『“極”悪党、集結』
朝日がビルの隙間から差し込んでいた。
人気の絶えた渋谷の通りはしんと静まり返っている。
閉ざされたシャッター、灯りの消えた自動販売機、誰もいない交差点。
普段であればひしめき合っているはずの人々の姿はどこにもなく、ただ夜明けの街並みだけがそこに横たわっていた。
その静けさの中を桃花は先頭を歩いていた。
「もうすぐよ。この先の路地」
案内する桃花の足取りは軽い。
まるで馴染みの店に向かうかのような、あまりにも日常的な足取りだった。
その後ろにドロテアが童女の見た目に不釣り合いな落ち着いた足取りでついていく。
さらにその後方をイゾウが油断なく周囲を警戒しながら歩いていた。
桃花のスマホにはタクシーを呼べるアプリが入っていたが、車の駆動音は静かな街に響き渡り他の参加者を呼び寄せる恐れがある。
加えて走行中の車体は否応なく人目を引き、格好の標的にもなりかねない。
故に三人は徒歩での移動に徹していた。
路地の奥、雑居ビルの陰にそれはあった。
「……ここね」
桃花の足が止まる。
そこに横たわっていたのは、原型を留めていない肉塊だった。
凍結と猛毒に侵された肉体は、時間の経過と共にどろりと溶け崩れ、もはや人間だったという事実すら疑わしいほどの惨状を晒している。
ピンクに染めた髪の一部だけが、辛うじてかつての容姿を示す痕跡として残っていた。
鼻を突く腐臭が漂う。
「ふむ」
ドロテアはしゃがみ込み、その肉塊を興味深そうに観察した。
彼女の目には嫌悪よりも興味の色が濃く滲んでいる。
「見事なまでの崩壊具合じゃな。妾の錬金術による薬物でもここまでは溶けぬぞ」
崩れた肉の中に指を差し入れる。
ぬめりとした感触を掻き分け、やがて金属の硬い感触を指先に捉える。
「あったのじゃ」
引き上げられたそれは、黒い金属製の首輪だった。
表面には血と体液がこびりついているが本体には損傷が見られない。
「首輪は無事で良かったわね」
「薄情じゃのう。貴様の元同僚だったのじゃろう。ならば多少は感傷の一つも見せるものではないのか」
桃花は肉塊から目を離すことなく、くすりと笑った。
「先に拳銃を向けてきたのはこの娘よ。発砲までしてきたんだから、自業自得としか言いようがないでしょ。ま、そうじゃなくても殺してたけどね」
悪びれる様子など微塵もない態度であっさりと言う。
「この女が貴様にとって初めての殺しじゃったか」
「ええ。氷漬けにして、毒流し込んで……ふふ、あの時の悲鳴、今でも耳に残ってるわ」
まるで甘美な記憶を思い出すかのような口調だった。
レンゲルの仮面越しではなく、素顔のままの表情だが、その糸目の奥に宿る感情の色は読み取りにくい。
その笑みの裏に何が隠されているのか。
老獪な錬金術師をもってしても完全には見通せない部分があった。
「貴女、随分と長生きしてるのよね」
桃花が唐突に話を振ってきた。
「他者の生命力を奪って若さを保ってるって言ってたわよね」
「左様。実年齢は貴様が想像するよりも遥かに上じゃろうな」
「じゃあ、これまでどれだけの人を殺してきたの?」
「妾からすれば、数を数えるという発想自体が滑稽じゃのう」
「ふーん。じゃあ長生きしたら私もそう考えるようになるのかしら」
「貴様がその歳まで生き延びられればの話じゃがな」
軽口を叩き合う二人の間には利害の一致による共犯関係のようなものが築かれつつあった。
互いに相手の本性を見抜きながら、それでも今は利用価値があると判断して手を組んでいる。
「ところで体力は大丈夫か、桃花」
その問いは気遣いというよりも観察を目的としたものだった。
桃花はソリテールという強大な相手と激しい攻防を繰り広げた。
その戦いの後、安全面を考慮してタクシーを使用せず徒歩でここまで来たのだ。
一般人なら相当な疲労が蓄積しているはずだった。
「それが不思議と疲れてないのよね」
桃花は少し声のトーンを落として独り言のように呟いた。
「むしろ疲労感がどんどんなくなっていくのよ。体が軽いくらい」
桃花はそう言いながら軽く肩を回してみせた。
まるでその動作自体を確かめるかのように。
「不思議な感覚だわ」
その言葉を聞きながらドロテアは内心で静かに思考を巡らせていた。
(この娘の変質は、精神面だけに留まらぬということじゃな。精神のみならず、肉体そのものもカードの影響を受けて変質しつつあるというわけか)
カードに宿ったスパイダーアンデッドの意志。
それが単に桃花の判断や思考に介入するだけでなく、彼女の肉体そのものにまで影響を及ぼし始めているのだとすればソリテールとあそこまで渡り合えたのにも説明がつく。
事実として桃花の体はティターンの毒でスパイダーアンデッドに変化した上城睦月のような状態になりつつあった。
本来なら長期間の潜伏を経た上でアンデッドポイズンにより起こった現象だが、この命の授業は二日間しかない。
そのため主催者により四十八時間以内に使用者をスパイダーアンデッド化するようレンゲルバックルに細工が施されていた。
「ふむ、それは素晴らしいではないか」
ドロテアは軽い調子でそう返した。
「疲労がないということは長く動き続けられるということじゃろう。この殺し合いにおいては有利な変化と言えるのう」
「まあ、そう言われればそうなんだけど」
桃花は曖昧に笑いながら、そのまま話を切り上げた。
「なんだか、少しずつ自分が自分じゃなくなっていくような感覚もあるのよね」
精神の変質だけであれば、まだ制御可能な範疇かもしれない。
だが肉体そのものが人間の枠を超え始めているのだとすれば、それは桃花という存在そのものが、遠からず完全に別の何かへと成り代わる可能性を示唆していた。
(カードの意志がどこまで浸食しておるのか……見極めが必要じゃな)
いずれ桃花が完全にカードの意志に支配され、身も心も人外となった時、どういう行動を取るのか。
それを予測できなければ同盟という名の利用関係もいつか破綻する。
「して、これからの動きじゃが」
ドロテアが話題を戻す。
「首輪のサンプルは確保できた。妾の錬金術で解析を進めれば、起爆の仕組みについて何かしらの糸口が掴めるかもしれぬ。じゃが、それには時間と解析に専念できる場所がいる」
「開けた道端で作業するわけにもいかないものね」
「妾の錬金術は、それなりの設備があってこそ真価を発揮するものよ。道具も一定水準揃えねば、精密な解析など望むべくもない」
「具体的な行き先は決まってるの?マップにはいくつか施設名が表示されてるけど」
「H-3エリアの工場じゃ。そこを妾の工房にして首輪の解析を」
ドロテアが言葉を続けようとした、その時だった。
「静かにするでござる」
それまで少し離れた場所で周囲を警戒していたイゾウが、低く鋭い声で二人に呼びかけた。
刀の柄に手をかけたまま視線は路地の奥へと固定されている。
「何じゃ、イゾウ」
「そこに誰かいるでござる」
三人の視線が路地の奥から近づいてくる気配へと一斉に注がれる。
「話は聞いとったで」
飄々とした声が響いた。草履の音が静かにアスファルトを踏む。
金髪を揺らしながら現れたのは、着流しに袴という和洋折衷の出立ちの青年だった。
「元同僚を毒で溶解しただの、殺した数がどうだの、えらい物騒な話やなあ」
イゾウが瞬時に江雪の柄に手をかけ、ドロテアも臨戦態勢を取ろうとする。
「なんや、そない警戒せんでもええやろ」
だが声は先ほどまで青年が立っていた場所からではなく——ドロテアのすぐ背後から響いていた。
「──ッ!」
ドロテアが弾かれたように振り向く。
そこには涼しい顔で佇む青年の姿があった。
まばたきする間に距離を詰められ背後を取られた。
「とりあえず自己紹介しとこか。俺は禪院直哉や」
ドロテアは即座に体勢を立て直し、青年——直哉との距離を取る。
いざとなれば錬金術で魔法陣から怪物を呼び出せる間合いを確保しながら、目の前の男を改めて値踏みするように見つめた。
「どういうつもりじゃ」
ドロテアが低く唸るように言う。
「まずは実力を見せた方が話が早いやろ」
直哉は肩をすくめ悪びれる様子もなく笑ってみせた。
イゾウが瞬時に間合いを詰めようと腰を落とす。
「おっと、俺は別に殺し合いをしに来たわけやない。首輪外す方法を探しとるんやろ?」
ドロテアが警戒の色を隠さぬまま、直哉を値踏みするように見つめた。
小柄な体躯に反した怪力を秘めた彼女の視線は、常に相手の底を見抜こうとする老獪さを湛えている。
「単刀直入に言うたるわ。俺も、こんなアホみたいな殺し合いに付き合うのは御免や。それで首輪外して元の場所に帰りたいわけやけど……一人でちんたら首輪解除の方法を探すのも非効率やろ?」
直哉は肩をすくめ退屈そうに周囲を見渡した。
「せやから同じ目的持っとる集団に加わるんが手っ取り早い思ってな」
ドロテアは腕を組み探るような視線を直哉に向けた。
「それに妙な相手と戦ったんや。バンビちゃんいうんやけど呪力とは違う……せやけど、どこか似通った力を使う女やった。それで気付いたんや。この殺し合いには呪術以外にも色んな力を持った連中が集められてるんやないかと」
直哉の視線がドロテアが手にしている首輪へと向けられる。
「錬金術ってやつもその一つなんやろ?」
ドロテアの目が微かに細まった。
「あんたの錬金術と俺の呪術、上手いこと組み合わせれば首輪の解除に近づけるんやないか?」
その物言いには確かに一理あった。
この男は呪術という独自の能力を持ち、異なる力を分析しようとする知的好奇心も持ち合わせている。
ドロテアは口元に笑みを浮かべた。
「そうじゃな。異なる能力を組み合わせることで、単独では見えぬものが見える可能性は確かにある」
「せやろ。あのドブカス……やなかった、バンビちゃんにもあんたの十分の一程度の知能があればよかったんやけどな」
直哉は肩をすくめながら溜息を漏らした。
「本気で殺し合いに乗って優勝目指すやなんてアホのすることや。そもそも俺は誰彼構わず殺して回るような趣味はあらへん」
直哉は薄く笑った。
「ただし殺さなきゃならん奴が一人おる。恵君いうんやけどな。名簿に名前があったんや。だからあんたらみたいな集団と組んだ方がやりやすい」
その言葉にドロテアは満足げに頷いた。
まさにこれこそが彼女が求めていた人材の条件だった。
優勝は目指さないが、殺しを厭わない実利主義。
善人ぶった正義漢は面倒だが無差別な殺人鬼でも扱いにくい。
殺す相手が一人いるというが、その程度なら許容の範囲内。
「そっちの名前も教えてや。呼び方がわからんと不便やろ」
ドロテアが目配せしてから三人は名前を名乗る。
「イゾウ君とドロテアちゃん、桃花ちゃんやね。それで手を組むかどうか返事を聞かせてや」
「妾たちは歓迎するぞ」
ドロテアは即座に答えた。
「錬金術と呪術なる能力、二つの知見を合わせれば、首輪解析の速度は格段に上がるじゃろうしの」
「話早うて助かるわ、ホンマ」
直哉は満足げに笑みを深めた。だが、その笑みの奥に一瞬、冷たい光が過った。
「ただし一つだけ覚えといてや」
直哉の口調がそれまでの飄々としたものから僅かに硬質なものへと変わった。
直哉の視線がドロテアへとまっすぐに注がれる。
「俺は女に舐められるんが嫌いなんや」
その言葉には単なる強がりでは片付けられない、確固たる信念のようなものが滲んでいた。
「三歩後ろを歩かれへん女は、背中刺されて死んだらええ」
直哉の口から放たれたその言葉には明確な蔑視の色があった。
女は常に男の後ろを歩くべきである。そういう旧弊的な価値観を、この男は微塵の疑いもなく信じ切っている。
「うむ、相分かったのじゃ」
長く生きてきたドロテアは、この手のプライドの高い人間との付き合い方を熟知していた。
だが桃花のような気の強い性質であれば反発を見せるのではないか。
そんな懸念がドロテアの脳裏を過ぎるも、桃花は糸目のまま笑顔を浮かべ、小さく肩をすくめてみせただけだった。
舞妓時代から培われた、感情を表に出さぬための笑顔。
そして夜の世界で幾多の客を相手にしてきた経験が、この程度の物言いなど取るに足らないものとして処理していた。
直哉のような人種も、彼女の中では既に扱い方を熟知した客層の一つに過ぎなかった。
(杞憂じゃったか)
その様子を見てドロテアは内心で小さく息を吐いた。
「それと今の妾たちは無闇に敵を増やさない方針じゃ。恵という男を殺すのは構わんが、他の参加者に殺しの現場を見られるのは極力避けてくれ」
「もちろんそのつもりや。もし目撃者がいたらその時は俺が責任もって始末したる」
ドロテアはにやりと笑った。
「命の授業は魔境や。人がいつどう死んでも関係あらへん。殺してしまえば後のことはどうとでもなる」
やはりこの直哉という男は素晴らしい人材だとドロテアは確信する。
ここで直哉の視線が桃花の腰のベルトと手に収まる一枚のカードへと向いた。
(桃花ちゃんのベルトとカード)
明らかに異質な気配。呪術師として研鑽を積んできた直哉の感覚は、それを一目で異常なものと判断していた。
(あれは特級呪物に相当する代物やな)
等級を測る基準は呪物と違うのかもしれない。
だが纏う気配の密度、そして持つ者に及ぼしているだろう影響の色濃さから見て、直哉の見立てに大きな狂いはないはずだった。
(しかも呪物に侵食されかけとる)
放っておけば遠からず桃花は完全に人格を乗っ取られる。
直哉はちらりと視線をドロテアへ向けた。
おそらく気付いた上で、あえて何も言わずに利用しているのだろう。
ならば今この場でわざわざ指摘してやる義理もない。
ドロテアの采配に口を挟む必要もなければ、桃花の身を案じてやる義理もなかった。
(いざとなったら俺が始末すればええだけの話や)
もし桃花が完全に呪物に飲まれて暴走するようであれば、その時は容赦なく殺すだけだ。
「ほな、改めてよろしゅう頼むわ」
老獪な打算を巡らせる錬金術師、刀に血を与える渇望を抱く剣士、蜘蛛の意志に蝕まれつつあるキャバ嬢、そして歪んだプライドを持つ呪術師の御曹司。
彼らを結びつけるものは、決して友情でも信頼でもない。
ただ目的の一致と互いにとっての利用価値。
それぞれの思惑を胸に秘めながら四人は歩き出す。
表面上は円滑な協力関係を演じつつ、早朝の渋谷を進んでいく。
この歪な同盟が、この先の殺し合いの舞台でどのような波紋を広げていくのか。
それはまだ誰にも分からなかった。
【F-3 市街地/早朝/1日目】
【イゾウ@アカメが斬る!】
[状態]:疲労(小)、多数の裂傷(中)
[装備]:江雪
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~2、超強化薬
[思考]:グループの方針には従いつつ、江雪に血を与える機会は逃さない。
1:ドロテア、桃花、直哉と行動を共にする。
2:セイバーとの再戦は必ず果たす。
3:シュラではなくドロテアの意向を優先する。
4:超強化薬は強敵との戦闘時に限定して使用する。
【ドロテア@アカメが斬る!】
[状態]:軽傷(小)
[装備]:帝具「血液徴収アブゾデック」
[道具]:基本支給品一式
[思考]:首輪を外してゲームから脱出する。
1:自身の錬金術と直哉の呪力を組み合わせて首輪解除の糸口を探る。
2:H-3の工場に向かい首輪解析に取りかかる。
3:格上の存在を警戒して敵を作らないように立ち回る。
4:殺し合いに乗っていないが非道を厭わない参加者と同盟を模索する。
5:桃花との同盟を維持し、駒として利用する。
6:シュラは上手く活用したいが、あまり負担になるようなら見限る。
7:セイバーと紗代は放置して自滅を待つが、遭遇した際はイゾウに始末させる。
【桃花@みいちゃんと山田さん】
[状態]:疲労(小)、♣Aによる精神汚染進行中、肉体のスパイダーアンデッド化進行中
[装備]:レンゲルバックル
[道具]:基本支給品一式、ラウズカード複数枚(♣4、♣6、♣8、♣10、♥ 4、♥ 5、♥ 7、♥ 8は確定)、不明支給品×2
[思考]:私の意志とカテゴリーAの意思は完全に一つよ。
1:「今」はこの集団に所属してグループの方針にも従う。
2:セイバーと沙代は機会があれば仕留める。
3:同僚、知り合いであっても容赦なく排除する。
※REMOTEの再使用可能時間は後続の書き手に任せます。
【禪院直哉@呪術廻戦】
[状態]:左腕に重い火傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1
[思考]
基本思考:なんで俺が、わけわからん殺し合いなんかせなあかんの? あほくさ。
1:ドロテアちゃんたちと手を組む。
2:呪術と錬金術の組み合わせで首輪解除の糸口を探る。
3:別の世界の力にも興味あるわ。
4:恵君は暗殺する。禪院家当主は俺や。
5:バンビちゃんはアカン、頭が終わっとる。
[備考]
※参戦時期は脹相戦後、東京から禪院家に帰宅した直後です。
※呪力を血液に流して、静血装のように防御力を上げられるようになりましたが、投射呪法との併用はできず、本物の静血装より精度は低いです。
【超強化薬@アカメが斬る!】
ドロテアに支給。
帝国暗殺部隊で使用されている限界を超えて能力を引き出す劇薬。
本来は特殊な処置を施した兵士でなければ使用できない。
ドロテアの錬金術によりイゾウが服用できるように改造が施されている。
数回の服用で寿命が縮み、一度の戦闘で二回服用すれば命の保証はない。
最終更新:2026年09月23日 14:13