直哉の呪力を組み合わせての首輪解析。じゃが、それだけで十分な成果が得られなんだ場合」


ドロテアは一度言葉を止め、そして続けた。


「生きた人間を捕らえて首輪を直接検分する」


その言葉に直哉が思案するように顎を撫でた。


「死体から回収した首輪だけやと生きた状態での反応まではわからんいうことやな」


「うむ。生体反応と連動した挙動、あるいは起爆条件そのものの詳細。それらを知るには生きた状態での検体があった方が良い」


「ほんなら、話は早いわ」


直哉が躊躇のない声で言った。


「生きとる人間、適当に足でも折って動けんようにしてから、首輪をじっくり解析すればええんやろ」


「その通りじゃ。無論、余計な敵を作らないためにも」


言葉を継ぎながらドロテアの瞳が更に酷薄な色を帯びる。


「被検体となった者には首輪が爆発しようがしまいが死んでもらうしかないがのう」


イゾウは失ったが直哉という代わりの人材がいて、石化瓶と切り札の魔導弾が装填された銃も手に入った。
元より制限時間は四十八時間しかないのだ。
それならば若干強引にでも生きた人間の首輪を解析するのが首輪解除への最適解。


「当分は退屈になるかと思ってたけど……なんだか面白くなりそうじゃない」


桃花がくすりと笑い声を漏らした。
その笑みは桃花自身のものなのか、それともカテゴリーAの意志によるものなのか。
朝日が少しずつその輝きを増していく。
この悪党たちの同盟がこれから先どのような惨劇を渋谷の街に刻んでいくのか。
それはまだ誰にも正確には見通せぬままだった。


【G-3 市街地/早朝/1日目】

【ドロテア@アカメが斬る!】
[状態]:軽傷(小)
[装備]:帝具「血液徴収アブゾデック」、魔導弾入り拳銃
[道具]:基本支給品一式、石化ガスの瓶(1ダース)
[思考]:首輪を外してゲームから脱出する。
1:自身の錬金術と直哉の呪力を組み合わせて首輪解除の糸口を探る。
2:H-3の工場に向かい首輪解析に取りかかる。
3:解析で十分な成果が得られない時は弱者を捕らえ首輪を検分する
4:格上の存在を警戒して敵を作らないように立ち回る。
5:殺し合いに乗っていないが非道を厭わない参加者と同盟を模索する。
6:桃花との同盟を維持し、駒として利用する。
7:シュラは上手く活用したいが、あまり負担になるようなら見限る。
8:セイバーと紗代は放置して自滅を待つ。

【桃花@みいちゃんと山田さん】
[状態]:疲労(小)、♣Aによる精神汚染進行中、肉体のスパイダーアンデッド化進行中
[装備]:レンゲルバックル
[道具]:基本支給品一式、ラウズカード複数枚(♣4、♣6、♣8、♣10、♥ 4、♥ 5、♥ 7、♥ 8は確定)、不明支給品×2
[思考]:私の意志とカテゴリーAの意思は完全に一つよ。
1:「今」はこの集団に所属してグループの方針にも従う。
2:セイバーはレンゲルとして完成してから殺す。
3:同僚、知り合いであっても容赦なく排除する。
※REMOTEの再使用可能時間は後続の書き手に任せます。

【禪院直哉@呪術廻戦】
[状態]:左腕に重い火傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1
[思考]
基本思考:なんで俺が、わけわからん殺し合いなんかせなあかんの? あほくさ。
1:ドロテアちゃんたちと手を組む。
2:呪術と錬金術の組み合わせで首輪解除の糸口を探る。
3:別の世界の力にも興味あるわ。
4:恵君は暗殺する。禪院家当主は俺や。
5:バンビちゃんはアカン、頭が終わっとる。
[備考]
※参戦時期は脹相戦後、東京から禪院家に帰宅した直後です。
※呪力を血液に流して、静血装のように防御力を上げられるようになりましたが、投射呪法との併用はできず、本物の静血装より精度は低いです。



人気の絶えた雑居ビルの一室。
その入り口を潜った瞬間、待っていた沙代の姿が視界に飛び込んできた。


「セイバー様……ッ!」


弾かれたように沙代が駆け寄ってくる。
その瞳には隠しようのない安堵と、そして僅かな戦慄の色が浮かんでいた。


「あぁ、サヨ。ただいま、戻った」


セイバーは努めて平静な声でそう告げた。
だが、その声には隠しきれない疲労の色が滲んでいた。
沙代の指先が震えながらセイバーの姿を確かめるように伸びる。


「無事に帰ってきてくださって……本当に良かったです」


その瞳から堪えきれなかったものが静かに一筋零れ落ちた。
セイバーはその様子に暫し言葉を失った。


「泣くことはないだろう」


沙代は涙を拭うこともせず、真っ直ぐにセイバーを見上げた。


「もし、セイバー様が戻ってこられなかったら──私は、私は……」


言葉が続かなかった。
その代わりに沙代はセイバーへとそっと身を寄せる。


「サヨ」


セイバーが静かに沙代の名を呼んだ。


「これから先も共に戦ってくれるか」


その問いに沙代は迷わず頷いた。


「はい。もちろんです」


真っ直ぐな瞳で、そう答える。


「セイバー様が、この殺し合いを終わらせるその日まで……私は貴方の傍にいます」


小さく笑いながら沙代はそう呟いた。
その笑みには、これまでにない柔らかさが宿っていた。
朝の光が少しずつその輝きを増していく。
渋谷という歪んだ舞台の中、二人の絆は確かに新たな深みを増していた。
戦いは終わっていない。
だがこの瞬間だけは確かな安寧が二人の間に存在していた。


【F-3 雑居ビル/早朝/1日目】

【セイバー(ヤマトタケル)@Fate/Samurai Remnant】
[状態]:多数の裂傷(中)、魔力消費(中)、沙代からの魔力供給開始。
[装備]:天叢雲剣@Fate/Samurai Remnant、江雪@アカメが斬る!
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×0~2、紅玉の書@Fate/Samurai Remnant
[思考]:主催者を倒し、この殺し合いを終わらせる。
1:悪を斬り、弱きもの達を守る。
2:ヴォルデモートは必ず討ち果たす。
3:エスデスは次会えば斬る。
※最終ルート、可惜夜に希う終了後より参戦です。
※はぐれサーヴァントとして現界しています。
※上記の影響で天叢雲剣の完全開放は制限されています。
※沙代とパスを繋ぎました。

【龍賀沙代@ゲゲゲの謎】
[状態]:腹部に鈍い痛み(小)、セイバーへの執心(極大)、セイバーを傷つける者への敵意(大)、セイバーと契約
[装備]:令呪(二画)@Fate/Grand Order
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×0~2、若返り薬@HUNTER×HUNTER
[思考]:セイバー様に従う。
1:私も戦えるようになりたい。もう守られるだけではいたくない。
2:もし悪になるなら、キリュウ様のような優しい悪になりたい。
3:セイバー様に仇成す者は……
4:セイバー様に全てを知られるのは……怖い、とても。
※水木と出会う直前から参戦です。
※セイバーと契約しました。







前回 キャラ 次回
040『新生シャドウ・コレクティヴ』 042『エイリアンVSヴォルデモート』
032『死の飛翔』 ヤマトタケル
032『死の飛翔』 沙代
034『“極”悪党、集結』 ドロテア
034『“極”悪党、集結』 桃花
034『“極”悪党、集結』 直哉
034『“極”悪党、集結』 イゾウ


>TOP

最終更新:2026年09月26日 22:59