『エイリアンVSヴォルデモート』
ヴォルデモート卿は薄暗い路地の奥に立っていた。
周囲は建物の影に覆われ朝の光すら十分に届かない。
湿ったアスファルトの匂いと古い排水溝から漂う微かな腐臭が鼻を突く。
足元にはマンホールの蓋がいくつか見え、そのうちの一つはわずかに浮いている。
壁面はひび割れ、窓ガラスのいくつかは割れたまま放置されていた。
現在地はC-7エリア。
セイバーとの戦闘でニワトコの杖を失い撤退したあと、ヴォルデモートは即座に行動を開始していた。
目的はただ一つ。ゲラート・グリンデルバルドを殺すこと。
右の骨折した腕とセイバーに切り裂かれた傷は応急処置でどうにか動けているが完全には癒えていない。
この島では回復呪文にも制限がかかっていた。
アバダケダブラを連続で使える者が無制限に回復できれば、勝負を仕切り直すたびに全快してゲームのバランスが崩れるからだろう。
ニワトコの杖があれば、あるいはその制限すら緩和できていたのかもしれないが、もはや意味のない話だった。
ヴォルデモートはパンジーの杖を構えたまま、ゆっくりと歩を進めた。
「グリンデルバルド……どこにいる」
路地を進む。角を曲がる。
マンホールの蓋が足元で微かに光を反射する。
そのときだった。
何かが動いた。
ヴォルデモートの足が止まる。
視線が路地の奥、地面近くの闇へと向けられる。
ヴォルデモートの青白い顔に僅かな興味が浮かんだ。
地面近くの闇から黒い光沢のある生き物がゆっくりと姿を現した。
細長く関節が多すぎる指。鋭い爪。そしてその奥に長く伸びた頭部の輪郭。
ヴォルデモートは杖を構えたまま静かにその様子を観察した。
黒い滑らかな外骨格を持つ生物が音もなく這い出してきた。長い尾が最後に闇から引き抜かれる。尾の先は刃のように鋭い。
「……なんだ、下等な魔法生物か」
ただの奇妙な外見をした生物だ。島に存在する参加者の中には、こうした異形も紛れているらしい。
その生物、エイリアン、別名ゼノモーフは尾を左右に振りながら距離を詰めてくる。
壁に爪を立て、体をわずかに傾け、いつでも天井や側面から飛びかかれる体勢を取っている。
ヴォルデモートは杖を構えたまま冷たく唇の端を吊り上げた。
「アバダケダブラ<息絶えよ>」
死の呪文。
杖の先から緑の閃光が放たれるはずだった。
しかし何も起こらなかった。
パンジー・パーキンソンの杖はただの木片のように彼の手の中で沈黙していた。
ヴォルデモートの青白い顔に怒りが浮かぶ。
再使用できるようになるには、まだ時間がかかるようだ。
苛立ちが喉の奥から低い呻きとなって漏れる。
骨折した右腕が、杖を握る力に合わせて鈍く痛む。
ヴォルデモートは深く息を吐いた。
怒りを無理やり沈める。
「……よかろう」
声に出して己を納得させる。
グリンデルバルドと戦う前に今の杖の具合を確かめておく相手として丁度いい。
下等な魔法生物相手に犬顔の不細工女の杖の性能を試す。
死の呪いが使えなくても他の術は無数にあるのだ。
「インペリオ<服従せよ>」
服従の呪文。
相手の意志を奪い、己の意のままに操る闇の魔術。
だがまたしても何も起きなかった。
ヴォルデモートの表情が再び強張る。
「……なんだと?」
この島では相手が明確な抵抗の意志を持った状態で服従の呪文を使用した場合、無条件でレジストされるという制限がかかっている。
死の呪文に続き服従の呪文も不発。
ヴォルデモートの苛立ちが顔に出る。パンジーの杖を握る指に力が籠もり右腕が痛む。
「この下等な魔法生物めが」
つぶやいた瞬間、これまでゆっくりと距離を詰めていただけのゼノモーフの動きが一変する。
低い姿勢から、まるで弾かれたように前方へ躍り出た。
壁を蹴る。天井に一瞬しがみつき、次の瞬間にはヴォルデモートの真横にいた。
速い。
下等生物にしては、あまりに機敏だ。
ヴォルデモートはとっさに杖を構え直した。
だが異形は、すでに至近距離にいた。
口が大きく開き、内側の第二の口が、湿った音を立ててせり出す。尾が後ろで大きく弧を描く。
ヴォルデモートは路地の反対側、異形の背後に姿くらましで移動。パンジーの杖を握ったまま体勢を立て直そうとする。
その直後だった。
体の奥から急激な脱力感が広がってくる。
姿くらましを一度使っただけで、総魔力の何割かがごっそりと削り取られた感覚がある。
セイバーとの戦闘では何度も連発できていたはずの魔法が、パンジーの杖では一回使っただけで、これほどの魔力消費を強いられる。
ヴォルデモートの青白い顔が強張った。
「……なんだ、これは……?」
額にうっすらと汗が浮かぶ。骨折した右腕の痛みが急に強く意識された。
理解が遅れて訪れた。
死の呪いの連発制限がニワトコの杖によって緩和されていたように、姿くらましの連続使用制限もまた伝説の杖によって大幅に緩和されていたのだ。
ニワトコの杖を失った今、その恩恵は消えた。
このゲームで姿くらましは消費魔力、精神力が多大なものになっている。
グリンデルバルドにとっての多大はヴォルデモートにはそこまで負担にならないが、多大になった消費魔力の計算が術者本人の全魔力から一定の割合で魔力が消費される仕様なら話は別だ。
これではヴォルデモートほどの魔力を持つ者であっても、姿くらましを連発することはできない。
「どこまでも忌々しい」
声がわずかに上ずった。
下等な魔法生物相手に、ここまで消耗させられるとは。杖一つ変わっただけで、これほどまでに自分の呪文が制限されるなど想像もしていなかった。
動揺が顔に出る。
その僅かな隙をゼノモーフは見逃さなかった。
尾が音もなく振られた。
刃のように鋭い先端が一直線に伸びる。ヴォルデモートが体を動かすより早く、尾は彼の腹部を捉えた。
「……ッ!?」
鈍い衝撃。
硬い外骨格の感触が腹の肉を貫く。尾の先端が内臓の奥まで深く突き刺さった。
ヴォルデモートの体が大きくのけ反る。口から血の混じった息が漏れた。
パンジーの杖を握る手が力なく震え始める。
痛みが遅れて爆発した。
腹を貫かれた衝撃と内部を掻き回されるような鋭い疼き。体が大きく揺れた。
即死はしなかった。
ナギニという分霊箱がある。
だが、もし尾がもう少し上を、心臓を貫いていたら、この島の制限下では危うかったかもしれない。
ヴォルデモートの瞳孔が震えた。
下等な魔法生物に腹を貫かれた。
痛みが腹の奥で脈打つ。尾の先端がまだ体内に残っている感触。血が黒いローブを伝って滴り落ちる。
骨折した腕の痛みも魔力の急激な消耗も、すべてが重なって理性を少しずつ溶かしていく。
「……貴様」
声が低く歪んだ。
死の呪いが不発。服従の呪文も不発。姿くらましで距離を取ったのに魔力を大幅に削られ、その隙を突かれて腹を貫かれた。
下等な魔法生物に、ここまでやられた。
怒りが胸の奥から溢れ出す。
「貴様ぁ……!!」
ヴォルデモートは尾が突き刺さったままの腹に片手を当て、もう一方の手でパンジーの杖を強く握りしめた。
「クルーシオ<苦しめ>!!」
三つ目の禁術、磔の呪文。
それを受けた異形が大きくのた打ち回った。
尾がヴォルデモートの腹から勢いよく引き抜かれる。
その際に肉を抉り、さらに血が噴き出すが、ヴォルデモートは痛みを噛み殺してその場に踏ん張った。
異形は路地の地面を激しく転がり、壁に体を打ち付け尾を無秩序に振り回す。口を大きく開き、内側の第二の口が痙攣するように飛び出す。
これまでほとんど音を立てなかった生物が明確な苦痛の反応を示した。
ヴォルデモートは杖を握ったまま荒く息を吐いた。
腹から血が流れ続けている。この呪文も案の定、消費魔力が多大になっていた。
だが今はそんなことより目の前でのた打ち回る異形の姿が愉快だった。
「どうだ。下等な魔法生物め」
声は痛みで掠れている。
普段ならば、ここで死の呪いを放ち止めを刺すところだが今は使えない。再使用制限がまだ解けていない。
いや仮に今、死の呪いが使えるようになっていたとしても、この下等な生物に使う必要はない。
グリンデルバルドと、いつ遭遇するかわからない。
貴重な一手を、こんな生き物に浪費するわけにはいかないのだ。
「ディフィンド<裂けよ>」
対象を切り裂き、切断するための呪文だ。
呪文は異形の胸部を捉え、外骨格を深々と切り裂いた。
黒い殻が割れ、内側の組織が露わになる。
次の瞬間、血が噴き出した。
酸性の血液が勢いよく飛び散る。
「目がああああああああ!!!?」
そのゼノモーフの血がヴォルデモートの左目に入った。
叫び声が路地に木霊する。
左目に触れた瞬間、激痛が走った。
まるで熱した鉄を押し当てられたような、いや、それ以上の溶解していくような感覚。視界が左側から急速に白く濁り、そして何も見えなくなる。
「ぐ、あああっ……!?」
体が大きく揺れた。腹の傷から噴き出す血と左目の激痛が重なりバランスを崩しそうになる。
その一瞬の隙だった。
異形は体を起こすと路地の奥へと身を翻した。尾を振り、壁を蹴り逃げようとする。
ヴォルデモートの残った右目がそれを捉えた。
腹を貫かれ、目を溶かされ、下等な魔法生物に逃げられようとしている。
怒りが限界を超えた。
「畜生めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
杖を振り上げる。
次の瞬間、邪な炎が噴き上がった。
悪霊の火がアスファルトを溶かし空気を焼き尽くす。逃げようとした異形の姿は瞬く間に炎の渦に飲み込まれた。
路地一帯が赤黒い業火の海と化す。
ヴォルデモートは溶けた左目を押さえたまま、荒い息を繰り返した。炎の熱が顔を炙る。腹の傷から血が滴りローブを黒く染めていく。
だが彼は笑っていた。
歪んだ怒りに満ちた笑みだった。
炎の向こうに異形の姿はもう見えない。下等な魔法生物など、この悪霊の火に焼かれれば骨すら残るまい。
燃え盛る路地の中で彼は杖を下ろし息を整える。左目の激痛は収まらない。腹の傷も癒す必要がある。
そして、何より苛立たしいのは。
「……やはり威力が落ちるな」
つぶやきが炎の音に消される。
悪霊の火の威力は消費魔力が多大になっているだけでなく、ニワトコの杖で放った時の圧倒的な規模に比べれば明らかに威力が劣っている。
周囲を焼き尽くすには十分だったがニワトコの杖で行使した時と比べると見劣りして仕方がない。
呪文で腹と左目に応急処置を施す。やはり制限で全回復させることはできなかった。
忌々しい。本当に忌々しい。
だがこの制限は自分だけに課せられているわけではない。島のルールだ。同じ状況の制限がゲラート・グリンデルバルドにも課せられているはずだ。
ならばニワトコの杖を失った今の自分であっても敗北することはない。
ヴォルデモートは炎が収まり始めるのを待たず、パンジーの杖を握りしめたまま路地を後にした。
グリンデルバルドを探すために。
【C-7/早朝/1日目】
【ヴォルデモート卿@ハリー・ポッターシリーズ(映画版)】
[状態]:裂傷(応急処置済み)、右腕骨折(応急処置済み)、左目溶解(応急処置済み)、腹部貫通傷(応急処置済み)、魔力消費(大)、ニワトコの杖喪失による屈辱と憎悪
[装備]:パンジー・パーキンソンの杖@ハリー・ポッターシリーズ、ナギニ@ハリー・ポッターシリーズ
[道具]:基本支給品一式
[思考・状況]基本方針:優勝してニワトコの杖を復元する。
1:ゲラート・グリンデルバルドを殺害して杖を奪う。
2:弱者の間引きは継続するが、グリンデルバルドの捜索を最優先とする。
3:セイバーには必ず屈辱を晴らす。
4:ツンツン頭(上条)は必ず殺す。
5:グリンデルバルドの杖が手に入っていれば次の日没時にD-3へ向かう。
※参戦時期は死の秘宝part2、ハリー戦(最終)の途中からです。
※ナギニの『分霊箱』としての耐性はある程度制限されています。
※『アバダ・ケダブラ』の物理的貫通力がほぼ無効化されています。
※ 『ニワトコの杖』以外の杖では『アバダ・ケダブラ』は一度使用すると一定時間再使用不可です。
※ アバダケダブラ以外の魔法もニワトコの杖がなくなったことで制限されました。
地下水道の闇は静かだった。
冷たい水が古びたコンクリートの底をゆっくりと流れている。頭上からは遠くで爆ぜる炎の音と、熱せられた空気の揺らぎが微かに伝わってくる。
地上では今も悪霊の火が路地を焼き尽くしている。赤黒い業火が壁を舐めアスファルトを溶かし、空気そのものを焼いている熱がマンホールの隙間からわずかに漏れ落ちてくる。
闇の中に黒い影があった。
ゼノモーフは壁に張り付くようにして、水の流れる溝の中に身を潜めていた。
長い尾を体に巻きつけ、鋭い爪でコンクリートの凹凸を掴み、ほとんど呼吸をするような動きすら抑えている。外骨格は黒く光沢を帯び、目のない滑らかな頭部が、わずかに左右へ傾いて周囲を探っている。
悪霊の火が周囲を飲み込もうとした、まさにその寸前、ゼノモーフはマンホールの開口部へ滑り込んでいたのだ。
炎の熱が頭上を通過していく感触を外骨格の表面で感じ取りながら移動する。
ゼノモーフの体はボロボロだった。
胸部には深い裂傷が走っている。切り裂き呪文が外骨格を深々と割り、内側の組織を露出させている。酸性の血が、今も微かに滴り、水面に落ちては白い煙を上げている。裂傷の周囲は黒く焦げたように変色し、外骨格の一部がひび割れて剥がれ落ちそうになっている。
それだけではない。
この戦いの前にゼノモーフは別の強者とぶつかっていた。
シスの暗黒卿ドゥークー伯爵。彼にフォースライトニングを直接浴びせられたのだ。電撃は外骨格を貫き、神経を焼き、筋肉を痙攣させた。
あの時の痛みは、今も体の奥に残っている。
電撃による内部の損傷と切り裂きの呪文。二つの深刻な傷が重なって体を蝕んでいる。
いかに高い生命力を持つ生命体であっても、このままでは死ぬ。
ゼノモーフはそれを本能的に理解していた。
動きが鈍くなり、尾の振りが重くなり、爪の力が弱まっていく。地下水道の冷たい水が傷を刺激して痛みを増幅させる。
ゼノモーフは壁から体を離した。
四本の手足をコンクリートに突き立て這うようにして水路を進む。
やがて水路が開けた場所に出た。
比較的広い空間だ。天井が高く、壁には古い点検用の足場が残っている。中央には、巨大な水槽が鎮座していた。
透明な壁に囲まれた大きな容器。中は淡い緑色をした液体で満たされている。
それはファウードの栄養液。
ゼノモーフは水槽の前で立ち止まった。
目のない頭部を傾げ液体の表面を観察する。外骨格の感覚器官がその液体の性質を捉え始めていた。
このゲームには様々な参加者がいる。
ヴォルデモートのように自力で傷を回復できる者。支給品で回復手段を得られる者。
だがゼノモーフはそのどちらでもない。配布された支給品は会場のどこかに放置されたままだ。
この水槽はそんな存在に対する救済措置でもあった。
ファウードの栄養液は人間であっても回復させる液体だ。
であればゼノモーフならば、より早く傷を癒せるだろう。
ゼノモーフはためらうことなく水槽に身を乗り出した。
長い尾を最後に引き込み全身を淡い緑色の液体に沈める。液体が外骨格を包み裂傷の奥まで浸透していく。胸部の深い傷から電撃で焼かれた内部組織まで、じわりと修復の感覚が広がる。
休息だ。
今は傷を癒す時間。
液体の中で体がゆっくりと修復されていくのを感じながらゼノモーフは横たわった。
そして傷が癒えれば、再び狩りを始める。
エイリアンの脅威はまだ終わらない。
【エイリアン@エイリアン】
[状態]:右腕欠損、小程度損傷、ディフィンドによる傷、ファウード栄養液水槽内で回復中
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:生存し、狩りを再開する。
1:傷が癒え次第、再び狩りを開始する。
2:ダクトを移動経路として活用する。
※エイリアンに支給されたデイバッグは会場の何処かに放置されています。
最終更新:2026年10月06日 22:18