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『火を点けろ、燃え残った全てに』


(キャラ) 西住しほ、黒岩満




渋谷。ふと見回しただけで小綺麗なカフェやアパレルショップがいくつも目に飛び込んでくる。
神室署組織犯罪対策課に表の身分を置く男――黒岩満が縄張りとする新宿・神室町とは、少し異なる空気の街。
神室町がバーやクラブなどある程度の経済力を持つ大人を客層としていたのに対し、渋谷はより若い世代、ティーンエイジャーたちの居場所、というところか。

この街に足を踏み入れた経験が皆無というわけではない。
だが、黒岩は神室町の方が性に合っていると感じる。煌びやかなネオンの裏で金と権力、時には女を巡って夥しいほどの血が流れる退廃の都。
警察という正義の代行者でありながら、その実は内なる狂気と暴力に忠実な男が棲むにはこれ以上はない場所だ。

撃鉄を起こす。
いつでも銃を抜き放てる態勢を維持しつつ、黒岩は影のように建物の並びに沿って進んでいく。
目的は、十数分前に逃したウサギ。否、逃した、というほどでもない。より活きのいい獲物を先に片づけるため、後に回しただけだ。
そして、もう片付いたから、取り掛かる。

地面には転々と血痕が残っていたため、追跡にはさほど苦労しなかった。
ウサギ――西住しほとかいう娼婦のような恰好をした頭のおかしい女は、足に銃創を負っている。
先ほど狩ったもう一人、より手強いと思われた伏黒恵を始末するための布石として、あえて逃げられる程度の傷を負わせたものだ。
銃創といっても骨に当ててはいない、肉を掠めた程度のものだが、まず走ることはできまい。

伏黒を始末してから追跡を開始するまで、稼がれた時間は10分というところか。伏黒は腹を撃ってやったのに存外粘られてしまった。
伏黒から回収した荷物はまだ改めていない。それは、しほを処理してからでも十分に間に合う。
しほはおそらく大した武器も持っていまい。そんなものがあるのなら伏黒を一人では戦わせていないだろう。
怪我人一人殺すだけなら手持ちの武器で十分に過ぎる。

獲物と同じ轍は踏まない。狙撃を警戒し、高所からの射線を遮る位置取りで滑るように動き続け、5分ほど。
血痕が目に見えて少なくなってきて、やがて消えた。何らかの道具で以て応急処置をしたか。

「……止血したか? だが、こいつらの鼻は誤魔化せねえ」

血を止めた程度では、あの負傷は帳消しにできない。そう遠くにはいけないだろう。
黒岩はビルとビルの間にある開いた空間に出た。
いくつものテナントが入ったビルが3階ほどの高さから通路で環状につながれ、内側を1つの広場として成り立たせている。
このあたりにいる。そうあたりをつけ、黒岩は懐のカードデッキから一枚のカードを取り出した。

アドベントのカード。
ミラーワールドの仮面ライダーがミラーモンスターと契約し、現れるカードだ。その効果は「召喚」。
黒岩の陰から二つの人影がのっそりと身を起こす。
名を、アビスラッシャーとアビスハンマー。鋭い歯を模した太刀と砲を持つサメ型の怪人たちだ。

「サメは血の匂いに敏感らしいからな……」

黒岩はアビスハンマーを傍に護衛として控えさせ、アビスラッシャーにしほを探せと命じた。
放たれた獣は僅かに香る鉄錆の匂いに狂喜し、両手に握る太刀を激しく振り回しながら進んでいく。
アビスラッシャーが踏み出すたびにコンクリートがバターのように切り裂かれて、甲高い音が早朝の静寂を引き裂いていく。
これは狩りだ。獲物がどこに隠れていようと、この音を聞けば緊張は免れまい。
アビスラッシャーは嗅覚を頼りに少しずつ目標へ近づいていく。

ギッ、と。小石が跳ねた程度、ほんの僅かな音がした。
黒岩は視線を上げる。地上から階段を上って続く空中通路の中ほどの柱の陰に、白い布のようなものが見えた。
しほが着けていたウサギ耳のカチューシャだ。
そう判断したとき、黒岩は呆れながらもアビスラッシャーに攻撃を命じようとし、

「……いや。やれ、アビスハンマー」

アビスラッシャーを下がらせ、傍らのアビスハンマーへ命令する。
サメ怪人の傍らはチェーンソーめいた唸り声を上げ、胸元の連装砲をせり出させた。
一瞬ののち――砲撃。次いで、爆発。

戦車砲にも匹敵するであろう二条の光芒が放たれ、しほが隠れていると思しき場所を襲う。
目を閉じ、開くまでの間に、広場の一角は跡形もなく消し飛んでいた。
なかなかの威力だ。黒岩は満足そうに笑う。

荷物を改める暇はなかったが、狩りの中で手持ちのカードを深く知ることはできる。
仮面ライダーアビスに変身し、ストライクベントのカードを使えば高圧水流を放てることはもう知っている。
だがこうして、アドベントのカードでモンスターを実体化させればそれだけで近接攻撃・砲撃の二種類の攻撃オプションを得られる。
また一つ自身の力が広がった手応えを感じつつ、黒岩は散らばったガラス片にカードデッキを向けた。

「変身」

鏡像の中の自分の腰に不可思議なベルトが巻き付く。
バックルの部分にカードデッキを差し込むと、黒岩の体は一瞬で異形の姿へと変化する。
仮面ライダーアビス。拳の一打でコンクリートを砕き、飛び上がれば半端なビルの屋上まであっという間。
半死半生の女一人追うには過剰な戦力。あの女は絶望を感じているだろうか?
冷めた殺意の裏に獰猛な攻撃衝動を隠し、黒岩は二体のモンスターに待機を命じる。

「出て来いよ。ブラフなんだろ」

アビスハンマーの砲撃によって通路の一つは吹っ飛んだ。
僅かに見えていたウサギ耳もどこかにいってしまったが、黒岩はあれでしほを仕留めたとは思っていない。

あからさますぎる。頭隠して、どころの話ではない、見つけてくれと言っているようなものだった。
黒岩がまだいくつかの未確認の道具を持っているように、しほが何らかの反撃手段、たとえば爆弾などを持っていたのなら。
不用意に近づいて傷を負わされてもつまらない。だから黒岩は罠ごと吹っ飛ばしてやったのだ。
はたして、砲撃地点とは逆方向に数十メートル先の通路の陰から、人影が顔を出した。

「……派手にやるものね。そんなに殺し足りないのかしら」
「ああ、足りないね。まだ90人近くはいるんだ、ペース上げていかねえと二日じゃ間に合わねえからな」

西住しほが、通路の手すりにしがみつくように立ち上がり、流れる汗も拭わず黒岩を睨み付けていた。
止血はできたかもしれないが、かなりの失血があるな。意識を保っていることすらかなりの負担だろう――と見て取る。
黒岩は、獲物を前に逸るミラーモンスターたちを一瞥して黙らせ、しほを見上げた。

「西住しほ。まほとみほってのは娘か? 災難なもんだな。家族そろってこんな殺し合いに放り込まれるとは」

まほと、みほ。
名簿でしほのすぐ後に載っていたその二人の名前を口に出した瞬間、しほの瞳が鋭く引き絞られたのを確認し、黒岩は続ける。

「だが安心しろよ。すぐに会えるさ……すぐにな」

俺があの世で会わせてやるよ。
言外に滲ませたその殺意に、しほの戦意が高まるのを感じる。
ちょこまか逃げられるのは面倒だ。ここで確実にしほを殺すため、しほの側にも『黒岩をこの場で対処しなければならない』という意識を育てる。
しほがどんな武器を持っていようと、こちらは黒岩/仮面ライダーアビス、アビスラッシャー、アビスハンマーの三人がかりだ。
まして、怪我人の女。伏黒にやったように、反撃をいなして長期戦に持ち込めば黒岩の勝ちは動かない。

「警察官とは思えないわね、あなた」
「よく言われる。市民に奉公すること20年を超えるってのに、世知辛いよな」

しほは、少なくとも表面上は、取り乱しはしなかった。
海藤のゴリラよりは冷静だと、獲物の評価をほんの少し上方修正しつつ、黒岩はプランを立てる。
とりあえず相手はやる気になったようだ。ならこれで仕事は九割終わっている。
後は詰めるだけ。殺人など、黒岩にとっては飽きるほど繰り返してきた日常の業務でしかない。

「抵抗してもいい。どうせ無駄だからな」
「あなたは……どうして、その道を選ぶの? 90人余りを殺し尽くすなんて、正気の沙汰ではないわ」
「話してやってもいいぜ。あんたが生き残れたらな」

それ以上特に言葉を交わす必要性も感じず、黒岩はアビスラッシャーを突撃させた。
アビスハンマーは待機。砲撃させればしほなど一瞬でひき肉にできるが、荷物を回収できなくなるのはうまくない。
悠然と、しほの顔が絶望に歪む様を見物しようと黒岩は腕を組む。
直線状に遮るものはない。刃を生やした暴走列車めいてアビスラッシャーが疾走し、ゆっくりとしほが振り向く。
しほは黒岩からアビスラッシャーへ視線を向けた。
だから、黒岩は見なかった。

冷静に、冷徹に。迫り来る獣へ反撃の一矢を放つ、狩人の目を。


「――Panzer vor」


そして、反撃が始まった。







パンツァー・フォー。
誰にも、もしかしたらその言葉を発したしほ自身にさえ聞こえない、その言葉の意味は――『戦車前進』。
言葉自体に意味はなく、そこに込められた決意がトリガーとなる。
しほの頭と臀部に、白い耳としっぽが生まれる。先ほど吹き飛ばされた模造品ではない、しほから生えた生体部品。
アビスラッシャーが左右の双剣を縦に振り下ろす。
しほの両手両足を断ち、熱い血を浴び柔らかい肉に噛みつこうと、そう考えていた獣の思考はそこで止まる。

右の太刀は、しほの左手に。
左の太刀は、しほの右手に。

ボールを受け止めるように容易く、鋭利な歯/刃をものともせず、斬撃は受け止められ。
咀嚼のために開けた大口を間抜けにも開いたままで、アビスラッシャーは静止した。させられた。

「……そう。食べたのね。恵さんを」

アビスラッシャーの口内に僅か見える、伏黒恵の衣服と……肉片。
それを認め、しほは両の手に力を、怒りを込める。
自分より10、もしかしたら20歳は若い命が散った。自分を守るために。
その事実が、身を引き裂くほどの後悔と怒りを、しほに与える。
だが今は目を向けない。

(恥知らずな母と笑いなさい、まほ、みほ……でも)

今は。今、だけは。進むべき道は前にのみ。
撃てば必中、守りは固く。進む姿は乱れ無し。鉄の掟、鋼の心。
肉に、骨に、血に刻まれた流派の真髄は己を律し、鍛えるもの。
その教えを、今は、

(今、私は……私を、抑えない!)

今だけは、置いておく。後悔と怒りを燃料とし、自らを燃え上がらせる。
仇が目の前にいる。
信用を踏みにじり、対話を嘲笑い、命を食い散らかす悪鬼が。

「報いを」

五指を握り込む。
掌で止められ、それ以上の侵攻を許されずにいたアビスラッシャーの双刃が、握り潰された。
アビスラッシャーは動かない。否、動けない。獲物と思っていた人間の力が、完全にミラーモンスターを上回っている。
ミラーモンスターの知能は野生の獣とは比べるべくもなく高いが、それでも獲物の思わぬ反撃は思考の後れを生じる。
その一瞬でしほには十分。刃を握り砕いた両手をアビスラッシャーの口に突き込み、

「受けなさい」

それぞれの手で上顎と下顎を掴み――力任せに引き裂いた。

鮮血が、虹のようなアーチを描く。アビスラッシャーの頭部が千切れ飛び、宙高く舞っていく。
地上でそれを見ていた黒岩とアビスハンマーは、

「……は?」

さすがに事態を理解しきれずぽかんと口を開けて、くるくると飛んでいくアビスラッシャーの頭部を目で追う。
一瞬後、黒岩が視線をしほに戻したとき、そこにはもうウサギはいない。
代わりに、何かが激しく回転する音――アビスラッシャーが撒き散らした瓦礫を激しく蹴立てて、何かが移動していた。

速い。黒岩の思考は混乱しつつも手は無意識に動き、ストライクベントのカードをセットする。
今まさに回転しながら飛んでいくアビスラッシャーの頭部を模した手甲が顕現し、仮面ライダーアビスの両手を覆う。
アビスハンマーにも命じ、計四門の砲撃を放つ。

が――当たらない。通路の陰に身を沈めて移動するしほの軌跡が止まらない。
しほの姿は見えないのに、二本のウサギ耳がぴょこんと手すりから突き出ていて、それが高速で滑っていく。

「舐めやがって……!」

挑発されている。黒岩はそう受け止め、さらに砲撃の密度を上げていく。
しかし、当たらない。まるでどこを狙っているか、射線をあらかじめ読まれているかのように、西住しほはただ一度の被弾も許さない。
しほの進む先には通路から直接接続されているビルがある。
逃げ込まれては厄介だと、しほを追うのはアビスハンマーに任せ、黒岩は先回りしてビルの入り口を狙った。
高圧水流がビル入り口の天井を崩し、しほの進路を塞いだ。

「もう逃げられねえぞ!」

屈辱を塗り潰す怒声を黒岩が上げると、

「元より逃げるつもりはないわ……!」

決して大きくはない、だが明瞭によく通る声が応えた。
手すりからウサギ耳の影が飛び出す。

殺し合いの場でバニースーツを着込んだ頭のおかしい女、というのが黒岩のしほに対する認識だった。
だが、その認識はここで改められる。

「……、戦車か……!?」

理解したわけではない、目の前の光景から黒岩の直感が弾き出したもの。黒岩の知識の中にある中で最も近いもの。それが口をついて出た。
それが、戦車。
鋼鉄の装甲、強靭な馬力、どんな悪路をものともせずに突き進むもの。
今のしほの姿は、なぜかそんな戦争の道具を想起させるものだった。

人の形をした戦車は、階段を猛スピードで駆け下りて、否、轢き潰して前進する。
しほは正座するように両足を折り畳んでおり、その両足は、武骨な鋼鉄に鎧われていた。
黒岩のまとう仮面ライダーの有機的な装甲とは違う、間違いなく人の手によって生み出されたとわかる直線的な形状の。
戦車のキャタピラのような履帯が膝から下に走っていて、それが猛回転することで瓦礫散らばる路面をものともせずに疾駆していた。
黒岩は知らぬ、理解の外から来たイレギュラー。それは、陸戦用ストライカーユニットという名だった。

アビスハンマーが一歩前に出て黒岩を守りつつ、砲撃を放つ。
強固な建造物を軽々吹き飛ばすその砲撃に、しほは正面から突っ込んだ。

着弾、爆音。
噴煙が立ち込め、次の瞬間、弾丸のように飛び出してきた影――西住しほ。
五体満足、何の損傷も負っていない。

仮面ライダーアビスのデッキが黒岩に多様な武器と二つのモンスターを力として与えるように、ストライカーユニットもまたしほの力となる。
装着者の魔力を燃料として駆動し、怪異を圧倒する力を与えるもの。
飛行に魔力の大半を割かねばならない航空用ストライカーユニットと違い、陸戦用は膂力と耐久力、防御シールドに特化することができる。
その怪力を以てしほはアビスラッシャーの首を捻じり取り、今また黒岩とアビスハンマーをも討伐せんと猛進する。

砲撃を弾かれた。
事態を咀嚼する間もない。しほはもう数瞬の間に黒岩へと到達する。
ならばと、黒岩はアビスハンマーと同時に、しかし別方向へ跳んだ。
どちらを狙おうともう片方が背を狙える。挟み撃ちの形。

しほは、一瞬も止まらなかった。
止まらず、黒岩のいた位置からは死角となっていた方の手を体の陰から出す。
そこには、顔の上半分を引き千切られ、それでもなお伏黒恵を捕食したため生命力が尽きず、未だ生き長らえていたアビスラッシャーの首から上だけがあった。

しほはファーストアタックでアビスラッシャーの頭部を破壊し、思考能力を奪った後、とどめを刺さずにいたのだった。
アビスラッシャーは地面に背中から押し付けられ、高速で引きずり回される内に、接地面との摩擦でガリガリと擦り下ろされていった。
先のアビスハンマーの砲撃も、しほは不慣れなシールドに命運を賭ける愚を犯さず、実体のある防壁としてアビスラッシャーを盾にした。
結果、アビスラッシャーの四肢はもがれ、胴まで削り取られながらも、しほは生存した。
そして――強化された腕力と加速の勢いを乗せ、しほは最後に残ったアビスラッシャーの首をアビスハンマーへ投げつけた――発射した。

空気との摩擦で赤熱化し、燃え削り取られながらも高速で向かってくる質量弾を、人語解さぬアビスハンマーはどう思ったか。
それは定かならないが、結果として自らの片割れを迎撃できず、着弾。
アビスラッシャーの首から上が爆散し、アビスハンマーは轟音とともにビルの外壁へと叩き込まれた。
その結果を、黒岩もしほも見ていない。二人はお互いの顔を睨み付けあっていた。

「……戦車だってんなら、なあ!」

しほは一瞬たりとて止まらず、黒岩へ迫る。もはや数メートルの距離に迫られ、下僕は両方封じられた。
その窮地にあって、黒岩は見つけた。しほの、戦車の弱点。
しほは今、素手だ。アビスラッシャーの残骸を投げつけた後、無手であった。
黒岩は跳んだ。どこにとは考えず、全力で、仮面ライダーの脚力でジャンプした。
見る間に地上が遠ざかり、目標を見失ったしほが履帯をドリフトさせ急旋回しながら、黒岩を見上げている。

戦車は跳べないし、飛べない。砲塔は空に向けられず、頭上を取られればなすすべがない。
だからこそ、戦車の天敵は戦闘ヘリや対地攻撃機なのだ。
まして、今のしほは――たとえ人型戦車と形容できるものであったとしても――標的を狙い撃つ砲塔がない。
あれば近づきなどせず、高所から黒岩を狙い撃ったろう。現地調達したたった一発の銀の弾丸がアビスラッシャーだったのだ。
ならばもう打つ手はないはず。

(教えてあげるわ)

そう思い、思考と体勢を立て直して最強の切り札――仮面ライダーアビスのファイナルベントを繰り出そうとした黒岩を、しほの唇が描く声なき言葉が掣肘する。
しほは打つ手がないと焦ってなどいない。
つい先ほどまでの黒岩と立場を交換したかのように、悠然と、そして優雅に、肩にかかった髪を払ってみせた。
そして――次の瞬間、黒岩の目の前にいた。

「な……」
「ウサギはね。月まで跳べるのよ」

手を伸ばせば触れられそうな、至近。西住しほがそこにいる。
戦車は跳べない。それは間違いない。
だが、西住しほは戦車ではない。
そう、黒岩自身が考えたことだ。

あれは、人の形をした戦車だと。

人は、足を使って跳躍できる。黒岩自身がそうしたように。
当然、しほだって跳べるだろう。戦車ではなくて人なのだから。
しほの足を覆う履帯を見て、あれは戦車だと推定して、その枠を決めつけてしまった。
呪術という理外の力を振るう伏黒のときとは違い、なまじ知識から近似するものを当てはめられただけに――自ら思考の幅を狭めてしまった。

黒岩の態勢は中途半端だった。デッキからファイナルベントのカードを抜きだそうと、ストライクベントの効果を終了させてしまっている。
一方、しほは違う。強化された脚力で地上から逆上がりに放たれた雷めいて黒岩へ突き進んでくる。
手には何もない。無手のままだ。
だが、握り込んでいる。固く、硬く、堅く。それはまるで砲弾のように。
防ぐ手が、ない。

何かがおかしい。
瞬きの後にはあの拳が放たれる。一瞬が引き延ばされるような感覚の中、黒岩の思考は加速していく。
しほがこんな切り札を隠し持っていたとしても、なぜこうも先手を取られる?
しほの負傷はこの際抜きにしても、行動に迷いがなさすぎる。
戦闘の玄人と自負する黒岩でさえ思考に数秒かけるところを、何故こうも迅速に対応される?
あらかじめ決められたチャートを進めていくかのように、黒岩はしほに押し込まれている。

サメは血の匂いに敏感……狩り……
……罠……隠れて……ウサギ耳……


この数分の間の思考がスパークし、一気に像を結ぶ。
これは罠などではない。
この状況は、遭遇戦などではありえない。
これは、


「……てめえ、最初から……!」
「勉強になったでしょう? あなたも存外、視野が狭いということね」

アンブッシュ/待ち伏せ、だ。
血痕を適当なところで途切れさせたのは、伏黒との戦闘で見られたのだろうミラーモンスターを先に召喚、捜索させるため。
ウサギ耳をブラフとして仕掛けたのは、初手をどう打ってくるかを観察するため、もしくは黒岩本体が来たら先制攻撃を仕掛けるため。
高所を取ったのは、ギリギリまで下半身の武装を黒岩に視認させず、油断させるためと――位置エネルギーを得て加速し、黒岩に肉薄するため。

「では、お代をいただくわ……!」

砲塔がない、と黒岩は思った。
だが、アビスラッシャーで実践したように適当な質量があれば砲撃と何ら遜色がない威力の投擲を行えるのだ。
そして、その膂力をただ一撃の拳に込めたなら? それもまた、砲撃と何が違うというのか。

全て、しほが描いた絵の通りに進んでいた。
そう黒岩が理解したときには、胸元にゆっくりと……しほの拳が……めり込んできて……

「……てめえはっ、絶対に、殺してやるっ……!」

跳躍の勢いを余すところなく乗せ、西住流の魂が、叩き込まれた。
とっさに胸の前へ差し込んだ散華斑痕刀が、一瞬の拮抗の後にガラスのように割砕かれる。
衝撃はそのまま仮面ライダーアビスの胸へ到達し、装甲を砕き、黒岩の肉体へと浸透していく。
装甲は拳大の陥没を形作り、――だが、そこで止まった。反射的に行ったほんの僅かな抵抗が、黒岩を生き永らえさせる。
黒岩は、痛みを意志の力で強引に捻じ伏せ、空中にあって類まれな身体制御能力を発揮し、衝撃に逆らわずむしろ受け入れ、身を任せた。
結果、悪態を全て吐き切る前に、黒岩の視界は高速で流れていく――吹き飛ばされていく。

しほの一撃は黒岩の命を絶つに十分な威力を備えていた。
直感でそれを理解した黒岩は、宙にある窮地を利用する一手を考える。すなわち、衝撃の流れに逆らわず、自ら吹き飛ばされることを。
いくつかの胸骨が粉砕された痛みと、ビルを貫通する衝撃に歯を食いしばりながらも、黒岩は飛びかける意識を必死に手繰り寄せる。
怒りと、殺意を燃やす。その狂熱を気付けとして。

絶対に許さねえ。
西住しほ。あの女を殺す。
あの女の娘も殺す。
皆殺しにしてやる。
八神、てめえも……あの女も……殺してやる……!


決意だけを灯火にして痛みに耐え、数十秒。
気が付けば、黒岩は地面に横たわっていた。変身もいつの間にか解けている。
体を起こす。見える範囲にしほはいない。
頭上、いくつものビルに大穴が開いているところを見るに元居たところから数百メートルは吹き飛ばされたようだった。
あまり覚えていないが、途中でビルの窓ガラスからアビスハンマーが飛んできて黒岩を受け止めた、気がする。だからこそ無事に着地できたのだろう。
そのアビスハンマーもかなり傷ついており、主を地上へ降ろした後は鏡の中の世界へと引っ込んだ。
アビスラッシャーは……引き抜いたアドベントのカードを見て黒岩は舌打ちした。
仮面ライダーアビスは一枚のアドベントカードでアビスラッシャーとアビスハンマーの二体を使役するが、そのカードが半分白くなっている。

痛む体を引きずって適当な店の中に入り、鏡を見つけて変身を試す。
幸い、アビスハンマーが残っているからか仮面ライダーアビスへの変身は可能だったが、続いて引き抜いたファイナルベントのカードに刻まれていた7000APという数字が5000APになっていた。
とすると、アビスラッシャーは死んだのだろう。頭部を引き裂かれ、アビスハンマーの砲撃を防ぐ盾にされたのだから無理もないが。
二体そろって最大威力を発揮する攻撃が、片割れが死んだため威力が半減したということだ。
容易に片づけられると思っていた獲物から思わぬ反撃を受け、手痛い傷を負ってしまった。

「学ばなきゃいけないな、俺も。ここじゃあ何があってもおかしくはねえ……」

仮面ライダーの力はあくまで一つの選択肢でしかなく、同等の存在が他にいる。
今回はそれがしほだったが、たとえば伏黒と同じような力の使い手がいるかもしれないし、もっと言えば怨敵たる八神隆之が仮面ライダーの力を持っていればそれだけでもう黒岩と同レベルと言える。
もっと、力が必要だ。誰が相手でも殺しきれる力が。

仲間を集める、という考えは黒岩にはない。黒岩は基本的に他人を信用しない。
だが、少し前に出会った泉美のように、力でねじ伏せて使える駒ならあるかもしれない。
ふぅー、と深く息を吐き、黒岩はダメージが散るのを待つ。
アビスラッシャーを失いこそしたが、黒岩自身は少し休めばまた動けるようにはなるだろう。

モグラは地に潜り、次なる収穫の時を待つ……



【B-3/店舗内/早朝/1日目】
【黒岩満@JUDGE EYES:死神の遺言】
[状態]:疲労(大)、全身に軽度の打撲、胸骨数本骨折
[装備]:コルトパイソン(残弾数6/6)@現実、アビスデッキ@仮面ライダーディケイド、黒岩満の警察手帳@JUDGE EYES:死神の遺言
[道具]:基本支給品一式、コルトパイソンの予備弾薬×16、不明支給品×1、伏黒恵の不明支給品×1~2(近接武器はなし)、魔導火のライター@牙狼シリーズ、美津子の不明支給品×1
[思考]:この殺し合いの裏を見極める。当面は優勝狙い。
0:しばらくは休息を取る。
1:十分な物資が揃うまで、積極的に殺して回る。
2:確実に勝てる時以外の交戦は避ける。
3:西住の人間と八神隆之は必ず殺す。
※参戦時期は最終章、八神との決着直前です。
※ミラーモンスター:アビスラッシャーは消滅しました。
 仮面ライダーアビスへの変身および各種カードの使用は可能ですが、アドベントではアビスハンマーしか呼び出せず、ファイナルベントの威力も従来の6割程度に減衰します。



黒岩満を退けた西住しほは、しかし手応えを感じていなかった。
仕留めてはいない。待ち伏せ戦術がこれ以上ないほど完璧に決まって渾身の一撃を見舞ってもなお、取り逃がしてしまった。
武道の家元としてある程度の生身の武術の心得もあるつもりだったが、やはり本職を前にしては甘い、ということなのだろう。

「これ以上は……無理かしらね……」

鮮烈な初撃を決めてイニシアチブを取り、相手に思考のインターバルを与えず一気に畳みかける。
西住しほの持てる全てを次ぎ込んで描いた戦術は、難敵を退けはした。しかし完勝とは言い難い。
結局、黒岩を逃がしてしまった。次に戦う時があれば、今回のようにはいかないだろう。
しほのスキル、思考、装備に戦術。相手にも多くの情報を与えてしまっている。
本来ならば、追うべきだ。敵が弱っているのならば、確実なとどめを刺しておくべき。
しかし、それをするにはしほの側がもう保たない。
一度緊張の糸が切れると、どっと疲労を意識してしまう。

追撃を諦め、黒岩が吹き飛んでいった方向とは別の方向にストライカーユニットを進めて数分。
十分な距離を取れたと判断したところで、限界が来た。

「もう……少し……!」

視界が眩む。歯を食い縛って深く呼吸する。仙道の要領で体内に残る活力を循環させ、少しでも長く意識を繋ぎ止める。
しほは目についた適当なビルの壁面を履帯で駆け上がった。
地上から強引に侵入すれば痕跡を残す。人目に付きにくい高階層の非常口からビルへ侵入し、無人のオフィスにあったソファに倒れ込む。
急激に重くなってきた体に鞭打ち、ストライカーユニットから足を引き抜く。同時にしほの体に生えていたウサギの耳としっぽが消える。

伏黒恵が稼いだ時間で逃げているとき、アパレルショップから失敬してきた衣類を破って即席の包帯にして止血はできたものの、やはり失血が響いてきた。
ストライカーユニットは装着している間、生身の足はそこにはなく、別次元に転送されている。
だからこそ、負傷した足でもあのような戦闘機動を行えたのだが、それでも傷が治癒したわけではない。

しほの手がうなじに触れる。そこには一つの注射痕があった。
魔術髄液、というものらしい。ただの人間を魔術師に仕立て上げる霊薬であり、脊髄に打ち込むことで僅かな刻の間疑似的な魔術回路を形成する、と。
これこそが、ただの人間である西住しほがウィッチの箒たる陸戦型ストライカーユニットを乗りこなせた最大のファクター。

得体のしれないものだ。魔術回路、などというものが体の中にあったなどと、ことが終わった今でも違和感が拭えない。
人体に悪影響がないはずがない。できれば使いたくはなかったが、さすがに使わなければストライカーユニットを戦闘で運用することはできなかった。
ストライカーユニットとセットで支給したということは、そういうことなのだろう。
生き延びたければ、人であることさえも辞めなければならない、と。
この決断を最初からできていれば、あるいは伏黒恵を死なせずに済んだかもしれない。

そこに、主催者・森口悠子の意思がある。
何かを選ばせようとしている? いったいなぜ、何の目的で?

思考が回らない。疲労が限界を超え、抗えない眠りに落ちていく。
黒岩満は危険だと、知らせねばならない。
伏黒恵を知る者に、彼の最期と意志を伝えねばならない。
まほとみほ、最愛の子供たちを見つけて、守らねば――

そこで、しほの意識は闇に落ちた。
それでも、最後の瞬間まで、ただ一つの決意は消えなかった。
伏黒恵と交わした約束を、必ず果たす。



勝つと。
そう、約束したのだから。




【D-2/雑居ビル内/早朝/1日目】
【西住しほ@ガールズ&パンツァー】
[状態]:左脚に銃創(止血済み)、失血による意識消失、疲労(極大)
[装備]:バニーガール2023の衣装、陸戦用ストライカーユニット@ストライクウィッチーズ
[道具]:基本支給品一式、魔術髄液@Fate/Grand Order×5本、不明支給品×1
[思考]:子どもや戦う力のない者を保護し、戦いを止める。
0:――――。
1:必ず勝ちます、恵さん。
2:河合美津子さん。…………私も、母ですから。
3:まほ。……この殺し合いにおいて、あなたに授けねばならない教えがある。
4:みほ。『決戦の刻』が訪れた時、初めて相見えましょう。
5:対主催用戦力を組織・編成。マーダーに与する参加者を優先的に駆逐し、不可避の【勝利】を掴む。
6:黒岩満を警戒。

※参戦時期は大洗女子学園の廃校撤回後(ガールズ&パンツァー 劇場版以降)です。
※魔術髄液@Fate/Grand Order……ただの人間を魔術師に仕立て上げる霊薬。脊髄に打ち込むことで僅かな刻の間疑似的な魔術回路を形成する。





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最終更新:2026年09月29日 00:50