『ウサギとカメ』
──午前4時24分、C-2の商業ビル4F。
「────はぁっ、はぁ、はッ……はッ……!」
階下の不動産屋。そこの物置部屋となっているフロアにて、過呼吸気味な女の吐息が響く。
一つに縛られている艶やかな黒髪は乱れ、埃にまみれており凄惨の一言。
比較的整った顔立ちは、潰れた鼻から垂れる血と、涙と汗による化粧崩れで見る影もない。
「はぁ──っ、は……っ!」
溢れる唾を飲み込み、震える手でスナイパーライフルを支える女──泉美。
開いた窓から伸びる長い銃身、その向こう。
スコープ越しに泉美の目が捉えているのは、時速40キロ程度で走行する一台のタクシーだった。
「──っ、は……ぁ! はぁっ……!」
引き金に指を掛ける。
途端に心臓が張り裂けそうなくらい悲鳴を上げて、痛みさえ覚えた。
────チャンスは一度きり。
────これを外したら、死ぬ。
────絶対に、外してはいけない。
目まぐるしく全身を駆け巡るプレッシャー。
その緊張は、時間の流れすら歪ませる。
一秒一秒が異常に長く、終わりなどないように感じられる。
視界の端が少しぼやけて、光がやけに眩しく感じる。
周りの音が遠くなったり、急に近くなったりする。
気が付けば呼吸も忘れ、窒息によって倒れそうだった。
タクシーが青信号を通り、交差点を横切る。
そのまま、このビルの少し手前へと差し掛かった。
ああ、来てしまった──無意識に姿勢を正して、冷たく震える指先に全神経を注ぐ。
大丈夫、大丈夫。そう何度も自分に言い聞かせて。
泉美は、引き金を引いた。
◆
────遡ること13分前、午前4時11分。
タクシーを降りた泉美は、手頃な商業ビルの階段を上がりながらため息を吐いていた。
彼女に憂鬱を抱かせる要因は、今手の中に握られているスマートフォンにある。
仄暗いビルの中で白い光を放つ液晶には、嘘偽りのない正確な現在時刻が示されていた。
(予想以上に時間が掛かったわね……)
アプリに備わった無人タクシーを利用したのはいいが、問題点が幾つか挙げられた。
まず一つは、A-1やB-1といった座標の指定は可能なものの、停車場所は完全にランダムなところ。
そしてもう一点は、きちんと法定速度は守るし、信号待ちはするし、曲がり角では徐行するという融通の効かなさである。
前者のせいで何度か戦闘による爆発やら余波やらに巻き込まれかけて、その度に目的地を設定させ直された。
H-7からC-2という予想以上の長距離移動になってしまったのも、それが原因である。
そして後者のせいで、1時間以上もタクシー内で過ごす羽目になってしまった。
折角早めに出発したのに、気が付けばもうゲーム開始から2時間以上。
名簿が配られる以前から数えれば4時間以上が経過している。
これだけ時間が経っていたら、きっともう至る所で徒党が組まれ始めているはず。
泉美の標的である“孤立した弱者”なんて、そうそういないだろう。
(もう少し、近くにした方がよかったかしら)
なんて、今更だ。
気が付けば北へ西へと流れてしまい、結果として無事にたどり着けたのは不幸中の幸いである。
気を取り直し、3階の質素な不動産屋を抜けて、そのまま4階の物置部屋へ。
長年使われていないのか、宙を舞う埃が月明かりによってキラキラと反射していて、積み上げられたダンボールや壊れた椅子が哀愁を醸している。
ここがいい。
身を潜めるにはうってつけだ。
(これの扱いにも、慣れておかないとね)
泉美はスナイパーライフルを取り出し、窓枠を支えにして銃身を伸ばす。
二脚(バイポッド)があれば設置も楽だったが、贅沢は言っていられない。
スコープは覗かず、目視で地上を見回す。
無人のコンクリートジャングルというのは、人一人でも歩いていれば意外に目立つものだ。
園みどり子を初手で射殺出来たのは、実際のところ嬉しい誤算だった。
実銃を扱うなんて初めてだったし、一発で仕留められなかった場合も考えていた。
まさかあそこまで綺麗に撃ち抜けたとは、よほど才能か運に恵まれていたのだろう。
けれど次もまた一発で仕留められるとは限らない。
確実に仕留められるよう、今のうちにスコープの倍率を調整したり、手ブレを無くす練習をする必要がある。
暫くはこの場所で見張っていよう。
場合によっては3、4人程度の集団を片付けるシミュレーションもしておかなければ。
そうして泉美は、ネオンライトに照らされる優雅な渋谷の街をじっと眺めていて。
「────おい」
だから見落とす。
だから気づけない。
「えっ」
背後から掛かる男の声へ、反射的に振り返る。
瞬間、凄まじい衝撃が側頭部を撃ち抜き、ダンボールの山に向かって身体が叩き付けられた。
悲鳴の代わりに短く嘔吐き、顔を上げる。
小刻みに揺れる泉美の瞳が映し出したのは、漆黒のスーツに身を包む男が冷徹に自分を見下ろす姿だった。
「よお、手ぇ貸すか?」
男の名前は、黒岩満。
剛腕と名高い組織犯罪対策課の警部。
または、『モグラ』の異名を持つ連続殺人犯。
──神室町史上最悪の殺し屋が、そこにいた。
「ぐ……ぅ、ぁ゛…………!」
ダンボールを掻き分け、壁に手をつく。
そのまま立ち上がろうとして──がくんと膝から崩れ落ちた。
さっき受けた回し蹴りのせいで脳震盪が起きている。
平衡感覚を手放した視界はぐらぐらと揺れて、吐きそうなほど気分が悪い。
両足には力がまるで入らず、立ち上がることなど到底出来なかった。
「お前、素人だろ。本職だったら銃身を窓の外に出すなんて真似はしねえ。
向かいの建物の電飾看板のせいで、スコープがチラチラ反射してんだよ。
そんなんじゃ、ここにいますよって周りに伝えてんのと変わらねえぞ」
男が何か言っているが、耳鳴りのせいで上手く聞き取れない。
ひとつ分かることは、こいつは敵だということ。
「──っ、──『ざ・はんろ』ッ!」
壁に手をついて座り込んだまま、ろくに回らない呂律で『スタンド』の名前を叫ぶ。
するとそれに応えるように、泉美の傍らに青と白を基調にした人型──ザ・ハンドが出現した。
流石の黒岩も瞠目。その隙をつき、無我夢中でザ・ハンドの右手を振るう。
ガ
オ
ン
右手は当たらない。
否、当たらなくていい。振り下ろされたことに意味がある。
ザ・ハンドは、右手の平で触れたものを削り取る。
無機物生物問わず、果てには空間そのものまで。
たった今泉美が削り取ったのは、男と自分の間にある空間である。
「──ッ!」
削られた分の空間は閉じて、距離が縮まる。
それはつまり、対象との距離を強制的に狭めるということ。
突如ザ・ハンドの目の前に引き寄せられ、体勢を崩す黒岩の顔面目掛けて、左のテレフォンパンチを放った。
「宝の持ち腐れだな」
渾身の一撃に手応えはない。
スタンドの力を借りたとしても、所詮は格闘技すら知らない素人丸出しのパンチ。
洗練された“暴力”の前に通用するはずもなく、黒岩は筋骨隆々な左腕へ巻き付く形でいなす。
力に物を言わせて腕ごと持ち上げられた黒岩は、的確に関節を固めながら靴裏をザ・ハンドの顔面に叩き込んだ。
泉美の鼻柱に鈍い激痛が走り、鼻血を噴き出す。
この時泉美は初めて、スタンドへのダメージが持ち主にフィードバックすることを知った。
たまらず泉美の集中力が途切れ、ザ・ハンドのビジョンが露と消える。
やばい、と思った時には既に手遅れだった。
「か──っ、は」
黒岩の右手に喉を締めあげられ、そのまま無造作に壁へと叩き付けられる。
気道が完全に塞がれているせいで、ザ・ハンドを呼ぶどころか呼吸すら困難。
頸動脈を指腹で押し潰されて、微かな喉の奥の音だけが口から漏れ出ていた。
「身の丈に合わねえ力を与えられて舞い上がっちまったか?
ハッ、いい教訓になったな。弱者はそれなりの振る舞いをするもんだ。死ぬ前に勉強できて良かったじゃねえか」
死──辛うじて聞き取れたその言葉が、真っ白に染まりつつある泉美の脳にどす黒い恐怖を叩きつける。
窒息によって硬直する全身から、嫌な汗が噴き出して止まらない。
現実逃避によって冷静さを保っていたのに、まるで魔法が解けたような、そんな呆気ない感覚だった。
(私──っ、死ぬ、の?)
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。
どんなに願っても、祈っても、悔いても、男の手は緩まない。
────どうして。
────どうして、私がこんな目に。
はじめに殺した園みどり子のことを棚に上げて、そんなことを思う。
タクシーが遅いから、支給品が悪いから、元はと言えば森口が連れてきたから。
元来の他責思考は次々に連鎖して、止まることを知らない。
そうやって泉美は、最後の最後まで誰かのせいにし続ける。
「────あ?」
そう、思っていたのに。
不意に黒岩が手を緩めたことで、泉美の寿命はほんの僅かに引き伸ばされる。
「──げほっ、げほ……! かふっ、……!」
「命拾いしたな。見ろよ、“お客さん”だ」
喉元を抑えて噎せ込む泉美を尻目に、黒岩は窓枠に片腕を乗せて悠々と外の景色を眺める。
畏怖と殺意が入り交じった感情をしまい込んで、泉美はおずおずと黒岩の視線を辿った。
「……タク、シー…………」
傍から見れば、こんなにも目立つものなのか。
かなり遠くにある歩道橋の下、信号前で停まっているタクシーのヘッドライトが目に入る。
無人の渋谷が織り成す静寂。耳を澄ませばこの距離からでもエンジン音が聞こえてきた。
近くを通れば、どんな馬鹿でも気がつく。
無傷でこのエリアに辿り着けた泉美は、やはり相当な強運の持ち主だったのだろう。
「お前、名前は」
「え……」
「名前だよ、聞こえねえのか?」
けれどその運は、今尽きた。
研ぎ澄まされた刃のような一瞥を向ける黒岩へ、泉美は息を詰まらせる。
「泉美、……です」
「そうか」
もう抵抗する気力なんてなかった。
ゲーム開始の時に抱いていた決意は、欠片も残っていない。
乱れた髪を直すのも忘れて、泉美は処刑執行を待つ囚人のように震えていた。
「なぁ泉美、死にたくないよな?」
「え」
「なあ?」
「は、っ……はい」
黒岩は口角を釣り上げて、満足そうに「そうだよな」と返す。
電飾看板の紫光を浴びて、ぼんやりと輪郭を見せる邪悪な顔を目にし、形容しがたい悪寒が背筋を駆け抜けた。
「一度で聞き取れよ」
それは、気のせいなんかじゃない。
泉美という一般人が抱いた、本能的な拒絶感。
早鐘を打つ心臓。極端に狭まる視界。
第六感が告げるこれは、紛れもなく“警告”だった。
「お前のライフルであのタクシーを撃て。
タイヤが理想だが、無理ならボンネットでもいい。
向かいの雑居ビルの入口、赤い消火栓の看板が目印だ。
その辺に狙いを定めておいて、通った瞬間に引き金を引け」
矢継ぎ早に繰り出される黒岩の指令。
有無を言わさず淡々と捲し立てる“モグラ”に、泉美は口を挟めない。
本能的な恐怖と動揺、そして先に刻まれた痛みが、急速に現実を突きつけてくる。
「撃ったタクシーが事故って中の奴らが死んだなら、それ以上は何もするな。
だがもしそうじゃなかったなら、そのまま2発適当に撃て。
そのタイミングで、俺がそいつらに避難を呼びかける」
反論や思考の隙も与えず、黒岩は語り続ける。
タクシーが停まる横断歩道の歩行者信号が、点滅を始めている。
胸の内から込み上がるどうしようもない焦燥が、泉美の手足を縛り付けた。
「チャンバーの1発、それと威嚇用の2発以外は抜いておく。
心変わりでもして俺が撃たれたら元も子もないんでね。
なに、万が一のための保険ってやつだよ。気を悪くしないでくれ」
────ああ、そうか。
今更になって泉美は、自分が“なに”と対峙しているのかを理解する。
「頼んだぞ、泉美。ああそれと────」
────こいつは、“闇”だ。
常人では理解の及ばない世界で、陰の中を這いずり弱者を地獄へ引きずり込む“深淵”。
キャバ嬢上がりの会社員が関わっていいような、そんなレベルの人種じゃない。
「────外したら、殺す」
たった今、この瞬間をもって。
泉美はもう二度と、“安息”を手にすることは無くなった。
それだけ告げて、黒岩は窓から飛び降りる。
身投げしたのか、なんて浅い考えは泉美の願望でしかなかった。
すぐに向かいの建物の陰へと走り去る黒岩の姿が見えて、自分に自由はないのだと突き付けられる。
「はぁっ、はぁッ、は、ッ、は────」
どんどんと呼吸が浅く、間隔が短くなる。
闇の主が遠ざかったはずなのに、すぐ近くで動向を探られているような錯覚に身動ぎする。
呆然と見開かれた瞳が、いよいよこちらへ近付いてくるタクシーを捉えた。
忙しなくガチャガチャとライフルを手に取り、手汗で何度も滑らせながら、なんとか構えを取る。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫…………」
うわ言のように繰り返して、泉美はスコープを覗く。
外したら死ぬ。黒岩の言葉は脅しじゃない。
この銃弾を外してタクシーが走り去ったら、黒岩は真っ先に自分を殺しに来るだろう。
極限まで凝縮された緊張により、泉美は一種のゾーン状態に突入する。
自分が何をしているのか、ちゃんと足が地面に着いているのか、呼吸が出来ているのか。
そういった余分な思考回路を削ぎ落として、今この瞬間、引き金を引くためだけに全てを捧げる。
人を操るのは、圧倒的な恐怖。
それを避けようとすれば、人の脳は容易く崩壊する。
黒岩満は、誰よりもそれを理解していた。
◆
密閉された車内。
カーラジオの曲が溌剌と盛り上げる。
しかしそんな意向に反して、車内の2人は会話もそこそこに端末を確認していた。
「4時を過ぎましたね」
「そのようですね」
「──そのようですね、って……」
「焦っているのですか? 恵さん」
むしろなんでアンタは焦ってないんだよ、と。
衝動的に口にしようとした疑問を呑み込んで、伏黒恵は静かに頷いた。
「最初の2時間で13人死んでます。順当に考えれば、更に10人前後死んでてもおかしくは────」
目線を端末から同乗者、西住しほの顔へ移す。
怜悧さを秘めた瞳に射抜かれて、ハッと息を呑んだ。
「……すいません」
「なぜ、恵さんが謝るのですか?」
「いや、その……不安にさせてしまったかなと」
「なるほど」
──なるほど、ってなんだよ。
特別会話を交わしているわけではないのに、常に主導権を握られているような感覚だった。
きっとそれは、しほの異様な落ち着きようにあるのだろう。
苛立ちやら焦りやら、頻繁に感情を見せる恵に対してしほは終始冷静沈着。
実の娘の場所へ向かっている最中だというのに、なぜこんなに落ち着いていられる。
格好も相まって、あまりにも掴みどころがない。
「気負う必要はありませんよ。恵さん、あなたの気持ちは痛いほど分かります」
「えっ?」
「一刻も早く他の方を助けたいでしょうし、事実あなたならばそれが可能です。
ここで恵さんを足止めさせてしまっている原因は、ひとえにこの西住しほにあります。」
かと思えば、こうやって“大人”を見せる。
欲しかった言葉が胸に溶けてゆき、すんと焦りが息を潜めてゆく。
「どんな言葉も、甘んじて受け入れましょう」
考えてみれば、恵は巻き込まれた側だ。
しほの言う「背負える人間」の中の一人として、無作為に選ばれた被害者である。
彼女の語る“勝利の定義”とやらも、不平等に人を助けるという恵の信念と合致しているとは言い難い。
「──それでも」
伏黒恵は、口を開く。
非難や弱音のためではなく、応えるために。
「“好きにしてください”って言った時点で、こっちも色々決めてるんで」
西住しほはきっと、謝らない。
謝ってしまったら、己の考えが間違っていると認めることになるから。
彼女がそんな殊勝な人間とは思えなかったが、自分が理由で、その槍のような芯を曲げて欲しくなかった。
「…………」
「…………」
以降、無言。
恵の言葉が余韻を残したまま、無機質なエンジン音とカーラジオが雰囲気を塗り替えてゆく。
「やはり」
「……?」
「私の“直感”は、間違いでは無かったようです」
淡々と、独り言のように紡がれたしほの言葉が。
何故だか恵の耳に、強烈に残っていた。
────パァンッ!
その瞬間。
何かが爆ぜる音と共に、車体が大きく揺れる。
「は──ッ!?」
狼狽。
シートベルトを嘲笑うかのように、一瞬宙に浮いた身体が、強く座席に打ち付けられる。
フロントから覗く景色は不規則な軌道で揺れ動き、一目で制御を失っているのが分かる。
一秒後には確実に、猛烈な勢いで建物に突っ込んでいるだろう。
「──『鵺』ッ!」
即座に影絵を作り、巨鳥の式神を呼び寄せる。
召喚された鵺は鋭い爪を車体に食い込ませて、赤茶色の翼を大きくはためかせる。
間一髪──10センチほど浮き上がったタクシーは、ぎゃりぎゃりと音を立ててタイヤの勢いを空中で殺した。
完全に静止したのを確認し、ゆっくりと地面にタイヤをつける。
動揺を押し殺し、恵は勢い良くしほの方へと振り向いた。
「しほさん、大丈──」
「『脱兎』を」
「は?」
「南西の方角から銃声が聞こえました。狙撃手がいます。脱兎を出して肉壁を」
「っ、クソ──『脱兎』ッ!」
これが、命を狙われている人間の態度か。
自分だけ慌てている状況に悪態をつきながら、恵は迅速に次の手を打つ。
車体の影からぽんぽんと飛び出す白い傀儡は、やがて夥しい群れとなり車体を覆い尽くした。
────パァンッ!
デコイを前にしても狙撃は止まない。
シートベルトは外したが、万が一の被弾を恐れて恵はドアを開けるか逡巡していた。
「撃たれてる──!」
「分かっています。無駄弾を撃ってくれるならありがたい、弾切れを待ちましょう」
「んなこと言ってる場合かよ……!」
脱兎に銃弾を防ぐような防御力はない。
あくまで目眩しであり、子供騙し。
もし相手が凄腕のスナイパーなら、当たりをつけて予測射撃をしてくるはずだ。
────パァンッ!
数匹の脱兎が撃ち抜かれ、助手席の窓が割れる。
反射的に身を屈めて間もなく、新たなる声が恵たちの元へと届いた。
「────こっちです! 早く!」
切羽詰まった男の声色へ、恵としほは同時に窓の外へと視線を移す。
ビルと飲食店の間の路地裏から、警察手帳を片手に掲げた男が誘導のジェスチャーを取っていた。
「神室署の黒岩です! こちらへ!
狙撃されないよう、ジグザグに動いてください!」
(警察──!)
考えるよりも先に、恵は車を飛び出していた。
「しほさん、早く!」
「ええ」
続いてしほにも車を出るように呼びかけ、彼女を守る形で後ろにつく。
そのまま気持ち程度に蛇行しながら走り込み、先導する黒岩に倣って手近な建物へと飛び込んだ。
「っ、──ラブホかよ──!」
愚痴る恵に、2人からの返答はない。
緊急時だから仕方ないが、いかにもな彩色の壁紙と照明になんとも言えない居心地の悪さを感じる。
窓を避けて遮蔽物代わりの柱の裏に隠れた3人は、静かに呼吸を整えていた。
「危ないところでしたね、ここまで来れば大丈夫でしょう」
「ああっ、ほんとに……っ、スナイパーまでいんのかよ……!」
ムチャクチャだ、と。
黒岩と名乗った刑事の穏和な声色へ、恵はひとまずへらりと笑う。
「西住しほと申します。先程は危険を顧みず、誘導して頂きありがとうございました」
「ああ……いえ、警察として当然のことをしたまでですよ。改めまして、黒岩満です」
──すごいな、この人。
瞼の上に垂れる汗を拭いながら、恵は心からそう思う。
さすがは警察というべきか、しほの有り得ない格好を見てもさしたる動揺はない。
もしも殺し合いの真っ只中でなければ、間違いなく職質案件なのに。
どこかズレた所感を抱けるほどには余裕が出てきたらしい。
「伏黒恵です」
「西住さんに伏黒くん、ですね。さっきの兎の群れはあなた方の力ですか?」
「ああ、それは────」
簡潔に、十種影法術について話す。
影絵を使って動物を出せる、といった程度の解説だったが、黒岩は口を挟まず真摯に頷いていた。
「大した力だ。偵察にも戦闘にも使えそうですね、是非とも君の力を貸して頂きたい」
「……言われなくても、そのつもりですよ」
相手は警察──ということを差し引いても、狙撃の場で呼びかけるような奇特な人間だ。
なにより今は人手が欲しい。
しほの言う“勝利の定義”を形にするには、殺し合いに反対する組織を作らなければならない。
黒岩のように公務員の立場に就いている人間は、烏合の衆を纏め上げるには心強いと言える。
「さっきの狙撃手が追ってこないとも限らない。
早速ですが伏黒くん、お願いできますか?」
そんなやり取りを、少し遠くから見つめるしほ。
彼女の明敏な眼は、ほんの僅かに細められていた。
「そうですね、見張りを出しておきます」
────違和感。
黒岩は、銃声を聞いてから駆けつけた。
彼が来てから、新たな銃声は鳴らなかった。
脱兎による目眩しをされている状態でも、構わず発砲するような相手が、なぜその時を境に狙撃をやめた?
「見張り、ですか」
「ああ、いや……見張りっていうと語弊があるかな。鼻が利くやつを出しておきますよ」
────違和感。
黒岩の誘導は、あまりに的確すぎた。
一介の警察官にしては、現場慣れしすぎている。
銃声からおおよその位置を掴むことは出来る人間もいるが、その多くは方向を探るのが限界。
なのに黒岩は、まるで最初からスナイパーの場所が分かっているかのように、逸早く射線を切る動きをしていた。
銃声を“聞いてから”駆け付けたのに、だ。
しほは一瞬、口を開くのを躊躇う。
この疑問を口にすることで、何かが変わる予感がしていたから。
ほんの些細であるが、気にしすぎだと仕舞い込むには見過ごせない綻び。
西住しほは、それを無視できる人間ではなかった。
「黒岩さ────」
「『玉け────』」
奇しくも、しほと恵は同時に口火を切る。
けれどそれらが最後まで紡がれることはなかった。
立て続けに鳴った2発の銃声が、彼らの声を遮ったから。
◆
空は濃い群青から藍へと移ろうとし、東の地平線だけがほのかに白み始めている。
冷えきって澄んだ空気を浴びるように、泉美は窓枠からだらりと力なく身を乗り出していた。
「──ぁ」
声が、出ない。
出す気力もとうにない。
ぐっしょりと汗に濡れた全身は、麻酔を打たれたかのように弛緩している。
なにか、しなければ。
ここを離れるなり、黒岩を追うなり、やるべきことがあるのに。
泉美はどうしても、この狭くて暗い物置部屋から出る気がおきなかった。
ただ、今彼女の胸にあるのは、“当たって良かった”という安堵のみ。
黒岩の指示は、恐ろしい。
狡猾にして利己的で、冷酷。
もし狙撃が失敗したら、自分が殺され支給品を奪われていた。
成功してタクシーの乗客が事故死していたのなら、同じく支給品を奪い、最後に自分が殺されていただろう。
そして今回のケース。乗客が生き延びていた場合、黒岩は“スナイパー”という敵を利用して、安全に乗客に近付き油断したところを殺す。
どう転んでも黒岩に損はなく、どう転んでも泉美だけが損をする。
一方的に情報を握られている時点で、どれだけ逃げようと黒岩に掌握されている感覚は消えない。
「う゛──ぉ、えぇ──」
喉奥が焼けるように熱く、胃から何かが込み上がる。
空っぽになったスナイパーライフルを支えにして蹲り、泉美は嘔吐した。
酸っぱい匂いが辺りに充満し、嗅覚に加えて視覚も聴覚も万全とは程遠い。
「……たす、けて」
それは、誰に向けられた言葉なのか。
虚空を藻掻いて、助けを乞う。
「だれか、たすけて……」
涙を流すこともできない。
乾いた鼻血を拭うことも忘れて。
ずぶずぶと闇に沈む女は、夜の残り香が消えゆく空へと祈った。
【C-2 商業ビル 4F/早朝/1日目】
【泉美@みいちゃんと山田さん】
[状態]:顔面打撲、疲労(小)、精神疲労(大)、黒岩への恐怖心(大)
[装備]:スナイパーライフル(残弾数0)@現実、ザ・ハンドのスタンドDISC@ジョジョの奇妙な冒険
[道具]:基本支給品一式×2、不明支給品×1~2
[思考]:死にたくない。
1:だれか、たすけて──。
※タクシーアプリでマップ内座標を指定して移動する機能を使用できます。
◆
なんだ、これは。
趣味の悪い模様の床を、更に悪趣味に彩る赤黒い液体を見て、恵は混乱する。
何かを喋ろうとしたのに、喉に絡まる粘液がそれを阻み、腹部がじわりと熱くなるのを感じた。
ゆっくりとその箇所に手を添えれば、生暖かい液体の感触が返ってくる。
銃撃を受けたのだと、その時初めて理解した。
「勘が良すぎるってのも難儀なもんだよなぁ。特に、こういう“殺し合い”の場じゃ尚更だ」
硝煙を巻き上げる拳銃。
それを握り締めた男は、ふんと鼻を鳴らす。
ぐらりと体勢を崩す恵には目もくれず、そのやや後ろへ。
太腿から血を流し、蹲る西住しほへと視線を流した。
「西住さん、だったか。人を疑うんならそいつにバレないようにしな」
釣られて恵も、視線を移す。
しほは、左側の太腿を撃たれているようだった。
怪我から見て掠めた程度、とはいえ大口径拳銃の銃弾だ。肉が抉れている。
少なくとも、この場で二人揃っての逃走は不可能と見ていいだろう。
「『脱兎』ッ! 『鵺』……ッ!」
恵の呼び声に従い、兎の群れが黒岩と恵達の間に間仕切りを作り上げる。
間髪入れずに飛来する鵺が、黒岩側の天井を打ち崩した。
瓦礫に押し潰されて死ぬようなタマなら苦労しないが、そうもいかないのは明白。
命懸けの時間稼ぎ。一秒でも無駄にできない。
「しほさん、立てますか」
「……問題、ありません」
見え透いた虚勢だ。
あんなに事務的だったしほの声は、痛々しく苦悶に震えている。
額には脂汗が滲んでおり、明らかに顔色が悪い。
誰の目から見ても、問題大アリなのは明らかだ。
「恵さん」
けれどそれは。
きっと自分も、いや。
その何倍も、酷い顔をしているのだろう。
「なん、ですか」
分かっている。
この傷はもう、助からない。
出血は収まることを知らず、なみなみと床を血に染めてゆく。
内臓の一部が吹き飛んでいるのだろう。呼吸することさえ辛くてしかたない。
しほにもそれは分かっている。
己の聡明さをこれほど呪ったことはない。
ただちに医療機関にて適切な処置を施さなければ、恵は長くない。
そしてそれが果たして、この状況下において、いったい何パーセントの確率で可能なのか。
残酷な現実を、しほの頭は瞬時に弾き出してしまう。
「許されることではないというのは、分かっています」
この状況を招いたのは誰だ。
自責の念ではなく、客観的事実に基づいて、西住しほであると結論づける。
西住しほが強引に恵をタクシーに乗せたから、こんな事態を引き起こした。
西住しほがもっと早く黒岩を摘発していれば、恵が警戒できていた。
彼女が犯したミスによって、伏黒恵という希望の灯火が潰えようとしている。
「本当に、ごめんなさ──」
「謝るなッ!!」
けれど恵は、それを一蹴する。
くだらないと、そう言いたげに瞳を見開いて。
「アンタは、謝ったらダメな人間だろ……!」
──とんだ思い違いをしていた。
恵の鬼気迫る顔を見て、しほは気が付く。
ここで謝罪することは、恵の選択をも否定することになるのだと。
それだけは、絶対にしてはいけない。
「……、……ありがとうございます、恵さん」
恵は軽い微笑を返し、脱兎の群れへ向き直る。
「あのスナイパーが……まだいるかもしれない。
出来るだけ、屋内を通って……タクシーは、使わないで……。
目立つような、移動は……避けて、ください」
息も絶え絶えに、恵は告げる。
しほは静かに頷いて、背を向けた。
片足を引きずりながら、懸命に遠ざかる。
振り返ることなく、恵はそれを感じ取っていた。
「恵さん」
気配が止まる。
返事はせず、耳に注意を払う。
「必ず、勝ちます」
労いでもなく、慰めでもなく。
同情でもなく、気休めでもなく。
西住しほは、勝利宣言を告げる。
「────はっ」
そしてそれは、恵が最も欲しかった言葉であった。
緊急用出口の扉が開く。
それと同時に、低声が静寂を切り裂いた。
「変身」
深淵(アビス)が大口を開ける。
照明が割れて、夜明け前の空の色が差し込む。
『ADVENT』
突如、黒岩側の左右の壁に大穴が空く。
そこから飛び出した二対の怪物が、脱兎の壁を薙ぎ払う。
露わとなった黒岩と、それに従う緑色の怪物達を見て、恵は深い息を漏らした。
「ウサギとカメって童話、知ってるか?」
ターコイズブルーの外装に身を包んだ黒岩の声が、仮面越しに響く。
攻撃を仕掛けた鵺が、傍らの怪物──アビスラッシャーによって殴り飛ばされた。
「タクシーなんか使って、楽しようとするから全部失う羽目になんだよ」
安い挑発だ。
大方、しほの格好になぞらえたつもりだろう。
「あ、そうかよ。じゃあこんなことわざ知ってるか?」
全くもって響かない。
黒岩の言葉はナンセンスだ。
恵もまた、挑発的に笑う。
「“二兎を追う者は一兎をも得ず”、ってな」
つまらない意趣返し。
馬鹿二人とつるんでいたせいで、影響を受けたのかもしれない。
けれど不思議と、悪くない気分だった。
「────上等だよ」
黒岩の殺意が膨大する。
それを合図に、負け戦が始まった。
◇
影の中に格納していた散華斑痕刀を構えて、俺は精一杯戦いの体裁を保つ。
さっきから蝦蟇や鵺を出して抵抗してるが、戦況は悪化の一途を辿っている。
今はまだアドレナリンのおかげで戦えてるが、数分もしたら痛みでまともに動けなくなるのは明白だ。
「『貫牛』……ッ!」
十種随一の突進力を誇る『貫牛』もこの有様。
二体いる内の片割れにあっさり止められて、少し後退させることくらいしかできない。
厄介なのは、黒岩に従ってるこの二匹の怪物だ。
式神とも呪霊とも違うが、鵺や貫牛が相手にならないところを見るに、どんなに甘く見積もっても準1級レベルはくだらない。
最低でも『渾』を使わないと、戦いにすらならないだろう。
そんな奴らを二体同時に相手するなんて、2級術師からしたら荷が重いにも程がある。
それも、土手っ腹に穴が空いた状態でだ。
──結論、無謀もいいところ。
「『玉犬・渾』ッ──!」
だが、手を止める理由にはならない。
絶望なんて腐るほどしてきたんだから、今更だ。
渾の爪が怪物の一匹とかち合う。
その隙に鵺を、黒岩本体へ向かわせる。
雷を帯びた体当たりは、あいつが身を躱したことで不発に終わった。
「『満象』──!」
鵺を控えさせて、満象を繰り出す。
自慢の巨体でもう一匹の怪物を押し倒して、怒涛の勢いで水を噴出させる。
一撃でもいい。かすり傷だっていい。
ほんの少しでも、黒岩に傷を負わせてやりたかった。
「はっ──いいぜ、乗ってやるよ」
『STRIKE VENT』
突然、黒岩の右手に鮫の頭みたいな砲身が装着された。
満象が撃ち出した瀑布へ合わせるように、水の砲弾が連続でぶつかる。
押し負けた満象は、その巨体が嘘のように後ろへ吹き飛ばされていた。
「チッ──!」
なんだよこいつ、どんだけ手札持ってんだ。
十種影法術は手数が取り柄だってのに、それすら打ち消してきやがる。
万全な状態でも勝てるか分からないのに、ご丁寧に“メタ”張りやがって──!
「よう坊主、随分辛そうだな」
痛みが出てきて、指の動きに支障が出始めた。
勝手に片膝ついて、肺も言うことを聞かなくなってきてる。
全身全霊で睨みを利かせてやってるが、弄ぶようなあいつの態度が崩れる様子はない。
「折角格好よく残ったんだ、もう少し男見せろよ」
黒岩を倒す方法は、あるにはある。
不確かなものと、確実なもので二つ。
まず一つは、領域展開。
嵌合暗翳庭(かんごうあんえいてい)。
未完成な“閉じない領域”。
特級呪霊も祓えたんだから、この二匹の怪物を倒して黒岩にも届く可能性はある。
そしてもう一つは、布瑠部由良由良(ふるべゆらゆら)。
歴代の十種使いで誰も調伏出来たことのない最強の式神────魔虚羅の召喚だ。
俺もこいつに殺されるが、確実に黒岩を道連れにしてくれるだろう。
どの道死ぬ運命の俺にとっては、出し得だ。
けど、どうしてもできない理由がある。
その理由は、二つとも共通していた。
嵌合暗翳庭も魔虚羅も、無差別攻撃だ。
脚を怪我しているしほさんの機動力を考えると、多分まだその範囲から出れていない。
改めて俺は、この男の狡猾さに総毛立つのを感じた。
────しほさんの脚を撃ったのは、このためか……!
ああ、そうだ。
こいつは、しほさんをわざと殺さなかったんだ。
しほさんが殺されれば、俺が十種影法術で捨て身の攻撃を仕掛けてくると判断して。
わざわざ脚なんて狙いにくい場所を撃って、“人質”として最大限に利用しているんだ。
なにも気にせず無遠慮に戦える黒岩に対して、俺はしほさんを気にかけながら戦わなきゃいけない。
こいつが領域展開のことまで知ってたとは思えない。あくまで保険のつもりだったんだろう。
ただその保険が、俺にとって致命的なまでに刺さってるんだ。
「『脱兎』……!」
しほさんを責めるつもりなんてない。
この黒岩という男は、人の殺し方を熟知している。
経験の差で、何枚も上手を取られたんだ。
「……っ、……『鵺』ッ!」
「くだらねえ、もう見飽きたよ」
詰み、だな。
もう限界だ。思考が纏まらない。
考えることが多すぎて、なにをすべきか分からない。
ぼやけていた“死”の輪郭がハッキリと浮かび上がっていくような、そんな感覚だった。
後悔なんていくらでもある。
呪術師に悔いのない死などない、なんて言われて覚悟はしてたが、わかっていてもキツい。
俺が死んだらどうなるかな、なんて意味のないことを考えてしまう。
────“必ず、勝ちます。”
それでも、まあ。
最悪よりは、少しはマシだな。
「あばよ、伏黒」
不平等に人を救った。
西住しほという善人を、助けた。
俺は自分の矜持を貫けた。もう十分だろう。
────“「死んで勝つ」と「死んでも勝つ」は全然違うよ、恵。”
なのに、なんで。
なんで、アンタが出てくるんですか。
「そっちがな」
そうか。
そうだったな、伏黒恵。
お前は根本から勘違いしてたよな。
詰み? 勝つ手段はない?
馬鹿野郎。だったら掴み取れよ。
虎杖なら、先生なら。勝ちにいくだろ──!
「なに……?」
勝つ。勝つ、勝ってやる。
例え死んでも、死んででも。
『渾』が怪物の一体を押さえ付ける。
その横を俺は、猛然と走り抜けた。
跳躍する俺に合わせて、もう一匹の怪物が腕を振るう。
脇腹を抉られる。血を吐きながら、俺は笑った。
「──『鵺』」
鵺が攻撃するのは、黒岩じゃない。
空中で身動きが取れなくなった俺自身だ。
鵺の体当たりを受けて、俺の身体は凄まじい勢いで吹き飛ばされる。
死ぬほど痛いし、視界もほとんど機能してないが、狙い通りだ。
俺が吹き飛んだ先には、黒岩が立っていた。
「うッ、おおおおおおお────!!」
そして、俺は。
全ての力を、この一刀に注ぎ込んだ。
◇
「惜しかったな」
ぼたり、ぼたり。
だらりと四肢を投げ出す恵は、黒岩に届く寸前で宙を泳いでいる。
その胸には、アビスラッシャーの太刀が深々と突き立てられていた。
カランと、恵の手から離れた短刀がアビスの装甲をなぞる。
一条の引っ掻き傷。
恵の成果は、それだけ。
彼が最期に見出した渾身の勝機は、黒岩を討つに至らなかった。
「食っていいぞ」
アビスラッシャーとアビスハンマーに命じ、二匹の傀儡が伏黒の遺体を貪る。
黒岩はそれに一瞥もくれず、傍に落ちた短刀と、投げ出された伏黒のデイパックから支給品を回収した。
存外に時間を稼がれたが、問題ない。
これだけ一気に支給品を回収できたことを考えたら、たとえしほを逃がしたとしてもお釣りが来る。
けれど黒岩にとって、彼女の追跡を断念することはあり得なかった。
点々と続く赤い斑点模様。
西住しほの血痕は、奥へ奥へと続いている。
狩りは終わらない。
一度放した獲物は、群れを作る。
その群れごと喰い殺ししてこそ、弱肉強食。
とはいえ、状況を見極められないほど黒岩は馬鹿じゃない。
泉美が見せたスタンドや、恵の十種影法術のような、未知なる力の持ち主は多くいると見ていい。
そういった手合いと正面からやり合えば、消耗は必至。
今回のように、不意をついたり人質を利用することで有利を取る。
利用出来るものは全て利用して、徹底的に勝利の布石を打つ。
その上で、確実に殺せる場合以外は深入りしない。
なんだ、殺し屋時代と変わらないじゃないか。
この異常事態においても揺るがない世界の基盤に、黒岩は鼻で笑った。
シリンダーに弾丸を詰めて。
染み付いた血痕を辿り、音も無く歩く。
もはや、陽の光を浴びる道は完全に排斤を済ませた。
“モグラ”は、暗闇の中でしか生きられないのだから。
【伏黒恵@呪術廻戦 死亡確認】
【残り84人】
【C-2 ラブホテル内/早朝/1日目】
【黒岩満@JUDGE EYES:死神の遺言】
[状態]:疲労(中)
[装備]:コルトパイソン(残弾数6/6)@現実、アビスデッキ@仮面ライダーディケイド、黒岩満の警察手帳@JUDGE EYES:死神の遺言
[道具]:基本支給品一式、コルトパイソンの予備弾薬×16、不明支給品×1、伏黒恵の不明支給品×1~2(近接武器はなし)、魔導火のライター@牙狼シリーズ、美津子の不明支給品×1、散華斑痕刀@侍戦隊シンケンジャー
[思考]:この殺し合いの裏を見極める。当面は優勝狙い。
0:血痕を辿り、しほを追う。
1:十分な物資が揃うまで、積極的に殺して回る。
2:確実に勝てる時以外の交戦は避ける。
※参戦時期は最終章、八神との決着直前です。
◆
建物の扉を抜け、また別の建物へ。
何度も壁に手を付きながら、ゆっくりと東へ進む女の姿があった。
今しがた、恵に命を救われた西住しほである。
「しっかり、しなさい」
それは、誰に向けた言葉だろうか。
血色の悪い顔色は、己の呟きに鼓舞されたように前を向く。
銃創のせいで免疫反応が出ているのか、熱もあるようだった。
絶不調という言葉ですら物足りないが、しほは進み続ける。
向かう方角は東。
乗っていたタクシーは、東に進んでいた。
つまりそれは、「西住まほ」はその方角に居るということ。
瞳に宿した静かな炎。
勝利への貪欲さは、未だ健在。
むしろ、何がなんでも勝たなくてはならない理由が出来た。
「鉄の心、鋼の掟」
ぽつり、ぽつりと。
心の中で唱えるはずだったのに、気が付けば口にしていた。
「それが、西住流」
恵へ、愛娘へ、そして自分へ。
力強さの込められた宣告は、確かに響く。
棟梁としての矜持と、託された思いを胸に乗せて。
西住しほは、進み続ける。
【C-2/早朝/1日目】
【西住しほ@ガールズ&パンツァー】
[状態]:左脚に銃創、熱による体調不良、疲労(中)
[装備]:バニーガール2023の衣装、陸戦用ストライカーユニット@ストライクウィッチーズ
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~2
[思考]:子どもや戦う力のない者を保護し、戦いを止める。
0:東を目指し、この場から離れる。
1:必ず勝ちます、恵さん。
2:河合美津子さん。…………私も、母ですから。
3:まほ。……この殺し合いにおいて、あなたに授けねばならない教えがある。
4:みほ。『決戦の刻』が訪れた時、初めて相見えましょう。
5:対主催用戦力を組織・編成。マーダーに与する参加者を優先的に駆逐し、不可避の【勝利】を掴む。
6:非人道的な作戦? ええ、仰る通りです。ふしだらな作戦だと笑いなさい。
※参戦時期は大洗女子学園の廃校撤回後(ガールズ&パンツァー 劇場版以降)です。
※西住しほのスマートフォンに限り、タクシーアプリで参加者を指定して現在地まで移動する機能を使用できます。
最終更新:2026年10月12日 04:45