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『カルネアデスの舟板』






◆


 え~~……トロッコ問題、というものをみなさんご存知でしょうか。

 あれを初めて見た時、なんて残酷なんだろうと思いました。
 取捨選択というのは非常に難しいものです。
 特に、ありもしない“正解”を選ぼうとすると……はい。かえって後悔することになる。


 ああ。私ならどうするか、ですか?
 ん~~……、……んっふふ……。

 もし私がその場に居合わせたら、間違いなくレバーには触らないでしょうねえ。
 “事故”を“事件”にしたくはありませんので……。



□



□



◆


 八神探偵事務所にて、全員集まっていた。
 一人掛けのソファに腰を深く落とす古畑を除いて、待機を命じられた4名は各々激しい反応を見せている。
 特に、動揺を顕著に出していたのはフェルンと上条の2人だった。

「八神様達の加勢にいきます」

「フェルン、待ってくれ! まだ状況が──」

「あそこにはソリテールもいます、魔族はいつ裏切るか分かりません。
 それにこの中で加勢に向かって、一番生還出来る可能性が高いのは私です」

「それはっ……わかってるけど! お前がいなくなったら誰がここを守るんだよ!」

「八神様達を助けたらすぐに戻ります!」

 焦燥に駆られた様子で今にも飛び出さんとするフェルンの腕を、上条が右腕で掴む。
 “幻想殺し”による効果で浮遊魔法が使えない以上、フェルンはこうやって無理やりほどこうとする他ない。
 こんなことをしている場合ではないというのは明白なのに、ほんの数分前に見送ったばかりという後悔も相まって狼狽を隠せなかった。

 そんな2人のやり取りを、古畑は静観。
 みくるは右往左往と落ち着かない様子で、止めに入るか決めあぐねている。
 そして神谷実はというと、一人拳を強く握り締めては歯噛みして。

(冗談じゃない……! 俺の作戦がパーだ!)

 八神探偵事務所の周辺で襲撃が起きた今、ここを拠点に構えるのは絶望的だろう。
 渡りに船と呼べるほど都合よく手に入った狩場が、こうも早々に崩れる羽目になるとは。
 八神達の身を案じる“神谷先生”としての体裁を保ったまま、頭では次の画策が練り上げられてゆく。

「だったら俺が行く! 多分それが一番影響少ないはずだ!」

「上条様の右手は魔法の類しか打ち消せません。この爆発が人工物だった場合、かえって危険です!」

「ああ、わかってる! でも──!」

 次の集合場所を目指すにしても、今口を挟めるような空気ではない。
 明らかに爆発の発生源へ援護に向かうような雰囲気だ。
 神谷としてはそれは絶対に避けたい。必要以上のリスクを負うなどごめんだ。
 八神やレオン、ソリテールが死のうがどうでもいいが、面倒ごとに巻き込まれるのは避けたい。
 早々にこの事務所を切り捨てて、予め決めていた“代替場所”を目指したいのが本音である。

(だが……そんなことを軽々しく口にすれば、間違いなく反感を買うことになる)

 この状況で発言出来るとしたら、場の支配権を握る必要がある。
 リーダー的存在がいない今、自分が纏め役として名乗り出るほかに手段がない。
 さも苦渋の決断といった重苦しい顔で提案すれば、まず疑われることはないだろう。

 これは逆にチャンスだ。
 一度コントロールしてしまえば、今後も信頼を得やすくなる上にある程度行動の幅も広がる。
 意を決したように神谷は、俯かせていた顔を勢いよく振り上げた。


「みんな、聞いてく──」
「──え~~、みなさん落ち着いてください」


 そして、気勢を削がれる。
 声の主へ振り返れば、いつの間にか古畑が気怠そうに立ち上がっていた。
 部屋中に通る一際特徴的な声色に、フェルンも上条も思わず唇を閉じる。


「本来こういったことは得意じゃないんですがぁ……ンフ、……僭越ながら、私が話を進めさせて頂きます」


(古畑……ッ!)


 神谷は思わず片眉をつり上げる。
 確かにこの集団を纏めあげるのであれば、古畑は頭脳面でも経験面でも適任だろう。

 けれどなぜ、今になって。
 古畑が積極的に中心に立つような人物ではないということは、この数時間で嫌というほど思い知った。
 今回の方針の指揮だってほとんどを八神に任せきりで、口出しは最小限だったのに。
 まるで、神谷が動き出すその瞬間を狙い打ちしたかのようなタイミングだ。

(なんだ、この、……全てを見透かされているような……クソッ、気味が悪い……!)

 古畑を相手に主導権の剥奪は実質不可能。
 口を噤んだ神谷は、彼の芝居がかった演説を聞きに回る他なかった。

「古畑様」

「フェルンさん、あなた先程こう仰られたぁ。
 上条様の右腕は魔法の類しか打ち消せない、と……でしたら確かめてみましょう」

「確かめる、って?」

「ああ、安心してください上条さん。なにも外に出て直接確認するわけじゃありません……」

 じゃあどうやって、と。
 喉まで出かかった上条へ被せるように、古畑は口を鳴らして腰を屈めてみせる。


「えー、『スタープラチナ』ぁ……」


 なんとも覇気のない飄々とした声に応え、筋骨隆々な男性を思わせるビジョンが発現する。
 初めて目にするフェルンと上条は驚愕を隠せない様子だったが、二度目となる神谷とみくるは思わず息を呑んで見入っていた。

「……『スタンド』、というものらしいです。
 まぁ細かい説明は省きますが、こいつは中々便利でして。例えば────」

 古畑が右手で輪っかを作り、自身の右目へ宛てがってスコープのように覗き込む。
 彼の動きと連動して、スタープラチナと呼ばれたスタンドも全く同じポーズを取っていた。
 いかつい図体に似つかわしくない茶目っ気のある動作は、言葉にできないシュールさを感じる。

「う~~~ん、なるほどぉ……?」

 緩慢に頷き、焦りひとつ滲ませない声色でひとり呟く古畑。

「上条さん」
「はい?」
「え~、朗報です。どうやらその右手、使えるみたいです」
「ってことは……!」

 今の一瞬で何がわかったのだろうか。
 いくら距離が離れていないとはいえ、爆風と遮蔽物が邪魔をして目視での状況判断は難しい。
 だというのにやけに確信を持った言い方は、不思議な説得力を秘めていた。

「小林さん」
「あっ、はい!」
「コピー用紙とペン、取ってもらえますか?」
「わかりました!」

 みくるは言われた通りにペン立てから一本のボールペンを取り、机の引き出しを開けてコピー用紙を探す。

「どうぞ」
「ああ、どうも」

 手渡されたそれを机の上へ広げ、古畑──ではなくスタープラチナがペンを持つ。
 すると、その太い指からは想像できない繊細なタッチでスラスラと筆を走らせてゆき、常軌を逸したスピードで一枚の絵が完成を遂げた。

「これは……!」

「スタープラチナを通して視認した現場の様子です。
 この軍服の女性が襲撃者のようでして……ええ、光の球のようなものを発射していましたぁ。
 上条さん、爆発する光の弾を撃てるような銃火器をご存知ですか?」

「いやぁ……俺が知る限りは、ないと思います」

「はい、結構です」

 名指しした人間以外の介入を許さないとばかりに、古畑の演説は続く。
 写真を彷彿とさせる絵の完成度に目を丸くする3人とは別に、神谷は戦慄を抱いていた。
 スタープラチナにこんな能力があったなんて、聞いていない。
 一体どんな視力をして、どんな動体視力で、どんな器用さをもっていればこんなことが出来るのか。
 単に説明が面倒なのか、もしくは“なにか”を警戒しているのか、古畑はそれ以上手の内を明かそうとしない。

「えー、最先端の科学力を持つ学園都市においてもそんな兵器は存在しない。
 ということは、上条さんの右腕で打ち消せると考えてまぁ~問題ないでしょう。
 今はソリテールさんの生み出した剣? みたいなので迎撃してるようですが……危険なことに変わりはありません」

「たしかに、ソリテールは剣を生成する魔法を使いますが……」

「んっふふ、信じていただけたようで」

「……本当に、あのソリテールが味方についているのですね」

 信じられない、といった様子で眉を顰めるフェルン。
 ソリテールは剣を生み出す魔法の説明をしていない。
 実際に戦ったことのあるフェルン以外の誰もが知るはずないのだ。
 古畑が適当を抜かしているという線は、この瞬間潰えることとなる。

「上条さんの言葉を繰り返し言うことになりますが……フェルンさん。
 貴方が加勢に向かえれば、確かにそれがベストでしょう。
 攻撃するにしても撤退するにしても、フェルンさんの魔法は万能ですからね……。
 けれど同時に、あなたの存在は戦えない私達にとって生命線だぁ」

「わかっています。古畑様たちに危険が及ばぬよう、極短時間であの場を収めてみせます」

「ンフフ、わかってません……。
 いいですか? 八神さん達はこのビルを発って、ほんの数分後に襲撃を受けました。
 たった数分です、体感的には5分? 6分くらいだったかなぁ。
 とにかく、すぐ後に爆発が起きたはずです」

 結論から述べればいいのに、非常時にも関わらず古畑は自分のペースを乱す気配が全くない。
 口を鳴らした古畑は、フェルンに向けていた目線を外して全員へと順番に巡らせてゆく。

「我々は待ち伏せされていて、中の人数を割くことが目的なのだとしたら?
 あの爆発女とは別に、この事務所に襲撃を仕掛けてくる人物がいる場合……フェルンさんが居なくなった瞬間、我々確実に殺されます。
 銃や刃物に対応できない上条さんを残すよりは、フェルンさんが残ってくださった方が安心です。
 私もなるべく自衛は頑張るつもりですが……神谷先生はそうもいかないでしょう?」

「…………ええ、悔しいことにね」

「はい、というわけです」

 なぜ、神谷に話題を振ったのか。
 無力の度合いでいえばみくるも同じなのに。
 神谷の頭に残ったほんのわずかなわだかまりが、鼓動を早めてゆく。

「優勢劣勢は一旦置いといて、あの戦いは人目につきすぎる。
 いつ危険人物が集まってくるかわかったもんじゃありません。
 攻撃を打ち消せる上条さんの存在は、戦いを早期決着に導く銀の弾丸になり得ます。
 えー、彼に行かせるのが適任だと思うのですがぁ……どうでしょうか?」

 人差し指を額に当て、眉間に皺を寄せる古畑。
 本人が希望しているとはいえ、学生一人を危険地帯に放り込む決断だ。顔色は芳しくない。
 けれど理性と感情を天秤に掛けた結果の決断なのだということは、口にせずとも全員理解している。


「……わかりました」


 やがて、フェルンが匙を投げた。
 歯痒い思いを噛み殺して杖を下ろすフェルンを見て、上条もまた右手を離す。

「上条さん」
「はい」

 神妙な面持ちの古畑と、覚悟を決めた表情の上条が見合う。

「決してご無理はなさらず。身の危険を感じたら、すぐ戻ってきてください」
「わかってますって。大丈夫大丈夫、こういう局面は慣れっこですから!」
「ん~~……、ンッフフ……学園都市、随分治安が悪いようで……」

 床の上に転がっていたデイパックを担ぐ上条。
 同時に古畑はゆっくりとシングルソファに腰を下ろし、一人一人顔色を伺いながら掌で全員を指し示してゆく。


「えー、みなさん。他になにかございましたら遠慮なく」


 異論は出ない。
 かに思われた、その時。


「──あ、……あのっ!」


 名乗りを上げたのは、小林みくる。
 小豆色の髪をばさりと揺らす彼女へ、思いがけない驚きを含んだ視線が集中する。

「こんなこと、わたしが言うの……多分、というか絶対変だと思うんですけどっ!」

 服の裾を固く握り、おずおずと前置きを紡ぐみくる。
 古畑は無言で彼女を見つめ、続きを促した。


「わたしもっ────上条さんと、一緒に行かせてくれませんか!?」


 その言葉が、空気を一変させる。
 驚きのあまり生み出された静寂は、すぐに打ち破られた。

「なっ……に、言ってんだ! 小林!」
「う……、……ごめんなさい!
 でも、やっぱりここにずっと残ってたら……きっと、立ち直れないくらい後悔しちゃいそうで……」
「お前が悩んでるのは分かるけど……! それでも、危なすぎるって!
 いいか、小林が頑張る時は今じゃない。今はここで待っててくれ!」

 上条の鬼気迫る顔を見て、みくるが言い淀む。
 彼がここまで必死に止めるのも当然だ。現状、みくるは自衛の手段を持ち合わせていない。
 おまけに心身共に疲弊しているのだから、むざむざ死にに行くようなものだ。
 言ってしまえば、足手まといでしかない。

「え~~……小林さん」
「……はい」

 合間に古畑が口を挟む。
 口元は半笑いではあるものの、黒く細い目は微塵も笑っていなかった。

「その発言が意味すること、おわかりですか?」
「わか、……ってます」
「なるほどぉ……その上でついて行きたいと?」

 変に取り繕っても古畑には通用しない。
 こくりと遠慮がちに頷くみくるへ、古畑は困ったように天井を仰いだ。

(みんなの視線が痛い……っ、……けど!)

 みくるだって理解している。
 ここで自分が出ていくのは、八神達のせっかくの厚意を踏みにじる行為。
 元より待機組にここまで人数を割いた理由の一つは、みくるが安全に休息出来る状況を作るためである。
 誰も言葉にこそしないが、全員がそれを察していた。

 けれど、その上で。
 みくるの頭に撤回の二文字は浮かばない。


「理由もありますっ! これ、見てください!」


 と、みくるがスマホを見せつける。
 そこには、全員が見慣れないアプリが開かれていた。


「『詳細名簿アプリ』、らしいです……!」


 その瞬間。
 全員が、画面に注目する。
 その中の視線の一つ、ひときわ大きく見開かれた瞳孔。

 ────神谷実は、己の心臓が跳ね上がる音を聞いた。


(な、ん……だと……ッ!?)


 その時、自分がどんな顔をしていたのか分からない。
 一瞬白く爆ぜた思考に身体が追いつかなかった。
 間違いなく無表情ではない。程度はわからないが、動揺が顔に出てしまったはずだ。

(まずい──ッ!)

 反射的に古畑の方を見やる。
 古畑は神谷を見ておらず、みくるの提示する画面を興味深そうに覗き込んでいた。
 ひとまず安堵したものの、早鐘を打つ鼓動の原因である小林みくるを半ば睨むように注視する。

「ポイントを支払うことで、指定した参加者の詳細が見れる……って書いてありました」

「ポイント、ですか?」

「100ポイントにつき一人分見れるみたいで、最初は300ポイントあって……、12時間ごとに100ポイント追加されていきます!」

「なるほどぉ……確かにそれは貴重だ」

 興奮気味にペースを上げるみくるとは対照的に、古畑の相槌は緩慢だった。
 準備を整えていた上条も説明を聞く体勢に入っている。
 フェルンは一人、耳だけで説明を聞きながら杖先に魔力を集中させて魔力探知を行っていた。

 「これ、指紋認証になってるみたいで……最初にアプリを開いた人にしか操作できないみたいです。
 だから、わたしにしか使えないんです!」

 指紋認証──その言葉が神谷の頭で反響する。
 平静を装い、説明に聞き入るフリをして極限状態の思考を巡らせる。

(あのアプリとやらがどんな内容なのかは知らんが……対価を払っている分、“有益”な情報が載っていると見て間違いない……ッ!)

 最初のポイントの説明が嘘でなければ、詳細名簿を開ける頻度は決して多くない。
 制限に見合った情報が得られる、というのは明白だ。
 少なくとも、“優しい神谷先生”の要素が描かれているような都合のいい展開は絶対にないだろう。

(クソ……よりによって、なんでそんなものが……ッ!)

 表に出しこそしないが、神谷の中でどす黒い本性が牙を剥き始める。
 万が一、神谷実の詳細名簿を開かれるようなことがあれば終わりだ。
 警戒を露にされた状態で戦闘となれば、古畑はまだしもフェルン相手に勝ち目はほぼ無いに等しい。


(──なんとしても、殺さなくては……!)


 小林みくる。
 彼女を殺しさえすれば、“証拠”がなくなる。
 幾ら疑われようと、アプリを開けない以上中身の確かめようがないブラックボックスとなるのだ。
 研ぎ澄まされた殺意を小林へ向けながら、神谷はあくまで傍観に徹する。

「小林にしか、……使えない……。
 ……いやいや、だったら尚更ここにいなきゃダメだろ!
 こんなこと言いたくないけどさ……もしお前が死んじまったら、それも使えなくなるんだろ!?」

「ん~~、そうとも限りません。ですよねぇ、小林さん?」

「っ、……やっぱり、古畑さんにはお見通しなんですね」

 どこか畏まった態度の古畑に、感嘆で口元を緩めながら頷くみくる。
 目線で説明を促す上条へ、みくるはスマホを持って向き直った。

「このスマホは……ここで待機する人達より、散策に行っている人達の方が必要だと思います!」

「えー、はい。その通りぃ。我々待機組は集合時間の“18時”まで外の情報を得られない上、どうしても又聞きになる。
 対して、八神さんたちはリアルタイムで直接参加者と接触できます。
 どちらが“詳細名簿”を必要としているか……ンフフ、言うまでもありませんよねぇ」

 古畑の言い分は、まるでみくるが危険地帯に向かうことを肯定しているかのようだった。
 他人事とも取れるその態度に、上条は少し思うところがありつつもみくるの必死な視線を受けて押し黙る。


「それはつまり、小林様が死んでも構わない……ということでしょうか」


 けれど、フェルンは違う。
 表情に出しこそせずとも、言葉を選ぼうとしないのは古畑に対する疑念からか。
 古畑は失笑とも苦笑ともつかない微笑みを向けて、緩やかに首を横に振る。

「えー、お言葉ですがフェルンさん……。
 貴方は小林さんが自ら死ぬために名乗り出た……と、受け取ったと?」

「それは屁理屈です。
 いくら小林様の希望とはいえ、戦う力を持たない彼女を行かせるのがどういうことなのか……古畑様なら分かるはずです」

「ええ、分かっていますぅ……。
 だから小林さんには、加勢ではなく伝達をお願いしたいのですが……少し、お時間を頂いても?」

「伝達、ですか?」

 のらりくらりと衝突を躱し、再びコピー用紙を手に取る古畑。
 10秒足らずで完成された絵は、先程の絵よりも詳細に現場の様子を描いていた。

「えー現状、この絵の通り戦闘に参加しているのはレオンさんとソリテールさんのお二人だけのようで。
 八神さんは少し離れた場所で孤立している状態です。
 小林さんには、この八神さんへアプローチを仕掛けて頂きたい」

「ぐ、具体的に、どんなことを?」

「えー、長くなってしまうので質問は受け付けませんが……。
 ああ小林さん、一応メモを取っていてください。
 丁寧に書く必要はありません、自分が読めれば大丈夫です」

 言われるがまま、みくるはメモを取る準備をする。

「一つは、上条さんと小林さんを交えたもう一つの散策組を作ること。
 八神さん達は当初、我々が紫雨さんとはぐれたH-4を経由してからD-5に向かう予定でしたが……あの様子じゃ難しそうだぁ。
 なので、H-4を捜索するグループとD-5へ向かうグループを作ることを伝えてほしいんです。
 メンバーの振り分けは、その時の消耗や怪我の度合いでバランスが変わるでしょうから……現場の方々にお任せします」

 タクシーが爆破されている様子を見るに、第三回放送直前──集合時間の“18時”までにH-4を経由している暇はないだろう。
 みくるが名乗りをあげた理由の中のひとつには、それも含まれる。
 具体的な場所を覚えている彼女こそ、やはりそちらに向かうべきなのだろう。
 ゆっくりと一同を見回す古畑の視線が一瞬、みくるの瞳を見据えた。

「二つ目は、集合場所を“代替場所”へ移すこと。
 先程言った通り、待ち伏せされていた場合この場所は逃げ場のない餌場になってしまいます。
 放送までは待機しますがぁ……我々も機を見て移動することを伝えてください。
 上条さん、代替場所は覚えてます?」

「ああ……F-5の図書館ですよね?」

「んっふふ……正解です」

 待ち伏せの件が杞憂だとしても、あれほどの爆撃を受けている以上この場所は悪目立ちする。
 F-5という隣接するエリアに代替場所を決めたのは、待機組が最小限の移動で済むように。
 そして傍に病院や健康ランドといった心身を落ち着ける場所が存在しているから、という理由だった。

「三つ目は……小林さん、大丈夫ですか?」

「あ、は……い! 大丈夫です!」

「え~~……それでは、三つ目。詳細名簿アプリのことです。
 小林さんにしか扱えないということですので、それも併せてお伝えください。
 散策組を二手に別れさせる以上、片方のグループしかアプリを使えなくなります。
 それも踏まえて……メンバー選びは慎重に、と」

 とはいえ、H-4に向かうメンバーの一人にみくるが含まれていることはほぼ確定していると考えていい。
 そちらに誰をつかせるか、という話になるが、こればかりは状況次第だ。

「以上です。え~~、ご質問は?」

 似合わない進行役を努めた古畑は、どっと疲弊した様子だった。
 数秒の沈黙。各々思うことはあれど、古畑に食ってかかるような者はいない。
 解放されたように肩を落として深く息を吐く古畑は、ちらりと壁掛け時計を見やった。

 話し合いに要した時間は7、8分ほどか。
 それだけの時間が経っても、外の爆音と振動は収まる気配がない。
 放送まで時間がないことも含めて、早急に行動を起こさなければならないだろう。

「上条さん」
「あ、はい!」
「小林さんをよろしくお願いします」
「……分かってます。そっちも、フェルンがいるから大丈夫だとは思うけど……気をつけて」

 力強く頷き、フェルンとアイコンタクトを交わす上条。
 フェルンも静かに頷くのを見て、古畑はみくるへと視線を移す。

「小林さん」
「はい……!」
「あの~~、私のあの乗り物。あれ差し上げます。多少は移動が楽になると思いますので」
「え! あ、ありがとうございます! 本当に助かります……」

 みくるの体力不足は深刻だ。
 特に荒事に慣れている上条を含めた散策組の面々と比べれば、尚更に浮き彫りになる。
 誰よりもそれを自覚していたみくるにとって、この配慮は非常にありがたかった。

「お二人とも、どうかお気を付けて」
「何かあったら先に図書館に行ってくれ、そこで落ち合おう」

 気遣うフェルンと神谷に、上条とみくるが頷く。
 今回は明確に命が掛かっている局面だ。深刻さが散策組を見送った時とはまるで違う。

「1階の正面出口は避けて、3階ガールズバーの裏口から出るようにしてください。
 そこからならば目立たずに移動できるでしょう」
「わかりました」

 みくるもまた、上条に続いて身支度を整える。
 その背中を、古畑がじっと見つめていた。

「小林さん、シャーロック・ホームズはお好きで?」
「え? ……大好き、です」
「んっふふ、それはよかった」

 こんな時でなければ、みくるは目を輝かせて話題に乗っていただろう。
 けれどアイデンティティの欠落をひしひしと感じている今は、憧れのホームズの名を聞いても上手く反応できなかった。

「彼の最大の武器はですねぇ、推理力や口の上手さではなく“行動力”にあると思っています。
 地べたを這ってでも証拠を集め、決断したら即座に行動に移す大胆さは、私も見習いたい。
 え~~……小林さん。今の貴方には“それ”があります」

「…………!」

 鳥肌が立つような感覚が、みくるの全身を駆け巡る。

「…………ありがとうございます!」

 それは、ほんの気まぐれなのかもしれない。
 もしくは負い目からくる甘言なのかもしれない。
 他者を激励する古畑の姿なんて、らしくなかったから。

「ンフフ……どういたしまして」

 けれど、同時に。
 彼がこんなつまらない嘘をつくとも思えなかった。


◆




 上条とみくるを見送って、事務所には静寂が流れる。
 正確に言えば、外から入ってくる爆音を除けば──だが。

(古畑め……何を考えている?)

 ソファに深く腰を降ろし、コーヒーを啜りながら神谷はちらりと古畑を見やる。
 作業用のデスクに荷物を並べ、キャスター付きのデスクチェアに背中の体重を預ける姿は緊張感の欠片もない。

(だが……好都合だッ! やはり古畑、お前に俺は止められない……!)

 自分の能力を無効化する上条に加えて、小林みくるが事務所を去ったのは、神谷からすれば願ってもないことだった。
 あの無力な少女のことだ、そう遠くないうちに勝手に殺されるだろう。
 あの爆発にでも巻き込まれてくれれば一番手っ取り早い。

「……お二人とも、大丈夫でしょうか」

 窓の外から様子を見ながら、フェルンが呟きを落とす。
 理屈では分かっているものの、彼女は古畑の言動に終始懐疑的だった。
 魔族や魔法使いとの戦いが当たり前の世界で、常に命の駆け引きを迫られてきた彼女にとって、みくるがあの場に向かうことはどうしても納得できない。
 そんな彼女へ同調するように、神谷もその隣へ移る。

「フェルンさん、貴方の気持ちは正しい。
 医者として、そして一人の人間として……出来れば小林さんに危険な思いはさせたくなかった」
「神谷様……」
「けれど、彼女と古畑さんの言い分も否定できない。
 それほどまで緊迫しているんだ。理解してやってくれとは言わないが……我々は我々の出来ることをやろう」

 フェルンは暫し黙り、窓の外へ視線を戻す。
 どれだけ言葉が響いたかは分からないが、少なくとも悪くない印象は与えたはず。
 最大全力である彼女が古畑の決断に納得がいっていないのは、神谷にとっても嬉しい誤算だ。

(馬鹿なヤツめ……判断を間違えたな、古畑!)

 古畑はあの時、無理にでもみくるを引き止めるべきだったのだ。
 それをせずに彼女の背中を後押しした結果、こうやって神谷の都合のいい方向へ傾いた。
 そもそもの話、詳細名簿アプリを神谷に使用しなかった時点で古畑のミスの始まり。
 最初から神谷を疑っているというのも考えすぎだったのではないか、とさえ思う。

(一時はどうなる事かと思ったが……暫くは楽をさせてもらおうか)

 みくるが居なくなった以上、リスクを冒す必要はなくなった。
 仮に彼女が残っていれば、どうにかして始末しなければならなかったが。
 スタープラチナの全貌が見えない古畑や、単純な戦闘力で自身を上回るフェルンが相手では、リスキーダイスやスペルカードの使用を強要されていただろう。
 切り札を温存して正体を隠し通せるのならば、無駄な行動を起こす必要はない。


 全ては順調。
 何も焦ることはない。
 落ち着きを取り戻した神谷は、静かにコーヒーを飲み干す。


「…………」


 古畑任三郎はその様子を、蛇のように目を細めて見ていた。



 神谷は気が付かない。
 なぜ古畑がみくるを外に出したのか。
 なぜ古畑が“判断ミス”をしたのか。


 もしもみくるの身が、事務所の“中”に居た方が危険だと判断した上での言動なら。
 もしも神谷に慢心を与えることで、彼をここに縛り付けることが目的なのだとしたら。




 ミスをしているのは、きっと────




【G-5 八神探偵事務所/早朝(放送直前)/1日目】
【古畑任三郎@古畑任三郎】
[状態]:健康、貧血気味
[装備]:スタープラチナのスタンドDISC@ジョジョの奇妙な冒険
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×0~1
[思考・状況]
基本方針:森口を逮捕する。
1:放送まで八神探偵事務所で待機。その後、代替場所のF-5図書館へ向かう。
2:神谷に対して???
3:吉良を警戒、ロックオン中。
4:────古畑任三郎でした。
※神谷の「ええ、『奴ら』には、もう懲り懲りですよ」の台詞から、殺人ピエロ(ヒソカ)には最低でも仲間が一人いたのを、神谷が隠していると判断しました。
※詳細名簿アプリの説明を受けた際、神谷が動揺したのを見逃しませんでした。神谷にとって不都合な事が載っていると判断しています。

【神谷実@幽☆遊☆白書】
[状態]:ダメージ(小)、全身に裂傷(処置済みのため行動に支障なし)、慢心
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、リスキーダイス&排除(イリミネイト)のカード@HUNTER×HUNTER、ランダム支給品×0~1
[思考]:皆殺し。優勝したら人類滅亡でも願う。
1:優しい神谷先生(ステルスマーダー)を継続する。古畑は決定的な証拠を掴んでいない。
2:詳細名簿アプリを使われないため、小林みくるを始末したいが……。
3:ヒソカと猫猫は次に会ったら始末する。
4:放送後にF-5の図書館へ移動し、集まった大勢の参加者を一網打尽にする。

【フェルン@葬送のフリーレン】
[状態]:健康、ヴォルデモートへの恐怖
[装備]:フェルンの杖@葬送のフリーレン
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×0~2
[思考]:古畑様達と同行。
1:放送まで八神探偵事務所で待機。その後、代替場所のF-5図書館へ向かう。
2:ハゲ(ヴォルデモート)とは戦いたくない。
3:フリーレン様、シュタルク様と合流する。
4:ソリテールを警戒、八神様たちは大丈夫でしょうか……。
※マハト編終了後からの参戦です。


※八神達との合流時間は第三回放送前(18時)で、代替場所はF-5の図書館です。



◆





「上条さん、ごめんなさい……」
「なんで謝るんだ?」
「せっかく元気づけてもらったばかりなのに、こんな無茶して……」
「ははっ、なんだよ。さっきはあんな必死だったのにさ、急にしおらしくなったな」

 3階ガールズバーの裏出口。
 上条が先頭を歩き、みくるがそれに続く形で非常口のマークの下を通る。

「俺もフェルンも反対したけど……小林がそうしたいと思ったんだったら、それでいいんじゃないか」
「……本当に、そう思いますか」
「思ってるよ。小林の方こそどうなんだ?」

 後悔してないか、と。
 上条がわざと歩幅を落として、横目でみくるを見遣る。
 今ならまだ引き返せるし、上条もそれを止めたりしない。

「わたしは……」

 正直に言えば、怖い。
 役に立たなきゃという焦りに加えて、詳細名簿アプリという自分にしか出来ないものを見つけたから、半ば衝動的だったことも否めない。

「やっぱり、このままじゃダメだって。
 あのまま皆さんの助けを借りたままだと、“名探偵”になんてなれないって……。
 そう、思っていたんです」
「立派だよ、ほんとに」

 出口を開けた途端、冷えた空気が肌を撫でる。
 やや離れた場所で爆発が起きて、鋭い爆風が髪を揺らした。
 息を呑んで立ち止まるみくるに合わせて、上条が振り返る。

「……上条さん、言ってくれましたよね」

 手すりを掴みながら、みくるが踏み出す。
 震えた両脚をパンと叩いて、死地へ続く階段を降りてゆく。

「何処かで、わたしの力がきっと必要になる……って」
「……ああ」

 みくるの意を汲んで、上条が前を向き直り再び足を進める。
 後ろを気遣うことは、彼女の勇気を否定することになるから。

「それはきっと、今なんです」

 震えの奥に強さを秘めた宣言を、耳だけで聞く。

「上条さんを、古畑さんを、神谷先生を、フェルンさんを、八神さんを、レオンさんを、こころさんを、それに……ソリテールさんを。
 わたしの手で、助けられるのだとしたら……!」

 爆発が近くなる。
 襲いかかる死の気配を跳ね除けるように。
 みくるは固く、固く探偵服の裾を握り締める。


「小林みくる、頑張ります──!」


 階段を降りる。
 先に着いた上条は、右手を差し出して。


「ああ! 一緒に頑張ろうな、小林!」


 応えるように、みくるが手を取った。


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【G-5 八神探偵事務所付近/早朝/1日目】
【小林みくる@名探偵プリキュア!】
[状態]:健康、トラウマ(極大)、殺し合いへの恐怖
[装備]:詳細名簿アプリ(小川さくらのスマホ)、フリーザの小型ポッド@ドラゴンボールシリーズ
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3、小川さくらの支給品×0~2
[思考・状況]
基本方針:名探偵として人を助けたい……けど。
0:八神の元へ向かい、散策組の組み分けや待機場所の変更、詳細名簿アプリのことを伝える。
1:いつか、上条さんや古畑さん、神谷先生を助けられるようになりたい。
2:怖いけど……ここで行動を起こさないと。
[備考]
※明智あんなと出会う前からの参戦です。

【上条当麻@とある魔術の禁書目録】
[状態]:ダメージ(小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
[思考]:殺し合いを止める。
0:八神達の加勢に向かう。
1:殺し合いに反抗する参加者と接触する。
2:ハゲ(ヴォルデモート)を警戒。
3:小林が無理をしないよう気にかけてやりたい。
※右腕が切断された場合発生する、ドラゴンの迎撃及びその他の現象が制限されているかは不明です。
※参戦時期は原作13巻(アニメ版二期)終了以降の何処かです。






前回 キャラ 次回
042『エイリアンVSヴォルデモート』 044『自殺』
037『この探偵事務所に爆撃を!』 古畑
037『この探偵事務所に爆撃を!』 神谷
037『この探偵事務所に爆撃を!』 みくる
037『この探偵事務所に爆撃を!』 上条
037『この探偵事務所に爆撃を!』 フェルン


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最終更新:2026年09月27日 20:06